食と農にかかわる物語づくりをお手伝い

はじめまして。竹下大学と申します。(本名です)

「日本の農業を品種改良で面白くする! 消費者が喜ぶ画期的な新品種を育成する!」、こう志を立てて育種家(ブリーダー)になったのは31年前でした。世界的なイノベーションを起こし、多くの仲間に支えられ勝ち続けた仕事、天職だと感じた仕事でしたけれども、サラリーマンの立場で続けることは叶いませんでした。
けれども「パラレルキャリア」という言葉を知り、「組織の枠に囚われている限り自己実現はできない」と気づいて行動した時に、私の可能性はさらに大きく広がり始めたのです。

いまこうして振り返ってみますと、様々な場所に足を運び、たくさんの植物たちに触れ、大勢の人たちと語り合ってきたことが、一度やる気を失いかけた私を、いつの間にか再び表舞台に押し戻してくれたとしか説明のしようがありません。
(気がつけば、いつの間にか激レアキャラになっていました。笑)

自分の力を発揮できる環境、すなわちお役に立てる人との出会い、その輪の広がりこそが、新しい物語の始まりだと私は信じています。

ごあいさつ

植物の力は無限大! 
生きがいとやりがいを持って魅力を伝える力が、新たな食の需要を生み出します。
東京都新宿区生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、キリンビールに入社。新規事業としてゼロから育種プログラムを立ち上げ、同社アグリバイオ事業随一の高収益ビジネスモデルを確立。2004年には、All-America Selectionsが北米の園芸産業発展に貢献した品種を育成した育種家に贈る「ブリーダーズカップ」の初代受賞者に、世界でただ一人選ばれた。
2010年のアグリバイオ事業譲渡後は、技術戦略立案部署、技術系人材の育成専任部署、一般財団法人食品産業センターへの社外出向を経験。現在はこれらの経験を活かし、植物・食文化・イノベーション・人材育成・健康の切り口から、様々な情報発信やセミナー等を行っている。

技術士(農業部門)、キャリアコンサルタント、
CTT+(Comptia認定国際トレーナー資格)、J.S.A.ソムリエ

専門分野

農作物の魅力発信
農作物の価値や植物とのふれあいの魅力をどのように伝えたらわからないまま、思いつきであれこれ動いてはいませんでしょうか?
育種、品種改良
「商業育種」という言葉で関係者の心がひとつになっていますでしょうか?
10年後を見据えた仕事をどれだけしていますでしょうか?
加工食品、地域振興
お客様目線に立った商品開発やサービス提供だと言い切れる根拠は、本当に明確になっていますでしょうか?
人材育成
指導的なポジションの人は、教え方や人の育て方について、正しい知識・スキル・考え方を持っていますでしょうか?

お手伝いできる内容

現地取材
農業、食品関連全般
執筆
農業、食品関連全般
講演
農作物の魅力、品種改良の歴史、好きを仕事にする方法、弱者の勝ち方、セカンドキャリア、植物に学ぶ生き方、園芸の素晴らしさ
セミナー、研修
イノベータ―養成、自己実現、キャリアデザイン、パラレルキャリア、技術技能伝承、OJT
講義(大学生向け)
育種、農作物、農業史、園芸、キャリアデザイン
その他
商業育種、農産物プロデュース、人材育成関連のコンサルティング

その他
商業育種、農産物プロデュース、人材育成関連のコンサルティング

著書

日本の品種はすごい
中央公論新社
植物はヒトを操る
毎日新聞社
共著
パパの楽ちん菜園
講談社
東京ディズニーリゾート植物ガイド
講談社
監修
東京ディズニーリゾート植物ガイド
講談社
監修

地域の食の世界遺産「本場の本物」をめぐる

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日本の品種物語16:紅秀峰

大きさと味で"一強”佐藤錦に挑む

日本の苗字ランキング第1位は、佐藤。全国にはおよそ186万人もの佐藤さんがいる。たしかに佐藤のつく著名人は多い。顔や名前が次から次へと頭に浮かぶ。

それでは佐藤栄助の名はご存じだろうか。ノーベル平和賞受賞者佐藤栄作と一文字違いのこの人は、農業界の偉人のひとり。サクランボの佐藤さん「佐藤錦」の育成者なのである。1867(慶応3)年生まれの佐藤栄助は、山形県東根市出身だ。

山形県のサクランボ出荷量は全国の76%を占め、2位北海道の約10倍となっている。主力品種はもちろん佐藤錦。佐藤錦が育成されたのは1922(大正11)年だから、今年白寿を迎えた品種がいまだに7割ものシェアを守っているのである。

