相原 育世

日本で助産師として大学病院勤務、その後、結婚し個人病院、クリニックで外来勤務などを経て、主人の仕事のために家族で8年前にアメリカに渡米(ボストン在住)。双子の娘たちを現地校に通わせながら、学校のボランティアと日本人妊産婦向けボランティアグループ活動、Brookline市でのJapanese Story Time読み聞かせ活動を長年おこなっています。現在はDONA international の産後ドゥーラの認定を取り、産後ケア、出産前学級の事業を立ち上げて活動中。現在16歳の娘達、同じように育てても、個々のキャラクターが違うし、力の発揮の仕方がまったく違う。それぞれの個性に寄り添う海外での子育て、礼儀やものを大切に扱う日本の文化のよさ、それぞれを感じていますので、出産育児においても海外のいいところ、日本のいいところを伝えつつ、自分のスタイルは自分で選べるということ、そして、そのなかに自分らしさを見つけていけるようにボストンで出産育児する女性たちを応援しています。

青木 智子

東京都八王子市在住。お産大好きで、お産を求めてあちこち病院やらクリニックやらさまよって生きてきました。年齢が上がるにつれ、後輩育成がメインでお産に携わらせていただきにくくなり、管理職になったところで「違うな…」と開業を決意。自身は産後育児もうまくいかず、離婚も経験し、再婚もし、私生活はハチャメチャだったけれど、家族の大切さをとても感じるようになり産前産後ケアで家族を笑顔にしたい!と助産院ともこさんちを開設。その家族なりの形作りをお手伝いできるようにと活動中。今は18歳の息子と夫と3人で楽しく生活中。「母子支援」を「家族支援」に切り替えたいと思っています。よろしくお願いいたします。

伊藤 麻衣子

埼玉県小川町在住。 都内の病院で4(NICU、産後病棟)、産婦人科クリニックに勤めていましたが、お産の介助の経験はありません。 私の医療現場での助産師生活は、『どうしたら人並みにできるようになるのか』というところに重きが置かれてしまい、正直、経験年数分の助産師としてのスキルはありません。 何度も助産師を辞めようと思いましたが、 それでも辞めなかったのは、ありきたりですが、ママたちの笑顔がみたいから。 生まれてきた赤ちゃんたちが、どの子も本当に愛おしかったから。 そんな時、Umiのいえで麻紀子さんに出会い、病院以外でも助産師として学べることがたくさんあるとわかった私は、そこで少しずつ、生き返っていきました。 その後、病院勤務をしながら、ママたちがちょっとでもハッピーになるための育児質問形式のブログや記事執筆での情報発信、個別の妊活・妊娠・育児相談や産後についてのお話し会などを行なってきました。現在は、2歳になる男の子の育児中。息子が通っている保育園の給食のおばちゃん、助産師コラムニスト、埼玉県の助産師有志で立ち上げた『みんなの助産院@埼玉』でオンライン両親学級と育児相談をしています。 ハッピーな家族で世界をいっぱいにしたいです!!

大森 美和

海外で活動する看護師を目指し、ヨルダンの難民キャンプで活動をした際に、流産や不正出血、危険な出産になる女性を見て、「守られるべきなのは女性と子どもだ!」と痛感し、助産師の道へ。都内の産科で経験を積み、青年海外協力隊でラオスの地域母子保健活動を2年間行う。帰国後、東日本大震災が発生し、被災地支援で宮城県気仙沼市に移住。主に高齢者の健康支援、コミュニティ支援を行う中で、自身も結婚、出産を経験。地域の方々や周りのサポートを受け、産後の大切さを実感。徐々に母親たちからの相談も受けるようになり、病院以外で助産師に会う機会がない三陸沿岸地域で、女性のサポートをしたい!という思いから、3月末に「にじのわ助産院」を開業。まだまだ駆け出しだが、「一期一会」を大事にし、「目の前のお母さんが先生!」という気持ちで地域で活動していきたいと思っている。

小澤 淳子

岡山出身ロンドン在住です。イギリスで看護師と助産師になりました。現在は特定妊婦と自宅分娩の継続ケアチームで時短で働いています。目下の興味は医療界のヒエラルキーをなくすこと。

