道堂雅楽器工房

道堂雅楽器工房のホームページです。雅楽の楽器、龍笛・高麗笛・神楽笛と篳篥の制作や修理を行っています。
更新情報 2021/6/27 「楽器師目線の笛のお話し」19、その古管、直すべきか? を追加しました
はじめに
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楽器師目線の笛のお話し
おもに龍笛を吹かれる方向けに、楽器師ならではの情報をお届けします
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楽器師目線の笛のお話し
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はじめに

こんにちは道堂雅楽器工房の殿村と申します。
山深い工房で楽器と向き合う日々を過ごしています。
このサイトでは主に「楽器師目線の笛のお話」と題して、笛に関して皆様のお役に立てるような情報を発信させて頂きたいと思います。
また以前にありましたブログ「雅楽器職人の思うこと」やFacebookに掲載した記事、新たな内容のブログなども載せさせていただきますのでお読みいただけたら幸いです。

楽器師目線の笛のお話

  • 1, 良く鳴る笛
  • 2,鳴らない笛
  • 3,龍笛の音程について
  • 4,息が入るとか入らないとか
  • 5,龍笛の音色
  • 6,気温によるピッチの変動について
  • 7,吹き方によるピッチの変動について
  • 8,蜜蠟・初級編(効果を知る)
  • 9,蜜蝋・中級編(材料と道具)
  • 10,蜜蝋・上級編(作業手順)
  • 11. 新管はいつ本領を発揮するのか?
  • 12,笛のお手入れ ①油を塗る
  • 13,笛のお手入れ ②管内の掃除
  • 14,笛のお手入れ ③カビ対策と破損の予防
  • 15,龍笛の構造 ①竹の使い方
  • 16,龍笛の構造 ②切られた笛
  • 17,龍笛の構造 ③樺巻と藤巻
  • 18、指使いについて(初心者の方へ)
  • 19、その古管、直すべきか?
  • 2,鳴らない笛
1,良く鳴る笛
 
 特別な嗜好がない限り、笛はきちんと音が出て鳴らせるものが良いでしょう。そして低音から高音までバランス良く鳴ることが大切です。
 楽器の作り方次第で高低の鳴りのバランスを取ることが出来ますので、特定の音だけが鳴りやすいとか、鳴り難いというのは何か問題があると考えられます。
 更に鳴り方にも色々あります、一般に遠鳴りする笛は良いとされ、喧しく聞こえたり、音がひずみ易いのは良くありません。少し難しい言い回しになりますが、鳴ってしまう笛ではなく、鳴らせる笛が良いという事になります。
2,鳴らない笛
 
世には制作上の意図として鳴りを抑えて作られた笛もありますが、何らかの構造上の問題で鳴らない笛もたくさんあります。
龍笛などは、外観上の形をまねればそれらしく作れますが、楽器としては非常に繊細で、少しの事で鳴り方が変ってしまいます。
工房には鳴りの調整や修復を依頼される事が多いので、経験上良くある問題点を上げたいと思います。

1 蜜蝋が瘦せている
笛の吹き口から頭側の部分は蜜蝋で封され、この蝋は年数が経つと痩せて周囲に隙間が出来ます。
隙間がある程度広がると音が鳴りにくくなりますので、蜜蝋の入れ直しが必要になります。

2 縦にヒビが入っている
竹が乾燥して笛に縦ヒビが入る場合があります。これもある程度拡がると鳴りにくくなります。
ヒビが巻の下側に隠れている場合もあります。

3 横に切れている
笛を作る際にノコギリで竹の八割ほどを切って曲がりを修正した笛があります。経年劣化や衝撃でその部分が開いてしまい、鳴らなくなる場合があります。
こういう笛の作り方はやめて欲しいとお願いしたいです。

4 漆が劣化した
古い笛で中の漆が劣化したものは鳴りが悪くなります。特に漆下地の仕事で漆の配分をケチったものは、漆が粉状化しています。又、目視で朱漆が割れている笛は問題があります。

5 吹き口の作りが悪い
元々作りの悪い場合と、自分で加工してダメにした場合があります。
吹き口は0.1ミリ単位で調整が必要なほど繊細で重要な部分です。

6 内径の作りが悪い
楽器は内径を作り込んで行く事で性能を発揮します。たまに鳴らない内径の笛がありますが、調整をすれば驚く程良く鳴る笛になります。

7 音高と吹き口の問題
高めの笛を下げて吹く、あるいは低めの笛を上げて吹く。いずれにせよ吹き口の角度がそのような吹き方に合うようになっていないと、音の真を外して吹くことなり、鳴り難くなります。