何事もそうだが、一強時代があまりにも長く続く状況は人気低下につながりかねない。スポーツ界も芸能界も政治の世界も同じこと。「こっちが好き」「あっちが正しい」といった声が世間にあふれるからこそ盛り上がるし、よい変化が起きる。サクランボ界発展のためには、佐藤錦の対抗馬が必要不可欠なのだ。

その期待を一身に背負っているのが、アメリカンチェリーに引けを取らない大きさが特徴の「紅秀峰」である。1991年に山形県園芸試験場(現山形県農業総合センター園芸農業研究所)で育成された紅秀峰の母親は佐藤錦。果実が日持ちし酸味は穏やか、重さは佐藤錦の1・5倍にもなる紅秀峰ですら、母親よりも約1週間遅く熟すせいで思うように生産量が増えていかない。

日持ちせず傷みやすい「佐藤錦」ばかりに人気が集まる現状は、サクランボ離れをひき起こす危険性をはらんでいるというのに。

それでなくともサクランボの旬は短いのだ。新型コロナをきっかけに農作物の産直通販が便利になった今、「紅秀峰」を指名買いして一度はその実力をご自身の舌で評価してみませんか。

日本の品種物語15:茂木

育成から170年を経ても抜群の存在感

「びわはやさしい木の実だから だっこしあってうれている うすい虹あるろばさんの お耳みたいな葉のかげに」

童謡「びわ」の歌詞である。

ただ、まど・みちおが作詞したこの歌を、50歳未満の世代はもう知らない。

日本人にとってビワは身近な存在でありながら、実際にはめったに口にすることのない果物の代表かもしれない。庭木としてよく見かけるビワの木がそうさせてしまうのだろうか。

ビワで最も生産量の多い品種は「茂木」で、約50%のシェアを占める。近年優れた新品種もちらほら登場してきているのに、いまだにその存在感は抜群だ。品種名が記されていないビワもよく見かけるが、それは「茂木」だと考えてほぼ間違いない。

こんな「茂木」が育成されたのは江戸時代末期。今から170年以上も昔の話になる。

場所は長崎県西彼杵郡茂木村木場(現・長崎市茂木町)。天草諸島を望む海沿いの貧しい村で「茂木」は初めて実をつけ、誰も見たことのない大きさとそのおいしさでたちまち評判になった。近所の人たちは競うようにこの木の枝を接木したようだ。

種(たね)を播いた人物は、百姓の子で長崎に女中奉公に出ていた三浦シヲ。唐通詞(中国語通訳)からもらった唐ビワの種を実家の畑に播いたのである。

当時にしては珍しく恋愛結婚で結ばれたシヲであったが、駆け落ちであった。相手が農家よりも収入が安定しない漁師だったために、両親に勘当されてしまったのである。親族に縁を切られたまま3人の子宝に恵まれたシヲは、ある理由で明治維新前後に勘当を解かれることになる。

その理由は、「茂木」が地域の特産品として評判になり、大きな経済効果を生み出したからであった。

これを機会に、ビワのやさしい味なつかしい味を舌で思い出してみませんか。

日本の品種物語14:ミニティアラ

個性的な花型 香川ブランドの一角に

輪ギク、バラ、カーネーション。これらの名前を聞いた時に、私たちはどんな形の花を思い浮かべているだろう。おそらく多くの人が同じような八重咲きの花を脳内に描いているはずだ。

いずれも園芸品種の祖先である野生種は一重咲き。いまの姿は、清楚で可憐な野の花からはとても想像できない。母の日に贈るカーネーションも、もともとはナデシコに近い形なのである。

香川県は47都道府県のなかで最も面積が狭い。人口も39位と東京都の7%にも満たない。それでもうどんは、生産量と消費量どちらも日本一。さすがは自ら「うどん県」と名乗るだけのことはある。農産物に目をむけると、金時ニンジンが1位になっているほか、ニンニクとブロッコリーで3位につけている。

カーネーションについては出荷額が10位の香川県。にもかかわらず、「ミニティアラ」という県農業試験場が育成したオリジナル品種を持っている。

2007(平成19)年に発表された「ミニティアラ」は、カーネーションにナデシコの血を入れることで個性的な花型を手に入れた。この形が髪飾りの装飾に通じるからとティアラと名付けられたのだが、見た目は花に詳しい人でなければすぐには何の花か答えられないほど個性的だ。

