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新着情報
2018/12/14 皆神神社奉納劇製作委員会のフリーダイヤルであります、0120-922-164は、
2018年12月28日以降使用できなくなります。お問い合わせの際は、info.minakamijinja1300@gmail.comまでお願いいたします。
2018/10/05 各種ステージでの出演者が確定しました
2018/10/04 奉納劇のチラシをアップいたします
2018/09/20 創建1300年記念イメージソングをiTunesほか、デジタル配信を開始しました
2018/08/13 連載小説を開始します。
2018/07/31
Web以外からも寄付・ご支援が可能になりました
2018/06/30 出演者及びスタッフの初顔合わせ・初稽古が行われました
2018/06/13 奉納劇のヒロインが決定しました
2018/06/02 奉納劇ヒロインオーディションを実施しました
2018/05/30 ヒロインオーディションの開催会場が決まりました
2018/05/03 創建一三〇〇年記念・奉納劇、出演者およびボランティアスタッフ募集
2018/04/02 創建一三〇〇年記念・奉納劇、ヒロイン募集
2017/11/08 創建一三〇〇年記念・神前結婚式、新郎新婦様募集
2017/11/07 ウェブサイト開設
2018/10/05 各種ステージでの出演者が確定しました

奉納劇無事終演いたしました。
たくさんのご来場ありがとうございました。

平成30年10月20日(土)
18:00- 奉納劇上演
19:00  終了        
   
平成30年10月21日(日)
12:00- 屋台開店、
          各種イベント開始
18:00- 奉納劇上演
19:00  終了   

10/20-21 奉納劇
チラシが完成いたしました!

神々の集う山に鎮座する神社が、平成30年に創建1300年を迎える。
熊野出速雄神社
いにしえより続く信仰のかたち。
皆神神社の起源は今からおよそ1300年前、奈良時代養老二年に奉祀された出速雄神社だと伝えられています。
古来より自然崇拝や山岳信仰の対象であった皆神山では、その後中世になって修験道が栄え、神と仏、そして自然が絡みあった独自の場所として、多くの人々の祈りを受けとめてきました。

私たちは、いにしえより続くこの信仰の形を廃れさせることなく、後世に繋げていきたいと考えています。
そのために、皆神神社1300年の歴史を物語として紡ぎなおし、神社や信仰の価値を広く世の中に伝えることを目的とし、本プロジェクトを立ち上げました。
また、本プロジェクトによって生み出される文化的資産が、その後継続されていくであろう一連の取り組みとともに、地域社会の未来を担う一端となることを、切に願っております。

プロジェクトスタッフ一同

【奉納劇等制作へのご寄付のお願い】
私たち奉納劇製作委員会では、奉納劇および関連企画の実現のため、ご寄付いただける個人・団体の皆様を募集いたします。
昨年行われた第一回クラウドファンディングの成功によって、目玉である奉納劇をはじめ、イメージソングや記念御神酒等、各種企画がいよいよ具体的な形を成してまいりました。
どの企画も地域住民中心による手作り感を大切にしながら、各種専門家との協働も経て、一三〇〇年という節目の年に相応しい、広い展望と深いテーマを持ったものに仕上がると自負しております。
しかし、地域貢献を主眼とした本行事は当日の入場料を一切徴収しないため、制作・運営の費用をすべて有志の方々からのご寄付によって賄っていることもあり、資金がまだまだ足りておりません。皆神神社の創建一三〇〇年を祝うばかりではなく、現代における祈りの価値を広く世の中に伝えるため、また神社を核としたまちづくりの第一歩を踏み出すためにも、より多くの皆様からのご支援を必要としております。
皆神神社や松代町にご縁のある方、まちづくりにご興味のある方、そして神社の新しい可能性にご期待していただける方は、是非ともご支援・ご協力をお願いいたします。

★ご寄付の方法
・下記の口座に「お名前」を入れてお振り込みください。

 銀行名:ゆうちょ銀行

 金融機関コード:9900

 店番:118

 預金種目:普通

 店名:一一八 店(イチイチハチ店)

 口座番号:4315283

 名義人:信州松代皆神神社奉納劇製作委員会(シンシュウマツシロミナカミジンジャホウノウゲキセイサクイインカイ)

・また、記念事業終了後に、ご支援いただいた方々にお礼の品をお送りする予定ですので、差し支えなければ下記メールアドレスに「お名前」および「お振り込みいただいた金額」を明記してお送りください。折り返しこちらよりご連絡させていただきます。
 Mail:info.minakamijinja1300@gmail.com
※お送り頂いた情報は、支援者リストの作成以外の目的では使用いたしません。 
※お礼の品は、同時開催中のクラウドファンディングと同等程度のものを想定しておりますが、具体的な品物の指定には対応いたしかねます。ご了承ください。

『皆神神社 1300年』で検索💻

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」のこれまでの連載記事は、
当特設サイト下段にございますので、
そちらもご一読ください。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

最終話 射手と仲間たちの行進

「最近、なんか美人になってない?」

 職場のロッカーで、いきなり佳乃さんからこう言われました。顔がカアーッと赤くなっていくのがわかりました。

「誰が好きなの?」

「え…え…?」

「ウソ、冗談。でも美人はホントよ。最近さらちゃん、生き生きして見えるよ」

 そう言われたことを、ずっと考えながら帰りました。適当で調子の良いことを言う佳乃さんではありません。それに、口に出しては言えませんが、そういう実感も確かにあります。そして、それはとても心地よいものなのです。素直な気持ちでいられている感覚というか、迷いのない感覚というか。いつからでしょう、何だかもう忘れてしまいました。それくらい、今が楽しいということなのでしょう。

 佳乃さんのマタニティフォトや育児フォトの撮影も、今から楽しみ過ぎます。

 大通りを走る車の音が次第に遠くなり、歩いて5分程で聞こえなくなる。アパートに帰っても、階段にシンちゃんはいない。呼んでも来ない。鳴き声もなく、気配もない。隣の家の屋根にもいない。聞こえるのは去年と同じく、鈴虫の鳴き声だけ。でも私は大丈夫。寂しくなんかない、と言ったら嘘になる。だけどシンちゃんは私に沢山のものをくれた。私に足りなかったものを、沢山私のもとに連れて来てくれた。それに、シンちゃんは私の心の中にずっと消えずにいる。シンちゃんは私についている。おばあちゃんがいつも言ってたこと、本当だった。「あの人はきっとさらちゃんについてるだわ」ありがとう、おじいちゃん、いつもそばにいてくれて。シンさん、と呼んだ方がいいのかしら。これからもよろしくね。

 さて、出発前日、ふと「ツブヤキーモ」のアカウントの削除を思い立ちました。もうつぶやくことはないですし、これで最後ともこの前言いましたし。それに「IMO」つまりコメントへの返事も正直時間を取られます。楽しいですが、時々不毛に感じることもあります。かと言って無視するのは申し訳ないので、やるならちゃんとやります。そうでないなら、私はそもそもSNS音痴なので、アカウントごと消そうと思いました。ところが、「ツブヤキーモ」の私のページを開いた時、違和感を覚えました。一番上に最新の投稿が載るはずが、そうではないのです。「焼き印」という、好きな自分の投稿を1つ、常に一番上に表示させる機能があります。つまり自分のページの訪問者に対して一番見せたい投稿を選ぶことが出来ます。しかし私はこの機能を使っていませんでした。どうしても覚えがありません。不思議でしたが、中身を読んだら、これはもしかしたら…と納得してしまいました。明日100歳になるおじいちゃんにしては、なかなか粋なイタズラをしてくれます。アカウントの削除は思い直しました。このまま放っておくことにしました。

 

 

 

使うレンズを変えても、どんなに写真の経験を積んでも、貴方はすぐに気づいて逃げる。黒猫さん、今までごめんなさい。カメラは時に弓にも銃にも似ています。きっと辛い過去があるのでしょう。見当違いなら良いのですが。ともかく、カメラはお互いの幸せのために使いたいですね。貴方は平和の使者です。

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

 

 

 

 カメラバッグに望遠レンズと、隆佐からもらった標準レンズを初めて一緒に入れました。

 清々しい早朝、近所のいつもの公園で富士山を撮影しました。7合目より上はもう雪で真っ白です。今年は少し早いです。つい先日、ネットの長野県ニュースで、八ヶ岳が初冠雪したとありました。こちらは例年通りのようです。高原エリアでは紅葉が見頃というニュースも、少しずつ増えています。東京の西の端、多摩の山の紅葉は、まだまだのように見えました。天気が散々だった夏が過ぎ、東京でもようやく秋を感じられる空気になりました。秋から冬への季節の移ろいは、起承転結の「転」から「結」に似ているように感じます。一年で一番ドラマチックで、私の一番好きな時季です。そんな移ろう季節の中で、同じ場所で同じものを撮り続けています。でも今日の自分は、1年前とは違う自分です。1年前は、自分が何を信じて生きているのか、よくわかっていなかったような気がします。でも今はわかります。完璧ではないと思いますが、少なくとも1年前よりはわかっています。メリハリがなかった、とも言えるのかもしれません。ですが、そんなものなくても良いのかもしれません。上手く言えなくても、信じるものは確かにありました。ずっと昔から。その続きの物語が、今に繋がっているのです。そしてきっと、これからも。

 電車、新幹線、タクシーを乗り継ぎ、神社に到着しました。想像以上に賑わっています。県外の観光客も少なくないように見受けられます。あ、私もある意味その1人なのかもしれません。この中に、「ツブヤキーモ」がきっかけで来た人もきっといるのでしょう。上田さんは「行けなくてごめん」と言っていましたが、とんでもないです。十分過ぎるくらいに協力してもらい、応援して頂きました。

 遠くに隆佐とその奥様を発見しました。隆佐も私に気付き、軽く会釈しました。私は深々と、心を込めて長く礼をしました。私に写真を教えたくれたのは隆佐です。感謝の一言です。

 神社の境内で木管四重奏曲の奉納演奏をする、という旨のポスターを発見しました。どうやら今日ではなく、明日やるそうです。ふとメンバーを見ると「川島雅人」の名前があるではないですか。他にも見覚えのある名前が揃っています。高校の吹奏楽部のOBOG仲間なのでしょう。雅人、何もこんなに早く戻って来ることないじゃない。でも雅人にとっては、そこが帰って来る場所なのかもしれない、とも思いました。「そのままのお姉ちゃんで」とかなんとか、この前言われたことを思い出しました。

 奉納劇の上演時間が近づくにつれ、境内に人が増えてきました。すると何やらぞろぞろと、ご年配の方々が境内の一角に集まり始めました。よく見ると祖母がいるではないですか。どうやら祖母のいる老人福祉施設のご一行のようです。祖母は祖父の100歳の誕生日を、この神社で、どのように見るのでしょう。今度帰省した時に聞いてみたいものです。

 初めて感じる、厳かな、それでいて透き通ったような空気を、全身で感じています。

「川島か?」

 突然、目の前に遠藤先生が現れて驚きました。

「お一人ですか?」

「一人と言えば、一人だな。向こうにカミさんがいるんだが、仕事なんだ。介護職でな、老人福祉施設に入居している方々を連れて来ているんだよ」

 コワモテだけど奥様には頭が上がらなくて有名だった遠藤先生。その奥様と、まさかの繋がりです。

「実は、あの中に祖母がいます。お世話になっております」

 世間の狭さに、お互い驚きました。

「奥様のお名前って確か、みこも…ではなくて、みすずさんでしたよね」

「お前よく覚えてるなあ、いらんことを。俺も覚えてるぞ、川島のおばあさんの名前。確か『梓弓』のあずささん、松本出身だったよな」

「当ったりー!」

 年甲斐もなく、女子高生みたいな気分になってしまいました。ちょっぴり恥ずかしいです。

「そう言えば、中学の教頭先生になられたんですね!」

「おう、よく知ってるな」

「まさみから聞いたんです。奉納劇のヒロインの子が中学生で、その中学の教頭先生が遠藤先生だって」

「おうおう、桐澤も劇に出るもんな。3月までは高校だったんだが、急な異動があってな。2月のお前らの同窓会の時には、俺もまだ知らされてなかったんだよ。でも母校の教頭にさせてもらって有り難いよ。自分が育ったところに戻って来るってのは、感慨深いものがある」

 

 

 

     私も、いつか必ず、信州に。

 

 

 

「まあ今日は、一古典ファン、一歴史ファン、一オカルトファンとして来てる」

 オカルトファンとは初めて知りました。

「それと、教え子たちの見守りだ。成功を祈ろう」

「はい」

 私はそっと、首から提げたカメラと標準レンズに手を添えました。ほとんど無意識のうちに、そうしていました。もしかしたら私にとってカメラやレンズは、祈りの媒体なのかもしれません。

「神社に来ると、深呼吸をしたくなる。まるで生まれ変わったような、それでいて元に戻ったような気持ちになる」

 そうかもしれません。

 

 

 

 深呼吸しよう。そのままの心を開こう。

 せっかく見つけた素直な気持ちを、ちゃんと自分で信じてあげよう。

 

 

 

 私は川島更紗(かわしま・さらさ)です。信州千曲市出身で、平成元年生まれの29歳、独身です。今は東京で一人暮らしをしていますが、数年後にはUターンする計画でいます。仕事は美術館の監視員と、フリーのカメラマンです。仕事でも趣味でも、写真を撮るのが大好きです。世に言う「アラサー女子」ですが、悩みはあまり感じていません。満足している訳でもありませんが、このまま進めばきっと上手く行くと信じています。そう思えるのは、私の周りの人たちや、私の中に蓄えられている経験たちのお陰です。私を支えてくれてきた、私に色々なものを教えてくれた沢山の人たち。そして、沢山の人たちからもらった沢山の経験。こういった繋がりや知識は、私のかけがえのない財産です。これらを活用するのは私の特権です。感謝して、大事にしながら活かさないと、宝の持ち腐れではないかと思っています。まだまだ人生の途中ですが、いつだって途中なので、何も恥じることはないと思います。こんな感じで、堂々と前を向いて生きている私です。

 平成30年10月20日。私は今、皆神神社という長野市にある神社に来ています。信州松代の皆神山にこの神社が建てられて、ちょうど1300年。何という時の流れでしょう!それを記念する奉納劇が、目の前で上演されようとしています。紅葉の色づき始めた木々が、秋のやわらかな西日を浴びて輝いています。あらゆるものを照らす太陽が今日の役目を終える頃、新たな幕が上がろうとしています。神社は静かに、その時を待っています。静かに、厳かに、美しく。誰もが心に持っている、祈りに支えられながら。私には難しいことはわかりませんが、感じてわかるものもきっとあると思います。そして、私が言うのもおこがましいですが、私にも自信を持って言えることがあります。それは、信じるものがある人は強い、ということです。

 今日、晴れて1300歳を迎える皆神神社。その歴史とは比べ物にならないくらいちっぽけな年月ですが、私にも歴史があります。今、ここに、こうして私がいることになるまでには、沢山の素敵なご縁がありました。1年前の私には思い付きもしなかったことです。

 祈りは、きっと、届きます。

皆神神社創建一三〇〇年記念事業

奉納劇製作プロジェクト

皆神神社が平成30年10月に創建1300年を迎えるにあたり、記念事業の一環としてオリジナル脚本による演劇を製作し、平成30年10月20日・21日開催予定の記念イベントにて奉納劇として上演します。
内容は、1300年の始まりからこれまでの歴史をわかりやすく演劇で皆さんにお伝えします。
これにより、高年層・中年層にとっては自身が生まれ育った土地に対するアイデンティティの再構築として、若年層や子供達にとっては故郷の歴史的価値の構築とともに、こうした気持ちを次世代へつなげていくひとつの雰囲気を醸成することが目的です。
脚本及び演出は専門家に協力をお願いしますが、出演者については今後地元から公募するなどして、「みんな」で作り上げる手作り感も大切にしていきます。

9月15日(土) 配役も決まり、本稽古に汗を流します

8月18日(土) 台本読みも着々と

真剣な面持ちで時代背景、ストーリー上のポイントや感情表現をおさえつつ台本読みを進める出演者たち

多くのセリフに触れ、すべてのストーリーを把握するため、配役以外のセリフも持ち回りで練習をしています。
これまでは、ストレッチ・発声練習・発声や演技をするための体の動かし方などの基礎練習やテーマをもとに即興演技を発表するなどの稽古を進めてきましたが、8月の第2週より台本読みを始めました。
出演者はそれぞれの想いを胸に真剣に取り組んでいます。

6月30日(土)
初顔合わせ&初稽古が行われました。

6月30日の土曜日に、中部公民館で出演者及びスタッフの顔合わせ&初稽古がありました。
キッズや一部の出演者の欠席はありましたが、緊張感漂う中、奉納劇概要説明や今後のスケジュールなどをお伝えしたあと、稽古に入りました。
皆さん、真剣な眼差しで指導に耳を傾けていました。
次回は7月7日土曜日の10時〜、場所は同じく中部公民館で行います。
飛び入り参加OKですので、興味のある方は是非お越しください。

事前に申し込みが可能な方は、nanographica@gmail.comまでご連絡ください。
よろしくお願いいたします。

【稽古日程スケジュール(予定)】

■基礎ⅰ

 対象:メイン、アンサンブル、キッズ

・平成30年6月30日(土)10時から12時

・平成30年7月7日(土)、14日(土)、21日(土)すべて10時から12時

■基礎ⅱ

 対象:メイン、アンサンブル

・平成30年8月4日(土)、11日(土)、18日(土)すべて10時から12時

■シーン別稽古

 対象:メイン(アンサンブル)

・平成30年9月毎週水曜日すべて19時から21時

■全体稽古

 対象:メイン、アンサンブル

・平成30年9月毎週土曜日すべて13時から17時

■キッズ稽古

 対象:キッズ

・平成30年9月毎週土曜日すべて10時から11時45分

■通し稽古

 対象:全員

・平成30年10月7日(日)、14日(日)両日10時から17時

・平成30年10月3日(水)、10日(水)、17日(水)すべて18時半から21時

■リハーサル

 対象:全員

・平成30年10月19日(金)15時から20時

■本番

・平成30年10月20日(土)、21日(日)

信州松代皆神神社創建1300年記念事業
奉納劇 出演者&ボランティアスタッフ 募集

【本番】
平成30年10月20日(土)、21日(日)
【募集要項】
小学生以上を対象として募集します。
演劇経験は不問です。
未成年の場合は保護者の同意が必要です。
お住まいは問いませんが、定期的に松代町で行われる練習に参加できる方になります。
【募集内容】
①メインキャスト
②アンサンブルキャスト
③キッズ(小学生)
④ボランティアスタッフ
【稽古日程・内容】
チラシをご確認ください。

【応募期限】
平成30年6月22日(金)
【応募方法】
応募用紙の必要事項を明記の上、顔写真を添えて、メールまたは郵送でご応募ください。
【脚本・演出等】
脚本・演出 青木由里
     (NPO法人 劇空間夢幻工房 演出家)
演出助手  佐藤健一(Tea Arrow)
音響・照明 株式会社長野三光
制作    増澤珠美
       (ネオンホール/ナノグラフィカ 企画制作)
【応募先】
メール:nanographica@gmail.com
送付先:〒380-0857 長野市西之門町930-1
    ナノグラフィカ宛
【その他】
基本的に無報酬となりますので、こちらもご考慮の上、ご応募ください。交通費および昼食代等は支給させていただきます。

奉納劇のヒロインが決定いたしました!

