邪馬台国ラプソディ
〈第一巻〉

小説 邪馬台国ラプソディ 〈第一巻〉




 母の死をきっかけに考古学の道を断念し医者の卵となった青年と、日本神話に憧れるアメリカ帰りの少女が織りなすラブコメディ。
二人は九州を旅しながら、厚いベールに閉ざされた邪馬台国と日本神話の謎を解き明かしていく。
また、俳句修行を通して、お互いを理解し合うようになり、二人の愛は花開いていった。

閉ざされた日本神話の真実を探る道標
『ホツマツタヱ』の世界を辿る、
時空を超えたたび物語

『古事記』と『日本書紀』は、真実を神話というオブラートで包み込み、その時代を駆け抜けていった魂の群れの息遣いと浪漫を覆い隠している。
『ホツマツタヱ』はジグソーパズルだ。文字に隠された情景を繋ぎ合わせた筋書きに沿って、欠けたピースを色褪せかけた魂の呻きと疼きで埋め、その輪郭と憧憬を形作っていかねばならない。幻想だらけの物語かもしれないが、その時代に生きた魂の生き様を感じてくれれば、それで良いと思っている・・・・・(本文より抜粋)

タイムトラベル旅行記


九州の旅
輝夫は考古学の道を進もうとしていたが、母の病死をきっかけに医者の道を歩むようになる。耀子はアメリカからの帰国子女で、日本の文化を理解するために日本神話に没頭している。
若いカップルは九州の名所旧跡を巡り、邪馬台国の謎を解き明かしていく。そして、俳句修行を続けながら、旅を通して、打ち解けあい、愛を深めていく。

邪馬台国の旅
輝夫は古文書のホツマツタヱを参考にして、古事記の日本書紀に隠されている嘘を是正し、日本神話と魏志倭人伝を重ね合わせたストーリーを展開していく。
倭国大乱、イサナギとイサナミのラブストーリー、卑弥呼の生い立ち、天照大御神の生誕と瀬織津姫の婚姻の話をフィクションを混じえながら語っていく。
涙あり、笑いありの歴史小説。

古代中国の旅
耀子がブルートレインの中で知り合った神秘的な女性(華子)が差し出した古文書には、倭国へと続く古代中国のの絵画が描かれていた。その絵画に触れると、古代中国の世界に引き込まれ、実体験をすることができる。
夏王朝の帝禹、周の太伯、春秋呉の亡国の民(倭人)、越滅亡と安曇族、秦の除福、楚呉の戦いの話が繰り広げられる。

古代中国の旅
耀子がブルートレインの中で知り合った神秘的な女性(華子)が差し出した古文書には、倭国へと続く古代中国のの絵画が描かれていた。その絵画に触れると、古代中国の世界に引き込まれ、実体験をすることができる。
夏王朝の帝禹、周の太伯、春秋呉の亡国の民(倭人)、越滅亡と安曇族、秦の除福、楚呉の戦いの話が繰り広げられる。

卑弥呼の履歴書

磐樟船

イサナギとイサナミは長女のヒルコ姫を生んだ。しかし、ヒルコ姫は発育不全だったので、イサナギの厄年に災いを齎すと信じられ、磐樟船(いわくすふね)に乗せられ流された。
この離別の本当の理由は、狗奴族がヒルコ姫の命を狙っていたので、兵力に長ける住吉に一時的にヒルコ姫を守らせるためであった。

髪置きの儀

狗奴国は、ヒルコ姫が有力豪族を束ねるようになることを恐れて、何度もヒルコ姫を襲ったが、有力諸侯が一丸となり、全力でそれを阻止した。
ヒルコ姫は、幾多の試練を乗り越えなが、諸侯と天神家の鎹になり、ヒルコ姫の下で同盟国の絆が深まった。
お食い初め、髪置きの儀、雛祭りと、成長の一里塚を皆で祝った。

卑弥呼即位

ヒルコ姫は住吉の下で、美しくそして賢く成長した。そしてイサナギの後厄が終わると、宮廷に戻った。
イサナギは有力豪族からの信頼が厚いヒルコ姫を、女性神官の長である若日孁(卑弥呼)に任じた。後に、卑弥呼は祭祀と外交を、弟の天照大御神は政治経済、軍事を束ねるようになった。二神は協力して、邪馬台国を治めた。

