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私たちの不妊治療体験記

フリーペーパー「Days...」創刊号から掲載している「私たちの不妊治療体験記」。創刊号発行後、「不妊治療体験記をもっと読みたい」というたくさんの声が集まりました。そこで今回はこれまでにお寄せいただいた不妊治療体験記をこちらのサイトでご紹介させていただきます。このサイトが不妊治療について知る一つのきっかけになったり、不妊治療をしている方の拠り処になれば幸いです。
(30代 女性)
結婚したらすぐに授かると思っていた赤ちゃん…いつになっても毎月の生理は順調に来て、そのたびに胸がえぐられるような苦しさになることを繰り返していました。
不妊治療には夫も協力的ではあったものの、なかなか思うような結果が出ず、想像以上に精神的ダメージが私の中に残り、次のステップに挑戦する気にもなれませんでした。
しばらくして救いだったのは、テレビで芸能人が不妊治療を公表することが多くなったり、妊活という言葉が特別なものとしてとらえられないくらい普通に扱われるようになっていったことでした。「私もまた治療してみようかな」と思えるようになり、その第一歩としてほの香に通うこと、それが少しずつですが前向きに自分なりに妊活を再始動している今の私の精一杯です。
情緒不安定になることもありますが、自分だけがつらいのではないことや、救いの場がちゃんとあることを同じ思いをしている人たちにこの冊子を通して知ってほしいです。
 (30代 女性)
私は結婚して12年、不妊治療をして2年になります。
体外受精をすれば確実に妊娠できると思っていましたが、これまで5回の体外受精をして、全て陰性の結果でした。もうやめようかとも思いましたが、どうしても夫に子どもを抱かせたい気持ちから、現在も治療を続けています。
続ける中で、仕事と治療の両立がとても難しいと感じています。理解のある職場といえども、やはり頻繁にお休みをもらうことには、申し訳ないという気持ちしかありません。
日々のストレスもよくないと思っていますが、なかなか減らせるものではありません。
また、体外受精は自己注射や服薬で体調不良になることもあり、精神的にも辛いこともあります。
それでも、体外受精のいいところは、夫と自分たちの将来についてよく話し合えるところ、受精卵を迎える瞬間を自分の目で見られるところだと思います。
まだ先は長いと思いますが、いつか迎えた受精卵が育ち、この手で抱ける日が来ることを祈りながら、がんばります。
妊娠は奇跡です。日々がんばっている皆さんが笑顔になれますように。
(30代 男性)
私たちは何年もの不妊治療をしましたが、残念ながら授かることができませんでした。
不妊治療という経験から私が思ったことは、女性は本当に大変だということ。仕事、家事、通院等。ですので、少しでも力になるべく自分ができる範囲での家事をやったりもしました。
もちろん、妻の話を聞いたり話し合いもしてきました。それでも、100%理解して受け止めきれていたのかは疑問です。(きっとほの香で助けられていた部分も大きかったはずです)
いま不妊治療をしているご夫婦には、話し合うこと、夫婦共に協力することで乗り越えてほしいと思います。応援しています!
(30代 女性)
私の妊活は休む期間があったものの、8年に渡っていました。その間、不妊治療は約5年でした。
夫婦で一通りの不妊検査を受けましたが、特にこれといった異常はありませんでした。
タイミング法、人工授精を何度か行っても授からず、もうどうしていいのかわからなくなっていたときにみつけたのが「ほの香」でした。
ほの香に通ってからは信頼のおける先生にも出会い、夫婦での目標も明確になりました。
体外受精をして結果的に2度の移植で2度の妊娠をしましたが、どちらも妊娠継続には至りませんでした。

体外受精へのチャレンジは、私たちにとっては大きな挑戦でした。私たちが望む結果にはなりませんでしたが、やれるだけの事をやりましたので後悔はありません。
ずっとそばで見守ってくれていた夫が「今までずっと頑張ってくれてありがとう」と言ってくれました。
その一言でこれまでの張り詰めていたものが緩み、開放された感覚でした。
不妊治療をしていると、不安や悲しみ、焦り、どこへぶつけていいのかわからないもどかしさが次々に押し寄せてきました。そんな時、自分のことを優しく包み込んでくれて、良い方向へと導いてくれるやよいさんの存在がとても有り難かったです。本当に感謝しています。
妊活中の皆さんのことを応援しています。幸せが訪れることを心から願っています。


