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はじめまして。
発音矯正のスペシャリスト
花咲奈々子です。

もし職場で英語がスラスラ話せたら…

もっと海外旅行で英会話ができたら楽しいのに…

もっと英語が話せたら転職しやすいのに

もっと英語が話せたら会議で発言できるのに…

 

そんな風に思うことってありますか?

 

実はわたしは今でこそ起業して

生徒さんを3か月で

職場で英語がスラスラ話せるように

するサポートをしていますが、

 

大学卒業後は普通のOLでした。

花咲奈々子は何してる人?

はじめまして、花咲奈々子です。

 

わたしは大学卒業後、電機メーカーで

1年間は国内営業、

2年間は国際室というところで

営業アシスタントをしておりました。

 

その後、アメリカの大学院で

英語教授法の修士を1年で取得し

 

大学で英語講師を15年間勤め

約7000人の学生を教えてきました。

現在は

ビジネスパーソンや医師、経営者など

280名以上にアドバイスする

英会話講師として

充実した毎日を送っています。

 

私がサポートすることで

「英語話せました~♪」と

生徒さんが笑顔になってもらえることが

心の底から嬉しいです。

 

生徒さんの個性や考え方をしっかりと

聞いたうえで

生徒さんが英会話における目標達成をできるように

 

英会話学習におけるノウハウや

コーチングの手法も取り入れながら

 

丁寧にサポートすることを

大切にしています。

真剣に毎日3時間勉強しても
英語が話せなかった
中・高時代

わたしは今でこそ

不自由なく英語で外国の方と

コミュニケーションをとることができます。

 

だけど

帰国子女でもなんでもありません。

 

中学1年のときに

”This is a pen"から英語を始めました。

 

「良い大学に行って

 良い会社に入らなければならない」

 

という信じ込みが親の影響でありました。

 

その目的を果たすべく

中学から高校まで

地元大阪の有名スパルタ英語塾に通い

毎日3時間、真剣に勉強しました。

私は

◎テレビでみたアメリカ縦断ウルトラクイズの

 ニューヨークに行きたい

◎カーペンターズをうまく歌いたいから

 

という心の底から湧き上がる楽しみを

目的として英語を学んでいたのではなく

 

テストでいい点をとるためだけに

教科の一つとして

必死で英語を勉強していたのです。

 

その中でも英語が好きだったのは

「勉強すればするほど結果がでるから」

 

数学の塾も通っていましたが

同じくらいの時間をかけて学習しても

ちんぷんかんぷん…。

 

英語は勉強の「頭の良さ」の問題ではない

とにかく「反復練習だ」

という感覚をこのころつかんだように思います。

 

しかしながら

地元でNo.1に良いとされる英語塾に

通っていても


話す練習は1分もしていないので

英語が話せませんでした。


デッサンで挫折、
英語の道へ

高校2年生の3学期、

進路を決める時がやってきました。

 

なぜか「良い大学=国立大学」

という考えが私の中でありました。

 

絵を描いたり

色のことを考えたりするのが好きなので

美術大学で学びたいな

 

でも美大はハードル高いしな

 

ということで

 

美大ではない国立大学で美術系

=教育学部の美術系

 

をめざしました。

 

そしてスパルタ美大予備校に通いました。


あるとき

50人の予備校生の前で1枚の絵を

先生が見せました。

 

「これはモチーフを見ていない人の絵です」

よく見るとそれは私のデッサンでした。

 

「おまえには才能がない」

といわれ先生方からバカにされました。

 

崖からいきなり突き落とされて

冷たい海におぼれるくらい苦しかったです。

けなされるだけで

「どこをどう変えたらよいか」

「どういう練習をしたらよいか」

についての具体的指導は

1つもありませんでした。

今ならわかるのですが

けなすだけの先生では上達しません。


「どこをどう変えたらよいか」

「どういう練習をしたらよいか」


を具体的に言うことができるのが

良い先生ですよね。

それでも


泣きながら1日6時間

デッサンをしました。

 

