日本キリスト教会
佐呂間教会

 新しい年も、1月2日(日)から礼拝が始まりました。
 再び感染拡大の兆しが見えてきました。礼拝の構成や時間、換気などに引き続き心を配りながら、礼拝を続けていきます。
 
 礼拝メッセージは、毎週水曜日前後にこちらで更新されます。どうぞご覧ください。


わたしたちの教会は、1907年に佐呂間の地に入植した、近藤直作という一人のクリスチャンの志から始まった、プロテスタントの教会です。最初の教会堂は佐呂間町武士にありましたが、1969年に現在の場所に移転、更に2001年には、現在のログハウスの新しい教会が建てられました。小さいですが、佐呂間の地にあって、すでに110年以上の歴史を重ねてきています。

 この教会では、現在、次のような集会を行っています。
礼拝も どの集会も、信徒でなくてもご出席いただけますし、むしろ皆さんをお待ちしておりますので、どうぞおいでください。聖書や讃美歌は、教会に貸し出し用のものがあります。

◯日曜礼拝~毎週日曜日午後2時から
 礼拝は、聖書の朗読・讃美歌・お祈り・説教(聖書のおはなし)・献金などで、約1時間ほどです。現在は、子どもたちも含め、毎週10名前後が、佐呂間、遠軽、北見などから集まっています。
◯聖書を読み、語り、祈る会~第一木曜日午前10時30分から
 聖書や信仰についての本を少しづつ読み合い、感じたことや疑問、自分の生活との関わりなどを自由に話し合う場です。話し合いの後、祈りの時を持っています。

その他、季節の集会などについては、下段の「佐呂間教会のご案内」の中で随時お知らせいたします。


牧師とのお話やご相談を希望される方は、日曜日以外に毎週木曜日、教会に在室しておりますので、遠慮なくお訪ねください。また、そのほかの曜日でも、お電話(℡ 01587-2-3629)や下記のフォームにてご連絡いただければ、お訪ねいただけます。

 

 2022.1.9  佐呂間教会 主日礼拝説教

   聖書: マルコによる福音書10:1~12    

説教題 「見失ってはいけないもの」

 

「イエスは言われた。『あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は話してはならない。』」(5~9節)

 

 

 聖書は、昔も今も、そしてこれからも神さまのことばです。イエスさまから直接教えを受けられないわたしたちは、今は、この聖書から、聖霊の導きを受けて、神さまの御心を知らされます。

 

 けれども同時に、聖書は人の手によって書かれ、編集され、歴史の中で様々に検証され、整えられてでき上がったものです。ある日、この完成された聖書が天から降ってきたとか、どこからか現れたとか、そのような類のものではありません。

 ですから、聖書は、その書かれた時代や土地、文化などの影響をもちろん受けています。はるかに時代を下った現代に生きるわたしたち、また、日本という、聖書の世界とは遠く離れた地、その文化の中に生きるわたしたちが、聖書の語ることばに、違和感や不満を感じるところがあったとしても、不思議ではありません。聖書が語ることばを、一言一句そのまま受け取ろうとすれば、答えの出ない問題もあれば、かえってそれで深く傷つくという人も、いないとは言えないのです。聖書の時代、聖書の世界では想定されていない、あるいは存在していなかった問題や状況が、今の時代にはあるからです。

 今日の箇所の、離婚や再婚の問題、もっと言えば、人が「男」と「女」に造られて、その両者が結ばれる、ということも、現代では“それが当然”と言ってしまってはいけない課題としてあります。

 そのような問題や課題については、安易に、「聖書の中にこう書いてある」というような答えを探すべきではなく、聖書全体を通して、神さまその方、その御心を知り、謙遜にその答えを、どの時代にも新たに聞き直していかなければならないのだと思います。

 

 ただ、わたしたちは今日、そのような離婚や男女間の結婚という、具体的な個別の事柄についての答えを、この礼拝で聞こうとするのではありません。

 確かに事の始まりは、ファリサイ派の人々が離婚について尋ねてきたことでした。けれどもこれは、純粋に“分からない”から尋ねてきたのではなく、「イエスを試そうとし」てのものだったと聖書は伝えています。

 

 イエスさまは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返され、ファリサイ派の人々は、申命記24:1以下にのっとって、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と答えたのです。

この時代、女性(妻)の方から離婚を申し立てることは全くできませんでしたから、それは一方的に男性(夫) の側にだけ与えられた権利でした。しかも申命記には、夫が「妻に何か恥ずべきことを見いだし、気に入らなくなったときは」離縁できる、とあるので、身勝手な夫であれば、どんなささいなことでも、「気に入らない」と離縁の理由にできたわけです。

ただ、もしイエスさまが“そんな離縁は許されていない”と言われたら、ファリサイ派の人々は「それは律法違反だ」と責めることができた。彼らの質問は巧妙なものでした。

 

 

 それに対してイエスさまは、申命記24章の、「離縁状を書いて離縁する」という掟自体を否定はなさいません。けれどもそれは、「あなたたちの心が頑固なので」書かれた掟だと指摘されるのです。

 

 わたしたち自身も含めて、人は弱さや欲、かたくなさや間違いのために、“本当はそうはならない方がよい結果”を招いてしまうことがあります。それは、神さまの御心を尋ね、自分自身との闘いを経てたどり着いたものではないので、神さまが喜ばれる結果とはならないことがほとんどでしょう。 

