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明日への希望を見失った時、一つの芝居との出会いで生きる力をもらった人がいます。また、青年期に素晴らしい芝居とふれあうことで、将来の夢や希望を持つことにつながります。
あなたも奈良演劇鑑賞会の会員になって確かめてみませんか、演劇の力を。ご一緒に観劇しましょう♪
『夜の来訪者』は、ストーリー展開の巧妙さ、観劇後に自分自身の問題として考えさせる余韻。各々の役者さんの名演技。舞台装置の家具、シャンデリア等のしっとりした高級感、照明の巧みさなど、すべてが素晴らしくとても良かったです。私たちのメンバーも「良かったね」と口々に話しながら散会しました。
初めから息をのむやりとりが続きます。警部(?)の一人ひとりの聞き取りにより女性の死を悼み反省する娘、息子、自分には責任がないとうそぶく父・母・婚約者。警部と言った男が実在しない?いったい真実は何なのか?そしてどんでん返し… 素晴らしい作品、素晴らしい演者。どきどきする気持ちが抑えられませんでした。
会場に入った時から、重厚な雰囲気の居間が目の前に迫り、すでに不穏な感じを受けました。
一見幸せそうな家族が、影山の登場で次々と秘密を暴かれていく、そのスリリングさにぐいぐいと引き込まれました。
影山はいったい何者だったのか。お手伝いの存在も気になるが、謎は解けません。
「人間は他の人間全部に責任がある」というメッセージが重く残りました。
事前に岩波文庫から出ているプリーストリィ作「夜の来訪者」を読みました。展開の面白さと、登場人物の個性に、演劇舞台ではどのような見せ方をしてくれるのだろうと楽しみにしていました。
結果、演劇でも違和感なく、その上、雰囲気まで味わうことが出来たことで満足できました。 謎の警部が投じた言葉に、それぞれの登場人物へ波紋が広がり、人間性があらわになっていく姿。展開やどんでん返しの面白さと相まって、とても魅力的な作品でした。個人的には、謎の警部の声がとても心地よく素敵で、聴き入ってしまいました。
演劇途中に休憩がなかったのも、この作品に関しては、集中できて良かったです。
劇団東演を立ち上げた一人である八田元夫や同志達の葛藤を感じました。ここまでして「演じたい」というエネルギーの源は何なのでしょうか。八田元夫の姿を見ていた東演の横川功さんが、「劇場からは利益を生み出さない。お金を食うだけのもの。文化とはそういうもの」とここしかトークでおっしゃっていました。後日、横川さんは「劇団は面倒くさいことのデパート、その面倒くささを楽しめるよう心がけます」とも述べておられます。この劇はエネルギー溢れる1900年代前半の第一世代、そしてその人達を見てきた横川さん達の世代から、その下の世代への遺言にも似た強いメッセージだと感じました。
戦時下で戦争になびくような芝居はしない。相当な覚悟がいったことがひしひしと伝わ ってきた。特に脚本家と役者の掛け合いが圧巻だった。重たいところばかりでなく、ホッと できるときもあって良かった。また今回の芝居は、今の情勢(戦争準備)と重ね合わせて考 える機会になった。役者や文化人は「戦争はあかん」と声を上げているが、商業新聞、テレ ビなどマスコミが先の戦争に協力したことを反省し、本来の役割を果たすときだと思う 。
昭和初期の弾圧の酷さに驚きました。見かけるのは選挙演説で警官の監視のもと「弁士 中止」が行われていましたが、作家まで、さらに演劇まで検閲されていたとは初めて知りま した。戦争前夜は自由がなくなりますね。いま、日本の自衛隊は外国と合同演習をしたり、 武器輸出を認めたり、島々に自衛隊基地を増設したり、敵基地攻撃能力を高めたりと戦争 する国づくりに進んでいます。止めなければ!!
