はじめに
蜜蝋は吹き口と頭部分の境目を封する役目をしています。
蝋は年数が経つと痩せてメンテナンスが必要になります。
奏者が自分で調整しやすい部分で、効果も大きいですし、実際ご自分で調整される奏者の方もおられます。
ここでは蜜蝋の調整方法を初級・中級・上級の三回に分け解説して行きます。
質問があればお問合せ下さい。
蜜蝋・初級編(効果を知る)
1,音程との関係
蜜蝋の位置を深くする(蝋を減らす)と、音が低くなります。
フクラ→セメのオクターブが上がりにくくなります。
蜜蝋の位置を浅くする(蝋を増やす)と、音が高くなります。
フクラ→セメのオクターブが上がり易くなります。
(吹き口側にはみ出し気味の状態も浅いに含めます)
吹き口に近い指孔の方が(六・中側)音程への影響が強くなります。
2,鳴りとの関係
蜜蝋の位置を深くする(蝋を減らす)と、音が鳴りやすくなります。
過ぎると息が入りにくくなります。
蜜蝋の位置を浅くする(蝋を増やす)と、鳴りはおとなしくなります。
息が入るようになります。
※深ければ低音、浅ければ高音が鳴りやすくなる場合があります。
楽器の性格が影響しますので、すべてこの通りになるわけではありません。
〇例
全体に低く、特に中・タのセメの音程が上がりにくい場合 → 蜜蝋を増やします。
※鳴りにも影響が出ます
〇例2
全体に高く、セメがの音程が上がりすぎる → 蜜蝋を減らします。
※鳴りにも影響が出ます。
必要なもの
1,蜜蝋
龍笛の蜜蝋は、ミツバチの巣から頂いた蜜蝋と松脂を混ぜ、100時間程加熱した物を使います。
混合比率は蜜蝋5:松脂5あるいは、蜜蝋4:松脂6です。松脂が多くなると硬くなります。
どちらも入手可能な材料ですが加熱に時間がかかります。
笙の調律用に楽器店に売られている蜜蝋ならそのまま使うことができます。 加熱の際は蜜蝋が溶けるくらいで、煙が出ない位の温度が適当です。
2、こて
キセルと呼んだり、呼び名は色々あるでしょうが、吹き口から入れて蜜蝋を笛の中で溶かす道具です。
二寸程の鉄くぎの、頭にごく近い部分を直角に曲げ、頭の平らな部分の網目を削って平にします。 後は、木や竹の柄をつければ完成です。
3、熱源
こてを加熱する為のもので、私はカセットコンロのトーチバーナーを使っています。ガスコンロでも可能です。 ロウソクは煤が出るので向いていません。
4,有機溶剤
蜜蝋が飛び散ったり、吹き口についたりしたのを掃除してふき取る為に使います。私は漆の溶剤に使っている樟脳油を使用します。テレピン油でも使えると思います。
5,綿棒
付着した蜜蝋の掃除や、蜜蝋を減らす時に溶けた蜜蝋を吸い取る為に使っています。
以上で大体足りるとおもいますが、工夫次第でご自分の道具を作られたら作業も楽になります。
釘を曲げるのが一番むつかしいかな?
10,蜜蝋・上級編(作業手順)
作業準備
作業前に吹いた場合、管内に水分が残ります。水分があると蜜蝋を溶かした時に弾けますので、しっかりと水分を取り除きます。私は棒にティッシュペーパーを巻いたもので拭き取ります。 作業途中で試し吹きした場合も同様です。
蜜蝋を足す場合はあらかじめ蜜蝋の小さな粒を作っておきます。龍笛なら小豆位の大きさで良いでしょう。 高麗笛はもう少し小さな粒が必要です。
入れ替えの場合は、蜜蝋を溶かして、良く取り除いておきます。
1、蜜蝋を増やす場合
左手に笛の頭を下にして持ち、粒状の蜜蝋を入れます。 こてを熱して溶かします。
※こてを蝋に沈めると縁が盛り上がり過ぎるので表面をなぞるように作業します。
※こての温度が高すぎると漆が焦げますので、低温からぎりぎり蝋が溶ける温度を探っていきます。
笛を逆さに保持して固まるのを待ちます。
試し吹きして音を確認します。
2,蜜蝋を減らす場合
同様に笛を持ち、蜜蝋を溶かします。 綿棒で余分な蝋を吸い取り、周りに残った蝋を樟脳油などを付けて拭き取ります。
もう一度溶かし、表面を仕上げます。 試し吹きをして音を確認します。
※その他 縁の処理や傾き等でさらに効果を出したり、あるいは音程と鳴りのバランスを整える方法がありますが、あまりに専門的なので割愛します。興味のある方はご質問下さい。
11. 新管はいつ本領を発揮するのか?
