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『もっとラクに生きて
良いんじゃない?』

ラクで楽しい生き方を手に入れるSTORY

『ココロを磨く』
…それが
自分を守ることに

繋がる



『〜して当たり前』
『〜ねばならない』
と思い込んで
☑️硬い殻を作っていませんか?
☑️自由を忘れていませんか?

My Profile

三重県在住
1978年生まれ 女性
娘と息子と3人暮らし[シングル家庭]
看護師
コミュニティ運営
【趣味】
ファッション
ポケモンGO
スノーボード
ヨガ

私は
三重県のとある田舎に生まれ、育ちました。
「りょうこちゃんは、〇〇くんとか〇〇くんが困ってると、いつも助けてくれてたものね。看護師になってて納得したわ。」(看護師になった後で小学校の当時担任だった先生から言われたことがあります。自分では全く覚えがありませんが…)
小さい頃からの夢だったわけではないですが、
『病院で働きたい!』と思っていた通り、

[21歳で総合病院に就職]しました。

そして、[23歳で結婚]

    [24歳で女の子を出産]

    [27歳で男の子を出産]しました。

正義感が強めの性格で、夢を持ち、自分に合った方へ、自分で描いていた方へ進み、
結婚、出産し、順風満帆で良いじゃないか!と思えますが、
最近まで、なぜか違和感を感じていました。
『あーでもない、こーでもない。』
…そうなんです。私はとことん【完璧主義者】だったのです。

例えば、
①新米ママ時代:ママも仕事も両方完璧にやりこないしたいのにできない自分に葛藤
②OPE室に配属された際:思うようにできない自分に葛藤
②お局さま時代:後輩に "こうあるべき” "そうしなければならない"と意識の高い指導を
するが正論なのに伝わらない
④見た目に障がいを持って生まれてきた息子をいじめられないように強く育て"ねばならない"と思い込む

新米ママ時代

子どもが熱を出し
隣接している院内保育園から連絡があると
まずは、母(バァバ)に迎えをお願いする。

…職場長である師長さんに[申し出て帰る相談]を選択すらせずに、[保育園からの連絡→バァバへ依頼]していた。

そこには、私のこんな考えがある。

「一人でも人員が少なくなると
他の人に負担と迷惑をかけてしまう。」
「その日の担当は自分だけだ。
患者さんの命を預かっている責任ある。」
「仕事を途中で放って自分の家庭のことを
優先"すべきではない""してはならない"。」

それが看護師として【当たり前】
だと思っていた。

バァバは同居していない。
1時間半かけて迎えにきて
1時間半かけて実家に連れて帰る。
そんなことをしてもらっていた。
仕事を中断して帰ることもできたはずなのに、
看護師として、
家庭優先なんて許されるわけはない
と【思い込んで】いた。

また、
母になり、子育てを中心となってすることは
【当たり前】、仕事をするなら両立しなければ、
子どもたちを犠牲にしたくないという
気持ちもあった。
病院に入院中の病気の人は看ているのに
自分の子が病気の人になっても看てあげられない。
矛盾している現実に、葛藤していた。

③Ope室へ配置換えになってしまった時

病院内の、まさに、大奥である部署。
まさかのそんなところへ配属されて、しまった。
噂では、ここはとても怖くて意地悪な人が師長よりもでしゃばる、無法地帯と聞いていた。
そんなところに配属されても、
私は辞めるわけにはいかなかった。

元旦那はほぼ家にお金を入れないから
生活費は自分で稼ぐ、しかなかったから…

配属が決まってすぐ
学生時代の2つ上の先輩から
「私が影でいろいろ教えてあげるから、心配しなくていいよ。大丈夫。」
「辞めたくなるやろ、だから、私がこうやってやってきたことを教えてあげるよ。大丈夫。」
…ちょっと強引なくらい親切にしてもらった。


こんなにしてもらって良いのか?
けどなんか嫌だな…

そんな気持ちも持っていた…ら
案の定、
実は、その好意は私を応援するためではなく、
一緒のことしても普通の人はできない例を作るための、その先輩の凄さを周りに知らしめるためのアクションだった。

「辞めたいやろ、辛いやろ、私はそれに耐えてきたんやで、自分一人で、こんなことしてもらってない、あんなとは違うから。私と同じようにできるなんて、無理やで。」

そんなことを言われて、やっと気づいた。
薄々気づいていても、
先輩だから、言われることを聞いて、行動する…しかない。
そして、他の人にも、師長にも相談できなかった。

自分は強いから、できる、頑張れる。

と、そう【思い込んで】
自分ができるようになれば解放されると信じ
耐え続けたが、耐え切れるわけもなく…

鬱になって
仕事を3ヶ月休んだ。

病む前に
他の人に相談したり
師長に相談したり
もっと早く抜け出す方法があったのに…

私はいつも「自分に厳しすぎて、自分を傷つける」(精神科の医師の言葉を借りるとこうだ)

いくつもの病棟、科を経験した私は…

それなりにステータスのあるお局さま
になっていた。

この頃、看護研究にを熱心にしていたこともあり、いろんなことを探究し、論理的思考でモノゴトを考えるようになっていた。

コレが良い看護だから
『こうした方が良い』
『こうすべきだ』
『こうしなければならない』
『こうするのが当たり前』

を並べて(自分の考えを押し付けるように)指導していた。

私の言っていることは正論なんだから
正しいに決まってる
どうして分かってくれないの?