戦時下であってもできる限りの活動を続けようと役者さん達が頑張る姿に感動しまし た。思うように演劇活動が出来ない時勢が、コロナ禍の自分の状況と重なり、不思議な共感 を覚えました。
最初の場面から笑いがいっぱいで楽しいと感じたが、最後までおもしろい! 楽しい! 大満足でした。ラストには身につまされる老後が待っていて涙の浮かぶところもありました。お二人の演技はドラマの往年のスターと同じ素晴らしいものでした。
ふふっと笑えるコメディ。二人ともシャイなところがあって、でも熱い。笑ってみられた素敵な舞台でした。
素直になれないおじさん達―最初の印象がそれでした。
私自身も若い頃に舞台で芸事を披露した経験があるので(音楽ですが)その観点から楽しく鑑賞させていただきました。
主人公の真面目でストイック故に頑固でこだわりが強い性格、自分も将来こうなるのかも…という妙な共感を覚えました。
認めているけど面と向かって言いたくない。ダサいところは見せたくない。長年連れ添った相手だからこそ素直になれない。年をとるとやっかいな人間になってしまうのは、年代も国籍も関係ないですね。
診察コントは、また観たい!また観たい!と思えるほど笑いました。現代からすれば古典的な笑いではありますが、だから面白い。最高でした。目線は主に看護師でしたが。素直になれない誇り高きおじさん達―舞台上でなくともスポットライトはいつも2人を照らしている、そんなラストだったように思います。
いつもはサークル代表に任せきりだった運営会議に、今回は5回中4回複数参加できました。「演劇鑑賞会は単にお芝居を観るだけでなくみんなで舞台を作り上げていくもの」ということを実感しました。
搬入の仕事はそんなに力も頭もいらなくて、スタッフの方の指示に従って運ぶだけで楽なのと、自分が運んだ物が、どのように舞台で使われているのかという楽しみもありました。
実は私、ここへ来るまでグデングデンに疲れてました。席は前から2番目ど真ん中。「わあ、寝たらどないしょうー」とんでもない。ぐんぐん舞台に引き込まれ、あっという間の2時間でした。劇団の皆さんありがとうございました。こんなだから演鑑やめられない。
尹東柱の一生を正面から描くというより、サスペンス調でラストにどんでん返しもあり最後まで興味を持って観られた。誠実で誇り高いが寂しさも抱えていた詩人の一生が、朝鮮人というだけで悲惨な結末に終わってしまった。現実に尹東柱の悔しさが感じられ悲しくなった。また今の世の流れ(差別・貧困・戦争)はどうなっていくのか。自分はどうしていったら良いのかとも考えさせられた。満天の星とスライドで映し出される詩の素晴らしさに打たれて2時間を過ごした。内容が深くて考させられる劇だった。
良い舞台を鑑賞させてもらいました。ラストのBC級戦犯の公判での看守の言葉には、胸を打たれました。凧を揚げていた12 歳の少女と、音楽を信じていたピアノを弾く女性には、自分も会ってみたい気がしました。孤独な少女と、心優しい看護婦が、焼け野原となった日本の戦後の厳しい現実をどのように生き延びていったのか、二人に思いを寄せながら会館を出た帰り道、ふと見上げると、聖夜の空は、雲一つない満天の星空でした。帰宅して尹東柱の詩を読み返しました。
星ひとつに追憶と
星ひとつに愛と
星ひとつに寂しさと
星ひとつに憧れと
星ひとつに詩と
言葉の持つ力の無限の可能性を感じました。戦争で傷ついた看守の頑なに凍てついた心を、東柱の言葉がゆっくり解かしていく様は、観ている 私の心まで熱くしました。一方で、九州大学医学部附属病院からやってきた医師が口にする言葉のうすっぺらな響きは、どんなに立派な芸術を語ろうと虚しく消えていきました。外国人に対する不当な差別は、残念ながら今もなくなってはいません。スリランカ人女性に対する入管の在り方や外国人研修生の扱いなどを見るにつけ、これで先進国といえるのかと、情けなく思います。弱い立場の人の痛みに、鈍感になってはいけないとあらためて思いました。
