日本キリスト教会
佐呂間教会

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。」 (新約聖書 マタイによる福音書11:28)


わたしたちの教会は、1907年に佐呂間の地に入植した、近藤直作という一人のクリスチャンの志から始まった、プロテスタントの教会です。最初の教会堂は佐呂間町武士にありましたが、1969年に現在の場所に移転、更に2001年には、現在のログハウスの新しい教会が建てられました。小さいですが、佐呂間の地にあって、すでに110年以上の歴史を重ねてきています。

 この教会では、現在、次のような集会を行っています。
礼拝も どの集会も、信徒でなくてもご出席いただけますし、むしろ皆さんをお待ちしておりますので、どうぞおいでください。聖書や讃美歌は、教会に貸し出し用のものがあります。

◯日曜礼拝~毎週日曜日午後2時から
 礼拝は、聖書の朗読・讃美歌・お祈り・説教(聖書のおはなし)・献金などで、約1時間ほどです。現在は、子どもたちも含め、毎週10名前後が、佐呂間、遠軽、北見などから集まっています。
◯聖書を読み、語り、祈る会~第一木曜日午前10時30分から
 聖書や信仰についての本を少しづつ読み合い、感じたことや疑問、自分の生活との関わりなどを自由に話し合う場です。話し合いの後、祈りの時を持っています。

その他、季節の集会や、年に数度行われる子どもたち向けのプログラムについては下段の「行事のご案内」をご覧ください。

今週の礼拝からのメッセージ
聖書:マルコによる福音書16:1~8
     説教題「人は新しく生き始めることができる」 牧師 森下真裕美

 

 「安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。・・・ところが、目を上げてみると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。」(1~2、4節)



 牧師として、これまでに何人もの方々の納骨に関わらせていただきました。その中で感じてきたことは、お墓に納めるということが、遺された者たちにとって、多くの場合、その葬りの一つの区切りになるのだろう、ということです。もちろん、納骨は必ずしなければならないということではありません。それでも、わたしたち多くの人間の中には、”人は”生まれてきて、やがてそれぞれの生涯を終えて死を迎え、そして墓に葬られる”ーそういうものなのだ、という思い、考えがあるだろうと思います。ですから、愛する者のためにその責任を果たしてあげたいと思うのでしょうし、自分もやがてそのような道をたどり、誰かにそうしてもらうのだ、と漠然と思っているのです。


 今日の聖書の中に登場する女性たちもそうでした。彼女たちは、十字架にかけられて死なれたイエスさまを、「遠くから」ではありましたが、最後まで見守っていた人たちであり、そのご遺体に香油を塗って差し上げようと、墓に駆けつけた人たちでもありました。最後までイエスさまに忠実であり、誠実であった信仰者たちとも言えるでしょう。それでも、そんな彼女たちでも、”人は死んだら墓に納められる”、だからイエスさまも墓に納められている、と疑うことなく思っていたのです。


 けれども、その当たり前のこと、動かしようのない現実は動かされました。当時の墓は横穴式であったそうですが、その墓の入り口をふさいでいたはずの「非常に大きかった石」は、「既にわきへ転がしてあった」と聖書は告げます。このことは、単に動かせるはずのない非常に大きな石がわきへ転がされていた、という事実を伝えるのに留まらず、先ほどもお話しした、”人はその命を終えたら死に、墓に葬られる”という、その動かせないように思える”人の定め”が動かされた、ということを伝えているのです。

 そして更に、動かされた、「石は既にわきへ転がしてあった」という言い方には、「誰かがそれをした」という主語が隠されています。墓をふさぐ大石を転がし、命から死、死から墓へという”人の定め”を動かしたのは神さまである。復活は神さまによる出来事なのだ、ということが、ここではっきりと示されているのです。


 神さまによる出来事ですから、人は復活を理解したり、説明したりすることはできません。「死者がどんなふうに復活するのか、どんな体でくるのか」と問うた人たちは、教会が誕生した最初の頃からいたということを、使徒パウロは伝えています。(コリントの信徒への手紙Ⅰ15:35~) ですがその答えは、わたしたちが理解し、説明でき、納得できる形では与えられないのです。
 だからこそ、受け入れられないと感じてしまったり、今日の聖書の女性たちのように、恐ろしいと思って逃げ出したりしてしまう人も少なからずいることでしょう。ですがそれは、復活は神さまによる出来事だから、ということに立つ他ないのです。わたしたちができること、知っていること、分かることからではないところから起こった出来事ーそれがイエスさまの復活だったのです。

その出来事に出会うために、わたしたちができることは一つです。この女性たちのように「目を上げる」(4節)ということです。自分たちの考えでは、到底動かせないはずだった「非常に大きな石」、どうしたらいいだろうか、誰か呼んできたらいいのだろうか・・・そういう策を、下を向いて考えているだけでは、石は動かないままです。でも、「目を上げてみる」、ただそれだけのことで、「石は既にわきへ転がしてあった」という事実に気づけるのです。

