歌川国芳が描く一橋慶喜と将軍家定
国芳筆「東都名所新吉原」を考察する。
1858年、13代将軍徳川家定の死去と
一橋慶喜(徳川慶喜)の次期将軍待望
論を描いた画である。中央に将軍徳川
家定
、左には一橋慶喜と徳川斉昭を描
く。右の駕籠は老中阿部正弘である。
構図は「鳥獣人物戯画」から、画題は
「御伽草子兎と亀」から採っている。


歌川国芳筆「東都名所シリーズ」から
「東都名所新吉原」
「東都名所駿河台」
「東都名所
佃島」「東都名所洲崎」を
考察する。四
画は将軍徳川家定の死去
一橋慶喜将軍待望論を描いた画であ
る。
構図は「鳥獣人物戯画」から採っ
ている。先に関連画像を掲載する。後
半に画と画題から検証考察していく。

国芳筆「東都名所新吉原」を考察
1858年、13代将軍徳川家定の死去と
一橋慶喜(徳川慶喜)の次期将軍待望
論を描いた画である。
構図は「鳥獣人
物戯画」から、画題は
「御伽草子兎と
亀」から採る。先に関連画
像を掲載。
次に画と画題から検証考察して行く。

国芳筆「東都名所新吉原」
中央が13代将軍徳川家定。走り去る駕
籠は
老中阿部正弘である。左は将軍候
補一橋慶喜
と徳川斉昭の二人である。

「鳥獣人物戯画」甲巻部分
中央の兎は将軍徳川家定、右に走り去
る駕籠。この構図を「御伽草子兎と亀」
に流用する。兎は亀との競争に負けた
後狼を退治し信用を晴らす。御伽噺は
うとうとする。「うとうと昔の名書信
用を晴らす」=「とうと名書信用を晴
らす」=「東都名所新吉原」。これが
画題となる。左に走り去る兎がそれ。

先に画から考察
1、歌を口ずさむ男が将軍徳川家定。
将軍徳川家定は、迂愚と呼ばれた。
2、顔を覆う男が将軍候補一橋慶喜、
共に歩くのは徳川斉昭。背景に田。
3、駕籠が足早に去る。1857年
将軍徳川家定を加護(かご)した
中老阿部正弘が死去する。

次に画題から考察。
画題「東都名所新吉原」に画中の
の(迂愚が)と(田)を入れると、
「東都名所迂群が新田ようし原」=
「とうとうめいしょうぐんがしんだ
ようしは」=「とうとう名将軍が死
んだ養子は」となる。1858年将軍
徳川家定が死去、紀州藩より徳川家
茂が養子に入ることとなる。
構図は「鳥獣人物戯画」から。画題
は「御伽草子兎と亀」から採る。終


国芳筆「東都名所駿河台」を考察
一橋慶喜の将軍待望論を描いた画。駿河
台から一橋慶喜が虹を望む。構図は国宝
「鳥獣人物戯画」から採っている。画題
は「御伽草子竹取物語」から採る。先に
画像を掲載。次に画と画題から考察。

国芳筆「東都名所 駿河台」
虹を望む男は一橋慶喜、後に続く
のは徳川斉昭。
傘を横に持ち駆け
来るのは将軍 徳川家定である。
「鳥獣人物戯画」甲巻
狐が一橋慶喜、兎が徳川斉昭。笠を横
に持つ猿は将軍徳川家定である。この
構図を「御伽草子竹取物語」に流用。
手を振る猿はかぐや姫。二匹の狐と兎
は見送る老夫婦。
かぐや姫が月に帰っ
た後、帝は、形見の不死の薬を駿河の
山で燃やす。御伽噺はうとうとする。
「うとうと昔の名書駿河の山」=「と
うと名書駿河の山」=「東都名所駿河
台」が此の画の画題となる。----

先に画から考察する。
1、駿河台から雨後の虹を望む男を描
。右手をかざす男は供を従え歩く。
するが大は世をしのぶ。虹=二字=将
軍。
望(view)=望(want)。駿
河台虹を望む=
一橋慶喜(よしのぶ)
将軍を望む。

2、後に続く男は水戸藩主徳川斉昭。
3、前から傘を横に持ち駆ける男
将軍徳川家定である。(雨具が横)

次に画題から考察する。
画題「東都名所駿河台」に雨具が横を
入れる。「東都名所雨具が横駿河台」
=「とうとう名将軍が横一橋慶喜が将
軍を望む」となる。1858年将軍徳川
家定が死去。紀州藩から徳川家茂が将
軍に就任。構図は 「鳥獣人物戯画」
から、画
題は「御伽草子竹取物語」か
ら採っている。        


