最近は空前の起業ブームと言われるようになっている。
理由はいろいろあるだろうが、大きくは「環境」と「価値観」の2つの変化で捉えることができる。
環境の変化は、我々を取り巻く変化のこと。従来から当然のようにされてきた終身雇用などの日本型雇用制度はほぼ崩壊しており、会社自体が倒産することも珍しくない時代。転職は当然のように行われ、会社に対する忠誠心も昔ほど高くはなく、自分で事業を行うという選択肢が見えてきた。さらに、インターネットの急速な普及によって起業に対するハードルが低くなり、低コストで起業しやすくなったという環境上の追い風が指摘できる。
価値観の変化は、単純に「自分優先」という人が増えたということ。会社に勤めながらいろいろ言われて我慢して高給を得るという生き方よりも、ある程度自由さのなかで低収入でも良いから自由に生きたいという考え方を持つ若者が増えている。YouTube上で活躍するユーチューバーなどの影響もあって、縛られない・囚われない人生というようなキーワードを好む若年者層が増加している。もちろん、定年後にセカンドライフとして起業するシニア層に関しては、退職金でゆっくり過ごすという時間の使い方ではなく、やり残さない・充実した人生をおくるというような考え方で事業をおこす層が増えており、これも従来からの価値観とは大きな変革が起こっている。
このような変化が交錯するなかで、起業という選択肢を選ぶ人が増えている。このような傾向はここ数年見られたものの、新型コロナウイルス感染症の広がりによって一時的に抑制され、新型コロナウイルス感染症が落ち着いた2024年時点で一気に広がったように感じるようになってきた。
世界における日本、日本における労働者の環境変化は今後も大きく変化することが明らかであるため、今後、さらに起業する人は増加することが予想されている。
実際に起業する場合、どのような課題があるのだろうか。
さまざまな機関・団体が起業に関する調査結果を公表しているが、ほとんど共通して挙げられている課題は「販路開拓」と「資金調達」の2つである。これが上位に挙がるケースが大半を占める。その他には、「人材確保」も挙げられることが多いが、販路開拓と資金調達は突出して多い。
販路開拓は、お客をどのように集めるかということであり、いわゆる集客に該当する。インターネットが普及するなか、広報上の戦略も大きな転換期を迎えており、手法だけを考えればさまざまなものが存在する。一方で、手法の多様化に伴って効果は分散化しているのが現状で、従来のように「新聞折込チラシで集客はカバー可能」という単純なものでなくなった。新聞折込チラシとフリーペーパーでリアル市場での認知度を高め、SNS広告によって反応を得る、というように広報における広告ミックスと言う考え方が主流となっている。その結果、資本力の乏しい起業したての会社では広告に割く予算が限定的で、効率的な広報活動を行うことができない。言い換えれば、いかにして低予算で集客を実現するのかと言うことが課題と言える。
資金調達は、起業にかかるお金をどこから集めるのか、ということである。国の金融機関ともいえる日本政策金融公庫では起業支援を積極的に展開している。日本政策金融公庫によれば、開業費用の平均値は1,027万円(2023年調査)となっている。インターネット上でのビジネスであれば開業資金はパソコン1台でも可能であるため、中央値は550万円であることが指摘されているが、平均で1,027万円ということはそれ以上に資金をかけている起業者が多いということになる。起業を夢見て貯金し、既に1,000万円程度の資金を準備できているのであれば問題ないが、自己資金が少ない場合には融資を受けることになる。
融資を受けるにはさまざまな要件を満たす必要があり、審査で落とされることもあり得る。一般的には、自己資金の2倍の融資を受けることが可能であるとされているため、1,027万円を準備するためには自己資金で343万円程度を確保したうえで融資の申し込みを行い、686万円の借り入れを実現できれば1,027万円の調達が可能となる。これはあくまでも開業時の資金であって、自分の生活費なども考えれば、開業資金以上にお金を持って置かなければ、生活できなくなってしまう可能性も否定できない。そのため、開業費用以上に資金を準備する必要性が高く、その意味で資金をどのように調達するのかと言うのは大きな課題であると言える。
販路開拓や資金調達という課題を抱えながら起業を成功に導くためにはどのように考えるべきだろうか。それは、ローリスク起業を目指す、と言うことに尽きる。
リスクを最小まで抑えておけば、いざ起業をして上手く行かなかったとしても人生を棒に振るというところまではいかない。もともと起業というものはそんなに簡単ではないのが現状であり、単に今は起業しやすい環境からのブームが起きているだけであって、成功しやすいということではない。
