お聞かせ下さい ほっこり話



病気にまつわる
ほっこり話
ご家族、親類、大切な人。
病気はいつ誰に襲い掛かるかわかりません。そんな中で、実際に体験したこと、見たことなどの中で、心温まる経験、ほっこりする話などございましたらお聞かせください。
つらい中でも、みんなで共有することで温かくなれるそんなお話、お待ちしております。

                          by Medical Planning yoos

2月 月間賞

「わたしと私」
投稿者:こまっちょ さん
33歳、 女性


うつ病になって10年。気分変調との闘い。いつか良くなる、いつ良くなる?の繰り返し。子どものように駄々をこねる日もある。と思えば冷静に見つめる日も訪れる。「わたし」になったり、「私」になったり。
主人に申し訳なくて離婚を申し出た。 

「そういうところも好きですよ。」 
太陽はここにあった。 この主人について行こう。重い腰が一瞬軽くなった。

コンテスト概要
<賞金>

  • グランプリ賞
    賞品:全国共通百貨店商品券 3万円

    毎年:10月31日発表
  • 月間賞
    賞品:全国共通百貨店商品券 1万円

    毎月:10日発表(前月末日締め切り)
  • 審査員特別賞
    賞品:全国共通百貨店商品券 1万円

    適宜:審査員の独断と偏見により適宜発表
  • 読者賞
    賞品:全国共通百貨店商品券 5,000円

    適宜:読者より人気のあった作品を表彰
  • お願い
    掲載作品につきまして、「私的使用」又は「引用」、転載、複製、放送、公衆送信、翻訳、販売、貸与などの利用をすることはお控えくださいい。著作権はすべて当方に帰属いたします。
  • 審査員特別賞
    賞品:全国共通百貨店商品券 1万円

    適宜:審査員の独断と偏見により適宜発表
  • 読者賞
    賞品:全国共通百貨店商品券 5,000円

    適宜:読者より人気のあった作品を表彰

募集要項

応募資格 どなたでも なんどでも
応募方法 投稿フォーム
募集期間 継続募集(月末日にて月間賞締め切り)
結果発表 本ホームページにて発表
結果発表 本ホームページにて発表
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オリジナル作品のみお待ちしております。
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月間賞

11月 月間賞
「臨終のとき」
投稿者:MaiMaiさん 31歳、女性

75歳、女性、膀胱がん末期で入院中。お名前は”みちこ”さんと言われます。病状が悪化しいよいよ臨終を迎えるときのお話です。私は病院の看護師をしています。
患者さんはすでに意識がなく、血圧も低下してきていました。手には点滴、鼻には胃管チューブ、胸には心電図モニターが付いています。病室には、旦那さんと、主治医と私がいました。心電図が鼓動を伝える「ピッ」という音の間隔がどんどんと長くなり、血圧も測れなくなったときです。旦那さんが主治医に尋ねられました。
旦那さん「もう、すぐ死ぬんでしょう?」
主治医「はい」
旦那さん「もう、もうすぐに死んでしまうとでしょう?」
主治医「はい」
旦那さん「今すぐ、体についいてるものを全部外してもらっていいですか?」
主治医「はい」
私は病棟にいた看護師を呼び、みんなで大急ぎで体についいているもの外しました。
主治医「全部取りました」
旦那さん「ありがとうございます」
そう言うやいなや、旦那さんは
ベッドの上の奥さんに全身で覆いかぶさり、大声で
「みちこ、ありがとう~」「みちこ~」
「ありがとうみちこ~」
ベッドの上の奥さんをグッと抱きしめ、大声で何度も何度も叫ぶのです。
大きな声で何度も何度も
「ありがとう~」「みちこ~」と叫ばれるのです。
見ていて涙が止まりませんでした。

12月 月間賞
「男として」
投稿者:ひろきさん、45歳、男性

糖尿病で当院受診中の75歳男性の話です。
「バイアグラはもらえますか?」
「はい。お出しできますよ」
「いや~お恥ずかしいですが少しいただけますか?」
「70代の男性は多いですよ」
「いや~かみさんが、少しボケて来たみたいで、で、、、私のことがわからなくなる前に、しっかり抱きしめたいと思いましてね。それで思いついたんですよ」
「・・・」
何も言えず目頭が熱くなった。

