将棋を楽しもう!


 将棋をはじめてみませんか?
将棋をすることで、
楽しみながら集中力、記憶力を鍛えられると共に
礼儀作法や感情のコントロールの仕方を学ぶことが出来ます。
また、発想力や判断力、応用力といった
自らを表現する力、総合的な思考力も
身に付けることが出来ます。
楽しく将棋をはじめましょう!

将棋教室お申し込みはこちら!
プロフィール

袴田卓

誕生日:1999年07月20日
出身地:大阪府 血液型:O

将棋経歴
【2004年07月】
 幼稚園年長で将棋を始める
【2004年12月】
 将棋大会初出場
【2007年〜】
 小学校全国大会大阪府代表など
【2011年4月】
 甲南中学校入学
【2011年7月】
 全国中学生選抜将棋選手権大会 
 男子の部 優勝
 全国中学団体戦3位
 マロニエ賞受賞
【2011年8月】
 奨励会入会
【2017年11月】
 奨励会初段退会
【2018年4月】
 日本将棋連盟 指導棋士二段 

現在
関西大学社会学部社会学専攻1回生
日本将棋連盟関西本部所属 指導棋士二段

これまでの活動

関西将棋会館
指導棋士の資格授与式
指導対局
子供教室
師匠
普及活動
小学校での活動
子供教室

私の将棋人生

幼稚園

将棋人生の始まり!

 私は5歳から将棋をはじめました。当時、朝から夕方まで公園で遊び散らかし、全く落ち着きのなかった私を少しでも落ち着かせようとする狙いで母が将棋教室に入れたことがきっかけです。

 幼稚園では、さまざまな習い事(水泳、サッカー、空手、英会話、ピアノ)をしていて、2週間に1回子ども将棋教室に通っていました。ほとんど記憶はないですが、すごく楽しく通っていたことは覚えています。当時全く落ち着きのなかった私がどのように将棋を指していたかは不明です。将棋を覚えて5ヶ月後には大会に出場し、高校生のお兄ちゃんに1局だけ勝つことができ、嬉しくて嬉しくて仕方なかったことを覚えています。二歩ですけどね笑。

小学校低学年

全国大会初出場!!!

 小学校1年生になる少し前ぐらいに関西将棋会館に初めて行きました。そして関西将棋会館で1年生の間に初段になることができました。若い時は成長がはやく、2週間に1回の教室と2週間に1回程度いっていた道場だけで強くなっていきました。

 2年生の時、小学生倉敷王将戦で大阪府代表になり、初めて全国大会に出場しました。その時はまだ全国大会の意識もあまりなく旅行感覚だったと思います。全国大会前日は岡山県倉敷市を観光して、倉敷を堪能しました。結果は7位ぐらいだったような。その時期ぐらいに二段にもなれました。

 3年生では、JT子ども大会・大阪大会で決勝に進出することができ、袴を着て席上対局をしました。袴を着るのも初めてで、席上対局も当然初めてで、とても緊張したことだけ覚えています。結果は準優勝でした。また、3年生中に三段に昇段もできました。1年に1つずつのペースでゆっくり昇段してました。

小学校高学年

奨励会を意識する

小学4年生。この時期が小学校で1番忙しかったかもしれません。習い事はサッカー、そろばん、将棋をしていました。サッカーは週1。そろばんは週1〜2。将棋は週1の教室と学校終わりに道場、週末はほとんど大会に出場していました。当時DSやWiiが流行していたんですが、将棋をはじめた頃から教室の先生にゲームをすると将棋が弱くなると言われていたので買ったことも、遊んだこともほとんどありませんでした。(今でもゲームは買ったことがありません。スマホゲームはめっちゃやります笑。)遊ぶ暇がなかったのかもしれません。

 5年生では、そろばんを辞めたことで少し余裕が出来ました。その余裕を将棋の時間に変えるのではなく、遊戯王というカードゲームの時間に変えたので将棋の実力が急に上がるということはありませんでしたが笑。しかし、五段にはなれました。その頃は、いろいろな将棋教室にも通っていました。また、五段になったことでアマチュア強豪が集う大会にも出場する機会が増えました。負けてばかりでしたがどんどん強くなった時期でもありました。

