森博和のmemories

森博和です。
30歳までのボクの思い出たちを適当にまとめてみました。
良い思い出から嫌な思い出まで、いろいろあるけれどそのすべてが現在のボクをつくっているのです。

■自己紹介■

森博和

どうもこんにちは。
現在30歳なんですが、最近ふと、昔のことを思い出すことが多くて。
昔を振り返ることをせずがむしゃらにやってきた分、昔を懐かしんでいるんでしょうね。笑
後半はアナウンサーを目指すための奮闘記みたいな内容になっちゃいますが、ゆるっとお付き合いください。

そんなボクの思い出をこのページで語っていきたいと思います。

森博和の習い事デビューは8歳

この辺りから記憶があるんですよね。笑
8歳になり、母親が道着を着せたい!ということで空手を始めます。
なにがなんだかわからなかったので、森博和自身はわからないままはじめたのを覚えています。

しかし、習い始めたはいいものの、おじいちゃん先生が怖くて怖くて、行きたくないのに引きずられて行っていました笑
しばらく我慢して行っていたんですが、おじいちゃん先生が亡くなって、若い先生が来るようになって楽しかったのを覚えています。そのうちボクはケガして辞めちゃったんですけどね。
そのあとは書道を習いはじめました。こちらは18歳くらいまで頑張りました。
年取って書道(硬筆)は習っておいてよかったー!と両親に感謝しています。

ボクに子どもができたら必ず習わせたいです。

転校が決まった小学6年の冬

小学校の時はじめて付き合った女の子が、転校したときはすごく寂しかったんですけど
まさか自分も転校することになるとは!思ってもみなかったあの頃。
みんなに最後のお別れをして、シャーペンとお菓子を配ったのを覚えています。笑

冬・・・というか卒業間近で、春休みに引っ越し完了したらすぐに中学入学という感じで。
ドキドキで胸が毎日張り裂けそうでした。
小学校はいじめなどなかったのですが、ドラマなどで転校生=いじめられるというイメージがなぜかあって。
不安だったなぁ。

こんな不安な日々だったけど入学式を終えるとケロっとしていたらしく、次の日から友達が迎えに来てくれていたり。この友達のおかげで楽しい中学時代でした。

テニスを始めた13歳

中学生になり、テニスをはじめました。
部活はとにかくスポーツ系にはいりたくて、悩んでいたんですが
仲の良い友人が男子テニス部に入部したことから、ボクもつられて入部。
この適当に決めたテニス部ですが中学3年間部活の仲間との思い出はとても濃いものとなっています。
休日の練習や、朝の練習や放課後。
ふざけてばかりだったけどやるときはやる仲間と楽しくテニスできました!
いまでもたまに同窓会という形で数人のメンバーとは集まります。

小さいころから身体を動かすことは好きでしたが、この辺りをきっかけに
さらにスポーツ好きになりました。

大切な彼女ができた14歳夏

森博和、小学校以来の彼女ができるのがこのころ。
同じテニス部だった子に告白されて付き合うのですが、このことで親友とちょっと気まずくなります。笑
なんでも、女子テニス部にかわいい子がたくさんいるから男子テニスに入部したとのこと。(先越されて悔しかったらしい)
そんなことは知らなかったので彼女にお願いして、グループデートをすることに。これがとっても楽しかったので甘酸っぱい良い思い出です。
その後親友も狙っていた子と付き合えて充実しまくった中学時代でした。

放課後、家に送るついでに散歩したり、休日は映画を見に行ったり、近くのデパートでショッピングしたり。

ここから少しデザインチェンジしてみます。
なぜなら、高校入学したころを転機に
ボクはアナウンサーを目指し始めるからです。
(がらっと人生が変わります)

高校1年生 
森博和の将来の夢は「アナウンサーになること」

さきに伝えておくと、中学時代に付き合った彼女とは高校入学までに別れました。
お互い高校が違ったのでまぁどっちみち別れてたんだろうと今となっては思うけど、当時はひどく落ち込みましたよ。
他に好きな人ができたって一方的に振られたんで(笑)

その反動で友達と遊ぶことも億劫になってしまって、家でずっとぐうたらテレビばっかり見てた時期があって、その時見てた昼のニュース番組で、アナウンサーが全国に向かって何か一言うようなコーナーで(詳細な記憶はあいまいですが)
『今何かつらい思いをしている人、悲しい思いをしてる人!今日はつらくても、明日はきっといいことがあるから前を向いてくださいね~~』
って言った言葉が、当時プチ引きこもりだったボクにすごく響いて、、、なんかとても感動したんです。
その時からアナウンサーってテレビを通じて全国の離れた人たちにも勇気とか希望とか与えられる仕事だなって。
そこからボクの夢は「アナウンサーになること」になりました。

