フォーム 予約 決済 メルマガなど集客機能がオールインワン!
新たな年が始まりました。
2025年最初の礼拝に集って神さまの御心を聞き、わたしたちの行くべき方向を確認いたしましょう。
どうぞどなたでもおいでください。
次週(2025年1月5日) 主日礼拝 午後2時~3時15分
説教「神に従って生きていく」(イザヤ書58:1~14 )
礼拝やその他の集会は、いつでも、すべての方に開かれています。聖書・讃美歌などは教会に準備がありますので、安心していらしてください。
2024.12.22 佐呂間教会 クリスマス礼拝説教
聖書: ルカによる福音書2:1~20
説教題「この世界のために救い主が与えられた日」
「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ、主メシアである。」(2:11)
自分にとって特別な日、自分のために何かとても素晴らしいこと、喜ばしいことが準備されている日、人はその日に向けて、身体も心も、スケジュールも身なりもできるだけ整えて、準備して、一番よい状態で、その日を迎えようとするものではないでしょうか。
ところが、この世界が自分たちのための救い主を迎えようとしていたその日、世界も、一人一人の人も、全然そのための準備ができていなかったし、何も整えれてはいなかったことを、ルカによる福音書は伝えています。
イエスさまのお誕生前、ローマ皇帝アウグストウスから全領土の住民に、住民登録の勅令が出ました。これは、住民の人数や家族構成を把握し、それによってだいたいどのくらいの税収があるかということを、ローマ帝国が知るためになされたものだと言われています。ローマ帝国にとってだけ、目的と成果のあることであって、命じられた住民にとっては、時間的にも経済的にも、負担以外の何ものでもなかったでしょう。多くの住民が、その負担、あるいは疲れ、理不尽な勅令への怒りや恨みを抱きながら、「おのおの自分の町へ旅立った」ものと想像します。
多くの人が行き交い、慌ただしさと混乱があったことでしょう。そして、イエスさまを身ごもっているマリアと、間もなく生まれようとする救い主のために、宿屋も一つの部屋、泊まる場所すら準備できなかったのです。
この世界は、そしてそこに生きる一人一人は、自分たちのための救い主を迎えようとしていたその日、何も準備できていなかったのです。
これは何も、この日の世界とそこに生きていた人々に限ったことではありません。わたしたちも、今の世界もまた、今日のこのクリスマス、そして、この先になお残されている、“イエスさまが再びおいでくださる”と約束されている日に向けて、十分な準備ができているとは決して言えないのではないでしょうか。
「住民登録」という、時の権力者の理不尽とも言える決断や要求の中で、負担を強いられ、慌ただしさに追われ、やるせない思いに襲われ、それでも自分の力ではどうすることもできない、という状況や思いは、形や規模こそ同じではないとしても、今の世界にも共通するものがあります。目の前にある自分の日々のことに追われ、他の存在をかえりみたり、迎え入れ、受け入れる余地をもてない、私たち自身も同じです。
それでも、今日わたしたちが聞きたいのは、そのように、自分たちの救い主を迎えるために、“準備すること”“整えて待つこと”ができなかったこの世界や人々のただ中にも、神さまが、“イエスさまのお生まれ”というクリスマスの出来事を起こして下さった、もたらして下さった、ということです。
今のわたしたちの世界は、決して神さまの望まれるところではない姿を、多くさらし、抱えています。にも関わらず、皆で悔い改めて、“御心がなりますように”と目指していこうとする思いや姿勢も十分ではありません。 また、わたしたち一人一人も、自分が神さまの前で生きていること、また、やがて主の御前に立つ、その日をいつも心に留めて、準備し、自らを整えながら、その日その日を生きているとはとても言えません。むしろ、いろいろな悩み、試練、痛み、忙しさ、課題に絶えず振り回されているのです。
それでも神さまは、この世界や、このわたしたちのただ中に、神さまによる出来事を起こしてくださいます。今でも。明日にでも。そう信じさせてくれるのが、このクリスマスの出来事なのです。
自分たちのための救い主のお誕生の日に向けて、準備し、整えるていることができなかった人々には、この神さまによる出来事が起こったことに気づくことができませんでした。それは、ただ人々の準備の問題だけでなく、この“救い主のお誕生”という出来事を、神さまがあまりにも小さく、そして低きに降られて始められたから、でもあるのですが。
しかし、その出来事を知らされた人たちがいました。羊飼いたちです。彼らも「野宿しながら、羊の群れの番をして」いました。いつもの日常の中にいたのです。
けれども、救い主の誕生という、「民全体に与えられる大きな喜び」を知らされた彼らは、その出来事を「見に行き」「人々に知らせる」者となりました。
今日、わたしたちは、この羊飼いたちのような存在として、このクリスマス礼拝に招かれた者たちなのではないでしょうか。クリスマス、降誕節はこれから始まります。「この世界に救い主が与えられた日」を喜び、人々に向けて知らせる者とされたいと思います。
そして最後に、羊飼いたちに現れた天使たちの讃美から、大切なことを聞いておきたいと思います。天使たちはこう讃美しました。
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」(14節)
クリスマスの時期、救い主がお生まれになったこの出来事を覚え、この出来事に応えて、「地には平和」ということが、いっそう願われ、祈られる時です。けれども、その「地には平和」は、「栄光、神にあれ」ということが願われ、実現される中で初めて、わたしたち人間が、「地」が神の前にへりくだり、実現していく「平和」なのだということを思わされます。
天使たちと共に、「栄光、神にあれ、地には平和」あれ、と改めて祈り始める、今年のクリスマスでありたいと思うのです。
(12月22日 クリスマス礼拝説教より)
名 称 | 日本キリスト教会佐呂間教会 |
---|---|
TEL |
01587-2-3629 |
住 所 | 〒093-0501 |
最寄駅 | ・JR石北線 遠軽駅 下車 車で40分 |
駐車場 | あり |