結果は、やっぱり・・・



試しに受けてみた美大は

全部落ちましたし

 

第一希望であった

国立大学の教育学部の美術系も

すんなり落ちました。

 

浪人する根性はなかったので

1つだけ受かった私大の

英語英米文学科に進みました。

「せっかく英文科なんだから  

 卒業までに英語をペラペラに  

 話せるようになりたい!」

 

と毎回真剣に

授業の予習、復習しました。

 

しかし

「このまま日本でこの大学にいて 真剣に勉強しても

 英語話せるようにならないな~」

とすぐにわかりました。

 

カリキュラムが

「英語が話せるように」

組み立てられてはいないからです。

 

そこで大学3年生の時に

大学提携の留学制度を利用して

1年間アメリカに行きました。


超かっこ悪いアメリカ留学生活

半年は語学学校で

留学生ばかりと学び

 

半年は大学で

現地の学生と授業を受けました。

 

アメリカ留学の最初の3か月は

いろいろと苦しい思いをしました。

 

中・高6年間

大学2年間真剣に英語を毎日3時間以上

勉強してきたのに

 

ほとんど

”Hi"しか言えないまま留学したので

コミュニケーションがとれず

 

最初は

お店でコーヒー1杯を頼むのも

ビクビクでした。

「こんなに英語を勉強してきたのに

 しゃべれないなんて

 自分って駄目な人間だ~」

 

と自己肯定感が低くなり

夜もよく眠れず

朝起きると必ず鼻血を出していました…。

 

寮に住んでいたので

「鼻血ガール」と他の留学生に

からかわれていました。

 

アメリカでの食事にも悩まされました。

「おいしいホッカホッカのご飯が食べたい

 お味噌汁が飲みたい~」

 

和食恋しさに

「日本に帰りたい~」と

軽いノイローゼになってしまいました。


優しいジャネット先生のおかげで
起死回生

そんな時

語学学校にジャネットという

とても優しい先生がいました。

 

マンツーマンレッスンの時間が

あっていつもその先生のところへいって

 

たどたどしい英語で

いろいろと話しを聞いてもらいました。


その先生は絶対に否定をしない先生でした。


ちょっとできたことを

わかりやすくほめてくれました。

 

わたしが" For example"というフレーズを使ったら

「そのフレーズを使うと

 相手が理解しやすいね。すばらしい!」

など具体的にほめてくれました。

私は

ジャネット先生の指導スタイルを

参考にしています。




「私なんて」と言い訳しないで

コツコツと頑張っている学習者に対して



「優しい、褒める、否定をしない」


これはどんな学習においても

上達を早めてくれる先生の条件なのです。


そうした

優しいジャネット先生とのやりとりで


少しずつ「私もできる、話せる!」

と自分を立て直すことができ

 

夜ぐっすりと

寝ることもできるようになりました。

死ぬほど勉強した!
アメリカの大学での授業

そのあと首の皮いちまいで

TOEFLという試験の基準点をなんとかクリア。

 

現地の学生とともに

大学の授業を受けることができました。

その時も死ぬほど勉強しました。


例えば

「産業革命以降のヨーロッパの歴史」という授業では

こんな感じで必死で食らいついていきました。

↓↓↓

 

◎授業90分をカセットテープに録音、

 次の授業までに10回以上聞く

 

◎オフィスアワー(授業外で先生に質問できる時間)

 は毎回利用。

  質問を10問以上書き出して  
 
 先生に60分質問攻めにする

 

◎文庫本一冊、もちろん全部英語

 授業の予備知識として必要 → 1週間で必死で読む


◎「イギリス、フランス、ドイツ

  における産業革命の比較について」のレポート

  A4を10枚頑張って書く

  添削してくれるサービスを提供する

  大学のライティングセンター

  というところがありました。


  そのセンターで働くバイトの大学院生には

  「このレポートじゃ単位取れないぜ」

  といわれたけど


  なんでダメなのかまでは説明せず

  改善点まではいってくれず

  ちょっとした文法の間違いだけ教えてくれました。

 

  「オワタ~」と顔面蒼白になりました。

 

  指摘された文法の間違いだけ直して

  提出したところ~

 

  先生からの評価はB+(中くらいより上)で

  単位は取れました!

