歌川国芳が描いた桜田門外の変

歌川国芳筆「東都御厩川岸之図」を
考察する。大老井伊掃部直弼が襲撃
された桜田門外の変を描いた画であ
る。事件は
1860年3月雪が舞う
朝起きた。人物は全て裸足である。


国芳筆「東都御厩川岸之図」を考察
1860年登城中の大老井伊掃部直弼
を水戸藩士らが襲撃した桜田門外の
変を描いた画である。突撃の合図に
黒澤忠三郎はピストルを発射した。
江戸はその朝遅い雪が舞っていた。
「とうとうまやがしのず」=「とう
とう井伊掃部直弼が死の図」を解明
する。先に関連画像を掲載。続いて
画から、画題から考察して行く。


歌川国芳筆「東都御厩川岸之図」
鴨捕りの網を持つ男が大老井伊掃部
直弼。
右に1860の番傘を差す黒
澤忠三郎。
左からも三人の刺客。雪
が舞っている。
全員裸足である。遠
く彼方に桜田門が霞んで見える。


「鳥獣人物戯画」甲巻部分
中央で転ぶ兎は大老井伊掃部直弼。
歓喜の声を上げる蛙達は四人の刺客。
当然のごとく全員裸足。この構図を
「御伽草子因幡の白兎」に流用する。
兎はマヤカシでワニに乗り海を渡ろう
とする。「渡兎マヤカシの図」=「東
都御厩川岸之図」の画題となる。
マヤ
カシとは悪巧みのことである。


 先に画から考察する。
1、中央で鴨を捕る網を持ち、獲物の
いい鴨
を桶に持つ男が井伊掃部直弼。
井伊家は代々掃部(かもん)職を襲名。
いい鴨は井伊掃部(いいかもん)直弼。
事件後の落首に(いい鴨と首を獲り)
2、画面右で1860番の番傘を差し脇
三本の傘を持つ男は、突撃の合図に
ピストルを発射した黒澤忠三郎である。
解)番傘に描かれた1860は、桜田門
外の変が起きた1860年の事である。
解)三本の傘は百人一首からヒント。
三笠山出でし月=三笠山から月の様な
丸い玉が出る=三本の傘はピストル。
3、左からも三人の刺客が忍び寄る。
4、描かれる男たちは総て裸足である。
解)男たちは、総て逝ってしまった。
5、小雪が舞っている、彼方に江戸城
が霞んで見える。

次に画題から考察する
1、まやは沖縄奄美地方の方言で猫。
2、猫は井伊家の守り神であり、猫
と言えば井伊掃部直弼の事である。
今も(ヒコニャン)で知られる。
3、まや=猫=井伊掃部直弼となる。
4、国芳筆「東都御厩川岸之図」=

「とうとうまやがしのず」=
「とうとう 猫が死の図」=
「とうとう 井伊掃部直弼が死の図」。
国芳が描いた「東都御厩川岸之図」は
桜田門外の変を描いた画である。
構図は「鳥獣人物戯画」から。
画題は
「御伽草子因幡の白兎」から採る。終

付録に国芳筆「東都首尾の松之図」を
考察する。浅野内匠頭の刃傷松の廊下
を描いた画である。


国芳筆「東都首尾の松之図」を考察
浅野内匠頭長矩の刃傷松の廊下を描いた
画である。
構図は「鳥獣人物戯画」か
採る。画題は「御伽草子因幡の白兎」か
ら採る。先に画像を掲載。次に画、画

から比較し考察して行く。

国芳筆「東都首尾の松之図」
船上で歌を詠むのは浅野内匠頭長矩。
海ボタル、ヤドカリ、フナ虫が蠢く。
海ボタルは吉良上野介。ヤドカリは吉
良家から源氏名を借りる徳川将軍家。
フナ虫は内匠頭の弟浅野大学である。

「鳥獣人物戯画」甲巻
中央の兎が浅野内匠頭である。フナム
シ、ヤドカリが蠢く。この構図を昔話
「御伽草子因幡の白兎」に流用する。
  
兎は首尾により、ワニの背に乗り海を
渡るが最後に皮を剥がれる。御伽噺は
うとうとする。
「うとうと首尾の末の
図」=「東都首尾の
松之図」。首尾と
は悪巧みのこと。猿がワニに替わる。


