囁き女官の館


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フランス王妃マリー・アントワネット。200年もの時を経て、未だ彼女の存在感は、後世に生きる私たちの興味関心を惹かずにはいられません。その一つの理由は、歴史という偉大な造物主が『フランス革命』という一つの試練を彼女に与えたことで、皮肉なまでにドラマティックな悲劇が、そこに生まれたからではないでしょうか。

マリー・アントワネットの生涯のドラマは、まるで通俗劇のような極端な明と暗があります。何百も部屋のある煌びやかな宮廷から、みじめな監獄の一室へ、玉座から断頭台へ、ガラスと金の偽装馬車から荷車へ、贅沢から貧窮へ、国民的人気から憎しみの対象へ・・・ずるずると容赦なく下へ下へと落ちていって、最後にはどん底に至ります。しかし、そのどん底の苦しみの中で、外側の魅力が失われた、まさに、そのとき、彼女の中の魂は『王妃』に相応しい輝きを放ち始めるのです。

『不幸になってはじめて、自分が何者か、本当に分かるのです・・・。』(マリー・アントワネットの言葉)

高い義務を意識したマリー・アントワネットの肉体が崩れ去る直前、彼女の魂は永遠の芸術品として完成しました。それゆえ、今日において、演劇、映画、小説などによって再現されたそれは、私たちの心を強く掴んで離さないのです。


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1750年頃~

1754年8月23日
ベリー公爵ルイ・オーギュスト、のちのルイ16世、ヴェルサイユで生まれる。

1755年11月2日
オーストリア皇女マリア・アントーニア・ヨハンナ・ヨーゼファ(マリー・アントワネット)、ハプスブルク=ロレーヌ家のフランツ1世とマリア・テレジアの娘に生まれる。

1755年11月17日
プロヴァンス伯誕生

1757年10月9日
アルトワ伯誕生

1760年頃~


1763年2月10日
七年戦争における英国のフランスに対する勝利を認めるパリ条約締結

1764年4月14日
ポンパドール夫人の死

1765年12月20日
ルイ・オーギュストの父の死

1767年3月13日
ルイ・オーギュスト母の死

1769年6月
ルイ15世、孫の王太子と皇女マリー・アンワネットとの結婚をオーストリアに正式に申し込む。

1770年頃~

1770年4月19日
マリー・アントワネットと王太子の代人による結婚がウィーンのアウグスティーナ教会で挙行される。王太子の代人はマリー・アントワネットの兄フェルディナント大公が務める。