 6年生では、小学生最終学年だったため小学生大会では優勝候補だったと思います。しかし、小学生名人戦、倉敷王将戦の大阪府代表やJT準優勝、村山聖杯優勝ぐらいの結果しか残せず、微妙な結果でした。一応、大阪府から表彰をしていただけたのですが、何かモヤモヤした感情がありました。そしてこの頃に奨励会入会を強く意識しはじめました。(六段になったのかどうかは忘れました。なったような、なってないような。)

中学1年〜2年の中間

いいスタートだったが、、。

兵庫県にある甲南中学校に進学しました。塾などは行ってなかったので受験するなんて考えてもいませんでしたが、将棋部の顧問の先生に声をかけていただき、推薦入試で入学しました。1年生では将棋部に入部しました。小学6年生までサッカーも続けていたのでサッカー部に入部するか悩みましたが、毎日の練習は忙し過ぎると感じ入部しませんでした。そして、7月には全国中学生選抜将棋選手権大会で優勝することが出来ました。初めて全国大会で優勝することができ嬉しかったです。そしてもう1つ、全国中学生団体戦で3位になれました。個人戦優勝も嬉しいですが、団体戦は部活の先輩と出場したのでそれ以上に嬉しかったかもしれません。また、マロニエ賞という賞を兵庫県からいただくことができ、モヤモヤ感はなく晴れ晴れした気分で受賞することが出来ました。

 その後、奨励会に入会しました。平成24年9月22日に藤井聡太君と同期で入会したことはなんかちょっと自慢してます笑。忘れもしないのが奨励会5級の昇級戦で当時5級の藤井君に当たって、あの詰将棋の天才の藤井君が逃げ道を間違って頓死し5級に上がれたことです。これはもっと自慢してます笑。藤井君の話は置いといて、この時私には師匠がいませんでした。奨励会を受験する時に本当は師匠の推薦が必要なのですが、研修会のC1だったら推薦なしで受験できるみたいな規定を使い受験したからです。ですので、私は私の師匠になっていただける先生を探していました。そして、昔から本を読んだり棋譜を並べたり、1番好きだった久保利明先生にお手紙を書かせていただき、師匠になっていただけるようお願いしました。当時、久保先生は弟子をとっていなかったので半分諦めていたのですが、師匠になっていただくことができ、とても感謝しています。中学1年生はすごくいい1年でした。

 逆に中学2年生は大変な1年でした。やっぱりサッカーが好きだったのでサッカー部に入部しました。ですが、土日は将棋のVS(1対1で将棋の研究)か研究会(4人以上で研究)をしていたのでサッカーの試合を休ませてほしいとお願いし、平日の練習だけ参加させていただきました。顧問の先生にも部活の仲間にも迷惑をかけました。それでも受け入れてくださいました。本当に感謝してます。ありがとうございました。というわけで自分的には充実した毎日を送っていたのですが、気づけば5級のまま1年近く経過していました。

中学2年の中間〜3年生

好機

 5級は長かった。サッカーのせいにはしたくないですが今思えば、サッカー部に入って将棋に触れる機会が少し減ったからかもしれません。(努力不足もあります。)それだけ奨励会は厳しいところでした。周りには1日中将棋のことを考えているというライバルがたくさんいるのに、サッカー部に入るというのは甘かったのかもしれません。ですが、後悔は一切してないです!楽しかったし笑。

 12月に交通事故を起こします。交通事故と言っても1人で自転車でこけただけです。こけただけなのに手術時間5時間の大怪我をします笑。右手に骨折と脱臼と神経麻痺の怪我をし、今でも生々しく縫ったあとが残っています。しかし、結果的にこの怪我は好機だったと思います。これにより入院することなり、サッカー部には行けなくなり学校も休みました。することもないので将棋するしかなくなり将棋ばかりしました。また、長期離脱がきっかけとなってサッカー部も辞めました。その直後にどんどん勝てるようになり、5級から一気に2級まで上がることができました。不幸中の幸いでした。

 また、怪我をする少し前から井上慶太一門の研究会に行かさせて頂くようになりました。そこで一流のトップ棋士と同じ空間で指す機会が増え、とても鍛えていただきました。この研究会のおかげでの昇級でもありました。井上先生の研究会には奨励会を退会するまでいさせてもらうことになりました。ありがとうございました。