1月 月間賞
「お姫様抱っこ」
48歳、女性

最高気温が30度を軽く超えるような日、午後からなんとなく体がだるく、暑さのせいではない汗が出始めました。おかしいな。と思いつつも、なんとか家事を片付けていたのですが、イスから立ち上がった途端、世界がぐるんと回ってその場に倒れてしまいました。そのあとは、ベッドで、頭を動かすだけで、グラグラと世界が揺れ、吐き気の連続、なんとかトイレまでいったものの、その後、廊下で倒れてしまったのです。その時、高校から帰宅していた息子が私をお姫様抱っこして、寝室まで運んでくれたのです。枕元に洗面器を置いてくれて、「気分が悪くなっても、トイレやまで行かなくて大丈夫だよ」と、嘔吐を繰り返す私のために、何度も寝室とトイレを往復してきれいに洗った洗面器を置いて行ってくれる息子。幼稚園ぐらいまでは熱が出ると嘔吐してしまっていた息子の枕元に洗面器を置いてずっと、小さな青い顔を覗き込んでいた昔を思い出しました。もう15年も前の事なのに…覚えているのでしょうか? 私の人生で初の「お姫様抱っこ」。 軽々とではなかったけれど、頼もしかったよ。しっかりと成長して、ちゃんと優しく育ってくれてありがとう。




作品集

鰻じゃなくっても食べるものありますから、ね!

投稿者:胆石ちゃん さん
42歳、女性

胆石症になり、胆石の名医を訪ねていきました。 「とにかくダイエットお~」。 「ショートケーキ、シュークリーム、君好きだろう?ダメだ」 「焼肉とか、好きだろう?ダメだ。」 そんな療養中のある日、浜松に出張に行くことになり、体調もいいので、お医者さんに 「先生、鰻食べてもいいですか?」と聞いたら、お医者さんは激怒! 「君はそんなに鰻が好きなのか?」 私「だって先生、浜松ですよ、浜松!」 先生「浜松がなんだ?」 私「知らないんですか?浜松っていったら鰻ですよ」 先生「えーい、もう、、(言葉に詰まり、隣のベテラン看護師さんに)君からも何とか言ってくれたまえ」 しばらく沈黙が続いた後、 看護婦さん「鰻じゃなくっても食べるものありますから、ね」 「君、まだお嫁にも行ってないだろう?それなのに手術して傷がついちゃうよ、、」と最大限傷口を少なく最高の手術をしてくれたお医者さん。 もう太ってるのは私の個性とばかりあきらめていた私に健康の大切さを教えてくれた思い出です。

母の本心

投稿者:ジュリ
29歳、女性

心の病気とは、とても辛いものです。もちろん健常者の方々にも辛い事・苦しい事・悲しい事、たくさんあると思います。でも中には精神病を「心が弱いからだ。気持ちを強く持て。」などと偏見的な考えの方もいるのでは?と思う時があります。 私自身、自分が精神障害者であることを初めは・・・いえ、今も受け入れられていません。そして、家族、特に母にはそのしんどさが伝わらないと思っていました。 ですがある時、いつものように母と言い合いになり、私は泣いていました。「どうせ、こんな私を母は理解してくれない!むしろ迷惑なんだろうな・・・」と心の中で思っていました。 すると突然、母がいきなり私を抱きしめたのです。びっくりしました。いつもはクールでサバサバした母が泣きながら私を包み込んでくれました。 その後母は、今まで私にどう接したらいいか分からなかったこと、不器用で伝えられなかったことを話してくれました。 その言葉を聞いて、私も涙が止まりませんでした。 今でも、辛い日々は続いています。ですが、近くに自分を心配して想ってくれる人がいるというのは、心の支えになるのです。 私も、母を大事にしたいです。

