なら誰でも簡単にホームページが始められます。 今すぐ試してみる






2001~2003 
DANCE STUDIO DO-UP
 所属

人生で初めての
「人と共同して1つのものを創り上げる」経験は
今につながる財産です。

1番に思い浮かぶことは父の転勤を機にやめた時、
他でダンスをしようと思えなかったほどの
#友情 と先生への#あこがれ です。

コンテストに向けて、みんなの動きがそろうまで、
同じ練習を続ける#継続力と#協調性。

みんなでやり切り、
コンテストで優勝を果たしたことで
初めて味わうことができた#達成感。

そして、何よりかけがえのない人たちと
出会うことができました。


1997~2007
スタジアムプロモーション
所属

「かっこいい」を求め
自分の魅せ方を考え続けた経験は
私の#表現力 につながっています。

また、#見られる喜び を覚え、
人前に出ることを好むようになりました。

どちらかと言えば、
1番やりたい野球が仕事のために
できない日があり

当時は嫌なイメージが
強かったように思います。

その中でも、

お給料をいただき仕事をすることへの
#責任感

その責任感に対して
常にやるからには期待を上回ろうとする
#向上心

人と比べられ、評価がされる中で
ONLY ONEを目指すようになりました。


2009
全国制覇


「気持ちで勝つ」ことを
強く学んだ全国制覇の経験は
今の勝利に対して誰よりも執念を燃やすことが
できることにつながっています。

府大会を優勝し、
チームとして初めて挑んだ全国大会。

チャレンジャーである意識が強く、
ただただ全力で勝ちたい気持ちを
チーム全員がグラウンドで表現していました。

気持ちで一体になったチームに
私は「絶対に勝てる!」と
#根拠のない自信 を抱くようになりました。

すると、逆転に次ぐ逆転で
チームは快進撃を続け、

決勝戦では
サヨナラホームランにて
全国制覇を果たしました。

「気持ちで勝つ」ことを体現し得た
#達成感

目標以上の世界を共に見た
#同士

今でもかけがえのない財産です。



2010
中学受験


「ここなら甲子園に出れる!」

春の甲子園に見た
立命館宇治に確信を持った私は
中学受験を決意します。

受験まで3か月しかない中
2か月前の直前模試ではE判定でした。

「これではまずい」と感じた私は
少ない時間の中で得意科目の算数で
点数を取ろうと決めました。

特に解く問題数に重点を置き、
1日100問をノルマにしました。

受験では、算数は満点くらいの出来を感じ
結果、合格することができました。

0か100かの挑戦の中で
悔いのないところまでやりきれたことを
合格という#達成感 をもって
感じることができました。




2010~2013
中学野球

チームの半分以上が初心者の中
勝つ方法を考え続けた3年間は
今の私にとって大きな力になっています。

練習に短パンで来る選手。
キャッチボールすらまともにできない選手。

小学校時代、負けることがほとんどなかった
私にとって衝撃的でした。

そこで私は
・野球を教えてみんなの技術を上げること。
・技術的に劣る中で勝つ方法を考えること
・自分自身の野球技術を上げること。

この3つに全力をつくしました。

結果、チーム初の府大会出場。
府大会では、前年の優勝チームに#下剋上 を果たし、
ベスト8まで来ることができました。

勝つ方法を考え続け、
チームを動かし、試合に挑んだ経験は

#勝ちへの執念 につながっています。


2010
イップス


大きな自信を胸に挑んだ高校野球でしたが
先輩にデッドボールを当ててしまったことを機に
投げることに恐さを抱くようになりました。

時間がたつにつれて
まともに投げることができなくなり、
ついには「イップス」という
精神的な投球障害に陥りました。

「野球を辞めたい」

そこまで思い詰めていた時、
小学校時代にともに野球をした幼馴染が
スタメンを勝ち取ったことを知ります。

「こんなところで負けていられない」

諦めずにイップスに向き合いました。
治療と練習で自信をつけた私は
3か月で克服することができました。

この経験は、どんな壁に対しても
臆することなくぶち当たっていける
精神力につながっています。


2012
甲子園

イップスを克服した私は
その後も思うような結果が残せないまま
