天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。
あれはチュンセ童子とポウセ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精(すいしょう)のお宮です。
このすきとおる二つのお宮は、まっすぐに向い合っています。
夜は二人とも、きっとお宮に帰って、きちんと座わり、空の星めぐりの歌に合せて、一晩銀笛(ぎんてき)を吹くのです。
それがこの双子のお星様の役目でした。
ある朝、お日様がカツカツカツと厳(おごそか)にお身体からだをゆすぶって、東から昇っておいでになった時、チュンセ童子は銀笛を下に置いてポウセ童子に申しました。
「ポウセさん。もういいでしょう。お日様もお昇りになったし、雲もまっ白に光っています。今日は西の野原の泉へ行きませんか。」
ポウセ童子が、まだ夢中で、半分眼をつぶったまま、銀笛を吹いていますので、チュンセ童子はお宮から下りて、沓(くつ)をはいて、ポウセ童子のお宮の段にのぼって、もう一度云いました。
「ポウセさん。もういいでしょう。東の空はまるで白く燃えているようですし、下では小さな鳥なんかもう目をさましている様子です。今日は西の野原の泉へ行きませんか。そして、風車で霧をこしらえて、小さな虹にじを飛ばして遊ぼうではありませんか。」
ポウセ童子はやっと気がついて、びっくりして笛を置いて云いました。
「あ、チュンセさん。失礼いたしました。もうすっかり明るくなったんですね。僕今すぐ沓をはきますから。」
そしてポウセ童子は、白い貝殻の沓をはき、二人は連れだって空の銀の芝原を仲よく歌いながら行きました。
「お日さまの、
お通りみちを はき浄め、
ひかりをちらせ あまの白雲。
お日さまの、
お通りみちの 石かけを
深くうずめよ、あまの青雲。」
そしてもういつか空の泉に来ました。
この泉は霽(は)れた晩には、下からはっきり見えます。
天の川の西の岸から、よほど離れた処に、青い小さな星で円くかこまれてあります。
底は青い小さなつぶ石でたいらにうずめられ、石の間から奇麗な水が、ころころころころ湧き出して泉の一方のふちから天の川へ小さな流れになって走って行きます。
私共の世界が旱(ひでり)の時、瘠(や)せてしまった夜鷹(よだか)やほととぎすなどが、それをだまって見上げて、残念そうに咽喉(のど)をくびくびさせているのを時々見ることがあるではありませんか。
どんな鳥でもとてもあそこまでは行けません。
けれども、天(てん)の大烏(おおがらす)の星や蠍(さそり)の星や兎(うさぎ)の星ならもちろんすぐ行けます。
「ポウセさんまずここへ滝をこしらえましょうか。」
「ええ、こしらえましょう。僕石を運びますから。」
チュンセ童子が沓をぬいで小流れの中に入り、ポウセ童子は岸から手ごろの石を集めはじめました。
今は、空は、りんごのいい匂いで一杯です。
西の空に消え残った銀色のお月様が吐いたのです。
ふと野原の向うから大きな声で歌うのが聞えます。
「あまのがわの にしのきしを、
すこしはなれたそらの井戸。
みずはころろ、そこもきらら、
まわりをかこむあおいほし。
夜鷹ふくろう、ちどり、かけす、
来よとすれども、できもせぬ。」
「あ、大烏の星だ。」童子たちは一緒に云いました。
もう空のすすきをざわざわと分けて大烏が向うから肩をふって、のっしのっしと大股にやって参りました。
まっくろなびろうどのマントを着て、まっくろなびろうどの股引(ももひき)をはいて居ります。
大烏は二人を見て立ちどまって丁寧にお辞儀しました。
「いや、今日は。チュンセ童子とポウセ童子。よく晴れて結構ですな。しかしどうも晴れると咽喉が乾いていけません。それに昨夜(ゆうべ)は少し高く歌い過ぎましてな。ご免下さい。」と云いながら大烏は泉に頭をつき込みました。
「どうか構わないで沢山呑んで下さい。」とポウセ童子が云いました。
大烏は息もつかずに三分ばかり咽喉を鳴らして呑んでからやっと顔をあげて一寸(ちょっと)眼をパチパチ云わせてそれからブルルッと頭をふって水を払いました。
その時向うから暴(あら)い声の歌が又聞えて参りました。
大烏は見る見る顔色を変えて身体を烈(はげ)しくふるわせました。
「みなみのそらの、赤眼のさそり
毒ある鉤(かぎ)と 大きなはさみを
知らない者は 阿呆鳥(あほうどり)。」
そこで大烏が怒って云いました。
「蠍星(さそりぼし)です。畜生。阿呆鳥だなんて人をあてつけてやがる。見ろ。ここへ来たらその赤眼を抜いてやるぞ。」
チュンセ童子が
「大烏さん。それはいけないでしょう。王様がご存じですよ。」という間もなくもう赤い眼の蠍星が向うから二つの大きな鋏(はさみ)をゆらゆら動かし長い尾をカラカラ引いてやって来るのです。