生まれたての笛は漆が完全に硬化していません。
音は最初からちゃんと鳴りますが、少し重さとか鈍さとかがあります。
他にも若干音の引っかかりを感じたりする事があります。
いわゆる音の凭れと、抜け切らなさが少し感じられるのです。
これは、漆が硬化していないことが原因です。
表面が乾いたばかりの漆の内部はビニールのように柔らかい状態です。これが硬化すると煤竹よりもはるかに硬くなり、刃物を入れるとタイルが剥がれるように削れます。
漆の硬化には時間がかかります。完全に硬化するには約2年位、笛の鳴りの状態もその間変わって行くのです。
新しい笛を吹いて行くと、最初は凭れ気味だった音の鳴りも4か月を過ぎる頃には、なんか良くなって来たと感じるようになって来ます。この頃漆にかぶれる事も少なくなります。
1年を過ぎると、本来の性能が出て来たように感じます。
2年を過ぎると、作者の予想以上の鳴りと音抜けになっている事が多いです。
漆の硬化により笛の性能が出て来るのと並行して、吹き手の方も笛との馴染みが出来て参りますので相乗効果で良くなって行くのだと思います。
吹き手が笛を育て、笛が吹き手を育てるという事があるのだろうと思います。
補足・説明できない事もある
何年も放置されていた笛でも、吹きこんでいったら笛が鳴ってくると言われますが、実際にそういう事を感じます。
また上手な方に吹いてもらうと笛の状態が良くなり、逆に変な吹き方で鳴らなくしてしまうとか、そういう事にも遭遇します。
これらは実際ある事ですが、どういう変化がおこるのかまだきっちりと説明できません。
13、笛のお手入れ ②管内の掃除
龍笛を吹き終わったら管内の結露をふき取りますか?
毎回・たまに・全然しない
人それぞれって感じですね。
毎回あるいは2・3回に一度とかふき取っておられる方は、管内は美しく保たれていると思います。 一度もしたことが無いという状態で何年も吹いていれば、管内はかなり雑然と汚れて来ています。 掃除をした方が良いように思いますが、訳あってしない場合もあるようです。
ただ無頓着で掃除をしない人もいますが…雑菌が繁殖しますよ。
どのような違いがあるのか、二つの視点で書いてみたいと思います。
音の違い
管内の朱漆が艶々としている場合は、くすんだり汚れたりしている時より音がよく出て響き易い傾向です。
もちろん楽器の基本性能や音色があっての事で、その上に若干の違いが出るというだけです。 わざと掃除をしない方は良く鳴る笛が出す響きすぎる音を嫌っての事です。
掃除しないと「息の道」が出来ると言うのを聞いた事があります。うんちくのありそうな言葉ですが、どちらかと言うと複雑で渋めの音が出やすいのだと思います。
ただいつまでも掃除をしないといつか鳴りにくくなって来ます。段々と汚れは進んで来ますので、汚れ具合を同じ状態に留めておくのはかなりの「掃除調整?」が必要です。
管内の汚れ方で音色を調整するのは正直難しいと思います。
どうしても響きを抑えたいなら、汚れていない状態で砥石をかけ艶を消してしまう方法があります。
漆の劣化
漆の艶が失われると劣化が始まります。
漆の事を考えれば、毎回結露をふき取り、艶々と清潔に保つのが一番よいです。
漆は塗りなおす事も出来ますが、長く持たせるならお手入れも大切なのです。
工房に持ち込まれる笛にはかなりお手入れをサボった物もあります。
あまり汚いのは画像のような棒にティッシュを巻いたものに樟脳油を付け汚れを落としてから、乾いたティッシュで磨くようにしています。ティッシュは柔らかい高級品(^^)を使います。 この棒は吹いた後の結露を取るのにも使っています。
※当工房では長持ちするように艶のある仕上がりにしています。倍音や音色の複雑さ、鳴りすぎを抑
たりは他の部分で調整出来ます。
特殊例 今まで修復した楽器の中で、珍しい物として二つ上げておきます。
上下分割タイプ
かなり古い笛で接合部が割れて来ていますが、それでも年数を考えると、この構造で良く持っていると感心しました。
貼り管
鈴木直人師の作の中でも珍しい造りです。
