地球が大好き

その想いだけで
違いを超えてひとつになれる










何にも持たないたったひとりの小さなわたしにできた
*ひとりひとりができること*

雅楽谷の大くぬぎが繋いでくれた、たくさんの*ひとりひとりができること*

このHPをつくるきっかけとなった、雅楽谷の大くぬぎの一連のこと。
文字にすると長すぎるので、現場目線ならではの動画をつくりました。
拾えていないところもたくさんあるけれど、これが、あの日のわたしが見ていた景色です。
動画は下記のリンクボタンより。Youtubeに飛びます。

涙のような、小さなひとしずくが広がって、大きな愛の波紋となった物語。
ぜひ、ご覧になってみてくださったら嬉しいです。

*ひとりひとりができること*
雅楽谷の大くぬぎの森から繋がった豊かな生命の息吹たち

ひょっとしたらすべてを変えてしまうかもしれない
自分の愛に、素直に生きよう

*ひとりひとりができること*

いのちの森の土を育む黒浜の大クヌギの保全を通してわたしたちができることを考える
このホームページをつくる大きなひとつのきっかけとして、わたしがこどもの頃に一緒に遊んだ、一本の大きなクヌギの樹との出会いがありました。

その樹は長い時を蓮田のその場所で過ごしていたのですが、有名になるでも、誰かにその働きを知られるでもなく、大きな枝葉を広げ、たくさんの小さな動植物たちの傘となるように、静かにその場で根を張って、いのちと、街の移り変わりを見守っていました。

 カブトムシやクワガタ、たくさんの蜂や蝶をはじめとした、昆虫たちの生きる森を養う大きなクヌギ。
平野の住宅地、それも民有地の中にある、人の手が入った雑木林でありながらその生態系は豊かで、たくさんの野鳥や小動物たちの住みかとなり、昔ながらの武蔵野の景色と、栄養豊かなふかふかの生きた土を、現代の蓮田の地に伝えていました。

 第二次世界大戦の前後からこの地に根を下ろしたこのくぬぎは、陸軍の地として、そして、国立病院の結核療養地として運営された閉鎖的な土地にありながら、時代と共に少しずつ、人々の暮らしのそばに帰ってきて、近代ではこどもたちの秘密基地となったり、小動物たちの住みかとなったり、その見事な枝葉を持って、散歩する人々のこころを和ませたりする存在となっていました。

<黒浜の大クヌギのプロフィール>
樹高25メートル      目通り周り3.15メートル
枝張り22メートル   樹齢77年以上
2017年10月30日伐採樹木3番目として伐採されました。
ひとびとが繋いだ大くぬぎの物語のはじまり
 国有地のため、豊かな生態系と共に近代までその開発を免れて人々の暮らしのそばに残り続けたこの大くぬぎをはじめとする雑木林は、人々の営みの中に溶け込みながら長い時を蓮田の地で過ごしていました。

 しかし、2017年のある日市道拡張による235本の樹木伐採工事により、多くの樹木が伐採され、虫たちや鳥が息づく草木や土は、道路基礎工事のために掘り返されることに決まった、という報せが、市内に暮らしていたわたしの耳に入りました。

 小さな頃に、家族のように過ごしていた森が、なくなってしまう。
 その場所に今も暮らしているであろう生き物たちがまた、住処を失ってしまう。

 そう思ったわたしは、もう本当にできることはないのかを確かめるために、何もないところから、ひとつひとつ情報を集めはじめました。

 公的に有名ではなかったものの、珍しい蝶や、たくさんの野鳥、野草などを好む人たちのあいだでは貴重なスポットとして愛された土地であり、また、立派な巨樹であったこの大くぬぎを保全することはできないかと、わたしの耳に届く一年前に、市内の有志により大くぬぎを残すことを求める要望書が提出されていました。

 「できることはやったけれど、覆らなかった」
 「決まったことは、どうせ何を言っても変わらない」

 そんな言葉をたくさん耳にしながら、それでも、まだやれることを何もやっていなかったわたしはあきらめきれず、それなら、ひとりでもできることは何かなと考えました。

まずはわたしひとりでも始められることから
 そうしてわかったわたしが一番したいことは、この森の存在と大くぬぎのこと、それらと人との繋がり、そして物事が変化し、日常が壊れていくときに生じることの全てをあますところなく見て、聴いて、光を照らし、本当はこの樹々たちのことを知っていたら大好きだったかもしれない、そしてこの樹々たちの方も、交流があれば大好きだったかもしれない人たちに、全てを届けることでした。