当初ピンクとクリームの2色が世に送りだされた「ミニティアラ」も、生産者と共同開発しながら10色にまで色幅を広げ、香川ブランドを支える存在となった。

それにしてもカーネーションの大産地とはいえない香川県で、このようなとがった花びらを持つカーネーションが生み出されたのはなぜなのだろう。

讃岐うどんの強いコシに通じる粘り強い県民気質によるものなのだろうか。

いまいちピンとこない。それよりも、江戸時代随一のマルチクリエーター、生涯とんがった生き方を貫いた平賀源内が生まれた土地柄だと考えた方が、納得がいく。

日本の品種物語13:プチぷよ

常識を覆す触感と食感

30年前にはじけたバブル景気。バブルの始まりは1986年(昭和61)頃だったとされる。

新語・流行語大賞の流行語部門で「新人類」が金賞になったのも、1986年。受賞者は、3連敗からの4連勝で日本シリーズ優勝を飾った西武ライオンズの若手3選手、清原和博、工藤公康、渡辺久信が選ばれた。新語部門の方の金賞は、マンガ「美味しんぼ」発の「究極」。続く銀賞は「激辛」と食関連が並んだ。

ちょうど同じ頃、日本の野菜にもそれまでの常識を覆した新人類が登場している。その名も「桃太郎」。思い出してほしい。それまでのトマトは大玉主体で、先端部分が少し赤味を帯びる程度の緑色で売られていたことを。1985(昭和60)年に発売された「桃太郎」は、色づいたトマトの流通を可能にし、野菜のイメージしかなかったトマトに果物感覚を植えつけた。「桃太郎」の陰に隠れてしまってはいるが、ミニトマトというジャンルを切り拓いた「サンチェリー」も新人類と呼ぶべき品種である。

トマトで最近いちばん気になる新品種といえば、「プチぷよ」につきる。キャッチフレーズが「赤ちゃんのほっぺのような」という「プチぷよ」は、一粒つまめば触感にとまどい、口に入れれば食感に驚かされる。指に吸い付くような柔らかな感触と果皮の存在がまったく気にならない口当たりは、まさに未知なる体験。ついついもしタネなしのサクランボができたら、こんな感じになるのではないといった想像をしてしまうほどなのだ。「プチぷよ」には赤と黄色の2品種あって、それぞれ味がはっきり異なるところもうれしい。

ただし「プチぷよ」は大きな欠点を抱えている。輸送性が悪く店持ちもよくないという弱みがあるのだ。したがっていまのところ農産物直売所限定商品になっている。

スーパーの店頭ではお目にかかれない「プチぷよ」。直売所向け、家庭菜園用に今イチオシしたい品種である。

※正式名称は、「CFプチぷよ」と「CFプチぷよイエロー」。

日本の品種物語12:とちひめ

飛躍の可能性秘めたご当地アイドル

華やかに見える芸能界。そこは実力に加えて時を味方につけた者のみが生き残る世界だ。まさに互いの才能をぶつけ合い削りあい、勝ち続けなければスターにはなれない。もちろん優勝劣敗の法則は兄弟姉妹にも等しく適用される。

栃木県は1968(昭和43)年以降、52年連続でイチゴの生産量一位の座を守り続けている。「女峰」「とちおとめ」「スカイベリー」。最近では「とちあいか」と、その時代を代表するスター品種を輩出し続けるイチゴ県だ。品種別生産量のトップは断トツで「とちおとめ」。自称「いちご王国」にしても、日本人なら誰もが納得だろう。

だからこそ、都道府県魅力度ランキング2020で最下位47位になった事実を、素直に受け入れている栃木県民はおそらくいない。

こんな栃木県民にとっても馴染みのない「とちひめ」という品種がある。その味は、甘味、果肉のなめらかさ、香りと、どれをとっても「とちおとめ」の上をいく。こんなに才能豊かな品種がなぜ? 彼女の魅力に取りつかれた者は皆、真っ先にこう思う。

「とちひめ」は肌が敏感で、全国への移動に耐えられない。そのため県内の摘み取り観光農園と一部の直売所でしか出会うことができないのだ。

「とちひめ」は「とちおとめ」と同じ両親から生まれ、後の「とちおとめ」よりも先にデビューした。しかし「とちひめ」の名での本格デビューは2001(平成13)年と、「とちおとめ」よりも5年遅れた。同じ道に進み一気に大スターに上りつめた妹に対して、姉はいまだにご当地アイドルにすぎない。

だが、「とちひめ」の育成者権はもうすぐ切れる。その後は県外各地の観光農園での活動も可能になる。偉大な妹とは異なる魅力を発揮して、スターになる可能性はまだ残されているのだ。

