さおりごと

大したことではないけれど

手から零れ落ちてしまう前に

残しておきたくなることがあります。

言語化って、とっても難しい、

まずは、ひとり言から

言葉にすることを、はじめてみます。
第6回目『母』


学校で、授業中に先生のことを

「お母さんっ」

って、うっかり呼んじゃう男の子

1人は、いましたよね。

小学生の時、ある男の子の口から、先生に向けて
その、お母さん!が飛び出して
一瞬の静寂、そして盛大な笑いが起きました。
本人は、顔を赤くしながら

「昨日一日、家の掃除してて
お母さんって50回くらい言ったから、つい言っちゃった、、、」

的なことをゴニョゴニョ言ってて
それをまた、猛烈にみんなからいじられていて
なんだよ!なんだよ、その可愛い感じ!と
なんか、すっごく、彼のことを好きになったのを覚えてます。


お母さん。

偉大です。


私の母は、犬対して
「なんで吠えてるの!言ってごらん!」
と、真面目に言うような人で

子供3人乗っけて、首都高飛ばして
ディズニーランドに連れて行ってくれたり

2人がかりで運ぶようなタンスを
「あ、あれね、動かして配置変えた」
と、サラッと言ってきたり

朝から晩までバリバリ働いて
私より2回りくらい小柄なのですが
どこに、そのエネルギーがあるの?と
本当に、心から称えたくなる
アクティブパワフルマザーです。

そんな母の愛おしきエピソードは、山ほどありますが
今でも、しっかり覚えている
私が初めて、言葉にできない切なさを感じた出来事。

もうすぐ中学進学を控えた、小学生6年生の3月に
父方の、ちょっとセレブな叔母さんが
うちにやってきて、
その頃、うちは、多分、なかなかの火達磨生活でした
それでも、セレブ叔母さんが来る!ってことで
母は、おもてなしのお料理をふるって
これでもか!と明るく喋ってました。

セレブ叔母さんは、
私に、中学生になるお祝いだ、と言って
びっくりするくらい大きい、
テカテカに光っている、多分一粒500円くらい
するんじゃないかっていう
立派な苺をくれました。

初めてそんな高価な苺を食べて
一口で食べきれない苺があるんだ!
と、スペシャルな経験に舞い上がり
なんだかんだと、楽しくみんなで喋り
無事、セレブ叔母さんはご帰宅。

そして、いつもの我が家の空気感になって
冷蔵庫をパッと開けたら
苺が入ってました。

セレブ叔母さんの高い苺ではなくて
多分、スーパーでは、一番高いであろう
1パック700円くらいの苺。

あれ?なんだ、この苺?と

「お母さーん、この苺どうしたの?」
と聞くと

「あぁ、お祝いだし、叔母さん来るし、
ちょっと奮発して買ったんだけど、
もっとすごい苺いただいちゃったから笑
明日食べよー」


と。


その時、少女さおりの胸は

きゅん

ってなりました。


今、同じことが起きたら

なにこのコメディ、

と、母と笑っちゃうと思いますが、

あの時、いろんな感情を母はしまっているんだな

と、冷蔵庫にしたたかに控える苺をみて

思いました。


お母さんは偉大なり。


2020年7月4日(土)

(写真は、初めて母が、私の家に泊まりにきた日に撮った写真、足の形がそっくりだねと、パチリ)


第5回目「インプット」


"フラミンゴがピンクなのは、赤色色素のプンクトンを食べているから"

というのを、なぞなぞ経由で知ったとき

"インプットしたもので形成される、それが生き物の本質よ"