高等学校

ターニングポイント

高校は中高一貫校だったのでそのまま甲南高等学校に進学しました。高校1年も2年もこれといって書くことがないぐらい普通の高校生活を送りました。本当に特に何もないです。無理やり書くとすれば、同期入会の奨励会員のライバルが同じ高校に入学し、中学に後輩の奨励会員が入学してきたことです。(のちに私が高校1年の夏に2人入会するので同じ部活に最大で5人も奨励会員がいたことがありました。)これがいい刺激になればよかったのですが、部活で将棋を指すと10秒将棋とか1分将棋とかで遊んでしまいあまり真剣に将棋を指すことは少なかったです。大学受験も甲南大学があったのでそこに行けばいいと考えていました。ですので、何も考えず、勉強もせず、毎日楽しく学校に行き、少し将棋をしていただけの高校1年と2年でした。結果、1年生の最後に1級に昇級しそのまま2年生は上がれず1級のままでした。

 さすがに高校3年になると将来どうするのか、どうなりたいのか考えはじめました。大学もこのまま甲南大学に行くのか、他に行くのか考えているときに先生にAO入試について聞きました。(AO入試とは、「アドミッションズ・オフィス入試」の略で、学校側が学生に求めている基準にそっているかどうかを基準に合否を決める入試方式のこと。合否の判断材料は、「面接」や「論文」など。)なんとなくAO入試は知っていましたがボランティアなどはしていなかったのでAO入試で武器になるようなことは将棋しかありませんでした。4月からでもボランティアなどをして武器を作るべきだったかもしれないですが何故かしませんでした。それよりも自分は将棋で四段になり棋士としての人生を送りたいのか、まず棋士を目指したとして棋士になれるのか、なれなかったらどうなるのか、なったとして勝てるのか、などいろいろ考えました。結果、今でも何が正解だったのかはわかりませんが、自分の中で答えは出せました。

 出した答えは棋士になることではありませんでした。というよりは、なれるならなりますが、なれるかどうかわからないものに何年もかけるよりは他にやりたいことがたくさんありました。それに自分が勝負するというよりは将棋を普及したり、将棋を教えたり、将棋を通して地域福祉できたらいいなと考えはじめていました。ですので、そのようなことが勉強できる社会学部に進学したいと思いました。ですが、甲南大学には社会学部がなかったので他大学の社会学部に進学したいと考えました。と、ほぼ同時に指導棋士になるということもはじめて考えました。

 結果的には、関西大学の社会学部に合格することができました。また、初段にも昇段することができ、指導棋士になる資格を取ることができました。正直、高校3年生で三段でなければ棋士になるのは厳しいと考えていたこともあり決断は意外とはやくすることができ、奨励会を高校3年生の11月に退会しました。

大学・現在

将棋を世界へ!

 現在は関西大学の学生をしながら、指導棋士として関西を中心に活動しています。
将棋の普及活動、将棋を通しての地域福祉はもちろん、今までの経験を生かして全国大会優勝や県代表、奨励会入会の手助けができればいいなと考えています。夢は将棋の面白さを世界の人たちに知ってもらい、世界に普及できればいいなと思っています。
 
 ここまで長文を読んでいただきありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

プロの指導棋士としての今後

  • 将棋の普及活動
    大阪でのイベント開催・将棋教室・小学校へ講師など活動しています。
  • 家庭教師
    個人レッスンしています。
  • 全国大会向け上級者指導
    大会で全国レベル向けの指導しています。
  • 地方にイベント
    日本全国将棋のイベントに行きます。
  • 世界に
    世界に向けて普及活動と日本文化を伝えたく活動していきます。
  • 地方にイベント
    日本全国将棋のイベントに行きます。

将棋教室

袴田オンライン将棋サロン

オンラインで将棋の指導を行います!将棋が強くなりたい方はもちろん、趣味としてやられる方、見る将棋ファンの方にもぴったりです!

お申し込み

SNSもやってます!チェックしてください!

YouTube
授賞
式の様子

blog
現在
してません

Instagram
hakamata.taku

LINE
@sky1150j

blog
現在
してません

お問い合わせ

お問い合わせは下記のフォームからお願いいたします。
フォームから送信された内容はマイページの「フォーム」ボタンから確認できます。
送信