詩集 僻境
(著)遠所秀樹

   全45篇
   //僻境からの伝言は届くのか//

ペンネームについて

同姓同名の方がおられるようです。お一人が特別な手続きでこちらに連絡を取られました。日常の面で少々違和感を感じているとのことで、とても共感いたしました。これまで筆名など思いもしなかったのですが、本日以降及び、いつか将来またこのような本を作るとするならばその時は、筆名を使用することにしました。
私、元々が無名の作文家ですので、変えても差し支えなどありゃしません。
今後は「歩流伝秀人」(ぶるでんひでひと)とでもいたしましょう。
               2021.3.17 記

作品概要

著者第二詩集。
内約半数は井原秀治氏主宰発行の同人詩誌「分裂機械」に逐次発表後、再推敲したもの。

四部構成です。

Ⅰ.袖すりあうも
人は誰も孤独でも、他の人とふれあうことでなにがしかの感銘を受けますよね。
その幾つかを。

Ⅱ.擾乱
風景には、時にめまいに似た感覚をもたらす奇妙なものがありますので、それらを。

Ⅲ.よじれる眼
めまいが昂じていよいよ眼がよじれるようになってきて、さらにいきますと、存在そのものが極めて奇妙な実体として現われることもありますので、それらを。

Ⅳ.そぞろ歩き
解放されて気楽な散歩といきましょう。風景はじつは明るく楽しいものですよね。それらを。

著者より

ある日、どこかで、ある瞬間、感覚あるいは心に突然ショックを受ける。
それを与えたものの正体は何なのか? 放っておいていいものか?
いや、それは何かしら特別なもののようだから、ここはひとつ探ってみよう・・・
そうして考え込んでみるという訳です。
そのあげく、どうにか捕えたらしいと思ったその正体を仮に詩と名付け、ここに集めました。
作詩期間、1987年~2016年の約30年間。その間わずかこれだけです。

これらの獲物は個人的過ぎ特殊過ぎる嫌いもあるでしょうが、ひょっとしたら、この詩集を手にされた方へのお土産品として楽しんで頂ける要素もあるかも知れないと微かな希望も抱いているのです。

「詩集 僻境」以後

この本をまとめてから、三年半近く過ぎました。
思いついたことを気ままに書いてみようかと思いますが、何か書けるのだろうか。私、相当に遅筆なのです。
本日一つだけ。近所の家並みが、大昔の青春時、Tokyo の京王線路越しに見た「桜上水」という街の家並みを思い出させましたので。

       さくらじょうすい

   空に傷ひとつない

   静かな朝の弱い日差しの中、

   水平に伸びる刈られた芝土手に沿う

   整然たる家々。

   おお、この家並みは、

   かつて己を衒い目を凝らし、

   ここはきれいだ、褒めてやる、

   高貴なおれさまにお似合いだとうそぶいて

   線路越しに眺めた、あの家並みのようである。


きれいな街だったという印象があります。今は知りません。なにせ半世紀近くも前のことです。
でもこの「おれさま」って、あんた何様?・・・愚かな青春時でしたね。

次はいつ書けるか分かりません。

(……………令和二年四月、新型コロナウイルスのために、世の中、世界中が大変です。
人とのふれあいもままならなくなり、気楽な散歩という訳にもいきません。
誰も各自気をつけなくてはならなくなりました。色々な施設で働かれる方々もそうですが、特に、感染症その他様々な病の前線に立って多くの患者さんに係わっておられる医療従事者の方々のご努力は莫大であると察します。どうかお体にはお気をつけてくださいますよう……………)

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Tokyo、そう東京。でもそれは今の東京ではなく、半世紀近く前の東京、でもない。私の東京、なのだ。
私が東京の何を知っているか、上っ面を眺めていただけだ。しかしその上っ面だけの眺めが悲しみのような郷愁として残ってしまった。
それは、二度とない私の東京への、二度と帰らぬ青春への郷愁なのか。
そのことを書こうとするも、書けない。だからキーワードを列挙してみる・・・

俺の十九よ、お前はなんてひとりであることか、そしてなんておろかであることか。
列車は突入していく、夥しい家やビルが通り過ぎる、遮断機の音が遠ざかる、次第に建物は高く、恐ろしく高くなり、
やがてお前はその真っただ中へ運ばれていく・・・

お堀の周りを歩く・・・ビルの窓が俺を見おろしている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日のところはここで頓挫(10.10)

                     ――――――――――

キーワードを詩のような形で表わしてみよう。

      Tokyo

・・・それは俺だけの秘密だ・・・
列車はその街に突入していったのだ、
窓の外、夥しい家やビルが過ぎ、
立ったり歩いたりしている芥子粒のような人々が過ぎ、
踏切の音が遠ざかる、
次第に建物は高くなり、恐ろしく高くなっていき、
やがて俺は真っただ中へ運ばれていく。