気が付くと最終学年になっていました。

強豪校で活躍する友人たち
期待してくれる家族

やりきれない気持ちで溢れていました。

「私はこのチームに何ができているのか」

このままでは自分の高校野球生活に胸を張れない
と本気で自分と向き合いました。

そして、試合に出ることができない中、
「勝利こそが唯一の救い」であると
考えるようになりました。

どうしたら勝つことができるのか。
監督やチームメイトと話し合ったり、

時にはチームメイトの練習態度を
叱咤することもありました。

それは、私自身の野球に対する姿勢をも変え、
野球技術の上達にもつながっていました。

迎えた最終学年の秋季大会。

私は、代打の切り札としてベンチ入りを果たし、
ピンチの時、監督の助言をナインに伝える
伝令役を任されました。

伝令では、ピンチで浮足立つナインに
笑顔で話しかけ、平常心にもどし、
ピンチがチャンスに変わっていきました。

府大会を2位で突破すると、
近畿大会でも準優勝を果たし、
夢の甲子園出場を決めました。

試合に出れない悔しさを
チームの勝ちに向けて全力で表現することで
計り知れない#達成感 を得た経験は

自分がどんな立場にある状況でも
価値を見出そうと努力することができる
今の原動力につながっています。


私の支え

私が今までの人生で1番胸を張って言えること
それは、「縁に恵まれている」ということです。

家族、友人、指導者、すべての方から
多くの刺激をもらっています。

ダンスを共にした幼馴染は、
現在マツダのカーデザイナーとして先に社会人に。

社会で活躍する姿に自分も負けられない
と日々刺激をもらっています。

大学野球の広報に困ったとき、
相談にのってくれたり頼れる幼馴染です。

小学校時代に野球を共にした親友は、
ライバルである同志社大学で野球を。

試合では、敵であるけれども
普段はともに切磋琢磨し合える仲間として
精神的に支え合っています。

中学校から6年間を共にした親友は、
日本大学でアメリカンフットボールをしています。

昨年問題があり、彼自身しんどいシーズンでしたが、
弱音を一切吐かず強い想いを持ち続ける姿勢から

こんなところでへばっていたらダメだと
逆に勇気をもらいました。

昨年から一足先に海上保安官として
社会人になった弟。

まさか先に社会人になるとは思わなかったのですが、
日本の海を守る。
と強い気持ちをもって旅立つ姿勢に

兄として、1人の人間として、
負けられないという使命感が
より強くなりました。

昨日より今日、今日より明日。が口癖で
常に私を厳しく指導してくれた父は、
今も日本一の営業マンとして
高みを目指しています。

父に追いつき、追い越せるよう
毎日を全力で生きています。

一家の大黒柱である母は、
私が逃げようとしたときは叱ってくれ、
前を向いたときは全力で応援してくれる
私の1番の理解者です。

話すときりはありませんが、
本当に多くの人たちのおかげで今の自分があります。

このご縁に感謝し、恩を1つでも多く返せるように
毎日全力で生ています。


2018~
ベンチ外の副主将

現在大学では、
チームの勝利のために考える姿勢と
周囲からの信頼を評価して頂き、
副主将を務めています。

入部当初から感じていた
「帰属意識」の低さを改善するためにも
日々考え、新しいことにも
思い切って挑戦しています。

特に、4回生は就職活動がきっかけで
野球部から心遠のく選手が例年多かったです。

しかし現在は、限られた時間の中
チームに貢献できる環境を作り、
心が離れないよう工夫しています。

また、下級生もメンバーとメンバー外の
モチベーションの差は大きいです。

昨年までは、メンバー外はあまり見られず、
練習も別のチームかと思うような内容でしたが、

メンバー外の練習にも工夫を凝らし、
メンバーに上がることができるように
底上げをしています。

アルバイトや遊びと
様々な横入れがある大学生活において、
「帰属意識」の課題は大きいですが、

この課題の解決なくして、
日本一はないと考えています。

スローガンでもある、
「RITSUMEI PRIDE」
誇りある野球部にしていくため、
考えぬき、全力で実行しています。

命かけて全身全霊で
創部初の学生日本一をつかみとります。


Thank You For Reading♪