「とちひめ」に広瀬アリスの姿をだぶらせてしまうのは、私だけだろうか。

日本の品種物語11:はっさく

海賊拠点の島で発見されたベテラン品種

屋内外を問わずかんきつ類の色形に目が行ってしまうこの季節。去年まで見かけなかった品種を買ってみたという人もいるに違いない。ようやく全国に普及するようになった新しい品種に注目が集まる一方で、昔ながらの品種もベテランならでは存在感を放ち続けている。

グレープフルーツや文旦(ぶんたん)に通じる苦味が特徴の「はっさく」もそのひとつ。はっさくといえば和歌山県産が7割強を占めるが、生まれは広島県因島(いんのしま)なのである。室町時代から戦国時代にかけて村上海賊(因島村上氏)の拠点であった因島は、大正から昭和にかけては、蚊取り線香の原料となる除虫菊の国内最大の産地でもあった。

はっさくが発見されたのは、いまから160年前の江戸時代末期。浄土寺の領地内に生えてきた見知らぬかんきつの木に、住職が目をつけたのがはじまりだ。そもそも因島では室町時代の半ばからかんきつの存在が知られており、江戸中期に栽培が盛んになった。かんきつ産地として名が知られるようになると、各地からさまざまな品種が集まってくる。はっさくは、これらの品種が虫によって交雑し、その種子から育った個体だと推測されている。

この品種に「八朔(はっさく)」の名が与えられたのは1886(明治19)年で、人気が高まり始めたのは昭和初期。銀座千疋屋が取り扱ったことがきっかけとなった。

はっさくの収穫量は、ピークであった1982(昭和57)年の22万6100㌧から、7分の1近くにまで減少している。広島県産のシェアは2割強である。なかでも因島産は和歌山産よりも味が濃いことで知られる。どうも因島独特の気象条件、海風と海からの照り返しが、味の差を生んでいるようだ。一度は因島産を味わってみてはいかがだろうか。

はっさくの旬は2月から。古い品種を食べる際には、その品種が生まれた土地の歴史にまで思いを馳せてみたいもの。ベストセラー『村上海賊の娘』の着想は、因島で得られたそうである。

日本の品種物語10:あきたおにしぼり

在来種の特徴持つF1品種 生産効率向上

ぶり大根、豚バラ大根、おでんと、大根の煮物がうれしい季節。正月にはなます、いくらおろしで生大根のうまさも確認した。とはいえ、いまや店頭で見かけるのは甘い青首大根ばかり。スーパーで他の大根に出会うことなどまずない。こんな中でも少しずつ見直されてきているのが、辛味大根だ。

辛味大根が重宝がられるようになったのは、江戸時代半ば。かつおだしのめんつゆが広がり始めた時に、その生臭みを消す目的であった。1751年(寛延4)年に出版された『蕎麦全書』には、「蕎麦には大根のしぼり汁がつきもの。しぼり汁を好む人の割合は10人中8~9人」と記されている。いまや蕎麦の薬味といったらワサビとネギだが、当時は大根だったのである。

さて、秋田県には松館しぼり大根という在来種がある。鹿角市八幡平の松館地区で栽培されている辛味大根だ。その辛さは青首大根の3.7倍。ショ糖含有量も多いため、ただ辛いだけでなくうまみも感じられる。地元ではしぼり汁をいかの刺身などにも使う。

「あきた伝統野菜」に認定されている松館しぼり大根は、先祖代々タネを採り続けられてきた固定種ではなくなっている。生産効率の悪さゆえに栽培が絶えそうになっていた状況を打開するために、2002年に秋田県農業試験場がその特徴を守りながら、揃いよく収量が増えるF1品種「あきたおにしぼり」に改良したからである。

なまはげは秋田の象徴のひとつ。その風貌から鬼だと誤解されるが、大晦日にやってくる来訪神なのだ。だからこそ余計に「あきたおにしぼり」のおにの意味が気になってしまい、試験場に問い合わせてみた。はたして回答は「鬼のように辛いから」であった。

鬼伝説の鬼の正体は金工師(昔の鉱山技師)という説が有力。「あきたおにしぼり」の産地の近くには、奈良時代に発見された尾去沢鉱山がある。鬼たちも辛味大根を好んでいたにちがいない。

日本の品種物語9:こうとく

蜜入りは完熟と香り高さの証し

リンゴを半分に切り、断面にたっぷりの蜜を見つけたとき、人はどうして得した気分になるのだろうか。

おいしそうな気がするからなのだろうが、残念ながら蜜がたくさん入っていても果実が甘くなることはない。蜜の正体は、果糖に変わる前のソルビトール。ソルビトールの甘味は果糖よりも薄い。したがって黄色い蜜の部分は、周りの白い果肉よりも糖度は低いのだ。