ああ、ここにはどんなに多くの角や隅があり、そこに
知ろうったって知れやしない
どんなに無数の人生が存在していることだろう、
見果てぬ街、るつぼよ。
ここで俺は名もなき者となるのだ、なぜなら俺は
街をとらえ人の群れをとらえ
それらの魂をとらえ、それを書き留める者だからだ。

ああすでに、ふる里も血縁も、何もかも彼方へ去った、
俺はそれではなかったのだ、もう帰ることはないだろう、
精神によって生まれた限りは、ここが初めなのだ、
知らぬ顔をしたこの街こそは、浮浪の者さえ受け入れるだろう、
見果てぬ街よ。
どこまでも歩いていこう、
――ああ!俺はどこを歩いたのか、

俺はどこに住み、どこをほっついていたのか、くる日もくる日も――――今日もここで頓挫(10.23)

                     ――――――――――


俺はどこに住み、どこをほっついていたのか、ただひとり――
駅のホームにある日立っていたのだ、
濃紺のジャケットをはおり、下には薄灰色のズボン、
目を凝らして遠くを眺めていたのだ、俺は貴族、書き留める者なのだ。
やがてひしめきの中に入る――マクベス夫人の目つきをした女が乗り込んだ
――酔った日雇いが哲学者のようにベンチで考え込んでいる――
二度と会うことはない人々!――電車は動き出す――ぐるぐる巨大な街を

回り続けるのだ――揺れとともにアナウンスは流れ――
次はさくらじょうすい、さくらじょうすい――次はしもたかいど、
しもたかいど――次はめいだいまえ、めいだいまえ
――次はしんじゅく、しんじゅく――俺は降りては歩くのだ。
にっぽり、果物屋や工場の匂い商売人の匂いでむせ返る――あかばね、
いいだばし、いちがや――おちゃのみず、川の護岸は都会の虚無のように
立ち上がる――ああ!走馬灯のように名ばかりが巡る。

俺は何をとらえ何を書き留め得たのか、
数と巨大さに目くるめき、俺の見たものは俺の目にのみ
映ったものでしかなかった。
街びとは灰色のどぶ臭い家並みにうずくまって多くのひしめきを手に入れる、
だが俺は手に取るペンも失い、くる日もくる日も流れ、目くるめき、
そして名ばかりが、見果てぬ街の名ばかりが
走馬灯のように巡り、俺をあてどもなく歩かせ、俺をさらっていったのだ。

――――――――書けたのか?・・要推敲――――――――              (10.30)







Tokyo



Ochanomizu



Ochanomizu 2


Ochanomizu 3




Sakurajosui
(別稿)――――キーワードの列挙

いちがや辺り、
運河、コンクリートの側壁、
その上に立つビルのよごれ、
空はぽかんとつきぬけている。
虚無、故郷がない感覚。

しかしここはどこなんだ、
どことも知れずビルの合い間を渡り歩いて、何をするのか。
人生があるのか。
虚無、俺自身が虚無(なの)か。

・・・・・・・・・・・・・

自由(だ) ビルとビルの谷間を渡りゆくだろう 誰も咎めは受けない
空は突き抜けている

俺はくる日もくる日も どこまでも 飽きずに眺めるだろう
だが空は突き抜けているばかり・・・

黒っぽい護岸に立つビルは薄汚れ
しかしここはどこ(なの)だ 果実があるのか 空は突き抜けているばかり・・・

                  (2021.1.16/1.23)
・・・・・・・・・・・・・

      運河

黒っぽい護岸に立つコンクリートのビルまたビル
その灰色の谷間は空へと突き抜ける

果てない街の縁もないこの境に解き放たれて
名もなき者は埋もれ続けるだろう

沿線に住み込んでは渡り歩くが
ビルまたビルの谷間は虚無のように空へと突き抜けるばかり

――――また頓挫?――――      (2021.2.12)




Ichigaya
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それはさておき、今このようなものも書いている・・・
ここはどこか、相も変わらず僻境である。


    ゆり浜

人生これだけでいいのである。
平地とは良きものである、
近くは大きく見え、遠くは段々と小さく見えて、
低い山々に接するところまで広がっているのだった。
路とは良きものである、
まっすぐに一本大路が延びているのである。

左手には川が流れているのであった、まっすぐに延々と。
岸には古びた低い家並みがずっと続いているのではあるが、
樹木が岸に沿って植わっているのである。
川とは、樹木とは良きものである。
さあ、樹の切り株に陣取り、この凡庸な眺めを
煙草を吹かしつつ味わってみようではないか。
                 (2021.1.29)
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Tokyoで「もう帰ることはないだろう」と強く思ったものですが、生身があるのですから、現実は精神云々とは違って厳しい。
食わなくてはいけないし、生活というものがある。厳しい厳しい。「おれ貴族、書き留める者だから」なんて物言いが現実世界では通用しないのが当たり前。殊勝な人は職を見つけてやっていくでしょうが、この私二刀流の能力皆無。
結局は都落ちであたふたせざるを得ませんでした。
「精神によって生まれた」のも幾分真実ですが、「血縁」で生まれたことは紛れもない真実でありました。


        懐裡

おれは何を絶縁したのか
遥かな少年時、夏、じじばばに迎えられ
幾日か泊った山あいの里
おれは何を逃げたのか

密かにおれは訪れる
確かにあの裏山、あの畑
今は秋の日に照って、もうみんな
とうにすすがれてしまった

青春の昏迷のうち
人と相知るすべを失ったにもせよ
しかしここなくしておれの全てはなかった
畏れ多い母のふるさと!

