なら誰でも簡単にホームページが始められます。 今すぐ試してみる 簡単にホームページ作成


2015.12.21 撮影














DIARY

8月2日
フランス行くの不安になってきた〜 何の成果も得られませんでしたぁ!ってなる未来ばかり想像しちゃう。何かアクション起こさないと。とりあえずブログかな。
8月1日
YouTubeやりたい。でも動画ってなんかめちゃくちゃ苦手。ツイキャスはおもしろさは置いておいて、まあまあできるのに。カメラ目線ができない。うーん、私、たいして面白くない。そしてカメラの前では真面目がいちばんに出ちゃうから、本当につまらない。でもYouTubeやりたいんだよねえ。こんなのやりたい!ってのはあるけどなんかどれもイマイチ。まあでもやってみるしかないのかもね。ブログだってそうだし。とりあえず続けてみるしかないのかも。あるいは、ガチでエッセイストを目指すかだな…。
演劇の舞台だと思えばうまくいくのかしらね?てかそもそも、もう演劇なんてできない気しかしないからそんな過去のことに囚われる方がアホやね。
いやーでもなんかやっぱYouTubeやってみたいんだよね、何がなんでも。バズりたいとか有名になりたいとかじゃなくて、もはやSNSの一種みたいな。でもなんか動画って全てさらけ出してる感じがして、んでそれの記録が残っちゃう感じがして、無理なのかな。あーどうしようねえまったく!
7月31日
人に見られることを意識しすぎている。よくない。

ペライチで日記を書くことに限界を感じている。思いの外続けちゃえそうなので、なんかえらい長いページになってしまいそう。そうすると編集画面が割と使いづらくなっちゃうんだよね。ゆくゆくは他のに移行かな。
7月30日
仕事を辞めた〜イェーイ!まあ有休消化していたのでものすごく新鮮な感覚になっているわけではない。でも、大きな区切りですね。
同期に一斉メールして、ほ〜むぺ〜じのURLを送ったけれど、TwitterもInstagramもフォロワーが増えなかった。Instagramはある程度繋がっているので良いとしても、Twitterも!?ひとりも!?とちょっと驚きだった。そもそも、本名でTwitterをやる人たちは私のアカウントなんてフォローしないし、かと言ってハンドルネームでTwitterをやるような人たちはリアルの友達と繋がらない。そんなもんなんでしょう。というかそもそも、ほ〜むぺ〜じの内容もさほどチェックされていないようだった。もしかして、この日記もたどり着いていないのでは!?インターネットにどっぷりでない人たち(同期の多くはおそらくそうであるだろうと私は思っている。)は、さほど興味がないのかもしれないし、くまなく一通り見るということさえもしないのかもしれない。私のネトストが過ぎるだけなのかしら…。感覚が異なるのかもね。わからん、もしかしたら黙ってチェックされているのかもしれない…。まああまり意識せずに引き続きインターネッツを楽しみます。

ところで、友達に友達と思われているかがめちゃくちゃ不安になってきた。それが気になりすぎて元々はもう片手で数えるくらいしか友達と言える人がいなかったけれど、社会人になって、というかたぶん会社の同期と遊ぶようになって、周りの人のことを友達と言えるようになってきた。仲良くできていたら友達!みたいな感じ。遊びに行けるような仲の子はみんな友達なんだ、ちょっと恥ずかしくてなかなか言えないけどね、でも今までみたいにわざわざ他の言い方をするようなことはしなくていいな、と思っていた。
でも今日、とある友達に友達と思われているかめちゃくちゃ不安になってしまった。私はその子のことは元から友達と言えていたんだけど、まあその時からちょいちょい不安で、でもずっと仲良くしているし遊びにも行くしいつも連絡くれるから、友達だよねって思ってた。いや、今も思ってるけど、今日はちょっと不安なの。彼女は私のことを友達とは思ってないんじゃないか、と不安なのだ。それってどうしたら拭えるんだろうね。聞くわけじゃあるまいし。この気持ちを伝えたとて、「友達だよ!」以外の言葉が返ってくるわけないじゃんね。
え、もし片想いだったら何がいけないの?というと、なんかどことなく遠慮したり気を遣ったりしてしまうことがちょっと嫌なんだよね。え、じゃあ友達には気を遣わなくていいわけ!?ってなりますよね。ヲイヲイ、私さんはそんな傍若無人な態度を取るために友達を友達呼ばわりしているのかい?って感じですよまったく。まずはその神経からどうにかした方がいいかもしれませんね。結局自分のためやないかーい!
まあでもね、それは置いておいても、私は彼女のことが好きだから、彼女も同じ気持ちでいて欲しいな、と思うわけです。それは別におかしくないんじゃないかな、と思う。彼女が私のことを友達と思っていなかったら悲しいな、さみしいな、ってことです。割と長く付き合っていて未だにこれを思う、ということは、彼女からの好きを受け取れていないか、あるいは彼女から発信されていないか、ということなのでしょうか…。えーんこわいよー!
このようにして多くの人のことを友達ということを避けていたのですが、彼女のことは、それでも友達と思っているわけであります。
人間って難しい。でもそれを放棄したら終わりなんだろうなあ。
7月29日
本日の特筆事項、母親と忘れ物を巡ってケンカしたことくらいだけど、それはもうTwitterにぶちまけたので、ここにもう一度書くのは嫌だ。忘れ物をすることは人生の一部、忘れ物をしないことよりも忘れ物した時にどう生きていくかを磨いた方が良い。
まー忘れ物する自分に毎度嫌気さすけど!

ここまで書いて終わろうとしたけど、特筆事項あった。私の書いた日報が世に放たれた。久しぶりにめちゃくちゃ頭使って書いた文章だった。インターネット上だからかもしれないけど、でも先生みたいな人に自分の文章を直接送りつけているわけで、それを恥ずかしいと思わなくなったことに驚いた。ブログとか書くようになって慣れたのかな。ここに日記書いてるからかな。学校で書かされる作文とか、もう恥ずかしすぎて何にも書けなかった頃から比べたら大成長だ。
日報書く前に、指南書みたいな文章を読まされたこともハードルをあげた。「君の文法は間違ってるよ!」って言われることがとてつもなく怖かった。間違い指摘されるの怖いよね〜特にお勉強につながるようなことって、なんか、もう、めちゃくちゃ怖い。なんでだろな〜なんかめちゃくちゃしょげちゃうんだよな。たぶん、「テストで満点取らないと怒られる!」みたいな感覚と同じ感覚になって、嫌な記憶が蘇る、みたいなのと似た感覚になるんだと思う。回りくどい表現だけど、間違ってないです。幸い、文法チェックは入らなかったので、私の精神は保たれました。
ところで、私の日記のおもしれーポイントは文体なんだけど、自分のために自分だけがわかるように書けばいいのに、ところどころ、しれっと注釈入るのがおもしろい。たとえば今日の文章だと「回りくどい表現だけど、間違ってないです。」とかがそう。人に見られることを意識してないよー!っていいながらもめちゃくちゃ意識してるのがおもしろいんだよな。てか、だれかそういう卒論書いてそう。いや、てかなんか文学でそういうのあるよね、急に説明が入る現象みたいなやつ。演劇とかドラマとか映画である、急にカメラ目線で説明セリフ入るやつみたいな。かといって演劇等において、説明のためのセリフ入るのめちゃくちゃ嫌いなんだよな。友達のAちゃんの話するときに、「あ〜、前大会で優勝した、隣のクラスのAちゃん、通称メガネね。」みたいな言い方せんやろ〜〜〜って思ってまう。
7月28日
ツイートからの引用


何かしらの好きですよアピールがないと、嫌われてるとは思わなくても、寂しいし、怖いよ

好かれていると感じていない状態で注意を受けたり強い口調で言葉を返されると、嫌われているのかとすら思う というか、仲良くなる権利がないと思ってしまう

恋人がいたらなあ、と思わんこともないし、この人が恋人だったらなあ、と思わんこともないけど、恋人を恋人として常に扱うということができないので、全て幻想に終わってしまう

かといって恋人という名前がつかないと、仲の良い友達でしかないからなあ。まあ私の場合、一般的に恋人同士ですると思われているであろう性行為とやらを基本的にしたくない人種なので、仲の良い友達の何が違うねん、という話ではありますが…。独占欲に対する公認くらいかな?

