コロナ禍における取り組み

体調不良の方は無理せず、ご自宅で休んでいただくため礼拝のライブ配信(※1)を行っております。
礼拝は事前の手洗い、マスク着用を行い、近距離での対話を避けるよう注意しております(※2)。
礼拝時間の短縮と礼拝中の飛沫を防ぐために讃美歌の曲数を減らす等の工夫を行っております。
「密」を避けるため小礼拝室と集会室での礼拝も可能です。
礼拝の前後に換気を行っております。また24時間換気システムも常時稼働しております。

※1礼拝のライブ配信は、当教会Facebookページブログに、毎週、その都度アップされるYoutubeのURLから限定公開しております。
※2手指消毒用アルコールの設置、予備の不織布マスクも用意しております。また講壇にはアクリル板を設置し、会衆と説教者間の飛沫防止対策を行っております。礼拝用机は毎回礼拝後にアルコール消毒を行っております。席も、通常3人掛けのところ2人掛けにしてソーシャルディスタンスをはかっております。
※3現在、コロナ対策のため、平日の集会はお休みしております。牧師はなるべく教会に居るようにしておりますが、御用の方は、先にお電話(011-862-4968)いただければ幸いです。





いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことについて、感謝しなさい。





ようこそ!

当教会は、プロテスタント「メノナイト派」の流れを汲むキリスト教会です。札幌市白石区の現在の地で活動を始めてから、今年で54年目を迎えました。

キリスト教にはどんなイメージをお持ちですか?本物のキリスト教には人を元気にする力があります。当教会もキリスト教会として神のことばである聖書に聞き、知恵を出し合い、「完成」を目指して毎週日曜日に集まっています。どうぞ、お気軽にお越しください。どなたでもお待ちしております。

    






定期集会案内


日曜礼拝
毎週日曜日
10:30~

聖書研究・祈祷会
毎週水曜日
10:30~

予約は不要です。
参加費用はかかりません。
初めての方
歓迎いたします。

アクセス

日本メノナイト白石キリスト教会
日本メノナイトキリスト教会協議会加盟教会)
Japan Mennonite Shiroishi church
〒003-0029
札幌市白石区平和通9丁目北5-26
tel&fax:011-862-4968
email:menoshiro9@gmail.com

※JR白石駅から徒歩20分、
地下鉄東西線南郷7丁目駅
から徒歩25分です。

※駐車場がありますので車で
来られても大丈夫です。

牧師 川﨑 憲久

牧師プロフィール


川﨑憲久   1966年札幌生まれ。小学1年生のとき滝川へ移住。中学3年生のときに一枚のトラクトを通して滝川キリスト福音集会に行くようになり、高校3年生のときにイエス・キリストを信じて洗礼を受ける。高校卒業後は約30年NTTの工事に従事する。20歳で現在の妻と結婚し3人の男の子に恵まれる。23歳で転勤で札幌に来て東栄福音キリスト教会(JECA友好教会)へ転会。26歳のときに献身を志すも実際に神学校に入学したのは49歳になってからだった。北海道聖書学院卒業後の2018年4月、日本メノナイト白石キリスト教会の牧師に就任。現在、教会に隣接する牧師館で妻と二人暮し。好きな聖句は、「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」ヘブル人への手紙12章2節。

北海道に来た宣教師



北海道のメノナイト教会は、1951(昭和26)年、米国人宣教師たちの布教活動により始まりました。最初に来た宣教師の中にラルフ・バックウォルターがいました。彼は第ニ次世界大戦中に良心的兵役拒否者として収容所に入れられ、重労働に従事した人です。「良心的兵役拒否者」とは、自らの良心に従い、兵役を拒否する人々のことです。第ニ次大戦中、米国で良心的兵役拒否者として届け出た人は1万人に達しました。その中でクェーカー、ブレザレン、メノナイトの信徒が最も多くを占めました。この3つのプロテスタント教会は、創立以来「平和と戦争拒否」を旨としてきたので、歴史的平和教会と呼ばれています。
1948年、ラルフ・バックウォルターが戦争終結後米国インディアナ州のゴーシェン大学で学んでいたとき、チャペルにおいて日本の広島女学院長、松本卓夫博士のスピーチを聞く機会がありました。松本博士は広島に原爆が落ちた時、学校の事務室にいました。学校は、つぶされたのですが、やっとのことで這い出し、助かった人です。博士は学生たちに、原爆投下後の悲惨な状態や、多くの教師、生徒たちが死んだことを語り、また戦争中に日本が米国人またその他の国の人々に対して犯した多くの罪を許してくれるようにと謝罪しました。そして、日本の軍国主義の悪霊は失われたが、悪霊の代わりにキリストの福音が必要であり、そのために祈ってほしいと切々と語ったのでした。
宣教師を志していたラルフ・バックウォルターは、非常な感動を受け、自分の行くべきところは日本だと気付かされました。日本に許しを乞い、キリストが示した愛の道を日本で見つけようと決心したのでした。松本博士の講演の影響は大きく、メノナイト教会の指導者たちは、すぐにでも日本にメノナイトの宣教師を送らなければならないと話合いました。そのような状況のもとで日本行きを志願していたラルフ・バックウォルターの日本派遣が決定したのでした。1949年6月のことです。