※タイミング法→基礎体温やエコーでの超音波検査、排卵検査薬等を用いて最も妊娠しやすいタイミングで性交渉を行う方法。

30代女性

1人目は結婚後1年で自然妊娠、出産しました。1年の育児休暇をもらい、仕事復帰後約半年で2人目を自然妊娠で授かりました。しかし、残念ながら10週で心拍がとまってしまい、流産となりました。手術で妊娠を終了させましたが、思い出したくもない辛い思い出です。その後半年は気持ちの整理がつかず、がむしゃらに子育てと仕事をこなしていました。
少しずつ気持ちも落ち着き、赤ちゃんがやってきてくれるように…と思うようになり、不妊治療専門病院に通い始めました。主人も一緒に話を聞いたり検査したりと、一緒に頑張ってくれました。5年間毎月通院し、自己注射、エコー、診察、タイミングや人工授精の繰り返しの日々。仕事は交代制の職場だったので、夜勤前後や休日はほぼ通院に当て、ほとんど寝る暇もなく子どもの行事にも参加、ママ友や職場の仲間との交流…。どれも100%で取り組んで一生懸命に生きてないと赤ちゃんはやってこないんじゃないか?なんて思っていました。
5年の治療中には、妊活パワースポットやお守り、民間療法などなど、妊活に効果があると聞けば全て試し、効果のあったもの、なかったもの沢山あります。
こんな毎日を続けていて、妊活疲れたな…もうやめようかな、やめたら直ぐ妊娠したって言う話もよく聞くしな…と思っていた時に、通っていた病院の看護師さんに体外受精にステップアップしてみない?と言ってもらいました。
職場や親にも治療の事は伝えてなかったので、日程や時間がずらせない体外受精には、なかなか手を出せずにいましたが、看護師さんに背中を押してもらった事もあり、主人と相談してステップアップすることにしました。そして初めての体外受精で妊娠、出産することが出来ました。
本当に、病院の先生や看護師さんには感謝しています。文句も言わず、とことん私に付き合ってくれた主人には愛しか感じません。
不妊治療は終わりが見えなく、つらいことが多いです。周りの何気ない言葉にも勝手に傷付き、生理が来るたびに泣き、悲劇のヒロインになってしまいます。これを読んでいる治療を頑張っている方も、存分に悲劇のヒロインになってもいいと思います。そして、自分の納得する結果となりハッピーな毎日が1日も早くやって来ますように願っています。
40代男性

1人目は、男性側の検査をしようかと話し合った時に自然妊娠で無事に出産しました。妊活してから1年程かかったため、妻には精神的な負担がかかったと思います。2人目を考え始めた時からさらなる試練が待っていました。タイミング法から始まり、注射など様々な方法を試しましたが、思い通りにいかない日々が続きました。そんな日々が数年におよび、残念な結果のたびに次第に妻にかける言葉が見当たらなくなりました。支えきれなく申し訳ない気持ちです。治療法を模索する中で私も検査をしました。結果は問題なしでしたが、女性側だけの問題ではなく、男性側の問題かと疑い、検査するのも大事と思います。色々な方の支えで2人目を授かる事が出来ました。感じたのは、妊娠から出産までの過程が当たり前の事ではないということ、それに悩む夫婦がいて、周りの理解がありがたい事、何よりも夫婦で協力し、支え合うことが大事と感じました。
「子どもが欲しいなら顕微授精しか方法はありません。」
医師からそう告げられたのは、34歳の時でした。

結婚後も『子どもは欲しくなった時に作ればいい』なんて簡単に考えていた私は、睡眠時間も削って自宅でも仕事漬けの日々。自分の身体に鞭打って、社会に貢献することが当たり前だと思っていました。
『もっと自分の身体を大切にしていたら…』と後悔することになるなんて、若い時は考えもしなかったのです。

まさか自分が顕微授精を受けることになるなんて、まさか自分が2度も流産をするなんて…。
そんな、想定外な出来事の連続でした。
そして、不妊治療は思った以上に私の心身にダメージを与え、最終的に私は『子供のいない人生』を選択しました。

不妊治療を途中でやめてしまったことに対して今でこそ後悔はありませんが、一時期は自分の将来に希望を見出すことができませんでした。
もっと頑張れたんじゃないか。本当にこれでよかったんだろうか…。
挫折してしまった自分を責める日々でした。

今、妊活や不妊治療を頑張っている人に伝えたいこと。
それは、職場や周りの人に気を遣いすぎず、自分の人生を最優先に考え、今できることをやり切ってほしいということです。
そうしなかった時の後悔や絶望を味わってほしくありません。

そして、結果が全てではないということ。
夫婦で悩んだり喧嘩をしながらも頑張ったという事実、不妊治療に費やした時間やパワーやお金は、決して無駄にはなりません。
だから、恐れずに頑張ってほしいです。

私の人生において、この経験がなければ今の自分はない。そう思えるよう、これまで必死に前を向いて歩いてきました。
今、心からこう思えます。「あの経験が私の心を豊かにしてくれた。」
一緒に歩んでくれた夫にも心から感謝しています。

諦めることも、何年も頑張り続けることも、全て尊い選択ですが、諦めることはいつでもできます。
みなさんが正しい知識を持ち、納得のいく選択ができることを心から願います。
そして、いつか努力が報われ、赤ちゃんを抱くことができますよう祈っています。


※顕微受精→体外受精の手法の一つで、顕微鏡で確認しながらガラス製の針で一個の卵子に一匹の精子を注入する方法。

(30代女性)