岸畑 聖月

株式会社WithMidwife代表。1991年生まれ、香川県出身。大学時代に起業を経験し、助産学と経営学を学ぶため進学。京都大学大学院修了後、大阪市内の総合病院で助産師として働きながら、並行して中絶/虐待/産後うつなどの社会課題を院外でも解決できればと、2度目の起業を決意。現在は企業に勤める女性やその家族を中心に、社員全体の健康と家族を支援する「顧問助産師」としての働き方を構築中。また多種多様な業界を助産師と繋げ、病院雇用だけにとらわれない助産師の新しい働き方も提供している。ビジネスプラン発表会LED関西第5回ファイナリスト/2019年大阪市「Fund&fan」採択事業など。

岸本 玲子

助産師歴 25年 大阪で有床助産院を開業しています。妊婦よ野性へ戻れを合言葉に心地よい妊娠出産と楽しい子育てを応援しています。

齋藤 麻紀子

助産師応援団長
自身の出産経験から、助産師の必要性を実感。助産師に求めること、助産師に活躍してほしいことを伝えはじめて、20年をこしています。1995年に「優しいお産のネットワークREBORN」に弟子入りスタッフになり、医療者と市民のかけはしとなることを先輩に学ぶ。助産師会・助産師学校等に講演やファシリテーターとして出向き、助産塾の企画主宰も積み重ねる。2007年より、神奈川県横浜市にて、出産・子育てに関する学び場 NPO法人Umiのいえ代表理事。この中では、唯一 助産師ではない者です。母親の立場での参加です。

佐藤 祐佳

病院助産師です。今までハイリスクしか地域につないでませんでしたが、自分が妊娠出産育児を経験して、普通の人にも地域の存在や助産師や支援者の寄り添いが重要である事に気づきました。まず自分が病院助産師として感じている地域との垣根を低くすべく色んな施設の助産師さんの交流会などを開催したり、YOUTUBERをしたり細々と活動しております。

SUNNY

総合病院・個人クリニックや地域での新生児訪問の経験を経て、2018年に開業、性に関する情報を配信するYouTubeチャンネル【ちゃんねるSUNNY】をスタートさせました。 現在は第一子の0歳児の子育てをしながら、 動画配信や性教育講演・お話し会や助産師向けのイベント企画などを行っています。 不妊治療をしながら個人クリニックで勤務し、人工妊娠中絶手術のサポートをしていたことがあり、術後の女性との対話を繰り返す中で「なぜ女性がこれほど独りで苦しみを抱えて生きていかなくてはならないのか」という疑問を持ちました。そこで『性』の知識の大切さに気づいたことが、YouTubeをはじめた理由です。 『性は生きること』人権教育としての性のよろこび、楽しさを、ママ助産師として等身大で発信しています。

柴田 星子

助産師・看護師として、未熟児室、小児心臓手術後のICUなどで10年勤務。助産師として女性の体の事をもっと知りたいと思い、整体の勉強を始めた時に妊娠。体を整えながらの妊娠生活が、それ以前に5ヶ月で流産した時と比べて、とても体が楽で、心地よかったことに衝撃を受け、このことを女性に広めたいと思うようになる。全国で講座やテキスト販売しながら、産前産後の身体や赤ちゃんの発達のことを伝えていってます。

杉浦 加菜子

じょさんしonline代表。愛知県出身。都内の産婦人科・NICUにて勤務後、夫の転勤でオランダに。初めての子育てが、初めての土地で始まり、一人孤独な子育てを経験。在蘭中は、日本人の妊婦さん、産後のママにマタニティヨガや母乳育児相談を開催。2人目出産後わずか3週間で日本帰国せざるを得ず、どんな環境にいても、どんな状況に置かれていても、「世界のどこにいても安心して妊娠出産育児できる社会をつくりたい!」と思い続け、2019年にオンラインで助産師と繋がれる場所「じょさんしonline」プレオープン。2020年1月に本格始動となる。一人の女性が安心して妊娠出産育児できるためには、本人だけではなく、周りの理解も必要不可欠だと自身の体験を通じて痛感し、対女性へのアプローチだけではなく、対企業・団体へのアプローチにも奮闘中。タイの子育て情報誌「nicolabo」連載中。ICTビジネスデザイン発見&発表会2019にて社会起業家賞受賞。7歳と4歳の母。

高木 奈美

自身の超難産だった一人目の出産と、心身を整えて超安産だった二人目の出産(VBAC)の経験と、日赤勤務時代に5,000組以上の母児を見てきた経験を活かし、NALU助産院を開業しました。西洋医学だけではなく、東洋医学・代替療法・心の整え方・スピリチュアルな面からもアプローチ・サポートしています。2019年からは「産前産後ケアはぐ」を立ち上げ産後ケアも始めました。女性にとって出産は人生の中においてとても大きなライフイベントであり、良くも悪くも人生の大きなターニングポイントになります。豊かな出産はその後の女性の人生そのものを豊かにしてくれます。出産が良いターニングポイントになるよう、妊娠中から助産師と出会い「豊かな妊娠生活」をおくり「自分らしい出産」をし、そこから「育児のスタート」を切って欲しいと願って、「一期一会」をモットーにサポートしています。