 先に「画」から考察
1.堀に舟を浮かべ連歌を詠んでいる
男が江戸城松の廊下で刃傷に及んだ
浅野内匠頭長矩である。
2.キラリ光る夜光虫は吉良上野之介。 
3.ヤドカリは徳川幕府の事、徳川
は吉良家より源氏を借用している。
4.中央の大きな石は大石内蔵助。 
5.フナムシは弟の浅野大学である。
 
次に「画題」から考察。
首尾とは、連歌の集まりの事である。
連歌は匠と呼ばれる連歌師が行う、
匠が上の句を、客が下の句を詠む。
首尾=匠の上=浅野内匠頭となる。
国芳筆「
東都首尾の松之図」=
「とうとうしゅびのまつのず」=
「とうとう浅野内匠頭の末の図」。
構図は「鳥獣人物戯画」から。画題は
「御伽草子因幡の白兎」から採る。
他の「東都名所シリーズ」の考察は
(ペライチ岩瀬道夫)を参照下さい。

後半に二稿を加筆追加する。
ブリューゲル筆「農民の婚宴」「農民の
踊り」と「鳥獣人物戯画」を比較検証。
L・ダ・ヴィンチ筆「モナリザ」と雪舟
筆「秋冬山水図」「騎獅文殊図」を比較
検証する。


ブリューゲルと「鳥獣人物戯画」
オランダの画家
ブリューゲルが1568
年に描いた「農民の婚宴」と
「農民の踊
り」は日本の「鳥獣人物戯画」
から構図
を採る。画中に日本とNIHON
の絵文字
が描かれる。此れを比較考察して行く。

ブリューゲルが描いた「農民の婚宴」と
「農民の踊
り」は同期に描かれ彼を代表
する作品である。素朴な農
民の暮らしを
描いた画である。
人物を前面に大きく描
き対をなす作品であると考えられる。     
「鳥獣人物戯画」は平安時代後期に描か
れた四巻からなる国宝絵巻物であり京都
の高山寺が所蔵する。擬人化された猿や
兎等が滑稽に描かれた絵巻物である。
先にブリューゲル筆「農民の婚宴」と絵
巻物「鳥獣人物戯画」を比較考察する。
後半にブリューゲル筆「農民の踊り」と
絵巻物「鳥獣人物戯画」を検証する。

ブリューゲル筆「農民の婚宴」と国
絵巻物「鳥獣人物戯画」を比較考
察する。先に画像を掲載し後に両画
を比較検証していく。


ブリューゲル筆「農民の婚宴」
二人の男が戸板で宴の料理を運ぶ。前の   
男は帽子にスプーンを挟む。画面奥で二
人の男がバグパイプを奏でる。壁面に掛
かるタペストリーには編み籠が描かれて
いる。壁面にしめ縄の飾り付が掛かる。
壁面の編み籠としめ縄は左から見ると漢
字の日本と書かれている様に見える。背
面のボードに貼られる縦長の紙には四文
字の漢字が書かれている。

国宝「鳥獣人物戯画」甲巻
二匹の兎が宴の酒肴を唐櫃で運ぶ。唐櫃
の上に供え物の稲と鳥が置かれる。奥に
は蛙と兎が柄杓が付く酒甕を棒で担ぐ。
右上に一文字と草花が小さく描かれる。
画の構図と場面は「農民の婚宴」の画に
極めて酷似している。