来日したラルフ・バックウォルターが、1951年5月に東京で行われたある集会で話した内容が残されています。その一部を記します。(1)

 「戦争中、良心的兵役拒否者であった私たちは、戦争に対する米国の罪をますます深く感じるようになりました。東京、ベルリン、長崎、広島の爆撃には、自分たちも責任があると感じました。真珠湾攻撃にさえ、責任があると言えないでしょうか。米国政府は、戦争に至る前に日本に大変不親切でした。米国のこうした罪を償うためにどうしたらよいのでしょう。戦争原因を除くために、どんな仕事をすれば良いのでしょう。戦争は、国家や人間の心に潜む人間的な誇りや利己心に深く根ざしています。神の国を建てるために、自分の生命をキリストに捧げることが必要なのだと私は考え始めました。戦争中の良心的兵役拒否者としての経験から、私たちには、その大きな責任が課せられているのだとも考えました。

注:ラルフによるトラクト『ある良心的兵役拒否者の証し』は日本で発行されたメノナイト教会第1号の印刷物です。 

良心的兵役拒否者たちの証を簡単にお話ししましたが、平和の証しで最も大切なものは何でしょうか。良心的兵役拒否という言葉は消極的です。私たちは平和を築く者と呼ばれなければなりません。大切なことは実行です。人々の心も体もいやすために働き給うたキリストの御跡を慕うことです。平和の証しは、福音と強く結びついています。それは福音の中心です。キリストは十字架の上で、平和へのただ一つの道である和解の道をお示しになりました。神は今、私たちがキリストと共に苦しみ、キリストの弟子として、苦難の道を歩むことを求めていらっしゃいます。


『自分の生命を得ようとする者はそれを失い、わたしのために自分の生命を失っている者は、それを得るであろう。』(2)

キリストの愛の道を歩むすべてのキリスト者も力を合わせて、平和の証を立てなければなりません。そのために、私の話がお役にたてれば幸せです。」

(1) 『バイバイ、おじちゃん―ラルフ・バックウォルター詩集』(矢口以文訳、響文社、1986年)
(2) マタイの福音書10章39節

キリスト教のお話は「本当」だと思いますか?
聖書には、イエス・キリストの処女降誕や、数々の奇跡など、不思議な出来事が数多く書かれています。とても本当とは信じられない、問題外だという人が結構多いのではないかと思います。また、そもそも「神」の概念は人間が作り出したもので、神などいるわけがないという人もいるでしょう。キリスト教の信者も神の存在を信じているだけで、神が見えているわけではありません。新約聖書のヨハネの福音書にこのような箇所があります。

「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。」
ヨハネの福音書1章18節(新改訳聖書)

「ひとり子の神」とはイエス・キリストをさします。
新約聖書によると、イエス・キリストは、神の国の福音を語り、貧しい人・病んでいる人を助け、数々の奇跡を行いました。しかし生涯の最後に、当時のユダヤの宗教指導者層に疎まれ十字架にかけられ殺されてしまいます。そして墓に葬られ、3日目の朝に死に打ち勝って復活し、墓は空になったと書かれています。イエスの復活の出来事は人から人へと伝えられ、キリスト教として第一世紀の地中海世界で爆発的に広がる歴史的事実を生みました。(新約聖書 使徒の働き2章参照)
師を失って落胆していた弟子たちのどこに、そんな力があったのか。復活したイエスに出会ったことが、弟子たちが立ち上がる力の源になったのではないか。

イエスが復活したその日からこの世界は一変しました。まさに革命です。死は打ち破られたのです。このようなことが起こり得るかということは、この世界をどう見るかということにかかってきます。神も仏もいない、また、いたとしてもこの世界には、まったく関わらないという考えがひとつ。それとも天(神のいる場所)と地(人のいる場所)は様々な仕組みで重なり合い、関わり合っているのがこの世界の成り立ち方だと考えるのがもうひとつ。

もしキリスト教が「本当」だったら、すごいことだと思いませんか?
私たちの教会に来て礼拝と祈りを共にし、キリスト教に触れてみませんか?