国芳筆「東都名所 佃島」を考察
船に乗る芸者は一橋慶喜と徳川斉昭であ
る。船をこぐ船頭は薩摩藩主島津斉彬。
構図は「鳥獣人物戯画」から採る。画題
は「御伽草子鶴の恩返し」から採ってい
る。先に関連画像を掲載。次に画と画題
から検証考察して行く。------ー

国芳筆「東都名所佃島」
舟に乗る芸者は一橋慶喜と徳川斉昭。
右の船頭は薩摩藩主島津斉彬である。
「鳥獣人物戯画」甲巻
右の二匹の兎は左に位置が替わる。
蛙は返す櫓に描き替えられている。
この構図を「御伽草子鶴の恩返し」
に流用する。鶴は身から羽を採り見
事な縞(シマ)を作った。御伽噺は
うとうと。「うとうと昔の名書作っ
た縞」=「とうと名書作った縞」=
「東都名所佃島」が画題となる。兎
が縞を織る、二匹の兎はそれを覗き
見る老夫婦の姿である。-----


先に画から解く。
1、佃島は大阪からの移民の島。大阪
の佃島は荘園である。荘園=世を忍ぶ
=一橋慶喜(よしのぶ)。
2、舟に乗り佃島に向かう二人の芸
は一橋慶喜と徳川斉昭である。
3、船頭は兵庫守島津斉彬。裾に大砲
4、雲群が横にたなびく。雲群が横

次に画題から解く。
画題「東都名所佃島」に雲群が横を入
れる。「東都名所雲群が横佃島」=
「とうとう名将軍が横一橋慶喜が将
軍」。しかし将軍徳川家定死後、
紀州
藩から徳川家茂が将軍に就く事となる

構図は「鳥獣人物戯画」から。画題は
「御伽草子鶴の恩返し」から採る。終


「東都名所洲崎初日の出」を考察
駆ける芸者は一橋慶喜と徳川斉昭。構図
は「鳥獣人物戯画」から、画題は「御伽
草子カチカチ山」から採る。先に画像を
掲載。次に画と画題から検証考察する。

国芳筆「東都名所洲崎初日の出」
右から一橋慶喜と徳川斉昭が駆ける。

「鳥獣人物戯画」甲巻
画面は左右入れ替わる。尻尾を持つ
が一橋慶喜、後ろの兎は徳川斉昭。

の花が朝日に描き替わる。この構図を
「御伽草子
カチカチ山」から採る。御
伽噺はうとうと。右の狐は尻尾に火が
付いている。
「うとうと昔の名書尻尾
の先初火の出」=
「とうと名書尻尾の
先初火の出」=
「東都名所洲崎初日の
出」が此の画の画題となる。----


先に画から解く。
1、洲崎の初日の出に民が歓喜する。
洲崎はヨシがよく伸びる洲である。
洲崎=ヨシ伸びる=一橋慶喜。
2、深川芸者が駆けつける。前を駆け
るのは一橋慶喜。後ろは徳川斉昭。
3、雲群が横にたなびく。雲群が横。

次に画題から解く。

画題「東都名所洲崎初日の出」に雲
群が横を入れる。「東都名所雲群が
横洲崎初日の出」=「とうとう名将
軍が横一橋慶喜初日の出」となる。
しかし将軍には紀州藩から徳川家茂
が就く。
構図は「鳥獣人物戯画」か
ら採る。画題は「御伽草子カチカチ
山」から採っている。    終


国芳が描いた「東都名所シリーズ」の
構図は全て「鳥獣人物戯画」から採る。
詳細は「ペライチ岩瀬道夫」を御参照。

16世紀のオランダの画家ブリューゲル
が描いた「農民の婚宴」と「農民の踊
り」は日本の国宝「鳥獣人物戯画」か
ら構図を採る。画中に日本とNIHON
の絵文字が描かれる。詳細は以下に。
 https://peraichi.com/landing
_pages/view/kohokunite

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた
「モナリザ」の背景は雪舟が描いた
「秋冬山水図」から構図を採る。
「モナリザ」は雪舟筆「騎獅文殊図」
の文殊菩薩である。画中にLVとCEの
文字が書かれる。L・ダ・ヴィンチと
雪舟の頭文字である。詳細は以下に。
https://peraichi.com/landing
_pages/view/oominokuni 終


岩瀬道夫         岐阜県垂井町 
 09050046818   2019/01/08 
https://upload.wikimedia.org/
wikipedi様より画像を転載。