8 頭部分の錘の問題
笛の頭部分には錘が入っていますが、中には軽すぎたり、何も入っていないものがあります。
笛が異常に軽いように感じたら、それが鳴り難さの原因になっている場合があります。

以上思いつく所を書いてみましたが、他にも指孔とかいろいろな問題が出る場合があります。
 
3,龍笛の音程について
 
 篳篥ほど自由ではありませんが、龍笛も吹き方によって音程を変える事ができる楽器です。
 元々音程は吹き手の技術によって作られるものというのが伝統的な考えで、龍笛にそれほどキッチリした音程がなされていたわけではありません。
 古い笛は楽器によりかなり音程が違います。多くの笛を調整して来た経験上申せば、中・タの責は低く、ジョウ・テは高めの事が多いです。
 近年、和・責のオクターブ差を整えたり、音程の整った楽器も作られるようになって来ましたが、そういう楽器師さんはまだ多くはありません。
 古管をモデルにした樹脂製龍笛も古管らしい昔ながらの音程のようです。
 伝統的な龍笛と同じ鳴り方でありながら音程が良いのが私の理想です。
4,息が入るとか入らないとか

 「この笛は息が入る」とか「入らない」とか、そういう言い方をする事があります。あるいは、「息を受けられる」とも言います。
 息の入らない笛に強く息を入れると、音が歪んだり場合によっては音が裏返ったりする場合があります。
 強く吹いても安定して音を出せる笛を「息が入る」と表現します。 
良く鳴って、よく息が入る笛が良い笛です。鳴りが良くても強く吹けない笛はよろしくありません。
 雅楽は本来屋外で奏するものですので、常に全力で吹くわけではありませんが、強く鳴らしたい時に息が入らないとストレスになります。
 また吹いたときに息の入る余裕があると、音色や音程が安定しやすく、吹き手にも聴き手にも心地よさをもたらします。
5,龍笛の音色

 龍笛の音色について、良い音色を表現する言葉として、「力強い」「存在感のある」「時に繊細に」「倍音が豊かな」「鋭い」「柔らかい」「太い」「渋い」「深い」などなど、色々な言い方を耳にします。
奏者によっても、楽器によっても音色は変わりますが、楽器師としては良い音色の笛を作りたいと日々念じているわけです。
 音色は人によって好みも様々ですが、良いものはやはり良い。
 笛を作る際、音程と音量が確保されるのが第一ですが、音色に関する部分では、「息が入り安定感がある」「透明感がある」「倍音が良く出て遠鳴りする」「重厚な」「吹いていて心地よさがある」というようなことを考えながら作っています。
 聴き手にとって良い音色であることはもちろんですが、吹き手にとって良いと感じられる音色であることはそれ以上に大切だと考えています。
6,気温によるピッチの変動について

 笛の音の高さは夏・冬で違うことは知られています。これは管内の空気の温度差によるものです。
 楽器を作る際は、この気温差を読み取って調律する必要があります。ただ冬場でも吹くことで管内が温まってくるとある程度ピッチが上がってきます。雅楽の基本律が黄鐘で430Hzですが、夏・冬で上下5Hzずつ位の振れ幅があるのではないかと思います。
 龍笛は元々吹き手の技で音程を作るような楽器なので、夏・冬の差も同様に吹き手の技量で合わせるのが普通です。如何に音程の良い龍笛を作ってもこの気温差は如何ともしがたいものがあります。
 蜜蝋の調整で多少は音高を変える事が出来ますので、季節で丁寧に調節される方もおられますが、通常は通年そのままが多いのではないでしょうか。
 私が調律する際は夏・冬の中間でピッチが合うようにしています。
 また演奏会などに出演される方は、本番の気温と練習時の気温を合わせるようにするのが良いと思います。
7,吹き方によるピッチの変動について

 奏者によって高めに吹かれたり低めに吹かれたり。楽器を作る立場では難しい問題です。
 こちらの工房で注文制作させて頂いた中では、最も高めに吹かれる方と、低めに吹かれる方の差はおよそ30cent、これは結構な違いになります。
 上げて吹く場合と下げて吹く場合では、各音やオクターブの音程も少し変わってくるので更にややこしいのです。
 注文制作の際に、奏者にその辺をお尋ねするのはこの為です。
8,蜜蝋・初級編(効果を知る)
 

 はじめに 

 蜜蝋は吹き口と頭部分の境目を封する役目をしています。
蝋は年数が経つと痩せてメンテナンスが必要になります。
 奏者が自分で調整しやすい部分で、効果も大きいですし、実際ご自分で調整される奏者の方もおられます。
 ここでは蜜蝋の調整方法を初級・中級・上級の三回に分け解説して行きます。
 質問があればお問合せ下さい。