 人間の家族ではないけれど、本当に、幼い日のわたしを育ててくれた家族のように大好きな地だったから、個人的な感情としての本当は、変わらずにいてほしい、残ってほしい、というきもちでした。
 また、個人的な感情を抜きにしても、生態系と人々の暮らし、という観点から、もしも100年先まで、この景色を、たとえ変化が起こったとしても流れ続ける生態系そのものとして、繋ぐかたちで残せたら、それはきっとこの街の宝物になると、そう感じました。

 そのために、何をしたらいいのか。やったことのないことでも、できそうなことはやってみようと決めたわたしは、HPをつくり、自分個人のFacebookで発信し、県内外問わず、まずは広くみんなに知ってもらったらどうかなと考えました。

 そうして、いったいどんなHPをつくったら、受け取ろうと手を伸ばしてくれるであろう人たちに、いちばんシンプルに伝わるかを、本氣になって考えました。そして、それを成すために大切なのは、わたし自身の、戦いを選ばないという、強い決意だと、そう感じました。

 誰かを非難するためのHPは、わたしには要らない。
 何かを糾弾するためのHPは、わたしには要らない。

 必要なのは、たったひとつ、「もし、今のあなたに、この件に向ける心と、そのための時間と、貸すための手ががあれば、どんなことでもどれだけの時間でも構わないから、どうか一緒に動いてほしい」という、みんなへの呼びかけだけでした。

 わたしが動くたった一つの理由は、「このままじゃ、絶対にいやだ。100年経っても後悔する自信がある!」という、強くて頑固なわたしのわがままだったから。

 だからわたしは、みんなにもわがままで居てほしいと、そうおもいました。
 心をあわせて、手を合わせて、時には時間も合わせて、協力するけれど、ひとりひとりが、ひとりひとりの思いから、自分の一歩で行動する。

 そうしたら、どんな風に世界は変わるのでしょう。

 このHPは、たったひとりからはじめたわたしのそんな思いで発信され、そうして今、わたしが生きたひとつの物語が、2年後の2019年までにいったいどんな結末を迎えたのかを伝えるために、運営しています。

 ひとりから始まった種は、そのひとりの想像の世界を超えてたくさんの種となり世界に広がって、あちこちで豊かな芽を芽吹かせました。

 いつかこの物語が必要なひとに、どうか届きますように。

               2019年4月6日 里宇さやか
ひとびとが繋いだ大くぬぎの物語のはじまり
 国有地のため、豊かな生態系と共に近代までその開発を免れて人々の暮らしのそばに残り続けたこの大くぬぎをはじめとする雑木林は、人々の営みの中に溶け込みながら長い時を蓮田の地で過ごしていました。

 しかし、2017年のある日市道拡張による235本の樹木伐採工事により、多くの樹木が伐採され、虫たちや鳥が息づく草木や土は、道路基礎工事のために掘り返されることに決まった、という報せが、市内に暮らしていたわたしの耳に入りました。

 小さな頃に、家族のように過ごしていた森が、なくなってしまう。
 その場所に今も暮らしているであろう生き物たちがまた、住処を失ってしまう。

 そう思ったわたしは、もう本当にできることはないのかを確かめるために、何もないところから、ひとつひとつ情報を集めはじめました。

 公的に有名ではなかったものの、珍しい蝶や、たくさんの野鳥、野草などを好む人たちのあいだでは貴重なスポットとして愛された土地であり、また、立派な巨樹であったこの大くぬぎを保全することはできないかと、わたしの耳に届く一年前に、市内の有志により大くぬぎを残すことを求める要望書が提出されていました。

 「できることはやったけれど、覆らなかった」
 「決まったことは、どうせ何を言っても変わらない」

 そんな言葉をたくさん耳にしながら、それでも、まだやれることを何もやっていなかったわたしはあきらめきれず、それなら、ひとりでもできることは何かなと考えました。

雅楽谷の大くぬぎのその後の話

 2017年10月30日に伐採された雅楽谷の大くぬぎ。
 本来は粉砕され木片チップとして処理されるはずだったのですが、たくさんの想いが繋がり、樹木の一部を材木として遺し、その材木を使って、まだ見ぬ”次”へと物語を繋ぐことができました。また、伐採当日を迎えるまでに、森に集まってくれたみんなで拾った大くぬぎのどんぐりが、2018年、全国で芽吹き、その一部は蓮田市にかえり、一部は群馬や京都、岩手などの、縁ある土地で、新しいその生を営みはじめました。

 自然界は流れ続けて留まらないため、失われた森は、二度と同じかたちではかえることはありません。しかし、形あるものが失われてなお、関わったそれぞれのいのちのなかで、新たな形としていのちはずっと、続いてゆく。
 ここにあるものは、そのなかでも、みなさんに再び触れていただける形を伴い、わたしに伝わってきたものです。
 