結婚して2年経っても子どもができず、クリニックへ行ったことからわたしの妊活が始まりました。当時は20代で、早めに行動したからすぐに授かるだろうと思っていましたが、なかなか授かることができませんでした。検査結果は夫婦共に異常はないのに、どんどん時が流れていき、努力しても願ってもいつ叶うか分からない、誰かと競争しているわけではないのに焦り、周りの妊娠報告を素直に喜べない、そんな自分に悲しくなりました。また、こんなにつらいのに、周りの人の理解を得られるか不安で、身近な人に相談できずにいたことも少しずつ自分を苦しめていたのかなぁと今になって感じます。妊活が受け入れられる社会になってほしいと思っています。
私たちは、結婚6年目で娘を授かることができましたが、授かるまでの気持ちはずっと忘れないと思います。妊活中の方が、少しでも心穏やかに過ごせるように、また、笑顔で過ごせる未来がまっているように、願っています。
(30代 女性)

2014年9月 に結婚。
2015年10月 から地元の病院へ通う。
2016年1月 様々な不妊検査を行った結果。
男性不妊が分かりら自然妊娠がほぼ無理だと告げられる。
2016年3月 〜6回人工授精にトライするが、全て陰性。
2016年9月 初めてアンタゴニスト法で顕微授精をするが、桑実胚で成長止まり、移植することできず。移植まで漕ぎつけることの難しさを痛感する。
2016年11月 奇跡的に自然妊娠するも、稽留流産となる。
2017年1月 掻爬手術を受ける。だが部分胞状奇胎を疑われ、絶対避妊期間が4月まで続く。
その後、ショート法、レトロゾールの低刺激法、クロミッドの低刺激法で採卵、移植を繰り返す。私の場合どれも自分に合わなくて、採卵しても採れた卵子は1個や2個。他の人が10数個採れる中、本当可能性が低かった。
それどころか採卵に向かって毎日自分でお腹に注射打ったのに、思った数卵胞育ってなくてあまりに可能性低くて採卵中止なったことも何度もある。時間だけがどんどん過ぎていくことに焦り、トータル200万を簡単に超えた高度生殖医療はギャンブルのようにも感じた。結果が出なくても諦めきれず、お金を注ぎ込んでるような感覚も…。普通の会社なら許してくれそうにない頻回の通院。しかも採卵はじゃあ明後日ね!と急に決まるし、麻酔を使うから夫にも休みを取ってもらう。受診日も自分で選べる訳ではなく、卵胞の育ちに合わせて言われた日に受診。職場から片道1時間15分の距離もなかなか大変でした。
2018年4月 ずっと自分に合った方法が見つからず月日が流れ、4回目の採卵でクロミッドの低刺激が1番採卵率が良くて自分に合ってることが分かる。この時、2度目の妊娠。
5月 稽留流産となり、また掻爬手術を受ける。
不育症検査を勧められ、受けた中で引っかかったのが血液凝固因子。血栓ができやすく、その為赤ちゃんに栄養が送られなくなる可能性があると分かる。
不妊症だけでなく、不育症もだったなんて…

2019年2月 5回目の移植も陰性。この時、先生からうちではもう同じ方法しかない。そろそろ県外の病院も考えた方がいいかもしれないと言われ、すごくショックだった。
県外となれば正職で今の仕事は無理。1回の採卵から移植までは30万ちょっとくらい。移植だけなら10数万。パートになったら治療費も大きいし、生活が厳しい。これでも関東の治療費に比べたら3分の1くらいで安い方なんだけど、田舎だと収入も少ないから。
悩んで悩んで。体質改善をしながらこのまま秋田市の病院に通うことに。
その体質改善がほの香に月1で通って、施術とよもぎ蒸しと聞いたことをできるだけ実践。

2019年6月に採卵して胚盤胞になったのは4B Bのグレードでしたが8月に移植して妊娠。バイアスピリンを服用し、2020年4月に息子を出産しました。

私以上に長い年月赤ちゃんを待って、今も治療をしている方がいます。いくら努力をしても必ず結果がついてくる訳ではないのが不妊治療。正直同じ思いをした人じゃなければこの辛さは分からないと今でも思う。
赤ちゃんを望むみんなが授かれたらいいのに…と何度思ったか。そして今もそう願います。


※アンタゴニスト法、ショート法→卵巣を刺激して卵胞を育てる方法の一つ。

※桑実胚→受精後4日目の受精卵における細胞分裂の段階。

※胚盤胞→受精後5〜6日目の受精卵における細胞分裂の段階。体外受精でこの頃に子宮内に受精卵を戻す事を「胚盤胞移植」という。

※レトロゾール(排卵誘発剤)

※クロミッド(排卵誘発剤)

※低刺激法→卵巣を刺激して卵胞を育てて採卵するのではなく、自然な排卵周期にあわせて採卵するか、内服の排卵誘発剤のみを使用した周期で採卵する方法。自然周期採卵法と呼ばれる事もある。


(30代 女性)