おれは口を噤んで去る、あなたの
二度と帰らぬ生い立ちの面影は
あなたの中にこそ刻み込まれて
そのまま封印された
                    (2021.2.16)
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気ままに・・・

      湖


天の匠の筆さばき、

ギリシアの岸辺もかくあるか。

みなものトルコ青、

猛々しくも静謐な海のよう、

紺青のあまたの波線を混ぜる。

右手の岸辺に垂れる逞しい木々の生々しい緑、

対岸の藍色の半島は横に伸び、

空はいまだに水色の秋の夕。

左手の地平に傾く日は散らし続ける、

輝く光のオレンジを。
               (2021.2.22)


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     秋の午後


水色に霞む西空に
大きな金の陽。

彼方には低い稜線、
草は匂い、地平は柔い光で彩色された。

陽の強い放射。
だがそれもいつかは沈みゆく、

強い生の主張は悉く滅する、その寂寥の
影を深める程に、陽は今増々強く放射する。
                  (2021.3.1/3.3)

――――――
(季節と日付が合いません。以前発想したものを次々ほったらかして、ようやく日付の日辺りに仕上げる、探求するのが辛い。要するに能無しで怠け者なのです。結果、遅筆はなはだしい。)
――――――

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(1983年頃起草か)

      屋根裏

真白い紙の上に印字されたソネットの
虫のようなアルファベットたちは昏睡の中にある、
あちこちに埃は眠る、
机上には黒い染みが翼を広げ潜り込んでいくではないか、
――ぼくも眠ろう
周囲の鉄類は錆びるに任せ、
ごてごてと角材がうずくまる、
――みんな沈んでいこう沈黙のまま
だが、瓶のぼろぼろのラベルの白いひと文字が
ナメクジめいて今にも蠢くか。
                  (2021.3.9)


屋根裏2(どっちでもよろし)
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       そのひと日


山すそに広がるなだらかな草原地帯、
ふるさとは遠く
こんなゆかりもない他郷にやってきて
行商を始めた、

だから颯爽とバイクをとばし
その小高いところにある石碑の端なんぞに腰を掛け
青空を揚々と見上げていたのだ、
ただひとり。

生の最中にあった父の遠いその時を
知る者はいない。
けれどこの地に立てば
なぜかそれが蘇る。

どうなってしまうのか、
僕が逝ったら、
もう本当に
それを知る者はいないのだ。
                        (2021.3.15)

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(2019年起草)

     あの夏

いつの夏もそうであったか。
日のさんさんと降り注ぐ日、道を行けば
僕らは必ずポプラに出会う、
真っすぐに伸びるその背高い木に。

それは大概ただ一本右手にあって
何もない平らな地面に立ち、
葉は空の青を背にしているものだ。
あちこち盛んに緑が萌え、

そして必ず風に揺れるのを僕らはずっと前から、
ずっと昔から見ているのだ。
すると、田んぼのあぜ道があって、
見える山は低い山でなくてはならず、

道はよれよれの小道でなければならず、
葉は目覚ましい緑色をして暑い日差しを浴び、
分けてもそれらは
風に揺れていなければならないのである。

小屋もありはするが、それは廃屋のように
しみじみとしていなければならず、
僕らはずっと前から
そのような景色の中にいるのである。
                  (2021.3.22)
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(2019年起草)

    烈日

とある水道の斜め上空より、
日は光の矢を飛ばし続ける。

みなもは銀色に煌めき渡り、この酷暑、
平行に延びる遊歩道に人影は絶えた。

それも自然のあずかり知らぬことらしい。
ちらほら見える灌木に緑と赤い花さえ咲かせ、

故意なく容赦もなく、
日は運行の筋をたどる。
                 (2021.3.30)
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(2019年起草)――Elle a de beaux yeux.――

   あのひとの目

ほほ笑みとともに見つめる
ほんのわずかに小さい左の目は、眉との隔たりを狭め、
あたかもこちらへ試練を課すかのように

弓なりに引き締まって斜め上天へと流れる、
その厳粛さをくぐり抜け、目は寛大な右の目とともに
荒磯をくまなく照らす陽光のような笑みを宿した。
                                                                   (2021.4.5/4.6)
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   双脚

あなたのおみ足はまるで
大地を踏みしめ歩くチーターの足、

狩りの走りの驚異を秘めるゆえ、
歩みは重厚にして軽やかだ。

あなたが手負いの者を導く時の
ゆったりと一歩ずつの確かな足取り、

やがて真っすぐに伸びる身をくるりと向けて
その者に手を差し伸べれば、

背には乾いた大地と
明るい空が開けているだろう。
                        (2021.4.10)