実は私、ここへ来るまでグデングデンに疲れてました。席は前から2番目ど真ん中。「わあ、寝たらどないしょうー」とんでもない。ぐんぐん舞台に引き込まれ、あっという間の2時間でした。劇団の皆さんありがとうございました。こんなだから演鑑やめられない。
尹東柱の一生を正面から描くというより、サスペンス調でラストにどんでん返しもあり最後まで興味を持って観られた。誠実で誇り高いが寂しさも抱えていた詩人の一生が、朝鮮人というだけで悲惨な結末に終わってしまった。現実に尹東柱の悔しさが感じられ悲しくなった。また今の世の流れ(差別・貧困・戦争)はどうなっていくのか。自分はどうしていったら良いのかとも考えさせられた。満天の星とスライドで映し出される詩の素晴らしさに打たれて2時間を過ごした。内容が深くて考させられる劇だった。
劇団東演を立ち上げた一人である八田元夫や同志達の葛藤を感じました。ここまでして「演じたい」というエネルギーの源は何なのでしょうか。八田元夫の姿を見ていた東演の横川功さんが、「劇場からは利益を生み出さない。お金を食うだけのもの。文化とはそういうもの」とここしかトークでおっしゃっていました。後日、横川さんは「劇団は面倒くさいことのデパート、その面倒くささを楽しめるよう心がけます」とも述べておられます。この劇はエネルギー溢れる1900年代前半の第一世代、そしてその人達を見てきた横川さん達の世代から、その下の世代への遺言にも似た強いメッセージだと感じました。
戦時下で戦争になびくような芝居はしない。相当な覚悟がいったことがひしひしと伝わ ってきた。特に脚本家と役者の掛け合いが圧巻だった。重たいところばかりでなく、ホッと できるときもあって良かった。また今回の芝居は、今の情勢(戦争準備)と重ね合わせて考 える機会になった。役者や文化人は「戦争はあかん」と声を上げているが、商業新聞、テレ ビなどマスコミが先の戦争に協力したことを反省し、本来の役割を果たすときだと思う。
この作品の上演が決まったときから、心待ちにしていました。エピソードは知っていることも多かったのですが、劇団の人に言われた「若い、未熟なゴッホ」(藤原ゴッホ)は実際のゴッホに近かった気がしました。「理解されたい」「愛されたい」一途なゴッホが若い時は好きでしたが、この年齢になると「そんなに苦しまなくていいよ」と言ってあげたい気がします。ラストの登場人物がゴッホに捧げる言葉は良かったです。
ポスターに書かれた「あくまでも若くて、未熟で、孤独」の言葉が、観劇後もずっと心に反響し続けているようです。表現し続けないと呼吸もできなくなるような、ゴッホの痛々しい純粋さが、見事に演じられているように思います。優れた脚本があっての舞台ではありましょうが、脚本を超える舞台というのも存在するのではないかと、そんなことも感じました。
文化座代表の佐々木愛さんの名付け親が、「炎の人」作者の三好十郎氏だったこと、65年前に文化座が「炎の人」で受賞したことが、佐々木愛さんが演劇の道を志すきっかけになったことなどを「ここしかトーク」で知るにつけ、文化座と「炎の人」の切っても切れない縁を感じました。だから、たった一言のセリフにこだわり続けるという80代突入の佐々木愛さんや、彼女が率いる文化座の役者さんたちに会える対面式はわくわくが止まりませんでした。37歳の若さで他界したゴッホと同じ年の役者が、等身大で演じる「炎の人」は日本初に違いありません。ゴッホの人生については、この舞台で初めて知ることばかりでした。でも私は以前からゴッホの自画像に何故かひかれていました。でもなぜなのかはわかりませんでした。今回舞台を見て、貧しいもの、弱きものに心を寄せ続け、苦悩し続けたゴッホを知り、それらが滲み出た絵だったからなのかなあとも思いました。そうだとすると、時代も民族も飛び越えて、人の心をつかむ絵の力ってすごいです。