 

他にも3つこんな感じで授業をとっていて

必死で勉強しました。

この時に

英語で授業を受けて

英語で大量の本を読んで

英語でたくさん質問して

英語で何枚もレポートを書いたことが


私の英語の「聞く、話す、読む、書く」のレベルを

100倍以上押し上げたといっても

過言ではありません。

 

なんとかアメリカでの大学の授業で

単位を1つも落とすことなく

1年の留学を終えて日本に帰ることができました。


わかってないのに
「イェース、イェース」と言い

 電話口でシンガポール人に怒られ
凹む日々

就職は超氷河期時代でしたが

 

□1年間アメリカ留学していて英語話せる

□体育会水泳部でメンタル強そう

 

という理由で

なんとか倍率20倍を突破し

電機メーカーの事務職にありつけました。

 

1年目は大阪で国内営業の事務、

2-3年目は東京で国際室での事務

をしました。

国際室ではシンガポールが主な担当地域でした。

 

シンガポール人の英語は

当時の私にとって非常に聞き取りにくく

電話で応対するときに

わからないのにもかかわらず

 

「イエース、イエース」を連発して

流そう逃げよう

ばっかりしていました。

 

そうしたら

先方のシンガポール人セドリックが

「おまえ、わからないのに、Yes, Yes いうな~!!!」

と怒鳴ってきたのです。

 

頭が真っ白になって

そのあと

恥ずかしさが押し寄せてきました。

 

「一年間も留学したのに聞き取れないなんて…」

 

今思えば

仕事自体も慣れていなかったのと

シンガポール人の英語がなまりが強くて

単純に聞き取れていなかっただけなんですけど

やっぱり自分を責めました。

 

そしてそのストレスのため

 

◎10円ハゲができたり

 

◎明け方3時くらいに
 
 膝の関節が90度曲がったまま伸ばせなくなり

 冷や汗かきながらウンウンうなっていたり…

 

とリウマチ系の体調の悪さが一気にでました。

「このままじゃだめだ。なんとかしなくちゃ…」

ということで冷静に考えました。

 

まず

シンガポールなまりは聞きづらく

電話で仕事のやりとりをすると

情報の行き違いが出てしまうので

 

E-mailで基本的に仕事を進めました。

 

例えばセドリックが電話口で

注文を出そうとするときは

 

「注文に関してはE-mailで行ってください。

 ミスコミュニケーションがあるとよくないので。

 そのE-mailをもとに対処いたします」

 

ということを常に伝えました。

 

そうすると

E-mailで必要なことや

重要なことをすすめていくので

 

電話で「聞き取れなくて恐怖」

ということがなくなり

仕事もスムーズにすすみました。

E-mailを書くことに関しては

英語がもっとできる先輩のE-mailの型を

真似したり、もっとよくしたりして

仕事をしながら訓練していきました。

 

そういうふうに工夫をしていくことで

仕事で英語を使うことにも

自信が持てるようになりました。

つらいOL生活から逃げるために
アメリカ大学院をめざす

会社でのOL生活は

いろいろと学びの多いものでしたが

 

「これは一生の仕事じゃないな~」

 

と毎日思っていました。

仕事量も多く月80時間

残業することもよくありました。

 

そのころ実家に住んでいたのですが

毎日会社の不平不満を

両親に愚痴りまくっていました。

 

父親に「それなら、お前会社やめろ~」

とキレられたりするなか

 