恋人という名前がつくと、距離が近いことに対して不安を覚えなくなる、ということなんでしょうかね。このくらい踏み込んでもいいよね、みたいなお墨付きが欲しいだけなのかもしれない。え、じゃあそれがないと深く仲良くなれないってこと?深く仲良くしよう、そうだね、が恋人ってこと!?

恋人は関係構築におけるすっとばしなのか?言葉ひとつであらゆることに対してOKだということになってしまうから。前提条件としてのOKが存在する。恋人になった瞬間、自動的にOKになる。それってやっぱり変?でもそうでない場合、どのようにしてOKになっていくの?恋人という関係性に頼りすぎの弊害か?

実際、恋人がいるという状況そのものに浮かれるもんな。恋人はやはりステータスなのかもしれない。恋人と名前がついていない人とそんなことするなんて!みたいな価値観さえ存在している。一度恋人になれば、気軽に解消されない関係=簡単にいなくならない関係にもなれる。まあとても便利な言葉だよ。

7月27日
今日はとっても疲れた。とっても有意義なお話ができたけど、その分疲れた。頭を使ったのもそうだけど、それよりも気を使った。気を遣ったというより気を使った。消費したのだ。心を使ったに近いかもしれない。
耳の痛いことを言われてショックを受けた、が一番近いかもしれない。耳の痛いことなので、相手は悪くない。耳の痛いことを言われるのはとてつもなく苦手だ。得意な人なんていないだろうけど、私の場合、もうえらく苦手で、もちろん言われること自体にしょんぼりするのもそうなんだけど、それよりももっとエネルギーを消耗するのが、そのあとどんな反応をして、どんな様子でその場に存在すれば良いかわからないからなのだ。反省すればいいの?ごめんなさいっていえばいいの?是正すればいいの?何をとっても変に思えちゃう。それでなんか固まってしまって、どうしたらいいかわからなくて、んでそれを周りの人はどう見てるのかと考えるとより一層何もできなくて、それがもうとてつもなく負荷がかかるのだ。だいぶ引きずる。しかし相手の言ってることは正しいし、何も間違っていない。まじでこれ、小学生の頃からずっとずっと苦手。どうしてだろうね?そしてどうしたら克服できるんだろうね。マジで、怒られるのとかも苦手なんだよな。どうしたらよいかわからないから。別に素直に聞けないとかそういうわけじゃあないんだよ。いや、でも素直に聞けないからこうなるのかな?わからんなあ。
「嫌われたくない」という気持ちもなんか似たような状態を作りがち。嫌われたくないと思っていると気を使うんだよな。これは気を遣うも同様。「あなたのこと好きだよ」というレスが少しでも得られるのであれば、だいぶ気楽にいられるのにね。でもそれって、傲慢な態度を取るに過ぎないんだよね。そもそも嫌われたくないってなんなんだろうね、そして安心するってなんなんだろうね。たぶん関係性を保証するために友達になろうだとか恋人になろうだとかイツメンみたいなグループを作るだとかするんだろうけど、それはただの「すっとばし」にすぎない場合、自然とその関係性が得られるまで、ずっとずっと怯えながら気をつかわなきゃいけないってこと?だから「気をつかわなくても自然体でいられる」みたいな「相性」とかやらが重宝されるってわけ?あーやんなっちゃうわね全く!
7月26日
特筆事項なし。家庭教師最終日、バーはグランドスラム。会いたいと思ってもらえるわたしにならなくちゃね〜。
7月25日
日記について話した。私はここを日記と呼んでいる。ブログとは違う。公開日記だけど日記なので私しか前提条件を知り得ないことを説明なしに書いたりする。あとは消さない・書き直さないをモットーにしている。毎日書くことは今のところさほど重要視はしていないけど、きまぐれ更新とまではいかない。
ブログの文体はなんか最後読み返して ん?変だななんか となることも多いけど書き直さなかったりする。日記は変なところも おもしれー と思って書いてる。精査されていない文章、ってのがおもしろい。まあつぶやきも精査されてないけど、あれはつぶやきだから。日記とかいうまあまあまとまった文章なのにぐちゃぐちゃなのがおもしろいのだ。自分の内面をそのまま出しただけのものをここに落としたいな、と思ってるからそれでいいの。
7月23日
スナックのお客さんと飲みに行ったら、そのお店のバイトの女の子も含めて閉店後飲むことになった。その子は17歳!彼女は特に何の抵抗もなく場に馴染めていた。
え、女の子って17歳からもうすでにオンナの役割を与えられているの!?と驚愕した。同時に悲しくもなった。
彼女がどんな思いなのかはわからない。もしかしたら普段から売っているのかもしれないし、嫌じゃないのかもしれない。
17歳の女の子が簡単にオンナを売れちゃうような世界、それをおかしいと思わない世界、嫌になっちゃうね。
まあでも私も17歳の頃、30代の人と遊んだりしていたよね。うーんでも気に入られるようなことをしたつもりはなかったけどなあ。それとあんまり変わらないんだろうか?でも50代とは遊んでなかったぞ!?あと全部クイズの人ね。まあなにはともあれ、オバさんびっくりだよ… 心配だよ…
7月22日
今の私は最強なのだ。もう誰に忖度することもない、自分だけを信じて自分のために人生を歩めばいいのだから。強がりなのかなあ?でもそもそも自分の人生を歩みたくて今こうなってるのだから、最後のつっかえが取れた感覚に近い。
いろいろなものを削ぎ落とした結果残ったのがフランスと幼なじみくんで、でもそれを幼なじみくんには理解されなかった。逃げだとかそういうように映ったみたい。皮肉だよね〜。しかも削ぎ落とした結果、それでもポリシー?自分?みたいなのを曲げる?超えられる?のは幼なじみくんだけだと思ったんだけど、結局そういう行動はロクなことにらないとなったわけだ。皮肉にも程があるぜえ!
マジでね、自分を大切に生きていこうね!って感じだ。私が一番なのだ。潔く自分一番に生きていくのだ。変に折れると、つけ込まれるし、どっちつかずのただのワガママな奴になってしまう。一貫しておいた方がいいのだ。