6月2日(土)に開催されました「皆神神社奉納劇ヒロインオーディション」の結果、長野市在住の『宮澤葉音さん』に決定いたしました。
選考審査会での評価は各候補とも僅差でしたが、立ち振る舞いや笑顔、伸びしろを含めての決定となりました。いよいよ、稽古も6月30日(土)から始まってまいります。本格的に動き出してまいりますので、皆さまご支援のほどよろしくお願いいたします。

以下、脚本・演出を務める青木由里からの総評です。

「葉音さんは、演劇未経験ですが、オーディションに一生懸命取り組む姿勢に、とても好感を持ちました。そして、葉音さんの笑顔を見て、ヒロイン役に抜擢することを決めました。皆神神社1300年記念事業の奉納劇ヒロインは大役ですが、ぜひ楽しんで取り組んでください。演劇には表現力・コミュニケーション力、そして人間力を培う力ががあります。一つのお芝居を通して、大いなる達成感を味わってもらいたいと思っています。」

奉納劇ヒロインオーディション(最終選考)を実施しました

晴れ渡る6月2日の10時より、ヒロインオーディションを行いました。
参加者の緊張感が伝わる中、審査員から演技や歌の注文や問いかけが飛び交い、
参加者は必死に身体いっぱいに応えていました。
合格者は改めて発表させていただきます。
参加者の皆さん、お疲れさまでした。

創建一三〇〇年記念事業
奉納劇のヒロインを募集します!

【本番日時】
平成30年10月20日(土)、21日(日)の2日間

【募集要項】
平成30年10月20・21日に皆神神社境内で上演予定の奉納劇のヒロイン・桐子(仮)役を募集いたします。
10代または20代の女性を募集対象とさせていただきます。
お住まいは問いませんが、演劇の練習や撮影等のため、定期的に松代町にお越しいただける方を対象とさせていただきます。
自分を表現したい方、演劇に興味がある方、寺社仏閣や歴史が好きな方、地域の人たちと一緒になって何かをつくりたい方はぜひご応募ください。(演劇の経験は不問です)
PR として各種SNS に発信する写真集のモデルにもなっていただきます。お顔が公開されますので、こちらもご考慮の上、ご応募ください。

【募集期限】
平成30年5月31日

【応募方法】
氏名、年齢、職業、志望動機、自己PR、演技経験、所属事務所の有無を明記の上、顔写真と全身写真を添えて、info.minakamijinja1300@gmail.comまでご応募ください。
ご不明な点がありましたら、上記アドレスにお問い合わせください。

【選考方法】
応募者多数の場合は、奉納劇製作委員会にて厳正なる書類選考後、選考通過者については最終選考を受けていただき、その上でヒロイン1名を選出予定。
最終選考については、奉納劇製作委員会代表および製作総指揮、脚本家、演出家、演出助手、制作者が出席の上審査。(出席者は現在予定)

【脚本・演出等】
脚本・演出 青木由里(NPO法人 劇空間夢幻工房 演出家)
演出助手  佐藤健一(Tea Arrow)
音響・照明 株式会社長野三光
制作    ネオンホール(増澤珠美)

【最終選考日程】
平成30年6月2日 10時~受付開始 (12時までには終了予定)
会場:寺町商家 質蔵
(〒381-1231 長野県長野市松代町松代(寺町)1226―2)
アクセス等詳細は、下記のURLからご確認ください。
http://nagano-teramachi.com/access/


【その他】
基本的に無報酬となりますので、こちらもご考慮の上、ご応募ください。交通費および昼食代等は支給させていただきます。
10月20日(土)、21日(日)の本番以外にも撮影や稽古などで松代町には頻繁にお越しいただきます。

記念御神酒製作プロジェクト

藤野屋酒店(松代町)、西飯田酒造店(篠ノ井)の協力を得て、純米酒「皆神山」の特別ラベル版を製作し、御神酒として使用予定。

御神酒の記念ラベルも完成!

デザイナーと何度も何度も打ち合わせをし、試案もたくさん出して試行錯誤の毎日でしたが、無事完成しました。

皆神神社でのオリジナル結婚式プロジェクト

記念事業の一つとして、松代町や皆神神社のPRもかねて、神社での伝統的な結婚式を行います。
都内でオリジナルウエディングをプロデュースするフリーランスプランナーがプロデュースします。
詳細はこちらのサイトで随時発表いたします。皆神神社での結婚式をお考えの方はお気軽にご相談ください。ご相談はお問合せフォーム、またはフリーダイヤル【0120-922-164】
(平日/9:00〜18:00 土曜日/10:00〜17:00 日・祝/10:00〜15:00 ※打ち合わせは完全予約制)よりお待ちしております!

創建1300年記念イメージソング製作プロジェクト

創建1300年を記念して、本事業のイメージソングを製作中です。
「祈り」をテーマに、さまざまな信仰の形を受け止めてきた皆神神社の歴史や、
信仰は違えど個人個人のどの「祈り」にも価値があることを歌を通じて伝えたいと考えています。

作詞作曲は、長野市出身の山口史章氏、歌い手(シンガー)は、地元松代町出身のokika氏です。
現在、原曲が完成し、これからレコーディング、ミックス作業と進んでいきます。


『涙が溢れるような想いから、日々の中にただ普通に溢れる想いまで、あなたの心をつくる、そんな一つひとつを言葉で紡ぎます。』

Coming Soon

上記以外にも各種PRイベントやプレイベントの東京開催など、様々な企画の展開を予定しています。
また、「こんなことしてみたい!」などがありましたら、ぜひ、お問い合わせフォームよりご連絡をお願いします。

長野県出身の降沢あなご氏による
皆神神社にまつわる連載小説
「2階のネコにモノ申す!」を開始します。

第1話 運命の黒い猫

深呼吸しよう。そのままの心を開こう。
せっかく見つけた素直な気持ちを、ちゃんと自分で信じてあげよう。

  

 平成30年10月20日。私は今、皆神神社という長野市にある神社に来ています。信州松代の皆神山にこの神社が建てられて、ちょうど1300年。何という時の流れでしょう!それを記念する奉納劇が、目の前で上演されようとしています。紅葉の色づき始めた木々が、秋のやわらかな西日を浴びて輝いています。あらゆるものを照らす太陽が今日の役目を終える頃、新たな幕が上がろうとしています。神社は静かに、その時を待っています。静かに、厳かに、美しく。誰もが心に持っている、祈りに支えられながら。私には難しいことはわかりませんが、感じてわかるものもきっとあると思います。そして、私が言うのもおこがましいですが、私にも自信を持って言えることがあります。それは、信じるものがある人は強い、ということです。

 今日、晴れて1300歳を迎える皆神神社。その歴史とは比べ物にならないくらいちっぽけな年月ですが、私にも歴史があります。今、ここに、こうして私がいることになるまでには、沢山の素敵なご縁がありました。1年前の私には思い付きもしなかったことです。

 祈りは、きっと、届きます。

  

第1話 運命の黒い猫

  今日も仕事帰りに、自宅の近所のスーパーへ向かっています。今日はさんまがお買い得だったはずなのです。旬のものを安く食べない手はありません。目黒のさんま祭にも行きましたが、都会独特の暑さと人混みは、やっぱり苦手です。ところで、10月にもなると夕方の6時はもうかなり暗いですね。一応一人暮らしの女の子なので、早めに帰宅することにします。

 私は川島更紗(かわしま・さらさ)です。長野県の千曲市出身で、東京で一人暮らしをしています。職業はフリーターと言うのでしょうか、アルバイトを掛け持ちしています。一応、世に言う「アラサー女子」ですがまだ前半なので放っておいてください!ですが正直に言って、悩みや妄想は尽きません。収入、仕事、趣味、恋愛、結婚、これら全部をひっくるめた「将来」という謎の集合体。とは言え、悩みが多くて困る、などと言っていられるうちは大丈夫なのかもしれません。つまり、なんとかなっているのです。慣れてしまった、とも言えるでしょう。例えば、もっとお金があると嬉しいですが、やり繰りするのも楽しいものです。家賃も山手線の外側なので23区内でも比較的安く、なんとかなっています。

 目的の品を無事に手に入れ、スーパーから自宅へ歩きます。夜でも交通量の多い大通りから路地に入ると、それだけで驚くほど静かになります。大合奏だった車の通る音は遠くのBGMへと変わり、やがて鈴虫のソロが始まります。涼しい風と音を浴びながら5分程歩くと、私の住むアパートに着きます。私の部屋は家賃が一番安い1階です。女性の一人暮らしですがご心配なく。2階建てのアパートの前に大家さんの家があり、道路から守られているのです。門を開け、大家さんの家の脇を通らないとアパートが姿を現さない配置です。にもかかわらず、中庭があるので日当たりは良好です。洗濯物も安心して干せます。大家さんは世話好きなおばさまで、家賃も手渡しです。

 大家さんの家の脇道を歩きながら、バッグから鍵を取り出してスタスタと自分の部屋へ。ところが、途中で見慣れないものが目に入り、私は思わず立ち止まってしまいました。通り道に2階へ上る階段があるのですが、そこに黒猫がちょこんと座っているのです。ちょうど私の目と同じ高さに黒猫の目があり、私たちは見つめ合いました。それは、ほんの数秒間ほどだったのかもしれません。ですが私は、何時間もの間、その黒猫と一緒にいたような気分になりました。いいえ、何年もの時間をその黒猫の瞳の中に見た、とでも言いましょうか。一瞬、本日の戦利品のさんまがお目当てか、とも思いましたがその考えは却下しました。なぜなら、彼は私の目から決して目を離さなかったからです。そして、その目つきは睨んでいるのとも、構ってほしいのとも違って見えました。まるで親友のような、一緒にいてまったく違和感のないような眼差しでした。私は心の中で「また明日ね」と唱え、無限のような数秒間に終止符を打ちました。そのあまりの自然さに、自分でも驚き、可笑しくてクスクス笑ってしまいました。

 その日以来、私は毎日、彼と顔を合わせています。朝も夜も、見かける時はほとんど階段にいます。いつも同じ、私の目の高さの位置に。見かけなくても、私がしばらく立ち止まっていると2階から姿を現し、降りてきます。撫でても嫌がらず人懐っこくて、時々ニャーゴと鳴くのが何だか嬉しいです。「彼」と呼ぶのは、直感的にオス猫だと思ったからです。それも年上の。どうしてでしょうか、不思議ですがそう思うのです。

「今日、職場で面白いお客さんがいてね、話長かったんだけどすごく勉強になったの!」

「スーパーでアイスが半額なのすっかり忘れてて、ダッシュで行ったら売り切れてた!」

「同級生の結婚式に招待されたんだけど、遠いし、お金ないし、断ってもいいかしら…」

こんな日常の他愛もない出来事たちを、彼に話すのが私の日常の一部になっていきました。

 私は彼のことを「シンちゃん」と呼ぶことにしました。

 ところがある日、私が話し掛けている途中なのに、シンちゃんがそっぽを向いたのです。え?と思うや否や、のそのそと2階へ上って行ってしまいました。呼び掛けても振り向いてくれません。シンちゃんと出逢って2週間程になりますが、こんなことは初めてです。ですが、シンちゃんだって猫であるのです。私と仲良くしてくれていますが、調子の悪い時もあるでしょう。それはそれで心配ですが。

 もやもやとしょんぼりを抱えながら、私は自分の部屋へ帰りました。すると、玄関のドアを閉めた途端、2階からニャーゴと鳴き声がするのです。何やら物音も聞こえます。きっとひとりで遊んでいるのです。何よ、元気じゃない。

 えもいわれぬ気持ちを発散せずにいられなくなり、私はパソコンを開きました。ちょうど良い機会だと思うので、慣れないSNSとやらをやってみることにします。

『2階のネコにモノ申す!』

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第2話 私と写真と猫と

 帰宅すると、まずパソコンの電源を入れるのが私の習慣です。起動するのを待つ間に、バッグの中身やスーパーで買ったものを整理します。起動したらネットを開き、ニュースサイトを眺めます。どんなに疲れていても、眠くても、「主要」と「長野県」は必ず確認します。ほとんどの人は、このくらいのことはスマホで済ませているのでしょう。ニュースを見るのも、調べ物をするのも、友達と連絡を取るのも、遊ぶのも。私も一応スマホを持っていますが、必要最小限しか使っていません。職場の業務連絡にスマホ用アプリが必要なので、仕方なくガラケーから変えました。そして私はSNS音痴でもあります。これはパソコンでも同じことです。「つぶやく」って、そんなに楽しいことなのでしょうか。私は誰も聞かない独り言でも十分です。聞いてほしいことは友達にメールします。返事がすぐに来なくても、そういうものだと思えば平気です。

 ところが、今日は違います。つぶやきたい、という気持ちがわかったような気がします。ネットのニュースを見る前に、「ツブヤキーモ」と検索しました。みんながやっているというSNSに、初めてアカウントを作ってみました。

 最近仲良くなった黒猫に、私の趣味の写真で仕事が出来るか相談してたら逃げられた。いつもはアパートの階段に座って、最後まで話を聞いてくれるのに。しょぼん。そんな日もあるわよね。と思ったら部屋に帰った途端、上の階からいつもの黒猫の鳴き声と遊ぶ音。なんなのよもう私の話聞いて!また明日ね♪

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

 
 天気のいい休みの日に、近所の公園で写真を撮るのが私の趣味です。西の空が開けて見える展望台があり、そこから遠くの景色の写真を撮るのが好きです。山並みや街並み、ビル群、それらと一緒に青空や、面白い形の雲、夕焼け、星空。少し大きめの一眼レフカメラに、少し長めの望遠レンズを取り付け、三脚に固定します。その日、その時、その一瞬しか撮れない景色を見つけ、シャッターを切ります。晴れたら富士山も見えます。11月に入り空気が澄んできたので、富士山も一層くっきり写る季節になってきました。

 今日も写真を撮って帰ると、いつも通りアパートの階段にシンちゃんがいました。相変わらず体を丸くして座ったまま、まったく動きません。シンちゃんにちょうど西日が差して、天国のように気持ちよさそうな顔をしています。私はいつものように、思ったことをそのまま話し掛けました。親友ですから。

「写真で仕事が出来たら私絶対幸せだと思うんだけど、そう簡単には行く訳ないわよね…」その時です。さっきまで撫でればゴロゴロ言っていたシンちゃんが、ぷいっと後ろを向きました。と思ったら、何も言わずに2階へ上がってしまいました。こんなことは初めてです。しかもその後元気そうな声が聞こえたものですから、妙にもやもやしてしまったのです。私の「ツブヤキーモ」初投稿は、その淡い悲憤の賜物なのでした。

 次の日、職場から帰る時、私は不安でした。シンちゃん、今日もいつもの場所にいるかしら?逃げてしまわないかしら?嫌われてないかしら?

 アパートの門を開け、2階へ行く階段が見えると、そこにシンちゃんはいませんでした。やっぱり、と思いながら私はしばらく階段の下で、自分の足元を見つめていました。私の部屋は1階です。そのまま歩こうと右足を少し上げたその時、上からニャーゴと鳴き声が聞こえました。ハッと顔を上げると、シンちゃんが2階から私の目の高さまで下りてきてくれました。いつものシンちゃんです。私はホッとして、ちょっぴり泣いてしまいました。

「シンちゃんって何だかもう、私の家族みたいね。ただいま。いつも、今日もありがとう!」

 その時のニャアオという鳴き声は、今までで一番かわいかったです。

 部屋に帰って、いつも通りパソコンをつけ、ネットを開くと私は我が目を疑いました。新着メールが50件を超えているのです。もしや迷惑メールの嵐かと思いながら、恐る恐るメールボックスを開きました。すると、すべて送信元は「ツブヤキーモ」でした。「イイモ!」「IMO」「焼き増し」「追いも」といった知らせが山ほどあるようです。たった1回の投稿なのに。何が何やら、SNS音痴の私にはほとんどさっぱりで半分パニックです。「IMO」って何のことなのでしょう?どうやら投稿へのコメントのことのようですが。とりあえず「追いも」をしてくれた方には「追いも返し」をさせていただきました。「追いも」をし合っている状況を「芋づる」と呼ぶようです。

「黒猫がアパートの階段にいつも座っているとか羨ましすぎる!」

「写真がご趣味なのですか!よかったら僕のページものぞいてみて下さい!」

「猫ちゃんは気まぐれですからね~。今日は会えましたか?」

「今度黒猫ちゃんの写真を是非!」

「猫みたいな性格と言われる私でよければ代わりにお話聞きますにゃ♡」

 このようなコメントを沢山いただきまして恐縮でございます。

 次の日、私はこの状況をシンちゃんに伝えました。すると彼は、いつものようにニャーゴと鳴くだけでした。そうです、まったく知らなくて当然なのですから。それとも案外、実は全部知っていて大層ご満悦なのかもしれません。ファンタジーすぎるでしょうか。 

 数日後、職場で上司と休憩中に、SNSやスマホの話題になりました。

「川島さんって『ツブヤキーモ』やってる?」

「えっと、一応…でも何が何だかよくわからなくて、ほとんどやってないんです」

 一方、上司の上田さんはヘビーユーザーのようです。折角なので「IMO」の意味をお伺いしたら「In My Opinion」だと教えて下さいました。物知りなお兄さんです。

「俺ね、何でもスマホで写真撮ってアップしちゃうんだけど、川島さんは写真撮る?」

「私はスマホでは滅多に撮らないんです。一眼レフで景色を撮るのは好きなんですけど」

「えっ、一眼レフ持ってるんだ!すごいね!写真見せてよ!スマホにないの?」

「ごめんなさい、スマホ自体あまり得意ではなくて…転送?とかもよくわからないんです」

「そっか…スマホでも今はすごくきれいに撮れるから、今度撮ってみて、見せてよ!」

「いえ、一眼レフじゃなきゃダメなんです!望遠レンズに三脚使わないと!」

「そうなの?ふーん…俺にはよくわからない世界だな」

 携帯をスマホに変えた頃、スマホで写真を撮ってみたことが一度だけあります。いつもの公園の展望台から、いつもの景色を。その時私は愕然としました。確かにガラケーよりはきれいですし、一眼レフよりも簡単に撮れます。ですが、やっぱり色が違います。特に空の色がまったく違います。日没後の空の、赤混じりの藍色から濃紺、暗闇、山の影、星のような街灯り。このグラデーションをしっかり収めてくれるのは、やっぱり私の一眼レフ君なのです。このこだわりに、もっと磨きをかけていきたいのです。そうすればいつか、写真で仕事が出来るようになる気がするのです。

 ですが、上田さんの前で少し意固地になりすぎたかしら、とも思います。

「今度黒猫ちゃんの写真を是非!」

 先日「ツブヤキーモ」でいただいた、このような「IMO」も脳裏をよぎります。近くの物をサクッと撮る、いわゆるスナップには望遠レンズは不向きです。私は大きな望遠レンズを1本しか持っていないのです。猫ブームやSNSブームに乗るわけではないですが、たまにはやってみようかしら。

 いつもの黒猫の写真を撮ろうと、スマホを向けたら逃げられた。私の家族の話をしている間は、アパートの階段でにこやかに聞いてくれていたのに。しょぼん。珍しくスマホで写真を撮ろうとして、もたついたからかな。それにしても彼のあんなに機敏なダッシュは初めて。写真嫌いなの?急用を思い出したの?