ブリューゲル筆「農民の婚宴」と絵巻物 
「鳥獣人物戯画」を比較考察して行く。

「農民の婚宴」は宴の料理を戸板で運ぶ
二人の男と奥でバグパイプを奏でる二人
の男の姿をメインとして描いた画。
「鳥獣人物戯画」は宴の酒肴を唐櫃で運
ぶ二匹の兎と柄杓の付いた酒甕を担ぐ二
匹の兎と蛙を描いた画である。
両画の構図と場面は酒甕がバグパイプに
描き替わる以外殆ど同じと考えられる。
細部の比較は「鳥獣人物戯画」から見た
「農民の踊り」を箇条書きで比較する。
1、二匹の兎が運ぶ唐櫃の上に置かれる
供え物の稲と鳥は壁面に掛かるしめ縄
に描き替えられている。
2、蛙と兎が担ぐ酒甕に付く柄杓の先は
壁面のタペストリーに描かれる編み籠に
描き替わる。酒甕を担ぐ棒はタペストリ
ーを渡すロープとして描かれる。酒甕は
男達が奏でるバクパイプに描き替わる。
3、三匹の兎の耳は三人の男の帽子に付
けられる。右の男は帽子にスプーンを挟
む、他の二人は帽子に鳥の羽を飾る。
スプーンと鳥の羽は兎の耳を意味する。
4、壁面に掛かるタペストリーに描かれ
る編み籠と壁面に飾られるしめ縄は左か
ら見ると日本という漢字に読める。背面
のボードに貼られる縦長の紙には四文字
の漢字が書かれているように見える。

5、酒甕を運ぶ蛙と兎は器に酒を注ぐ男
と子供として左下に描き足している。
唐櫃の格子は右下の棚の格子に替わる。
6、バグパイプを奏でる二人の男の姿は
以下に掲載する画像から採る。男の顏の
表情は同じ。蛙の腰紐に吊るされる剣は
男の腰紐に吊るされる剣に描き替わる。

ブリューゲル筆「農民の婚宴」部分
右の男はこちらを向き微笑む。左の男は
腰紐に剣を吊る。下の絵と殆ど
同じ構図
である。

「鳥獣人物戯画」甲巻から裁断
二匹の猿と蛙はバクパイプを奏でる二人
の男に替わる。猿の帽子と顏の表情は同
じ。蛙の腰紐と剣も同じ構図である。

ブリューゲル筆「農民の踊り」と国
宝絵
巻物「鳥獣人物戯画」甲巻を考
察す
る。先に両画の画像を掲載し後
に両
画を比較検証していく。

ブリューゲル筆「農民の踊り」
右から老夫婦が足をバタつかせ踊りに駆
けつける。男は帽子にスプーンを挟んで
いる。女は腰にキーホルダーを下げる。
真ん中にはビールジョッキを握る男を描
く。バグパイプを奏でる大男の横で老婆
が両手を伸ばし少女に踊りを教える。

「鳥獣人物戯画」甲巻
右に足をバタつかせ二匹の兎が騒いでい
る。岩の上には柄杓で水を掛ける兎。毛
づくろいをする猿とウットリする猿が描
かれる。前面には両手を前に伸ばし戯れ
る猿とハシャグ子兎が描かれている。

ブリューゲル筆「農民の踊り」と絵巻物
「鳥獣人物戯画」甲巻を比較検証する。
「農民の踊り」は足をバタつかせ踊りに
駆けつける二人の老夫婦と椅子に掛けビ
ールジョッキを傾ける男、バグパイプを
奏でる大男と少女に踊りを教える老婆を
描く。後方では村人が踊りを楽しむ。
背景に三角のケルメスの聖旗が下がる。
「鳥獣人物戯画」は足をバタつかせ騒ぐ
二匹の兎。岩の上で柄杓を持ち水を掛け
る兎。毛づくろいをする猿とウットリす
る猿を描く。前面に両手を前に伸ばし戯
れる猿とハシャグ子兎を描く。両画の構
図と場面は殆ど同じと考えられる。
細部の比較は「鳥獣人物戯画」から見た
「農民の踊り」を箇条書きで比較する。
1、足をバタつかせ騒ぐ二匹の兎は踊り
に駆けつける老夫婦として描かれる。
男は帽子にスプーンを挟む。女は腰に
キーホルダーを下げる。スプーンとキー
ホルダーは兎の耳と尻尾を意味する。
2、岩の上で柄杓を持つ兎は椅子に掛け
ビールジョッキを持つ男に描き替わる。
頭上に描かれる二人の村人は兎の耳。
3、両手で毛づくろいする猿は両手を前
に出し少女に踊りを教える老婆に描き替
わる。前面で両手を前に伸ばし戯れる猿
が踊りを習う少女に描き替わる。
4、毛づくろいをされウットリする猿が
バグパイプを奏でる大男に替わる。前面
でハシャグ子兎がバグパイプに替わる。
子兎の耳はバグパイプのドローンに。
5、後列で踊る村人の配列は左から見る
とNIHONと読み取ることが出来る。
6、背景に掛かる三角のケルメスの聖旗
も「鳥獣人物戯画」から構図を採る。

