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「自分なんて...」と思っている方へ
~僕がパーソナルトレーナーをしている理由~

自分は小さい頃、少しだけ運動ができた。ほんの少しだけである。

だから、運動に関してはなんとなくある程度のことができた。それがいいのか、悪いのかはわからない。球技はなんとなくできたし、走り方もなんとなく分かった。

この世界には『努力』という言葉がある。

いや、あるらしい。なんとなくできてしまうから、努力について理解していなかった。もちろん言葉の意味は知っていたが、"理解する"というのはまた別の話である。

身体が大きくなってくると自分より運動ができる人が急に増えて、自分が得意だと思っていたものにもどんどん自信がなくなっていった。

その時から、「自分って何ができるんだっけ?」そう思案するようになる。

勉強に関しても落ちこぼれで、高校では下から2番目の順位を取ることもあった。

その頃から自分には能力が大してなく、「俺って何もできなくね?」と感じ始めるようになっていった。

今まで努力という努力をしたことがなく、その状況を打開する方法もわからない。その頃からみるみる自信がなくなっていった。

その後、地元の理系大学に入学。大学では自分よりも勉強ができて、運動もできる人が大勢いた。でもそこには目を向けなかったし、向けたくなかった。自分には価値があると思いたかったのだ。

大学での成績も下位にいることが多く、劣等感もどんどん高まっていった。その頃から、自分の良いところには目を向けず、悪いところばかり探すようになっていく。

気づくと負のループに入り、自分の存在には価値がない。本気でそう思うようになっていた。

自信を持って意見を出すこともできない。何か意見を言っても相手にされないことが多くあり、「自分がいなくても誰も困らない」、「自分は存在している意味がないんだ」と強く思い始めた。

こんな状態が続くなら生きている意味すらない。本気でそう考えていたし、『』を意識したこともあった。ネガティブ選手権があったなら、かなり良い闘いができただろう。真っ暗闇のどん底だ。

そんなどん底状態のとき。ある言葉が自分を奮い立たせるきっかけになった。「しゅんやならどんなことでも乗り越えられるから」。中学卒業と同時に亡くなった母親の最後の言葉だ。

当時はあまり気に止めていなかったし、表面上の言葉でしか受け取れていなかったのだが、どん底まで落ちたその時、母親の言葉は自分の中で大きな支えになった。

自分は変わらなきゃいけないし、変わることができる。」そう考えるようになる。

とはいっても自分の中で最大限まで落ち込んでいた時期で、本気で『死』すらも考えていた自分にとって、今の状況からどうやって抜け出せるか?そんなことは一切分からなかった。

いまの自分を変えるためには、今までとは違う行動を起こさなければいけない。そんなことはわかっている。

でも失敗して「また自信をなくしてしまうのではないか?」、「そうなったら自分はどうなってしまうのか?」という恐怖も大きくあったのだ。

そんな時に友達と何気なくトレーニングに行くようになった。「今日、久々にトレーニングいく?」そんな感覚である。

しばらく続けていると、少しずつ身体が変化していった。なんと表現するのが正解かわからないが、感動した。

小さすぎる変化だったから周りから気づかれることは無い。

今まで勉強や運動では対して成果を上げることができなかったし、上には上がいる世界。

しかしトレーニングにおいては、やればやるだけ成果が目に見えて分かる。『努力は必ず報われる』は本当だった。

努力して何かを達成した経験があまりない自分にとっては大きな出来事だ。

高校、大学に進んだのは全て推薦。特別努力して勉強で成果を出したこともないし、部活も中途半端で成果を出したことがなかった。

努力が報われる経験は現実世界ではなかなか味わえない。気づくとトレーニングにどんどんのめりこんでいた。

その頃から本格的に筋トレの勉強や栄養学の勉強をし始め、自分で勉強したことがそのまま体に反映される事を心から楽しむようになっていた。

自分の勉強していることは正しいんだという実感。自分の体がみるみる変わっていくという成功経験。これらを通して、ますます『自信』がついていった。

"昨日の自分"より"今日の自分"。"今日の自分"より"明日の自分"。日に日に身体が変わっていき、自分のことが好きになった。言うなれば、自信のタンクに『自信』という水がどんどん注ぎ込まれていく感覚である。

最初こそ体の変化は微々たるもの。しかし続けて行くうちに明らかに体つきが変わり、周りの友達からも「あれ?なんか変わった?」と声をかけられる。これは素直に嬉しい事で、その場で飛び跳ねたい程だった。

