完璧主義による自己嫌悪。
自分で自分を受け入れられない原因、それは「完璧主義」。
私、森田敦子は高校時代の落ちこぼれ原体験から「良くない完璧主義」を装備したのです。
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小中学校時代は成績オール5、学級委員に立候補しちゃうような分かりやすい優等生として過ごしていた私。
高校進学は地元の進学校へ。成績の近い者同士が集うその場所で、私は初めて勉強について行けないという状況に陥りました。
それでも最初は小さな小さなつまづきだったと思います。
「ヤバイ、授業ついて行けない」「予習・復習頑張らなきゃ」…
しかし、その小さなつまづきは日を追うごとに少しずつ大きくなっていきました。
「昨日の分を取り返そう」「先週の分を取り返そう」「テスト前に頑張ろう」「夏休みに頑張ろう」…
いつのまにか後回しにしていた勉強負債は雪だるま式に増えていき、日常生活の破綻を引き起こしました。
勉強しなきゃというプレッシャーとは裏腹に、現実逃避でついダラダラと過ごしてしまう自分。
疲れてそのまま朝まで眠ってしまう自分。ちゃんと完璧にしたい、中学ではできていたのに、できない自分。
そんな私に対して、さらに追い打ちをかけてくる存在だった母とは次第に溝が深まっていきました。
周囲が皆当たり前のように優秀な中で、こんなダメな私を知られたくないと必死に取り繕う日々。
ここで私は、
(中学時代のように)完璧にできない自分はダメだ。
(母親の言うように)完璧にできない自分はダメだ。
(周りの皆のように)完璧にできない自分はダメだ。という、「良くない完璧主義」を完全装備したのでした。
そしてそれは「自分を変えたいのに、うまくいかない」というモヤモヤとして、
大学時代も社会人になってからもずーっと私に影響を及ぼし続けていました。
それに気づくとなったのは2016年頃(当時28歳)、とある勉強会での「自分史作りワーク」でした。
生まれて初めて書いた自分史は、見事なまでに「ダメな私」を象徴する仕上がりに。笑
過去には、楽しかったことや充実していたこともたくさんあったはずなのに、
私が(意図せず)選んだエピソードはなぜか「できなかったこと」ばかり。
その自分史を他者に語るというワークだったのですが、その時他人から指摘を受けて初めて、
「私は自分の人生をできなかったこと基準で見ていること」に気づきました。
なぜ私は自分を語る際に「できなかったエピソード」ばかり切り取ってしまうのだろう?
俯瞰した時に見えてきたのが、完全装備された「良くない完璧主義」でした。
そこには「例え80点だろうが満点でなければ価値がない」と常に自分にダメ出しをし続けていた私がいました。
10代の頃から長年抱えていたモヤモヤの原因が解明された瞬間。目からウロコ、衝撃的でした。