きっとこの考えもまた時が経てば変わる気がするので、ここに投下しておくぞ。そんなふうに考えていたときもあるなぁ、ときっといつか思うんだろうな。

ところで、自分の思ってることとか伝えたいこととか、それがきちんと相手に伝わらないことって悲しいよね。どうにかして正しく伝えたくなっちゃうよね。正しく伝えたとて、って場合でも、意図が歪むのは納得できないよね。こちらの力量不足なのかもしれないけど。
でも、受け取り手の自由でもあるからさ、とも思う。そう思うのなら仕方ないよ、そうかいそうかい、とそっとしておくことも時には必要かもしれない。特に、こちらが勝手に発信したことに関しては、どのように思われてもまあ仕方ないことであるとも思うのだ。

まあ大抵の場合、「あっ、これをそういうふうにあなたは受け取るんだ、いいよ、そういう人には別にもう説明もしたくないです、ご自由にどうぞ。はいはいあなたはそーゆーひとね。」って諦めるだけなんですけどね。
7月21日
ふられました。割と辛い。生きてるだけでえらいよ!気丈に振る舞ってるけど、割ときてます。これはブログにするしかないね、ほんとはここに書くのが一番いいけど、あまりにも長くなりそうだから、ブログですね。あんなにはしゃいでいたので恥ずかしいですね… 良き思い出に昇華するしかありませんね…

かなしいね、いろいろがんばったんだけどな。私にとって彼が一番でも、彼にとって私が一番でないというのであれば、もうどうしようもないよね。今まで飛び込むタイミングはいくらでもあったはずだけどね、かなしいね。遅かったのかな。それぞれがオトナになったらうまくいくかと思ったけど、違うかたちのオトナになってしまったようで、凹凸が上手く合わなかったらしい。まあ私は全然そんなふうに思わないけどね。でも一方だけ思っていても一緒には生きられないから。仕方ないと言い聞かせるしかない。絶対そんなことないのにな、って思うんだけどね。私を選ばないからには必ず幸せになってほしいけど、めちゃくちゃ後悔してほしいと思う。一生、私と歩んだ人生ならどうなったのだろうかと考え続けてほしい。でもマジで心から本当に、彼が幸せになることを望んでいる…。むずかしいね。
私も私で、自分の人生を輝かしいものにせねばならん。でも彼に「俺がいない人生でよかったね、幸せそうだよ。ほらね、俺とは違う人生だよ、そんなふうに生きるなら合わなかったよ。」と思われるのは癪である。さあ、私の人生を伝える機会があるのかはわかりませんがね…。

さて、これからどうやって生きていこうか。どんな人生にしていこうか。
別のもので埋めようとしてない私、えらいよ、本当に。大きくなったね。成長したね。淡い綺麗な楽しいチクりと痛む良い思い出にして生きていこうね。絶望して死ぬなよ!!!
7月20日
好きな人の話をすればするほど好きな人が遠くなりそうで怖い。でもお願い、まあすこしだけこの浮かれた気分を味わせて。

恋愛の話は見えるところではかなり長い間避けてきた。私を推してくれる人がいる以上、そのように配慮すべきだと思ったから。オンナで売らないとしても、恋愛の話は避けるべきだと思ってしまうよなあ。わざわざ公開する必要はなくない?と思うわけです。それとも、恋愛の話をしたとしても、応援してもらうような人間になるべきなのだろうか?

推し推され業界においてはなぜか、恋愛はダメだが結婚は良いという暗黙のルールみたいなのがあったりする。わかるけど、その根底にあるものはなんだろうね。
推され産業従事者の友人は、結婚していることを公開したところ、厄介ヲタクが減ったらしい。あるいは「敵が1人しかいなくなった!」とむしろ更に香ばしくなった人もいるらしい。良きヲタクだけが残ったそうだ。ふむ、なるほどな。

ともかく、私はいま、恋愛の話はベラベラしない方がいいわけなのだ。だがしかし、漏れ出てしまうものは仕方ない。いや、そもそも漏れ出るって何。結局はそう見せたいのだろう?
まあね、ちょっと興奮しすぎちゃってね、きゃっきゃうふふしたいし、話を聞いて欲しいんだよ、あかんね、すみません。

ああ、本当に楽しかったなあ。早く私を選んでくれないかな。まあ全力で奪いに行くが。
7月19日
好きな人とデートしました。彼以外に当分、オンナになりたくないです。オトコ成分を吸収したくない。今まで生きててよかったです。どんなめぐりあわせかわかりませんが、今日、デートできてよかったです。

最近好きな人への想いというものは落ち着いていました。いや今回もう会った時から無理でした。めちゃくちゃ好きになってしまった… どうしてくれるんだい!どう責任をとってくれるんだい!

あまりにもデートが完璧すぎたので、最後のデートになってしまうのではないかと心配である。デートというものはすこし心残りがあった方がいいのだ。まあでも、結ばれなかったらそれはそれでそれまでなのだ。今日とっても幸せだったから、その幸せのかたちのまま生きていくのだ、そのときは。こんなふうに書いてしまうとそうなってしまうかもしれないので、そのエンドについてはもう言及しないぞ!

彼と一緒になる以外の道が考えられないぞ私は。ここで終わりにしたくないぞ。

溢るる気持ちをどこにどうまとめたらいいかわからないが、本当に本当に最高だった。

はよ私を選んでくれよ!(渡仏するけど)


本当に本当に好きな人に対しては、私ってこんなふうになれるんだな、と、自分に対しても驚きでした。
お互い、大人になったからとっても楽しめたね、高校生だったらこんなにうまくいかなかったね。
巡りあわせって不思議だ。

7月17日
男とか女とか好きとか恋愛とかようわからんくなってきた。
推しセンサー?お近づきになりたいセンサー?落とせるセンサー?ようわからんけどなんかそういった類のものがよく反応するんだけど、それがなんなのかわからない。承認欲求なのかな。ナンパ的思考なのかな。
異性関連を完全シャットアウトしてるとびくともしないんだけど、どこか一部でもオンナの面を出すようになるとあらゆるところで反応しはじめるので、よくわからないね。
7月16日
元バイト先のスナックに遊びに行った。
もうとってもとっても楽しかったし嬉しかった。
あとその前にスナックを紹介してくれたショットバーにも立ち寄った。そちらも楽しかったな。

スナックのバイトはあんまり向いていなかった。オリジナリティといえばそうかもしれないけれど、まあちょっとひとりだけ雰囲気が違った。
それでもそこにいさせてくれて、そして今日も歓迎してくれて、本当に嬉しかった!
お客さんとお話しできたことも楽しかった!カウンターに立ってた時と似たような気持ちにさせてもらえたことも嬉しかったなぁ。本当にかけがえのない経験だった。1年間だったけど、ひたむきに頑張ってよかったな。

男と女ってなんだろうなあ、と、また考えさせられる時間でした。
7月15日
好きってなんだろうね。

あとたぶん私、ヲタサーの姫になれすぎていて、やはり他の女の子がいるとちょっとなんか調子に乗ってしまうところあるみたい。それは仲良くする意味でもケンカ売る意味でも。あー性別って面倒だね。