私は1人目は自然妊娠しましたが、2人目を望んでから一年以上妊娠しませんでした。2人目もすぐ出来るかなと軽く考えていたので毎月生理が来たり、2人目はまだ?と聞かれるたび落ち込みました。大好きな友人の妊娠報告に嫉妬してして素直に喜べないことも。
お酒や食べ物に気をつけて、毎朝基礎体温測って排卵チェックして、なんで私は妊娠しないんだ、、、と心がギスギスしていました。
うまくタイミングが取れないときもあり、1ヶ月でも逃したくない!と躍起になってしまって主人との仲も悪くなっていました。
仕事が忙しく、未婚や独身女性が多い中で、不妊治療や2人目不妊について相談する相手もいませんでした。
そんな時、秋田県に妊活サロンがあると知って早速施術して頂きました。スタッフの方はとても柔らかい雰囲気で気付けば色々と心の内を吐き出していました。
不妊治療のことなど、些細な悩みも聞いてもらって毎回スッキリした気持ちでまた頑張ろう!と前に進むことができました。
上司に体外受精をしたい、と伝え、治療を行いました。大体の流れもほのかで情報を仕入れていたのでスムーズにできました。
仕事に穴を開けるのは心苦しかったですが、職場に隠さずに伝えたことで理解もあり、
配慮してもらえました。上の子がずっと兄弟を欲しがっていたので、叶えてあげられて良かったです。
ほのかと出会わなければ、私一人では体外受精まで進めなかったと思います。背中を押してもらえて感謝しています。
受精卵の写真を見て、綺麗ですね!と喜んでもらえたことも、自然妊娠では出来ない経験で嬉しかったです。
(30代 女性)

私達夫婦が子供を授かれたのは結婚後3年が経っていました。結婚する前から何の疑いも無くすぐに子供を授かれると思っていました。生理不順でもなく婦人科系の病気も無かったので、正直、自分がこんなに妊娠しづらい体だとは思っていませんでした。
私が妊娠できたのは心と体が整ったタイミングだったと思います。特に心の面で「今やっている事に自信を持って、自分のペースで赤ちゃんを迎えよう」と吹っ切れた周期に妊娠する事ができました。
無事に出産を終え、ほの香の妊活講座が妊娠をゴールとせず、妊娠中・出産・育児のための体づくりに繋がっている事を実感しています。また、不妊に悩んでいた頃は四六時中妊娠の事が頭にあり、生活の中心が妊活になっていました。肩の力を抜いて妊活や不妊治療をするのは中々難しいですが、もっとリラックスして夫婦2人の日々を楽しむ事が赤ちゃんを迎えるためにプラスになると今になって思います。
(30代 女性)

私は二人目不妊に悩み、タイミング療法と薬(アスピリン)の服用をしました。
第一子の時は自然妊娠の末、軽度ではありましたが切迫流産&切迫早産を乗り越えて元気な男の子を出産することができました。その第一子が3歳になり、そろそろ二人目を授かりたいと考え、まずは自分で基礎体温を記録してタイミングを捉えるようにしました。そして妊娠が判明して喜んでいたのも束の間…流産という結果に悲しみました。その後、知人に紹介された病院へ転院。医師の指導でタイミングを捉え、約半年後に再び妊娠。しかし、受精卵の形状がいびつだと診断され、2度目の流産でした。
この時点で、私は『子どもを授かりたいけれど、また同じ結果になったら怖い』という気持ちで胸が押しつぶされそうでした。そして、自分は胎児を育ててあげることができない体なのだと自らを責めたり、妊婦さんを見かけては羨んだり、「そろそろ二人目は?」「一人産んでるんだから、すぐできるよ」という周囲からの軽い言葉かけに深く傷ついたりと、精神的に不安な日々でした。幸いなことに、職場は私の心身の状態に理解を示し、休養の時間を与えてくれました。また、夫と息子は極端に慰めたりはせず、普段通り接することで、私に平穏な日常を取り戻させてくれました。
その後受けた検査では不育症に該当しませんでしたが、3度目の妊娠が分かるとすぐに不育症の場合に服用するアスピリンが処方され、妊娠を継続することができました。
不妊治療・不育症治療中は期待する結果がすぐには得られず、心身共に大きな負担がかかることも少なくありません。私も最初は周囲に遠慮し、一人で抱え込んでいました。ですが、時には家族、友人、職場など自分の理解者に頼ったり、弱音を吐いたり、そしてお腹が痛くなるくらい笑い合ったりすることで前向きになることができました。自分のために、家族のために、笑う門には福来る!
(40代 女性)

妊活でまず早めにした方が良かったと思うことは思い立ったら悩まず、まず相談だけでも行ってほしい思います。悩んでただ時間が経過することなく、自分に合った治療の選択が早期にできるので取り組みが早くなるのかと感じたからです。
病院の選択もとても大事だったと今、振り返って感じます。私は36歳から治療を開始し転院を2回しました。38歳で1人目を妊娠・出産し2人目を41歳で妊娠しました。2人とも体外受精です。ここに辿り着くまで精神的、体力的にとても辛かったです。自分がとても嫌になり落ち込んだ日々でした。仕事も不規則で治療の両立が大変と感じ辞めるかパートに切り替えるか悩みましたが、上司に思い切って話したところ今の仕事を続けながら治療を継続することができました。治療内容の相談ももちろんですが、仕事など生活面でも相談し治療と仕事を両立するという、生活が安定できたのも精神的にも良かったと思います。
治療では上手くいかないこともありましたが、自分が納得できるまで息抜きをしながら続けられました。精神面の安定が何より左右しているのかと思っています。
どのような決断をしてもどの選択をしても間違いではないと思います。ただ悩んだら相談できることが大事かと思います。皆様の悩みや不安が少しでも軽減出来ればと思っております。
(40代 女性)