竹内 泰代

兵庫県出身。実家が酪農業で命の営みが日常生活にあるなかで幼少期を過ごしました。総合病院・特養・個人クリニックなど夫の転勤先で仕事も様々に変化。現在は、大阪府豊中市で自身の「そら助産院」開業、梁とともに「Birth Keeper」を設立し活動しています。慣れない場所での育児に自分自身が産後うつになるという経験をし、どこでもいつでも切れ目のないサポートが必要だと感じました。妊娠・出産・育児は「辛」ではなく「幸」であってほしい。文字を構成する一本の線があるかないかで意味がガラリと変わるように、人生に伴走者(助産師)がいることで変わることができる!と信じて活動中です。

ドーリング景子

ニュージーランドの大学院で「女性と助産師の関係」について研究しています。元助産師で、カナダとニュージーランドで3人の出産、今は和歌山とニュージーランドを行ったり来たりしています。親と助産師で活動する「出産ケア政策会議」の共同代表で、全ての妊婦さんが自分の選んだ助産師から産前・出産・産後を通してケアを受けることができる「My助産師制度」の実現に向け、仲間と活動中です。My助産師とのお産は最高!でも、女性に寄り添うはずの助産師が、女性に寄り添える状況にない…。助産師の自律が必要です。Facebook「お産と助産」で情報共有しています。

冨江 幸代

​奈良県奈良市出身。助産師。 1998年4月~2004年3月 奈良県立病院周産期医療センター在籍 2005年4月~12月 徳島にて産婦人科外来で勤務 その後、夫の転勤で千葉県・フランス・徳島県・タイと転居を繰り返す中で3人の子どもの出産・育児。第三子はフランスにて出産。海外での出産及び育児を体験。 2016年4月~ 徳島にて乳児訪問員として、産後ケアに携わりながら、臨床実習指導員として後進の指導も行う。 2018年3月 夫の赴任に伴いバンコクに移住。 同年5月~ タイ国日本人会にて助産師ボランティアとして、バンコク在住の日本人ママ・パパ向けに産前産後教室の運営や産後のおっぱい相談、LINE相談を行っています。自身も転勤族で転居先でのワンオペ育児や海外での出産・育児に苦労した経験から、海外での子育てに奮闘するママ・パパにとってのお守り的存在になりたい。世界中どこにいても日本人助産師は日本人ママの最強の味方であり続けます!

中尾 慶子

愛媛で助産師をしています。49歳(子宮)趣味は手芸や料理。見た目からは、想像できないクリエイティブ助産師を実は目指しています。勤務助産師から、新生児訪問や介護の仕事を経て、現在の四国中央病院に復帰。復帰後は、夜勤や子育てを完璧を目指し過ぎて、burnoutしそうになりました。それでも『大好きな助産師をしたい。』『お産に関われる自分が大好き!』と奮闘して約20うん年。今は、後輩や助産師学生と共に学び、お母さんや赤ちゃん達に出会えたことに感謝しています。施設でもこんなに熱く燃えてる助産師がいることを知ってください。どんな思いで、どんな仲間と、大好きな助産師をしているかを、スライドショーと共に感じてくださいね。私の座右の銘は『出来る助産師より 幸せな助産師』です。どんな時も、どんな境遇でも幸せを感じられる、そんな愛深き助産師であることです。

西川 直子

30歳で助産師に。 出産後、夫の駐在でタイ、イギリス、スペインと移り、現在イギリス在住。 タイで次男を出産した後から、資格を生かしておうちでママと子が集まる場を開催し、おしゃべりの大切さを実感。 ☆おしゃべりでママが元気に。 ☆ママが元気なら子どもも嬉しい ☆ママが『私はこれでいい』と思えたら、子どもも『ボク/私はこれでいい』と思える。 ☆誰もが私はわたしのままでいいんだって思える世界をつくりたい。 そんな思いで、世界のママが集まるオンラインカフェを2年前にスタートさせました。 助産師が自分自身の人生をかけて、ママたち、女性たちを応援するパワーは宇宙スケールだと感じています。それを知ってほしい思いで今回の企画を5月5日の国際助産師の日に合わせ、ずっと考えていました。11歳と8歳の可愛い男の子がいます。