 今もひとのなかで、前よりもひとに近い場所で生き続けている、くぬぎや、くぬぎが育った森の息吹に、ぜひ会いにいき、そのいのちに触れてみてください。

自由の森学園の皆様がくぬぎの材木をベンチとして製作し、
大くぬぎの故郷へと想いを込めて、寄贈してくださいました。
蓮田市内では三箇所に設置されています。

東埼玉病院内
地域活動センター

 くぬぎが元々あった地に返したい、という自由の森学園の皆様のご希望を、東埼玉病院が受け入れ、叶えてくれました。
普段は立ち入ることのできない場所ですが、今後、地域のコミュニティーセンターとして活用されていく予定の場所に、このベンチは設置されることになりました。
 声をあげて広めてくれたひと、幹を残そうとした人、製材や運搬について教えてくれた人、材の活用を考え、実行してくれた人・・・それらの人の手を伝って、長い時をこの土地で樹として生きたくぬぎは、形を変えて、椅子として人々のコミュニティのなかに在り続けることになりました。

リンク準備中

黒浜日の出緑地

 東埼玉病院に隣接する、黒浜の日の出緑地の広場にも、このベンチが設置してあります。

 今回の道路建設のための伐採工事のなかで、日の出緑地に隣接していたり、いくつかの緑地内の樹木も伐採されました。
緑地内には、大くぬぎの立派なベンチやテーブルのほか、その時に保管した樹木などが、簡易丸太ベンチやテーブルなどとして活用されています。

 また、日の出緑地では毎週月曜日午前中に有志ボランティアが手入れを行っており、緑地整備に興味がある方は、そのボランティアに参加することもできます。

入り口は公道に面した場所と、小さな住宅道に面した場所の二箇所で、少しわかりにくいですが、独立社団法人東埼玉病院、または、東埼玉病院側の黒木薬局を目指して来ていただければ、たどり着けると思います。

ご興味のある方は、ぜひ、この場所を訪れて、お手入れをされている皆さんにお話をきいてみてください。

リンク準備中

蓮田市文化財展示館
黒浜貝塚

 蓮田市役所に隣接する蓮田市文化財展示館には、こちらのベンチが寄贈され、文化財展示館の奥にある黒浜貝塚に設置して頂きました。
 ハンノキ、くぬぎなどの広葉樹の森を眼前にしながら、今と昔が交わる蓮田市の息吹をゆっくりと感じることができます。
 また、文化財展示館には蓮田市で発掘された土器や土偶、化石、寄贈された調度品や生活用品や書などが保存されています。

 蓮田に訪れた際には、ぜひお立ち寄りになり、雅楽谷の大くぬぎも含めて、縄文時代から今に至るまで人が営み暮らし続けた蓮田市のその息吹を感じてみてください。

蓮田市文化財館地図など

自由の森学園の皆様がくぬぎの材木をベンチとして製作し、

大くぬぎの故郷へと想いを込めて、寄贈してくださいました。


埼玉県内の久喜市と北本市の、自然と文化に関わる二つの施設が、

それぞれベンチの寄贈を受け入れてくれました。


人と森の豊かな輪を広げていただいたことに心より感謝です。

久喜総合文化会館
プラネタリウム

 久喜市にある、大きなプラネタリウムドームが特徴的な久喜総合文化会館のなかの、プラネタリウムがある二階のスペースに、こちらのベンチを設置して頂きました。
 子どもや小動物とのふれあいがとても好きな樹だったので、子どもたちも訪れるスペースに置いていただけることになり、とても嬉しいです。
 プラネタリウムを訪れた際は、ぜひご覧になってみてください。

HPはこちら

埼玉県自然学習センター
北本自然観察公園

 北本市にある、非常に美しく自然との共生を考えながら営まれている、北本自然観察公園。その公園の、学習センター館内二階に、こちらのベンチを設置して頂きました。
 自然との繋がりを考え、伝え続けてくださっているこちらの施設は、四季折々の植物が非常に美しくきもちのよい場所なのですが、大くぬぎのことも真剣に話を聞いてくださり、一緒に掲示したいので、あらましを教えてください、と仰って頂きました。

 樹は、様々な形で人と共に在り続けるものですが、生きて存在する生命としての、森と人との共生、共存を伝え、教え、学ぶための場所として在るこちらに、最後のひとつのベンチがあることを、わたしはとても嬉しく思います。