竹のサイド部分に太さを補う為の竹を貼り付けた物。
姿はとても美しく、楽器としての完成度も素晴らしい管ですが、貼り付けた部分だけはあまり持ちは良く無く、剥がれて来る場合があるようです。
貼り管
鈴木直人師の作の中でも珍しい造りです。
竹のサイド部分に太さを補う為の竹を貼り付けた物。
姿はとても美しく、楽器としての完成度も素晴らしい管ですが、貼り付けた部分だけはあまり持ちは良く無く、剥がれて来る場合があるようです。
希少な煤竹ですが、白竹のように熱を加えて曲がりを直すことが難しく、直ったとしても漆室で湿気をかけると再び曲がったりします。
曲がった煤竹は笛にはなりにくいですが、竹をノコギリで切断寸前まで切って、曲げを直し笛にしたものがあります。
このような笛は壊れやすく良いとは言えません。特に切った後いいかげんな処理をしたものは良く修理に入って来ます。
こちらで修理したものは明治~現代のものが多いです。
このように切れば曲がりはいくらでも直せるが…
巻下地
巻部分の下地は煤竹にヒノキや杉のへぎ板を巻き、成形します。へぎ板は職人さんが材を刃物で薄く割って板を採るもので、数寄屋建築の網代天井などに使われます。今はその職人さんは殆どおられなくなり、代わりに機械でスライスした突板というものがあります。
へぎ板を巻いた上に和紙を巻く場合もあり、一方へぎ板無しで和紙だけを巻いた龍笛もあります。
樺巻
藤巻はラタンのピール(皮藤)を巻いたものです。
ラタンは亜熱帯のヤシ系の植物で、非常に強い引っ張り強度があります。
篳篥のリードのセメにもラタンが使われていますが、そもそも日本産でないラタンが古くから和楽器に使われていることが不思議です。調べてみると武具などの巻にはかなり昔から使われた実績があるようで、面白いのはその入手方法です。ラタンは南蛮貿易で輸入される砂糖などの荷造りに使われており、それを水で戻して皮藤に加工し、再利用していたという事です。
江戸時代には皮藤の職人が多くいたという事ですから、その頃には結構出回っていたのではないかと思います。
龍笛では江戸期の笛には藤巻もみられるようですが、ほとんどは桜樺が巻かれています。明治以後皮藤屋と共に増えてきたのではないかと思います。現代では、藤巻の龍笛は普通に出回っています
樺巻と藤巻
何度か樺巻と藤巻の違いについて聞かれますので、この際比較を書いてみようと思います。
強度
これは断然藤巻が強いです。指孔間の竹が割れて来た時、一緒に切れてしまうのは樺巻、竹が割れても巻が切れないのが藤巻です。
耐用年数
ラタンは皮藤状態で置いておくと劣化します。数年で劣化すると聞いていますが、劣化したものはブツブツと切れるようになって使い物になりません。笛に巻いて漆を塗った場合は傷んだものをあまり見ないのですが、まだ時代が浅く評価しにくいと思います。
桜樺は江戸期くらいなら、痛みが少なく良く残っている龍笛がありますので、条件が合えば150年以上持つ場合もあります。
希少性
日本に居れば山桜は沢山ありますが、ラタンは舶来品なので、この点では藤の方が本来は貴重です。ただラタンの流通量は多いのと、人件費の安いインドネシアなどで加工されるので今の時代は安く入手しやすい。
一方、日本人の心情的に皮をはいだ桜は見た目も痛々しいので、時々伐採された山桜から皮を頂いたりする事から、私にとっては桜樺の方が貴重な感じがします。
巻材への加工は桜樺の方がはるかに手間がかかります。
音の違い
最も聞かれる部分です。私の経験上申せば、藤巻は強く良く鳴る笛になり、樺巻はしっとりと落ち着いた雑味の少ない音になります。
もちろん楽器自体の性格の違いの方が巻の違いよりはるかに大きいのですが。
補足・その他の巻
・古い笛で、絹糸を巻いた物がありました。多分琵琶か楽筝の絃ではないかと。
・紙の紐(イトイ)を巻いたもの。これはかつて道友会で作られていた普及用の笛で、今もたくさん残っています。お世話になった方も多いのではないでしょうか。
・幅広巻。桜樺を帯状に巻いた物。いにしえの笛から最近の物まであります。