どうして実践しないの?
意味わからない〜

といった感じで発言していたし
【思い込んで】いた。
同じレベルで話しても
理解できない。


環境を整えて
聞く姿勢になってもらえるように
とか、マネジメント的なことを一切無視していた。

その後、やはり、このままでは何にもできないから
昇任しよう!と決めた


④家庭では…

ゆっくり話をしたり、一緒に遊んだり、

お出かけや旅行等、楽しいことを共有したり、

いろんなことを一緒にできたはずだし

仕事でストレスを感じているのなら

子どもとの時間を優先し、楽しい時間を増やすことができれば良かったのに

「自分に厳しすぎて、自分を傷つける」私は、少しでもできない自分を許せなくて

使命感で仕事に没頭し続け、副師長にもなった。


仕事と母の不均衡は家庭から逃げる

方へ傾いていた。


娘は小さい頃からしっかりしていて

いつも私を救ってくれる一言を発してくれていた。

「パパ!ママをいじめないで!」

「ママ!赤ちゃん、可愛かったな。泣いとったよ。」(息子が生まれた時)

状況を見ていってるの?と驚くほどの鋭く心に刺さる言葉を発する娘には

この子は私が何もしなくてもちゃんと育ってくれているから大丈夫だ。

と思い込んで、手をかけないことが当たり前となっていた。


その一方で…

マイペースに成長している息子には手が掛かる。


度重なる手術(コレまでに4回受けた)や月1ペースで愛知県にある大学病院通い。発音のリハビリへ通い。

毎日成長ホルモンの注射を打っている。

※息子は口唇口蓋裂(先天的に見た目に障害を持って生まれてきた)+成長ホルモン分泌不全性低身長症

息子が障がいを持って生まれてきたことも、私の妊娠中の管理が悪かったからだ。
と自分の責任にして、自分を責めまくった。


だから、より一層に目を向け、手をかけ、
『ちゃんと育てなければ』
『何か言われても負けない強い子に育てなければ』

最初は『こうなって欲しい』だったはずが、
私はいつもの使命感で強く思い過ぎて"思い込み"

過干渉の過保護になっていた。

息子に対して普通に
「〜しなければならない』

を押し付けるように言っていたことにも気付いていなかった。

私の人生においては

このように

〜して当たり前

〜しなければいけない

が多かった。

『自分に厳しく、自分を傷つけていた』

それも分かっていて

そうなることさえも

当たり前だと思っていた。

しかし、


answersの人の繋がりは

私の当たり前が通じないのだ。

全てが疑問形で帰ってくる。


『なぜですか?』

『しなければならないことなんてないです。』

『したくなければしなくて良いじゃないですか。』

『もっとラクにユルく生きて良いんじゃないですか?』


ポンっと背中を押された。


けど

コレだけで変わるはずがない。


毎日いろんなところで何かしらの交流をする。

何を優先し、どのような自分になりたいか?

昨日はこんな学びがあったから共有します。

楽しい範囲で考えたら良いじゃないですか?

無理することなんてない。


課題の分離をしましょ。


あなたは自分のせいにして悲劇のヒロインをしているだけ。

勝手にそうしていれば良いけど

子どもたちを巻き込むのは違う。

それを分かってないからそんなことが言えるんだ。


息子は恋人じゃない。

いくら可愛くても

そこをごちゃ混ぜにしたらだめ。


娘はあなたの代わりに弟のお母さんをしているんじゃない。

女の子はお母さんを見て育つんだから

しっかり見てあげるのは娘の方。


当たる前でしなければいけないことは

勝手に私が作り出した

固定概念(既存概念)で

他人には通用しない。


…オモイゴミだったんだ!!!
【やっと気付くことができた。】





answersの仲間のご紹介

【元メガバンカーの尊敬する我らがリーダーSさん】
私と同じく西野亮廣エンタメ研究所メンバー。
話の中に幾度となく「それ」と「これ」のつながりが出てくる。
この方をなぜ尊敬しているのか?
冷静さはピカイチでと観察していると活動量が5%なのに
的確かつ聡明。
まさに『ラクに、ユルく生きている。』師匠だ。
この方が
「もっとラクに生きて良いんじゃないですか?」
と私に問いかけた。
この言葉こそが私自信を大切にして生きる道を切り開いてくれた、
気づかせのプロ。
(コーチングできないのにロジカルシンキングで
AIの如くそれを可能にする人)
【元保育士さんで現在料理研究家のCさん】
私の想像力の広大さに最初に気づいてくれた
それだけではなくその想像が広がり過ぎて
収集できなくなるという欠点にも気づいていた。
だから、
話をしていると1本の道が見えてきて
考えがまとまってくる。
何度も話す中で、私は何度もこの経験をした。
きっと保育士の経験とこれまでの人生経験の豊富さ
から卓越された技なのだと理解した。
【タイの友人Yさん】
大阪出身、現在はタイに単身駐在中。
映え写真が趣味な素敵なオジサマ。
パリピで壮大なる心の持ち主。
ただ映え写真を提供してくれるだけだはないここで何をしたいのか?
ブレない自分のマインドを持ち、どこまでも楽しくをモットーにされている。
→ここからジワジワ気づかされる。
みんなから慕われている。