野口 智美

大阪の周産期センターで勤務した後、海の近くでの暮らしを求めて、静岡県御前崎市に移住。そこで4人の子供を出産、子育て中。産科医院で働きながら第1子と第2子を出産しワンオペ育児に奮闘。産院の分娩停止に伴い退職し地域で母乳相談を始めてからしばらくして第3子を自宅出産。妊娠中から心と体の声に耳を傾けて過ごし、心から信頼できる助産師と家族に囲まれての幸せすぎる出産を体験し、「私もこんな仕事がしたい!」と生後1か月の乳児を抱えたまま分娩の出来る「おはな助産院」を開院する。人口3万人、年間出生数200人、市内に出産できる病院がない海に突き出た小さな町、陸の孤島で、日々いのちに向き合っている。

林 祐子

総合病院、助産院勤務を経て出張開業。 自らの体験と仕事経験から、不妊で悩む方を支援するこうのとり倶楽部を主宰。 妊娠前から体と心をととのえ、つながりを持てることを目指している。 また、不妊予防のための性教育やデリケートゾーンケアの啓蒙、若者への健康教育にも力を入れている。

ブリクバーグ 由美

大学病院と個人病院で勤務ののち、海外で暮らしたいという長年の夢を叶え、バングラデシュへ青年海外協力隊助産師隊員として赴任。その後JICA健康管理員としてジンバブエに赴任。以後、海外在住20年目。 NYの大学病院で帝王切開で高齢出産。心も身体も予想以上の打撃を受け、産後うつになり、一時帰国で出会った助産師の「自分のことはわからんよ。あんたはようやっとる!」という言葉に子育てが大きく好転。同じように日本とは違う環境の海外での妊娠、出産、子育てをするママの役に立ちたいとコーチングや心や精神世界、波動の法則などを学び、自宅を解放してママが楽しむためのイベントやお茶会等を開催し、助産師としてのボランティア活動も合わせて400名を超えるママたちから相談を受けてきた。現在、ホリスティック助産師として、免疫力を高める心とからだの整えかたを、瞑想や個人セッションを通して伝えている。

松吉 奈保美(Naho)

助産師として周産期母子センターに勤務、助産にやりがいを感じながらも激務とのバランスにバーンアウト。一生助産師でいたいと想うからこそ、一度離れて視野と世界を広げようとオーストラリア、シドニーに留学。結婚を機にシドニーに移住し、在豪歴10年。全く想定していなかった「産後の孤独」に悩んだ一人目とつながりを持ったのちに授かった2人目の産後の違いを実感。フリーランスとして主に海外で出産される方を対象にケアサポートをスタート。現在は「健康な身体と豊かな心を育み、子どもたちが個性のままに生き生きと輝ける安心安全な未来のために」という想いを胸に産み育てる女性の人生に寄り添うホリスティックでウェルネスなアプローチを展開している。

三浦 由香里

関東の総合周産期センター、総合病院での勤務を経て3年前に島根県浜田市に移住しました。 この地域は出産できる病院が1つしかなく、出産前から出産後に病院と地域の連携の必要性を強く感じました。 現在開業し、産前から関われる助産院をしています。 そうぞよろしくお願いします。

三田 江利

【体験を共有する】助産師。助産師として地域周産期病院、総合周産期医療センターの産婦人科、外来、NICU、GCUにて12年勤務。私自身が母親として不安だらけで、なにひとつ上手く出来ないと葛藤していた時に、よかよか学院に出会い、自分の本質を思い出す。そして、『お母さんはすごい!!』と改めて気づく。お母さんはすごいと認めることは、今育児しているママだけでなく、今まで命産み育んできた全ての人達に感謝する事。そして、『お母さんから生まれてきた私はすごいんだ!!』と自分自身を肯定する事と気づく。現在は、「自分を幸せにすることをしよう。周りを幸せにすることをしよう」この2つを合言葉にして、よかよか学院のスタッフをしながら、講師として助産師体験からの気づきや自身のヘタレ育児経験を通しての気づきを飾らず、心が感じるままに伝えるお話し会や講座を実施している。

光橋 幸恵

福岡在住。小学生と幼児の二児の母。助産師としてハイリスク病院経験の後、小児看護に興味を持ち小児科ナースとして経験を積む。自身の出産後の産後うつ経験や育児経験を経て再度助産師として個人クリニック勤務や地域の赤ちゃん訪問し母子や家族に寄り添う。現在は助産学校でパート教員で助産学生達と楽しく関わりつつ、一方で助産院で勤務し妊婦さんや産後のママさん達に「妊娠・育児を楽しく!」をモットーに関わる。4月にじょさんしonline緊急企画の経験を経て、九州の助産師達が集まり「team938(チームキューサンバ)」結成。オンライン上で活動開始している。