それでは、ただ単に珍しいからうれしくなるのだろうか。

温州ミカンの双子を見つけた時のお得感とも違うから、きっと何か別の理由があるはずだ。

私がずっと抱えていたこの疑問に対して、2016年に農研機構、小川香料、青森県産業技術センターが答えを出してくれた。

蜜入りリンゴのうれしさは、香りの強まりにあった。蜜の部分には、揮発しやすいフルーティー、フローラル、スイートな香り成分が多く含まれていたのである。

蜜の存在は完熟している証拠だとはいえ、別のリスクが高まる。生産者からすれば、蜜入りリンゴは日持ちが悪く、芯から腐りやすくなるため、蜜が入らないように栽培していたりするほど。

蜜入りになりやすい品種は、「ふじ」「ぐんま名月」といったところ。これら以上に蜜がたっぷり入るのが「こうとく」である。

「こうとく」は、青森県りんご試験場長であった木村甚彌によって、定年退職後の1985(昭和60)年に育成された。その味は評価されたものの、小ぶりな果実を理由に安く買いたたかれ消滅の危機に。これを地元津軽石川農協が地道にPRを続け、断面写真のインパクトと希少性とで、高値で取引される人気商品に押し上げたのだ。一定水準以上の蜜入りを保証したブランド名は、「こみつ」という。

「密」という字の印象が一変してしまった今年。「3密」が新語・流行語大賞に決まった。それはさておき、国産ハチミツのもとになる蜜源植物トップ3は、レンゲ、ニセアカシア、そしてリンゴである。

日本の品種物語8:チモ

『ふくしまプライド。』支える革新品種

47都道府県の中で面積が広いトップ3を、上から挙げてみてほしい。

正解は、北海道、岩手県、福島県である。3位は知らなかった人もいるかもしれない。ましてや福島県最南端の町名を答えられる人はわずかだろう。東白川郡矢祭町。茨城県に入り込むように位置するこの町で、八重咲ガーデンシクラメンの「チモ」は生まれた。

育成者は金澤美浩さん。育種の師匠に託された想いを形にしたシクラメンだ。

ガーデンシクラメンは寒さに強く、冬の屋外をそこだけ春に変えてしまう花。立体感を演出できるフォルムは、もはや小洒落た空間には欠かせない。

チモの革新性は、八重咲の花形と耐寒性の両立にある。おしべが花びらに変わり花粉が出ないために、ひとつの花が咲き始めてから枯れるまで50日間も鑑賞できる。その花が次から次へと咲いてくるだから、ふつうのガーデンシクラメンと比べて見ごたえは5倍。さらに夏越しも容易で、翌年、翌々年も楽しめる。

シクラメンに限らず様々な植物の品種改良を手がけ、数多くのオリジナル品種を商品化してきた金澤さん。自ら花づくりを始めただけでなく、矢祭鉢物研究会を組織し、花の生産など行われていなかった地域を花の産地に変えもした。

花の形も株立ちも、どっちもかわいい上に花もちもいい。あっちもこっちも欲しくなる。2006年の発売以来、いまでは24品種をシリーズ展開しているチモ。コンセプトが先か品種名が先かを追求するのは野暮というものだ。

NHK大河ドラマ「八重の桜」は、福島県の復興を願って制作された。綾瀬はるかが演じた新島八重の強さが、いまだ目に焼きついている人も多いのではないか。

福島第一原発の爆発からもう10年。八重の桜ならぬ八重のシクラメン「チモ」と、矢祭鉢物研究会メンバーが生産する鉢花たちは、『ふくしまプライド。』を支える大きな樹に育っている。

日本の品種物語7:マスカット・ベーリーA

ワインで郷土を豊かに 生涯かけ夢実現

新潟県は頸城(くびき)平野。日本で最も古いワイナリーのひとつ岩の原葡萄園は、なぜか国内有数の米作地帯で起こされた。

岩の原葡萄園の創始者は、1868(慶応4)年生まれの川上善兵衛。豪農の長男でありながら、この地でブドウ作りとワイン造りに生涯を捧げた人物である。

「マスカット・ベーリーA」は、地位と財産すべてを引き換えにして善兵衛が育成した品種、多くの小作人を抱える責任感と正義感が叶えた夢の品種なのだ。 

こうまでして善兵衛が品種改良に打ち込んだのには、2つ理由があった。

ひとつは、郷土に新たな産業を興して農民を貧しさから開放するため。もうひとつは、高品質なワイン用ブドウを収穫できる優れた品種を得るためである。

前者については、平地が限られる日本において、傾斜地で儲かる新しい作物を普及させるため。後者については、国内でワインを造れるようになれば、日本酒に使っている米を食用に回せるようになると考えたためであった。