母親がポツリと

「あなた、またアメリカ留学したら。

 帰ってきたら英語を教えたりして

 なんとかなるんじゃないの」

と脈絡もなくいいました。

 

OL3年間

服やブランド物を買うこともなく

海外旅行もいかず

 

残業もたくさんして貯金していたので

留学資金はありました。

わたしはアメリカ留学に

希望を見出しました。

とにかく会社がやめたかったけど

なにもないのにただ会社をやめるのは

「かっこ悪い、だから留学」


というのが

留学した本当の理由です。

 

周りのひとは

「いい会社なのに辞めて勇気あるね」

と口々にいいました。

 

でも私にとっては

そこの場所にい続けるほうが

「勇気」のいることだった。 


とにかく環境を変えたかった。

 

毎朝パンストはいて

京王線やJR中央線の満員電車にゆられて

 

意地の悪い先輩に嫌味を言われつつ

時間に追われながら

ミスするとヤヤこしい

大量の事務処理を


毎日夜8時、9時まで

つくり笑顔でこなす日々から逃げるために!

アメリカ留学を決めました。

 

それから

大学時代の友達が何気なくくれた

アメリカの大学院の資料が

押し入れにあったのを思い出し

 

引っ張り出して調べてよさそうだったので 

そこの大学院にいくべく

OLをしながら密かに勉強を始めました。

 

飲み会があった夜も

帰ってきてから

必ず2時間は勉強しました。

 

そうして入学許可の通知がでて

学生ビザが届いてから退職の意を伝え

晴れてアメリカの大学院で

勉強できることになりました。


「人生の楽園」状態だった
2回目のアメリカ留学

2回目のアメリカ留学はバーモント州でした。

 

「バーモントカレー」っていう

カレールーがありますね。


リンゴとはちみつというかメープルシロップで

有名な州です。

 

位置はアメリカの北東部にあり

カナダのモントリオールへは

2時間でいけるところです。

1回目の留学では

食文化に慣れてなかったりで

英語があんまり話せなかったりで

 

ノイローゼになりかけたり

トホホな体験ばかりして

かっこ悪すぎなアメリカ留学生活でした。

 

なんですけれども!


1回目でのアメリカ留学の失敗体験がデータとなり

「こういうときは、こうすればOK」

ということが分かっていたし

 

その時よりも英会話力は

十分ついていたので

 

2回目のアメリカ留学生活は

私にとっての

「人生の楽園」状態でした!

 

大学院では

「英語教授法」を勉強しました。

 

英語を外国語として学習する人に

なにを、どのように教えたら効果的に

英語を話せたり、聞きとれたり、読めたり、書けたり

できるかを学びました。

OLの仕事より

「勉強って楽だな、楽しいな~」

と思いました。

 

OLの仕事って自分が悪くなくても

「申し訳ございません」っていわなきゃいけないことが

よくあったんですね。

 

例えば嵐で貨物便が到着しないときも

「期日どおりじゃないじゃないか!」と言われたら

とりあえず

「申し訳ございません」・・・。

 

担当営業マンのミスでも

電話をとったのがわたしなので

とりあえず

「申し訳ございません」・・・。

 

謝ってお給料もらっている

そんな嫌な感覚がありました。

 

でも

勉強ってすべて自分次第じゃないですか。

自分が頑張りさえすればそれが反映される。

学ぶことだけに集中できる時間。

 

心の底から楽しかったです。

 

働いた経験あったからこそ

経験を比較できて

心の底から楽しめたと思います。


13か月で大学院を卒業!