25歳で結婚し、2年後に病院での検査・治療開始。生理痛が酷かった自覚症状はあったものの、「そのうち授かるよね」と安易に思っていたのが始まりでした。タイミング・人工受精を開始したものの上手くいかず、病院へ行くのもやめていたのですが、久しぶりの受診で子宮内膜症が見つかり転院、手術。その後もいい結果得られずで転院し、体外受精に切り替えましたが全くかすりもせず、時間だけが過ぎていきました。その後はまた色々見つかり手術。「悪いものは取り除いたから着床しやすくなるよ」と言われて戻した凍結卵すらかすってもくれませんでした。さらなる転院を勧められたときは、見放されたとただただショックで、この頃の自分が今思うと一番辛かったんじゃないかなぁと思っています。同じように不妊治療をしていた知り合いに「原因がどこにもなくて辛い」と言われたときは「原因がはっきりしてる方がもう妊娠は無理ってのがわかってるようで辛いよ!」と内心思ったのを思い出しました。周りの妊娠を心から喜べていない自分もいましたし、どんどん嫌な自分になっていったこともありました。
ですが、旦那や家族はもちろん、職場の上司や同僚と周囲の人たちに恵まれ、自分のことのように泣いてくれたり、応援してくれたりする人達がいたから治療にも通うことができたし、その人たちの思いに応えたい、いい報告がしたい!一心で諦めずに向かえたのではないかなと思っています。さらなる転院をし、11年という月日を不妊治療にかけて、結婚13年目で我が子を抱くことが出来ました。
年月が長すぎたせいか、後半は「こどものいる、いないで人生の幸せは決まらない」と思えるようになり、治療の結果ばかりを気にする生活はなくなりました。夫婦だけで生活している時間も楽しかったですし、好きな仕事をしている自分も好きでした。「気持ちが楽になったから授かれた」とは決して思っていません。そろそろ辞めどきかなと思って臨んだ体外受精ではありましたが、やっぱり納得できるまで治療や体質改善などを続けて良かったと思っています。結果はどっちであれ、自分たちが納得できるのが一番じゃないかなと思っています。この不妊治療を通して沢山の人との御縁もありました。多くの人の温かい励ましもありました。こうした結果を得られたから言えるのではと言われてしまうかもしれませんが、諦めずに治療法を考えて下さった先生をはじめ、支えて下さった周りの方々には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

先の見えない11年という長いトンネルを通りましたが、今同じような思いをして頑張っている皆さんのトンネルを抜けた先が自分らしくいられる明るいものであって欲しいなぁと願っています。
(30代 女性)

私は結婚して9年目で子供を授かることができました。結婚→子供。誰しもこの流れが普通だと思ってると思います。
私も思ってました。
結婚して3年たっても妊娠できなかったのでお互いに検査しましたが異常なし。タイミングから治療を開始しました。病院に通えばすぐに妊娠できると思ってましたがそれも簡単にはいきませんでした。
でも妊娠できる体になるために、体質改善をしながら治療を進めていきました。
人工受精…体外受精とステップアップしていき、その中で流産も経験しました。

私が妊活をしていて思ったことは、周りの方々が不妊の知識があまりにも無いこと。不妊の原因は女性だと決めつけていること。治療するのに時間や費用がどのくらいかかるか…など。
何で子供できないの?と質問されると悲しくなり返答できませんでした。
私は自分から妊活のために病院に通ってるということを言えなかったので周りはなんで何回も仕事休むんだろうと思っていたと思います。
上司や親しい人には伝えてましたが…。
それでも優しく見守ってくれて助かりました。
仕事を辞めずに治療を続けれたのも周りの協力があったおかげです。仕事辞めたら治療費が払えず治療も諦めていたかもしれません。
助成金だけではとてもじゃないけどまかなえませんでした。
今は不妊治療のことが世間に知られてきていると感じます。少しでも妊活してる方が肩身の狭い思いをしないでストレスなく治療に望める環境になってほしいなと思います。
(30代 女性).