年上のお兄さん

投稿者:きみ さん
29歳、女性

まだ小学生にもならない小さな頃、小児喘息で入院をしたことがあった。人生で初めての入院だ。 それまでずっと母親にべったりで、離れたことなどない私は面会時間終了の時間になると、帰る母を捕まえ、泣いて縋って困らせた。 そんな私をみかね、同室の年上の子たちがよく構ってくれていた。 子供だったこともあり、小学生の男の子3~4人と同じ部屋だったのだが、一番年上のお兄さんが一番面倒をみてくれていて、私自身もそのお兄さんによく懐いていた。 喘息の発作が起きれば背中を撫ででくれたり、待合室の自動販売機で紙パックのジュースを一緒に飲んだり。寂しかった入院生活もお兄さんがいたおかげでとても楽しかった。 ある日、病室でみんなと折り紙で遊んでいたとき。折り紙が得意な子が、指輪を作ってお兄さんに渡し、「これで結婚式しようぜ!」と言った。 病室に女の子は私しかいなかったため、必然的に私が新婦役になり、みんなが見てる中、折り紙でできたぶかぶかの指輪をお兄さんにはめてもらった。 子供のままごとだったけれど、あの時生まれて初めて感じた、こそばゆい気持ちとお兄さんの恥ずかしそうな表情を今でも覚えている。 あれから時が経って、お兄さんの名前も、あの指輪がどこへ行ったかもわからなくなってしまったけれど、今でも思い出す度に胸がきゅっとする。 ずっと忘れられない、いちばんきれいな思い出だ。

スプーンですくわれた未来

投稿者:ゆかり さん
32歳、女性

「ママ、新しいスプーン買ったの?すごく手触りがいい…何だかあったかい感じ」  母が作ったシチューを食べようと、竹のスプーンを持った瞬間、しっくり手に馴染む竹の肌触りと、絶妙な湾曲具合の持ち易さに思わず感嘆を漏らした。 「それね、ゆかりのためにパパが作ったのよ」 得意げに答える母に、「えっ、パパが?」と驚いて、食卓を囲む父を見詰め反した。照れ隠しなのか、父は私から視線を逸らし、シチューを食べながらぶっきら棒に言った。 「手作りの竹のスプーンはあったかいだろ?…それなら、いっぱい食べられるだろ?」  不器用な父の優しさが伝わり、胸がいっぱいになった。  先日、子宮癌検診で腫瘍が見つかり、手術を受けた。結婚したばかりなのに、今後の妊娠の可能性は絶望的となった。   暫く実家で静養していたが、ショックが深過ぎて、部屋に引き籠って泣いてばかりいた。  生きる希望を持てず、拒食気味の娘を心配し、料理が得意な母はこうして私の大好物のシチューを作り、手先の器用な父はスプーンを作ってくれたのだ。 スプーンを鼻に近づけると、削り立ての爽やかな青竹の香りが胸の痛みを和らげてくれた。シチューをスプーンで掬って、一口食べる。 「…おいしい」  久しぶりに食べ物の味を感じた。 「でしょ?朝から煮込んだんだから!」 「いっぱい食べて元気を出せ」 愛情深いあったかい二人の眼差しがテーブル越しに私を見守る。 …こんなにあったかいパパとママがいるんだから、きっと私は大丈夫。立ち直れるはず。  両親の愛情がいっぱい詰まった竹の香りと、シチューの匂いに包まれ、私は涙ぐみながら夢中で食べた。冷たく凍て付いていた心が、丁寧に煮込まれたあったかいシチューの肉のようにホロリ、柔らかくほぐれた。 

一緒の部屋だから

投稿者:さなまま さん
35歳、 女性

1歳の息子がお腹をこわして下痢が続く。おむつかぶれ予防のために保湿クリームを塗ったり、おむつ替えの時間がなかなかかかる。薬が効いているのか、部屋がなかなか臭い。 そんななか、4歳の娘が不快で暴れる息子を見て、そっと手を握ってくれた。おむつ替えが終わったあと、娘は困ったような顔をして手のにおいを嗅いでいた。 「手からうんちは出ませんよ。でもお姉ちゃん、一緒にありがとう。」

何故こんな日に

投稿者:ギザギザ仮面
45歳、男性

1990年の終わり位だった。実家の宇都宮で大学の休みを過ごしていたら1月の1日に熱が出て多分インフルエンザだと思うけどウンウン唸っていた。
何で元日に発熱だよ?思った