7月13日
独占欲ってなんだろうね。
実は(←これは何に対しての実はなんだ?)、私は独占欲がまあまあ強い。友人に対しても抱いているので、自分以外の子と仲良くしているのを見るとだいぶ嫉妬する。友人に対しても、というかわたしにとっては友人に対して抱くものであるので、恋人には感じない。誰と遊んでいようが別に構わない。うむ、友人という関係性は未確約事項なので、揺らいじゃうような出来事を嫌うんだろうな。反面恋人は一定の契約を結んでいるので、多少のことでは何とも思わない。
え、恋人って名前がつくだけでそんなに対応が異なるの???ってことは「恋人になろう」ってめちゃくちゃ甘えだよね。まあだからこそ喧嘩もできるんだろうけど…。いやあ恋人って契約だよね。それだけでおおらかになれちゃうんだね。まあ楽だもんね、関係が確約されるのは。余計な心配しなくていいし。だってその人が勝手にどこかへ行く心配が(ふつう)ないんだもの!
人は、名前がないと不安だから、だから関係性に名前をつけようとする。自分の属性に名前をつけようとする。恋人って名前つけるだけで安心するんだよね、きっと。

あーでもわたしはやはり、恋人という関係名を用いたくなっちゃうなあ。友人というのはいなくなってしまうかもしれないから怖いのだ。いやあだいぶ「友達」って言えるようになったけどね。前は片手で数えるくらいしか友達って言えなかったのだ。他の名前で呼ぶようにしてた。バイト仲間、とか、同級生、とか。はあ、恋人ってなんだろうね。独占欲って何だろうね。

備忘録として記しておきたいのは、今明確に私が独占欲を抱いている人がひとりいるということ。
7月12日
フランス行くよ〜 やっと言えた〜 もうまっしぐらだね
7月9日-11日
キャンプ たのしかた
7月7日
昨夜から本日昼にかけて目まぐるしくいろんなことが起こった。じっくり考察したい。外からあーだこーだいうのと、実際に何かしらの経験をしてあーだこーだいうのはだいぶ違う。

アンテナヘリックスあけてきた。かわゆ〜
7月5日
眠い。備忘録。

友達が多いと悪口が増える。
7月2日
勤務終了!会社員最後の日!(まあ最終日挨拶には行くけど) いやあがんばりましたね。
同期と飲みに行った。初めて飲んだ子とかもいてびっくり!うれしかったなぁ〜 しかもお誕生日もお祝いしてくれたの!サプライズで!うれしー!!!あんまりそういう経験がないので本当に嬉しかったです。
最初の方は没交渉に近しい立ち位置にいたので全然仲良くならなかったしそもそも遊びに行かなかったけど、配属されてからみんなと遊ぶようになって、そもそもヲタク以外と遊ぶことがほとんどないのでとっても新鮮だったしとっても嬉しかったし楽しかった。千葉に帰ってきてさらに遊ぶようになったので、会社辞めちゃうのはちょっと残念だね。最初はここまで仲良くなると思わなかったから嬉しい限りです本当に。「楽しい」よりも「嬉しい」が強いって変かな?
7月1日
ママと夜学バー行った。とても気に入っていた。
店主の「漂い方」がすごいよね、という話になった。
6月30日
・保養所再開決定したからパパを連れていけることになった。

・アンテナヘリックスのピアス穴あけ予約できた

・7月末の飲み会の予定が入った

・同期とご飯行った
6月29日
彼女に電話したが彼女は覚えていなかった。よくできた人なので「私もきっとあなたを不快にさせるようなことをしたんだと思う」と言われた。申し訳ねぇ。

「内診ってどうにかならんかな、近未来において『昔そんなことしてたの!?キモい!』ってならんかな」とつぶやいたら「経膣エコーでそれなりに代替はできる」と言われたので「それも含めて内診にと言いました」と伝えたところ「羞恥心的な意味では本質的に違わないだろうと思う」と言われてブチギレた。「羞恥心」ですって。なーんもわかっちゃいないんだね。ちなみに発言者を取り巻く環境、一連の対応を含めて怒りを覚えているので、この発言だけに怒っているわけではないことをここに記しておきます。本日の日記は備忘録でした。おやすみなさい。
6月28日
謝罪しようと思って「今夜電話したい」と伝えたが、互いに寝落ちしてしまったので断念。私はいま、勢いで謝ろうとしている。いま以外にチャンスはないと思うし。うまく伝えられるかわからないし結局は自己満足にすぎないのかもしれないが、生きるってそもそも自己満足なので、もうどうしようもないという気持ちでもある。そのなかでもできるだけ自分勝手度が低いように伝えられたらいいな。とはいっても全然まとまっていないのでその時の率直な気持ちを伝えようと思います。
6月27日
高校時代の唯一の女友達と言っても過言ではない子と1年半ぶりに会った。包み隠さずなんでも話せる女友達というのは本当に彼女くらいしかいなかった。

とはいいつつも、めちゃくちゃ仲良かったのに、ある日突然、私は彼女のことを避けるようになった。避けてからどう過ごしていたかもどんな理屈で避けるようになったのかも申し訳ないがあまりよく覚えていない。ただただ私のわがままであったことだけは確かだ。まあでもかなり受験期に入っていた頃だし、意外となんとかなっていたのかもしれない。もしかしたらかなり非情なことをしていたのだろうか。めちゃくちゃ傷付けてたら申し訳ないな…。
覚えているのは、遠足のあとから避けるようになったこと、卒業式前日に久しぶりに登校になって今後の進路先を話したのが久しぶりに会話したことだったこと、卒業式ディズニーを友人5人で行ったのだがそこに彼女を意図的に誘わなかったことだけを覚えている。私は彼女に対して怒っていた。でもそれはかなり理不尽で一方的な怒りだった。小学生みたいな理屈だったな。だから今考えると本当によくわからないのでよく覚えていないとなってしまう。何にも説明できないのだ。いやあ彼女の悪かった点が見つからない。
きっと彼女は意味がわからなかったと思う。でも何も聞いてこなかった。たぶん。いや、聞かれたのかな、なんかそのまま受け入れられた気がする。違ったらごめん。すごいと思った。なんと私は幼稚なのだろう。
大学に入って一度だけご飯に行った。いつ頃かは覚えていない。でも、彼女はどう感じたかわからないが、なんとなく気まずかったことだけは覚えてる。なんでも話せていたのに、どことなく気を遣って、うわべっぽい話しかできなかったからだ。高校時代のことを謝るべきだと思ったが、今更何ができよう、と思って辞めた。
そこから私もパリに行ったり名古屋に行ったりしてほとんど連絡を取らなかった。たまーにFacebookにコメントをかいて、そこからちょこちょこっとメッセージ交わすだけ、みたいなのが続いた。Facebookに書かれるレベルの近況しか知らなかった。
去年、私が関東に帰ってきたこともあり、久しぶりにご飯を食べた。その時もやはり、大学生の時ほどまでではないが、ちょっとだけぎこちなさがあった。その日は本当に謝ろうと思った。でも言えなかった。「そんなことないよ」って言わせてしまうだけだと思ったから。その日家に帰ってきたあと、LINEで伝えようと途中まで文章を書いたりもした。でもそれこそ何も伝わらないし、ただただ自分が楽になりたいから言いたいだけじゃないか、と思いやめた。もし、自分が反対の立場だったら「うるせぇ偽善者が」って思うからだ。(事実、中学生の頃に私に嫌なことをしてきた人たちが高校になってから謝ってきたりもしたが、全員に対して中指を立てていたし、全ての謝罪を無視した)
今日また、言おうか迷った。チャンスはあった。でもやっぱりそれは自分が楽になるためだけにしかならないし、彼女に対してさらにそんなことを求めるなんて私はしてはいけない、と思いやめた。でも今日は仲が良かった頃のように話せた。これはどう受け止めるべきなのかわからない。もうこのまま言わない方がいいのか、あるいは今だからこそ言うべきなのか、わからない。でもうやむやなまままた仲良くなるのは違う気がする。「謝りたい」はいつまでたっても自分本意なので、なかなか難しいのだ。やらかしておきながら何事もなかったかのように仲良くしていいのか???けじめをつけるべきなのでは???
そうよそうよ、こういう話ができる友達って本当になかなかいないのよ、と今日久方ぶりに思ったので、彼女に対してきちんと謝る必要があると思うのだ。どうすればエゴにならないのか、誰か知恵を貸してほしい。
6月24日
今日はどことなく憂鬱だった。あと何故か一日中眠かった。