日本メノナイト白石キリスト教会信仰告白について

 

 北海道におけるアナバプテスト・メノナイトの福音宣教は、1951年米国メノナイトチャーチ宣教団から派遣された宣教師たちにより、帯広、釧路をはじめとして道東を中心に展開されました。やがて、宣教の地は札幌にも広がり、1966年12月に道内十三番目のメノナイトの教会として日本メノナイト白石キリスト教会が創立されました。

以来、私たち白石キリスト教会はアナバプテスト・メノナイトの流れを汲み、聖書を神の権威あることばとする信仰に立ち、イエス・キリストの教えに従い、平和を重んじる教会としての歩みを続けています。この間、メノナイトの教会が強調してきた教えはもとより、多くの健全なキリスト教教理にも学びながら信仰を培い、福音宣教と教会形成に励んで来ました。しかしこれまで、自分たちの信仰を文書にして公に表明する信仰告白を持たないまま過ぎていました。

 2016年に創立50年を迎えましたが、そのころから、次の時代に向けて白石キリスト教会の信仰基準を表し、宣教指針となる信仰告白作成への要望が高まり始め、2019年の総会において信仰告白検討委員会設置を正式に決定し、本格的な作成作業に取り組むことになりました。

 信仰告白はすべて聖書に基づくもので、聖書の権威のもとにあるものです。信仰告白には古代から多くの教会に受け継がれている信条があり、私たちも使徒信条を共有しています。また、アナバプテスト・メノナイトの歴史にもいくつかの信仰告白があり、近年では、北米メノナイトの二つの宣教団体(メノナイトチャーチ〔MC〕とジェネラルカンファレンス・メノナイトチャーチ〔GC〕)が合同で表明した『メノナイトの見地による信仰告白』(1995年)や、北海道における『日本メノナイトキリスト教会協議会信仰告白』(2013年)などがあります。

ここに採択した白石キリスト教会信仰告白は、主として北米メノナイトの信仰告白を踏まえており、他のプロテスタントの教会と共通の教理も含むものです。それでもこれは、私たち自身の信仰を表明するものであり、この世に対する、また教会を訪れる人々に対する私たちの証しであります。

 この信仰告白によって私たちの信仰と希望と愛を揺るぎなく堅持することができますように。主なる神の栄光をほめたたえます。

 

2020年1月26日 総会にて





『日本メノナイト白石キリスト教会 信仰告白』

 

私たちは、アナバプテスト・メノナイトの信仰の遺産を受け継ぎ、主イエス・キリストをかしらとするキリストのからだなる教会に連なる群れであることを公に示すため、旧・新約聖書に基づいて以下の信仰を告白します。

 

【聖書】  

聖書は、すべて神の霊感によるもので、神の救いの計画を啓示する権威ある神のことばであり、信仰と生活の誤りなき規範です。

 

【神】 

神は、永遠に父・子・聖霊の三位一体であり、義と愛と聖なる方、礼拝される唯一の方です。神は、天と地のすべてのものを創造し、イエス・キリストによって人に救いと永遠のいのちを与え、世の終わりまで教会と万物を支えられます。

 

【イエス・キリスト】

イエス・キリストは、人となられた神のことば、神のひとり子、世の救い主であり、十字架の死とよみがえりによって、私たちを罪の支配から解放し、神と和解させてくださいました。御子イエスは天に上げられ、父なる神の右の座にあって今も私たちをとりなし、栄光のうちに再び来られます。

 

【聖霊】

聖霊は、神の霊、キリストの霊であり、人に罪を悟らせ、悔い改めを促し、神に心を開くすべての人を真理と義の道に導きます。聖霊は、教会に力を与え、いのちの源となり、救われた者をキリストのかたちに変えていきます。

  

【人と被造物】 

神は、地のちりからご自身の形に似せて人を造り、人に特別な尊厳を与えられました。神は、すべての被造物を保全し、新たにされます。人が造られたのは、神との関係を保ち、互いに平和に生き、他の被造物に心を配り、それを管理するためです。

 

【罪】 

人は、アダムとエバをはじめとして、神に背き、罪の道を選び取りました。罪のゆえに、すべての人は創造主の御心にかなわず、造られたときの神の似姿を損ない、世界の秩序を混乱させ、悪と死に隷属させるもろもろの霊に身をゆだねました。