自分の努力が、他者からも認められる。そのときの自己肯定感の上昇度といったら、天まで登れるぐらいである。それは大袈裟だとしても、確実に自信がついていった。

トレーニングをしていると周りから「お前、何してんの?」そう言われることも多くあった。

大学は建築学科に進んでいて、建築関係の勉強をするのが当たり前だからだ。

親からもあまりよく見えていないことはわかっていた。高額な学費を払っているのに建築の勉強をロクにしず、
トレーニングなど全く関係ないことに手を出して「何をしてるんだ?」そう思うのが普通だ。

自分が親だったとしても、思うことは同じであろう。

今までの自分であれば周りの意見を汲み取り、間違いなく周りの意見に流されていた。

しかし、トレーニングで以前よりも自信を持ち始めていた時である。友達や先生からの批判はそれとしてもちろん受け止めていたが、自分の決定にも少しずつ自信を持つようになっていた。

そんな中で就職活動を行う時期がきた。

最初は周りと同じように就職活動を行っていて、面接も受けていた。もちろんいくつか先に進んでいた会社もあった。

しかし、そこでは自分の中で葛藤があったのも事実だ。今一番楽しめているのはトレーニング。トレーニング。トレーニング。だから本当はトレーニングに関わっていたい。

でも大学は4年間も建築の勉強に費やしたし、周りの友達は当然のように、建築関係への就職を決めていた。周りからは「どこの会社を受けるの?」と聞かれるし、親からも「就職活動はどうなんだ?」、先生からも「どうするんだ?」と聞かれる。

建築関係に就職するのが前提で話が進み「本当は違うことがしたいんだ!」と言い出すことは今までの自分からするととてつもなく勇気がいることだった。

周りと反対意見をもったことがない。自信がない。いつも人に頼ってばかり。そんな自分が自らの決定に自信を持ち、それを他者に理解してもらうことは未知で恐怖そのものだ。

就職活動で周りの友達は続々と内定が決まっていく中で、初めて本当の孤独感を味わった。

尋常じゃない孤独感。そして、自分が歩もうとしている道は間違っているんじゃないか?そんな不安が入り混じる。

失敗したらどうしよう」という自信のない自分。「いや、自分ならできる」という気持ち。この2つがぶつかり合った。

今までの弱い自分であれば間違いなく、この思いを貫き通すことはなかっただろう。

しかし、今の自分は前とは違ったようである。言い方が適切かどうかはわからないが、トレーニングによって自信が育ち始めていた。ここまで弱い自分に対抗できている事に驚くと同時に、だんだんと「自分ならできる」その思いが強くなり、気づけば先に進んでいた数社に全て断りの電話を入れていた。

やっちまったよ。そんな感覚だったが、なぜか気持ちよかった。

親や友達、先生、親戚。周りからなんと言われようと自分の信じる道を進もう。そう決意した瞬間である。

周りからからは「何言ってるんだ?」。そう言われたが耳は傾けなかった。

最大の決断をした後、海外に半年以上カバンひとつで1人旅をしたり、海外で1人ヒッチハイクに挑戦。今まで1人でそんなことはできなかった。

人は変われる。そうは言うけど、そんなに変わる?自分のことだが、そう思った。

そんなこんなで就職をしなかったから、一時期家がない、お金もない、そんな状態だった。数週間コンビニのイートインコーナーで寝泊まりしたり、服は友達の着なくなったものをもらって生活した。靴はボロボロで、靴紐はほつれて結べない状態にまでなっていた。

本来は周りと違うことは一切できないし、やる自信もない。そんな自分が嘘だったかのように、自分の道を歩き始めていることに気付く。

それは自分を信じているからこそできた行動。仏もびっくりするぐらいの変わり様だ。

そして、それはトレーニングで成功体験を積み自分に自信がついた証拠でもあった

そんな生活をしている時でも批判する人は多くいて、友達からは「何がしたいの?」と言われたし、中には見下してくる人もいた。

多くの人から「人生諦めたの?」「ヤバくね?」そう言われた。それが見下していたのか、心配されていたのかは分からない。でもとにかく自分の進む道には自信を持っていた

自分の人生はトレーニングによって180度変わった。自信がなく、何事も1人でできず人に頼りきりだった、あの頃。自分の選択に自信を持って道をすすめる日がくるとは思いも寄らなかった。

数年前「自分は何もできないんだ・・」と真っ暗闇のどん底にいたあの日。今ではできないことに悲観せずに「自分ならできる」。そう考えられるようになった。

自分はその素晴らしさを皆さんに伝える使命がある。

大げさではない。自分に関わった人の人生を変える。これが僕のテーマだ。


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