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第3話 黒猫の導き、更紗の祈り

私には家族が5人います。長野県千曲市の実家には父・正雄(まさお)と母・繭弓(まゆみ)が2人で暮らしています。以前は祖母・あずさも一緒でしたが、今は老人福祉施設にいます。そして、弟・雅人(まさと)が横浜市内で一人暮らしをしています。私と少し歳が離れていて、現在就活に悩みながら励んでいるようです。
 祖父・信善(のぶよし)は私が生まれる前に亡くなっています。祖母や父から話を聞いたり、写真を見たりして知っているだけです。そうなのですが、なぜか私にはとても近い存在に感じています。祖母からもよく「あの人はきっと、さらちゃんについているだわ」と言われてきました。
 そんな私の家族に、黒猫・シンちゃんを是非とも加えたいと、私は心から思っています。私の勝手な思い込みかもしれませんが、シンちゃんも私を家族と思っているはずです。なのでシンちゃんには私の家族の話をしました。私の家族にもシンちゃんを紹介せねば。そう思って、私には珍しくスマホで写真を撮ろうとしたら、逃げられてしまいました。それが私の「ツブヤキーモ」2回目の投稿の衝動となったのでした。
ちなみに、「シンちゃん」の「シン」は「信州」の「シン」です。

 その後、何度もスマホを向けてみたのですが、いつもいつも失敗に終わりました。あまりやりたくはないのですが、盗撮のような真似を試みたこともあります。ですがシンちゃんは目ざとく気づくのです。まるで写真を撮られることに異常なほど敏感な有名人のようです。しかしある日、私はひらめきました。晴れた休日に、近所の公園へ写真を撮りに出掛けようとした時のことです。いつものように一眼レフカメラと望遠レンズに三脚を担いで、アパートを出ました。2階へ上る階段の脇を通る時、シンちゃんはいつも通りかわいく丸く座っています。近くからスマホで撮ろうとすれば、またすぐに逃げるのでしょう。ならば、遠くから撮ればどうかしら。この一眼レフで、この望遠レンズを使って!アパートの門から階段は辛うじて見えます。この付近の路地は車も人も頻繁には通りません。シンちゃんはちゃんといます。私はサッと三脚を袋から出してセットしました。そしてカメラリュックからカメラとレンズを出し、三脚に固定します。手持ちが出来れば一番早いのですが、私には重いです。狙うは階段で幸せそうに丸まっている黒猫、シンちゃん。ファインダーからはバッチリ見えます。構図良し、盗撮上等、いざ、シャッターボタン半押しで合焦!覚悟しなさい!しかしその瞬間、黒い塊はファインダーの上の方に消えていきました。私は出した機材を丁寧に片付け、何事もなかったかのように公園へ向かいました。たまたま誰も通りませんでしたが、何だかとても虚しくて恥ずかしくなりました。慣れないことはするものではないのかもしれません。

 以後、スマホでも一眼レフでも試行錯誤を繰り返しましたが、絶対に気づかれるのです。そして必ず、2階へ行くのです。私はシンちゃんを写真に収めることを遂に諦めました。仕方なく、文字だけで母にメールでシンちゃんを紹介しました。
「家族を紹介なんて言うから、とうとう彼氏かと思った!年末にうちに連れて来るのかと。色々更紗から話聞くの楽しみよ!」
母からの返信、余計なお世話です。まあ、色々な期待はわかるのですが、今は何となく恋愛の気分にはなれないのです。

 先日、いつもの公園で写真を撮る時、いつもは撮らないものを撮ってみました。西の空が開けて見える、お気に入りの展望台に三脚をセットするまでは同じです。そこから三脚の雲台をぐるりと回し、カメラを公園の広場の方に向けてみました。人物を撮ってみたのです。アパートの階段にいるシンちゃんを路地から撮ることには、結局失敗しました。ですがそれは、私が初めて風景以外の被写体を本気で撮ろうとしたチャレンジでした。その時の感覚は新鮮でした。それを思い出し、シンちゃんは無理でもちゃんとやってみたいと、ふと思ったのです。一緒に遊ぶお母さんとお子さんの姿を撮らせて頂きました。撮っているうちに、盗撮みたいで申し訳なくなったので、ピントをわざとぼかしました。声を掛けて許可を頂けばよいのでしょうが、私にはその勇気がありませんでした。被写体に近づくことは、何だか苦手です。
 その後、いつも通り西の空を撮りました。12月、富士山の白い三角帽子が日に日に大きくなっていきます。空も雲も街も、遠景を撮るのが好きですが、一番好きなのは山並みです。撮らなくても、見えるだけでも安心します。


きっと、信州で育ったからよね。
いつかきっと、信州で写真を撮りながら生きてみたい。
信州の素敵な景色をこれでもかと、思う存分に撮りながら。



 私は都内の美術館とコンサートホールでアルバイトをして生計を立てています。メインは美術館で、ホールの方は月に3、4回の週末のみ、始めたのも2年ほど前です。美術館は私が大学に入学した頃から続けています。学生時代は週2日ほどでしたが、卒業後は基本週5日に増やして頂きました。シフトの自由がかなり利く、ありがたい職場です。いつの間にか、アルバイトスタッフでは最長歴になってしまいました。もう1人、同期で入った村松佳乃(むらまつ・よしの)さんも私と同じ最長タイです。同期仲間ということもあり、私と一番の仲良しです。私の就活や恋愛、将来のことなど、今までに沢山相談に乗って頂き、恩人でもあります。正真正銘の最長歴スタッフは、上司の上田茂誠(うえだ・しげまさ)さんです。アルバイトから社員に昇格しています。上田さんも私の良き話し相手です。どうやら「ツブヤキーモ」が大好きのようです。佳乃さんは上田さんの奥様でもあります。職場結婚です!歳は私より2つ上ですが、もう結婚10年のベテラン奥様です。上田さんは佳乃さんよりさらに10歳年上です。ちなみに佳乃さんは、区別のために職場では村松の名前を使っています。

 佳乃さんを誘って、カフェで仕事の相談に乗って頂いた時のことです。仕事とは、私が写真で仕事をすることについて、ということです。
「趣味で挑戦をするのって、楽しいわよね。経済面も難しくなるとは思うけど、美術館と掛け持ちなら割と安心じゃないかしら?上田もきっと応援するわよ。ていうかさせるわよ」
「ありがとう佳乃さん。ちょっと勇気出たかも」
「ねえさらちゃん、一生かかってもやり続けたいこと、もしかして、見つかった?」
「うん!信州のきれいな景色を沢山撮りたい!きっと撮っても撮っても撮り切れない!景色だけじゃなくて、人や物も撮りたいかもしれない!」
 はっ!
 こんなことを口に出して言ったのは初めてです。しかも、人や物も本気で撮りたいなんて、今まで思ってすらいませんでした。まるで、たった今胸に咲いたようなイメージが、そのまま口からあふれ出したようです。なんだか恥ずかしくなってしまいました。しかし同時に、不思議な力も湧いてくるような感覚もあります。一体これは何なのでしょう。
「ウフフ。さらちゃん、まるで初詣の帰りみたいに清々しい顔してるわね」
その後も佳乃さんから、いくつかアドバイスを頂きました。
 初詣…神社…お寺…お参り…お祈り…これは私の「祈り」?
 なぜだか、シンちゃんが脳裏に浮かびました。

 そう言えばシンちゃんは最近、写真を猛烈に拒否する以外は逃げなくなりました。基本的に私との関係は良好です。家族ですから。なので「ツブヤキーモ」に無性に投稿したくなる衝動も最近はありません。基本的にネットは、PCで主要ニュースと長野県ニュースを見るのがほとんどです。相変わらずスマホは苦手です。ですが今日は、新たな世界に入ってみようと思います。佳乃さんからのアドバイスを受け、フリーカメラマンのサイトに登録してみます。カメラマンが住所や条件を登録し、好都合のカメラマンを依頼人が選ぶ仕組みです。作例の欄に、先日公園で撮った、わざとピンボケさせた親子の写真を載せました。考えてみればこの写真を撮ったのも、きっかけはシンちゃんです。
 数日後、年の瀬の慌ただしい乾いた空気の中、私に冬の嵐がやってきました。



いつもの黒猫に怒涛の勢いで色々発散したら逃げられた。そりゃそうよね、ごめん。実は写真の仕事をゆるく始め、初の依頼が来て舞い上がったけど依頼主がまさかの元彼でパニック。高校の同窓会の誘いが来たばかりで迷っている時にもう悩みで忙しい!黒猫よ、まさかとは思うけどあなたが何か呼んでるの?

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)



久々に「ツブヤキーモ」に投稿した直後、スマホが鳴りました。
メールです。電話帳登録していないアドレス…ですが、見覚えのある文字列でした。
元彼からです。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第4話 一年の計

 年の明けた1月中旬、空気がキンと冷えて空が見事に澄んだある日のことです。私は渋谷の明治通り沿いにあるカフェにいました。気楽に入れる上にあまり混まずに落ち着いた、大好きなカフェでした。BGMは以前と変わらず、控え目で上品なクラシック音楽です。何年ぶりのことでしょう、最後に来たのは大学を卒業した直後の3月でした。もやもやした思い出の場所でもあります。なので、何年ぶりでしょう…何年ぶりでもいいのです、とてもとても、久しぶりです。

「更紗!お待たせ。久しぶりだね。6年ぶりかな?」

それだけは言わないでいただきたかったです。

 彼は藤井隆佐(ふじい・りゅうすけ)。大学の同期で、元写真サークルのメンバーです。彼とは学部も部活やサークルも別なのですが、写真が縁で知り合いました。武道系の部活の新入生を、写真サークルの新入生が撮るという企画があったのです。それらの写真は大学近くの美術館で1ヶ月程展示されました。その企画で、弓道部の新入りだった私が弓を引く姿を撮ったのが彼でした。展示室に飾られた、大きな自分の姿を眺めていた時、彼に声を掛けられました。その後に2人で行ったのも、このカフェでした。

 ちなみに、その展示でその美術館が好きになり、すぐにアルバイトを始めました。それが今の職場です。

 そして、彼は、元彼です。

 そしてどういう訳か、私が試しに始めてみたばかりの写真の仕事の、最初の依頼人です。

「お正月は、長野に帰ったの?」

 まあそんな感じの、差し障りのない近況報告から始まります。千曲市の実家に帰省をして、雪が降ったこと。例年通り初詣は善光寺ではなく皆神神社に行ったこと。家族全員元気で、久々の団欒を楽しんだこと。彼は三重県出身で今年も伊勢神宮に初詣に行ったこと。私は人混みがどちらかというと苦手なのに対し、彼は割と平気なこと。私はいつか伊勢神宮に行ってみたいこと。長野と言えば善光寺だけど皆神神社にも行ってみたいと、彼は言ってくれていること。これらの話は彼と付き合っていた頃、何度もしました。

「お仕事は順調ですか?大変?」

 彼は大学卒業後、都の職員になりました。どうやら忙しいながらも頑張って立派にお仕事をしているようです。後輩の女性と結婚したようで、一瞬ドキリとしましたが、同時にスッキリもしました。もしや私とよりを戻したいのかしら、という心配がゼロではないですが薄れたからです。それと、恋人や家族を撮影してほしいのかも、という予想が当たる気がしたからです。カメラマン登録サイトの作例欄に載せた、ピンボケした親子の写真を彼も見たはずです。なぜ私が写真の仕事を始めたことを知ったのかは、この時点ではわかりませんでしたが。

「公務員試験の時には本当に助かった。今でも感謝してるよ。俺の家庭教師だったもんな。更紗こそ頭いいんだから、公務員絶対向いてると思うのに。今でも美術館のバイトでしょ?今からでも遅くないと思うよ、社会人枠あるんだし」

「そうね…正直、何度かそう考えたこともあるんだけど、それじゃ私の人生、ちょっと物足りない気がするの」

「そっか…さすが、そのチャレンジ精神、変わってないな」

「いやいや、ちゃんと地に足付けている藤井君のこと、見習わなきゃいけないわね」

 彼の顔を見ているうちに、ふと、カメラを構えた彼の姿を思い出しました。

「そう言えば、写真は今でも続けているんですか?」

「うん。結婚してからは、プライベートでもなかなかゆっくり写真撮れないけどね」

 彼の夢は、スポーツフォトグラファーだったはずです。

「それより、君が写真を続けていることの方が驚きだよ。簡単には辞めないだろうとは思っていたけど、まさか仕事にまでしちゃうなんてな。俺を越えたな」

「そんな、言いすぎです!技術もクオリティもまだまだ全然…」

「いやいや、君は俺を通して写真やカメラの色々なものを吸収していった」

 それは…だって、あなたに興味を持ったのだもの。

「バイトして貯めたお金で本当にボディとレンズと三脚買っちゃうんだもん。驚いたよ。あとフォトマスター検定もさ。写真で資格試験なんて考えたこともなかったけど、おかげで俺もいい勉強になったよ。まあ結局、一緒に1級受けて、君だけ受かった訳だけど。情けねぇな」

 君、君、君…付き合っていた頃は、こんな呼ばれ方はされませんでした。彼も私も、あの頃より少しだけ大人になったような、何だか不思議と嬉しいです。

「あ、あの…私が写真の仕事を始めたこと、どうやって知ったんですか?」

「え、普通に名前で検索して。君ならきっと写真を続けているだろうと思っていたから、時々検索してたんだ。ストーカーみたいかもしれないけど、君はきっと大物になる予感がしてたから。それに、写真は一度も見せてくれなかったから、もしかしたらと思って」

 彼はそう笑ってくれましたが、それなら渾身の富士山なども作例欄に載せたかったです。彼のカメラを借りて撮っていた頃は、彼にも写真を見せていました。ですが、自分のカメラで撮ったものは一度も見せないまま、別れたのでした。

「そうそう、あのサイトの『川島更紗』のページ、フォト検1級って書いた方がいいよ。プロのカメラマンでもなかなかいないよ、持ってる人」

「え、でも写真の腕を証明するものとは違うでしょう?」

「そこはちょっとくらい、ずる賢くなってもいいんだよ。相変わらずだなぁ更紗、控え目で、真面目すぎ」

 更紗。

「ちょっと、私とこんなおしゃれなカフェでこそこそ会ってていいの?かわいい奥様と一緒に写真を撮ってほしい、とかじゃないの?」

 彼の顔が一瞬固まりました。いろんなことが図星のようです。

 その後、ようやく請負人と依頼人の関係になり、正式に依頼を引き受けました。彼自身も機材を持っているのですが「遠くから撮ってもらいたい」とのことでした。かつての写真サークルの仲間とも連絡は取れるでしょうに、私を選んでくれたのです。応援としてありがたくお受けいたします。

「どんな写真を撮りたいの?」

「え?それは…依頼してくれた喜んでくれ…」

「ちがう、そうじゃなくて、君はどんな写真を撮って生きて行くのが夢なの?」

「…信州の素敵な景色や、人や、物、何でも、信州の魅力が溢れる写真を山ほど撮りたい」

「そっか。そう、それだよ。ようやく見つかったようだね、『一生かかってもやり続けたいこと』」

「…うん、そうね」

「ずっと言ってたもんね。一生かかってもやり続けたい、夢中になれることを仕事にしたいって」

 そうなのです。その気持ちだけは学生時代から持っていました。彼には勿論、美術館の同期の佳乃さんにも、上司の上田さんにもよく相談しました。ですが、特にこれという具体的なものが見つからないのが悩みでした。ちょっと興味を持ったら、とりあえず調べてみる、やってみる、吸収してみる。そうやって自分にはまるものを探しながら、知識や経験を蓄えてきたのかもしれません。勉強は得意な方でしたが中身は空っぽだった、私なりのもがき方でした。気づいたら、偏りはありますが写真が趣味になっていました。

「アホみたいな例えだけど」

 彼がコーヒーを飲み終えて、口を開きました。

「君はISO感度が高いんだって、ずっと思ってたんだ」

 ISO感度とはカメラ用語で、取り込んだ光を大きくする度合いを数値で表したものです。簡単に言うと、ISO感度を高くすれば、カメラに取り込まれた光が少なくても補われます。

 それによって、およそ見た目に近い明るさを再現してくれます。星空を撮る時にも、少ない光を大きくしてくれるので役に立ちます。ただし、デジタルカメラの場合、ノイズの発生に注意する必要があります。レンズを通して入ってきた光を電気的に増幅させる度合いがISO感度です。それが高ければ高いほど、画像にザラツキが出てしまいます。スピーカーの音量を上げると、ザーとかブーとか鳴るのと同じ原理です。

「ちょっとのことでも目一杯自分の中に取り込んで、確実に形にしていく力がある。だけど、余計なものまで吸収して、不要なものに気を取られることも起こり得る。そうすると、ザラツキで写真が粗くなるのと同じで、ノイズになるんじゃないか?人生を見通したい時に邪魔なノイズに。感度が高すぎると、クリアさが落ちる」

 彼は続けます。

「君は俺から色々なものを吸収していった。それが俺も嬉しかった。可愛かった。でもこのままじゃ君のためにならないと思って、君に俺を卒業してもらったんだ」

 彼に告白され、彼から別れを告げられたこのカフェで、私は初めて涙を流しました。

 

 

黒猫よ、私は最近、君がいつものアパートの階段に居ても居なくても、あまり一喜一憂しなくなった。勿論居てくれたら嬉しいが、居なくてもきっと2階にいると信じている。君は絶対に私の目より高い位置にいる。まるで守り神のようだ。来月は初写真仕事に同窓会。どうか今年も私を見守っていてください。

 (2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第5話 姉の立場と守り神

2月に入り、今日は東京でも雪が降りました。寒いです。温かいスープを食べたくなったので、仕事帰りに材料を買って帰宅しました。雪と言っても、私の生活圏内では積もるほどではありませんでした。地元にいた頃、防寒靴を履いて雪にわざと足を埋めながら登下校したのが懐かしいです。積もった雪を踏みながら歩く時の、きゅっ、きゅっ、という音が大好きでした。
 帰宅すると、いつもの場所でシンちゃんがお出迎えをしてくれました。アパートの階段には屋根はないのですが、黒猫の頭と背中に白い屋根が出来ています。猫はこたつで丸くなるものではないのでしょうか?ただいまとありがとうを言いながら、私は雪を払ってあげました。いつものごとく、目線と同じか少し上にいるので、腕を少し伸ばします。すると、ニャーゴと鳴きながら2階へゆっくり上っていきました。黒猫のくせに健気な、私の守り神かもしれない不思議な存在です。

 パソコンをつけてネットを開くと、今日も「諏訪湖の御神渡り」の記事が出ています。最近は長野県の記事のページだけでなく、全国の主要記事として見かけます。今年は5年ぶりに出来たようですね。信州の神秘的な出来事が全国で話題になるのは嬉しいことです。職場の人も沢山声を掛けて下さって、何だかちょっぴり誇らしいです。その一方で、長野県の記事一覧を眺めると、北部を中心に大雪が心配です。私の故郷の千曲市は北信ですが、長野市の南隣にあり、雪は比較的少ないです。今月の下旬、千曲市にある戸倉上山田温泉の旅館で同窓会があります。

 以前、100を超えることもあった「新着メール件数」は、今日も0です。「ツブヤキーモ」からの通知メールを、先日「迷惑メール」に設定したからです。「イイモ!」「IMO」「追いも」など、嬉しいのですが、少し疲れてしまいました。やるなら全部を確認したくなり、適当にやるのが苦手なのです。真面目さが抜けない難儀な性格です。ですが「ツブヤキーモ」を開いた時に「ホクホク」で新着通知を必ず開いています。たまにしかつぶやかない私の駄文に反応して下さった方々には、感謝しています。「IMO」には基本的にはお返事をしております。ただ、「元彼なんかよりオレと写真デートしようぜ」などは無視させて頂いております。そもそもネットがやっぱり苦手で、「ツブヤキーモ」を開くのも週1程度です。始めてみたものの、何だか人混みにいるのと似たような気分になってしまいます。

 スマホが鳴りました。メールのようです。誰から?
 From:雅人
 件名:思い違いかもだけど
 本文:もしかして「2階のネコにモノ申す!」の中の人ってお姉ちゃん?