江戸後期の絵師である歌川国芳はブリュ
ーゲルが「鳥獣人物戯画」から
構図を採
っている事を知っていた可能性
がある。
国芳はブリューゲルの「農民の
踊り」か
ら構図を逆輸入し描いている。   終


L・ダ・ヴィンチ筆「モナリザ」
と雪舟筆「秋冬山水図」を比較考察
する。画中にLVとCEの文字が書か
れる。L・ダ・ヴィンチと雪舟の頭
文字である。

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モ
ナリザ」の背景に描かれる山水画は雪舟
が描いた「秋冬山水図」の秋景図から構
図を採っている。「モナリザ」の形姿も
雪舟が描いた「騎獅文殊図」の文殊菩薩
像から構図を採り描かれた画である。
「モナリザ」の右目に書かれたLVの文
字はダ・ヴィンチの頭文字である。左目
に書かれたCEの文字は雪舟の頭文字で
ある。右に書かれた72の数字は雪舟が
「秋冬山水画」を描いた年が1472年
である事を書き示している。

レオナルド・ダ・ビィンチ(1452~1519)
は世界で最もよく知られる「モナリザ」
を描いたイタリア生まれの画家である。
雪舟(1420~1506)は室町時代の画僧で
あり多くの国宝が現存する。中国(明)
に渡り、中国の画法を学び帰国した。

ダ・ビィンチが描いた「モナリザ」の背
景に東洋的な山水画が描かれている事は
周知のとうりである。ならば山水画を何
故背景に描いたかを考察すれば「モナリ
ザ」の本質が見えてくる。描かれている
山水画を観察するとそこには雪舟が描い
た「秋冬山水図」秋景図が現れる。両画
の構図は殆ど同じである事が解る。描か
れる「モナリザ」の形姿も近年雪舟筆と
確認された「騎獅文殊図」と極めて類似
している。関連画像を先に掲載し、後半
に画像の関連性を比較し検証して行く。

L・ダ・ヴィンチ筆「モナリザ」
両手を前に組み長い髪を左右に分けた女
性の上半身と背景に東洋の山水画が描か
れる。顔を右に向け微かに微笑でいる姿
を描く。1503~06年に描かれた。
右下に描かれる川に橋が架かる。幾筋も
の岩肌が描かれる。手前には黒い岩塊が
描かれる。左下にS字に曲がった道路が
描かれる。道路の左には黒い岩塊が転が
る。丘の向こうには入り江の寒村が描か
れる。村には帆船の帆柱が聳えている。
右上には森に包まれた湖を描く。左上に
は岩山の森林が続く。顕微鏡解析による
と右目にLVの文字が書かれている。左目
にはCEの文字が書かれている。左の橋に
は72の数字が書かれている事が確認さ
れている。赤外線分析によると「モナリ
ザ」の下画は膝掛が腹部まで掛かり両手
は幾度も書き直されていることが確認さ
れている。最新の光学技術によると画の
下にもう一人の女性が描かれている事が
2015年に確認された。画面右上に描
かれていた大きな森は塗り潰されている
事が赤外線分析により解っている。モナ
リザの画題は日本の慈母供養の直訳か。


雪舟筆「秋冬山水図」秋景図
右下に一筋の道が川の様に描かれる。一
本の松の木が橋の様に道を遮る。幾筋も
の岩肌が走る。手前に黒い岩塊を描く。
左下に描かれる巨岩の縁辺はS字の様に
見える。左に黒い岩塊を描く。奥の入り
江に寒村が描かれる。村には帆船の帆柱
が聳える。右上に大きな松林が描かれて
いる。奥には湖面が描かれる。左上には
岩山の森林が描かれる。雪舟が明から帰
国して直ぐの1472年に描いた画であ
る。対の作である「秋冬山水図」の冬景
図の左下には「モナリザ」と同じS字の
道が描かれている。


