●御祭神
豊受姫命
宇迦御魂命
●由緒
商売繁盛・産業の発展に御利益があるとされ、
その昔江戸時代には、南部藩の北の守りが福岡の呑香稲荷、
中央の守りが志和稲荷、そして南の守りがこの鼬幣稲荷であった。
二郡見聞私記によると、花巻の郡代野々村宇右衛門なる者が
ある日夢の中に、白髪の老人が白狐に乗って来たり、
我は稲荷なり汝支配する下根子村垂跡せん。
とお告げあって夢がさめた。
水ごり取って、下根村に訪れてみると、石神五郎助という者の土地の
川端の大石に、白紙一張ほどあり、
イタチが走せ来たりて白紙をくわえ、西片さして走り出した。
後をついて行くと、白紙は御幣となって現在の神社の場所に置き、
イタチが消え失せたというもの。
この神体が鎮座され時山が二つに割れ清水が湧き出たという。
現在も本殿の後が割れて沢になって水が湧いている。