「雅人は色んなことに興味があるのに、目指すものを絞るの、悩まなかった?」
弟の雅人は横浜に住んでいる就活生です。今日は久しぶりに横浜に来て、久しぶりに雅人と実家以外で会うことになりました。横浜と言ってもロマンチックなベイエリアなどではなく、どこにでもある郊外です。雅人のマンション近くのファミレスでランチをしています。もちろん私がおごりを買って出ています。さあ、おいしいもの食べなさい。
「そんなに悩まなかったと思う」
「本当に?」
「理系だと就職先の分野も最初から結構絞られてるし。楽っちゃあ楽だよ」
「それで、どんな感じなの?」
「今2社で次の面接が決まっていて、1社が先週受けた筆記試験の結果待ち」
「お…へ、へえー…なかなか、や、やるわね…」
歳の離れた姉としての威厳を保つことも必要だと、雅人が大きくなるにつれて思います。
「まあ、雅人が後悔しなければ、それでいいと思うよ」
「後悔はないかな。諦めたものなら色々あるけど」
雅人は学部こそ工学部でシステム系が専門ですが、歴史、音楽、生物と多趣味なのです。小さい頃からそうで、本や図鑑が大好きでした。中高と吹奏楽部員でしたが、雅人の影響で私もクラシック音楽が好きになりました。
「昔、指揮者になりたいって言ってたよねー」
吹奏楽部では何度も学生指揮者もやっていました。
「ああ、やりたいよ、今でも。でもあくまで趣味として。仕事とは違うと思う。仕事は、おれに出来るちょうどいいものでいいのかなって。本当に好きなこととか、夢とかは、仕事じゃない方が追いかけやすいような気がする」
雅人は自分の好きなことや得意なことを、理路整然と整理しているようです。この子はきっと大丈夫。
「そう。雅人はそれでいいのね」
「うん。それに…夢はお姉ちゃんに任せてるから」
はっ…!
「お姉ちゃんは、うまく行かなくても凹まないのがすごいよね。おれは凹むから、凹まないように無難な道を選びたいけど」
「そうねぇ…うまく行かなくても、これが一番いい結果なんだって思うことにしてる。一瞬悔しくても、きっと結果オーライなんだってね」
「ふーん、でも仕事だと、人に迷惑掛けることもあるんじゃないの?」
「それはないように気を付けてるわよ。あくまでも自分の中の反省の話。もう、失礼ね!」
「ふーん、ならいいけど。お姉ちゃんにはおれが出来ないような生き方をしてほしいって思ってるよ。好きなことを追いかける生き方を、おれの代わりに、おれの分まで。勝手だけどね」
雅人が堅実な選択をするようになったのは、私の存在も影響していたのね。
「おれのお悩み相談や応援より、お姉ちゃんこそ悩んでるんじゃないの?」
「え?なんで?」
「ツブヤキーモ」

 メールでは答えずにランチに誘ってごまかしましたが、白状しました。年末に実家で話した、不思議な黒猫の話や同窓会の話とよく似てると思ったそうです。初めての写真の仕事が近いことも、応援してもらってしまいました。それにしても「焼き増し」という「ツブヤキーモ」の投稿の拡散機能は恐ろしいものです。

「今日って確か、おじいちゃんの命日なんだよね」

 ファミレスを出た後、雅人に言われるまで気付きませんでした。よく覚えている子です。私が生まれる前に亡くなった祖父の話をしながら、雅人と駅へ向かいました。祖父、川島信善(のぶよし)の話をしていると、自然と祖母や父や母も話に出てきます。今日、こんな話をすることになったきっかけは、雅人から来たメールです。雅人は駅まで、マンションと反対方向なのに私を送ってくれました。いい子です。
澄んだ冬晴れで富士山も見え、今度ここで写真を撮りたいとさえ思うほどでした。
 雅人がメールをくれたきっかけは、よくよく考えると「ツブヤキーモ」です。つまり、元はというとシンちゃんです。やっぱり見守ってくれているのだと思います。私だけでなく、私の家族を、きっと。ちっぽけかもしれませんが、大きな大きな奇跡です。



初仕事は無事に終えたけど、元彼と奥様の仲の良さを見せつけられた感…でも別件で、そんなことどうでもいいくらいの大失態を犯してしまった。結果オーライ主義の私でもさすがに自分が許せない。凹む。恥ずかしくて誰にも相談できない。やっぱり向いてないのかしら…お願い黒猫様、逃げずに私を導いて!



はっ!
いけない、雅人が見てるんだった。書き直し。



先日の話だけど、ちょっと運命的に家族のことを思い出す出来事があった。私が生まれる前に亡くなっている家族も含め。そのきっかけは、元をたどるとアパートの階段にいつもいる黒猫…やっぱり守り神なのかもしれない。ありがとう。いつもちっぽけな愚痴ぶつけてごめん。2階へ逃げたくなる理由わかる。
(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)



新着IMOが1件あります
「あなたもおれの守り神です。おれのことはほっといて、お仕事がんばってください。いつもありがとう」

(川島佐藤@sanada-and-flute)

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第6話 みこもかる 信濃の真弓 梓弓

 カメラマンとしての初仕事は、何とか無事に済ませることが出来ました。依頼人がまさかの元彼夫婦という、少なからず雑念も生まれる状況でしたが。人物撮影自体、私にとって未経験だったので、色々な意味で緊張しました。でも救われたのが、私の使い慣れている機材を使わせてもらったことでした。

 元彼は元写真サークルのメンバーで、今でも撮影機材をいくつか持っているようでした。私が写真に興味を持ったのは元彼の影響で、私の機材のメーカーも元彼と同じです。つまり、元彼からレンズを借りて私のカメラ本体に付けることも可能なのです。私は望遠レンズ1本しかレンズを持っていないのですが、人物撮影には正直不向きです。少し離れないと、顔などがちょうど良い大きさに収まらないからです。「望遠鏡」と同じで、遠くを見て撮るのに向いています。撮れる視界が広い方から順に「広角」「標準」「望遠」と大まかに分かれます。人物撮影には「標準」のレンズを使うのが基本です。ところが元彼は、遠くから撮ってほしいと私に依頼をしてきました。近くからなら、セルフタイマー機能を使って何度も2人で写ったことがあるそうです。のろけられました。今回はそうではなく、カメラを意識しない自然な様子の写真を欲しいとのことでした。それは確かに、信頼出来る誰かに頼まないと難しそうです。複雑な気持ちもありましたが、ありがたい依頼でした。

 ちなみに、私が望遠レンズ1本しかレンズを持っていないのは、元彼の影響も大です。スポーツフォトグラファーになるのが元彼の夢でした。スポーツ撮影には望遠レンズが必須です。付き合う前、弓道部で弓を引く私の姿を捕らえたのも、望遠レンズでした。付き合っていた頃、彼に使わせてもらった時、ハマってしまいました。狙った標的を遠くから射止める作業がとても心地よく感じられたのです。人混みが苦手で、遠くの景色を眺めるのが好きな私に合っていたのだと思います。今でもそう思います。とは言え、写真の仕事をするには標準レンズも必要よね、と考え始めています。

「同窓会で帰省するなら、信州でもいろいろ写真撮るんでしょ?期待してるよ。これからも頑張って」

 撮影を済ませて帰る時、元彼からエールをもらってしまいました。先日元彼に話してしまった、私の「一生かかってもやり続けたいこと」です。

 ところで、私のいつもの機材セットのうち、三脚を使わなかったのも初めてでした。最初は使いましたが、相手が動く時、自分も追いかけたくなったのです。そうなると三脚ごと全部を持って動かすのは、さすがに重くて疲れます。それに、構図や表情など絶好のシャッターチャンスを逃すリスクもあります。それならと、三脚からカメラとレンズを外し、初めて「手持ち撮影」に挑戦しました。左腕にどっしりと重みを感じながらの撮影となり、新鮮でした。弓道の経験があるので、一般女子よりは多少は腕力に自信があります。ですがやっぱり、使い慣れない筋肉を使うと疲れます。ちょっとこの練習もしてみたくなりました。信州での撮影がますます楽しみになります。

 ところが、意気揚々とした私の心が一気に蒼ざめる事件が、既に起こっていました。

 私が登録している、カメラマン登録サイトを久々に開いた時です。新着メッセージが10件あると書かれていました。あとで見ようと思いつつ、元彼夫婦の画像データを100枚ほどアップロードしました。あとは確実に納品されたことを知らせるメールを受信すれば、納品完了という流れです。そのメールを見る前に、先程気になった新着メッセージを見ることにしました。すると、4件はサイトからの新規登録の挨拶や、案内や、宣伝でした。問題は残りの6件で、すべて撮影依頼の連絡でした。そしてうち2件は、依頼人の希望日を既に過ぎてしまっているものでした。私は動揺しながらメールを確認しました。サイトに新着メッセージがあると、メールでも知らせてくれる設定のはずです。ところが、そのサイトからのメールが1件もないのです。そう言えば、納品完了メールもまだ来ていないことに気づきました。もしやと思い、サイトの新着メッセージを見てみると、そこには通知が届いていました。これは毎日サイトを確認しなきゃいけないのか?いや、そんなはずは…と焦っていると、恐ろしい文字が視認されました。「迷惑メール」を恐る恐るクリックしてみました。すると、大量の「ツブヤキーモ」からのメールに紛れて、発見しました。以前は迷惑メールも件名や差出人アドレスくらいは確認していました。ですが最近はそれを怠っていました。最近とは「ツブヤキーモ」からのメールを迷惑メールに設定して以来のことです。どうせ「ツブヤキーモ」だろうと思い込んでしまっていました。案の定、納品完了のメールも迷惑メールフォルダに届いていました。とりあえず迷惑メール設定を慌てて解除し、そのあとは何も考えられませんでした。情けなさ、恥ずかしさ、無責任さに飲み込まれ、3時間程放心状態になっていました。

 その翌日は、2週間ぶりにコンサートホールでのアルバイトでした。月に3、4回、週末のみ4時間の勤務で、勤務可能日を申請すればよいスタイルです。写真の仕事が増えれば辞めるのかな、とも思いつつ、写真の仕事に自信が持てません。ローテーション次第では、ホールのドア付近から漏れてくる演奏を聴くことも出来ます。この日はメインの曲が『運命』でした。第1楽章の冒頭があまりにも有名ですが、第4楽章が私のお気に入りです。ちょっぴりですが、元気が出ました。しかし、笑顔が求められる仕事は時にきついものがあります。

 帰宅すると、今日も階段にシンちゃんがいました。私の恐らく人生最悪に凹んだ顔を見たせいか、ゆっくりと私に背を向けました。他を当たってくれ、と全身で言っているようでした。ツブヤキーモにこの気持ちを書こうと思いましたが、それはそれで情けないです。弟にもバレていますし。そこで、前向きな内容に変えました。ちょっと気持ちはごまかしましたが、嘘は言っていません。

 さて、1泊2食温泉付き、ちょっと贅沢な同窓会兼帰省の旅に行く準備を済ませました。

 撮影機材は、置いて行きます。

 

 

 

     梓弓 引けど引かねど 昔より 心は君に よりにしものを

 

 

 

 高校生の頃、古典の授業で初めて知った時から、私の大好きな歌です。弓道部員だったので「弓」に興味を持ったのが最初の出逢いでした。ですが「昔からずっとあなたを想っていた」という気持ちの強さに共感しました。私が信州を想い続けているのと似ていると、誠に勝手ながら都合よく解釈しています。おまけに、梓弓の産地は信濃国だというのですから聞き捨てなりません。

 ようやく信州で写真を撮る絶好の機会なのに、どうしてその気になれないのでしょう。梓弓の歌も、正確には「想い続けていたのに叶わなかった」ことに対する嘆きの歌です。

 同窓会の会場は、千曲市の戸倉上山田温泉にある旅館です。その旅館のご子息が同級生にいて、高校の同級生全員と担任の41人で貸切です。私にとっては学生時代以来の同窓会です。元々、大人数で集まってワイワイするのがあまり得意ではないのです。何度が理由をつけて断っていましたが、今回は参加してみようと思いました。自分を変えてみたかったのかもしれません。

 場慣れしていないせいと、自信をなくしたせいで、私はかなり大人しくしていました。人の話に相槌を打ってやり過ごしていた私に声を掛けたのが、幼なじみのまさみでした。

「さらちゃん、久しぶりじゃん!よく来たね。なんかあった?」

 桐澤まさみ(きりさわ・まさみ)は小学校からずっと私と同級生でした。ムードメーカーでありながら細かく気が回る、私が一番安心出来る友人です。今も、私がちょうど1人になった時、まさみと話したいと思った時に来てくれました。まさみは電子部品メーカーで事務員をしながら、地元の劇団に所属しているようです。タイミングといいセリフといい、道理で絶妙だったわけです。話の流れで、趣味として写真を続けていることは話しました。すると、意外にもグイグイ食いついてくるのです。劇団員として写真を撮られることもよくあるらしく、カメラに興味が湧いたそうです。慣れないお酒も手伝ってか、話しているうちに私もだんだん楽しくなってきました。気づいたら、空いたビールの大瓶を望遠レンズに見立てて、構える真似をしていました。瓶の口をファインダーのように覗き込み、起立して手持ちの構えです。すると、まさみがつぶやきました。

「さらちゃん姿勢良いね!なんかすごいかっこいいよ…そっか、弓道やってたもんね!」

 

 

 

     目からウロコ、どころじゃない

     体じゅうのウロコがパラパラパラと剥がれ落ちて

     猛烈に清々しい向かい風がそれらを吹き飛ばしていく

     過去か未来かわからないけれど

     タイムスリップをしたような爽快感と冒険感

     星の数ほどのイメージが胸の中で雄弁に咲き乱れている

 

 

 

 何かが吹っ切れました。気づいたらスマホで写真をパシャパシャ撮っていました。

 温泉に入る前に、まさみを含む懐かしの仲良しメンバーで散歩に行くことになりました。2月下旬の信州の夜、寒いですが、酔い醒ましに最適です。それにみんな、寒さに割と強い子たちです。女子5人ですがご心配なく、まさみが担任の遠藤先生を連れて来てくれました。コワモテのオジサンです。

「ねえ、万葉公園って近いよね?」

 気づいたら私が提案をしていました。みんなが、先生も、少し驚いていたような気がします。千曲川に架かる万葉橋の近くの川沿いに、万葉公園が広がっています。存在だけ知っていて、どんなところかずっと気になっていたのです。万葉集に由来する歌碑が沢山あるのだと思います。

 

 

 

   み薦かる 信濃の真弓 引かずして 弦はくる行事を 知ると言わなくに

 

 

 

 この歌が刻まれた歌碑に、私はただならぬものを感じました。私に今必要なものなのかもしれません。他のみんなが満天の星空を眺めている間、私はスマホで静かにこの歌の写真を撮りました。ついでにみんなの後姿も撮ってみました。風もなく、空気はキンと澄み切っています。

 みんなに合流しようとした時、聞き慣れた猫の鳴き声がしたような気がしました。振り返ると、木の上の方に見慣れた猫の影が見えたような気がしました。まだ酔いが醒めていないのかもしれません。それでもいいのです。私は信じます。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第7話 ある女流射手の夜明け

 土日に同窓会があり、その次の月曜日は美術館が休館日なので仕事は休みでした。次の日、休憩時間が運よく佳乃さんと重なったので、ためらわずに相談してみました。カメラマン登録サイトからのメールに気づかず、情けなくて自信をなくした件です。お土産に買ったみすず飴をもぐもぐ食べながら、佳乃さんは聞いてくれました。あんず味がお気に入りです。

「そっか…でも多分それ、気にし過ぎなんじゃないかしら?きっと依頼した人も、急ぎだったら他を当たってるんじゃない?怒られたりはしてないんでしょ?これからチャンスを逃さないようにすればいいのよ。ていうか、写真の仕事始めたんなら教えてよねー!アドバイスしたの私じゃなーい!」

「ご、ごめん、すみません」

 佳乃さんはニコッと笑って応援してくれました。

 私は、カメラマンの仕事に手応えを感じたら報告しようと思っていたのです。失敗したら恥ずかしいからです。最初の依頼人は元彼という、イレギュラーなケースだったので黙っていました。そして、見事にメール確認漏れという失敗をしてしまいました。なので、かっこ悪くて言えなかったのです。

 同窓会でもそうでした。本当は「写真を撮る仕事を始めた」と、堂々と言いたかったのです。でも恥ずかしい失敗をしていたので黙っていました。失敗を笑い飛ばせる女の子だったらかわいいのでしょうが、私には出来ませんでした。ちゃんとした、しっかり者の、頼れる川島更紗でいたかったのです。高校時代そうだったように。そもそも、同窓会を今まで断っていた本当の理由もこれです。仕事は学生時代からのアルバイトのまま。信州が好きと言いながら、何者にもなれていない自分を見せたくなかったのです。

 ですが、もうそういう恥ずかしさはなくなりました。どうでもよくなったのです。

 

  

「さらちゃん姿勢良いね!なんかすごいかっこいいよ…そっか、弓道やってたもんね!」

 

 

  まさみがあんなことを言ってくれたおかげで、何かがとてもスッキリしたのです。私は中高大と弓道部でした。ですが、まさみに言われて初めて、写真が弓道と似ていることに気づかされました。なぜ今まで気づかなかったのか、自分でも不思議で仕方ありません。写真が趣味になったのは、弓道に似たものを感じていたからなのかもしれません。そう考えると、静かに嬉しくて仕方ありませんでした。私は昔からのアイデンティティーをちゃんと貫き通している。弓道を辞めても、弓をカメラに持ち替えて。そう思うと、なんにも恥ずかしくありません。なくしていた自信がビュンッと戻って来たような感覚でした。堂々と前に進まねば、と思い、失敗の件をまず佳乃さんに相談しようと決めました。話すだけでこんなにも気分が良くなるのですね。数日前の私は何をしていたのでしょう。