ところが、世界中から取り寄せた品種を試作した結果、善兵衛は日本の環境に適した品種など存在しないという結論に達してしまい、ついには自ら品種改良を手がけることとなる。 54歳、1922(大正11)年の決断であった。

醸造と生食に向く新品種としてマスカット・ベーリーAが発表されたのは、それから18年後、1940(昭和15)年のこと。

世界的な評価を得るまでになった日本ワイン。マスカット・ベーリーAは、赤ワイン用品種のなかで国内生産量1位の座を占める。また、ワインを欧州に輸出する際に、ラベルに名前を表示できる日本生まれの品種は、「甲州」と「マスカット・ベーリーA」だけである。

実りの秋。マスカット・ベーリーAも収穫の最盛期を迎えている。ブドウ、ワイン、どちらでも構わない。善兵衛の志に思いを馳せながら味わいたいものだ。

日本の品種物語6:秋麗

甘さなど食味最重視で勝負

うどんのつゆに代表されるように、味や見た目の嗜好には地域性がある。かつおだしに濃口醤油ベースの関東風か、昆布だしベースに薄口醤油の関西風か、といった具合にだ。また九州や北陸では、醤油は甘口が定番になっている。

似たようなことはナシでもいえる。東日本では赤ナシが、西日本では青ナシが好まれる。事実、ナシは「幸水」などの赤ナシの方が、「二十世紀」などの青ナシよりも甘いという傾向があるのだ。

ところが遺伝的に糖度の低い青ナシにも、赤ナシに負けない甘さの品種が存在する。

その名は「秋麗」。果実ひとつひとつにくまモンシールが貼られて出荷される、熊本県のブランド梨だ。その味はといえば、ほとんど酸味を感じない甘味と青ナシ特有の舌触りのよさとがあいまって、ひと味違うナシだと思わせる。 

秋麗は、果実の見た目も他の青ナシとはかなり異なる。恐竜の卵に通じる模様とでも表現すれば聞こえはよいが、肌が汚いと言ってしまえばそれまでの残念な外観なのだ。もし店頭で見かけたら手を伸ばす人はまれだろう。

幸水を母親とし2003(平成15)年に育成された秋麗は、二十世紀を超えてほしいという期待に反した結果に終わる。見た目の悪さと栽培しにくさが、ナシ産地の許容範囲を超えていたためである。にかかわらず熊本県だけは、外観の悪さには目をつぶり味で勝負するという賭けに出た。そのため、見た目をよくする袋かけすら、甘みを最大限引き出す目的であえて行っていない。

いくらくまモンといえども、シール1枚で高値で売れたりヒット商品になったりするような甘い話などない。短所を直すよりも長所を伸ばす。ひと癖ある品種の生かし方は、子育てに通じる。

日本の品種物語5:とげなし千両二号

味よく、見た目よく、管理が楽な優良品種

棘をもつ植物の代表選手といえば、サボテン、バラ、それからカンキツ類といったところだろう。

トゲのおもな役割は、捕食動物に対する防御と何かに絡めて自らの体を支えるため。子供の頃、服にくっつて遊んだオナモミの実のトゲは、タネを動物に運んでもらうためだ。

南アフリカ原産ライオンゴロシにいたっては、四方八方に長く伸ばしたトゲに大きな返しをつけ、果実の直径は10cmほどにもなる。この名の由来は、足に刺さった果実をライオンが口で抜こうにも、今度は口の中で刺さってどうにも取れなくなり、苦しみ死んでしまうという話からついた。英名はデビルズクロー(悪魔の鉤爪)ときている。

ナスがおいしくなるこの季節。収穫しようとして、ヘタのトゲに閉口した記憶が蘇った方もいるかもしれない。 

「ナスにはトゲがある」と答えられる人は、日本人の何割ぐらいなのだろう。いずれにせよ、年々減り続けていことだけは間違いない。

ナスのトゲは生産者にとってはさらに迷惑な存在だ。管理や収穫の時は自分の肌を傷つけ、箱詰め袋詰めをする際には商品を傷ものにする。

誰もが諦めていた困りごとを初めて解消したのが、2008(平成20)年発売の「とげなし千両二号」であった。開発したのは、大ベストセラー「千両二号」を1964(昭和39)年に発表したタキイ種苗。とげなし性は、アメリカの「バンビーノ」というミニ丸ナスから、14年をかけて導入された。

