藤原次男氏とマシジミ。日本貝類学会名誉会長・故波部忠重。自然保護とか自然愛護が強く叫ばれる今日この頃、自然観察の催しではその道筋のいろいろの動植物の名が次々と教えられる。この事自体は大変結構なことで、自然に接触する動機になる。しかし、本当に自然の神秘に触れ、自然の不思議に感動することは、それ等の生物を何度も何度も観察して、その生態を知ることから始まる。今ここにそれを実践した報告がある。それはマシジミを観察して約30年の藤原次男氏のこの報告である。マシジミは本文を読まれると明らかなように、淡水に棲む二枚貝で食用にする。シジミ類は日本全国の河川に広く分布するがその中マシジミは淡水に棲み直接子貝を産み、一方ヤマトシジミは海水と淡水が混じる汽水に棲み卵を水中に産むとされてきた。この常識が藤原氏のじっくり腰を据えた飼育観察から、マシジミも、ヤマトシジミのように卵を産むことが明らかにされ、さらに野外の小川でもそれが認められ、卵生の存在が確認され、従来の子貝を産む卵胎生に卵生を加えねばならなくなった。また、研究の道程から成長や年齢も一層はっきりして、シジミ学の上に大きい学術上の貢献をされた。この事は特筆すべきことである。もう知りつくされていると思っていてもじっくり観察すれば、その人それぞれにこれまで気付かなかった自然の神秘や不思議に出会い、一層、自然保護自然愛護の重要性を感得するに違いない。そして時には、藤原次男氏のように従来の考えを改めなければならないことを見いだすこともある。藤原次男氏がつづられた約30年のマシジミの観察研究を読んでこれに続く学生諸君が出ることを切に希望している。国立科学博物館分館にて1995年10月5日。以上は、私がマシジミの卵生説を発表し、今まで卵胎生とされていたマシジミの学説に卵生を加える必要が生じたことについて、故波部忠重博士から今後もしっかりやるように励まされた時のものである。博士は日本貝類学会の最高峰であり、貝類をご研究された昭和天皇にご進講をされた。そんな博士に励ましを受けたことに心から感謝したい。それから約24年が経過したが、博士が初めて使用された「シジミ学」に少しでも貢献できればと考えている。さらに、マシジミの研究について本格的なご指導をお受けしたのは宮崎大学農学部の故池末弥博士である。先生は私の最初の論文を9回も校閲していただいたことは決して忘れることはできない。先生との邂逅を神に祈るほど感謝したい。
令和2年12月6日 藤原次男