【朝日新聞】
2019年12月5日掲載

 プロボクシングで日本王者3人を生んだ尼崎ジム(兵庫県尼崎市)が15日に創設40周年を迎え、無料のイベントを開く。初代会長の小島祥一さんが8月に亡くなり、2代目の宇久正治会長(40)と妻で小島さんの長女の理恵マネジャー(41)が切り盛りする。2人が考える、今の時代に求められるボクシングジムとはーー。
ジムには長い歴史がある。元プロボクサーの小島前会長が「尼崎拳闘会」を開いたのが1979年12月15日。畳店を営みながら、夜になると駅前でたむろしている少年たちに声をかけ、「エネルギーが有り余っているんならボクシングやってみやへんか」と説いて回ったという。支店の一つを改装した約20坪の狭い空間から始まった。

 後に名称を変え、場所も移転。3階建ての今のジムになった。仲宜明、洲鎌栄一、野中悠樹の3人の日本王者を生むなど、2000年前後は関西で最も勢いのあるジムの一つだった。

 前会長は8月、膵臓がんのため71歳で亡くなった。10日前までミットを持ち、会員を教えていたという。

 その長女の理恵さんは幼少時から、ジムにやって来る若者たちを見てきた。以前は「時代もあるのでしょうがヤンチャな子が多かった」。短大生だった19歳のとき、「家業を手伝うつもりで」マネジャーに。当初は業界に女性のスタッフが少なく、悩んだこともあった。ただ、3年目に尼崎市内の飲食店でたまたま隣り合わせた年配の男性と話したことがきっかけで、この道で頑張っていく決心がついた。

 その男性は尼崎拳闘会の初期の会員だったと言い、元プロではなかったが「ボクシングを頑張った数年間のことを思い出して、その後も頑張ってこられた。仕事のどん底も乗り越えられた」と話してくれた。それが、理恵さんの胸に響いた。「チャンピオンをめざすだけじゃない。ジムでの付き合い自体は数年の短いものかもしれないけど、ボクシングはその後の人生に影響を及ぼすんだ」と思ったという。

 現在は会員約110人。7歳~71歳まで、学生、会社員、経営者などで健康目的が8割以上。選手志望は少ないが、来年プロテスト受験予定の3人がいる。2代目の宇久会長は他のジムでプロ選手として活動した後、尼崎ジムでトレーナーになり、理恵さんと結婚した。先代会長が亡くなり、40周年が間近に迫った今、2人は改めて、「今の時代に求められるボクシングジム像とは」を考えた。
 
 理恵さんの目には「最近はおとなしい子が多い」と映る一方、「環境的な問題か、子供が持てるエネルギーを出せていない気がする」。ボクシングはミット打ちなど相手が必要なメニューも多く、体を動かしながら人とのかかわりもできる。「地域密着で会員さんそれぞれに居場所だと思ってもらえることが大切じゃないか」と理恵さん。不登校だった子がジム通いを経て、学校に戻った例もあるという。

 最近は子育て世代の女性向けに午前中も開館し、キッズスペースを設置。栄養講座や小学生向けの練習メニューなど新たな試みも。もちろん、選手志望者は一から指導する。宇久会長は「僕が不器用な選手だったので、初心者を教えるのは得意です」と言う。
 
 40周年の15日、「地域に恩返し」の意味を込めて午後1時からジムで無料のイベントを開く。小学生向けのボクシングイベント(要予約)や、大人もミット打ち体験などができる。2人と親交の深い元プロ世界王者の高山勝成さん(36)のトークショーもあり、獲得した主要4団体のベルトも展示される。詳しくはジムのホームページ(amagasakiboxing.com)へ。

伊藤雅哉