近江の国で育成された「とげなし千両二号」。消費者からは「味がよく様々な料理に使える」、流通からは「果皮に傷がつきにくく良品でよく売れる」、生産者からは「収量が多い上に管理作業が楽」との声が寄せられる。まさに近江商人の「三方よし」の精神を宿したナスといえよう。

日本の品種物語4:湘南レッド

生で食べる文化の定着に貢献

湘南の二文字を見て、まっさきに頭に浮かぶのは何だろうか。世代によって違いはあるにしても、江の島、サーフィン、海の家。サザンオールスターズに加山雄三といったところだろう。湘南ボーイ、湘南爆走族、湘南乃風も時代を彩った。湘南モノレールが開通したのは昭和45年。平成6年には湘南ナンバーが交付され、平成12年には湘南ベルマーレが誕生している。

ところが湘南は、古くから使われていた地名ではない。明治22年に小倉村と葉山島村が合併した際に、造語で湘南村と名付けられたのが始まりだ。

「湘南レッド」は、昭和36年に神奈川県農業総合研究所園芸分場(現農業技術センター)で育成された赤タマネギ。湘南の海開きは6月下旬から7月上旬にかけてだが、「湘南レッド」はちょうど最後の出荷ピークを迎える。

「湘南レッド」以前、日本にはタマネギを生で食べる習慣はなかった。つまりスライスオニオンという、新しい食文化を日本に定着させた品種なのである。育成者の坂木利隆は、アメリカでスライスオニオンのうまさを知り、辛みが少なく見た目のきれいな品種を完成させたのだ。発表から約60年、味についてはいまだに一番を譲らない。

じつは板木は、県を退職後にもっと大きな成果をあげている。ナス科やウリ科の作物で当たり前になった、セル苗での接ぎ木は彼の発明である。トマトの接ぎ木苗にいたっては、本発明によって実用化されたほどだ。この「全農式幼苗接ぎ木苗生産システム」は、トランジスタラジオ、電卓、回転寿司、カラオケなどとともに、戦後日本のイノベーション100選に選ばれたほか、世界中に普及している。

サラダを目にも舌にもうれしくしてくれる赤タマネギ。ますますおいしくなる夏野菜。時には板木利隆の活躍を思い出したいものだ。

日本の品種物語3:のぞみ

平和への願いを込めて

バラは特別な花だ。なぜなら戦争の名前にまでなっているから。

15世紀半ばにイギリスで起きたバラ戦争は、ランカスター家とヨーク家の王位継承をめぐる30年にもおよぶ内乱である。ランカスター家が一重の赤バラを、ヨーク家が一重の白バラを紋章にしていたことから、後にバラ戦争と呼ばれるようになった。

それから約400年後、フランスで育成され、第二次世界大戦後に「ピース」と名づけられた品種ついては、ご存じの方も多いかもしれない。

日本には現代バラの成立に重要な役割を果たしたノイバラを筆頭に、14種の野生種が自生する。にも関わらず、伝統的な家紋にバラは使われてはいない。どうも私たちのご先祖様にとっては、バラは特別な花ではなかったようだ。

ガーデンローズの開発競争は、プロアマ入り乱れて熾烈を極める。そのせいか世界中で長く愛される日本生まれの品種は、極めて稀な存在だ。おそらく「のぞみ」だけであろう。花の直径は3cmほど。日本では一季咲きだが、欧米の涼しい環境では横に大きく広がり、秋まで無数の花を咲かせ続ける。

そんな「のぞみ」が育成されたのは1968年。育成者は浦和市在住のアマチュア小野寺透氏である。それも初めて交配して採ったタネから選抜した個体なのだ。品種名は、実の妹の子で、3歳で亡くなった娘の名前にちなむ。

太平洋戦争中に満州で生まれたのぞみちゃん。母を亡くして命からがら一人きりで帰国し、戦地から戻った父が待つ品川駅に列車で向かっていた。だが母の遺骨を抱いて座っていたのぞみちゃんは、父に初めて抱かれた時には息を引き取っていた。身体はまだ温かったという。

「のぞみ」は他のバラたちよりも少し遅れて、6月第2週に花盛りを迎える。平和について考えずにはいられない目下の暮らし。バラ園やご近所で「のぞみ」を探してみてはいかがだろうか。