その音はしずかな天の野原中にひびきました。
大烏はもう怒ってぶるぶる顫(ふる)えて今にも飛びかかりそうです。
双子の星は一生けん命手まねでそれを押えました。
蠍は大烏を尻眼(しりめ)にかけてもう泉のふち迄這って来て云いました。
「ああ、どうも咽喉が乾いてしまった。やあ双子さん。今日は。ご免なさい。少し水を呑んでやろうかな。はてな、どうもこの水は変に土臭いぞ。どこかのまっ黒な馬鹿ァが頭をつっ込んだと見える。えい。仕方ない。我慢してやれ。」
そして蠍は十分ばかりごくりごくりと水を呑みました。
その間も、いかにも大烏を馬鹿にする様に、毒の鉤のついた尾をそちらにパタパタ動かすのです。
とうとう大烏は、我慢し兼ねて羽をパッと開いて叫びました。
「こら蠍。貴様はさっきから阿呆鳥だの何だのと俺の悪口を云ったな。早くあやまったらどうだ。」
蠍がやっと水から頭をはなして、赤い眼をまるで火が燃えるように動かしました。
「へん。誰(たれ)か何か云ってるぜ。赤いお方だろうか。鼠色(ねずみいろ)のお方だろうか。一つ鉤をお見舞しますかな。」
大烏はかっとして思わず飛びあがって叫びました。
「何を。生意気な。空の向う側へまっさかさまに落してやるぞ。」
蠍も怒って大きなからだをすばやくひねって尾の鉤を空に突き上げました。
大烏は飛びあがってそれを避け今度はくちばしを槍(やり)のようにしてまっすぐに蠍の頭をめがけて落ちて来ました。
チュンセ童子もポウセ童子もとめるすきがありません。
蠍は頭に深い傷を受け、大烏は胸を毒の鉤でさされて、両方ともウンとうなったまま重なり合って気絶してしまいました。
蠍の血がどくどく空に流れて、いやな赤い雲になりました。
チュンセ童子が急いで沓(くつ)をはいて、申しました。
「さあ大変だ。大烏には毒がはいったのだ。早く吸いとってやらないといけない。ポウセさん。大烏をしっかり押えていて下さいませんか。」
ポウセ童子も沓をはいてしまっていそいで大烏のうしろにまわってしっかり押えました。
チュンセ童子が大烏の胸の傷口に口をあてました。
ポウセ童子が申しました。
「チュンセさん。毒を呑んではいけませんよ。すぐ吐き出してしまわないといけませんよ。」
チュンセ童子が黙って傷口から六遍ほど毒のある血を吸ってはき出しました。
すると大烏がやっと気がついて、うすく目を開いて申しました。
「あ、どうも済みません。私はどうしたのですかな。たしか野郎をし止めたのだが。」
チュンセ童子が申しました。
「早く流れでその傷口をお洗いなさい。歩けますか。」
大烏はよろよろ立ちあがって蠍を見て又身体をふるわせて云いました。
「畜生。空の毒虫め。空で死んだのを有り難いと思え。」
二人は大烏を急いで流れへ連れて行きました。
そして奇麗に傷口を洗ってやって、その上、傷口へ二三度香(かぐわ)しい息を吹きかけてやって云いました。
「さあ、ゆるゆる歩いて明るいうちに早くおうちへお帰りなさい。これからこんな事をしてはいけません。王様はみんなご存じですよ。」
大烏はすっかり悄気(しょげ)て翼を力なく垂れ、何遍もお辞儀をして
「ありがとうございます。ありがとうございます。これからは気をつけます。」と云いながら脚を引きずって銀のすすきの野原を向うへ行ってしまいました。
二人は蠍を調べて見ました。頭の傷はかなり深かったのですがもう血がとまっています。
二人は泉の水をすくって、傷口にかけて奇麗に洗いました。
そして交(かわ)る交(がわ)るふっふっと息をそこへ吹き込みました。
お日様が丁度空のまん中においでになった頃蠍はかすかに目を開きました。
ポウセ童子が汗をふきながら申しました。
「どうですか気分は。」
蠍がゆるく呟きました。
「大烏めは死にましたか。」
チュンセ童子が少し怒って云いました。
「まだそんな事を云うんですか。あなたこそ死ぬ所でした。さあ早くうちへ帰る様に元気をお出しなさい。明るいうちに帰らなかったら大変ですよ。」
蠍が目を変に光らして云いました。
「双子さん。どうか私を送って下さいませんか。お世話の序(ついで)です。」
ポウセ童子が云いました。
「送ってあげましょう。さあおつかまりなさい。」
チュンセ童子も申しました。
「そら、僕にもおつかまりなさい。早くしないと明るいうちに家に行けません。そうすると今夜の星めぐりが出来なくなります。」
蠍(さそり)は二人につかまってよろよろ歩き出しました。
二人の肩の骨は曲りそうになりました。
実に蠍のからだは重いのです。
大きさから云っても童子たちの十倍位はあるのです。
けれども二人は顔をまっ赤にしてこらえて一足ずつ歩きました。
蠍は尾をギーギーと石ころの上に引きずっていやな息をはあはあ吐いてよろりよろりとあるくのです。
一時間に十町とも進みません。
もう童子たちは余り重い上に蠍の手がひどく食い込こんで痛いので、肩や胸が自分のものかどうかもわからなくなりました。