宮内 はるみ

イギリス NHS(ナショナルヘルスサービス)のマタニティーユニットで助産師として働いています。 近所のママたちとお茶会、ベビーマッサージを楽しむ会、 日本人助産師有志と一緒に、在英日本人家族向けのおしゃべり相談、 などをしてます。 いつも新しい出会いとご縁の中で、学び、癒されていることに感謝です。

「Learn from past, Plan for the future、Live in the present」

三宅 春

もものみ助産院(出張開業)院長 東京大学医学部非常勤講師、元日本助産師会茨城県支部長 看護師、勤務助産師の後、スペイン在住6年、英国やオランダの出産事情を見分し、帰国後出張開業助産師となる。行政の母子保健事業やテレビドラマ等の出産シーン監修(大河ドラマ「いだてん」に産婆役で出演)、「産む人と医療者を結ぶネットワークREBORN」スタッフ、大学や専門学校での講師など、活動は多岐にわたる。2012年第34回母子保健奨励賞受賞

やまがた てるえ

臨床経験ののち、第一子子育てで大きく「産後の辛さ」を感じたのち、第二子出産で目から鱗のような心理的変化を実感。出産経験の受け止め方の違いが大きく子育てに影響すると確信を持ち、バースセラピストと肩書きを自ら作り活動をスタート。主に子育て相談は自分の気づきをBlogで発信。その後本の出版【産後つらくなったら読む本】など5冊の本を出版。その後講演会、個人のカウンセリングやセラピーを行う。また2016年よりチャイルドファミリーコンサルタントとして家族中心の子育て支援を届ける活動もしている。

梁 梨香

大阪で「はな助産院」という母乳育児を応援する助産院を運営しながら、助産師のチームBirth Keeperを設立し、妊娠中から産後までずっと継続して関わるしくみ作りをしています。母乳育児がしたいと望むママが多い割に、苦しむママがとても多いのが今の日本の現状です。本来ならば哺乳類なので、環境さえ整えば、幸せで楽しい母乳育児ができるはず。産前から伴走し、一緒に準備して自信を持ってもらえたら、やりたい育児ができて自信になります。自信が持てたら子育てが変わって未来が変わります。母乳育児したいママが多いこの国だからこそ、母乳育児で変わることがたくさんあると信じています。私のモットーは「ママと赤ちゃんはできる」です。ママと赤ちゃんの本来持っている力を引き出すことが、私たち助産師の使命だと思っています。

渡邉 安衣子

総合病院、助産院、新生児訪問と、もっともっと女性の暮らしに近づきたいと勤務先も変わってきました。そして、今年1月から、京都河原町の大型商業複合施設「GOOD NATURE STATION」でオンラインも対応可能な、女性のための相談室を担当しています。様々な場所で働いてきましたが、性教育活動は学生の頃からずっと継続しており、20年を超しました。ここ最近は、親のため、先生のための性教育講演のご依頼が多いのですが、講演の後は必ず個別相談の列ができます。「誰にも言えなかった。」「どこに相談してよいのか分からなかった。」と、こらえきれない涙を流す女性たちと日々向き合っています。助産師は女性の一生のサポーターであることは、性教育活動からも実感しています。マイ助産師として、「とりあえず、あいこさんにきいてみよ」そんな気楽な助産師でありたいなと思っています。

水戸川 真由美

助産師応援団長
東京在住、7年ごとの出産で3人の子の母、一人目の出産を経験に、自分自身のお産の深掘りをするために1995年より、「優しいお産のネットワークREBORN」主催の「いいお産の日」イベントに参加、事務局長などを務めイベントのプロデュースに関わる、助産師さんの存在を初めて知る。イベントを通して知り合った複数の助産師さんやお母さんたちの存在で第3子への妊娠・出産に臨む勇気を育むことができ、そして産後ドゥーラとしての現在の私の活動源となる。NPO法人親子の未来を支える会の理事。おなかの赤ちゃんに病気や障がいが見つかった方や出生前検査(診断)を受けた妊娠(継続やの有無にかかわらず)ピアサポートを継続中。助産師の存在は必須であることを声を大にして痛感中。umiのいえ、まきこ女将に声をかけていただき、寸前突撃参加です。どうぞよろしくお願いします。