と、フラミンゴたちから、
可視化できないことを、目に見せて説明されたようで
唸るように納得しました。


インプット。
率先して、いい音楽を聴こう、いいものを見よう
いい言葉を、いい食材を、いい香りを!
と、取り入れる、それとは別に

無意識、無自覚に、インプットしていることが、
実は、結構あるんだぜ、を
実感する瞬間があります。

それは、はい、"夢"。

私は、ほぼ毎日、夢を見ます。
年に2回くらい、気絶するように眠る日を除いて
必ず、夢をみます。


「アルマゲドン」を観たら
宇宙の夢を、
「ハチ公」を観たら
犬の夢を、
とってもわかりやすい。


その中でも、あれ?なんでこんな夢見たんだろう
ということが、時々あって
紐解くと、YouTubeの広告の一コマだったり
バラエティ番組で一瞬映った
タレントさんの表情から、だったり


目に映ったこと
耳に入ってきたこと
無自覚に入ってきた情報を、
ぜんぶ、いったん取り込んでいるんだなぁと
びっくりします。

ピンクのプランクトンを食べてるつもりで
関係ないもの、むっちゃ口に入れてるのだね

その入ってきた情報で
気分というものが、とても揺すられているのを
自覚したときに

取り込むことに精を出すより
取り込まないことを決めた方が
スマートでヘルシーなんじゃないかと思っちゃう



私は姉と妹がおりまして
姉は、その取り込む情報を、選択してる人なのですね
アメリカに住んでいるのですが
自然が大好きで、
TwitterもFacebookもやっていなくて
自分の選択で、情報の入場制限をしてます
かと言って閉じ切っているわけでもなく、
自然に対しては間口は広く開け、
オンライン上では、扉をちゃんと持っていて、開閉スタイル。




そして、妹ちゃんは、これまたアメリカにいるのですが
姉とは真逆でSNSの海の中を泳いでいるような人。
ただ、情報を変換する能力にめっちゃ長けてるのです
入ってきた情報の、仕分けが上手。
栄養になることはピックアップして
大事なことじゃない騒音はBGMに
昔から、"悪口が好きじゃない"と言って
愚痴になるようなエピソードを、こんな面白いことあったと、話す妹ちゃんは、
高レベル情報処理能力スタイル。


そして、私はどうだろうと思ったとき
その両方を行き来している
どっちつかずの、反復運転スタイル。


扉を閉めたら、閉めたで
自分の人生に集中できる心地良さにイキイキするけど
それが続くと
ちょいスパイスほしくなるし


間口広げると、いろんな好奇心が刺激されてワクワクするけど、
だんだん振り回されて、疲れてる自分がいます。


そこを上手に
やっていきたいなぁと思う
やっていきたいなぁと思いながら

大して、大事と認識していない情報たちが
夢の中で、壮大な物語と化けて
起きた瞬間に、胸がときめいちゃったりしてると


人生というのは、栄養にならないことで
形成されてるものなのかもしれないわ
むしろ、そういう中で生まれる葛藤こそが深みをつくるのかもしれないわ

と、ハッとしちゃったりして

何が引っかかるか、わからないからさ
とりあえずザルの目は細かくしておこうよ!な!

って、結局
いろんなものを口に入れて
私は、時折お腹を壊したりしているように思います。



インプットしたもので、私は形成されている。
私は何色になってるんだろう



2020年6月27日(土)
(写真は、ハワイのラニカイビーチ、見るものすべて、入ってくる景色すべてに、身体が喜んでた)



第4回目「威嚇」



オオアリクイが敵を威嚇する姿、見たことありますか?
もし、なかったら、ぜひ検索して見ていただきたい。
とっても愛おしいです。

本人は、自分を大きく見せて
相手をビビらせようとしているのだけど
無防備極まりない、一撃でやられそうなポージングで
むしろ、心が和んでいきます。


羽の派手さで、パートナーを獲得しようとする孔雀もそうだけれど

動物たちの単純明快な、シンプルさが
時々、たまらなく、気持ち良いなぁ!と
ハイタッチしたくなります。


自粛期間中、おうちの掃除に取りかかった方々
きっとたくさんいますよね
この機会に、やるか!と。
私も、家をパワースポットにしようキャンペーン
やりました。

これまで、幾度と開催された断捨離の中でも
ノート類がいつも捨てられず
中学生の時の部活ノートやら、日記やら、手帳やら
響いた言葉を書き止めていたノートやら
たくさんのノートたちが、いつか来る出番を待機していたのですが