「炎の人」の最後の場面、台詞を言いながら出演者が出てくるところは、思わず涙ぐみ感動しました。演劇鑑賞会に入っていてよかったなあと思いました。
文学座
『五十四の瞳』
ここしかトークの様子です
会員の質疑応答
公演は8月20日(日)・21日(月)
文学座
『五十四の瞳』
ここしかトークの様子です
前田麻登さんの劇団への想い
公演は8月20日(日)・21日(月)
文学座
『五十四の瞳』
ここしかトークの様子です
出演者について
公演は8月20日(日)・21日(月)
文学座
『五十四の瞳』
ここしかトークの様子です
登場人物
別れ
鄭さんの想い
公演は8月20日(日)・21日(月)
役者さんの真に迫った演技にお芝居だと思いながら、私はすっかり舞台の一員に同化してしまい、最後は感激の涙が止まらなかった。
お芝居引き込まれました。あっと言う間の2時間半、演者さんの迫力、間合いが心地よかったです。親子・仲間・男女・朝鮮と日本・南北の関係などの背景、感情が生々しく重たく迫ってきました。何を思って人は生きていくのか、何を決意して前を向くのかを考えさせられました。失うものがあっても、生きていく意味があれば、それが光になるなあと、覚悟を持って選択していくのが潔くかっこいい。ラストのシーンは、悲しくも心を少し軽くしてくれました。お芝居は面白いなあと思いました。
お芝居の中で流れた時間は、日本と朝鮮の悲しい歴史でもありました。島の若者たちが、自分たちの主権について異議申し立てる言葉ひとつひとつが、心に染みました。国と国との対立、敵対関係の陰で、人と人は共に暮らし、愛し合い、共に笑い踊るなど、決して希望を失ってはいません。私たちはそこに人間同士の強い連帯を、強く抱いていかなければならないですね。
骨太の扱いにくいテーマが出演者の方々の熱演によってわかりやすく、感動的に描かれていて、とても見ごたえがありました。それにしても朝鮮戦争によって、祖国統一、アメリカや旧ソ連からの独立を願う人々の願いが踏みにじられていく悲劇に、胸が痛みました。若者の未来をこのような悲劇で終わらせないために、何かしないと、という思いにかられまし た。
トム・プロジェクト
『風を打つ』
ここしかトークの様子です
代表としての想い
公演は6月18日(日)・19日(月)
トム・プロジェクト
『風を打つ』
ここしかトークの様子です
題名「風を打つ」について
公演は6月18日(日)・19日(月)
トム・プロジェクト
『風を打つ』
ここしかトークの様子です
ものがたりの背景
公演は6月18日(日)・19日(月)
トム・プロジェクト
『風を打つ』
ここしかトークの様子です
トム・プロジェクトについて
公演は6月18日(日)・19日(月)
不知火海、水俣病、水銀… ということは頭にあったけれど、地域で差別、分断があったと言うことは、劇を観るまで知りませんでした。実話で、十数年前にも公演されたと言うことで、長きにわたり、実話を劇で多くの人々に知らせてくださっているというのは、すごいことだと思います。
噂に聞いていた、音無さんの流ちょうな熊本弁での長いセリフまわし、凄かった。… 熊本弁、知らんけど ?!九州弁の認識ですが。太川さん、分からないくらいの風貌でしたが、素晴らしいお父ちゃん!!ラストの圧巻の和太鼓良かったです。凄絶な水俣病との闘い、まだ、今でもつづいていること。トムプロジェクトの代表の方が、開場時、玄関で案内のお手伝いをされているのも、細やかなおもてなしに、頭が下がりました。俳優の皆様に拍手です。
家族の船が「風」を打ち破るようにどんなふうに進んでいくのか、舞台に引き込まれました。セリフの応酬、そのテンポの良さ、方言の心地よさ、役者さん5人で、こんなに迫力があるとは、驚きました。水俣病への差別や偏見に向かっていく「肝っ玉母さん」が見事でした。