結婚3年目に自然妊娠で授かった第一子。検診では何も問題なかったけれど、妊娠8ヶ月で胎動がなくなり死産という形で出産。
幸せの絶頂から人生のドン底へ落とされた気分で。悲しくて辛くて上手く笑えず人と会うのが怖くて、子供がいる友達とは距離ができました。

それでも大好きな夫との子供を諦められず死産から半年後妊活を再開。すると有り難いことにすぐに陽性反応があったものの、短期間で初期流産を3度繰り返しました。

私は妊娠はできるけど子宮の中で育てられる力がないんじゃないか、また死産や流産をするんじゃないか、と毎日不安だらけ。

そんな不安だらけな中このままじゃ身体も心もボロボロになってしまう、繰り返す流産から抜け出したい、自分でできる事はないか、と気持ちを切り替え食生活と生活習慣を見直すことを決め少しづつ改善した結果…
いま私の腕の中には生後1ヶ月の元気な男の子がいます。

いま振り返ると妊活中に学んだ食生活や生活習慣が妊娠中や産後にも繋がっています。
そして悲しい想いや辛い想いを夫と経験し、何度も話し合い過ごしてきた時間もとても貴重なものでした。1人では乗り越えられないことも2人なら乗り越えられると信頼できるようになりました。

私は人より少し遠回りをしたけれど無駄なものは1つもなかったですし、悲しく辛い経験もいまの幸せに繋がっていると信じています。

死産や流産を経験した方は、たとえ妊娠しても安心できず不安な日々を送るかもしれません。不安になることは悪くない、そんな日があっても大丈夫。そして私達が思うほど赤ちゃんは弱くないから、一生懸命生きようとしている赤ちゃんの生命力を信じてあげてください。

妊活は先が見えず悩むことも多いですが、皆さまが数ヶ月後、数年後、あの時はたくさん悩みながらも本当によく頑張っていたなぁ。と懐かしく思える日がくることを心から願っています。
(30代女性).

私達夫婦が不妊治療を始めたのは結婚してから3年経った頃からでした。
自然に妊娠できるだろうと考えてしまっていたことや、私の前の職場が休みが取りづらく、早退や遅刻もしづらいという環境だったこともあり、治療を始めるのが遅くなってしまいました。
職場が変わり、治療を始めましたが、主人も積極的に検査を受けてくれたり、20年近く吸っていたタバコも止めてくれたり、協力してくれてありがたかったです。
治療はタイミング法や排卵誘発法を続けていましたがなかなか結果は出ませんでした。病院の先生には「ステップアップするなら次は人工授精」と言われましたが、少しでも妊娠の可能性が高くなるなら体外受精をやってみたいという気持ちがあり、先生にもお願いしてみたところOKしていただきました。
一生懸命治療について考えてくださっている先生に、自分の希望を言っていいのかというような躊躇する気持ちがありましたが、ほの香のやよいさんにも背中を押していただき、希望を伝えることができました。
体外受精について、どのようなスケジュールなのか、どのくらい仕事を休まなければいけないのかなど、色々とわからないこともありましたが、やよいさんに詳しく教えていただいたことはとてもありがたかったです。
たくさんの方に支えていただき、協力していただき、その結果、我が子を授かることができました。とても感謝しています。
自分がママになることはもちろんですが、主人をパパにしてあげたい、両親に孫を抱かせてあげたいという気持ちで頑張ってきました。辛いこともたくさんありましたが、夫婦でたくさん向き合えたり、我が子を受精卵の時から見れるという貴重な経験ができたり、悪いことばかりではなかったなと思っています。
みなさんの願いが叶いますように。
心から願っています。
(40代 女性)

「うちでは体外受精はできないんです。」
人工授精のために通院していた病院で先生からそう告げられた時は本当にこの先どうしようかと思いました。もっと早く相談しておけばよかったとも、思いました。そうすればもっと早くその事実を確認できたはずでしたから。次はきっと大丈夫かな…と、妊娠しない結果に私自身がきちんと向き合わず、何となく1年以上通院していたことをいちばん悔やんだ瞬間でした。
そして、当初は遠方を理由に選択しなかった病院に転院した同時期に「ほの香」に出会いました。やよいさんにたくさん話を聞いてもらい、施術の他にも専門的で的確なアドバイスをもらい、転院先できちんと検査を受け…1年を待たずにタイミング法で妊娠し、出産しました。
不妊治療を始めた頃の自分に今の自分が声をかけるとしたら、治療について担当の先生に自分の思いやわからないことをその都度話してほしいことと、鬱屈した思いを一人でかかえこまなくていい、いろんな気持ちを全部話していい「ほの香」という場所があるということを伝えたいです。
何が正解なのかもそもそも正解があるのかもわからない不妊治療だからこそ、自分が納得しながら進むことが大事だと、私の場合はそのために「話す」ことが必要だったんだと思います。パートナーの他にそういう人や場所に巡り会えてよかったと思っています。

(30代女性)

私は子宮筋腫と卵巣にチョコレート嚢腫があったので、結婚後すぐに不妊治療をはじめたかったのですが、夫は子供が欲しいにもかかわらず、そのうちできるだろうという考えでした。

そのため病院には通わず、基礎体温をつけ、タイミングをとって自然妊娠を目指していました。


不妊治療をはじめたのは結婚4年目です。

1回の採卵で4つ受精卵ができ、3回目の移植で妊娠しました。

この間約半年。(2回目の移植の後、風疹の予防接種をしたので3ヶ月ほど治療をお休みしています。)