なんででしょうね
「もう、何も手元になくっていい」
という、身軽になりたい欲が、
私の中で全開になっていて
逆に、なぜ、こんなにずっと取っておいたんだろう、と
未練なく、すべてサヨナラしました。

でも、捨てる前に、
これまでそばにいてくれてありがとう、という敬意から、一回目を通してから捨てる、という流れが生まれ

掃除という名の、"自分の歴史の棚卸し作業"が繰り広げられました

で、ですね
オオアリクイの威嚇、みたいなこと
やってるんです、少女さおりは。


自分を大きく見せようとする、
その傾向、思考が、節々に感じられて
痛い。


当時は、その自覚が全くないもんで
なおさら、痛い。


オオアリクイを見てる分には
あははは、と笑っていられるけれど
自分にオオアリクイの姿を見ると凍りつきます。

そこじゃなくてさ、
もうちょい違うことにフォーカスを向けたら
いんじゃない?

タイムスリップして、少女さおりに会えたら
ぜひ伝えたい。

あたしって、こういう性質があるんだなぁと
防衛本能で、突発的にやってしまう、習性。
誰かの自伝本を読むように
自分を眺めました。


百獣の王、ライオンのように、
戦わねばならない時以外、
ゴロゴロしていたい


脳ある鷹のように
必要な時だけ
爪を出すスタイルでいたい


力をつけるしか、ないのですよね

お友達の皆さん、もし
香月がオオアリクイになっていたら
教えてください


いちお、設定を変えて
アップデートしたつもりなので
その症状は減ると思うのですが


追い込まれたときに
つい、威嚇ポーズが出ちゃうかもしれない。



2020年6月20日(土)
(写真は、一番オオアリクイっていた中学生のバレー部時代)






第3回目『調整力』

いろいろありますが、
やっぱり暑い日に飲む
冷たい麦茶は美味しいです


暑い時には服を脱ぎ、冷たいものを飲む
寒い時には服を着て、あったかいものを飲む。

私たちは、自分が心地良くいられる温度調節は上手だけれど
身体の状態に関しては、痛みが出てから気づく、という流れが、定番ですよね!うん!


その代表的なお話をしますね、
私は、23歳のとき、踊っている最中に、
右ひざの前十字靭帯断裂という、なかなかビックな怪我をしました。

自分の内ももの腱を、ひざに移植するという、
想像するだけで、パニックになる手術を施し、
今もなお、私の右足には2つの釘が入っており、

レントゲンを撮ると、

「健在してるっす!」

と釘たちは、生き生きと写ります。


怪我をした時に
お医者さんに言われたのが

「この怪我は、交通事故のように運が悪かった、というものじゃなくて、身体の使い方が悪いから結果、こうなってしまった怪我だからね、

根本から身体の使い方を変えないと、また同じ怪我をするよ。踊る人なら、もっと自分の身体に関心を持ちなさい」


もう、真っ二つに切られました。
はい、としか言えない。


"大きな怪我になる前に、必ず身体から
小さなSOSが出ているんだよ"

