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たかの友梨は多方面で定期的なボランティア活動を行っています。その中でも、彼女が後援会長を務める「鐘の鳴る丘少年の家」での活動は長年に渡り継続されているボランティア活動といえます。
当記事では、たかの友梨と「鐘の鳴る丘少年の家」との関係や、彼女が子供たちに寄せる想い、「鐘の鳴る丘少年の家」でのボランティア活動などについて書いていきたいと思います。1948年、新潟に生まれたたかの友梨は、3歳で養子に出された後も大人の事情により養子先や住む場所が変わってしまうような辛い幼少期を送ったといいます。最終的にたかの友梨を育て上げたのは2番目の義母でした。
義母はその人生経験もあってか、人に頼るのを嫌う人だったそうです。子供だったたかの友梨にも、人に頼らず生きていけるよう「手に職をつける」ということを強く勧めました。
手に職をつけるために選んだ職業は理容師でしたが、その後ストレスやハードな生活が原因でニキビに悩まされ、転職したのが化粧品を扱うビューティーアドバイザー。なんと日本ではまだ認知されていなかった「エステティック」を知るために仕事を辞めてフランスに渡るという経験も。
そこからますます「美」の追求を進めたたかの友梨は、美容家として「美」と「癒し」をもっと多くの人に体験して欲しいと考え、「たかの友梨ビューティークリニック」を設立するに至るのです。
「たかの友梨ビューティークリニック」の会長であり、ビューティーアドバイザーとして著作活動やメディア露出なども行う一方、「たかの友梨エステボランティア隊」として被災地で社員とともにボランティア活動を行ったり「鐘の鳴る丘少年の家」後援会長を務め子供たちのサポートを行ったりするなど数多くの慈善活動も行っています。
[たかの友梨 引用:スポニチ]
社会福祉法人「鐘の鳴る丘少年の家」は、たかの友梨が幼少期を過ごした群馬県にある児童養護施設です。1942年に「鐘の鳴る丘」というNHKのラジオドラマに感銘を受けた品川博氏(初代園長)が創立した施設で、1972年には「鐘の鳴る丘愛誠園」という特別養護老人ホームも併設しています。
たかの友梨は、1995年に「鐘の鳴る丘少年の家」の後援会長に就任しました。「鐘の鳴る丘少年の家」とたかの友梨の関係は、たかの友梨がまだ子供だった頃の時代にまでさかのぼります。不幸な事情により絶望の中たかの友梨と義母がこの施設を訪れた際に、施設の園長先生がかけてくれたとある言葉。その言葉に勇気づけられ、以来2人にとって心のよりどころとなったのだそうです。
たかの友梨は、過去のインタビューで「鐘の鳴る丘は私の人生の目標」と語っています。自分の心を支えてくれた施設や、そこで過ごす子供たちを支えることが、たかの友梨が努力し続ける理由のひとつとなっているのです。
毎年12月24日には鐘の鳴る丘少年の家でクリスマス会が開催されます。たかの友梨(株式会社不二ビューティ)は、ボランティアとして子供たちのためにクリスマスケーキやプレゼントを贈り、子供たちの楽しい思い出作りのための活動を行っています。
ここ数年ほどはコロナ予防のため訪問は見送られましたが、パンデミックが落ち着き、2022年12月24日(土)は再びクリスマス会が開催されました。部屋はクリスマスの装飾が施され、テーブルにはピザやチキン、寿司、ケーキなど子供たちの人気の料理が並びました。さらに、シャンメリーで乾杯した子供たちは大人の気分に浸りワクワクしていたようです。子供たちは目をキラキラさせながらプレゼントを貰い、笑顔を喜びに溢れた楽しいイベントになったようです。
2022年に創立75周年を迎えた「鐘の鳴る丘少年の家」は、創立記念事業として「こども家庭相談センター」と「鐘の鳴る丘歴史記念館」を併設した「RAINBOW GARDEN(レインボーガーデン)」を設立しました。
「こども家庭相談センター」は子供の成長や行動、しつけなど子育てを行う家庭が抱えるあらゆる悩みの相談窓口・支援の場となる役割を担う施設です。もうひとつの「鐘の鳴る丘歴史記念館」は、「鐘の鳴る丘少年の家」を創立した初代園長品川博氏の想いや当時の創作物、写真など、施設の歴史を辿ることができる展示施設となっています。
たかの友梨(株式会社不二ビューティ)は「RAINBOW GARDEN(レインボーガーデン)」の設立に賛同し、寄付を行っています。
2009年には、子供たちだけでなくデイセンターを利用しているお年寄りも利用できる屋内体育館施設を寄贈しています。芝生と幼児遊具、野外ステージホールなど児童がのびのびと遊べる場所はもちろん、バリアフリー加工した外部トイレも設置されているためお年寄りの方々も安心して利用できる施設です。
自伝や過去のインタビューなどでも語られているように、たかの友梨はとても複雑な環境で子供時代を過ごしてきました。そんな中でも頑張ってきたたかの友梨と義母に、心の支えとなる大切な言葉をくれたのが「鐘の鳴る丘少年の家」の園長だったのですね。
たかの友梨の座右の銘は「魅は与によって生じ、求によって減ず」という思想家・無能唱元氏の言葉だそうですが、その言葉どおり彼女は子供たちのために素敵な思い出を経験させ、施設を寄贈しているということです。
「子供たちを支える」という事を人生の目標にし、努力し続けるたかの友梨。彼女が発する言葉の強さは、「誰かのために生きる」という信念が良く表れていますね。今後も、たかの友梨のさらなる活躍に期待しています。