その後、無事に出産しました。

仕事は1回目の移植後辞めました。職場の方達は皆理解があり休みも取りやすかったのですが、それでも申し訳ないという気持ちが強く、せっかく治療するならゆったりした気持ちでやりたいと思ったからです。また、仕事をしているとどうしても無理をしてしまうことがあるので、自分で後悔しないためにもそうしました。

妊娠がわかった時は正直ほっとしました。

これで妊活から解放される、と。

毎日の生活がこれは妊娠にいいかもしれない、これはよくないかもしれないから止めておこう…こんな風に常に縛られるのがすごく嫌でした。

妊娠中、出産、子育ては大変ですが、妊娠するまでの大変さはそれとは違った辛さがあります。

治療のため通院していた時、おそらく不妊治療だろうと思われる人がたくさんいました。

こんなにも治療を必要とする人がいるのなら尚更、もっともっとたくさんの人に不妊治療を知ってもらいたいと思います。

(30代 女性)

私は二人目不妊でした。

一人目は自然に授かったので、次は病院に通えばすぐ妊娠できるだろうと思っていました。

基礎体温をつけ、一通りの検査を受け、何度かタイミングを取りましたが、なかなか結果が出ず、夫にも頼んで検査をしてもらうも何の問題もないとの事。

毎月毎月同じ事の繰り返し、その間に自分なりにやれる事は試してみるものの、周りは次々と妊娠、出産…どうして私にはできないんだろう…そう思いながら4年が過ぎていました。

“どうしてママのお腹には赤ちゃんが来ないの?”

悪気のない子供の言葉ですが、やはり落ち込みます。

そんな中、夫との会話で体外受精の話が出ました。

私の中で、“それは最終手段、これで無理なら諦めるしかない”と思っていたので、なかなか踏み入れなかったのですが、“出来たらもう一人いたらいいけど、年齢、金銭的にもそろそろだし、何より今いる家族でも幸せだよ?”と、夫の言葉ではっとしました。

誰の為に頑張ってたんだろう…確かに今も幸せだし…けどもう一人欲しい…でもどうせまた頑張るのは私じゃん…と葛藤しながらも、これが最後だから『妊娠したい』から『妊娠する!!』と気持ちが強くなったおかげか、最初の移植で着床、無事に心拍確認ができ、今は元気にお腹で動いてくれています。

勇気を出すきっかけをくれた夫に感謝です。

何気ない会話の一言でも、やはり夫婦が同じ方向を向かないといけないのかもしれません。

何がゴールかは人それぞれですが、まずはたくさん話し合ってみてください。

お二人で出した答えが幸せなものになります様に願っています。


(20代女性)

私が不妊治療をして思ったのは、病院選びの大切さです。

最初にかかりつけだった病院で相談し、治療していくことになりました。

しかし、きちんとした検査は行わず、結果、ただ卵子を無駄にしてしまっただけでした。

もっと早く、病院を変えていれば…と後悔しました。

その後、知人に良い病院を紹介してもらい、詳しい検査をすることができました。前の病院で、卵子を無駄にしてしまったことで、私の卵たちは年齢よりもかなり少なくなっていてショックを受けました。

そんなことにならないためにも、病院選びはとても大切です。

検査の結果、私の卵管が両方閉塞していることがわかり、体外受精に進むことになりました。

しかし、奇跡が起こりました。

体外受精の段取りをしていた矢先、自然妊娠をすることが出来たのです。

先生もとても驚かれていました。不妊治療でとても有名な先生ですが、その先生も、こんな症例は初めてだと仰っておりました。

命を宿すことの神秘さに、改めて素晴らしさを実感したそうです。

私も同じでした。

奇跡は起きる、ということを強く感じました。

(40代 女性)

私が不妊治療を始めたのは、38歳の頃でした。
結婚が遅かったことと、19歳の頃から生理不順だったので、結婚してすぐに病院を受診しました。
不妊検査では、AMHの値が基準よりもかなり低く、自分の身体の現状を知った上でも、不妊治療というものに正直かなり抵抗があったので、どうするか悩んでおりました。
最初は「タイミング療法」から始めました。ですが、数か月経っても、排卵のサインすら出ない状態でした。
「病院に通院していれば、授かるんじゃないの?」っという思いがあったため、それに伴った結果が出ないことにショックを受け、半年ほど治療をお休みしました。
体外受精に踏み切るべきか同時に悩んでおりましたが、高額治療ですし、なかなか踏み切る気持ちにもなれませんでしたが、以前通院していた産婦人科の先生にアドバイスを受け、体外受精に挑戦してみることにしました。
内服や注射などで卵胞の有無を診察してもらいましたが、数か月卵胞はみえることもなく、このままもう妊娠できないんじゃないかと治療をやめようかとも思いました。
そんな時、「ほの香」の存在を知りました。藁にもすがる思いで、ご予約させてもらいました。ご丁寧なカウンセリング、施術や、よもぎ蒸しなどしていただき、少しでも前進できればと思っておりました。
”妊活講座”の受講もさせていただきました。この妊活講座は私にとっていままでの食生活などかなりいけない部分があったことに気づかされました。
妊活講座を受講させていただいたその日から、教わったことで自分でできることをできるだけ改善するように心がけました。そして、3か月後、初めて採卵する事ができました。
自分の身体は変わるということを実感した瞬間でもありました。本当に受講してよかったと心からそう思いました。
採卵1回目、2回目は受精・培養の段階でうまくいかず、現在3回目の採卵終了後、新鮮杯凍結していただき、移植する段階まで進むことができました。
不妊治療は、自分一人だけでは精神面ではとても辛いと思います。また、頑張ったからといって結果がついてくるものでもないなと改めて感じます。一つ一つの出来事が“奇跡”だと感じるので、その思いが強い分、「またダメだったらどうしよう…」という思いが常にあります。ですが、やらないことには何も変わりません。授かりたいという思いも強いため、今後も「ほの香」のみなさんや、主人に支えていただいていることに感謝し、頑張ってみようと思います。