業務引き継ぎと称してマニュアルとまでは行かないけど心得みたいな文章をワード2枚にまとめた。ブログ書いてるみたいな気持ちで書き殴ったんだけど、同期に見せたら 自分で書いたの?すごいね! と褒められた。日頃文章を書いていることが功を奏したのだろうか?何はともあれ書いたものを褒めてもらえるのは嬉しいことである。文章おもしろいって言ってもらえるのが一番嬉しいなぁ。

ちなみにこのホームページは毎日コンスタントに10pvくらいあるらしい。私にファンが10人いるってコト!?

6月23日
今日はとっても楽しかった!全部スペースで話したからもっかい書くの疲れるので書かない!とても良い日だった。なーんであした会社に行かなくちゃいけないんだろう。学校に行きたい。
6月22日
先週いらして下さったおふたかたが今日もいらして下さった。が、20時を過ぎていたのでお断りしてしまった。シャンパンも余っていたし、おうちでママとケーキが待っていなかったら まあまあちょっとお座りくださいよ、ほらほら という気持ちになっていたのかもしれない。うん、でもそうなると 帰ってください と言えなくなってしまうし、勝手に閉店時間を過ぎているのにどうぞとしておいて、自分の気が済んだら 帰ってください、はい1000円ね なんて虫が良すぎる話なので、これで良かったのだ。ちょっぴり申し訳ないしさみしいけれど。また別の日に会えるといいな。
6月21日
土曜日の話だけど、「珈琲」と言った後に「あっ紅茶で」と言ってくださった方がいた。勝手に私信と受け取りましたが、嬉しかったです。

今日はまたまた気の重いことをやってきました。今度こそよろしくお願いします。いい子にするから!
6月20日
15時まで爆睡だった。ぱっぱらぴーになることなく寝てしまっただなんて損したな、と思った。今日はママがいるのでおりこうに寝ます。にしても一日中眠かったな。夜ご飯カレーでデザートにスコーン食べたから良い日だった。カーテンの修繕忘れたけど。
6月19日
もう直接的に書いちゃうけど、最近、お客さんが少ない。ひとりの時間がかなり増えた。ご時世やら天気やらのせいにしたいところではあるけれど、うーん、そういうのは問題を見過ごすだけにすぎないから。
私に会いたいと思ってくれる人をあまり作れていないということは事実なのだろう。で、ここからは話を端折るけど、私のTwitterの使い方がどうも良くないのだと思う。
ちゃんと全部読んでないからこの単語の使い方を間違ってるかもしれないけど現時点での理解の範囲で用いると、「仲良しの発想」があまりにもない行動をTwitterではしている。で、そのTwitterがイコール原因ではないかもしれないけれど、私の中にそういうわたしがいる以上、普段から漏れ出てしまうのだ。それはね、人に伝わるよ。
お店のTwitterを私物化してる人とか、どこかのお店のオーナーだという人の個人アカウントとか、割とドン引きすることが多い。店と個人が紐付けられてる以上、そういう言動はどうなの?と思われかねないでしょ、と思ってる。
おい!私それやってるよ!!!今!!!お前が嫌だと思う気持ち、他の人に同じように思わせてるかもよ!!! と気づいたわけです。(遅い)
普段使いの方は別個として考えてるので紐付けてないけど、まあ、隠してはないので、結局一緒なんですよね。
で、ツイートを見直すことはちょっと難しいのでら突貫工事だけど鍵をつけることにしました。うーんそれか名前を変えようかなあ。でも他の名前で新しいネットの繋がりの人たちに認識されるのも嫌だしなぁ。困った。
いい塩梅のところを見つけていきたいですね。
6月18日
最近、他人の死の話や死ぬかもしれない病気から復活した人の話を聞くとこころがジーンとするようになった。嗚呼わたしなんかが死にたいだなんて思っちゃいけないよな、死にたいと思うなんてとんでもない我儘だしとっても幸せなことだよな、と"こころ"で思うようになった。理由はわからない。歳をとると涙もろくなる、みたいなやつの一種なのだろうか。

12歳くらいから死を意識し始めた。その頃は嫌なことがあった時に「ここで死んだら皆どう思う?わかってくれる?後悔する?」くらいだったので特に自殺願望ではなかった。希死念慮でもない。14歳くらいから「死んでやるぞ???」になった。まだこれもギリギリ希死念慮ではないかなぁ。どうなんだろう。高校生の時はどうだったか曖昧だが、死にたいと泣いたことがあったのは覚えてる。18歳からは確実に希死念慮があった。浪人なんてしたら本当に死んでしまうと思ったので、親に浪人を勧められたが無理やり現役で進学した。
それから25歳(もうすぐ26歳)まで、希死念慮に関しては解決したことがない。毎日思ってるわけではないし、波もあるのでそんなに酷くないこともある。でも大抵そこにある。もう癖になっているのか、息を吸うように「死にたい」と思い付く。元気な時は忘れてる。けど無くなってはいないんだよなぁ。微妙に元気な時とか、どん底の気分から復活したあたりの時とか、とてつもなく怖い。死ぬ元気があるから。何もできないどん底というよりも焦燥感のある思考が過活動しているどん底の時はそれこそもう勢いで飛び込んでしまいそうなのでこれまた怖い。(これに関してはめちゃくちゃ強い薬で強制的に眠らせることで事なきを得るという方法を学んだので、手元に薬があり、それを飲むという判断さえできればこれからは防げそう。) ずっと死にたいと思いながら生きてきたので、それが普通で、そしてそれ以上自分が何もできないことも理解した。でもそんなのいつ崩れるかわからない恐怖心がある。とは言っても私は何もできない。そんな勇気はない。だから何も起こらない。と言いつつも今回は違うかもしれないという恐怖といつも戦ってる。(これは抜け道のないスパイラル)
もちろん今までだって頭ではわかってた。「生きたくても生きられない人だっているんだよ。贅沢な悩みだこと。」と告げる頭の声があった。でもそんなのすぐにどこかへ押しやられた。「そうだとしたっていま私はとっても辛いんだ。もう無理なんだ。人がどうとか知らない。」の圧勝だった。
だから最近のわたしはよくわからない。あたらしいわたし?希死念慮がなくなってくれたの?なくなろうとしているの?わからない。まあでも死にたいと思わなくなるのはきっといいこと。原因不明なのはちょっと困るけど。一過性のものになってしまうから。なぜそう思うに至ったのだろうか。それとも生きる希望があるのだろうか。私の今後の人生が楽しみなのかな?地味に詰んでるけど。