起業して生き残る確率は極めて低いのが現状であり、統計データによれば3年後に生き残っているのは半数程度と言われている。業種によって異なるが、特に飲食店のように難易度の高いビジネスは1年後に残るのが半数程度ではないだろうか。ラーメン店などは、開業が容易であるが、継続するのは非常に難しいことで知られている。最近は原材料費が上がり、エネルギーコストも高くなっていることから、物価高騰のあおりを受けるかたちで利益が低迷している。
きわめて特殊なラーメンであれば1杯1,500円程度で販売しても顧客からの満足を引き出すことはできる可能性はあるが、現実にはそこまでの価格帯で勝負しようとすれば、そもそもの集客で苦戦することになる。どんなに美味しいラーメンでも食べてもらえない限りはリピートも期待できず、1,500円と言うことであればリピート頻度も高くはないことが想定されるため、高価格帯でラーメン市場に参入するのは容易ではない。結果的にライバルを想定して800円程度の価格帯で参入すると、価格は特段の差を付けられず、物価高騰によって低い収益性で営業せざるをえず、1年までも持たずに廃業という結果を招く可能性が高まってしまう。
一般的に開業のしやすさと廃業のしやすさはイコールとなる。莫大な投資が必要な、例えばインフラ事業などは投資する資金が巨額であるため開業しにくいが、参入者も必然的に少ないことから競争関係は緩やかで、いったん参入さえしてしまえば継続できる可能性が高まる。創業時には潤沢な資金を有するということは現実的ではないため、このような参入障壁の高いビジネスを展開することは難しいが、だからこそできるだけリスクを下げて運営できるようにすることがポイントとなる。
リスクを下げた起業をするためには、いかにコストを下げるのか、これに尽きる。
事業によってかかるコスト(費用)の構造は異なるが、例えば小売店を考えてみる。小売店は、店舗に商品を陳列し、お客に購入してもらうことで成立するビジネスである。自分だけで運営することを前提に雇用が生じないとすれば、人件費はかからない。大きくかかるコストは、「商品仕入」と「店舗家賃」である。
商品を持たない限りは販売するものがないため、商品仕入代は欠かすことができない。ただし、無用に大量に仕入れることを避け、売れ筋商品を適正量確保することがポイントになる。その点、参考になるのがコンビニだ。コンビニの棚は無造作に商品が並んでいるように思えるが、実際には売れる商品しか置かれていない。売れない(回転率が悪い)商品はすぐに棚を違う商品に奪われ、常に売れる商品のみが並べられている。
そして、無駄がない。昔の商店のように在庫を倉庫に抱えているということはなく、店頭に並べている在庫が切れないように、減った商品は毎日のようにトラックが配送し、補充する仕組みである。在庫をたくさん持つと売れ残りのリスク以外に「資金」が大量に必要になるが、売れる商品だけを並べて小刻みに補充することでリスクを排除しているのである。
コンビニのような仕組みはすぐには作ることは難しいが、仮に小売店を起業するのであれば、売れる商品に絞り込んだラインナップで最小量の在庫だけを陳列すれば、リスクも最小化することが可能である。
さらに重要なことは店舗コストである。いわゆる「家賃」と呼ばれるもので、これが非常に重たくのしかかってくるのが現状である。店舗を営業する以上はお店を借りざるをえず、毎月賃料負担が生じる。賃料は固定費と呼ばれ、売れようが売れまいが発生するコストである。起業したての頃にはすぐに商品が売れるとは限らず、商品販売量と連動しない店舗コストは大きい。また、店舗を借りることで想定しなかったコストを負担する必要が出てくる。
例えば、電気代・ガス代・水道代といういわゆる水道光熱費のほか、固定電話代、インターネット接続(Wifi)代などの通信費、さらには地域の町内会費や組合費なども必要になることがあり、ごみの処理費なども含めれば単に店舗を借りる家賃以外にも多額の費用が必要になる。これを踏まえて、できるだけ低い家賃の店舗を借りることがポイントになるが、家賃が安いということはロケーションに恵まれず、スペース的にも狭く、物件としての価値が低いことが想定されるため、どこで折り合いをつけるのかを検討しないと、単に安いというだけで飛びついた結果、場所的に全く目立たずに1年で閉店することになりかねない。
いっそのこと、インターネット上での販売だけを行うという方法もある。売るものにもよるが、地元のお客に限定した商品でなければ、わざわざ実店舗を構えず、ネットショップだけでビジネスを展開することも可能である。むしろこちらの方がお客に広がりが出て、市場を大きく捉えることができるということからも有利になることがある。店舗家賃に相当する費用として、販売額に応じた手数料を納めることになるが、販売しなければ負担せずに済むものであるから、固定的にかかる費用ではないため、支払いも可能であろう。
店舗やオフィスに関しては、シェアという概念が急速に広がっている。
