夏の開山期になると富士講の信者(道者)たちは、富士登山のために河口や吉田へやってきます。この信者たちの世話や指導をしたのが「御師(おし)」と呼ばれる人たちです。御師は富士山及び角行の説く信仰の指導者であり、又宿泊所の提供者であり、富士講を広める普及者としての性格を持っていました。
彼らの実際の生活は、経営する宿坊での信者から宿泊料や山役銭(通行料)、おはらい料、お礼、お布施などの収入によって維持されていました。御師と信者は師弟関係にあり、一度縁を結ぶと、信者は他の御師の宿坊に泊まることはありません。御師にとっては、いかに大勢の信者を自分の勢力下に置くかが大切で、シーズンオフになると江戸を中心に「講社まわり」に精を出したということです。