と。


その、圧倒的な、自分の身体への鈍感さは、
リハビリの時にも、痛感したのであります。


リハビリは、同じタイミングで、怪我をしたスーパーダンサーYさんと一緒でした。

まず、普通に歩く、ということをした後に、

リハビリの先生に

「どう感じる?」

と聞かれます、

私は、「えっと、、、普通です。」

としか言えない。


しかし、隣のスーパーダンサーYさんは

「ちょっと右足が、外側重心になっているのと、
内転筋が、全然感じられないなぁ、、踏めてない。」


もうね、身体のスキャン能力がすんごいんです。
身体の状態を、全部言語化できるんです。


だから、いま自分に必要なトレーニングがわかるし、
どこをストレッチする必要があるかわかる。

自分の身体を、理解し、導き、コントロールできる、これぞ至極のダンサーなのか、と

とてつもなく、大切なことを
サボっていた自分が浮き彫りになり、
たまらなく恥ずかしくなったこと、はい、覚えてます。


リハビリの先生は、
毎回これでもか!と私に質問してきてくれました

「いま、どこの筋肉使ってる?」

「重心はどこにある?」

「どこにツッパリを感じる?」

「さっきと何が違う?」


その度に、私は身体を観察して
微かにキャッチできる身体の状態を言葉にしていきました。


その、問い、答える、問い、答える、の繰り返しで、
封鎖されていた身体との回路は、少しずつ開拓されていくのだな、と
23歳さおりは学んだのでありました。


身体の状態を把握できるようになると
自分で、心地よい身体に、整えてあげられるようになる


きっとそれは、気持ちも同じで
自分の思考回路の癖や、ものの見方の習性を
把握して、自覚していると
感情が乱れても、解決して
ごきげんな自分に持っていけるんだろうな、と。


しかし、太るとわかっていても
夜中のラーメンを食べるのが人間であり
身体が悲鳴を上げていても、気合いで乗り切ろうとするのが人間
失ってから、ことの重大さに気付くのが人間、です。


私においては、その怪我から
10年後に、違う身体の箇所を怪我して
舞台を降板するということを、やらかしてますので
(大変なご迷惑をおかけしました)

だから、
『ちゃんと普段から、身体と心に耳を傾けて
関心を持っていたら
怪我もしないし、健やかな人生になるよ♪』

とか、胸張って、全然言えないす。


ただ、ただね、
日常で、元気がないとき、や
しんどいとき、

"ごきげんな身体、ごきげんな心は、自分でつくれるよ"

ということを、知っているか、知らないか
って、すごく大きいと思うのです。

自分でコントロールできるもの、できないものがあり
それらは、コントロールできる側にあるものだよっ
っていう、うん。


「外側に向けて、張っているアンテナを
自分の内側へ向けてみなさいな」

これ、何回もリハビリの先生に言われました。

自分のきげんは、自分でとりなさいな

あなたの人生を

最高に楽しくしてくれる

最強の武器を

上手に使いこなしなさいな



今、その先生の言葉が
また再び
とっても響いているのですね


リモート作業で、いろんなことができるのは
嬉しい、ありがたい、
でも、身体の感覚を伝って、感じることが
遮断されている壁はガッツリある

せめて、自分と自分の身体は
その面では連携していたい


暑い日が続きますが、
熱中症には気をつけていきまっしょい


2020年6月10日(水)

(写真は、去年この時期に長崎へ行ったときに見つけたバス停、自分でコントロールできないもの中にいるときって小地獄)
第2回目『進化』



生き物の進化の歴史を見て、励まされるのは私だけでしょうか?

中には、モテたくて角を大きくしすぎた結果、絶滅した”オオツノシカ”先輩
などもいらっしゃいますが、
もう絶体絶命のピンチだ!という時に、
画期的な進化をしてきた生き物の先輩たちを見ていると、
追い込まれたとき、もう道はない、となったときに、
初めて起動するスイッチが、
私たちには備わっている気がして
私は勇気が湧いてくるのですね、はい。


その中でも、クジラって、すごくないですか?
元々四足歩行で、陸で生活していたのに
今は、もうポストカードになっちゃうくらい、海の大将です
ボディラインの変わりっぷりよ。

初めて海に足を踏み入れた、
クジラの祖先の覚悟もすごいと思うけれど
途中、段々と後ろ足が退化していくときに

「あぁ、土って、良かったよな」

って、後ろ髪ひかれたクジラもきっといると思うのですよ
でも、そこを環境に適応して、身体を変え、生きることを選んだクジラね
尊いっ!