英文法の授業があったのですが

アメリカ人の同級生が

「ぜんぜんわからないから、一緒に勉強してほしい~」

と泣きついてきたので週2回2時間

授業の始まる前に毎回

アメリカ人に英文法を教えていました。

 

アメリカでの生活は2回目で慣れていたし 

英会話力もそのころは前より

上達していたのでなんの苦労もありませんでした。

 

貯金の関係もあり

最短で卒業するために

ほんとうに頑張りました。

 

みんな2年くらいかけて卒業するところを

13か月で単位を取得し卒業しました。


ピンと来て行動!
運よく大学の教員職に採用される

実は留学前に

 

「会社やめて勢いよく留学したはいいけど

 そのあと、仕事どうしよう~」

 

と一抹の不安がありました。

でもとにかく行動しないと人生は変わらない。

チャンスを待つのではなく


チャンスは自分で作らないといけない

そう思って不安な気持ちを

振り切って留学したんです。

親や会社の人、友達は

「留学がんばってね」と言ってくれましたが 

弟が嫌なことを言ってきました。

 

「おねいちゃん、卒業して日本に帰ってきたら

 プー太郎じゃん」・・・。

 

と・こ・ろ・が~

 

なんと大学院生になって5か月で運よく

大学講師の職を得ることができたのです!

 

大学院生になって間もないころ

「大学での英語講師の仕事」募集&面接

という内容のメールを受け取りました。

 

「卒業後の仕事どうしよう~」

と常に考えていた私は

秒でその募集に応募しました。

 

条件としては

・4月から働き始めることができること

・バイリンガル

 

と書いてあり

 

「4月はまだ学生だけど、まぁいいか~」

「バイリンガル?はい。私、バイリンガルです」

 

ということで

最初は軽いノリで応募しました。

実は…

この面接をうけるのを

諦めそうになっていたんです。

 

英語で履歴書をかくのと

授業でレポートの提出日が重なってしまい

履歴書を完成させるのにとても

時間がかかったんですね。

 

その大学には「就職センター」があって

履歴書を添削してくれる先生がいました。

 

あさって履歴書ださなくてはというときに

その「就職センター」に行くと

クリスという先生が隣に座って

私にいろいろ質問しながら

一字一句、文を直してくれました。

直すところが多くて時間切れになってしまいました。

そして明日はそのセンターは休みです。

 

私は途方に暮れてしまい

「やっぱり今回の面接はやめておこうかな」

と思っていたところクリス先生がこういったんです。

 

「あなた一生懸命だから、わたし、応援したいわ。

 明日休みだけど今日のところ直して

 明日持ってらっしゃい」

 

涙が出そうになりました。

クリス先生がここまでしてくださるんだから

徹夜でもなんでもして頑張らなくっちゃと思いました。

 

そして無事に履歴書を提出することができました。

 

今度は英語で面接です。

なんと・・・

あっさりと気に入ってもらい

採用されました。

 

「あの~4月は、私まだ学生なんですね。  

 それで8月卒業なので  

 9月からでもいいですか?」

と聞いたら軽くOKでした。

なんでもやってみることですね。

「ピンときたらモタモタしないで行動する!」

ということの大切さを

身をもって知りました。

希望に満ちあふれて
大学教員生活スタート!

アメリカの大学院卒業の3週間後に

私は日本の大学の教壇に

立っていました。

 

当時27さい!

OLをやめて本格的に学んでから1年後!



OLを辞める時は

まさか自分が大学講師になるとは

思ってもみませんでした。


たくさんのコマ数を任されました。

1日4時間から5時間教えました。

10人から300人規模の授業を担当しました。


文法、英会話、ビジネス英語、

長文読解、ライティングなど

様々なレベル、種類の授業を持ちました。


大学院で学んだ知識を

現場で生かそうと意気込み

1つの授業に

3時間以上かけて準備をしていました。

いろいろなレベルの授業を持ちましたが

その中でも主に英語が苦手なグループの学生向けの

文法のクラスを担当しました。



英語が苦手なグループの学生は

中学の1学期で習うところで

つまずきが良く見られました。


ですので

・できるかぎり分かりやすく説明する

・宿題は小分けに出してやり易くする

・知識がないことを否定しない


ということに注意をして

授業を運営していきました。


英文法の本を出版する

文法のクラスでは

2-3年のスパンで教科書を変更していたのですが

教えている学生にもっと効果的に勉強できるものが

がありませんでした。

 

そこでわたしがリーダーとなり

あと2人の先生の仲間をあつめて

文法の本を出版しました。


出版社に企画書を英語で書いて

採用されもともと学内で出版していたものを

バージョンアップさせて

1か月で下書きを提出しました。

 

大手から出版したので

販売力があり7000部売れました。

それからも

もっと学生が将来英語を少しでも使えるように!