1770年5月7日
マリー・アントワネットのフランスへの「引き渡しの儀」が執り行われ、オーストリアとのすべての係わりに永遠の別れを告げる。このとき14歳。

1770年5月14日
マリー・アントワネットはコンピエーニュの森で王太子と王家の人々に初めて対面する。

1770年5月16日
ヴェルサイユ宮殿の王室礼拝堂で結婚式が執り行われ、続いてこの日のために落成したオペラ座で祝宴が開かれる。

1773年6月8日
王太子と王太子妃、公式にパリに入る。

1774年1月10日
フェルセンがマリーアントワネットに紹介される




王妃マリー・アントワネットの誕生


1774年5月10日
ルイ15世の死去により、ルイ16世とマリー・アントワネットが国王と王妃に即位することが宣言される。 

1774年5月24日
国王はマリー・アントワネットにプチ・トリアノンの領地を贈る。

1775年4月19日
アメリカ独立戦争勃発

1775年6月11日
ランスの大聖堂でルイ16世の戴冠式。 

1776年7月4日
アメリカ合衆国独立宣言

1776年11月
フランクリンがパリを訪問

1777年4月
マリー・アントワネットの兄のヨーゼフ2世がフランスを訪問。
このときマリー・アントワネットに夫婦関係について助言する。

1778年2月6日
ルイ16世がアメリカとの同盟条約に調印

1778年8月25日
フェルセンはイギリスとスカンディナヴィアに長く滞在した後、ヴェルサイユを再訪し、王妃によって宮廷に迎えられる。

1778年12月19日
マリー・アントワネットはマリー=テレーズ・シャルロット、通称マダム・ロワイヤルを出産。

1779年
王領での農奴制廃止・囚人に対する拷問の廃止

1780年頃~

1780年11月29日
オーストリア大公マリア・テレジア、短い病ののち死去。

1781年10月22日
王太子ルイ・ジョゼフ・グザヴィエ・フランソワ誕生。
 
1782年4月12日
ルイ16世はロシア皇帝パーヴェル1世の訪問を受ける

1783年9月3日
アメリカ合衆国の独立を認めるパリ和平条約(ヴェルサイユ条約)の調印。フランスは何も得ることが出来ず、国庫は空となる。


首飾り事件

1784年4月27日
首飾り事件の始まり

1784年6月7日
スウェーデン国王グスタフ3世がハガ伯爵という偽名でヴェルサイユ宮殿に7月20日まで滞在。このとき数多くの祝宴が開かれる。フェルセンは親衛隊長として国王に随行。

1785年2月1日
ロアン枢機卿、「王妃の首飾り」をラ・モット夫人に渡す。

1785年3月27日
二男ノルマンディー公爵ルイ・シャルルの誕生。ルイ・シャルルはやがて1789年に兄が亡くなると王太子となり、1793年にルイ17世として即位することになる。

1785年8月15日
ロアン枢機卿、「首飾り事件」事件で裁判にかけられることになり、鏡の間で宮廷中の人々の面前で逮捕される。

1786年5月31日
ロアンに無罪判決

1786年7月9日
王女ソフィー・エレーヌ・ベアトリクス、通称マダム・ソフィーの誕生。

1787年6月19日
マダム・ソフィー死去。

また、マリー・アントワネットは病弱な長子ルイ・ジョゼフの健康を気にかける。
長子ルイ・ジョゼフは1788年初めにいっそう衰弱する。

1789年5月5日
ヴェルサイユで全国三部会開会。

1789年6月4日
ルイ・ジョセフ(長男)の死

1789年6月17日
国民議会を名乗り始める

1789年6月20日
球戯場の誓い

1791.4.2
ミラボーの死

1789年6月4日
ムードンで王太子ルイ・ジョゼフ・グザヴィエ・フランソワ死去。

1789年6月20日
ジュ・ド・ポームの誓い。

1789.6.27
国王の譲歩、国民議会の成立の承認

1789.7.14
バスティーユ奪取。ラファイエットが国民軍司令官に就任。

1789.8.26
人権宣言が採択

1789年10月5日
パリの民衆がパンを求めてヴェルサイユへ行進。
マリー・アントワネットはプチ・トリアノンでその知らせを受ける。
国王は狩猟から戻ると家族とともに宮殿に閉じこもる。

1789年10月6日
明け方、群衆が私的アパルトマンになだれ込む。
マリー・アントワネットは難を逃れ、国王と子どもたちと再会。
国王一家はパリに連れてこられ、チュイルリー宮殿に住むことになる。



1791年6月20日
国王一家、パリを脱出する。が、ヴァレンヌで捕らえられ、逃亡は失敗に終わる。

1791年7月17日
シャンドマルスの虐殺

1792年8月10日
チュイルリー宮殿、襲撃される。

1792年8月13日
国王一家、タンプル塔に移送される。

1792年9月3日
元女官長ランバル公妃、殺害される。

1792年9月22日
共和歴元年



1793年1月16‐18日
ルイ16世の裁判が結審し、国民公会は国王の死刑を採択する。

1793年1月21日
ルイ16世の処刑。

1793年8月2日
マリー・アントワネット、コンシエルジュリ監獄に移送される。

1793年10月14~16日
マリーアントワネットの裁判






1793年10月16日
革命裁判所での判決のあと王妃の処刑が執行される。38歳になろうとしていた時であった。 



1795年6月8日
ルイ・シャルル(ルイ17世)タンプル塔にて死去






ブルボン家の人々











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