これが躁でないことを祈りたい。(これもいつも思う辛いことのひとつ。元気を素直に喜べない。躁の可能性を否定できないから。躁だと困ることはいろいろあるけど、一番困るのは躁のあとに長い鬱がやってくるから。躁は元気の前借りにすぎない。返す時には手数料と金利がかかるのだ。) 症状の改善であるならば薬は減るはずなんだよなぁ。

死が手元から離れると、なんか生きるの怖いね。真剣に生きることを考えなきゃいけなくなるから。言い訳がきかなくなる。いや、というよりも、選択肢がないのが怖いのか。死は隣り合わせでもいいのかもしれない。迷いなく生を選び続けていけるのであれば。(わからない、もしかしたら迷いがないことは本来正しくないのかもしれない。これはこれ以上考えるとキリがない割には答えがないので終わり。)
6月15日
人間関係が苦手であるということをまた突きつけられた。人間関係が苦手だから最初から友達を作らず、すぐ嫌われるからと諦め、ひとりでも生きていける(あるいは恋人とだけ生きていける)ようにし、とても気の合う人たちとか似たようなヲタクたちとだけつるんでいたのに。社会人になって否応なしに関わる人間が増えた。そしたらなんか「あれ?私って友達いるんだ、作れるんだ」と思ってしまったんだ。キツい。辛い。努力せねば人間関係を続けられない。でも人間関係を築けるようになりたい。ひとりでも生きていけるんだから、別に今からそうならなくたっていい。仲良くしたいな、嫌われたくないな、と思える人もできた。ならば努力したい。でもキツい。今までやってこなかったから。練習しよう。させてもらおう。
永遠の課題なのだが、自分をどこまで最初から見せるか、がわからない。取り繕う必要はないけれど、気が緩むと人を傷つけかねないのだ。いらんことを言いがち。人との距離感を見誤る。それをしないためにはお利口さんにしてなければならない。でもそうするとあまりにも人格が違うし、私のわたしらしいところが損なわれる。むずい。今までは最初からぶっとばして、それを良しとしてくれる人とだけつるんでいたのだ。でも今じゃそうもできなくなった。(というかそうじゃない活路を見出したいわけだ。) 26歳にもなろうというヤツがこんなことで悩むとは。人生にはいつまで経っても悩みがつきものなんでしょうね。26にもなってまーだそんなことうじうじ言ってるのか、と上の世代から思われないといいなあ。思われたって仕方ないしだからなんだ、って話ではあるが。
6月14日
自分がメンシャブ中毒になっていることをようやく自覚し始めた。いうても軽症だと思う。なのでほんとの中毒とか依存症とかの人と張り合うつもりはない。
そもそも、クスリが手元にないと不安、という状態がよろしくない。そして常に(軽い)トリップを味わえる量だけは確保している。あかんよね。なんだろう、忘れられるという状況が落ち着くんだろうね。きっとヤケ酒をする人は多くいると思うけど、それがクスリになっているだけだよ。クスリでそゆのができないように処方箋があるわけで、お酒の場合は年齢なわけで、でも、本質的には変わらないと思うなあ。私は代わりにお酒は飲まないしね。少なくとも、何かを忘れるために飲んだりはしない。忘れられないし。たぶん私にとってクスリがコスパいいんだろうな。
でもなんかクスリがクスリを呼んでいる感覚に陥った。寝て起きたらケロッとしてるなんてことはなくて、尾を引いてるんだよね。気付かぬところで。うわー寝れなかったー とかじゃなくて、 謎のメンブレ… 原因はなんだ…   と考えると前夜のメンシャブのせいだったりする。わからん、そもそもメンブレが酷くてメンシャブってるわけだから、トリップしようとしまいとメンブレは起こしていたのかもしれない。
ところで、中毒かもしれないと気付いたのはここ2〜3日の出来事なのですが、気付いてからの方がメンシャブを欲する様になってしまいました。なぜでしょう、欲しくてたまらない。こんなふうに思ったこと記憶上ないのに。メンヘラへの憧れの一種かな?この現象って何か名前ありますか?手を出さない様にするのが今のところ自分の意思でしかないので、とても辛いです。負けるな!
6月13日
パッとしない1日だった。いや3日間。生きるって面倒だね。
食ってわかりやすく自分を満たしてくれるから、だから食べすぎちゃうんだろうな。
6月12日
昨日会社休んだからなんか今日は日曜の気分だったけど、まだ土曜日なんだね、ラッキー!

最近いろんな人のことを 友達 と呼べるようになったけど、仲良し5人組に勝る友達おらんくないか?と思う。お誘いに対して「眠いからまた今度」「当日の気分で決める」って言えるのってとっても良いよね、という話になった。いや、別にそれ自体は他の人に言えたりもするんだけど、そこに互いに遠慮がない。「じゃあ他の4人で遊んでるわー」もできる。しかし反対に、みんなで遊ぶぞ!と決める時はめちゃくちゃ早い。いつまでも決まらないとかそういうことがない。いいよね。すごい。
私のメンヘラなところもたぶん知ってるけど何も言ってこないし、 まーたやってるよ くらいには思ってるかもしれないけどきっとそれを特にどうも思ってはなさそう。(思われてたら気をつけるので教えて下さい。)きっとね、受け入れてくれてる。きっと。そうだといいな。無関係なところと思ってくれてるんじゃないかな。ミュートとかされてるかもだけど。その部分は嫌いだけど、たかかもしれない。ほんとそうだったらごめんなさい。

無条件に友達と思える、言える、ってどんなに友達が増えたとしても貴重だよね。
6月11日
今日はかなりショッキングなことがあった。悲しいけど諦めないぞ。がんばれー!わたし。
6月9日
飲み会でのオンナ話を書いてたのに消えた。もう書くの辞める。

とりあえず今日は私の訓練が足らず、オンナになってしまいました。世の中のバカな男を存在させ続けることに加担してしまったのが悔しい。良い世界を作ることの力になれなくてごめんなさい。

オンナを売ることは努力をしないことと一緒。今まで頼りすぎた。オンナでないと価値がないと思っていること自体もダメだし、一方、オンナにしか価値を置けないのもダメ。

でもね、そんなに苦痛じゃないんだよな、自然に売っちゃうんだよな。何を話せばいいのかということがわかっている。でもそれを話したって好かれるわけじゃないし次回も呼んでもらえるかなんてわからないのに、その場のその瞬間のために身を削ってしまうんだよな、嗚呼なんとバカなことよ。