 北本市を訪れた際は、ぜひこちらの自然観察公園にもお立ち寄り頂き、くぬぎのベンチに座って、その息吹がもつ生態系を感じてみてください。

HPはこちら

トラックで運ばれてきました

 自由の森学園より、遠路はるばるトラックで運んできてくださいました。生徒の皆さんもお越し頂き、現在は道路工事中の、雅楽谷の大くぬぎの森の跡地をご覧頂きました。

雅楽谷の大くぬぎをアートに生かし
繋げてくれた輪がありました

絵本になった
うたやの大くぬぎ

 SNSのシェアから繋がったこばたまゆみさんが、一連のFacebokの投稿をご覧になって、丁寧に絵本を描いてくれました。
 この本を描いたきっかけとなったのは、伐採されて、立派に広がった枝を落とされ、それでも青い空に向かってすっくと立つくぬぎの写真だと、まゆみさんはお話してくれました。その場面がとても悲しく、なかなか書けなかった、というまゆみさん。まゆみさんが描いた絵本は、まゆみさんのご縁で大阪のこどもたちが読んでくれ、わたしが拾った大くぬぎのどんぐりは、絵本を読んでくださった先生方の手を通して、絵本を読んだこどもたちの元へと届けられました。その後、まゆみさんはご自身の個展のなかで、雅楽谷の大くぬぎのことも、絵本や絵の展示と共に、伝えてくださいました。

 下のリンクボタンから飛べるYoutubeでは、まゆみさんが描いてくださった「うたやの大くぬぎ」の絵本をみられます。まゆみさんが描いてくださった、「大くぬぎ」の物語、ぜひご覧になってみてください。

Youtubeの絵本の動画はこちら

樹々と共にこの地に生きた
今と昔を繋ぐ生命のアート

 一緒に活動をしてくれていた、小百合さんのご縁で大くぬぎのことを知ってくださった、アーティストの荻野さん。
 木の葉に太陽光で写真を転写する、という技法を使い、戦争のことなどをアートとして表現しておられた荻野さんは、大くぬぎの幹と皮を、次回のアート作品として使用したいと申し出てくださいました。
 くぬぎと同じ時代を、この土地に生きた人々の今と昔を木の葉に転写し、完成した作品は、浦和で行われた展示会ーどこかでお会いしましたねーにて展示され、その後、埼玉新聞の取材を受けることとなりました。

 たくさんの繋がりと共に、大くぬぎとあの森に息づき、きっとこれからも生き続けるであろう生命の息吹を表現してくださった、荻野さん。

 下のリンクボタンから飛べるYoutubeの動画では、荻野さんのアート作品の成り立ちをご覧いただけます。
荻野さんが繋げてくださった、大くぬぎの生命の息吹を、ぜひ感じてみてください

アート作品のYoutube動画はこちら

いのちはめぐりゆくもの

 作家の谷よっくるさんが、大くぬぎと、著書の「小さな妖精サラ」のヒロインであるサラちゃんを、絵と言葉で描いてくれました。

 ずっと文字のみで表現し、作家活動をされてきたよっくるさんが、蓮田市に起こった雅楽谷の大くぬぎの物語を思い、描いてくれた一枚の絵。
そこに込められた祈りは、当時、現場を走り抜けて疲れきっていたわたしや母の心を優しく解きほぐし、前に進む力を与えてくれました。

 よっくるさんは今後は絵本の出版を目指して、活動されていくそうです。

谷よっくるさんブログ

蓮田市の有志数名で丸太だったくぬぎ材の製材・運搬をし、
下記の三箇所へ設置しました。

蓮田市環境学習館

 蓮田市の黒浜地域にある、小さな環境学習館の庭の共有スペースに、大くぬぎでつくられたテーブルと長椅子、年輪が分かる輪切りのくぬぎが設置されました。

 水鳥やトンボなど、豊かな生態系を誇る黒浜沼の近くにある、蓮田市環境学習館。ゆったりとした素敵な蓮田を散策がてら、ぜひお立ち寄りください。

アクセスなど

日の出緑地

 蓮田市の独立社団法人東埼玉病院に併設される場所にあるは、日の出緑地には、輪切りのくぬぎと、くぬぎで製作されたテーブルが設置されています。

 四季の草木が茂る、植物の保全地、散策地として、市民有志によって手入れが続けられている日の出緑地。静かで涼しく心地の良い場所に、ぜひ立ち寄ってみてください。

リンク準備中

 蓮田市ひまわり畑

準備中♪

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例えばこんな、*ひとりひとりができること*
人も含めた地球生態系の保全を
ひとりひとりが生活の中で考える