 そして、まさみの言葉を聞いた時、無性に写真が撮りたくなりました。慣れないスマホのカメラで、同窓会の様子や料理や同級生たちを撮ってみました。もちろん、いつもの一眼レフカメラと望遠レンズのセットとはまるで感覚が違います。物足りなさはありますが、これはこれで楽しいと感じました。これが世にいうスナップ撮影か、と。スマホ撮影自体も、それを楽しいと感じる私自身も、新鮮でした。

 まるで夢でも見ているかのような、魔法にでもかけられたかのような時間でした。あの時まさみは魔女でも演じていたのかもしれません。とにかく私にとっては革命的な、一瞬の長い夜でした。

 

 

 
み薦かる 信濃の真弓 引かずして 弦はくる行事を 知ると言わなくに

 

 

 

 この歌碑の写真を、今スマホの待受画像にしています。

担任だった遠藤景一(えんどう・けいいち)先生は、国語教師でした。古典の授業での、こんな言葉が思い出されます。

「梓弓の材料の『梓』は信州が一大産地だった。我々に一番馴染みのある川と言えば千曲川。その支流の犀川の上流に梓川という川が流れている。あ、犀川を支流と言ったら松本の方の人が怒るかもしれないが。上高地の川と言ったらイメージが湧くだろう。あれが梓川だ。さらにそれが由来になって、松本や諏訪の方を通る中央線の特急に『あずさ』って名前が付いている。スーパーあずさが有名だが、松本から新宿までどんなに速くても2時間20分以上乗る。それに比べて新幹線あさまはどんなに遅くても、長野から東京まで1時間50分だ。この30分以上の差はでかい。話はそれたが、『梓』の他にも和歌が元で信州ゆかりの言葉になったものがある。『みすず』だ。『みすずかる信濃の真弓』というように、信濃の枕詞として使われた。それが由来で『みすず飴』って名前が付けられたり、会社の名前になったりもしている。長野と飯田を乗り換えなしで結ぶ『快速みすず』っていう列車もある。しかしどうやらこれは国学者の賀茂真淵らの誤読が広まったものらしいんだ。正しくは『みこもかる』で、『こも』は漢字で推薦するの『薦』。これを『篶』って読み間違えて『みすずかる』と読んだというのが今の通説なんだ。万葉橋ってわかるか?千曲市にある、千曲川に架かっている橋だ。その西側、温泉街側の橋詰に、万葉公園っていう公園がある。そこに『みこもかる信濃の真弓』で始まる万葉集の歌の歌碑が2つある。その公園近辺が、恐らくその2つの歌の舞台だと言われているんだ。喋り足りないがチャイムが鳴ったのでここまで」

 よく似た難しい漢字以外、私は全部ノートに書きました。

「先生!」

「何だ?川島」

「うちのおばあちゃん、松本出身で、あずさって名前なんです!」

「おお、そりゃ良かったな、みすずじゃなくて。実はうちのカミさんがみすずって名前で、誤読だなんて口が裂けても言えないんだよ」

 コワモテなのに奥様には頭が上がらないことで、遠藤先生は有名でした。私が放った矢が思わぬ的のど真ん中に当たり、クラスの笑いを誘った楽しい思い出です。

 さて、先日、月並みに言うと「ビビッと来た」例の歌の意味を調べてみました。ネットです。便利なものです。「弦はくる行事(おはくるわざ)」は「弓に弦をかける方法」という意味だそうです。弓を引きもしないで「弦のかけ方を知っている」とは言いません、というのが大体の直訳。口説きたいなら本気で誘いなさい、と女性が男性に言っている歌だそうです。つべこべ言わずに誘ってみなさいよ、この意気地なし!と呆れているように聞こえます。私はこの歌に共感、というよりは叱咤されたような感覚になりました。同じ女なら誘われる側に共感すべきなのかもしれませんが、私は待ちたくありません。先日まで「昔からずっと想っていた」という心を詠む梓弓の歌が大好きでした。でも今は私のナンバーワンではありません。今、私の座右の銘は「みこもかる」の歌です。

 

 

 

待っているだけではダメ。

妄想するなら弓を引け!

心に決めたらいざ放て!

 

 

 

 職場の業務連絡用でしかなかった、スマホのメッセージアプリを私的に使い始めました。

 カメラマン登録サイトのプロフィールを更新しました。それと、スマホ用アプリをインストールしました。

 写真コンテストに初めて応募しました。しかもスマホで撮った写真です。

 近所のいつもの公園から、初めて夜明け直前の富士山を撮りました。

 アパートの庭に梅の花が咲きました。後で「ツブヤキーモ」に写真を載せてみます。

 もう3月、今から何だか新年度が楽しみです。

 

 

 

同窓会のおかげで気持ちが変わり、写真の仕事の失敗も一応解決、元彼とかいう知り合いでない普通のお客様からの仕事もぼちぼちこなし中。徳というエネルギーを十分ため、いざ解き放たん!とアパートの黒猫にスマホを出すとやっぱり逃げられる。どうしても写真嫌いみたい。いつもここに座ってるんです。

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第8話 疾きこと風の如く、除かなること林の如く

 4月1日、日曜日。今年のこの日もいつもと変わらず、美術館で監視員のアルバイトをしていました。

 美術館での仕事は、年度が変われば大きな一区切り、というものではありません。会計とか決算とか、難しいことはちょっとよくわかりませんが。ですが少なくとも現場レベルでは、むしろ展覧会ごとに区切りが来ます。展覧会の会期に年度は関係なく、新規雇用も次回の展覧会のスタートに合わせます。これは、スタート前に学芸員さんによる展覧会の研修を全スタッフで受けるためです。勤務シフトも展覧会ごとのスタッフで組まれます。私たちの上司、つまり上田さんが作成して下さっています。そうなると、退職するタイミングも基本的には会期末ということになります。

 土日出勤、むしろ世間一般にとっての休日こそ働き時のサービス業、そして月曜定休。そもそも曜日感覚が世間とずれていますが、年度感覚もあまり感じられない現場です。平日も土日も、旧年度も新年度も、同じ作品たちに囲まれて、同じ仕事をしています。今の展覧会は、動物が描かれた日本画を寄せ集めた企画展です。伊藤若冲の鶏や円山応挙の犬など、注目作はいくつもあります。ですがどうしても私が心惹かれてしまうのは、菱田春草の描いた黒猫です。毎日、無言で見つめ合っています。

 そんな職場なので、新年度を感じるのはニュースや街ゆく人の服装くらいなのです。あとは何となく、世の中がお祝いムードなのかなぁと。今年は桜も東京では3月下旬に満開になってしまいました。信州もきっと、開花が例年より2、3週間早まるのでしょう。

 私自身が年度の区切りを大きく感じたのは、社会人になった時が最後でした。美術館の仕事を週2から週5にしていただきました。そして、大学卒業と同時に、元彼との関係

も卒業することになったのでした。

 ところが、今年は違います。4月2日、月曜日。美術館は休館日。普段なら休日のはずの私が、新年度ならではの仕事に大忙しでした。入学式直後の家族写真の撮影依頼が山ほどあったのです。ロケーションは自宅近所の撮り慣れた公園に限らせていただきました。写真の構図や仕上がりの風合いなどの打ち合わせを、現場で依頼主様と確認します。公園にはもちろん他の方々もいるので、撮りたい構図がすぐに得られるとも限りません。こだわる依頼主様は、ベンチが空くまで待たれたり、風が吹くのを待たれる方も!新小学生のお子様がお手洗いから出てくるのを待つこともありました。諸々含めて1組1時間、休憩兼準備など15分と考え、4件で締め切って正解でした。ですが反省もしました。やっぱり、人物撮影では望遠レンズと三脚では限界があるようです。カメラとレンズを三脚から外して、少し得意になった手持ち撮影も何度かしました。シャッタースピードを高速にして手ブレは防ぎましたが、やっぱり手持ちは重いです。動きがもたついてはお客様へのサービスになりません。それに、望遠レンズでは被写体からやや離れないと、収まりのいい大きさに写りません。お客様と普通に会話できる距離で撮影をしたいなと、つくづく思いました。普段はこの公園もあまり混まないので大声も出せますが、混むとそうも行きません。美術館の監視員をしていて良かったと思いました。作品を破損などから守るだけでなく、お客様の安全をお守りすることも仕事です。より心地よく鑑賞していただくための、サービス向上も仕事です。ボールペンでメモを取っているお客様には、サッと鉛筆をお貸し出しします。万が一の作品へのインク汚れを防ぐためです。もちろん、他のお客様のご迷惑にならないよう、適度に近づき、小さめの声で。撮影の仕事でも、迅速に、自然に、依頼主様へサービスが出来るよう努めたいです。生かせる経験は何でも生かします。お子様がジュースをこぼしてしまった時、タオルを持つ習慣が役に立ちました。美術館の監視員ボックスにいつも常備しているお陰です。同期の佳乃さんの教えでもあります。ともあれ、やっぱり標準レンズを持つべきなのでしょう。望遠レンズより軽くて当然動きやすく、依頼主様とも自然な距離で撮影が出来ます。どでかい望遠レンズ1本しかレンズがないなんて、サービス向上以前かもしれません。

 普通のレンズの購入を最重要検討課題として、収穫も沢山ありました。カメラマン登録サイト「ふぉととぎす」のスマホ用アプリが活躍しました。スマホ自体まだまだ慣れない私ですが、「集合場所到着通知」が便利です。混んでいる現場では助かります。その「ふぉととぎす」ですが、プロフィールを更新したことも効果があったようです。「フォトマスター検定1級」に信頼感を寄せてくださる方もいました。作例に加えた富士山の写真を見た、と仰ってくださる方もいて嬉しいです。だんだん、このサイト、この仕事、この公園が、第2の職場になりつつあります。

 先月、卒業式がらみの撮影はご遠慮させていただきました。それには私なりの理由があります。締め括りを撮らせていただくには、スタートからご一緒させていただきたいな、と。せめて1年、見守らせていただかなければ、想いの薄い写真になってしまうのでは、と。きっと写真には、私なりの想いも少なからず写り込むのではないか、と。画家が絵を描くのと同じように…とまでは言えないかもしれませんが。まあ、ただ単に私が都合よくスタートを切りたかっただけなのかもしれませんが。

 

 

 

新年度な写真を仕事で沢山撮らせていただいた!依頼主様の人生の節目に立ち合い、ご家族と丸ごと応援しているようで清々しくて嬉しい。メリハリが生まれて私もパワーをもらう。でもいつも変わらないものたちは、私に穏やかな日常をくれる。公園の展望台からの眺め、地元の友人との連絡、いつもの黒猫。

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

 

 

 

 スマホからの「ツブヤキーモ」の投稿は、今日が2回目です。ようやくスマホにも人並みに慣れてきたような気がします。メッセージアプリ「PINE」は美術館の仕事で慣れていたので勝手はわかっていました。ですが、業務連絡ではなく、友達と自由なやり取りを無料で出来るのが新鮮すぎます。「ふぉととぎす」のアプリもPCでは出来ない便利さがあり、これからも重宝しそうです。「ツブヤキーモ」のアプリは、マイペースを崩されたくないので通知をオフにしました。でも画像を載せたい時に便利です。この前はアパートの階段越しに梅の花を撮って載せました。いつものシンちゃんの席です。今日はいつもの公園の展望台から広がる景色です。ビル群、山並み、空、雲。一眼レフカメラの方がやっぱり画質が好きですが、スマホも捨てたものではありません。普通にきれいです。デジカメ市場が厳しくなるのもうなずけます。

 ありがたいのが「PINE」の「知り合いかも」一覧です。スマホの電話帳に電話番号が登録されている人が出て来るようです。手始めに、まさみに友達申請をしてみたら、とても驚かれてこっちがびっくりしました。遠藤先生はコワモテなのに文字より絵文字の方が多くて笑いました。考えてみれば、現役女子高生の相手をしているのは私たちOBOGではなく先生の方です。羨ましい限りです。でも高校の先生になった同級生からの返事は、特に絵文字は多くないです。もしや遠藤先生は教え子の女子たちをひっくるめて女子高生扱いしているのでしょうか。光栄ですが恐縮です。ともあれ、転職、転勤、出世など、みんなそれぞれに新年度があるようです。私まで新鮮な風を浴びているような気持ちになります。ですが不思議と、ああ、みんな変わってないな、とも思うのです。何年も前から知っている人は、近くに感じられるだけで、癒される気がします。

 雅人にも「PINE」を送りました。「ツブヤキーモ」を通して暗に「ほっといていいから」と言われても、放っておけません。何しろ晴れて大学卒業、新社会人なのです。あのコメントは嬉しかったですが、完全に真に受けられるほど私は図々しくありません。何を隠そう、最近一番最初に「PINE」で新しく友達になったのは雅人です。4月1日のことでした。

「この前はありがとう。大学卒業おめでとう。明日から新社会人頑張りなさい。」

「お姉ちゃんPINEやってたんだ!ありがとう。」

これでいいのです。

 あり得ないほどの清々しい気分で、4月を過ごしています。

 

 

 

     ウフフ。さらちゃん、まるで初詣の帰りみたいに清々しい顔してるわね。

     一生かかってもやり続けたいこと、もしかして、見つかった?

 

 

 

 ふと、前に佳乃さんから言われた言葉を思い出しました。初詣…お参り…祈り?私は今、みんなの幸せを「祈って」いるのかも…?

 そんなことを考えながら、美術館で菱田春草の黒猫を眺めていました。作品を守るのが仕事なのに、まるで作品に見守られているようです。シンちゃんと同じ黒猫だからかもしれませんが、シンちゃんの方がスリムです。それ以上に、菱田春草が信州出身の革新的な日本画家だからかもしれません。

 休憩で控え室に戻ったら、元彼から「PINE」が来てました。友達申請は先日しましたが。そわそわしながら開こうとしたら、上田さんと佳乃さんご夫妻から声を掛けられました。

「川島さん、ちょっとお願いしたいことがあるのですが」

 上田さんのスマホの画面に「ふぉととぎす」の川島更紗のページが表示されています。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第9話 トンネル越えのパスポート

 木、金、土、日、月…5連休も!こんなに長い連休を、週5勤務になってから展示の会期中にいただいたのは初めてです。

 私が働く美術館では、展覧会の会期は1つにつきおよそ3ヵ月半です。その後2週間ほどの休館期間があり、次の会期の始まる、というペースです。大学生以下にとっての夏休みはもちろん、世間で言う大型連休なるものもありません。年末年始も休館日は3日間だけです。その代わりに年に3回、まとまった休みがあります。会期中もスタッフは休日希望を出せます。その要望も可能な限り反映させる形で勤務シフトが作られます。ですが、週5勤務で週に3日以上休むというのは、よほどの理由がない限りNGです。それに、私は一応ベテランですし、後輩の皆さんを見守る立場でもあります。身だしなみや清掃、監視員グッズに不備はないか。スタッフが困っていたらフォロー。混雑時には展示室内を巡回して安全確認をしたり、混雑緩和の呼びかけをしたり。一番勤務歴の長い私か佳乃さんが、いつの間にかそんな役回りになっていました。動き回る量が増えるので正直ちょっと疲れますが、それがまた楽しくもあるのです。

 そんな私が、です。休館日の月曜日を入れて5連休もいただいてしまいました。しかも、スタッフ数がいつもより多く欲しい繁忙期に、です。今までの自分の働き方からは考えられませんが、これには訳がある、のです。

 私は今、北陸新幹線「はくたか」に乗って東京へ向かっています。そう、世に言うゴールデンウィークに千曲市の実家へ帰省していました。目的はいくつかありました。同窓会で久々に再会した、まさみの写真を撮ること。老人福祉施設にいる祖母のあずさのお見舞いに家族全員で行くこと。そして、大好きな地元・信州の好きな風景を心置きなく写真に収めること。欲張りました。全部達成しました。期待以上の成果を得られました。それ以外にも予期せぬハッピーハプニングも舞い込みました。今まさに拡散増大中のハッピーもあります。新幹線の窓を流れる佐久平や八ヶ岳の景色を片目に、私は今なお興奮が収まりません。今日は月曜日なので、雅人は昨日先に帰りました。もし雅人が隣にいたら、きっと周りに迷惑なくらいベラベラ喋っていることでしょう。

 ちょうど1週間前の月曜日、私は「ふぉととぎす」のお仕事を1日中していました。ご依頼主様は、職場の上司でもある上田茂誠さんと、同期の村松佳乃さんご夫妻です。朝食後のティータイムから、ショッピング、ランチ、美術館、ご自宅のリビングまで。お二人で過ごす楽しい1日にご一緒させて頂き、こちらまで大変幸せな気分でした。お二人の幸せのお邪魔虫にならないよう、どう振る舞えばよいのか戸惑いました。結果的には大変ご満足頂いたようですが、長い付き合いのよしみも勿論あるでしょう。私の方こそ恥ずかしながら初めての経験だらけで、勉強せねばと身が引き締まりました。まず初歩的なこととして、標準の単焦点レンズを使ったのが初めてでした。

 さらに遡ること、およそ1週間。

「川島さん、ちょっとお願いしたいことがあるのですが」

 上田さんご夫妻から「ふぉととぎす」の依頼を口頭で持ち掛けられました。作例欄に載せた元彼夫妻のような、遠くからの自然な表情を、というご依頼でした。「ふぉととぎす」を介さなくても、とご提案しましたが、どうしてもとのことでした。初めはその内容でお受けしたのですが、直後に状況が一変しました。仕事中に来ていた元彼からの「PINE」を、心を鎮めながら開きました。すると、いらなくなったレンズをくれると言うではありませんか。しかも、それを渡しに美術館まで来てくれると言うではありませんか。大学の写真サークルの展示でしか、この美術館に来たことのない元彼・藤井隆佐です。日本画好きにでもなったのでしょうか?それとも動物好きにでも?恐らく奥様の影響なのでしょう。勘ですが。それはともかく、くれると言っているのは焦点距離50mm、開放F値1.8のレンズです。標準の単焦点レンズとしては定番中の定番です。「単焦点」というのは使える焦点距離が1つだけ、つまりズームが出来ないという意味。「標準」というのは焦点距離が50mm前後のことを言います。「開放F値」とは、簡単に言うと数字が小さい方が、大きくきれいなボケを得られます。50mmのF1.8のレンズは大体どのカメラ・レンズメーカーでも定番の単焦点レンズです。望遠レンズが被写体をドアップに写すのに対して、見た目に近い大きさに写します。軽くて安いです。望遠レンズよりもはるかに動き回りやすく、手持ち撮影が普通です。そこで、依頼主である上田さんに、いわゆるスナップ撮影も出来ると提案しました。すると非常に喜んで下さいました。私も嬉しくなりました。