そんなクジラとは打って変わって
ほとんど姿を変えずに、幾度とやってきた絶滅期を
生き延びてきた、ゴキブリね
しぶといっ!


陸での生活が厳しくなった時に

海を選んだクジラ

空を選んだ鳥

変わらないを選んだG

地球での撮影が難しくなった時に

宇宙での撮影を選んだトム・クルーズ。



悲しいニュースに、先が見えない日が続くけれど

生き物というのは、

今まで歩いていた道が塞がれ、閉ざされたとき

もし、そうならなかったら見つけられなかったであろう

健やかに生きていける道筋を見つけられるものだと、

図鑑を見ていると、そんな気がしてならなくて。

今は、ある意味、

オオツノシカ先輩のように、もっと悲惨なことになる前に

ここで足を止められたのだ、と

じゃあ、あなたはどうする?

と、問われているような気持ちです。




目を向けてこなかった、ツケと、向き合い

当たり前に手にしていたものたちの

素晴らしさを再確認しながら


どうか、それらを手放さずに

再び、土の上を歩いていけないものかと、

私は、いま、進化スイッチを、探しています。






2020年6月3日(水)
(写真は亀のクッキーの型、亀がどうやって進化の途中であの甲羅をゲットしたかまだ解き明かされてないんだって)






第一回目『走りきる』


恥ずかしいことを打ち明けます。

私は中学生の頃、
赤川次郎さんの『ふたり』の読書感想文を提出する課題を出されたとき
唐沢寿明さんの『ふたり』を買って読み、
レポートを提出した過去があります。

そうなんです
本を読まない子でした。

本屋で、本の探し方もわからないほど
本と離れておりました。

手に取るのは、絵本か、漫画か、図鑑。
活字に離れすぎて、漢字も苦手になり
短大生のとき、あまりに漢字でつっかえるので
帰国子女だと思われていました。
結構な、重症です。

そんな、活字離れしていた私に
“本ってめっちゃおもしろいよ”
と教えてくれたのは

『ハリー・ポッター賢者の石』

でした。

あの分厚い本を、どこにでも持ち歩き、
夢中になって読みました。
残りのページ数がどんどん少なくなっていくことに
『あぁ、あと少しで終わってしまう』と惜しみながらページをめくる経験を
初めて味わいました。

ハマりすぎて、イギリスに1人でロケ地を回る旅に行き、
ダニエル・ラドクリフにファンレターを書き、
作者のJ ・K・ローリングさんを調べに調べて、
ハリー・ポッターが生まれるまでの
『なぜイギリスはファンタジー発祥の地となったのか』みたいなタイトルのレポートを制作しました。

一冊の本
人を動かす力よ。

今では世界中で愛されていますが、
この本、最初は12社の出版社に出版を断られているのです。

”こんなに断られているのだから、あたいの本はつまらないのね”

とJ・K・ローリングさんが途中で諦めていたら
この世にハリー・ポッターは存在しなかったのです

ありがとう
J・K・ローリングさん。

めげずにドアをノックし続けてくれて
ありがとう。
そんなバックグラウンドも好き。

でね、今思うとね、
『こんなに分厚い本を、私は最後まで読み切ったぞ』
っていう達成感、
それが高揚感につながっていたなぁと思います。

何かを、最後までやりきる、ということは
思っている以上に、
自分の糧、次へのエネルギーになるのかもしれません。


この”さおりごと”は
言葉にしようとしてきたけれど、
うまく言語化できなくて
幾度となく、走ることをやめてきた香月彩里に
完走する力をつけるべく、
もうけられたコーナーです。

週に一回、こういう場がなければ言葉にしないであろうことを
書いていきたいと思います。

どうかお付き合いいただけたら、、、

では、また来週♪


2020年5月27日(水)
(写真:『ハリー・ポッター』のロケ地、レイコック寺院へ行った時に購入したポストカード)