 蜜蝋・初級編(効果を知る)

 1,音程との関係

 蜜蝋の位置を深くする(蝋を減らす)と、音が低くなります。
フクラ→セメのオクターブが上がりにくくなります。

 蜜蝋の位置を浅くする(蝋を増やす)と、音が高くなります。
フクラ→セメのオクターブが上がり易くなります。
(吹き口側にはみ出し気味の状態も浅いに含めます)

 吹き口に近い指孔の方が(六・中側)音程への影響が強くなります。

 2,鳴りとの関係

 蜜蝋の位置を深くする(蝋を減らす)と、音が鳴りやすくなります。
過ぎると息が入りにくくなります。

 蜜蝋の位置を浅くする(蝋を増やす)と、鳴りはおとなしくなります。
息が入るようになります。

 ※深ければ低音、浅ければ高音が鳴りやすくなる場合があります。
楽器の性格が影響しますので、すべてこの通りになるわけではありません。

 〇例
全体に低く、特に中・タのセメの音程が上がりにくい場合 → 蜜蝋を増やします。
※鳴りにも影響が出ます

 〇例2
全体に高く、セメがの音程が上がりすぎる → 蜜蝋を減らします。
※鳴りにも影響が出ます。


年季の入った?道具
上から、蜜蝋入れから蜜蝋を小分けに出す時のこて・本来のキセルという道具(使いにくい…)・実際い使っている龍笛用のこて・高麗笛用のこてです。
9,蜜蝋・中級編(材料と道具)
 

 必要なもの


1,蜜蝋

龍笛の蜜蝋は、ミツバチの巣から頂いた蜜蝋と松脂を混ぜ、100時間程加熱した物を使います。
混合比率は蜜蝋5:松脂5あるいは、蜜蝋4:松脂6です。松脂が多くなると硬くなります。
どちらも入手可能な材料ですが加熱に時間がかかります。
笙の調律用に楽器店に売られている蜜蝋ならそのまま使うことができます。 加熱の際は蜜蝋が溶けるくらいで、煙が出ない位の温度が適当です。

2、こて

キセルと呼んだり、呼び名は色々あるでしょうが、吹き口から入れて蜜蝋を笛の中で溶かす道具です。
二寸程の鉄くぎの、頭にごく近い部分を直角に曲げ、頭の平らな部分の網目を削って平にします。 後は、木や竹の柄をつければ完成です。

3、熱源

こてを加熱する為のもので、私はカセットコンロのトーチバーナーを使っています。ガスコンロでも可能です。 ロウソクは煤が出るので向いていません。

4,有機溶剤

蜜蝋が飛び散ったり、吹き口についたりしたのを掃除してふき取る為に使います。私は漆の溶剤に使っている樟脳油を使用します。テレピン油でも使えると思います。

5,綿棒

付着した蜜蝋の掃除や、蜜蝋を減らす時に溶けた蜜蝋を吸い取る為に使っています。

以上で大体足りるとおもいますが、工夫次第でご自分の道具を作られたら作業も楽になります。
釘を曲げるのが一番むつかしいかな?


蜜蝋を溶かしているところ。右手小指を左手に付けて、動きを安定させています。

10,蜜蝋・上級編(作業手順)

作業準備

作業前に吹いた場合、管内に水分が残ります。水分があると蜜蝋を溶かした時に弾けますので、しっかりと水分を取り除きます。私は棒にティッシュペーパーを巻いたもので拭き取ります。 作業途中で試し吹きした場合も同様です。
蜜蝋を足す場合はあらかじめ蜜蝋の小さな粒を作っておきます。龍笛なら小豆位の大きさで良いでしょう。 高麗笛はもう少し小さな粒が必要です。
入れ替えの場合は、蜜蝋を溶かして、良く取り除いておきます。

1、蜜蝋を増やす場合

左手に笛の頭を下にして持ち、粒状の蜜蝋を入れます。 こてを熱して溶かします。
※こてを蝋に沈めると縁が盛り上がり過ぎるので表面をなぞるように作業します。
※こての温度が高すぎると漆が焦げますので、低温からぎりぎり蝋が溶ける温度を探っていきます。
笛を逆さに保持して固まるのを待ちます。
試し吹きして音を確認します。

2,蜜蝋を減らす場合

同様に笛を持ち、蜜蝋を溶かします。 綿棒で余分な蝋を吸い取り、周りに残った蝋を樟脳油などを付けて拭き取ります。
もう一度溶かし、表面を仕上げます。 試し吹きをして音を確認します。

※その他 縁の処理や傾き等でさらに効果を出したり、あるいは音程と鳴りのバランスを整える方法がありますが、あまりに専門的なので割愛します。興味のある方はご質問下さい。



11. 新管はいつ本領を発揮するのか?