 「目を上げる」ということは「心を上げる」と言い換えてもよいと思います。キリスト教の古いお祈りの中にsursum corda(スルスム コルダ)という言葉があるそうです。「心を上げよ」という意味です。心を上げて神さまを見る時、わたしたちの中では変わらない、動かせるはずがないと思っていたことが、神さまによって既に新しい出来事として始まっていた、動かされていたと知らされる時があるのです。


 ”人はその命を終えたら死に、やがて墓に葬られる”ーというのは、人の定め、ではなく、人が自らにそう定めてしまっているものにすぎません。神さまは、このイースターの朝にイエスさまを復活させ、墓を空にする、という出来事を通して、”それはあなたがたにとって定めではない”と呼びかけてくださっているのです。

 もちろん、死がなくなるわけではありません。墓をふさいでいた大きな石は、跡形もなく消えてしまった、とは聖書は告げていません。でも、「目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった」のです。死はわたしたちの命をふさぐものではなくなった、神さまがそうしてくださったからーとイエスさまの復活を通して、わたしたちは知らされているのです。

「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました」ー使徒パウロのこの言葉は、イエスさまの復活が、イエスさまのためにだけ起こった出来事なのではなく、死んでいくすべての者のために起こった、その「初穂」としてのしるしの出来事なのだと告げています。それを信じて受け入れる者にとって、死は通らなければなりませんが、わたしたちの生涯を覆いふさぐものにはなりません。

 先に天国に召されていった人たちは今、死を通り抜けて復活の命を待っている。わたしたちも今日改めて心を上げて、イエスさまの復活を受け入れ、死に覆いふさがれているのではない、わたしたちの残された命の日々を生き始めたいと思います。人はいつからでも、そのようにして新たに生き始めることができるのです。


                       (4月4日のイースター礼拝説教より)

佐呂間教会のご案内~風景いろいろ・行事いろいろ

イースター礼拝は終わりましたが
イースターは、十字架にかかって死なれたイエスさまが、3日目に復活されたことを祝う日です。今年は4月4日(日)がイースターの礼拝でした。
 
そのイースターに、どうして卵(イースターエッグ)がよく登場するのかについては、さまざまな説が伝えられています。一説では、葬られた墓から、新しいいのちに復活されたイエスさまを、ヒヨコが殻を破って生まれてくることに重ねて、卵が用いられるとのことです。
 
 教会では今年、そのイースターエッグのクラフト作りをしました。美しく色づけされたクラフトは、しばらく教会の玄関に飾っています。

素敵なクラフトです
イースターエッグのクラフト、アップにすると、こんな素敵な色づけがされています。これは教会の子どもたちの手によるものです。
細かい彩色には、カラーペン、色えんぴつ、マスキングテープなどが使われています。
どうぞお訪ねください
この看板が出ている時は、教会に牧師が在室中です。
教会の中をご覧になりたい方、礼拝堂で自分一人の静かな時間をもちたい方、何かお話しなどがある方など、どうぞどなたでも遠慮なくお訪ねください。

また、日曜日の礼拝の時にも、礼拝中をお知らせする看板を出しています。
野外礼拝
毎年7月下旬か8月の上旬に、いつもの礼拝堂ではなく、神さまが造ってくださった自然の中で礼拝する時を持っています。礼拝の後は、みんなでバーベキューをして、にぎやかに食事をします。
なお今年の開催については、夏の状況をみて決定の予定です。
収穫感謝礼拝
収穫をはじめとする、神さまから与えられた、一年のすべての恵みを感謝して、礼拝を行い、恵みを味わう食事の時を持っています。
今年の収穫感謝礼拝は、11月21日(日)です。
クリスマス
クリスマスには毎年、日曜日のクリスマス礼拝をはじめ、地域に向けてのクリスマスの集まり、町内の施設や個人宅を回るキャロリング(讃美歌を届ける活動)などを行っています。
今年のクリスマス礼拝は12月19日(日)に行われます。その他の集まりについては、今後の状況によって実施を決める予定です。
どうぞお訪ねください
この看板が出ている時は、教会に牧師が在室中です。
教会の中をご覧になりたい方、礼拝堂で自分一人の静かな時間をもちたい方、何かお話しなどがある方など、どうぞどなたでも遠慮なくお訪ねください。

また、日曜日の礼拝の時にも、礼拝中をお知らせする看板を出しています。

アクセス

名 称 日本キリスト教会佐呂間教会
TEL 
01587-2-3629
住 所

〒093-0501
 北海道常呂郡佐呂間町字宮前町109-30

最寄駅

・JR石北線 遠軽駅 下車 車で40分
・女満別空港より 車で50分
 遠軽、また女満別空港からは、公共交通機関がないため、自家用車かレンタカーの利用となります

駐車場

あり

最寄駅

・JR石北線 遠軽駅 下車 車で40分
・女満別空港より 車で50分
 遠軽、また女満別空港からは、公共交通機関がないため、自家用車かレンタカーの利用となります

お問い合わせ

お問い合わせは、お電話(TEL 01587-2-3629)にてお問い合わせいただくか、下記のフォームにご記入いただきご連絡ください。
また、牧師在室日(木曜日)には教会を直接お訪ねいただくこともできます。その他の曜日の場合も、ご連絡いただければお訪ねいただけます。
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