影響されやすい僕は次の日、プチ引きこもりから脱却しました(笑)

まずアナウンサーになるために、
森博和は今何をしたらいいか考えました

色々調べた結果・・

・アナウンサーとしてキー局を目指すのであれば、「四年制大学卒業(見込み)以上」の学歴が必須で、地方局やラジオ局で「短大卒OK」としている場合でも、同じ実力であれば四年制大学のほうが有利になる場合もあるようです。
 

・キー局では、アナウンサー職のみならず一般職でも東大、京大、早慶上智、MARCHなど、いわゆる「難関大学」卒業の社員がとても多いのが特徴。だけどアナウンサーの就職活動でも、学歴だけで選ばれるわけではもちろんなく、努力をしている人や、高い能力や適正のある人を集めた結果、必然的に難関大学卒業の学歴を持った人が揃っているってことみたいです

 

【主なアナウンサーの出身大学】
アナウンサーの出身大学で目立つのはこちら。

◆男性:東大、慶応、早稲田、法政、青学、学習院

◆女性:慶応、早稲田、上智、法政、青学、フェリス、成城、聖心

 

アナウンサーを多く輩出してきた大学の場合、業界情報や就職情報が手に入りやすいというメリットがあって、卒業した現役アナウンサーを招いて特別セミナーや講座を開いたりすることもあるそうです。

ってことで、

森博和は難関大学に合格することを目標に定める!
(勉強漬けのボクの高校3年間)

現役で難関大学に合格する人は、高校1年生時から家庭学習を平均1日2.2時間、高校2年生時に平均1日3.1時間はこなしている。高校3年生だけでも結構な勉強時間だが、高校1~2年生時から毎日欠かさず1日2~3時間は勉強しないと難関大学には合格できない!というわけだ。
でも絶対に入ってやる!!という熱意・・・いや執念(笑)と言ったほうが合っているかもしれません。
ボクは家庭教師と予備校を駆使しながら、来る日も来る日も勉強しました。
ただ、友達からも遊びの誘いは1か月に1回だけOKっていうマイルールを作って気分転換もしてました。
今思うとたまにしか遊びに乗ってこないボクを見捨てなかった友達に感謝ですね。

森博和 念願の難関大学に合格!

学校名は伏せますが、3年間の猛勉強の甲斐あって、某難関大学に合格しました!
もうこの時ばかりは嬉し泣きしちゃいましたね。
解放感と安心感とともに、余韻に浸る間もなく(成功はすぐに忘れて次に進むタイプなのかもしれません、、、)
ボクは次なる目標設定をします。
それは、、、

大学4年間ですることリスト

  • アナウンサーの養成校、アナウンススクールにはいる
  • そのためにもバイトをする
  • 学業をおろそかにしない
  • 【最大目標】即戦力としてキー局に入社する
  • アナウンサーの養成校、アナウンススクールにはいる

この目標はあまりに残酷かつ
森博和を強くしました(笑)

まさか、自分が設定した目標によってこんなにも過酷な生活をすることになるとは思いませんでしたが(笑)

朝から大学で勉強⇒アナウンススクール⇒夜から朝までバイト⇒2時間睡眠でまた大学に行く


なんて無謀な生活してたんだって当時の自分に突っ込みたくなりますが、当時、寝れない事も気にならないくらい全てに熱中してたなって思います。
ただ、大学2年の時に睡眠不足が原因でバイトの時に目の前が真っ暗になって倒れたんですね(笑)
その時はさすがにもう少し寝なきゃとは思いましたけど、
まぁ寝る時間はやはりなかったですね。

余談①森博和がアナウンススクールで習ったこと

アナウンススクールでは、このような応用的なレッスン・採用試験対策のカリキュラムなど、アナウンサーになるために必要なことを学ぶことができます。

・腹式呼吸や発声法
・発音や滑舌
・アクセント
・人に伝えるための読み方
・ニュース原稿読み
・フリートーク
・自己PR


アナウンススクールに通うことを決めたのは、
アナウンサーになるためには(採用されるには)、即戦力で使えないとだめだと思ったからです。
アナウンサー希望の受講者が集まる場でもあるので、行くたびに自然とライバル心とか自分の士気も高められました。