日本の品種物語2:コガネセンガン

芋焼酎の味を変えた

佐藤、天使の誘惑、赤兎馬、もぐら、魔王、森伊蔵、一刻者、明るい農村、富乃宝山、三岳、日向木挽、さつま白波、黒伊佐錦に黒霧島。

何番目でお気づきになられただろうか。そう、これらは芋焼酎の人気銘柄。それも原料に「コガネセンガン」だけを用いているものだ。

芋焼酎ブームが起きたのは2003年。臭いからと九州以外では敬遠されていたのが、一気に首都圏でも飲まれるようになった。クロキリが果たした功績は述べるまでもなかろう。その一方で、味を変えたコガネセンガンについては知られていない。

コガネセンガンの外見上の特徴は、淡黄色の皮だ。赤紫色のサツマイモしか知らない人なら、ジャガイモのような色の品種があることにまず驚く。高でん粉価と1株で47キログラムという最高記録が示す多収性こそ、真の価値だ。

開発したのは国の九州農業試験場(現農研機構九州沖縄農業研究センター、熊本県合志市)で、1966年に命名登録された。もともとは日本のでん粉産業を輸入品から守るために育種された。いまでは芋焼酎原料の9割を占めるほか、菓子でも大量に使われる。育成者は坂井健吉さん。95歳になったいまも毎日のように貸農園に通い汗を流す。 

坂井さんからお話を伺うと役人に対するイメージが一変する。なにせ胆力と行動力が半端ない。次から次へと飛び出す武勇伝。民間企業であってもこれほどの人物には滅多にお目にかかれまい。コガネセンガンはアメリカ、インドネシア、日本の品種の血が混じる。開発体制を含め、多様性を発揮させるために壁を壊し続けたこの人だからこそ生まれ得た品種だと納得だ。

なお、赤霧島は紫芋のムラサキマサリ、茜霧島は果肉がオレンジ色のタマアカネで造られる。白霧島はコガネセンガン100%だが、黒霧島が黒麹で仕込むのに対し白麹を使う。

日本の品種物語1:デジマ

名前の由来はあの出島

「新じゃが」の文字に目が向いてしまう季節がやってきた。新じゃがの糖度は普通のジャガイモよりも低いため、味で勝っているはずはないのにどうしてなのだろう。ツルスベの美肌のせいだかろうか。それとも初物に熱狂した江戸っ子の血が騒ぐのだろうか。

新じゃがとして店頭にならぶ品種は、九州産の「ニシユタカ」である場合がほとんど。新じゃがに限れば、収量と栽培性に優れる「ニシユタカ」は圧倒的なナンバーワン品種なのである。

ただ「ニシユタカ」の味に少々物足りなさを感じる人もいる。それは「ニシユタカ」の一代前の銘品種「デジマ」のせいだ。事実、「デジマ」の方がおいしいのである。

「デジマ」を育成したのは長崎県総合農林技術センター(現長崎県農林技術開発センター、雲仙市)で、1970年代後半から80年代後半にかけては、新じゃがといえば「デジマ」であった。名前の由来はもちろんあの出島である。

出島の面積は約1・5㌶。東京ドームのグラウンド部分より少し広い程度にすぎない。ここにオランダ人が居住し始めたのは、1641年。その後200年間以上も出島から出られなかった彼らは、日本で手に入れられない西洋野菜を島内で栽培するようになる。西洋ニンジン、レタス、キャベツ、ホウレンソウが作られていたようだ。だがなぜか、ジャガイモについては育てられた記録は残されていない。

日蘭史の研究者であるイサベル・田中・ファンダーレンは、「庖厨全書とオランダ料理」の中で、オランダ商館長ブロムホムの日記の一節を紹介している。それによると、「桜馬場という長崎付近のある村に行き、じゃがいもを収穫した。これはその年に15タールの値段で借りて植えてあったものである」とある。

桜馬場の地名は今でも長崎市内に残る。出島までは約1・6㌔㍍。眼鏡橋を眺め、当時のジャガイモロードを想像しながら散策してみるのも一興だ。

連載実績

発見。ニッポン食文化見聞録           2021ー      食文化・加工食品
素晴らしい! 日本の品種              2020ー     品種改良・農業
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日本の品種物語                 2020ー       農業・園芸
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園芸の基本と楽しみ方
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ブランド資産としての品種の価値 
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2021年2月19日
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2020年12月12日
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商業育種論
~品種改良にもっと光を!~
2020年12月8日
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何が変わる? 種苗法改正10の疑問
ーーー育種の第一人者が世間の誤解に答える
2020年11月13日
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~農作物の付加価値を高めるには~
2020年7月2日
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(2020年1月7日)出演、1:30:30~2:05:30

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