 

と授業の質を向上させるために

英語教育関係の論文やら

本やら読んで研究しました。

発音矯正を1週間200人していた

そんな中

ある大学の英語教育専門の教授である

靜哲人先生の著作や論文を読んで


「発音」を教えることは

非常に重要なことがわかりました。

発音は言語の基礎であり

発音から語彙や文法が成り立っています。


それを基礎として

リスニングやスピーキングのスキルが

構築されています。


簡単に言うと

発音ができると10倍伝わったり

聞き取れたりするのです。


発音は独学で勉強しても合っているか

間違っているかがわかりません。


だから発音矯正をわたしがすることで

学生の英語の発音が最短で

うまくなれると気づいたんです。

そこから

教員向けの発音の勉強会などに通ったりして

自分の授業全部に発音練習を取り入れました。

 

授業ごとに学生一人ひとりの発音矯正をしました。

学期中は1週間でのべ200人の学生の

発音矯正をしました!

 

日本語を母語とする人がどこでつまずきやすいか

どう指導したらうまくいくか


と試行錯誤していくうちに

発音指導&矯正のノウハウが

経験として体にしみこみました。


単位をとるだけのために
勉強する学生たちにゲンナリ

学期ごとの学生アンケートでは

いつも8割以上の高評価を得ていました。

 

「中学から先生の授業を受けたかった」

 

「発音なんて初めて直してもらった。

 楽しかったし上達も感じられた」

 

「今学期受けた中で本当に、一番面白い授業でした」

 

授業の工夫を毎日行い

学期末での学生アンケートでは

高評価をもらいながらも

 

ずーっとこころの底では

何か満たされない思いがありました。

 

それは99%の学生が

「将来のために英語を勉強」しているのではなく

「単位をとるだけのために英語を勉強」している

のが分かってしまったからです。

 

「この課題をしたら10ポイント得られますよね?

 じゃーやります」

 

「この部分が小テストにでますか?

 じゃ~勉強しよう」

 

・・・

大学のシステム上

それは仕方がないことだし


人間というのは

目先の利益で動きやすいものだ

ということで表面上は割り切っていました。

 

でも

授業を色々と工夫して

できるかぎり英語が話せるように

時間やエネルギーを使っていたのは

 

「将来、学生たちが英語をツールに

 彼らの専門である科学技術のスキルを使って

 世界を舞台に仕事ができるようになる」

という純粋な想いからだったのです・・・。

 

理想と現実の間で

なんだか自分をごまかしながら

英語を教えていたので

精神的につらかったですね。


スティーブ・ジョブズのスピーチ
が大嫌いだったワケ

あるとき

授業の教材にと

スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での

スピーチのYouTubeを眺めていました。

 

するとこんな1節が耳に飛び込んできました。

 

“~I’ve looked in the mirror every morning
 
 and asked myself,

  If today were the last day of my life,

  Would I want to do what I’m about to do today?

  And the answer has been NO

 for too many days in a row,

  I know I need to change something. ~”

 

直訳すると

 

「私は鏡を毎日みて自分自身に問いかけている。

 もし今日が自分の人生で最後の日だとしたら

 私は今日しようとしていることをしたいだろうか?