雪舟筆「騎獅文殊図」の文殊菩薩
右から見た文殊菩薩像を描く。胸元が大
きく覗いている。両手は衣服に隠れ見る
ことは出来ない。黒髪は左右に分かれ長
く伸びる。日本では慈母供養の菩薩。

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モ
ナリザ」と雪舟が描いた「秋冬山水図」
の秋景図を画像から比較検証していく。
「秋冬山水図」の秋景図から見た「モナ
リザ」を箇条書きで比較考察して行く。
1、「秋冬山水図」の右下に田が一筋の
川の様に描かれる。一本の木が橋の様に
田を遮る。岸には幾筋もの岩肌が描かれ
る。手前には大きな黒い岩が転がる。
「モナリザ」の画面右下に描かれる川に
石橋が架かる。岸に幾筋もの岩肌が描か
れる。手前には大きな黒い岩が転がる。
2、「秋冬山水図」の左下に描かれる巨
岩の縁辺はS字の様に見える。左に黒い
岩が転がる。奥に入り江の寒村が描かれ
ている。寒村には帆船の帆柱が聳える。
「モナリザ」の左下にS字に曲がった道
路が描かれる。道端の左には黒い岩が転
がる。奥に入り江の寒村が描かれる。寒
村には帆船の帆柱が聳える。
3、「秋冬山水図」の右上には森に包ま
れた湖面を描く。左上には幾重にも連な
る岩肌の森林が連なる。楼閣が聳える。
「モナリザ」の右上には横に広く伸びた
湖の水面が描かれる。左上には幾重にも
重なる岩山の森林が描かれている。聳え
る楼閣はモナリザの頭部に隠れている。

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モ
ナリザ」と雪舟が描いた「騎獅文殊図」
の文殊菩薩像を画像から比較検証する。
「騎獅文殊図」から見た「モナリザ」を
箇条書きで比較考察して行く。
1、「騎獅文殊図」の文殊菩薩は右から
見た姿を描いている。胸元が大きく覗く
衣服を身に着けている。
「モナリザ」は顔を右に向け微笑んでい
る。胸元が大きく覗く衣服を着ている。
2、「騎獅文殊図」の文殊菩薩の両手は
衣服に隠れて見ることが出来ない。
「モナリザ」は両手を前で組んでいる。
赤外線分析によると「モナリザ」の下画
は膝掛が腹部まで掛かり両手は幾度も書
き直されていることが確認されている。
下画にはもう一人の女性が画かれている
ことが2015年に確認された。下画の
女性は文殊菩薩と同じ構図なのか。
3、「騎獅文殊図」の文殊菩薩は長い髪
を左右に振り分ける。「モナリザ」も長
い髪を左右に振り分けている。モナリザ
の画題は日本の慈母供養の直訳か。

「モナリザ」の右目に書かれたLVはレ
オナルド・ダ・ヴィンチの頭文字と言わ
れている、ならば左目に書かれたCEは
雪舟の頭文字であるのか。右の橋に書か
れた72の数字は雪舟が1472年に
「秋冬山水図」を描いた事を記すのか。
下地の「モナリザ」の右上に描かれてい
た森は塗り潰されている事が検証されて
いる、雪舟筆「秋冬山水図」の右上に描
かれる森である。下地の「モナリザ」は
膝掛が腰まで掛かり手は描かれてない。
雪舟が描いた「騎獅文殊図」の文殊菩薩
にも手が描かれない。以上の考察から。
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モ
ナリザ」は雪舟が描いた「秋冬山水図」
の上に雪舟が描いた「騎獅文殊図」の画
を重ねて描いた画であると確定できる。
モナリザ(Mon-)は文殊菩薩(Mon-)
の事である。         終

室町時代に雪舟筆「秋冬山水図」の情報
がどの様にしてイタリアに渡ったのか。
雪舟は山口の大内氏の庇護を受け山口に
庵を結んでいた。大内氏は明との貿易を
独占し東西の文化財を収集した。大内氏
が収集した文化財は日本国内だけに留ま
らず中国大陸へも伝播した。雪舟の描い
た「秋冬山水図」のイタリアへの伝播は
山口→中国→シルクロード→イタリアが
最も考えられる経路である。

岩瀬道夫   2019/04/12 
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wikipedi様より画像を転載。