メッセージ

膠着した邪馬台国論争を前に進めるために、ホツマツタヱと魏志倭人伝を重ね合わせ、これまでに類を見ない提言をする。
古事記と日本書紀に隠された嘘は、日本の歴史を10世紀くらい古く見せようとしたこと、蛭子姫を夭折させたこと、卑弥呼と瀬織津姫の存在を覆い隠そうとしたこと、そしてヲシホミミの時代に、邪馬台国は長子のクシタマ・ホノアカリ(大和政権)とニニキネ(九州政権)の兄弟政権になったことを隠そうとしたことだ。
また、天神は武力ではなく、農地の開墾と紡績技術の普及により民心を得て君主の座に君臨した偉大な政治家だった。
ホツマツタヱは偽書と呼ばれることもあるが、その内容は現実的であり神話ではない。そこで、ホツマツタヱを用いて記紀の嘘を暴き是正することを試みた。

邪馬台国の謎を解き明かす

何故、倭国大乱が起きたのですか?
六代目天神のオモタルとカシコネに嫡子ができず、二神が身罷ると、国を束ねる神が不在となり、覇権争い(倭国大乱)が勃発した。
倭国大乱をどのようにして沈静化させたのですか?
天神本家の血脈が途絶えたので、高皇産霊尊の豊受大神が天神王朝を束ねていたが、天神本家の血筋ではないので倭国大乱を鎮圧することができなかった。
そこで、豊受大神は「、四代目天神のウビチニが高皇産霊家から養子に迎えたアメヨロヅから始まる天神嗣子家の孫のイサナギと、豊受大神の娘のイサナミを娶せ、七代目天神とし、倭国大乱を静めた。
邪馬台国の場所はどこですか?
イサナギとイサナギの時代に、豊国と四国の開墾を進め、天神王朝の領土にし、邪馬台国は東西に長い国家となった。そして、二人が国造りをした場所は、ヤマト(邪馬台国)と呼ばれるようになった。イサナギとイサナミは福岡県行橋市に都を定め、イサ宮を建造した。
天照大御神の時代になると中津(イサワ宮)に遷都し、そして、ヲシホミミの時代に日田に遷都した。日田は日高見で、高皇生霊家の本拠地で、政治を司った館は、小迫辻原遺跡の屋敷跡だ。
天照大御神の命で、ヲシホミミの長子のクシタマ・ホノアカリ尊は飛鳥に降臨し大和政権を築いた。また、その弟のニニキネ尊は南九州に降臨し、九州全土を統一し、九州政権を構築した。天照大御神が二政権を束ねていたが、兄弟政権制となった為、邪馬台国の国土は更に広がっていった。
ニニキネの時代に何度も遷都したため、都の場所の比定はあまり意味が無い。魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の都は、ヤスカワの宮と呼ばれる場所だが、ここでヲシホミミを養育し、外交に携わっていた。ヤスカワの宮の位置を特定するのは難しいが、御所ヶ谷神籠石が候補の一つだ。
尚、魏志倭人伝の「 南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月」の「水行十日陸行一月」は、不弥国からの距離ではなく、邪馬台国の大きさである。豊国、四国がその領土であった。