生まれたての笛は漆が完全に硬化していません。
音は最初からちゃんと鳴りますが、少し重さとか鈍さとかがあります。
他にも若干音の引っかかりを感じたりする事があります。
いわゆる音の凭れと、抜け切らなさが少し感じられるのです。

これは、漆が硬化していないことが原因です。
表面が乾いたばかりの漆の内部はビニールのように柔らかい状態です。これが硬化すると煤竹よりもはるかに硬くなり、刃物を入れるとタイルが剥がれるように削れます。
漆の硬化には時間がかかります。完全に硬化するには約2年位、笛の鳴りの状態もその間変わって行くのです。
 新しい笛を吹いて行くと、最初は凭れ気味だった音の鳴りも4か月を過ぎる頃には、なんか良くなって来たと感じるようになって来ます。この頃漆にかぶれる事も少なくなります。
1年を過ぎると、本来の性能が出て来たように感じます。
2年を過ぎると、作者の予想以上の鳴りと音抜けになっている事が多いです。
漆の硬化により笛の性能が出て来るのと並行して、吹き手の方も笛との馴染みが出来て参りますので相乗効果で良くなって行くのだと思います。
吹き手が笛を育て、笛が吹き手を育てるという事があるのだろうと思います。

補足・説明できない事もある

 何年も放置されていた笛でも、吹きこんでいったら笛が鳴ってくると言われますが、実際にそういう事を感じます。
また上手な方に吹いてもらうと笛の状態が良くなり、逆に変な吹き方で鳴らなくしてしまうとか、そういう事にも遭遇します。
これらは実際ある事ですが、どういう変化がおこるのかまだきっちりと説明できません。

12. 龍笛のお手入れ ①油を塗る

龍笛の割れ防止に椿油を塗る方は多いのではないかと思います。
顔の油を塗るというのも聞きますね。
その他色々な種類の油を塗るお話しを聞きますが、実績があって問題が出ていなのは椿油なので、尋ねられた時には椿油をお勧めしています。
椿油は他の油に比べ、乾きにくく酸化しにくい性質があり、皮脂と成分が似ているそうです。大工さんがカンナの台にしみ込ませるのも椿油です。
どれが正解という事はありませんが、当工房では毎年乾燥しやすい秋から冬にかけて椿油を塗るようお勧めしています。
梅雨の時期や夏場はカビが生えやすくなるのでお休みすると良いでしょう。

色々な方のお話しを伺うと、塗る頻度は毎日、週一、月一、半年等、人によって様々ですが、頻度が多ければ少量を指先に馴染ませて塗り、頻度が少なければ綿棒等で塗ってから時間を置き余分な油をふき取る等が普通のようです。

油は必ず塗らなければならないというものではありません。毎日吹いていれば皮脂と水分が補われますし、それで乾燥に十分注意すればそう割れることはありません。ただし、あまり吹く時間が無く、乾燥しがちな環境の方は是非塗ってあげて下さい。

頻繁に油を塗ると、竹色が濃くなって来ます。これは好みの問題ですが、嫌う方は控えめに。黒くしたい方は週一位に塗ると良いです。
油を塗った翌日に笛がべとべとしたら当面油は控えて下さい。

※新しい笛は漆の乾きの妨げになりますので、当工房の新管の場合は半年は塗らないようお願いしています。

13、笛のお手入れ ②管内の掃除

龍笛を吹き終わったら管内の結露をふき取りますか?
毎回・たまに・全然しない
人それぞれって感じですね。

毎回あるいは2・3回に一度とかふき取っておられる方は、管内は美しく保たれていると思います。 一度もしたことが無いという状態で何年も吹いていれば、管内はかなり雑然と汚れて来ています。 掃除をした方が良いように思いますが、訳あってしない場合もあるようです。
ただ無頓着で掃除をしない人もいますが…雑菌が繁殖しますよ。

どのような違いがあるのか、二つの視点で書いてみたいと思います。

音の違い
管内の朱漆が艶々としている場合は、くすんだり汚れたりしている時より音がよく出て響き易い傾向です。
もちろん楽器の基本性能や音色があっての事で、その上に若干の違いが出るというだけです。 わざと掃除をしない方は良く鳴る笛が出す響きすぎる音を嫌っての事です。
掃除しないと「息の道」が出来ると言うのを聞いた事があります。うんちくのありそうな言葉ですが、どちらかと言うと複雑で渋めの音が出やすいのだと思います。
ただいつまでも掃除をしないといつか鳴りにくくなって来ます。段々と汚れは進んで来ますので、汚れ具合を同じ状態に留めておくのはかなりの「掃除調整?」が必要です。
管内の汚れ方で音色を調整するのは正直難しいと思います。
どうしても響きを抑えたいなら、汚れていない状態で砥石をかけ艶を消してしまう方法があります。