余談②森博和のアルバイト

大学とアナウンススクールの都合上、ボクがバイトできるのは22時以降。
時間帯状アルバイト先は限られましたが、その中でも「今まで関わったことのない人たちと関われる事」に絞った結果、
選んだ先は

『バーチャルゴルフ店の運営』でした。

会員制だったため訪れる人は会社の役員レベル、芸能人、議員関係など、普段話をする機会もない人ばかりでした。
バーチャルゴルフをしながらお酒を飲めるラウンジもあったのですが、
ゴルフの説明をさせていただいた後はフランクに色々話してくださる方が多く、
話の内容もためになるものばかりでした。
今思えは学生のボクにはもったいない空間でしたが、大変貴重な機会でした。

あっという間に就活シーズン突入

そんなこんなの大学生生活をしていると、時が過ぎるのが本当にあっという間だった3年間でした。

ついに就活シーズンがやってきました。

私、森博和はキー局というキー局全て受けるのですが、アナウンサー採用について少し説明します。

アナウンサーになるための採用試験は、一般的な採用試験と同じくエントリーシートから一次面接に進むことになりますが、「講習会」と呼ばれるセミナーが開催されるのも特徴です。
講習会では、参加者全員でフリートークをするほか、ニュース原稿を読んだり、カメラの前に立って自己紹介や自己PRを行い、カメラの前で話す際にどのように映るかの「カメラテスト」など、アナウンサーに必要な要素を見ます。

講習会が行われるタイミングは、1次試験前や1次面接実施後など会社によってきまってきます。


色々すっ飛ばして結果をお伝えします(笑)

森博和、見事に全社不採用でした(見事なまでの玉砕)

今だから笑って話せますが、当時、最後に残っていた会社の結果を聞いた瞬間、目の前真っ暗でもう人生終わったとも思いました。
高校からの、このために必死だった自分を全否定されたような気分でした。

でも思い知らされたのは、世の中すごい人たちばかりだってこと。

太刀打ちできないような人たちばかりでした。
でもその人たちもボクのように、いやボク以上に血のにじむ努力をしてきたんだなって思うと、自分がまだまだだったなっていう反省でしたね。
本当に落ち込みましたけど、自分の至らなさとか、甘えにも気づけた出来事でした。
そしてボクはスパっと切り替えます!

(今思えばあの切り替え方はサイコパス感をも感じます笑)

森博和は大手広告代理店に就職しました

ボクってこんなにポジティブだったけと疑うほど、アナウンサー落選後は超ポジティブでした。
元々アナウンサーになりたかったのは
「全国に勇気や希望とか与えられる仕事をしたい」って理由でした。

それならば、今まで得た知識を活かせる同じマスコミ業界、広告代理店でもできるんじゃないかという考えに行きつき、、
しかもアルバイトで出会った人たちの中には広告代理店の偉い方も多く、
仕事の良いところ、悪いところのイメージもついていることも大きな理由でした。
とんとん拍子にボクは広告代理店の営業マンの内定をもらいました。

とことん遊んだ、森博和の大学4年生後半

内定後、単位も取得済みのボクは高校生ぶりに羽をのばしまくる生活を送ります(笑)

でもあまりにも遊ぶことをしていなさすぎたボクは何をしていいかわからず。。
ただ、社会人になったら長期休暇はなかなか取れないので、
貯まっていた貯金を使い果たすまで海外にいきまくりました(笑)
ロサンゼルス、ヨーロッパ、オーストラリア、ハワイ、タイ
海外にいくのも大学4年にして初めてでしたが、
どこに行っても得るものばかりでしたね。
アナウンサーになれなかったときに人生終わったなんて思った自分は大バカ者と心から思いました。
このバカンス期間に鋭気を養ったボクは広告代理店でバリバリ働き始めました。

森博和 広告代理店で働きます

ついに社会人になってしまった!
【社会人】どんな世界が待っているのか、ワクワクしていたな

広告代理店(謙遜しません、大手です)の営業マン。
「モテそう~~」

何も知らないボク。
大手広告代理店の営業マン→「もてる」というイメージに完全に幻想をみまくってました。

新入社員の時のエピソードはふっとばしますが、現実は・・・・

死ぬほどハードで遊ぶ暇もない!!!(色恋無し)

そう、広告代理店の営業マンはスーパーハードワーク!
CM関係担当してた時は芸能人見れたりで感動してたけど、
数か月で大物芸能人を見てもなにも思わない、、むしろどうでも良くなった。
人間の慣れって怖い(笑)


「とにかく家に帰れない」

「オフィスで2時間睡眠」

「1か月の休日1日(寝て過ごす)」

あ・た・り・ま・え!!!!!