医者の神対応

63歳 男性

いつからか、私は、おしりにかゆみがあることに気づいた。肛門そう痒症というらしい。医者へ行きたいと思ったが、場所が場所だけに恥ずかしくて、なかなか行けない。仕方なく、我慢することにしたが、だんだん我慢できなくなってきた。寝ていても、かゆくて寝ておれない。思い切って、皮膚科へ行くと、医者が「肛門見せられた」と言って、笑って話しているのが聞こえた。私も申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、ひどいことを言われて凄く傷ついた。結局、少しもよくならなかった。さらに、勇気を振り絞って、別の肛門科へ行くことにした。今度は、軟膏をもらった。ところが、軟膏を塗るともっとかゆくなってしまった。結局、医者でも治せないんだと思ったら、絶望的になった。一生、このかゆみとともに、眠れない日々を過ごさないといけないのかと思ったら、気が狂いそうになった。
あの日から、どれだけの年月が流れただろうか。ネットを見ていると、偶然よさそうな病院を見つけた。医者に今までのことを話すと、「つらかったでしょう。大丈夫、私が治しますよ」と言ってくれた。その真剣な眼差しを見た時、本当に治るかもしれないと思った。そして、貰った軟膏を塗ると、その夜からぐっすり眠れた。こんなことは、一体何年ぶりだろう。同じ医者であっても、こんなにすばらしい熱心な先生がいるんだなとうれしくなりました。私も仕事で頑張って、人のお役に立てるような人間にならないといけないなと思いました。

おっぱい

45歳 男性

「うーん、胸がだんだん大きくなっている」 肝臓が悪くなり、病院に入院してここ数か月です。 最初は気になりませんでしたが、徐々に大きくなり、大人の拳くらいの大きさになり、パジャマなど乳首がすれて痛くてたまりません。 乳房が固く、強くもむと痛いです。
どうしてこんなことにと思い、先生に聞くと肝臓が悪いと胸が大きくなる女性化乳房になると聞きました。
妻は心配していました。 何もしらない下の子は「パパのおっぱい、どうして大きいの」と尋ねてきました。 悪戯心で「パパはママになるよ」といったら、「僕、そんなの絶対に嫌だからね」 と下の子に言われました。 上の子がパパは肝臓がわるいからパパのおっぱいは大きくなったのだと説明して下の子は納得したようです。 兄弟ともには「早く肝臓移植できればいいね」といってくれました。 家族の温かみを感じた瞬間でした。 万全の体調で移植手術にたえられるようリハビリにも精が出るようになりました。

投稿者:ルッコラ
37歳 女性

四年前に長女を出産した直後に、突然目の難病を患った私は、ひどく落ちこみ自暴自棄になった。目に悪いからと大好きな読書も文章を書くことも、きっぱりやめた。  けれども、再発を繰り返すばかり。少しの間注射で収まっても、またいつ悪化するかもしれないという恐怖に苛まれる日々を送る中で、私は弱気な心を手放し、守りの姿勢から脱却することに決めた。  たった一度きりの短い人生だ。このまま悲観に暮れているなんてもったいない。もっと懸命に積極的に生きていこうじゃないの。  ひとたびぐっと気持ちを奮い立たせた私は、数カ月後いったんは諦めた待望の第二子を授かった。無事出産をし、喜ばしいことに元気にすくすく育っている。  わんぱく盛りの幼い娘たちを抱え、てんやわんやながら幸せな毎日において、私は再びペンをとった。今、童話をゆっくり少しずつ書き続けている。いつか自分が書いた童話が本になり、娘たちに読み聞かせることを夢見て。  これからも決して病気を言い訳にせず、気持ちを強く持ち、胸に秘めた大きな夢に向かって、一歩ずつ着実に歩んでいきたい。

うまい棒

投稿者:ロミロミ
32歳 女性

息子は毎月病院に通い採血やレントゲン検査をしなくてはいけない。いつも泣きながら検査を受けているので、帰りに毎回”ご褒美”と称して「うまい棒」を買っていた。”こんなものでごめんね”との思いもあったが息子は喜んでくれていた。
「今度お仕事でボーナスが出るから美味しい物買って食べようね」と息子に言うと、「ボーナスって何?」と息子。「お仕事頑張ったね!ってもらえるご褒美のこと」というと、「へぇ~、いつ出るの」と息子。「あと3か月!」。
ボーナス支給日の朝、「今日、ママはボーナスだから美味しいもの食べようね」と息子に言うと、「ママ、ちょっっち待ってて」と息子が部屋に走っていき、保育園のビニール袋を持ってきて「ママ、頑張ったね」と言いながらそのビニール袋を差し出してくれた。
袋の中には「うまい棒」」が3本入っていた。

会社概要

社名 株式会社 yoos | Medical Planning yoos
メールアドレス info@yoos.life
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