漆の劣化
漆の艶が失われると劣化が始まります。
漆の事を考えれば、毎回結露をふき取り、艶々と清潔に保つのが一番よいです。
漆は塗りなおす事も出来ますが、長く持たせるならお手入れも大切なのです。
工房に持ち込まれる笛にはかなりお手入れをサボった物もあります。
あまり汚いのは画像のような棒にティッシュを巻いたものに樟脳油を付け汚れを落としてから、乾いたティッシュで磨くようにしています。ティッシュは柔らかい高級品(^^)を使います。 この棒は吹いた後の結露を取るのにも使っています。

 

※当工房では長持ちするように艶のある仕上がりにしています。倍音や音色の複雑さ、鳴りすぎを抑
たりは他の部分で調整出来ます。

14, 笛のお手入れ 最終 ③カビ対策と破損の予防

カビが生えたら
画像は修理依頼の笛、巻の間にカビが生えた状態です。
笛の表面は漆と竹で出来ていますが、そこに皮脂等が付着し適度な温度と湿度で放置するとカビが発生します。
毎日触っていればそういう事は少ないですが、久しぶりに取り出してらカビが生えて驚いた方もあるかと思います。
簡単に取り除くにはこまめにお手入れする事が大切です。
お勧めしているのは、除菌ウエットティッシュで吹いてから乾いた布やティッシュ等で拭き取る方法です。
長期に放置すると取れなくなります。
その場合工房では巻の間をお化粧直しする作業を行います。これは漆をつかいますので、2・3日お預かりする事になります。

破損の予防
お手入れシリーズの最後に、実際にあった破損例から普段の取り扱いにいくつか気を付けて頂きたい事を書きたいと思います。
楽器を大切にされている皆様には無用の情報かも知れませんが、参考までにお読み下さい。


一、床に直接置かない
床に直接座して合奏練習などする時に、休憩時間になると笛を床に置いたままで行ってしまう人があります。長い時間座った後で立つとよろける人もありますので、楽器を踏まれてしまったら大変です。実際に何件か踏まれて破損する事故がありました。

二、テーブルに置くときは落下に気を付けて
テーブルと椅子を使って練習する時に楽器が落下して破損するケースもあります。
笛は円筒形なので転がってしまったのでしょうか。
特に硬い床に落下し、あたり所が悪いとひどい破損をするのでご注意を。

三、管尻をトントンしない
管内の結露を流す為、笛のお尻をトントンと叩いたりすると、頭部分に入っている錘がズレて蜜蝋を押し出してきたりします。

四、蜜蝋の痩せに注意
蜜蝋が痩せて周囲に隙間が出来てくると、頭部分の中に水分が入ってしまう事があります。笛によっては錘が鉛ではなく鉄の場合があり、この鉄が錆びて膨らみ竹を割ってしまう事があります。

五、管筒の中に止め金具の足が飛び出している。
通常止め金具の足は楽器に傷がつかないよう上手く処理してあるのですが、中には金具の足が出ていて巻を傷つける場合があります。

六、樺巻管の巻の漆が剥げたらすぐ修理を
桜樺は摩耗に弱いので、漆が剥げて樺が露出すると、指や口元の髭で摩耗させてしまい巻きなおしになる場合があります。お髭の濃い方は特にご注意下さい。

七、夏場の車に放置
車内の温度があがり、蜜蝋が溶けて流れてしまったというケースです。
夏場は特にご注意下さい。

八、日光に当てる
日光は空気を素通りして、光が当たったものをすごく温めます。
気温がそんなに高くなくても楽器だけ温まり乾燥してしまう時があります。
日差しが強い時期は窓辺に置いたままにしないようお気をつけ下さい。
また漆は意外に紫外線に弱く、日光が当たると劣化が進みます。

他にも色々なケースがあるのですが、普段の取り扱いという事で省かせていただきます。





15, 龍笛の構造 ①竹の使い方

画像は理想的な煤竹です。
この様な煤竹の場合は竹をそのまま使い、丸管という造り方で龍笛を作ります。
太い方は吹き口から頭側へ3センチ程の所、細い方は節部分が管尻になります。
頭は別の竹を継いで作ることになります。
 
