”本気で夢を語れる集団”


Free Dreamersへようこそ

-Free Dreamersとは-

夢が語れなくなってきていると
言われる時代の中で

「夢を本気で語り合える場所を作ろう」

という目的で創設された
完全招待制のプライベートクラブです。

自分の夢や目標のために仕事をしているのに
それに近づくどころか
ますます時間とお金が無くなっていく、、、

周りに流されて
”本当の自分の人生”を歩めていない、、、

そんな人たちが
本気で夢を叶えていく場所です。

これより下のページから
僕の経歴とこのプライベートクラブとの
関係性を物語風に書いていきますね!

この記事は

4分で読めます

自己紹介

初めまして!
Free Dreamersの運営・代表をしている
Hiroと申します。

これだけ聞いても僕の姿が見えてこないと思うので
僕の経歴を書いていきますね。

本名は横橋 宏海(よこはし ひろみ)です。
神奈川県横浜市に生まれた平凡な男の子でした。


人生初の逃げ

僕の両親は教育熱心だったので
僕は幼稚園の頃から私立の学校に
通わせてもらっていました。

小学生の頃はものすごくやんちゃで
いつも先生から呼び出しを食らってましたし
親からも怒られてばかりでしたね笑



しかし、小学6年生でそんな「叱られ人生」に
終止符を打ちます。

地元のバスケットボールチームのメンバーがある日
「山村留学」というプログラムがあることを教えてくれました。

それは子供だけで長野県の田舎に行き
集団生活をするという画期的なものでした。

「叱られ人生」にうんざりしていた僕は
親元を離れたい思いと学校に行きたくない思いがあり
即決でそれに行くことを決めました。

いわば人生で初めての「逃げ」ですね笑



長野は最高でした、、

電車もバスもなければ
携帯もゲームも漫画も禁止だったので
やることは森を探検するか
自分たちで遊びを創造すること。

都会にずっといた僕にとって
自然と戯れる体験は忘れがたいものとなりました。

学校でもクラスメートは10人しかいなかったので
一生の友達もできたのは幸運でしたね



長野での生活はありえないことばかりで

例えば、地元の猟師さんに夜中に僕を呼び出され
死後30分しかたっていないのイノシシの心臓を
いただいたこともありました!

「命をいただくってこういうことか」と子供ながら
命の尊さというものを学べたのは
非常に大きかったですね。


ここでの暮らしは親の独断で
中学2年生に上がる前に幕を閉じてしまいます。
(自分で決断するべきだったと後悔しています)


神奈川に帰ってからは地元の公立中学校に通い

その後、勉強を頑張り偏差値70の
私立高校に入学しました。

人生が大きく変わった1年

高校に入って僕は再び大きな決断をします。


ちなみに僕の家は超国際系です。

僕の父親は純韓国人、母親は日本人ですが
英語とインドネシア語を話せるトリリンガル

そして僕の姉は、コロンビアへの留学に行った後
ボーイフレンドを連れてきて国際結婚しました。

そんな家で育ってきた僕が
海外に行きたくならないわけがないですよね笑

そんなわけで、僕は高校1年生の冬に
1年間交換留学をすることにしたんです。

行く先は、、
南米チリ!!

「なんでや~」という声が聞こえてきそうです笑

なぜチリに行ったのかよく聞かれますが
理由なんてないです!

誰も行かない国だから

以上!




僕は留学というものをなめ腐ってました。

「行けば話せるようになる」という
謎の自信を携えて行き、ボコボコにされました笑

当時、僕は日本語以外話すことができない
ただの日本人男子です。
チリの公用語であるスペイン語なんて言わずもがな
英語さえ話せませんでした。

なので、コミュニケーションツールはいつも
ボディーランゲージか、あの偉大なGoogle翻訳。



しかしそんな僕も
半年経つと日常会話レベルまで話せるようになり
一年経つ頃には思いを伝えるのに
不便がないレベルまで行きました。

もちろんその間死ぬほど勉強しましたが、、笑



チリでの生活は僕の人生を
間違いなく変えるものでした。

初めての海外での長期滞在
言語も文化もわからないところでの生活
1年間日本の親や友達とは連絡を取らない

また、バスや電車の中でライブを行ったり
公園で書道パフォーマンスをしたりもしました。
この1年間を乗り越えた時の自分は
一皮も二皮も向けており
チャレンジ精神旺盛、怖いものなどなしでした。

何度も早期帰国しようと考えた僕が一年間頑張れたのは
一度決めたことをやめてはいけない
という考えがあったからです。

そんな学びが潤沢にあった1年間を終えて
ついに日本に帰りました。

自分の人生を生きる

さて、1年間遊びつくした僕を
日本で待ち受けていたのは、、

そう、大学受験です!