 

 答えが何日も連続してNoであるなら

 何かを変える必要がある」


これを聞いて胸に「グッサ~」と

ナイフを刺されたような

感覚になりました。

 

そして「ジョブズ嫌なこというな~」

とも思いました。

 

なぜなら

「今日が私の人生で最後の日だとしたら

 これから教室に行って90分英語を教えることは

 本当にしたいこと?」

 

と聞かれたら

0.1秒で「No」と答えられたからです。

 

でも何かを変える

つまり学校をやめる勇気は

その時はなかった。

 

それから数年は授業では工夫を続けて

発音矯正などやるべきことはやりつつも

 

こころの片隅で

「本当に英会話を話せるようになりたい人を

 サポートしたい」

とずーっと思って過ごしていました。



行動することで人生が変わる

そしてついに「学校を辞める」という不安より

「人生一度きり。楽しい人生を送りたい」

という考えが勝つときがきました。

 

人間、モヤモヤし切ると

「もうこんなグダグダな状態は終わらせたい!」

と思うんですよね。

 

独立するためにネットでいろいろ調べ

「英語を教える起業」スクールを見つけて

直感で「これだ!」と思い

 

当時のお給料3か月分を一括で払って

住んでいた金沢から新幹線で東京へ数回通い

勉強しました。



「お給料の3か月分」ってダイヤモンドか~い!

とカードで支払いをするとき


手が震えましたけれど

同時にエネルギーも湧いてきました。




お金=エネルギー




お給料の3か月分払ったんだから

それだけの成果は上げてヤル!


と起業塾で言われたことは

すべてスグに実践しました。

独立したら

生徒さんは自分で見つけないといけません。

 

ほぼ「飛び込み営業」的に行動して

最初に3人の生徒さんに出会うことができました。

 

例えば

4年くらい前に

テニスのプレー中に膝の靭帯を損傷してしまい

大学病院に通っていた時の担当の先生が

いつも英語のことを聞いてきたのを思い出し

 

大学病院の受付に電話をしてつないでもらい

そのあと手紙を書いたりして

受講していただきました。

 

また近くのクリニックに行ったときに

診察の最後に

「ところで先生

 英語話せるようになりたくないですか?」

と聞いてみたら

「うん、やってみたい」

という流れでサービスを

受けていただく流れになりました。

 

また10年くらい通っている

スポーツジムの経営者の方を

受付の方に頼んで呼んでもらい

「ところで英語話せるようになりたくないですか?」

と聞いたところ

「なりたい」

という流れで受講していただいたこともあります。

 

また大学の学長に退職の意を伝えるときにも

学長室にて

「学長の英語の発音は

 これからの時代、大学の顔になります。

 花咲奈々子のサービス受けませんか?」

 

と聞いてみたりもしました。

普通に考えたら

「そんなことするの怖い~恥ずかし~」

と思いますよね。

 

でも

行動することで人生が変わることを

体験した瞬間でもあります。

 

当たって砕けろです。

別に失うものはないし。


英会話も似たところがありますね。

間違えるのが嫌で話さないと

なかなか話せるようにならない。


「えーやだやだ」とウジウジする人生を続けるか、

行動してスッキリする人生にするか

は自分次第ですものね。


今日が人生最後の日だとしても 
この仕事をしたいか?
Yes!

現在は

「心の底から英語が話せるようになりたい♪」

「英語が話せたらもっと人生が楽しくなりそう♪」

「職場で英語が話せたらもっと

 自分主導で仕事ができそう!」

 

など

 

人生におけるステージUPのために

本当に英語が話せるようになりたい生徒さんを

サポートができることが心の底から嬉しいです。

 

「この仕事をするために

 今まで私はいろんなことを乗り越えてきた」

 

「この人をサポートするために

 私はいろいろと勉強してきたのかもしれない」

 

と思えています。

 ジョブズの

「今日が人生最後の日だとしたら

 今からすることはしたいことだろうか?」


に0.1秒で「Yes!」

と言い続けられる日々を

これからも送りたいと思っています◎

ここまで読んでいただき
ありがとうございました!