煤竹の中でも、このように年数、煤のかかり、楕円具合、節間、太さ、肉厚、硬さ、形状等が条件をみたしているものは大変少なく、昔から丸管以外にも色々な竹の使い方で龍笛は作られています。
割れが生じた時に、構造を知っておくと状態を理解しやすいので紹介しておきます。
 
割竹
 
良く使われる方法に八割というのがあります。
竹を短冊状に加工して張り合わせる方法ですが、八割以外に16(+2)割、あるいはそれ以上
の物も少数ですがあります。
太さを自由に変えられるのと、真っ直ぐな材料を得やすいメリットがあります。
年数を経て張り合わせが外れてくることは少なく、割れ難い楽器にもなります。
 
返し竹
 
八割と同じように作られますが、張り合わせの際に外皮側を管内側にし、接着します。
硬い外側が内に来るために、高音に良く張りが出ます。
龍笛より能管の方が良く使われるようです。

特殊例 今まで修復した楽器の中で、珍しい物として二つ上げておきます。

上下分割タイプ

かなり古い笛で接合部が割れて来ていますが、それでも年数を考えると、この構造で良く持っていると感心しました。

貼り管
鈴木直人師の作の中でも珍しい造りです。
竹のサイド部分に太さを補う為の竹を貼り付けた物。
姿はとても美しく、楽器としての完成度も素晴らしい管ですが、貼り付けた部分だけはあまり持ちは良く無く、剥がれて来る場合があるようです。

貼り管
鈴木直人師の作の中でも珍しい造りです。
竹のサイド部分に太さを補う為の竹を貼り付けた物。
姿はとても美しく、楽器としての完成度も素晴らしい管ですが、貼り付けた部分だけはあまり持ちは良く無く、剥がれて来る場合があるようです。

16, 龍笛の構造 ②切られた笛

希少な煤竹ですが、白竹のように熱を加えて曲がりを直すことが難しく、直ったとしても漆室で湿気をかけると再び曲がったりします。

曲がった煤竹は笛にはなりにくいですが、竹をノコギリで切断寸前まで切って、曲げを直し笛にしたものがあります。

このような笛は壊れやすく良いとは言えません。特に切った後いいかげんな処理をしたものは良く修理に入って来ます。

こちらで修理したものは明治~現代のものが多いです。

このように切れば曲がりはいくらでも直せるが…

同じ笛の六の穴付近。切られた部分から割れも発生する。
この部分が切られた笛は結構多いので、六から吹き口方向に割れが入っていたら切られた事を疑います。
この笛は計三か所も切られていた。
同じ笛の六の穴付近。切られた部分から割れも発生する。
この部分が切られた笛は結構多いので、六から吹き口方向に割れが入っていたら切られた事を疑います。
この笛は計三か所も切られていた。
後部座席からカバンが落ちて、中の高麗笛がくの字に曲がってしまったという事で、修理しました。
曲がった部分を見ると切られているのがわかる。繋がっているのは下面の5ミリほどしかない。
曲がった部分を見ると切られているのがわかる。繋がっているのは下面の5ミリほどしかない。
切られた龍笛。補強の竹が横方向に使われている。
先ほどの笛と良く似ているが別の龍笛。
補強部分は笛と直角の方向に竹が入っている。
画像は補強部分を取り除いたもの。これは壊れますよね。
上の高麗笛も同じ作風です。
購入の際に確認した方が良いかもしれません。
※これらは当工房の笛ではありません
先ほどの笛と良く似ているが別の龍笛。
補強部分は笛と直角の方向に竹が入っている。
画像は補強部分を取り除いたもの。これは壊れますよね。
上の高麗笛も同じ作風です。
購入の際に確認した方が良いかもしれません。
※これらは当工房の笛ではありません

17、龍笛の構造 ③樺巻と藤巻

右、煤竹樺巻の太管。左、煤竹藤巻の標準的な管、女性でも吹けるよう指孔がやや小さめです。
巻の違いは見ただけではわかりません。

巻下地

 巻部分の下地は煤竹にヒノキや杉のへぎ板を巻き、成形します。へぎ板は職人さんが材を刃物で薄く割って板を採るもので、数寄屋建築の網代天井などに使われます。今はその職人さんは殆どおられなくなり、代わりに機械でスライスした突板というものがあります。
へぎ板を巻いた上に和紙を巻く場合もあり、一方へぎ板無しで和紙だけを巻いた龍笛もあります。