僕は恵まれた家庭に生まれて
恵まれた進路を歩んできました。
なので、大学も当たり前のように行く流れでした。


留学から帰ってきてすぐ、塾に通い
1年間の遅れを取り戻すために
一生懸命勉強しました。


正直、大学受験は厳しすぎるものでしたが
留学中に学んだ
「一度決めたことは死ぬ気でやる」という信念の下
塾を2つ掛け持ちし、1日10時間以上も勉強しました。




ところが、ある日僕は
心の底で違和感を感じていることに気づきました。

「何のために勉強しているんだ?」

ふと、こう思うようになっていました。

よく考えてみると、僕は自分から大学に行く
といった覚えはないし
行きたいとも思っていない。

ただ、周りが行くから、親が行けというから
その流れに身を任せていただけ、、
このことに気づいたのです。

しかし、その時は入学試験の焦りや不安などもあり
モヤモヤしたまま勉強をつづけてしまいました。


結果、、
第一志望には落ちてしまい
東京の私立大学に入学することになりました。

そりゃそうですよね
モヤモヤした感情をずっと持っていたんです。
勉強に完全に集中!はできませんでした。


大学受験に失敗した僕は
大学でリベンジすることを決めます。

在学中に起業して
めっちゃお金を稼いで一人暮らししてやる!

そう誓って入学迎えた大学生活



しかし、、
気づいたら大学1年生の冬になっており
未だ何も行動を起こしていませんでした。

大学前に持っていた気持ちはどこに行ったのか

さすがにこれじゃまずいと思い
やっと僕は重い腰を上げて行動を始めました。

色々なことをやりました。
ブログ、中国輸入、FX、株などなど

しかし、どれも長くは続きません。


そんな僕も突如として
人生最大の転換点を迎えます。

人生が変わった瞬間

僕にはがあります。
もしかしたら、それが僕を様々な場所へと
向かわせていたものなのかもしれません。

僕の

家を持たない旅人になること。

計画に予算を合わせ、予定に休暇を合わせる

行きたいときに生きたいところへ
好きな時に好きなだけ滞在できる生活

そんな夢のような生活を送りたいと
子供のころからずっと思っていました。

僕がこの夢を語るたびに
友人や両親からは笑われました。
「お前には無理」「現実はそう甘くない」
そんな言葉を幾度となく投げつけられました。

いつしかその言葉は、僕の夢を心の奥底へと押しやり

気づけば親の言う通りに生き
社会のレールに乗せられた
ロボットのような人間になっていました。

前述したように自分では
行動も起こせませんでしたし
続けることもできなかったんです。

そんな僕に再び夢があることを気づかせてくれたのは
ある一つの動画でした。

当時、ロボットのように受動的な人生を歩んでいた僕は
その動画を見て再び夢を追う決意をしました。

ここから僕の人生は大きく変わっていきます。

夢は必ず叶う

そこには"本物"がありました。

・堅牢な仕組みづくり

・長期的な権利収入の構築

この動画を観ただけで
これまでの自分の価値観が壊されました。

・一切の曇りのない事業。

・一流の稼ぎ方、そしてマインド。

何一つ隠すことなく
惜しげもなく"披露"されていました。


僕が追い求めていた
”夢”を実現できる事業をやっと見つけた!

模索し続けていたものがここにはあったのです!

