Drama Art

sskの戯曲ブログ

夏のソナタ

夏のソナタ

 下連雀の通りが鈴生っている。夏の予兆。明生、木々の緑の眩しさに目を細める。明生ジーンズのポケットにねじ込んであった太宰治著『人間失格』を、取り出す。
明生 (苦笑してみせて)下連雀の通りには太宰治の墓があるか……。 
 明生、歩き出す。明生、背負ったショルダーバックから、『ぴあ』を、取り出し、立ち読みし始める。明生、急にジャンリュックゴダールと呟く。緑の木が揺れている。明生、下連雀の通りの太宰治の墓の前に立ち止まる。
明生 俺にだって夢があるんですよセンセ。
 明生、立ち去る。新緑に萌える葉が、一枚落ちる。

三鷹プロテスタント教会。新共同訳聖書が、どさりと床に落ちて、美月拾い上げる。
 美月 今日は本当にお天気に恵まれて、良い天気。きっと礼拝者も多く集うことでしょう!
 美月、微笑み礼拝用のグランドピアノの上を素早く両手を動かす。モーツァルトのピアノソナタが流麗に流れる。
 田端牧師 美月さん! 美月さんはおりますか!
 美月 騒々しいですわよ! お父様! イエス様のお時間! イエス様の時です!
モーツァルトのピアノソナタ止まる。夏の光が三鷹プロテスタント教会の中を旋回している。
 田端牧師 ああ! もう時です!
田端牧師、聖書を持って、牧師室に姿を消す。美月、その場でくるりと一回転し、しゃまをしてみせる。

三鷹坂上高校。秋川順子が屋上で、アルチュール・ランボー詩集を読み上げている。
 順子 (髪をかき上げてみせて) 永遠に溶ける海……。太陽と番った海――。
順子、その場で苦笑する。強い風。夏の風が吹く。順子、アルチュール・ランボー詩集を閉じ、大事そうに鞄に仕舞う。
 順子 永遠に続く夏! 永遠に溶ける夏!
順子、伸びをして階下の教室へと降りて行く。

高校の教室。廊下の前で、順子と順子の親友の渡部亜理砂が話している。
 順子 夏よ。
 亜理砂 ええ。
 順子 (ランボー詩集を差し出して) ランボーって知っている?
 亜理砂 知らないわ
 順子笑う。亜理砂板チョコレートを差し出す。
 亜理砂 内緒にして
 順子 今はいらないわ
強い光が三鷹坂上高校の窓から射している。終業の時間。チャイムが鳴る。亜理砂と順子が教室に入って行く。強い光が空中を舞っている。

三鷹駅北口。明生が駅前のコンビニ、ファミリーマートで、煙草のハイライトを買っている。明生、ファミリーマートを出て、十字路の横断歩道を渡る。「マンガ喫茶『ベラベラ』二十四時間新オープン!」と、プラカードを付けている、サンドウィッチマンがいる。
 サンドウィッチマン真下 (ポケットティッシュを渡して) 二十四時間営業のマンガ喫茶だよ。お兄さんどう?
 明生 要らない
 明生、サンドイッチマン真下を無視して通り過ぎる。サンドイッチマン真下、明生の背中を見つめている。明生の目の前を「空車」のタクシーが通り過ぎる。明生、電話ボックスの中で、財布の中の小銭を数え始める。
 明生 ひい、ふう、みい、よう。
三鷹駅北口に、黄金色の夕陽が落ちかかっている。明生、電話ボックスを出て、納得したように歩き出す。

 美月と田端牧師の家。ゆうげ。田端牧師、ガスコンロの上の鍋から、お椀に味噌汁を注いでいる。
田端牧師 御飯です。
美月 はい。
 田端牧師、黙々と御飯を口元に運ぶ。美月頬杖を突いている。
田端牧師 美月さん、食欲がなくて?
美月 そんなことは、ありませんわ……
 夕凪の月が、ぽっかりと夜空に輝いている。田端牧師、立ち上がる。
田端牧師 失敬
美月 えぇ、えぇ……。
 美月、目に涙を浮かべる。美月立ち上がり、窓辺に寄り添う。三鷹の街の全景が一望出来る。
美月 イエス様

朝の登校。順子と亜理砂が、連れだって歩いている。
 順子 ヤマザキのウィンナーパン食べたいわ。
 亜理砂 私もです。
不順な天候。空の様子が、あやしい色を見せている。美月、スカートのポケットから、財布を取り出し、小銭を数え始める。
 順子 思ったよりも、お金がなかったわ。
 亜理砂 月末のおこづかいまで、厳しい!
順子、笑みを浮かべる。亜理砂、笑い返す。急に、雨、降りだす。美月、近くのミニストップに、駆け出す。
 亜理砂 傘を買うの!
 順子 違う!
美月、戻って、亜理砂の手を引き出す。コンビニエンスストアの店内。暖かな空気が流れている。
 亜理砂 あったかい。
 順子 ええ……。ええ……。
外の雨が強まる。順子と亜理砂、ミニストップの店内に留まり、外を見上げ続ける。

三鷹駅北口。美月と田端牧師が、三鷹駅北口の、ビル内の書店を目指して歩いている。
 美月 今日は人が大勢。
 田端牧師 来ました。
スクランブル交差点を、多数人が行き交っている。美月ふと立ち止まる。
 田端牧師 大丈夫?
 美月 行きましょう。お父様。
下連雀の通りから、爽やかな風が、三鷹駅に向けて流れ込む。美月、目を細める。真夏の予兆。何処からともなく、美月と田端牧師の耳に、夏蝉の鳴く、合唱がこだまする。サンドウィッチマン真下が、スクランブル交差点の、真中央に立っている。厳しい夏の光。サンドウィッチマン真下、青いブルーのハンカチを取りだし、汗を拭っている。
 サンドイッチマン真下 暑い。マンガ喫茶、「ベラベラ」二十四時間オープン中です!
 田端牧師 失敬。

田端牧師、颯爽と風を切って歩き出す。美月、急いで後を追いかけ始める。
三鷹駅は夏の光。美月と田端牧師、姿を消す。サンドウィッチマン真下、また黙々と、チラシのビラを撒き始める。
三鷹駅北口は、盛況の盛り。明生急に登場。
 明生 (苦笑してみせて) ミタカ駅は今日も人が多い。
 明生 (宙を見上げて) 三鷹の街の風景の貌だ。
明生、スニッカーズを齧り始める。東京の夏は、盛りを迎えている。
明生、スニーカーの解けた靴ひもを直す。明生、電柱に立ち止まり、タウンワークの広告を、流し読みし始める。
 明生 俺も若くなくなるか
蝉の声が、弱まる。明生、また歩き出す。三鷹の街には、昼食の時間が、近付いている。

夜、三鷹プロテスタント教会の中で、美月が早い速度で、ピアノ・ソナタを弾いている。
窓の外からは、夏の夜の光が、射し込んでいる。美月、ふと顔を上げる。そして、また顔をピアノの鍵盤に落とし、モーツァルトのピアノ・ソナタを弾くことに、集中し始める。
 美月 (頭を抱えて) 上手く弾けない。
田端牧師、登場。