「さらちゃん、さっき上田から聞いたけど、私たち、密着取材されちゃうの?」

 閉館後、ロッカールームで佳乃さんに話し掛けられました。ちょっと照れ笑いの顔がかわいいです。

「えへへ。ちょっとね、新しいレンズが手に入ることになってね。折角だからそれを使って佳乃さんたちを撮ってみたいと思って」

「へぇ、そうなんだ!じゃあ、いろんなものを撮ってみたくなるわよね?」

「そうなの!今からすごく楽しみ!」

「そうだね!」

 翌日、既に出ていた5月の勤務シフトが変更されました。私が5連休になっていて、それはそれは驚きました。驚きと、嬉しさと、繁忙期に離れていいのかという不安です。上田さんに聞いてみたら、ご夫妻からの私への応援の気持ち、とのことでした。自分で言うのもなんですが、私は美術館の仕事にとって、いて欲しい人材のはずです。特に繁忙期なんて出勤して当然でした。上田さんだってそのようにシフトを組むはずです。それが、上田さんの采配で、私に休みを下さったのです。上田さんと、佳乃さんの計らいなのでしょう。

 

 

 

「ねえさらちゃん、一生かかってもやり続けたいこと、もしかして、見つかった?」

「うん!信州のきれいな景色を沢山撮りたい!きっと撮っても撮っても撮りきれない!景色だけじゃなくて、人や物も撮りたいかもしれない!」

 

 

 

 こんな話を覚えてくれていたのでしょう。さすが親友です。大好きです。

 次の土曜日、元彼が美術館に来ました。監視員としては展示室内でお客様と個人的な話をする訳にはいきません。展示室内、つまり業務中に、お客様から差し入れなどを受け取ることもNGです。美術館慣れしていないはずの元彼が、どのように私に接するのかハラハラしていました。ところが、私のいる展示室にやって来た時、手ぶらで私に近づいてきました。

「お疲れ様です。先日はありがとうございました。頑張って下さいね」

 そう言うと展示室の入口の方へ戻り、絵を見始めました。私はキョトンとしてしまい、気づいたら何も返事を出来ていませんでした。あの人が、こんな言葉遣いを私にするなんて。土曜日の午後は一番混み合います。他のお客様や展示物の様子にも目を配らなければなりません。いつの間にか、元彼の姿を見失っていました。カモが水面から飛び立つ瞬間を描いた絵をじっと眺めていたことは覚えています。かつて目指していた、スポーツ写真の世界と似たものを感じたのかもしれません。そう言えばレンズは…?と思っていましたが、休憩時間にちゃんと受け取れました。受付にいた佳乃さんが「これを川島さんに」と預かってくれていたようです。控え室で佳乃さんから紙袋を渡され、中をのぞくとお菓子の箱と、筒の形をしたものが。それはプチプチの緩衝剤に包まれたレンズでした。私の手の拳よりも小さいくらいの、軽くてコンパクトな、でも優秀なレンズです。その代わり、私の持っている望遠レンズとは違って、これは標準レンズです。帰宅して自分の一眼レフカメラに取り付けて、ファインダーをのぞいてみました。そこから見える景色は私にとって新鮮すぎました。望遠レンズなら、被写体は見た目よりもかなり大きく写ります。離れていても、引き寄せることが出来ます。ですがこのレンズは、ほぼほぼ見た目通りの大きさに写ります。つまり、自分が被写体に近づかなければ小さく写ってしまうということです。私は被写体に近づくことが少し苦手でしたが、もうそんなことは言っていられません。仕事でもプライベートでも、今私が欲しい、私に足りなかったレンズです。このレンズを使うには、今までよりもはるかに自分自身が動く必要があります。「自分で動け」と元彼がエールを送ってくれたのかもしれません。元彼だって「自分で動いて」美術館に来てくれたのです。驚きましたが嬉しかったです。私に写真を教えてくれたのは元彼です。今度は私が、このレンズでいい写真を撮って、沢山の人を幸せにする番です。

 そんな訳で、標準単焦点レンズを初めて使って、上田さんご夫妻を密着撮影しました。望遠レンズに三脚をつけて、あるいは少し無理して手持ちで撮るのが常だった私。このレンズなら、全然重くないので楽々と手持ち撮影が出来ます。いつものカメラバッグが驚くほど軽いです。バッグなしで、カメラにストラップをつけて肩や首に掛けるのが一番身軽なのでしょう。望遠レンズは重いので、今まで肩に掛けるなどしたことがありませんでした。カメラを買った時に付属していたストラップは、取り付けずにしまいました。次からは使おう、というかカメラにいつも付けていようと、撮影しながら決めました。上田さんや佳乃さんの、いろんな姿や表情を撮らせてもらえる時間は楽しすぎました。まるで話し掛けるような距離感でシャッターを切るのが新鮮すぎました。私まで幸せのおすそ分けをいただいた気分でした。いいえ、おすそ分けどころか、あれは溢れんばかりのおこぼれでした。

 もう1つ、新鮮な発見がありました。風景を撮ってみても、撮れる写真が望遠レンズの時とまるで違います。見た目に近い大きさで、より広い範囲を写真に収められます。今までの私の風景写真は、狭い範囲を切り取って集中させるものばかりでした。富士山がいい例です。風景に限りません。人を撮る時でも、周りの街並みや食べ物も一緒になんて考えもつきませんでした。新しいレンズなら―と言ってもお下がりですが―周りの雰囲気も一緒に収められます。そういう写真が撮れることがわかると、次第に自分の目もそうなっていく気がしました。今まで私はいかに一点集中型だったことか、強く自覚させられました。しかも遠くから狙う癖が染みついていたのです。まるで弓道そのものです。

 

 

 

いつもの黒猫氏、アパートの隣の家の屋根に発見。最近、いつもの階段の定位置にいない日が多かったから、てっきり2階にいるものかと。それにしても鳴き声も物音もしないなと思っていたら。おいでと呼んだらこっちを向いたけど、またそっぽ向かれた。見つかってすねてる?それとも私がそっちに行けと?

 (2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

 

 

 

 ヘアゴムやネックレスの引き出しの奥に、カメラのストラップを発見しました。それをカメラに取り付け、カメラバッグに入れました。今回はいつもの望遠レンズはお留守番です。初の信州での撮影が50mmの単焦点1本になるなんて思いもしませんでした。レンズが小さくてカメラバッグに余裕があるので、着替えが入りました。

 行き帰りの新幹線は奇跡的に指定席が取れました。今座っている、帰りの席は通路側ですが、行きは窓側、浅間山側でした。碓氷峠トンネルを抜けると、無性に景色を撮りたくなってカメラを出しました。浅間山です。軽井沢です。信州です。

 カメラ、レンズ、ストラップ、すべて「MIKOM」の製品です。私の座右の銘「みこも刈る」とちょっと似ていることに、この時初めて気づきました。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第10話 黄金色の回想

 私は今、北陸新幹線「はくたか」に乗って東京へ向かっています。濃厚すぎたゴールデンウィークの余韻が、体じゅうで残響となって消えません。こんなに贅沢で幸せな時間は滅多にないでしょう。そしてありがたいことに、「ふぉととぎす」の通知でスマホがしょっちゅう震えています。

 帰省の目的の1つ、まさみの写真を撮ることは大成功に終わりました。2月の同窓会で再会した時から、まさみの写真を撮ってみたいとずっと思っていたのです。地元の劇団で写真を撮られる機会もよくあるという彼女。でもプロフィール用の顔写真や、劇団メンバーの集合写真がほとんどのようです。自然体な自分が写る写真は、劇団の記録用に撮る稽古風景くらいだそうです。あとは年に1回あるかないかで、地元の新聞が取材に来る程度の模様。まさみが一番嬉しいのは、公演ポスターの素材用の撮影のようです。唯一自分の全身がきちんと撮られて、この時ばかりはモデルの気分になるそうです。そうとわかれば私の役目はそれしかありません。私もプロのカメラマンになり切って、モデルさんを楽い気分にさせてあげたい!小さい頃から2人でよく遊んだ近所の公園で。私の記憶よりはるかにオトナなオシャレになっている彼女の部屋で。特別に貸してくれた、まさみの劇団が稽古に使う公民館で。まさみはいろんな表情を見せてくれました。でもどれも、とことん伸び伸びしているように見えました。私も沢山勉強をさせてもらいました。誰かにここまで接近して撮るなんて、自分でもびっくりです。被写体に近づくのが苦手というのは、ただの食わず嫌いだったのかもしれません。初めての相手が上田さんご夫妻、そして次がまさみで本当に良かったです。私の殻をきれいに破って、というより、むいてくれました。ゆで卵の殻がきれいにむけた時のように、つるつるてかてかぷるぷるな気分でした。もしかしたら、お互いに。

「さらちゃん、今日は本当にありがとう!すっごく楽しかった!」

「ううん、私の方こそ!まさみきれいだし、かわいいし!」

「写真写りだけね」

「そんな、ご謙遜を。帰ってじっくり鑑賞しちゃうもんねー」

「私にも早く見せてー」

「うん!じゃあ東京に戻ったら、とりあえず全部メールで送るから!」

「本当に?さらちゃんのお気に入りだけ、独り占めするとかなしだよ」

「当たり前でしょ、依頼料いただいちゃったんだから。これはもうお仕事だもの」

「そっか。すごいなぁさらちゃん。私もモデルや女優でお仕事したーい!」

今回の撮影は、私が帰省出来ることになって即まさみに連絡したことから始まりました。最初にお願いをしたのは私の方だったのですが、まさみから逆にお願いされる形に…。お金は最初は断ったのですが、お互いにプロ意識をと、まさみに押されてしまいました。「ふぉととぎす」を通した形ではなく、撮った写真はパソコンのメールで送ることに。ただ、「ふぉととぎす」の作例欄に載せることはOKしてもらえました。

「まさみ、応援してるよ!仕事も劇団も頑張ってね!」

「うん、さらちゃんもね!写真の仕事、応援してるからね。遠いとなかなか協力出来ないけど、成功を祈ってるからね!」

「ありがとう。私も祈ってるよ!」

 こんなに清々しい気分は久しぶりでした。「祈る」という言葉を、久しぶりに使ったような気がします。

 丸一日、信州の風景をメインに写真を撮り放題の日を作れたことも大収穫でした。といっても、実家のある千曲市内のみですが。実家近辺を歩いて、花や街並み、猫、虫、山、空、あらゆるものを撮ってみました。単焦点レンズでのスナップ撮影、やはり楽しいです。ただ、望遠レンズにはない注意点も意識しました。撮った画像を見て初めて目に付く、余計なものが写り込むリスクが結構あるのです。先日上田さんたちを撮っている時に、このことに気づきました。ファインダーをのぞいている時って、案外隅々まで注視出来ていないことが多いのです。見えているようで、意外と見えていなかったりするのです。電柱、人、テーブルの足、道路の奥の車、その他、被写体にとって不要な雑多なもの。望遠レンズの場合は、ほぼ撮りたいもの「しか」写らないので気にせずに撮影出来ます。ですがこの標準レンズの場合は、より隅々まで気を配る必要がありそうです。そして、撮りたいものとそれ以外のものとのバランスに注意する必要がありそうです。「構図」というのでしょうか。その練習も兼ねて、まさみを撮り、花を撮り、風景を撮ってみました。写真って、難しいようで簡単で、でも知れば知るほど難しい、奥が深い世界です。

 どうしても撮ってみたい景色の場所まで、歩きや自転車ではちょっと難しい距離でした。私は免許を持っていないので、父・正雄に車を出してもらいました。父と2人で車なんて、数えるくらいしかありません。ラジオが車内の空間を満たしてくれました。目的地は姨捨です。いにしえより「田毎の月」として名月や棚田で有名ですが、撮影地としても人気です。眼下に広がる棚田と善光寺平。邪魔するものは上下左右何もありませんでした。標準レンズで正解でした。望遠レンズではこの広大さを収められません。より広くとれる広角レンズなら大正解と言えたのでしょう。レンズを沢山揃えたくなる人の気持ちが少しわかりました。

 市街地と農地と山々のバランスが絶妙な善光寺平と、夕陽に染まる空が撮れました。こういう時は、標準レンズでも三脚が欲しいなと学習しました。

 姨捨の地は旧更埴市、そのまた昔は更級郡で、棚田の水は更級川から引かれています。私の名前の由来で、気に入っています。

「更紗を見てると、じいちゃんが写真をやってたのを思い出したよ。血って面白いもんだな」

「えっ、そうなの?」

 帰りの車の中で私は、うまく返す言葉が見つかりませんでした。

 

 

 

     あの人はきっと、さらちゃんについてるだわ。

 

 

 

 小さい頃から祖母によく言われた言葉が思い起こされました。

 次の日、家族揃って祖母・あずさのいる老人福祉施設へお見舞いに行った時のことです。ベッドにいるか、杖を使ってゆっくり歩くのが祖母の常のようです。歩行器や車椅子を使う方々も多い中、祖母は元気な方と聞いて少し安心しました。ただ、両耳ともだんだん遠くなっていっているようです。そのせいか、数年前にあった時と比べて話し方もゆっくりなように思えました。私が写真を撮る仕事を始めたことを話すと、祖母はポロポロと涙を流し始めました。父が言った通り、祖父・信善は晩年、写真を撮るのが趣味だったようです。猟師だったことと、晩年は車椅子生活だったことは聞いたことがありました。ですが、写真が趣味というのは初耳でした。カメラを手に持っている写真を何枚か、アルバムで見たような覚えならあります。ですが祖母は、祖父の遺品のカメラやレンズが数台あると言うのです。これは軽い趣味のレベルではありません。当時のカメラは今以上に高級品だったはずです。祖父は、祖母の写真や、祖母と一緒に写る写真ばかり撮っていたようです。祖母にとってその10年間が、祖父との一番温かくてキラキラした思い出だそうです。猟の最中に転んで足を怪我し、車椅子生活となった祖父。同時に猟師を引退し、ほぼ同時にカメラいじりを始めたそうです。なぜ急にカメラを始めたのかは、父も母も、祖母にもわからないそうです。ただ、カメラのある時間が嬉しかったのは祖母だけでないようです。祖父にとっても、険しい顔がみるみるほぐれていく、美しい黄昏時だったようです。

「さらちゃん、やっぱりあの人はさらちゃんについてるだわ。信州が好きなら早くこっちに戻ってくりゃいいに」

「うん、そうね。待っててね」

そう言われると、簡単に戻ってぬくぬくしていいものなのか、と思ってしまいます。

「雅人、都会で立派に働き始めたんなら、もう帰って来んでもいいで」

「えっ…うん、頑張る」

 そう答えた雅人も、少し戸惑っているような顔でした。私も意外でした。祖母は終始にこにこ微笑んでいました。

「雅人も、さらちゃんも、正雄も、繭弓さんも、皆のこと、神様に祈ってる」

 

 

 

 黒猫さん、私は今日、貴方に出逢った時の不思議な感覚を思い出した。実家の押し入れの奥の木箱に祖父の遺品のカメラやレンズを発掘した時のことである。何年もの時間を貴方の瞳の中に見たように感じた、あの時のあの感覚…黒猫さん、貴方、まさかとは思うけど、時空を超える力でも持っているのかしら?

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

 

 

 

 さて、私のスマホは相変わらず震えっぱなしなのですが、この仕掛け人は上田さんです。昨日、佳乃さんから「PINE」で連絡が来ました。

「さらちゃんの『ふぉととぎす』のこと、主人がつぶやいて宣伝してくれるみたいよ♪」

 そう言えば上田さんは「ツブヤキーモ」のヘビーユーザーでした。上田さんのアカウントのリンクを佳乃さんが「PINE」で送ってくれました。開いてみると、私が撮った写真と私の「ふぉととぎす」のページが紹介されていました。何回かに分けて、すごく喜んで下さっている、恐れ入りすぎる投稿の数々がありました。中でもご夫妻の自然な表情がはっきり写った画像付きの投稿が一番人気のようでした。人気と言うのは「イイモ!」や「焼き増し」が特に多いということです。恐る恐る「IMO」も開いてみました。すると「かわいい」「幸せそう」「私も依頼する」等々、嬉しいコメントばかりでした。私は「2階のネコにモノ申す」という名のアカウントしか持っていません。ばれたくないので何のリアクションも出来ないのが歯がゆいです。どうしても「ふぉととぎす」で、と上田さんが私に頼んだ理由はこれなのかもしれません。自分の趣味を生かして、私を応援するためだとしたら、感謝しかありません。帰省前にちゃんと、上田さんたちを撮った写真を作例欄に追加しておいてよかったです。危うく上田さんを詐欺ツブヤキーマーにしてしまうところでした。

 ちょっと今は頭も心もいっぱいなので、ご依頼は帰ってゆっくり確認します。スマホの振動を、私を応援してくれる鼓動と勝手に解釈させていただいています。

 軽井沢駅を発車し、新幹線が碓氷峠トンネルに入りました。スマホが震えるということは、トンネル内でも電波が入るようになったのですね。と思ったら、「ふぉととぎす」の通知とは違う震え方をしました。多分メールの震え方だと思います。

 写真コンテストで優秀賞を受賞した、という旨のメールでした。すっかり忘れていた、スマホで撮った写真をコンテストに応募したものでした。2月の同窓会の夜、万葉公園で星空を見上げる同級生や先生をスマホで撮ったものです。酔い混じりのただの記念に、何も狙わずに撮った写真だっただけにびっくりです。北信地域の写真コンテストで、賞品は松代の旅館の宿泊券です。信州を離れた直後のトンネル内で、お土産と、帰省する理由が増えてしまいました。

 祖父の遺品のカメラやレンズたちと一緒に、日記のようなものが木箱に入っていました。父の許可を得て、それを預かってきました。今、カメラリュックの中にあります。落ち着いた時に、ゆっくり読んでみようと思います。

 写真という道。これまで、好きだけど迷いは少なからずありました。でも今は、きっとこれでいいんだと思えるようになりました。いろんな人からの応援を感じます。まさみや祖母の言う「祈り」なのかもしれません。「一生かかってもやり続けたいこと」、やっぱりこれでいいような気がします。

 スマホのニュースアプリを開くと「駅の三脚禁止惜しむ声 長野」とあります。

 演奏会スタッフのアルバイトの、6月の公演予定と勤務希望日募集のメールが来ました。

 県境のトンネルを越えると、嵐の予感がします。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第11話 嵐を抜け、嵐に呼ばれる射手

 6月、関東甲信地方も梅雨入りをしました。「関東甲信」と一緒くたにされると、少しモヤモヤ感もあります。ですが、そんなに離れていないんだな、とも改めて感じられて、嬉しくもあります。まるで恋です。

 初めて撮った紫陽花の花びらには、雨上りの柔らかな光をぎゅっと閉じ込めた大きな雫。近所のいつもの公園に、展望台からの眺めの他にも素敵なものを見つけました。見ているはずのものを改めて「発見」する、そんな視点をレンズからもらいました。パソコンを使うようになって初めて、自分の撮った写真を壁紙にしています。どうやら私は、すっかり50mmの単焦点レンズのとりこになってしまったようです。

 ですが、望遠レンズをまったく使わなくなった訳ではありません。今まで通り、三脚を使って展望台から街や雲、山並みや富士山も撮ります。遠くのものに狙いを定めるのは、50mmのレンズとは気分がまるで違います。目に入る景色の狭い範囲が、ぐっと自分の方に引き寄せられる楽しさ。何かをドアップで撮る時、一点集中、シャッターボタンでそれらの核を射抜く爽快感。それを感じたい時には三脚から外して手持ちで構え、姿勢を正し、精神統一をします。最近、公園にいる野鳥を狙うのも楽しいです。そう、思い出せば思い出すほど、弓道とよく似ているのです。

 お陰様で「ふぉととぎす」の仕事は順調、というより、嬉しい悲鳴を上げています。沢山いただくご依頼の中から、条件を絞ってふるいにかけさせていただいています。まずは美術館の出勤日と重ならない日、次は撮影場所が私の自宅からなるべく近いこと。まさみの写真を作例欄に追加したところ、どうやら撮影地がばれてしまったようです。実家の近所の公園を知る方が「ツブヤキーモ」か何かで話題にして下さったのでしょう。信州で撮影をしてほしい、というご依頼も時々いただくようになりました。まるで渓流の滝を間近に見ている時のように、爽やかな癒しで心が洗浄されます。ですがごめんなさい、少しでも多くの方々のご希望にお応えしたいと思うのです。私は神様ではないので、皆様全員のご希望に沿うことは残念ながら出来ないのです。ご依頼にお応え出来ない方々には、必ずお詫びの文を送らせていただいています。せめてもの誠意として、これも仕事ではないかなと、私なりに思っています。

 こんな状況や、こんな気持ちを体験出来るのも、上田さんの宣伝のお陰です。「バズる」と言うのでしょうか、未だにSNS音痴の私にとって、頼もしすぎる味方です。美術館の仕事のシフトも、先月は思わぬ計らいをいただいてしまいました。月曜を除いて繁忙期に4連休、ベテランの私が抜けて良いのか、正直不安でした。ですが連休明けにお礼を言いつつ聞いてみると「大丈夫だったよ、気にしないで」と。佳乃さんは「正直、いてくれると助かるけど私に任せて」と言ってくれました。上機嫌だったのは、お土産に買ったみすず飴のおまじないが効いたからかもしれません。あんず味が佳乃さんのお気に入りです。私も好きです。いずれにせよ、私を応援して下さっているのが端々から感じられ、嬉しい限りです。基本的にはシフトの自由が利く職場なので、写真の仕事を増やすことも出来ます。ですがやっぱり、出来る限り上田さんたちの力になりたいと思うのが人情です。

 

 

 

黒猫さん黒猫さん、今日はちょっと久々に貴方に本気でモノ申したい。仕事で珍しく相当イラついてる今日こそ慰めてほしかった。最近また階段の定位置にいてくれるなあと思ったら。雨の日でも濡れるのに健気に。この前蚊に刺された私の指をなめてくれたじゃない。なんで話し始めた途端に逃げちゃうわけ?