 

【救い】

神は、イエス・キリストの十字架の死とよみがえりを通して、人を罪から救い、新しく生きる道をそなえてくださいました。人は、悔い改め、イエス・キリストを救い主と信じて受け入れるとき、罪の赦しと救いと永遠のいのちにあずかり、キリストにあって神と和解し、また、互いに和解し合う共同体に加えられます。

 

【教会】

教会は、イエス・キリストを信じる信仰を通して、神が与えてくださる救いを受け入れた者の集まりであり、聖霊によって確立され、維持される新しい共同体です。教会は、礼拝、奉仕、証し、互いの愛といたわりにおいて、キリストのからだに建て上げられます。

 

【教会の使命】 

教会の使命は、神の国を宣言し、神の国のしるしとなることです。イエス・キリストが教会に委ねたのは、すべての国の人々を弟子とし、洗礼を授け、命じられたすべてのことを守るように教えることです。

 

【洗礼(バプテスマ)】

洗礼は、救いを信じる者が水によって受ける罪からの清めのしるしです。救われた者は、聖霊と水によってイエス・キリストと一つにされます。洗礼は、信じる者が聖霊の力によってキリストの道を歩むことを、神と教会の前で約束するものです。

 

【主の晩餐】 

主の晩餐は、イエス・キリストが贖いの死によって定められた新しい契約を、教会が感謝して思い起こすしるしです。救われた者は、この聖餐において一つのからだとして、共にキリストのいのちにあずかります。

 

【弟子の道】

イエス・キリストは、私たちを弟子の道へと召しています。私たちは、聖霊に満たされ、神が与えてくださる恵みの賜物を活かし、キリストの教えと御跡に従いつつ、日々新たないのちに歩みます。

 

【平和つくり】  

平和は、神の御心です。神は、平和な世界を創造されました。 神の平和は、イエス・キリストにおいて完全に現わされています。私たちは、争いの絶えない時代にあって、キリストに従い、聖霊に導かれて平和と和解の道をたどり、正義をなし、非暴力を実践します。

 

【神の統治】 

私たちは、イエス・キリストが栄光のうちに再び来られて、生ける者と死ねる者とを裁かれる日に、神の統治が実現することを信じます。その日、キリストは、すでに神の統治のもとに生きているご自身の教会を一つにされます。私たちは、神の最終的な勝利と、死者の復活、新しい天と新しい地を待ち望みます。

                                    アーメン。

 





〔主な関連聖書箇所〕

 

【聖書】ヨハネ5:39、ヨハネ20:31、Ⅱテモテ3:15-16、Ⅱペテロ1:21 

 

【神】創世記1:1、詩篇48:14、イザヤ 45:18、Ⅰコリント8:6

 

【イエス・キリスト】イザヤ53章、Ⅰテモテ2:5、ヘブル12:2、Ⅰペテロ2:24

 

【聖霊】ヨハネ16:8-13、使徒2:33、Ⅱコリント3:18、Ⅰコリント 12:3

 

【人と被造物】創世記1:26-31、イザヤ44:24、ローマ8:19-25、Ⅰコリント 8:6、
                    コロサイ3:10

 

【罪】創世記3:1-7、ローマ6:23、エペソ2:1-3

 

【救い】マルコ10:45、ヨハネ3:16、使徒4:12、ローマ5:6-10、エペソ2:4-5

 

【教会】使徒2:42-47、ガラテヤ3:26—28、エペソ1:23、Ⅰペテロ 4:10-11

 

【教会の使命】マタイ28:19-20、使徒1:8、Ⅱテモテ4:2、テトス1:3

 

【洗礼(パブテスマ)】ローマ6:4、Ⅰコリント12:13、コロサイ2:12

 

【主の晩餐】マタイ26:26-29、Ⅰコリント10:16-17、Ⅰコリント11:23-26

 

【弟子の道】マルコ16:20、ヨハネ15:16、Ⅰペテロ2:21-23

 

【平和つくり】イザヤ2:2-4、マタイ5:9、Ⅱコリント5:18-19、エペソ2:14-18

 

【神の統治】詩篇145:3、ピリピ3:20-21、エペソ1:20-21、黙示録21:1-4

 

(2020年1月26日 総会において採択)

 


教会の様子

会堂前景

礼拝の様子

子ども
クリスマス集会

食事風景

礼拝室
(講壇)

礼拝室
(講壇側から見た風景)