しかし、わたしたちの神さまは、その結果をただ許さないと責め、裁くことをなさいません。結び合わされた者たちが、離縁に至らざるを得ないような状況になった。その時、「離縁状を書いて離縁する」という正式な形をとることで、2人が、特に女性の方が、新しい出発をするための道を整えてくださっている―つまり、神さまの“配慮”がここにあるのです。

 

そうであるのに、その神さまの“配慮”から与えられたものを、さも神さまが定めた正しい掟のように言うのか―イエスさまはそのことを指摘しておられるのです。

これはわたしたちにも似たところがないでしょうか。自分の思っていること、願っていること、やっていること、方向性・・・それらを正当化するために、わたしたちも神さまのことばを探し、聞こうとすることが、ないとは言えないのです。そこには、自分のすることを変えようとしない、変えたくない、わたしたちの罪の一つの形―かたくなさがあります。

神さまが、そのようなものを一切赦さない、という仕方でなく、時に、そのかたくなさに配慮を示し、わたしたちのあやまちや弱さに寄り添ってくださることは、大きな慰めです。ヘブライ人への手紙4:15にも、イエスさまが「わたしたちの弱さに同情できない方ではな」い、と記されているとおりです。

ただ、その神さまの配慮を、神さまの御心そのものと受け止めるなら、それは違います。

離縁に至ってしまうことがある、ということは否定されない。しかし、そもそも結婚とはどのようなものだと言われているのでしょうか。

それは「天地創造の初め」から、神さまによって立てられたもので、互いの思いのみでなく、「神が結び合わせてくださった」という事実に基づくものです。「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」とイエスさまは言われるのはそのためです。「人」とは“他者”の存在だけを言うのではなく、“自分”の内にある、相手への求めや、それがかなわなかった時の失望や怒りの感情も含むでしょう。それらの存在や感情が、「神が結び合わせてくださったもの」を離すことになってはならないのです。

 

大切なのは、本来、神さまが人に、わたしたちに願っておられるものを、見失ってはならない、ということです。わたしたちの神さまは、“禁止”や“罰”の力で、人の歩みを狭め、そこをまっすぐに歩かせようとなさる方ではありません。まずご自分が痛みを負い、犠牲を払い、愛と赦しを与えて、わたしたちに、広いところを歩くよう、促してくださっている方なのです。

その上で、その広いところをなるべく“まっすぐに”歩いていくよう、求めておられるのだと思います。

 

 そのように、なるべく“まっすぐに”歩いていくために、わたしたちを導くのは何でしょうか。それは、本来の神さまの思いを知ることです。その思いを見失わないことです。

 自分の思いや状況に合わせたことばにすがりつき、それで正当化しようとするのではなく、“けれども神さまの御心は、そもそも何であったか。わたしにどう願っておられたか”ということを問い、それを見失わないように確認しながら、歩みを進めていく者でありたいと思います。

 

                     (1月9日 主日礼拝説教より)

佐呂間教会のご案内~風景いろいろ・行事いろいろ

すっかり雪景色に
クリスマス前まで、比較的過ごしやすい気候が続いていましたが、寒波の襲来と共に、しんしんと雪が降り積もり、あっという間に雪景色になってしまいました。
これから数か月は、この雪の中での礼拝が続きます。集まる方々の安全が守られますように。
素敵なのができました!
12月の間、何度かに分けて行ってきた「クリスマスの工作」。いつも教会に集まる大人や子ども、また地域からも参加者が与えられて、思い思いのキーホルダー(ストラップ)を作ることができました。
100円ショップでそろう材料と、アイロンだけで、こんなに素敵な作品になりました!

来年は、皆で集まって「子どもクリスマス会」ができますように・・・!
若者の感性で教会を撮ると・・

これは、教会に来ている高校生に、どこか教会の写真を撮ってほしいとお願いしたところ、あっさりと撮影してくれた一枚です。
 教会の内部を撮っただけなのですが、光の差し方、奥行きを感じさせる構図、どれもすてきだなあと感じました。若者の感性や可能性が、教会でもっと生かされるようになっていくといいと強く感じさせられました。






若者の感性で教会を撮ると・・

これは、教会に来ている高校生に、どこか教会の写真を撮ってほしいとお願いしたところ、あっさりと撮影してくれた一枚です。
 教会の内部を撮っただけなのですが、光の差し方、奥行きを感じさせる構図、どれもすてきだなあと感じました。若者の感性や可能性が、教会でもっと生かされるようになっていくといいと強く感じさせられました。

アクセス

名 称 日本キリスト教会佐呂間教会
TEL 
01587-2-3629
住 所

〒093-0501
 北海道常呂郡佐呂間町字宮前町109-30

最寄駅

・JR石北線 遠軽駅 下車 車で40分
・女満別空港より 車で50分
 遠軽、また女満別空港からは、公共交通機関がないため、自家用車かレンタカーの利用となります

駐車場

あり

最寄駅

・JR石北線 遠軽駅 下車 車で40分
・女満別空港より 車で50分
 遠軽、また女満別空港からは、公共交通機関がないため、自家用車かレンタカーの利用となります

お問い合わせ

お問い合わせは、お電話(TEL 01587-2-3629)にてお問い合わせいただくか、下記のフォームにご記入いただきご連絡ください。
また、牧師在室日(木曜日)には教会を直接お訪ねいただくこともできます。その他の曜日の場合も、ご連絡いただければお訪ねいただけます。
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