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1935年 昭和10年 秋田県の農家8人兄姉の末っ子として生まれる。 | |
1957年 昭和32年 (22歳) 埼玉県八潮市の型付け屋に住み込み修行。 下請け仕事もするところだった為、この時期に型彫などの様々な技術も身に付ける。 | |
1962年 昭和37年 (27歳) 埼玉県川口市の「田中紺屋」へ婿入り。義父より染めを教わる。 しかし「合成藍染め」を「正藍染め」と銘打つことにたまらない後ろめたさを感じる。 | |
1970年 昭和45年 (35歳) オイルショックで市場は激減、ほとんどの紺屋が商売を畳むか合成藍へ転換する。 義父が他界し2代目当主になったのを機に「天然藍だけを用いた正藍染」へ一大転換を決心。 「正藍染め」は「合成藍染め」に比べて費用も手間も10倍以上、正気の沙汰ではない。 それでも本物を目指し、田中の情熱は突き進む。 | |
1975年 昭和50年 (40歳~) 一途な若い田中の姿に、 染織史家後藤捷一・藍染め作家菅原匠・三彩工芸藤本均・象牙藍染復元の小磯昌彦・地機織の田島隆夫ら 当時の有力な旦那衆が田中応援団となり用布・展示会の手配や書籍出版の協力をする。 着物需要は減りつつあったが、40-50代(昭和後期-平成初期)は、各地展示会で好評を博す。 田中の愚直な仕事は世間から取り残されていくが、それでも染布を作り続ける 。 | |
2000年 平成12年 (65歳) この頃より、埼玉川口リリアや東京交通会館ギャラリーで自主展示会を開催。 | |
2014年 平成26年 (79歳) 「川口の匠vol.4 麗のとき」(川口市立アートギャラリーアトリア)開催。 同時期に自宅紺屋でも自主展を催し、これを最後に「長板中型染め」を引退を宣言。 それを受け、津田千枝子&けろ企画らによる「田中ガールズゲリラ活動(略してTG)」始動。 | |
2015年 平成27年 (80歳) 南青山DEE’S HALLにて「正藍型染師 田中昭夫の布 頒布会」開催。 | |
2016年 平成28年 (81歳) 引退後は余生のはずが、TG以降の大反響で制作意欲にふたたび火が付く。 いまも変わらぬ正藍染めの日々。 | |
2017年 平成29年 (82歳) 名古屋月日荘で「正藍型染師 田中昭夫の新作染め布と、若い衆とのコラボ展」開催予定。 | |
1962年 昭和37年 (27歳) 埼玉県川口市の「田中紺屋」へ婿入り。義父より染めを教わる。 しかし「合成藍染め」を「正藍染め」と銘打つことにたまらない後ろめたさを感じる。 |