卑弥呼と天照大御神と関係を説明して下さい。
二神は姉弟で、卑弥呼(若日孁)が祭祀と外交に携わり、天照大御神が政治と経済と軍事を掌握していた。
魏志倭人伝に「 夫婿なく、男弟ありて、佐(たす)けて国を治める。王と為りてより以来、見有る者少なし。婢千人を以(もち)い、おのずから侍る。ただ、男子一人有りて、飲食を給し、辞を伝え、居所に出入りす。宮室、楼観、城柵が厳設され、常に人有りて兵を持ち守衛す。」とあるが、この弟というのが天照大御神で、男子一人が夫の思兼である。仲人は、ヒルコ姫の育て親のカナサキ(住吉)だった。
二度目の魏への朝貢の際に、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡を賜ったが、この鏡を弟の天照大御神に譲った。
最後の朝貢の後に、反乱が生じたため、政治の全権は卑弥呼から天照大御神に移った。卑弥呼は引退し、初代大物主(大黒天)の娘と、金山彦の孫娘と穏やかな晩生を過ごした。卑弥呼の逝去は、スサノヲの大蛇退治と出雲の国譲りの間くらいである(西暦260年前後)
卑弥呼、台与、瀬織津姫、天照大御神、豊受大神の御陵はどこか?
                     御陵(推定)
卑弥呼(ヒルコ姫):大分県宇佐市 宇佐神宮上宮 ニノ神殿と南中楼閣の間にある甲殿の下(石棺)
瀬織津姫(天照大御神の中宮):宇佐神宮上宮 三之ノ神殿と神楽殿の中間地点(石棺)
台与(二代目大物主クシヒコ〈恵比寿、大国主〉の后の美穂姫、高木神の娘):箸墓古墳(埋葬時期:西暦300年前後)
天照大御神:大分県日田市 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡の埋葬地(ダンワラ古墳?)、その後の玉体が鎮座している地は不明(
豊受大神:大分県日田市 朝日の文字が入っている場所(朝日天神山?)、その後の玉体が鎮座している地は不明
白山姫(イサナギの妹、神皇産霊尊の妃):福岡県糸島市 平原古墳?(確かな根拠なし)
宗像三女神
 田心姫(タケコ姫):宗像大社沖ノ島
 湍津姫(タキコ姫):中津市薦神社
 市杵島姫(タナコ姫):広島県 宮島厳島神社
卑弥呼に贈られた100面の鏡は三角縁神獣鏡か?
神獣鏡は三国志の呉の鏡なので、重要な同盟国の卑弥呼に下賜品に、魏王朝が敵国の神獣鏡を贈るわけがない。
また、魏では、銅鏡は庶民が用いるもので、皇族は鉄鏡を用いていた。
卑弥呼に贈るのに、銅鏡では価値がないので100面贈った。そこで、魏が直ぐに入手できた後漢鏡か魏鏡を用いるしかなかった。
皇族の中でも、魏の曹操は金錯嵌珠鉄鏡、皇后や皇太子は銀錯嵌珠鉄鏡を用いることが許された。
卑弥呼が二度目の朝貢をした際には、魏の威信をかけて製作した金銀錯嵌珠龍文鉄鏡を卑弥呼に贈ったと考えられる。
日田の鉄鏡の銘文『長宜子孫』は子孫繁栄の意味で、女性に与える鏡だ。鏡の格式を考慮すると、この鏡は卑弥呼が授かった鏡だ。
100面の銅鏡も『卑弥呼の鏡』だが、魏帝が魏の威信にかけて卑弥呼に贈った鏡は一面の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡だ。
三角縁神獣鏡に関しては、国産鏡と中国産と呼ばれていた鏡の鋳型傷が同じであったこと、中国では一面も出土していないことより、全て国産鏡である。
神武天皇の東征(西暦300年前後)以降、国を束ねるための国策の一つとして、大和王朝は三角縁神獣鏡を用いた。
三角縁神獣鏡は歴史的な遺産なので、大切に後世に残さねばならない。(国産鏡が大量に生産できることは強大な国力の証だ)
邪馬台国の場所はどこですか?
イサナギとイサナギの時代に、豊国と四国の開墾を進め、天神王朝の領土にし、邪馬台国は東西に長い国家となった。そして、二人が国造りをした場所は、ヤマト(邪馬台国)と呼ばれるようになった。イサナギとイサナミは福岡県行橋市に都を定め、イサ宮を建造した。
天照大御神の時代になると中津(イサワ宮)に遷都し、そして、ヲシホミミの時代に日田に遷都した。日田は日高見で、高皇生霊家の本拠地で、政治を司った館は、小迫辻原遺跡の屋敷跡だ。
天照大御神の命で、ヲシホミミの長子のクシタマ・ホノアカリ尊は飛鳥に降臨し大和政権を築いた。また、その弟のニニキネ尊は南九州に降臨し、九州全土を統一し、九州政権を構築した。天照大御神が二政権を束ねていたが、兄弟政権制となった為、邪馬台国の国土は更に広がっていった。
ニニキネの時代に何度も遷都したため、都の場所の比定はあまり意味が無い。魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の都は、ヤスカワの宮と呼ばれる場所だが、ここでヲシホミミを養育し、外交に携わっていた。ヤスカワの宮の位置を特定するのは難しいが、御所ヶ谷神籠石が候補の一つだ。
尚、魏志倭人伝の「 南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月」の「水行十日陸行一月」は、不弥国からの距離ではなく、邪馬台国の大きさである。豊国、四国がその領土であった。