水俣病になった夫婦を軸に、偏見、差別をはねのけて、また地域に入っていくという内容に涙なしには観られませんでした。周りの人もみんな泣いていました。家族が、本音で話し合い、一つになっていく過程、感動しました。音無さん、太川さんの演技、圧巻でした。最後の太鼓も素晴らしかったです。
何も分からないまま入会しました。「風を打つ」実話に基づいているだけに強く胸を打たれました。差別や偏見、何らいわれのないところから生まれ、人々を分断していく、葛藤しながらも思いをぶつけ合い、家族が立ち向かっていく姿に心震えました。人間社会の永遠のテーマですね。音無さん太川さん、すごい仕事をされてるんですね。
4月20日 オペラシアターこんにゃく座 の 森は生きている公演終了後に、幹事や搬出をお手伝いした会員に、サプライズで歌のプレゼントをして下さいました♪
アコーディオン の演奏と歌声で、その場がひとつになり楽しかったです。
皆様にもお裾分けです♪
オペラシアターこんにゃく座
オペラ『森は生きている』
ここしかトークの様子です
<パート1>
・こんにゃく体操
・お芝居の見どころ
公演は4月19日(水)・20日(木)
<パート2>
・オペラの魅力
・歌声の披露
公演は4月19日(水)・20日(木)
初めてのオペラ鑑賞でした。めっちゃ良かったです。楽しかったです。
林光さんの曲、最高です。転がれ転がれの呪文… すてきです。昔、保育園で子どもたちと歌ってました。
久しぶりのオペラで役者さんの伸びやかで深みのある歌声で劇が進んでいき、見ごたえ聞きごたえがありました。ピアノ伴奏も素晴らしかったです。シンプルな舞台装置である分、 役者さんの動きや役柄、それぞれの衣裳が映え、ストーリーもわかりやすく良かったです。「大人の童話」というフレーズがぴったりでした。
「森は生きている」… そう森は生きているんだなあと改めて心に柔らかい感慨が広がりました。オペラということもあって、月の精たちには透明感をまといながらも確かにそこに存在しているという気持ちにさせてくれました。また、継母と姉娘の憎めないはつらつとした動きと歌。面白いアクセントになっていて、楽しかったです。
劇団昴 『評決』
ここしかトークの様子です
公演は2月15日(水)・16日(木)
お芝居のあらすじ
お伝えしたいこと
主役の宮本さんの気さくな人柄をここしかトークや対面式で知り、すっかりファンになりました。舞台も最初の酔いどれ弁護士からラストはライトを浴びて光り輝いて、とっても素敵でした。場面転換が素早くて、濃密な舞台で、皆のチームプレーが抜群でした。誰一人かけても成立しない、 素晴らしい舞台だったと思います。日本の裁判員制度についても考える良い機会になりました。
場面の転換とテンポがおしゃれで面白く感じました。そして人としての誠実さが、少しずつ歯車を正しく立て直していく様が心を打ちます。また事前にいただいた資料やここしかトーク、集まった皆様のお話にも驚きがいっぱい。おかげさまで難しい医 療、裁判、その 国の文化や宗教にまで関心が広がりました。「観る」喜びに「知る」喜びを味わった作品でした。
冒頭の手術室の緊迫感、2幕目 の法廷での迫真のやりとりがすごかった。病院側の弁護士の嫌みな追及に「頑張れ、負けるなギャルビ ン」と応援したくなりました。
搬入、会場運営に参加しました。初めての経験でした。舞台でどのように使われるのか楽しみです。仕事を通し、皆様と知り合いになれ感謝でした。
お芝居や映画は好きでしたが、膝が痛く遠出ができなくなりました。地元の奈良での観劇は、気軽にバスやタクシーで行けるので、助かっています。
入会については、下記の「お申込み」より、公式ホームページより手続きをして下さい。