 生きた土、生きた水、そしてわたしたちと共に地球に生きている、大小様々な生き物たち。
 文字でも映像でも博物館でもなく、生活の中で生きた姿に触れられる街があるって素敵だと思う。
文化や生活の伝承について
ひとりひとりが生活の中で担ってゆく

豊かな水に養われながら、火を使って、人間は多様な文化を発展させてきた。

例えば、”火を起こす”という言葉の意味を、その身で体験していくこと。
”火の番”をしていたころの情緒を、その肌で感じてみること。

便利さと過多な情報から離れた、シンプルな暮らし。

その中で、人は”生”を学び、いのちを生かす術を洗練してきたのではないかと思う。

共存共栄する環境の整備と探究

原始の時代に帰らなくても、わたしたちは地球と共に生きていける。

ただほんの少し、自分たちの出すゴミのことについて考えたり、ほんの少し、暮らしを支えてくれている自然の在り方に目を向けてみること。

ほんの少しの、自覚と行動。

たったそれだけのことで、わたしたちはもっともっと、自由な人間になれると思う。
共存共栄する環境の整備と探究

原始の時代に帰らなくても、わたしたちは地球と共に生きていける。

ただほんの少し、自分たちの出すゴミのことについて考えたり、ほんの少し、暮らしを支えてくれている自然の在り方に目を向けてみること。

ほんの少しの、自覚と行動。

たったそれだけのことで、わたしたちはもっともっと、自由な人間になれると思う。
*地球が大好きな仲間たち*

世界で*ひとりひとりにできること*を実践されている、すてきな地球の仲間たち♪
了解を得て掲載させていただいています^^

堺の雑木隊

材木に魅せられた愛すべき堺の変態高校生による、溢れる樹木への愛がとどまらない、未来の地球に向けた素敵な種蒔きのページ。
自分の身近にある、伐採樹木のその後のリアルを自分の視点で伝えながら、大好きな樹木と日々、向き合い、学び続けている、素敵な青年が運営するページです。

林業関係者から製材所、里山保全の権威や森好きまで、彼の純粋な思いは人を繋げて、静かに広がり続けています。

”樹木”に恋をしている人は、Facebookページで伝わる彼のリアルに、ぜひ出会ってみていただけたら嬉しいです^^

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里宇 さやか/Sayaka Riu

地球の多様性を愛し、コミュニケーションや遊びを通して生きとしいけるものたちと交流します。

特技は旅。ピンときたらどこへでも行きます。
Happy*Smile*Planet主宰。
このページの運営者です。

*ひとりひとりができること*
Special Thanks♬

 なんにももたないわたしにもできた、「ひとりひとりができること」。
 そして、このHPをつくり、世界に向けて声をあげたわたしに繋がってくれた、たくさんの力強いみんなの「ひとりひとりにできること」♬

 みんなが居てくれたから、この二年、愛ひとつで走り抜けられました。
 心からありがとう。

Special thanks!
***
きょんぱさん、もっちー、未佳さん、小百合さん、ぷーちゃん、飯塚さん、日の出緑地お手入れの会のみなさん、好子さん、こずえさん、Yasukoさん、小宮さん、玲子さん、咲ちゃん、Mariさん、ミミさん、あかりさん、朝恵さん、湯谷さん、田中さん、勝浦さん、船橋さん、麻美ちゃん、那美ちゃん、彰子さん、Satukiちゃん、よっくるさん、真由美さん、高桑先生、和美さん、雅乃さんとお友だちの方、にゃおみ、大くぬぎに会いに来てくれた皆さん、東埼玉病院の院長先生、野島さん、大畑さん、市川くん、石井さん、蓮田市道路課のみなさん、伐採工事のみなさん、久保木さん、取材にきてくれた加藤さん、荻野さん、郷美さん、小林さん、大くぬぎの森のそばに住んでいるおじちゃん、くぬぎが載った新聞をわたしにって手渡してくれたおじちゃん、伐採の日に現場にきてくれたみんな、製材所のおじちゃん、運搬してくれた会社のみなさん、栃尾くん、結さん、一緒になってくぬぎの活用を真剣に考えてくださった日本の林業のみなさん、自由の森学園の先生と生徒のみなさん、ベンチを受け入れてくださったすべての場所のみなさん、ずーっと画面の向こうで祈っていてくれたみんな、署名してくれたみんな、SNSでシェアしてくれたみんな、家族のみんな、ひとりひとり、感じて、自分の愛で動いてくれたすべてのみんな

そして小さな頃からわたしをずっと育ててくれた大くぬぎのおばーちゃんと、大好きな、あの森のみんなへ

 そのおおきな愛ひとつで、大好きな地球に大好きな生命を繋げてくれて、
 心からありがとう♡