古代中国より倭国への旅


   夏王朝の帝禹
禹は黄河の治水工事を成功させ、民に安全と豊かさを齎した。都に戻ると、帝瞬に祝福された。その後、帝瞬より禅定され、皇帝となった。帝禹は民が豊かになる為の施策を施し、自らは質素倹約に務めた。
耀子は帝禹の娘として、物語に登場する。無邪気で朗らかな人柄で、周囲の人たちを笑みで満たした。

    帝少康の子
帝禹が没すると、夏王朝は暴政を行った為、弓矢射撃の名手の羿(げい)や寒浞(かんそく)に王朝を簒奪された。
寒浞は多くのヒトの命を奪ったので、夏王朝の少康が寒浞を倒した。帝少康は帝禹の治世を理想として、帝禹が身罷った会稽の地(紹興)に庶子の宇余を送り、帝禹を祀り、越を豊穣の地に変えるよう命じた。

   太伯渡来伝説
商(殷)時代末期、周の太伯は長子であったが、王座を末弟に譲り、江南の地に流れ春秋の呉を建国した。
その後呉を弟に譲り、日本に渡来したという伝説が残されている。船で日本海を渡り、延岡近郊に辿り着いた。その地で妻を娶り、稲作文化を伝え王国を建国した。その地で身罷り、 諸塚山(太伯山)に葬られた。

   秦の除福渡来
秦の始皇帝の命で、徐福は不老不死の薬を求めて日本に渡来した。佐賀県、和歌山県、山梨県を訪れたが、不老不死の薬を見つけることはできなかった。この徐福の足跡を辿っていく。
佐賀県の金立山の麓で、阿辰と巡り会い深い仲になるが、不老不死の薬が見つからなかったため、再度旅に出ると、阿辰は入水した。

小説 邪馬台国ラプソディ〈第一巻〉は面白い!!


涙あり

柔らかい真綿を絹の布の袋に積めた布団にヒルコ姫を包みこみ、水に浮かべた磐樟船(いわくすふね)の上にそっと置いた。
まだ一歳にも満たないというのに、イサナギの前厄の前に親の元から引き離された。そして磐樟船は岸を離れ、河を下っていった。イサナギとイサナミは舟の影が見えなくなるまで、ずっと河の流れの果てを見守った。


笑いあり

「貴方の唱える邪馬台国に関する説を信じる人は誰も居ないわ。そんな話をすると、嘘つきだと皆から非難されるだけよ」
「嘘つき呼ばわりされるのは、とても心外だ!」
「でも、私は嘘つきな貴方が大好きだよ。だって、私も嘘つきだから ♥」
「結局、僕が嘘つきだから、嫌いだということじゃないか」


熱情あり
お神酒の入ったお二人は床の中で激しく愛を貪り合い、燃え滾る熱い愛の交わりの中でその心と肉体を溶かしていきました。三日間堂に閉じ籠り、二人の熱愛は完全に燃え尽き昇華していました。

熱情あり
お神酒の入ったお二人は床の中で激しく愛を貪り合い、燃え滾る熱い愛の交わりの中でその心と肉体を溶かしていきました。三日間堂に閉じ籠り、二人の熱愛は完全に燃え尽き昇華していました。

書籍概要

邪馬台国ラプソディ〈第一巻〉
書籍名 邪馬台国ラプソディ〈第一巻〉
サブタイトル 卑弥呼の履歴書
著者名 川鍋 光慶(かわなべ みつよし)
出版社 文芸社
販売開始日 2018年2月1日
販売書店 紀伊国屋書店 新宿本店、大阪 梅田店
谷島屋書店  浜松 イオンモール志都呂店
明屋書店   大分 日田店
最寄りの書店 お取り寄せ
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お知らせ

2018.01.24 大分県日田市 伊藤塾開催(郷土歴史家 石丸邦夫氏追悼式)
2018.02.01 本書籍 発売開始  (紀伊国屋 推薦図書)
2018.12 全国邪馬台国協議会 日田市で開催
2018.12 全国邪馬台国協議会 日田市で開催
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