等身大になれない飲み会なんて行くもんじゃないな。
6月7日
会社辞めるって大変だね… というより会社に属してると署名するだけで全部会社がやってくれるから楽すぎる。退職の手続きがまずややこしいし、退職した後すぐに役所で色々手続きしなきゃいけないし、あと退職後の人生の準備中なんだけどそれがもう本当にややこしい… 無理、無理すぎる。ぐぁーーーーーって言いながら頑張ってこなしてる…。でもミスが多い人間なので何度も書き直すし何度も訪問し直してる。困った困った。こまったさん。全てが終わったらぜったいゆーちゅーぶに動画載っけようね。
6月6日
今日はシン・私の部屋(旧妹の部屋)にお引っ越し。ベッド解体・再組立大変だった。部屋中傷付けましたごめんね〜!
人生一可愛いお部屋ができて嬉しい。外に出てるものが少ないっていいね。だいぶもの減らしたけどまだまだ減らさないといけないね。
6月5日
キャンセル待ち登録してたら今日ワクチン打てた。やったぜ。引き続き感染対策はします。ワクチンの話ばかりしてるけど別にワクチンを打ちましょうマーケティングではないです。

今日はリアル脱出ゲームに行きました。なんの断りもなくメタ解きされたのが本当にショックだった。悲しい。本当に悲しい。普通に同行者と2人で協力して小謎解いてたらカギが空いてて、「え?」って言ったら「読めたんで」って言われた。は?????って感じだよね普通に。意味わからんポイントが多々ある。断りもなくメタ読みしたこと、断りもなく次の段階に行ったこと、誰も止めなかったこと、私たち普通にまだ解いてたこと…。断りもなくメタ読みしたとして、その先の行動は周知するもんじゃないんですか?????マジでわからんかったな、許せん、本当に許せん。こんなことは初めてだった。運が悪かったのかな…。普通に「ちゃんと言ってください」って3回くらい文句言ってしまった。同行者おらんかったら多分ブチ切れてそのあと謎解きしなかったまであるな。んじゃこちらも勝手にやらしてもらいますわ!となったかもしれん。まあそんなことできないんだけどね…。本当にショックだったな。割としょっぱなで萎えました。失敗したけど、でも私の大好きな要素がある公演だったし、公演自体は悪くないのでまあ楽しかったです。胸糞悪いけど。本当に。いや、あかんよほんまに〜!というよりむしろ、大好きポイントがない公演だったらボロクソ言うてたまである。(大好きポイントはどうしても譲りたくなくて私にやらせてくださいと言いました。それも3回くらい言うたが!ガハハ!この書き方だと誤解を招くが、リアル脱出ゲームの悪いところは誤解を招く言い回ししかできないこと… 遊んだ人は一緒に感想戦しようね⭐︎)
同行者が初めての謎解きだったので楽しんでもらおうと、はじめましてのチームだったけどみんなで仲良くなれるように頑張ろうとしたのがダメだったかな。ちょっとその時からある人との不和は感じていた。メタ読みしたのもその人だったしなあ。止めなかった他の人も悪いけど。そういう人なのかもしれないし、私が最初のムーブで嫌な思いをさせてしまったのかもしれない。それだったら申し訳ない。けどそれとメタとは話が違うよおおおおお!違うよねえ?違うと言ってくれー!!!人と関わるって本当に難しい。正解なんてないし、誰かにうまくいったことでも他の誰かには許せないことだったりする。難しい。本当に難しい。でも今日は人に性善説を置いたばかりに悲しい思いをしてしまったって感じでなんか人のことを信頼したくなくなる出来事だった。それくらい私はショックだよ。

あー!悪口言っちゃった!ネットに悪口書くのって本当に良くない。今までそれでどれだけ痛い目にあってきたことか!
6月4日
編集画面の都合上、降順だとあまりにも大変なので、昇順にすることにした。今日までの分全部やり直した。

うーんやっぱりツイキャスじゃなくてYouTubeにしようかなあ。YouTubeにしなかった理由は編集ができない(タスク処理できない)からなんだけど、それならYouTubeライブでええやん、って話やし、別に編集凝ってない人もたくさんおるやん、となった。ツイキャスはその場の視聴者ありきの配信になりがちなので、承認欲求の塊からの脱却が難しいけど、YouTubeはその点、お恥ずかしい自己満動画になれるのかもしれん。いやーでも黒歴史度高くなっちゃうよね。
まあそもそも技術的にも編集できないんですけどね。あと自分が話してるところとかをみるの無理だなーキモいってなっちゃう。うーんでもYouTubeにした方がいい気がするなあ。いやあでもおもしろくないのよな。ツイキャスはおもしろくなくても許されるけど、YouTubeはおもしろくないと許されない気がする。いや、そうでもないか、YouTuberがすごすぎるだけかあ。

やりたいやりたい言うていつまでもやれてないわたしちゃんでした。おやすみ。
6月3日
公開ページはリンクをそこらに貼ってるからいいけど、編集画面はスクロールでしか下の方に行けないので、日記を書くのだんだん厳しくなるんじゃないかと気付いた。うげーどうしようね。新しいページは課金しないと追加できないんだよねえ。やはり外部サービスに委託すべき?困ったことになったぞい。このページ、寿命が短いかもしれん。
6月2日
誰かに読んでもらうこと前提の日記を書くから家族のことを書くのに頓挫するのだ。私のための日記なんだから、読者に向けて家族状況を説明するところから入らなくたって良い。感情だけを書け。

「家族」っていないな、「親」っていないな、とつくづく思う。言葉的意味合いでは存在しているけど、そんな感覚が全くない。ただし「妹」と「じいじばあば」、「じいちゃんばあちゃん」はきちんといる。でも「親」が欠けてるから「家族」っていうにはぎこちない。家族的つながりは感じているけど。
「個」と「個」のつながりはきちんとあって、もちろんそれは友達のそれとも恋人のそれとも違う。血縁関係だからこそのつながりだと思う。しかし「家族」ではないのだ。だから他の「メンバー」(家族のことをこう呼ぶことにした)がどう考えてるとか、どういう状況だとか、関係ないし興味がない。2人の間の関係でしかないから。というよりそもそも、父親母親それぞれがどのように生きていても、あまり興味がない。もうね、好きにやってくれよ、私も好きにやるからさ、の気分なのである。
なぜ興味がないのかについてはわからない。もしかしたら呆れているのかもしれないし、そうやって強くならないと私の心が持たなかったのかもしれない。あるいはこの状況を純粋にポジティブに捉えられてるだけなのかもしれない。わからない。そう思っていることが幸せなのか不幸なのかもわからない。とにかく興味がないのだ。
最近いろんなことがあって、この状況はちょっと異常なのではないかと思い始めた。(もちろん家族状況が普通とはいえないことは元から理解している。)え、家族って何?え、たくましく生きてたつもりだけど、めちゃくちゃさみしい人間なのか?とか。愛に飢えてるのか?実はめちゃくちゃ苦しいのか?とか。そうすると、どこからこうなっちゃったんだろう?と考えるようになった。どこかで止められたんじゃないか、とか、そもそも全員できちんと話し合ったことないな、とか、いやでも今この年齢だからそう思うだけで、当時は対等に話せなかったかもしれないし当時同じように頭が働いたかもわからないから致し方なかったのかも、とか思うと全くわからない。
離婚することがほぼ確定になったときに、一度だけ、「なんとかしよう」と思ったことがあった。なぜだったかも、具体的なシチュエーションも覚えてない。でも「もう遅いね」とか思って何もしなかったんだよな。ふと思い出した。
悔やんだってなにも返ってこないし、今更何かしてほしいとかもない。というよりむしろ、こっちはこっちでこういう状況のなか自分を確立して生きてるんだから、今更なんか歩調を合わせようみたいなのされるといろいろ崩れて困るから辞めてくれない?って感じなのである。今更ちょっかい出されても困るのだ。ひとりを謳歌しているのだから。
「ひとり」であることを最近重視しているのだが、「ひとり」にならざるを得なかったのかもしれないとも思い始めた。でもひとりって強いんだよな… ひとりでも生きていける力を持ってこそ、誰かと生きる意味があると思っているし。今まで依存体質だったのでそれから解放されたことは良きことだし、誰しも社会人になったらひとり立ちするのだからそんなもんなのかもしれないけど、ちょっと「ひとり」ということに意固地になっている節はあるのかもしれない。まあ、家族がいたらここまで強固なものにならなかったことは事実だろうなあ。
とにかく、わたしはもうひととおり完成されているので、とやかく言われたくないし、変に何かが変わっても困るのです。