※AMH→卵巣予備能(卵巣内にどれくらいの卵子がどれくらい残っているか)のめやすとなる指標。卵子の状態を判断するものではない。

※新鮮胚→採卵後すぐの受精卵。採卵後受精させ、すぐに子宮内に戻す事を新鮮胚移植、採卵後受精させ、一旦凍結して翌周期以降に子宮に戻す事を凍結胚移植という。

(30代 女性)

結婚してすぐ、自然妊娠で第一子を授かりました。育児や仕事をこなしつつ、4歳差で第二子が欲しいと思いゆるーく自己タイミングを試みるも妊娠せず。1年ほど経っても妊娠に至らなかったため、産婦人科を受診しました。卵胞チェックによるタイミング法や人工授精で4度の妊娠に至りましたが、いずれも9週の壁を越えられませんでした。途中転院もしています。今年で2人目妊活5年目です。
生理がくるたび落ち込み、流産してまた落ち込み。
時々、「もういいかな?」と思う事もありますが、今はまだ諦められていません。
落ち込むだけ落ち込んだら、「また頑張ろう」と思っている自分がいます。
不妊治療をして良かったのは、夫との仲が深まったことです。
これからも夫とたくさん話しながら、私たちのペースで頑張っていきたいと思います。
(40代 女性)

私の妊活と不妊治療
私は、43歳で妊娠をし、44歳で出産しました。ここまでの道のりは、それはそれは険しい道のりでした。晩婚だったため、「できるだけ早く子どもが授かってくれるといいな…」と思っていたものの、職場の健康診断で子宮筋腫が見つかり、手術をすることになりました。そして、手術から1年経ってもなかなか妊娠できず医師に相談すると検査をしてみようということになりました。すると、右の卵管閉塞が判明し、自然妊娠は期待できないとのこと…。もし、妊娠を希望するのであれば不妊治療になると言われました。そのために転院することになり、約2年間で5回の体外受精を行うものの結果が出ず…その時に偶然「ほの香さん」のブログを見つけ、とても気になるサロンだったので勇気を出して連絡をしました。不妊治療中は、そのことを気軽に話せる人が経験者である友だちの一人だけでしたので、やよいさんに出逢って、これまでの経緯や仕事のことなど全て打ち明けることで気持ち的にも楽になったことを今も鮮明に覚えています。
また、自分に合った病院への転院を勧めてくれたのもやよいさんでした。よもぎ蒸しや腸もみなど「ほの香さん」に通うようになって心身共に変化が見られ、気持ち的にも「もう少し頑張ってみよう」と思うようになりました。そして、2度目の転院をし、治療するとすぐに授かることができ、自分でも信じられないくらい、奇跡が起こったと思う程でした。
これまでの不妊治療を振り返ると、先の見えない不安との戦いというのでしょうか。精神的にも肉体的にも辛い日々ではありましたが、「ほの香さん」で書いた「願い続ければ必ず願いは叶う!笑顔で楽しい毎日を過ごせますように…☆ミ」と諦めず治療を頑張ってきて良かったと心から思えました。また、「ほの香さん・やよいさん」と出逢うことで自分自身の体調もみるみる良くなっていることを実感できました。
不妊治療というのは、自分一人ではどうすることもできないことだということも改めて感じましたし、妊娠しやすい身体づくりとはどういうことをしたらいいのか分かっているようでいて実際には分からないことがたくさんありました。それをやよいさんが優しくサポートしてくださったおかげで今の自分があると思います。
現在、治療中の方には、ご夫婦で同じ気持ちで向き合い、寄り添いながら臨んでほしいと思います。
うまくいかず、何度涙をしたことか…その度に私自身も夫に支えられながら治療を続けることができましたし、年齢的な面もあっていつまで続けるか?子どものいない人生を考えることなど…2人でよく話し合いました。
また、働きながらの治療はとても大変なことが多く、心が折れそうになることも…やはり、職場の理解も得られなければ難しいところも正直あります。
しかし、自分の人生一度きりです。後悔のないよう自分の気持ちに正直になってほしいと思います。
皆様の今後の人生、決して無理をせず、自分のペースを大切に「願い続ければ願いは必ず叶う!」と念じております。