樺巻

写真 伐採された山桜から樹皮を採る

樺巻とは山桜の樹皮で巻いた物をいいます。ソメイヨシノは薄いので巻には使えません。日本の山には古来から山桜があったようで、桜の樹皮を巻いて漆を塗る技法は縄文時代の遺跡からも発見されています。龍笛に巻かれる細い樺は「千段巻」などど呼ばれますが、荒々しい樹皮を繊細な美しさの
に仕上げて行くのは大変手間がかかります。
 龍笛に巻く場合、巻の幅に目が行きますが、実は巻材の厚みが重要だったりします。桜樺はあまり細く仕上げると必然的に薄くなり、強度は下がって行きます。また音の雑味や無駄な響きを消す働きも弱くなるように感じます。繊細で美しい細巻の樺は美しいけど傷みやすいのかもしれません。修理に入ってくる古管で樺巻のしっかりしたものは巻もそれほど細かくなく、桜樺自体に厚みのあるものが多いように思います。
 特別に厚みのある樺を巻いたものを「鬼樺」と呼ぶのだと聞いた事があります。

藤巻

写真 職人さんに作って頂いた皮藤

藤巻はラタンのピール(皮藤)を巻いたものです。
ラタンは亜熱帯のヤシ系の植物で、非常に強い引っ張り強度があります。
篳篥のリードのセメにもラタンが使われていますが、そもそも日本産でないラタンが古くから和楽器に使われていることが不思議です。調べてみると武具などの巻にはかなり昔から使われた実績があるようで、面白いのはその入手方法です。ラタンは南蛮貿易で輸入される砂糖などの荷造りに使われており、それを水で戻して皮藤に加工し、再利用していたという事です。
江戸時代には皮藤の職人が多くいたという事ですから、その頃には結構出回っていたのではないかと思います。
龍笛では江戸期の笛には藤巻もみられるようですが、ほとんどは桜樺が巻かれています。明治以後皮藤屋と共に増えてきたのではないかと思います。現代では、藤巻の龍笛は普通に出回っています

樺巻と藤巻

 何度か樺巻と藤巻の違いについて聞かれますので、この際比較を書いてみようと思います。

 強度

 これは断然藤巻が強いです。指孔間の竹が割れて来た時、一緒に切れてしまうのは樺巻、竹が割れても巻が切れないのが藤巻です。

 耐用年数

 ラタンは皮藤状態で置いておくと劣化します。数年で劣化すると聞いていますが、劣化したものはブツブツと切れるようになって使い物になりません。笛に巻いて漆を塗った場合は傷んだものをあまり見ないのですが、まだ時代が浅く評価しにくいと思います。
桜樺は江戸期くらいなら、痛みが少なく良く残っている龍笛がありますので、条件が合えば150年以上持つ場合もあります。

 希少性

 日本に居れば山桜は沢山ありますが、ラタンは舶来品なので、この点では藤の方が本来は貴重です。ただラタンの流通量は多いのと、人件費の安いインドネシアなどで加工されるので今の時代は安く入手しやすい。
一方、日本人の心情的に皮をはいだ桜は見た目も痛々しいので、時々伐採された山桜から皮を頂いたりする事から、私にとっては桜樺の方が貴重な感じがします。
巻材への加工は桜樺の方がはるかに手間がかかります。

 音の違い

 最も聞かれる部分です。私の経験上申せば、藤巻は強く良く鳴る笛になり、樺巻はしっとりと落ち着いた雑味の少ない音になります。
もちろん楽器自体の性格の違いの方が巻の違いよりはるかに大きいのですが。

補足・その他の巻

・古い笛で、絹糸を巻いた物がありました。多分琵琶か楽筝の絃ではないかと。
・紙の紐(イトイ)を巻いたもの。これはかつて道友会で作られていた普及用の笛で、今もたくさん残っています。お世話になった方も多いのではないでしょうか。
・幅広巻。桜樺を帯状に巻いた物。いにしえの笛から最近の物まであります。

18、指使いについて(初心者の方へ)
指の当て方
 
龍笛の指の押さえ方で音の鳴りや音色までもが変る事があります。
指も楽器の一部なのですね。
一流の演奏者の方なら指使いについても一流の考えをお持ちだと拝察しますが、ここでは初心者の方の為に参考になればという事で、指使いについて少し書いてみたいと思います。
 

〇穴を押さえる
 
指穴はしっかりと蓋されていないと鳴らなくなります。
特に左手薬指が押さえきれず鳴り難いとうケースが多いです。
おかしいなと感じたら、中の指穴から順に吹きながら確かめてみましょう。
 
また、隙間なく押さえていても鳴り難くなる場合があります。
これは、指の付け根側はしっかりと笛に当たっているけれど、指先側の当たりの圧が弱くなっている状態が原因として考えられます。
 元々の原因は笛の構え方です。画像のように指の付け根の関節が笛の水平面より上にあれば指先側にも力が掛かりやすいですが、指の付け根の関節が笛より下がってしまうと、斜め下から上に向かって指穴を押さえる事になり、その結果指先側が浮き気味になります。
 
龍笛を吹くには正しい姿勢が大切だと教えられます。
譜面を下に置いて見ながら吹いているとつい左肘が下がって、指の押さえにも影響が出て参ります。また手首が、くの字に曲がっていると指が動きにくくなります。
正しい構えで、指先の当たりを意識して吹いてみましょう。
 

〇笛が勝手に回る?
 