例えば、美容師が起業しようとすれば店舗を借りて美容院を開業することになるが、美容院には大きな鏡やシャンプー台、カット椅子などが必要となり、内装だけでも相当な金額になってしまう。起業にあたっての初期投資が大きいのは仕方ないように思えるが、それだけ高リスクの起業となってしまう。
ところが最近はシェア美容院というものが登場している。美容院として完成された店舗を複数の美容師が活用するスタイルである。自分が使いたい日時に予約しており、その時だけはその美容師の店舗になる。次の時間帯は別の美容師が予約をしており、次の美容師の美容院となる。このようなレンタル店舗はどんどん広がっている。
飲食店も曜日で異なる飲食店が営業する仕組みは珍しくない。シェアキッチンと呼ばれるが、完成された飲食店や厨房をいくつかの事業者で共有・シェアしながら運用するというスタイルである。もともとはオフィスに良くみられた。レンタルオフィスとは、必要な時にだけ事務所を借りたり、小さなスペースだけを借りたりしてオフィスコストを最小にとどめるというのが目的にもなっていた。最近はコワーキングスペースが各地で増えており、コワーキングスペースは仕事場所としての利用以外に、人脈を広げるという使い方もできることから特にパソコンを使ったビジネスを展開している起業者に人気となっている。
必要な時に必要なだけ使うというスタイルは、固定的にかかる費用とは異なり、売上や成果に応じた費用と考えることができるため、いわば変動費的な扱いであり、低コストを実現できる。コストを最小にすることが結果的にリスクも低減させることにつながるため、店舗コストを下げる方法を最初から模索しておくのは起業を成功に導くという点で重要である。
住居でマンションやアパートを借りたことがあるなら分かるだろうが、賃貸の場合には敷金・礼金という制度がある。最近はこのような制度はなくなりつつある傾向があるが、事業用物件の場合には「敷金」を納めるという風習はまだまだ根強い。大家側からすれば、会社が倒産してしまえば家賃の回収は不可能であり(税金などの滞納をしていることが倒産企業は多く、そちらの方が有利に回収できる仕組みのため)、故に何かあったときのために充当できる敷金は押さえておきたいということである。
起業者からすれば、敷金は退去時に帰ってくるお金ではありつつも、ずっと使えない状態であり、そもそも移転や退去を前提にして事業を始めるわけではないから、無駄なお金でもある。そのうえ、事業用物件の敷金は住居用と異なり平気で半年分や10か月分という期間分を預けることになるため、賃料が20万円の場合には200万円が使えないお金として存在することになる。シェアオフィスやシェア店舗はこの負担が一切ないことで、最初に準備が必要な資金額を抑えることが可能である。
起業して上手く行く確率は昔も今も低水準である。世の中そんなに甘いものではなく、起業して簡単に成功するならば多くの人が今の会社など辞めたいと思っているだろう。
起業自体は「成功させる」という意気込みで始めるが当然大事である。気力が強ければそれだけ成功を寄せ付けることになる。しかし、やってみてダメな場合には「辞める」という選択性も最初から準備しておくことが重要だろう。優秀な経営者は引き際を心得ていることが多く、やってみて上手く行かなければ他の手段を考えるか、あるいは撤退するかのいずれかである。世界的な企業へと導いたユニクロの柳井氏は、新規事業はほとんどが上手くいかないということを書籍で語っているが、上手く行かない時に自分が次に進む道を準備しておくことが重要だということ。
多額の融資を受けて起業した場合、上手く行かなかったからといって受けた融資がゼロになるわけではない。自己破産という選択肢もあるが、自己破産しても税金の滞納分はなくならないし、車や自宅までも失うことになってしまう。自己破産しなければ、融資を返すための生活が長期にわたって続くことになり、疲弊して「保険金で…」というような考えも浮かんでしまう結果となる。実際、不景気になると自殺者が増えるというのは、経営者が保険金目的で自死を選ぶからということが指摘されているところだ。お金は回っている時にはなんてことも思わないが、回らなくなった途端に人の思考を180度変えるぐらいの強烈なものだ。お金に苦労して起業して、上手く行かずにさらにお金に徹底的に苦しめられるというようなケースは無限に存在する。
もちろん、融資を受けることが良くないということではなく、現実的には事業をやっている限りは遅かれ早かれ融資を受ける時は必ずやってくるわけで、融資から逃げるのが低リスクということでもない。何かあったときに自分の力で「整理」できるような状態で起業するのが賢い方法であり、それこそが低リスク起業であると言えるはずである。
最初から上手く行かないことを前提に起業するのは変だと思わずに、選択肢を準備しておくことが経営を行ううえでもとても大事であるため、逃げ道を作っておくことが起業するための覚悟というように考えると良いだろう。