出会った瞬間"人生観"が
とても変化していくのを感じました。

そして、ここまで世の中の仕組みを
理解している人に出逢ったことはありませんでした。

あの時の衝撃、感動は一生忘れません



しかし、僕は疑い深い人間です。
ビジネスをする上で外せない条件があります。

・再現性はあるか
・稼げるものなのか
・市場規模は大きいか
・長年の実績はあるのか
・仕組化、自動化は可能なのか
・高い志を持った仲間はいるのか
・本当の意味で豊かになれるのか
・信頼性、将来性、堅牢性はあるのか
・お金・時間・場所の制約を受けないのか

そして何より
・これで夢を叶えられるのか です。

しかし、この事業は上記の
すべての点を満たしていました。

僕の知る限りそんな完璧な事業は

"これ以外ありません"


発見・学び・感動の連続

企画に参加してからは

発見、学び、感動の連続でした。

一流のビジネスや
成功者のマインドを学べる環境が
これほどまでにないほど整っていました

サポートは手厚く、
こんなにも緻密で精巧に作られた仕組みは
他では見たことがありません

アフィリエイトやせどりのような
単発的な報酬ではなく

不動産収入のような
「継続収入」「権利収入」であり
いったん構築してしまえば

趣味を楽しんでいる時や
長期的な旅行へ出かけている間でも
入ってくる収入です。

そして同じ事業や企画でも
仕組みを変えることによって
これほどまでに違う結果が出る
とは全く考えつきませんでした。

こんな気持ちになるのは初めてでした。


僕が夢を追うことを決意した一本の動画

今から僕が再び夢を追うことを決意した動画の
冒頭部分のみお見せします。

たった8分の動画ですが、あなたの人生を変えるほどの
非常に内容が濃いものです。

必ずイヤフォンをつけて、集中できる環境で
ご覧になってください。
これは動画の冒頭部分にすぎません。

たった8分の冒頭だけでは何が言いたいのか
よくわからないと思います。

それもそのはずこの動画は
3つ全て見ることで
初めて点と点がつながり
完全に理解できるようになっています。


この先が気になる方はTwitter https://twitter.com/hiro_yumeoibito のDM画面を開き

『動画の続きが欲しい』
と送って頂ければ残りもご紹介致します。

今は事業拡大のタイミングであるため
もちろんこちらも無料でお見せします。

夢を叶えるために人生を捧げる

これから書くことは頭がおかしいと
言われるかもしれません

ただこれはこの伝説的な事業に出会い
僕の本心に従った結果の話です。



僕は今までの人生に疑問を持っていました

自分が本当に叶えたい夢を追えない人生って
自分の人生だと呼べるのだろうか?

夢を否定してくる人たちは
何が楽しくて生きているのか?


少なくとも僕に分かったのは
夢を追い続けること
僕の人生の形であるということです。

それが僕の生きる理由であり
僕が求めるライフスタイルです。

この動画を見て、その大切なことに気づきました。

それからの行動は早いものでした。

この事業に僕が持つ時間とお金、全てをつぎ込むために
僕が持っていたものを全て横浜に置いて
一人神戸へと旅立ちました。

知り合いがいない環境、無駄なものがない場所で
この事業に没頭できました。


夢を叶えるため・自分の人生を生きるためにとった

大きな決断

この決断は僕がこの事業に人生をかけることを意味しており

それだけ価値あるものに
人生の早いタイミングで出会えたのは
本当に幸運でした。

最後に


動画をご覧になっていかがだったでしょうか?

僕が人生をかけて挑戦することを決意した
この動画を見て、ワクワクした感情や
体の内側から湧き出るエネルギーを感じられたのであれば
続きの動画を見ることを強くお勧めします。


「興味がある」「続きが見たい」
と思ったのであれば、僕のDM画面(https://twitter.com/hiro_yumeoibito)を開いて
『動画の続きが欲しい』
と送ってください。

重要なのは、あなた自身が動画を見て
この事業についてもっと知りたいと思ったかどうか

決めるのは全てあなたです。

もしあなたに叶えたい夢や
ライフスタイルがあるのならば
この事業はそれを実現する力があると
僕は確信しています。




僕も初めは悩みました
自分の人生を変える決断はそう簡単にはできません

ただ、強く強調したいのは
ここには本物
があるという事実

あなたが夢を叶えるチャンス
自分の本当に生きたい人生を生きるチャンスは
すぐ目の前に転がっています。

それを掴むか掴まないかはあなた次第

掴んだ瞬間にあなたの人生は
大きく変わっていきます。



その人生を変える”勇気ある一歩”
踏み出して欲しいと願っています。

僕でよかったらそのお手伝いをさせて下さい。
この上質な環境であなたをお待ちしております。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

DMお待ちしております^^