左手親指の位置が吹き口に近いと、六→テと吹いた時に笛が外側に若干回ります。
左手親指の位置が吹き口から遠いと、六→テと吹いた時笛が内側に若干まわります。
程よい所に当てていると笛は動きません。
 
テの音だけを吹いたらちゃんと鳴るのに、六→テと吹くとテの音が出にくい時はチェックしてみましょう。
また笛が回る事で六とテの音高のバランスも変わります。
 

〇「浅く掛ければ浅い音、深く掛ければ深い音」
 
このような教えを聞くことがあります。指の肉の厚さと、穴への沈み込みが音色に影響を及ぼす可能性は十分ありますので、楽器師としてはこの教えは理にかなっていると思います。
 

〇指ははっきり大きく動かす?
 
私が最初に習った頃はハッキリと大きく動かせと教えを受けました。
ただ、今はそこそこ小さく動かすようにしています。笛の上でこれ見よがしに指を躍らせるのは品格に欠けるという教えがあることを知った為です。どちらの考えもあるという事です。
 
 
※番外編
 
楽器師はその奏者の吹き方を上手く掴んで楽器を整える事も多いのですが、そんな中で気づいた事を少し。(良い悪いのお話しではありません、そういう傾向があるという事です)

顔の正中線と笛は直角に交わるのを基本として、その角度が鈍角になる場合(多くは顔は真っ直ぐで笛は管尻側が下がっている)は音高を下げて吹いています。
またその角度が鋭角の場合(多くは笛が水平で頭が右に傾いている)は音高を上げて吹いています。

音が低かったり、高かったりしたら思い出して下さい。
 
 

19、その古管、直すべきか?

画像は土屋銀蔵氏の手になる笛、珍しく二つ調整に入っています。この方の笛は9つ割で作られています。楽器としては音程や鳴りを調整する必要がありますが、音の鳴り方が素晴らしいので見つけたら是非吹いてみて下さい。9つ割りで藤巻の細かい笛です。
 
 
 使われずに眠っている笛は結構あるようです。
修理や調整の可否についてご質問を頂く事は良くあります。
その中には直してでも使う方が良い笛もありますし、難しい笛もあります。
 
 古い笛の中でも、いわゆる雅楽器師の方が作られたものは姿形も楽器として理にかなっており仕事も丁寧で、出来れば修理をして後世に伝えたいと思うものです。
ただ、龍笛は地方の神楽やお囃子などに使うために作られたものや、誰かが趣味で作ってみたような物もあり、古い物であっても雅楽器としては厳しいものもあります。
 
 一方、外観が良く整っていても調整の難しい龍笛もあります。
大体は音程が高いという物です。
音程を下げるには内径を拡げる必要があるのですが、笛が細身で竹の厚みが無いような笛だと内径を拡げづらく、無理して拡げても鳴り方が龍笛らしくなくなってしまいます。
この様な細身で音程の高い笛は、調整せずに奏者が下げて吹く事で良い鳴り方をしてくれます。
元々そのように下げて吹くように作られているのか、あるいは他の理由によるものか、昭和前半頃の笛には太さにかかわらず音程の高いものが多くあります。
下げて吹く事で音の安定感や音色の透明感、重厚さなどが得られるのですが、そこまで(半音近く)下げて吹く事は簡単ではありませんので、ある程度の太さと肉厚があれば、ご希望に沿って音程を下げるようにしています。
念のため申し上げておきますが、高く上げて吹く事が悪いわけではありません。明るさや華やかさといったものは上げて吹いた方が出やすいように思います。
 
 今までの修理で沢山の名管と出会う事が出来ました。それらの経験が楽器制作にも良い影響を与えてくれます。
古い笛の作者としては、明治以前で神田重助、昭和に入って鈴木直人・菊田束穂・福田謹之助の各氏の笛は多く手がけました。いづれも名管と言って良いものです。
それ以外に作者の不明な名管(江戸~昭和期)が沢山あり、どなたの手になるものか是非とも知りたいと思っています。
またそれらの名管達も紹介したいと思っています。
画像は作者不明の名管