ただね、妹のことは大事に思っているし、なんなら唯一の家族だといっても過言ではないと思っているから、こういった状況をもとに妹が離れていってしまったことはとてつもなく悲しいし、おい親ども、許さんぞ、という気持ちになるのです。大きくなってせっかく仲良くなれたのになあ。ベースが一緒だから感覚も合うし、一緒におでかけとかできるようになったんだけどな。でも所詮わたしも元家族の一員なのだから、結局そっちに括られちゃうんだろうな、まあわたし自身のイヤな部分も大きく影響してるだろうけどね。でもそんなの「家族」ってやつで目を瞑ってもらえたかもしれないのに。なんと悲しいことでしょうか。
わたしにとっては唯一の同志でも、それが叶わぬのは辛いね。

これ読まれたらますます遠くなっちゃうだろうな、ごめんね。
6月1日
今日こそ家族のことを書くぞ!と意気込んだら書くことが思いつかなくなった。家族のことは一部を切り取っては話せないし、というよりも今、今までの人生を振り返った上で 家族とは というところに感傷的になっているので、長い文章にならざるを得ない。それはまあまあ疲れるのだ。

いま店番しながらこれ書いてる。まだ開店中だけど。今日はだーれも来てない。初めてかも。
この間は「今日もきっとあの人来るんだろうな」って言ったら来なかったし、今日も、何の文脈でか忘れたけど「1人も来なかった日は一度もない」と発言したからか、今のところだあれも来てない。こういう商売(?)はそういうふうにするの良くないんだな。常にフラットでいないと。

いつか自分の店を持ちたいという想いが強くある。どんなお店にするか妄想すると止まらない。やりたいことたくさんあるからコンセプト別にお店やらなきゃいけない気がするし、私がやりたいことは全然お金にならないことなので、別で生計立てないと、とか考えたりしてる。とりあえずまだまだ先の話なので、やりたいことをできるだけ叶えられるように力をつけておかないとね。
5月31日
ホームページは自分語りをしていいらしい。

それならば家族のことなんてここくらいにしか書くことないな、と思いつつも、わざわざ人に見られるところに書くことないし、ましてや電子の海に漂わせるなんてもってのほかなんじゃないかと思ったりもする。でも他に書く場所もないんだよね。でも書かないと忘れるし、書くことで整理されるし、いや、書くとは言っても本当に筆記具を持って書いちゃうのは無理なので絶対に親指から発したいんだけど。

そんなこんなで前置きが長くなってしまったけれども、つまりはもう寝る時間なので、今日はここまでです。
5月30日
ようやく日記らしいことが書ける。

今日は明学時代の友人宅へお呼ばれした。戸塚でシェアハウスを開いている。自身も夫婦で住みながら。シェアハウスというよりホームステイに近いかも。
彼女とは在学中、二言三言くらいしか話したことがなかったが、共通の友人が多く、卒業してから(私は2年で退学したけど)仲良くなった。編入しても変わらず仲良くしてくれる人が多くて、というよりむしろ編入してからの方がみんなと仲良くなれて、本当にありがたい限りです。
在学中は荒んでいたので、たぶんそのまま通っていたら友達にはなれなかったんだろうな、と思う。編入したことは本当に良かったんだろうな。

明学に愛着があるか、と言われると難しい。しかし名大に愛着はさほどない。学歴を手に入れるという手段のためだけに使われてもらった、という感覚に近い。友達もほとんどいない。「大学生生活」が充実していたのは名大だけど、「大学生活」が充実していたのは明学なので、まあきっと一定の思い入れはあるんだろうな。友達は断然、明学の方が多い。

通ってよかったなと思うことだけは間違いない。明学生活も満喫した上で編入したから、綺麗に昇華できたんだろうな、きっと。

通っていた時は正直、刺激が足りなかった。物足りなさが大きかった。おもしろいヤツもいないし、と思っていた。(当時アイドル活動をしていたので、感覚がバグっていたことも影響しているだろうが。)
今は、明学時代の友人たちから刺激をもらうことが多い。みんな自分の好きなことやりたいことに忠実で、実現させているから。その姿を見ると背筋がピンと伸びる。

時々、「なんか私イヤなヤツになってないかな?仲良くしてくれてていいのかな?」と不安にもなるが、こうやって遊べるのってなんと幸せなことなんだろうとつくづく思う。

人とのご縁はいつまでも大切にしていきたいね。

今度は私のおうちでホームパーティしよう。
5月29日
日記といふものはいいね、1日に1回しか書けないから、Twitterみたいにいつまでもうだうだ言ったりしない。便利だ。書いてる内容はTwitterとそう変わらないけど、1回しかないというのはまったくもって意味が異なる。うるさくなくなるし、いい。
そう書いてしまうと、今日感じた出来事たちを書けなくなった。だらだら長くなりそうだから。まあきっとこれからはそういう日もある。
5月28日
新しい日付が更新情報のように上に来るのか、はたまたノートのように下に書くのか、悩んだ結果、日記なので下につなげていくことにした。この方式は降順というのか?どっちが昇順でどっちが降順なんだろう。とりあえずこれを降順と呼ぶことにしよう。昇順はなんとなく気持ち悪かったから。日記が増えてくるよ読み返しにくくなるので、多分月ごとにリンク(ボタン)でまとめます。ペライチである限り、このページに留めないといけないから…
5月27日
ペライチのくせにもう1枚ページを追加できるらしいという情報をキャッチした。それならば個人ホームページらしく、日記でも書き連ねるか、と急ごしらえしたのがこのページである。
HTMLやらで書くのと違って、コメントアウトでかつて書いた文章を見えなくすることができない。ここに書いてあることは公開か消去かの2択なのだ。はてなブログだって非公開にしている記事はたくさんあるのに。
だからといって公式的な文章の、背伸びした文章の、日記を書いたって意味がない。個人ホームページみたいなことがしたいだけなのだ。それだけ。

未来のわたしが消さないことを祈って。

リンク集

 
ホームページブームを作った人

お世話になっているお店

すばらしいホームページ

かかやく月宮
るなちやん

note (上楠 木ノ子)
かわいいの作ってる

note (篠原かをり)
作家

フランスまとめサイト - フランス語求人情報
ありがたい

LisAir
卒業生の家にホームステイ感覚で住む

BBS

日記の感想、ご意見、ご要望、告知等
お気軽にどうぞ〜