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

 

 

 

 今月は2日だけ、コンサートスタッフのアルバイトに入っています。写真の仕事が忙しくなってきたので、辞めても十分に生活出来そうになりました。実際、割がいいのは写真の方です。ただ、好きなクラシック音楽に触れながらお金を稼げる特権は、なかなかないものかと。自分への癒しも兼ねて、特に好きな曲がある日に勤務希望を出させていただいています。私のちょっと贅沢なリフレッシュタイムです。唯一、私たちの担当になって日が浅い、いけ好かない女上司さえやり過ごせば。

 当日券を売る係、チケットをもぎる係、プログラムを渡す係、ホールの扉に立つ案内係。これらが開場後の基本的な仕事です。時々、CDやクリアファイルなどの関連グッズを販売することもあります。開場前にこれらの準備をし、開場後、開演前が最初の山です。ロビーがお客様で賑わう30分間が過ぎ、開演すると徐々に片づけを始めます。コンサートの休憩時間に小さな山があり、この時間にグッズを買う人もいます。物販コーナーが一番混むのは終演後です。これら以外に、総合案内カウンターがあります。

 今年の4月から配属になった上司、旭美智子(あさひ・みちこ)は25歳と聞きました。私にとって初の年下の上司です。この職場は学生のアルバイトが多いので、多くのスタッフにとっては年上ですが。私は最年長ではありませんが、ベテラン扱いされ、妙に頼られてしまっています。旭さんはスタッフの当日の持ち場を決め、ロビー全体を管理することが仕事です。慣れないスタッフに指導したり、特に女性の身だしなみに厳しいのは、まあわかります。ただ、物販コーナーの商品やポップの配置に必ずいちゃもんをつけます。担当の皆で考えて工夫して並べたつもりなのですが。さらに私には「経験長いんだからちゃんと見て指導して」と言います。笑顔を見せるのは1日1回、勤務開始前のスタッフ集合の時の一瞬だけです。ご挨拶の発声練習「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」以外は仏頂面です。お客様の前では?ご心配なく、開場後は事務所に引きこもっているので無害です。ロビーはベテランが仕方なくなんとかしています。私がいない日もそのようです。

 この日、私は物販の担当でした。休憩中の売上や商品の在庫などを確認しながら、後半プログラムの時間を過ごします。後半、すなわち今日のメインは、チャイコフスキー作曲交響曲第6番『悲愴』です。私の大好きな曲の1つです。ホールの扉に立つ係の次に、物販係が扉に近いので、よく聴くと音漏れが楽しめます。第1楽章は感情の浮き沈みが激しく、第2楽章は整然と穏やかな印象があります。第3楽章は疾走感みなぎる踊りがいつの間にか大行進曲になり、一番のお気に入りです。ここで終われば清々しいのですが、第4楽章では暗く沈み、曲は静かに幕を閉じます。何だか人生の教訓のようにも思えます。

 事件は終演後に起こりました。物販コーナーにいらっしゃったご高齢の女性のお客様が、スタッフに質問をしています。少し長いな、と思ったので手が空いた時に様子を見ると、そのスタッフも私を見ました。どうやら道を聞かれているようで、でもまだ何も答えていない状況でした。ご高齢の方々の場合、悪気なく一方的に長々と話をしてしまうことはよくあります。美術館でもよくあります。私がバトンタッチを引き受け、物販のテーブルの外側へ出て対応を始めました。私なりに、感じが悪くならないよう気を遣いながら、話を本題に戻してもらいました。そして目的地をお伺いし、可能な限りわかりやすく丁寧に道案内を始めました。念のために物販コーナーにも用意していた、周辺案内の地図が役に立ちました。1回ではおわかりにならなかったようなので、誠心誠意、少し詳しく説明しました。お客様も一所懸命にわかろうとして下さっています。

「お客様、道でしたら総合案内をご利用下さい」

 旭さんがぶつ切りにしました。相変わらずの仏頂面でした。

「やりすぎ。仕事して」

 憎しみに満ちたような顔でそう言い放ち、事務所へ戻って行きました。

「ごめんなさいねぇ、お仕事中に。えーと総合案内は…」

 謝るのはこちらの方です。せめて総合案内までお連れしてあげたいと思いました。別のスタッフが動こうとしましたが、私が止めました。きっとまだ監視モニターを睨んでいるに違いなかったからです。その後、物販メンバーは即気持ちを切り替え、いつもの笑顔で接客販売に臨みました。現場がわかる仲間が一番頼もしいです。

 一体どうして、あんなに怒りに満ちた顔が出来るのでしょう。口を「い」の字にして、下の歯を突き出すようにして、人を本気で睨んで。私には出来ません。そもそも私はあまり怒らない人間ですが、怒ったとしても人前で感情的にはなりません。ましてや接客業では尚更です。お客様にそんな顔をしたらクレーム必至ですが、スタッフ相手だとしてもです。その様子をお客様に見られては、スタッフ全体、その空間全体の印象が悪くなります。そもそも、あんな顔をしたら自分まで気分が悪くなりそうで、したくもないです。

 我慢ならなくなり、「ツブヤキーモ」を借りてちょっとだけ発散させていただきました。それでも収まらず、まさみや佳乃さんにもご迷惑を承知で発散してしまいました。その翌日、7月の公演予定と勤務希望日募集のメールが来ました。特別好きな曲もなく、ちょうどいいタイミングかな、と思いました。6月限りでアルバイト登録を外してほしい旨を返信しました。「了解です」とだけ、即返事が来ました。仲間には少し申し訳ないですが、イヤイヤ続けることにこだわる必要もないのかな、と。月末が最後の勤務になります。メイン曲は私が一番思い入れのある、歌劇『ウィリアム・テル』序曲です。

 まさみから「PINE」で電話が来ました。通話も無料とは、ありがたいものです。励ましてもらい、相談に乗ってもらい、応援してもらいました。私は何もしてあげられなくて謝るばかりです。ところが、珍しい相談を受けました。「駅の三脚禁止惜しむ声 長野」と話題になった駅で、写真を撮ってほしいと言うのです。

「私あの写真大好きなの。まっすぐ奥に伸びる線路と、遠くに浅間山と電車とリンゴの一本木。さらちゃんなら、三脚なくてもきれいな写真、撮ってくれないかな…?」

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第12話 真夏の祈り合戦

 あっという間に梅雨が明けたと思ったら、なんという猛暑でしょう。暑いので部屋の窓を閉め切り、エアコンを「ドライ」「強」に設定しています。実家ではあり得ません。閉め切っては暑いので窓を開け、風を家じゅうに通すのです。ですがここ、東京では、外は災害レベルの酷暑、流れる空気は熱風ではありませんか。これは文明の利器に頼るほかありません。猛暑だけではなく、台風も最近は毎週のようにやって来ます。これはこれで、エアコンの「ドライ」「強」が私を救います。普通の程よい夏の日など、今年は望めないのでしょうか。信州の高原野菜まで暑さでダメージを受けていると、ニュースで見聞きしました。

 嵐がいくらか静かになった夜、まさみと電話しました。まさみは10月に行われる、皆神神社の奉納劇に出演することになったようです。今年は創建1300年の記念の年で、奉納劇を境内で上演するという企画のようです。

皆神神社は長野市松代にあり、毎年初詣に行っているので我が家でも馴染みがあります。市街地から少し離れた皆神山の山頂にあり、独特な清々しさを私はいつも感じます。地元では初詣は善光寺が一般的ですが、我が家では祖父の生前から皆神神社だそうです。

 奉納劇のテーマは「祈り」で、電話でも「祈りって何だろう?」という話になりました。私は、願い事を心の中で唱えることかなあ、と答えました。するとまさみは、いろんな人に聞いた中で一番ピュアな意見だと驚いていました。そうなのでしょうか…まさみの意見は「祈りと願いはちょっと違う」というものでした。事務職でビジネスメールのやり取りをしていると「お願い」は頻発しているそうです。「宜しくお願い致します」なんて、挨拶のような常套句とのことです。相手に何かをしてほしくて、それによって自分が利益を得ることが「お願い」かな、と。そして、頼まれた側も具体的に何をすればいいのかわかるのが「お願い」かな、と。こういう時に「祈り」という言葉は使わない、と言っていました。仕事で使うのは社員やアルバイトの採用選考の時くらいだそうです。「貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます」という、あれです。この場合「お願い」している訳ではなく、むしろ「応援」が近いのでは、と。そして、「祈り」の相手は神様や仏様で、人ではないと思う、と言っていました。あまりにも真剣に考えているまさみに、私はびっくりしてしまいました。そして、まったく論理的でない自分の発言が恥ずかしくなりました。

「でも正直よくわからないけどね。こうやって考えるきっかけをもらっただけでも、いい経験になってるかなって。それでこうやって、いろんな人に聞いてみてるの。自分の意見も伝えながらね。不公平だから。でも何が正しいとか、誰の意見が間違ってるとかってわけじゃなくてね。皆に言ってるんだけど、こういうのって考えることが一番大事だと思うんだ。皆きっとそれぞれ答えがあって、信じるものも違うかもしれない。だけど人の意見って参考になったり、新しい刺激をもらえたりするのよね。それが私は楽しいの。ごめんね、突然さらちゃんを巻き込んじゃって」

 きっと劇団の仲間や仕事仲間にも聞いているのでしょう。ムードメーカーとして活躍している姿が目に浮かびます。私の自慢の幼なじみです。

「さらちゃんの意見聞いて、祈りって本来すごく普遍的なものなのかも、って思ったよ。神様とか仏様とかに、届いてほしい!って強く願うことって、祈りって言えるのかも」

「うん、そうかもね。少しはお役に立てたようで良かった」

「何言ってるのよ。ありがとう。でも今のこの意見も、もしかしたら変わるかもしれないし、もっと深まるかもしれない。奉納劇の本番の頃、私の考えも皆の考えもどんなふうになってるのか、私も楽しみ。出来る限り劇団メンバーでは同じような考えを持ちたいと思ってるけどね」

 立派すぎます。まさみが演劇をやっている理由がわかった気がしました。

「私も楽しみにしてるよ!まさみが強い思いを持って演技しているところ、見てみたい。絶対見に行く!」

「ホント?嬉しい!頑張らなきゃ!」

「あっ…」

 ふと、思い出しました。写真コンテストの賞品の、松代の旅館のペア宿泊券があります。まさみと一緒に泊まりで温泉に入って、まさみを労ってあげよう、と思いつきました。ですが、ちょっともったいない気もしました。信州が初めての誰かに、折角なら使ってもらいたいかなと、やっぱり思います。別に私が使わなくても、私にとって嬉しい使い方をさせていただきたいと思います。まさみとの超プチ女子旅の案は、ちょっと保留にしておきます。

「どうしたの?」

「えっとね、実は写真コンテストで賞をとったの」

「え!すごい!どんな写真?」

「それがね、まさみも写ってる写真なんだよ」

「え、何それちょっと、私に無断で?」

「大丈夫、後姿だから。しかも夜で真っ暗だし、まさみだけじゃないし」

「え?いつ撮った写真?」

「同窓会の夜よ。スマホで撮ったの。遠藤先生やまさみたちが夜空の星を見上げてるところをね」

「あーあの時!撮ってたんだー言ってよー。タイトルとかあるの?」

「『星に願いを』」

「えーもーピュアーさらちゃんー!」

「じゃあね、奉納劇、成功を祈ってるよ!」

「うん、ありがとう!この劇、本当にいろんな人に見てもらいたいの。さらちゃん、東京の知り合いとかにも宣伝してよ、皆神神社のこと!」

「うん、するする!じゃあねー!」

 電話を切り、パソコンを開き、来月帰省するための新幹線の指定席を取りました。

 

 

 

使うレンズを変えても、どんなに写真の経験を積んでも、貴方はすぐに気づいて逃げる。黒猫さん、今までごめんなさい。カメラは時に弓にも銃にも似ています。きっと辛い過去があるのでしょう。見当違いなら良いのですが。ともかく、カメラはお互いの幸せのために使いたいですね。貴方は平和の使者です。

 (2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

 

 

 

 6月末、コンサートスタッフのアルバイトを無事に辞めることが出来ました。私の最後の持ち場は、ありがたいことにホールの扉の前に立つ案内係でした。大好きな『ウィリアム・テル』序曲の音漏れを存分に楽しませていただきました。

 美術館と写真の仕事という二足のわらじスタイルになり、1ヶ月が経ちました。今月は展示替え期間が2週間ほどありましたが、その間はいつも写真を撮っていました。お陰様で仕事の依頼はほぼ切れずにいます。上田様さまさまです。今は「ツブヤキーモ」の「追いも」が多い人が頼りになる時代なのかもしれません。

 コンサートのアルバイト仲間には、申し訳ない気持ちもあります。でも仲の良かった皆から、私のこれからの人生の幸せを祈ってもらいました。私も、皆の健康や、現場がお客様と一緒に楽しくなることを祈っています。イヤなこともあるかもしれませんが、皆なら大丈夫と伝えましたし、応援しています。色々な意味で、清々しい気分です。そして、私がクラシック音楽好きでなくなる訳でもありません。

 仕事で最後に聴けた「ウィリアムテル」は、私にとって特別な曲です。私がクラシック音楽に興味を持ったきっかけの曲でもあるのです。軽快なテンポの、馬が駆けるようなリズムの曲はテレビでも運動会でもおなじみです。ですが、それは曲の一番最後の部分だと知った時には驚きました。曲は4部構成で、第4部ももちろん好きですが、私の一番のお気に入りは第3部です。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第13話 射手の故郷の牧歌

避暑とは言え、たぶん今までで一番暑い夏
それでも風が吹くと、ちゃんとさわやか信州
都会のむごい熱風は、ここにはない
鮮やかな緑の山々が見守る、広々とした盆地

遠くには、曲線美なのに気性は荒い浅間山
その裾野へ一直線に伸びる、一本の線路
誰が植えたか、線路の脇にリンゴの巨木
あとは野山の景色が広がる、駅のホーム

弟は吹奏楽部でフルートを吹いていた
ウィリアムテルの第3部に聴き惚れた
夜明け、嵐、牧歌、そして有名な行進曲
私のクラシック音楽好きの、最初の挨拶

弟は言った
夢は私に任せていると
おれのことはほっといて、仕事がんばれと
祈りを感じた


上手く行かなくても、有意義だと考えるくせ
だけど狙った的を射抜いた時の清々しさ
北も南も過去も未来も、そこにはない
一瞬の美しい祝福を求めて、また山に登る

遠くから、風に溶け込むような踏切の警報音
段々重なり大きくなり、まるでかえるのうた
ヘビみたいに長い列車は、ここには来ない
少しの人が降り、少しの人が乗った

中学に入り、母の勧めで弓道を始めた
一直線に的を狙う瞬間に、私は魅了された
母は高校生の頃、弓道部だったと聞いた
私がそれを知ったのは、大学入学の時

母は言った
弓道は母の夢でもあると
だけど、続けるも辞めるも自由にしていいと
子離れを感じた


爽快なのは一瞬で、全過程の氷山の一角
疑問、悩み、迷い、不安、緊張との戦い
あの騒々しい孤独は、ほかにはない
長い静寂の瞬間に、全エネルギーを注ぐ

目の前で、列車がゆっくりと動き始める
駅から一番近い踏切の警報音だけが耳に響く
2両編成の列車が徐々に速度を上げてゆく
一直線の線路を眺め、ホームには私一人

彼は、カメラが好きだった
私も影響されて、自分のカメラを持った
大学卒業と同時に、弓道を辞めた
写真と弓道は似てる、と気づいたのが半年前

彼は言った
私に彼を卒業してもらったと
彼から吸収してばかりじゃ私によくないと
献身を感じた


将来、地元に貢献する人になりたかった
上京生活は、楽しみながらも心の芯には故郷
信州の風は、どこにもない
悲恋を嘆く「梓弓」を思い出してしまう

遠くへと、踏切の警報音が駆けてゆく
ホームの端へ歩くと「三脚禁止」の看板
駅利用者と写真愛好家のトラブルとのこと
人気だった絶景スポット、なぜか寂しい風

祖母と最後に出掛けたのは、皆神神社だった
私の弓道大会の健闘を祈ってくれた
忘れもしない、旧松代文武学校での大会
今までで最高に清々しい矢を射れた

祖母は言った
祖父は私についていると
そして、信州が好きなら戻って来いと
抱擁を感じた


あの大会の結果は準優勝だった
穏やかな、ふんわり優しい満足感に包まれた
不安も迷いも肩の荷も、まったくない
私も祈り、祖母も祈り、心が楽になったから

遠くても、近くに見える魔法の道具
私の心にも持っている、望遠レンズ
カメラバッグから出すと、駅員さんが来た
三脚はないと説明すると、冗談だと思われた

努力では叶わないものを人は祈るのだと思う
特に、誰かの幸せや、平和や、救いを求めて
就活で泣いていた頃、毎日神様に祈っていた
親友が、私のすべてを救ってくれた

私は思う
大切なのは弓なのだと
苦しみや努力の過程を弓に蓄え、矢に込める
だから「弓」道なのだと


遠くには、曲線美なのに気性は荒い浅間山
その裾野へ一直線に伸びる、一本の線路
誰が植えたか、線路の脇にリンゴの巨木
あとは野山の景色が広がる、駅のホーム

悲しいニュースで話題になった故郷のため
そのニュースを悲しんだ友人のため
列車が遠くで曲がったところが最高の構図
カメラを構え、私のすべてを指先に込めた



お盆の帰省から戻ると、アパートの2階から降りて来てお出迎えしてくれた黒猫さん。暑い中ありがとう。かわいい。いつになくニャーゴニャーゴと嬉しそうだったわね。祖父の遺品の日記を読んだ話、そんなに面白かった?続きはまた今度ね。私が階段を離れても鳴かれると、後ろ髪を引かれちゃうじゃない。
(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