空の野原はきらきら白く光っています。
七つの小流れと十の芝原(しばはら)とを過ぎました。
童子たちは頭がぐるぐるしてもう自分が歩いているのか立っているのかわかりませんでした。
それでも二人は黙ってやはり一足ずつ進みました。
さっきから六時間もたっています。
蠍の家まではまだ一時間半はかかりましょう。
もうお日様が西の山にお入りになる所です。
「もう少し急げませんか。私らも、もう一時間半のうちにおうちへ帰らないといけないんだから。けれども苦しいんですか。大変痛みますか。」とポウセ童子が申しました。
「へい。も少しでございます。どうかお慈悲でございます。」と蠍が泣きました。
「ええ。も少しです。傷は痛みますか。」とチュンセ童子が肩の骨の砕けそうなのをじっとこらえて申しました。
お日様がもうサッサッサッと三遍厳(おごそ)かにゆらいで西の山にお沈みになりました。
「もう僕らは帰らないといけない。困ったな。ここらの人は誰(たれ)か居ませんか。」ポウセ童子が叫びました。
天の野原はしんとして返事もありません。
西の雲はまっかにかがやき蠍の眼も赤く悲しく光りました。
光の強い星たちはもう銀の鎧(よろい)を着て歌いながら遠くの空へ現われた様子です。
「一つ星めつけた。長者になあれ。」下で一人の子供がそっちを見上げて叫んでいます。
チュンセ童子が
「蠍さん。も少しです。急げませんか。疲れましたか。」と云いました。
蠍が哀れな声で、
「どうもすっかり疲れてしまいました。どうか少しですからお許し下さい。」と云います。
「星さん星さん一つの星で出ぬもんだ。
千も万もででるもんだ。」
下で別の子供が叫んでいます。
もう西の山はまっ黒です。あちこち星がちらちら現われました。
チュンセ童子は背中がまがってまるで潰(つぶ)れそうになりながら云いました。
「蠍さん。もう私らは今夜は時間に遅れました。きっと王様に叱られます。事によったら流されるかも知れません。けれどもあなたがふだんの所に居なかったらそれこそ大変です。」
ポウセ童子が
「私はもう疲れて死にそうです。蠍さん。もっと元気を出して早く帰って行って下さい。」
と云いながらとうとうバッタリ倒れてしまいました。
蠍は泣いて云いました。
「どうか許して下さい。私は馬鹿です。あなた方の髪の毛一本にも及およびません。きっと心を改めてこのおわびは致します。きっといたします。」
この時水色の烈(はげ)しい光の外套(がいとう)を着た稲妻が、向うからギラッとひらめいて飛んで来ました。
そして童子たちに手をついて申しました。
「王様のご命でお迎いに参りました。さあご一緒に私のマントへおつかまり下さい。もうすぐお宮へお連れ申します。王様はどう云う訳かさっきからひどくお悦びでございます。それから、蠍。お前は今まで憎まれ者だったな。さあこの薬を王様から下すったんだ。飲め。」
童子たちは叫びました。
「それでは蠍さん。さよなら。早く薬をのんで下さい。それからさっきの約束ですよ。きっとですよ。さよなら。」
そして二人は一緒に稲妻のマントにつかまりました。
蠍が沢山の手をついて平伏(へいふく)して薬をのみそれから丁寧にお辞儀をします。
稲妻がぎらぎらっと光ったと思うともういつかさっきの泉のそばに立って居おりました。
そして申しました。
「さあ、すっかりおからだをお洗いなさい。王様から新らしい着物と沓(くつ)を下さいました。まだ十五分間(ま)があります。」
双子のお星様たちは悦んでつめたい水晶(すいしょう)のような流れを浴び、匂いのいい青光りのうすものの衣を着け新らしい白光りの沓をはきました。
するともう身体の痛みもつかれも一遍にとれてすがすがしてしまいました。
「さあ、参りましょう。」と稲妻が申しました。
そして二人が又そのマントに取りつきますと紫色の光が一遍ぱっとひらめいて童子たちはもう自分のお宮の前に居ました。稲妻はもう見えません。
「チュンセ童子、それでは支度をしましょう。」
「ポウセ童子、それでは支度をしましょう。」
二人はお宮にのぼり、向き合ってきちんと座り銀笛(ぎんてき)をとりあげました。
丁度あちこちで星めぐりの歌がはじまりました。
「あかいめだまの さそり
ひろげた鷲(わし)の つばさ
あおいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
オリオンは高く うたい
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。
大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ。
小熊(こぐま)のひたいの うえは
そらのめぐりの めあて。」
双子のお星様たちは笛を吹きはじめました。