※今はさすがに労働環境は改善されたみたいです

完全に社畜となったボクですが(笑)
そんな生活を送って丸4年。

ボクに転機が訪れました。

アパレルで起業した友人から、一緒にやらないかと声がかかりました。
(いちお大手広告代理店での営業マンとして認めてくれたみたいです(笑))

疲弊しまくっていたボクはしっぽを振って飛びつき、
そして第2の社会人生がはじまる。

森博和 
全く正反対の社会人?生活が始まる

アパレル会社という名の・・・

友人にたいして話も聞かず飛び込んだボクはいざ出社して驚く。(友人宅が兼事務所とのこと)

ボクの勤務地は、
都内某所の高級タワーマンションの上層階・・・
4LDKのマンションでした(*_*;!!!
(※写真はイメージ)

なんでこんなところに住めるのか聞くと、
株で膨らませた利益でFX、複数の不動産所持をしてて寝てても収入があるってこと(未だに彼の資産の全貌はわからない笑)

「狙ってるアパレル会社があって3年後くらいには買収したいな~それまで暇だから社員として毎日遊ぼう」って(笑)

ちょっと何言ってるのかよくわかんなかったっていうのが当時の記憶。
そこから森博和の第2の社会人(?)人生が始まる。

そこから3年間本当に毎日遊んでました(笑)

ゲームに

パチンコ・スロット

スポーツ観戦とか、
あと旅行

この生活で給料もボーナスもでました(笑)

友人が資産運用等、お金を増やしてくれるので、ボクは何もしてません。

広告代理店の激務生活から一変、スーパーニート的な暮らしをして過ごしたんです。

たまにちょっとした仕事はしてましたけど、仕事のうちにはいらないレベル。

まさに夢のような生活

遊ぶお金も友人持ちだったので貯金、貯まりましたね(笑)

3年後、有言実行の彼は、狙ってた会社を買いました

毎日一緒に遊びまくっていた彼が、いつ商談を重ねていたのかも・・・全くわかりません。
会社ってそんな簡単に買えるものじゃないですよね!?

ふとしたタイミングで「買えたから」と言われました。
「え~~~~~」ですよ(笑)

彼はいったい何者なんだろう。
大学のときからマイペースにゆる~く生きてる感じだった彼を初めて尊敬した瞬間でした。


(森博和 28歳の時)

 その時の趣味:有名企業の有価証券 報告書(有報)を読むこと

そんな悠々自適な生活をしてたんですが、色々な遊びをし尽くしたあと、はまったことは大手企業の有価証券 報告書を概観することです。

おもしろいのか~?と思うかもしれませんが、かなり面白いんで、次なる趣味を探している人にはおススメです!

なにが面白いかというと、
まず自分が興味ある業績イイ15社分くらいの企業に対して、売上・経常利益・従業員数・PER・経常利益率・従業員一人あたりの売上、従業員一人あたりの経常利益調べるんです。

で関係性を分析してみると、(調べる企業によってこれは変化しますが。)例えば、「経常利益率」と「従業員一人あたりの経常利益」を比較すると相関係数が80%だったら、従業員一人あたりの経常利益と経常利益率には強い正の相関関係があって、一人あたりの経常利益が10,000千円を目指す企業であれば、経常利益率が30%以上になるようなビジネスモデルにする必要があることが見て取れたり。

友人が経済関係、特にマーケティングにも強いから有価証券の分析方法はかなり教えてくれたな~!
っていってもかじる程度に終わりましたけどね(笑)

有価証券の趣味が高じて株式投資に積極的になる
→はじめての投資顧問!

有価証券を分析していくうちに株式投資に興味を持ちました。
投資先は自分で決めたかったんですが、投資顧問をお願いしたのには訳があります。

ボクはめちゃくちゃめんどくさがり屋だからです(笑)

なので個人投資家にとっての秘書のような存在の投資顧問(=個人投資家の秘書であり、総合アシスタントみたいな感じ)にお願いしてます。

はじめはボクも全然知らなかったんで、
投資・・・・顧問!????????
とハテナマークに溺れそうでした(笑)

とりあえず株式投資、順調です~!

続きはまた暇になったら書きます

森博和の一言



幼き頃からの思い出をぱらっと書いてみましたが、
なんだか自分の過去という感覚と、違う人の過去という感覚が入り混じって不思議な感じがします。笑
まだまだ思い出しながら追記していきますね。

過去は変えられないけど未来は変えられるので、ボク森博和は今日も明日も、
後悔のないように生きていきたいと思っています。