番外編 川島信善の手記より抜粋

 猟師を辞めてヒマになったので、写真を始めてみた。それでもフイルムが終わると現像が済むまでヒマなので、ノートにこうやって自由気ママに色々書こうと思う。しかし、こんなノートを書くことも、カメラをいじっていることも、あずさ以外には内緒である。

 

 車イス暮らしになり、仕方なく猟師人生を退き、生活のほとんどを家の中か近所で過ごしている。そしていつもあずさに面倒を見てもらっている。迷惑を掛けてばかりで申し訳なく思う。そもそも、日頃あずさが家で何をしてくれていたのか、この目で見て初めてよくわかり、今まで気にもしなかったことばかりで情けない。そこへ、いつもは山に出ているはずだった俺がやって来て、さぞ苦労なことだろう。それなのに、あずさはいつも微笑んでいる。感謝する。そんなあずさの仕草、働き、笑顔を写真に収めてゆきたい。

 

 あずさに車イスを押してもらって、千曲川を散歩している時、どうして写真を撮ろうと思ったのですか?と聞かれた。猟銃はもう懲り懲りだけど、これならあずさも恐くないだろ?と言ったら、そうですね、と言って笑った。カメラを持って、あずさの横顔を撮った。本当は猟師を辞めた仲間がシカやクマや鳥の写真を撮る写真家になって、新聞や雑誌に引っ張りだこだという話を聞いたからである。なるほど、猟も写真も、どちらも狙って撃つところが似ているかもしれない。俺も足が無事だったら、猟銃のように筒の長いレンズを構えてみたかったもんだ。でも写真で飯を食う気はない。カメラをいじりながら、あずさと過ごせればそれでいい。

 

 カメラは素晴らしい器械だ。写真は素晴らしい記録だ。まず、隅々までハッキリ写っているだけで素晴らしい。俺は目が悪くなって、遠くは見えても近くは真中の一点以外はボンヤリしてしまうようになった。だが写真に撮ると、腕の長さだけ離して写真を見れば、隅々までピシッと見えるじゃないか。これには驚いた。山の写真や汽車の写真など、見たことはあるが、自分で撮ってみて、自分の物を使ってみて、改めて気付かされる素晴らしさというものがあるものだ。

 

 車イスでも出来るということが、カメラの有り難いところの一つである。足が駄目になったら、出来ることと言ったら本を読むか碁を打つくらいじゃないかと、病院で案じていたら、見舞いに来た猟の仲間がカメラはどうだと勧めてくれた。前にも書いたように、確かに似ている。だがそんなことより、あずさの嬉しそうな顔を見られるのが何よりの幸せだ。

 

 正雄には、カメラのことはまだ気付かれずに済んでいるようだ。働きもしない体の不自由な老いぼれが、手元でチマチマ器械をいじって遊んでいる姿など、隠居にしては見っとも無い。しかし俺にとってカメラは、写真は、あずさへの今までの恩返しなのだ。カメラをあずさに向ける時、現像した写真をあずさと眺める時、生き甲斐を感じる。

 

 更級、埴科、この辺りの山は大体入ったが、松代の皆神山だけは猟に入ったことがない。何しろ昔、どこかの殿様が鷹狩をしていたら大天狗が現れて、ここでの殺生はならぬと咎められたとかいう言い伝えもある。それに限らず、ピラミッドと言われたり、地震が多発したり、最近じゃあUFOの着陸地点だとも言われてて、嘘だか本当だかわからんが不気味さは昔からある。夜、皆神山の上の空が光ったのは俺もこの目で見た。だが不気味さと神聖さ、神の力は元は同じものではないか。その恐ろしさがあるからこそ、初詣は毎年、山頂の皆神神社に行っている。勿論、猟銃は家に置いて行く。いつかその内、カメラを持ってあずさと記念写真を撮りたいものだ。

 

 時々、パアン、と乾いた音がこだますると、自分でも気付かないうちにキョロキョロしているらしい。大丈夫ですか、とあずさに心配される。これは俺とあずさだけの秘密なのだが、足が動かなくなったのは猟で仲間に撃たれたからだ。わざとではないことくらい、俺には解る。むしろ変な場所にいた俺が悪いのだ。何処に誰がいて、獲物は何処にいて、引き金を引くべき頃合いかどうかを感じ取っていなかった俺が悪いのだ。事を大きくするのは嫌な性分が故、撃たれたのではなく転んだ事にした。でもそれ以来、銃声らしき音が聞こえたり、何か武器に似たものが自分に向けられると妙に敏感になってしまったようだ。撃たれる前にそうなれ、と言われればそれまでなのだが、それではカメラを愛でる日々は来なかった。そう言えば、もし誰かが俺にカメラを向けたら、俺は怯えるだろうか?カメラと銃は似ている所もあるが、カメラは人を攻撃しない。俺の知る限りでは。

 

 あずさと正雄と、皆神神社へ初詣に行った。あずさと二人ではないのでカメラは置いて行った。どうして初詣が善光寺じゃないのか、信善の善は善光寺の善のくせに、と子供の頃からよく言われた。その通り、信は信濃の国、信州の信で、善は善光寺の善が名前の由来だ。では何故、皆神神社なのかと言うと、俺が生まれたのがちょうど皆神神社の創建一二〇〇年の日だったからだそうだ。大正七年十月二十日。西暦で言うと一九一八年か。その日の式典を当然俺はこの目で見てはいないから、百歳まで生きて一三〇〇年の式典をこの目で見て、写真を撮るのを目標に生きてみようか。その頃には二十一世紀の世で、昭和九十三年となるから、もしかしたら昭和ですらないのかもしれん。長生きが楽しみだ。

 

 顔馴染みになったカメラ屋の旦那に勧められて、二台目のカメラを買った。初めて買ったのも、この二台目も、会社は違うが両方とも長野県の会社が作ったものだ。愛着が湧く要素としては大きい。信善の信は信州の信。ノブヨシよりもシンゼンだとかシンさんだとか呼ばれる方が、実は気に入ってたりする。

 

 正雄が週末、頻繁に出掛けるようになった。婚約者がいるらしい。今までにない楽しみが増えた。家族が増えると、きっと写真も撮りたくなるが、悠然と隠居している元猟師の親父としては、カメラやフイルムに金を掛けて地味な余生を送っているとはいかがなものか。いっそ恥を忍んで正雄に隠さず話そうか。

 

 あずさでも使い易そうなカメラを買った。これで三台目。正雄の嫁さんが来て、孫も出来たりすれば、あずさも写真を撮りたくなる。それに、たまには俺の写真も撮ってくれ。そう説得してカメラを持たせた。使ってくれるだろうか。

 

 正雄の結婚式に行った。お相手は繭弓さんと言う、中々の美人だ。俺は大きな後悔をした。カメラを持って行くべきだった。写真屋さんが撮る記念写真も良いが、自分でも記念写真を撮りたかった。自分の目線で見る、二人の祝福すべき門出の時を、写真に収められるのは自分だけなんだと気付いた。代わりにあずさが沢山写真を撮ってくれた。あずさの目線の、実に美しく愛に満ちた写真だった。それと、俺自身が写真を撮られることに、少なからず恐怖を覚えた。昔はそんなことなかったが、どうやらあの事故以来、銃や武器だけでなくカメラを向けられても、体が敏感に反応するようになってしまったようだ。しかし、あずさのカメラにはそれを全く感じなかった。

 

 あずさがカメラを持っていたことに、正雄は驚いていた。俺が買って、俺の代わりに結婚式を撮るように言われた、とあずさは説明した。俺にも撮らせろ、俺は元猟師だからあずさより巧いぞって最近お父さんがうるさい、なんつう余計な事まで言ってくれた。すると繭弓さんが、私は弓道をやっていたので、お互い写真と言う異種競技でお手合わせしませんか、と言ってくれた。正雄が、それなら今までのお礼に、一番良いカメラを親父にプレゼントする、と言ってくれた。繭弓さんだけムスッとした。みんな笑って、あずさのカメラで、繭弓さんを入れての初めての記念写真を撮った。あずさが知らぬ間にセルフタイマーまで使いこなしている事に驚いた。

 

 あずさ、口でも伝えたが、お前は何て賢い女房なんだ。お陰で俺は正雄や繭弓さんの前でもカメラをいじりやすくなった。それだけでなく、アメリカの有名な写真家が認めたと言う日本の大会社のカメラを、正雄が俺に買ってくれることになった。それだけでなく、繭弓さんが自然と川島家に溶け込んで、皆が笑える家にしてくれた。あずさ、本当にありがとう。

 

 正雄は簡単なカメラを一台持っているらしい。もっといいやつ要らないのか、と聞いたら、一つで十分と言われた。あずさのやつの他に、俺が既に二台、カメラを持っていることを白状して譲ろうと思ったが、そう旨くは行かなかった。

 

 正雄からプレゼントなんて、何十年振りだろう。カメラもレンズも、憧れの逸品じゃないか!これはかえって簡単には箱から出せなさそうだ。しかし器械は使ってこそのもの。悩ましいが、孫が出来たらこのカメラで山ほど写真を撮ってやると決めた。

 

 大切なこと故、ノートの一番最後のページに前もって書いて置く。俺とあずさのカメラ、全四台とレンズはあずさが管理して欲しい。このノートも一緒に。あずさが、譲っても良いと思った相手に、譲っても良いと思った時に、譲ってあげて欲しい。それと、俺が撮った孫以外の写真はすべてあずさに贈る。仕舞うなり、飾るなり、好きにして欲しい。

長野県出身の降沢あなご氏による連載小説
「2階のネコにモノ申す!」

第14話 2階のネコがくれたもの

 9月になっても暑い日が続きます。30度越えなのに「いくらか過ごしやすくなった」と思える自分が恐ろしいです。かと思えば、台風も次から次へとやって来ます。猛暑か豪雨という、まともな心地よい夏はありませんでした。秋もそうなのでしょうか?私は秋が大好きなのですが、秋らしい秋がなく一気に冬になるなど寂し過ぎます。来月、皆神神社に行く時は、紅葉が美しい、ちゃんとした秋でありますように。

 このように悪天候が続くので、写真の仕事も少しセーブさせて頂いております。どうしても屋外での撮影の依頼が多いですが、最近はほぼ屋内のみお受けしています。撮影場所はご依頼主様のご自宅や、近所のカフェなどです。雨天での屋外撮影はもちろん中止ですが、晴れた日もNGの場合がどうしても多いです。依頼の大半は、ご依頼主様たちは暑さをしのぐことの出来る、海やプールでの撮影です。しかし私はカメラを水から守る、レインカバーなどを持っていません。つまり、水に近づくことが出来ないのです。望遠レンズを使えば、いくらか水から離れてもある程度は大きく写すことが出来ます。ですが、水から離れるということは、暑いということなのです。ごめんなさい、暑いのです。唯一、最近屋外で撮影した場所は明治神宮の森でした。これは最高でした。自宅から一番近いパワースポットである以前に、とにかく涼しくて幸せでした。体も心も、しっかりと芯まで癒されました。

 癒されたと言えば、先日、祖父の遺品の日記に目を通しました。一番最初に、このノートの存在は祖母以外には秘密だと書いてありました。そこで、読み進めるのを止め、父にメールしました。日記を借りる許可は父からもらったからです。すると後日、祖母が私に預けると言っていると、父からメールがありました。「さらちゃんが受け取ってくれたら一番嬉しい」と、泣いていたそうです。嬉しくなりましたが、感謝の気持ちを忘れずに、大事に、噛み締めるように読みました。読み進めていくごとに、祖父のことを何だか神様のように感じてきました。祖父と祖母のこと、そして祖父から見た父と母のことも、手に取るように分かりました。家族だからなのかもしれません。祖父は私が生まれる前に亡くなっているので、会ったことも話したこともありません。それなのに、まるで私のために話してくれているようなことが沢山書いてありました。本当に私のことを見ているのではないか、と錯覚するくらいでした。読み終えて、何分も、何十分も、涙を流しました。

 祖父は「写真で飯を食う気はない」と書いていましたが、内心はどうだったでしょう。もしもはありませんが、もしも足が丈夫だったら?もしももっと若かったら?もしも怪我以外の理由で猟師を引退してたら?少なくとも、写真家に転身した猟師仲間の活躍を気にしていたようでした。私は今、フリーのカメラマン1本だけで食べていこうかと、結構真剣に考えています。そうなったら、もう天気がどうとか言っていられなくなるかもしれません。それと、職業がフリーの人の保険だとか税金だとかのことがよく分かっていません。ふと、雅人が確か簿記の何級かを持っていることを思い出しました。理系ですが会計や経営関係の授業もあったと聞いた覚えがあります。これはきっと頼りになります。弟の存在は、私が折角持ってる、私だけの大事なものです。それは考え方によっては私の特権ではないでしょうか。雅人に限らず、私の周りで私を支えてくれる人たちは沢山います。言い方は乱暴かもしれませんが、活用しなければ罰当たりではないでしょうか。

「雅人、今電話できる?」

「珍しいね。いいよ。」

 思い立ったら弓を引いてみることにします。ただし、焦らず、心を落ち着かせて。みこもかる、です。

「もしもしー、久しぶり。元気?」

「うん、まあまあかな。何とかやってるよ」

「仕事お疲れ様」

「うん、ありがとう。お姉ちゃんもね」

「うん。年末には帰省出来そう?」

「ああ、さすがにね」

 雅人の会社はお盆休みがなかったそうで、8月に実家で会えなかったのです。声を聞くのは5月の連休以来です。

「帰るの、楽しみ?」

「うん、そうだね…ちょっと色々考えてるところ」

「いろいろ?」

「うん…あのさ、この前おばあちゃんのところ行った時さ、お姉ちゃんにはそばにいて欲しいって言ってたの、覚えてる?」

「あー覚えてる!それすごい覚えてる。で、雅人には帰って来なくていいって、確か言ってたよね?すごい意外だった」

「そうそう。なんかそう言われると、それで本当にいいのかなって思っちゃって」

「それ私も。そう簡単にUターンとかしちゃっていいものなのかな…って思っちゃうのよね」

「おれは逆に、本当は地元にいた方がいいような気がしてくるんだよな」

あれあれ、何だか予定と違う流れになってきました。

「おれね、Uターンしようと思うんだ。来年か、再来年までには。来月ね、長野市の周りにある一流企業が集まる、転職の合同説明会が東京であるんだよ。」

「へぇー、そんなのあるんだ!」

「そう。なんか『ツブヤキーモ』で、その公式アカウントに『追いも』されて知ったんだけどね。千曲市や坂城町の会社も少し来るみたいで、行くことにしたんだ」

「そう…そうなんだ。色々考えてるのね。私は応援するよ!雅人なりに頑張ってみなさい。人様に迷惑はあんまりかけないようにね」

「はいはーい、ありがとう。お姉ちゃんは、色々考えすぎない、そのまんまのお姉ちゃんでいて欲しいかな。おれの勝手な希望だけどね」

 そう言えば「夢はお姉ちゃんに任せてる」なんて言われたこともあったっけ。私よりもずっと堅実な雅人。そうなった一因はどうやら私にもあるらしいのだけれど。そんな雅人が言うのなら、私よりも順調に事を運んでいくことでしょう。それに、今回は何より、私よりも雅人の気持ちの方が強かったのを感じました。雅人の方が、心の弓に蓄えているエネルギーが大きかったのでしょう。私の完敗です。

「それで、電話で何話したかったの?」

「あ、ううん、ちょっと声聞こうと思っただけ」

「ふーん。てっきりおじいちゃんの日記の話でもするのかと思ってた」

 雅人は「ツブヤキーモ」で「2階のネコにモノ申す!」を「追いも」しているのでした。

「あー、そうね、その話は年末に実家でしましょう」

「わかった。じゃあね」

「うん、またね」

 今年もさんまの時季がやって来ましたが、今年は目黒のさんま祭には行きませんでした。美術館での仕事です。そうでなくても猛暑か豪雨の日々なので、外で何時間も待つのはごめんなさいです。美術館という屋内空間、素晴らしいです。ありがたいです。そんな素敵な職場に、思わぬ素敵なお話が舞い込んできました。佳乃さんがご懐妊されたのです。私は自分のことのように嬉しくなりました。上田さんと佳乃さんのご夫妻を松代へご招待しよう、と思っていたところでした。妊婦さんに遠出をさせるようなお誘いをして良いものなのか、正直よくわかりません。なので、上田さんにもし良ければとお話をしてみました。すると、気持ちは嬉しいけど安静にさせてあげたい、と仰ったので断念しました。ですが、行けない代わりに皆神神社のことを沢山つぶやいてくれると仰ってくれました。「追いも」多数のヘビーツブヤキーマー、心強いです。そして、写真の仕事でUターンという気持ちにも一旦区切りがつきました。佳乃さんが産休に入った時、私もいなくなる訳にはいきません。佳乃さんや上田さん、そして後輩たち皆を安心させるためにも、まだここで働きます。決して「仕方なく」ではなく、むしろ積極的で前向きな選択として、そう決めました。信州へのUターンは、もう少し先になるかと思います。ですが、いつか必ずします。

 さんま祭に行かなかった代わりに、仕事帰りにスーパーでさんまを買いました。思い出すのは去年の10月、初めてシンちゃんと出逢った時のことです。あの日もさんまを買った帰りでした。アパートの2階へ続く階段に、見慣れない黒猫がちょこんと座っていました。一瞬、さんまが欲しいのかなと思いましたが、違いました。シンちゃんの瞳に惹きつけられて、その時から不思議な交流が始まったのでした。さて今日はどうかな、やっぱりさんまは無視かな、と思いながら帰宅しました。ところが、シンちゃんはいませんでした。小さな声で呼んでみたり、少し待ってみましたが、何だか気配すらありません。今まで何となく感じていた、シンちゃんがいる独特の感覚がないのです。何だかとても寂しい気持ちになりましたが、あきらめて自分の部屋に帰りました。その後も、2階からは鳴き声も猫らしき物音も、気配も予感もしませんでした。あの出逢いからもうそろそろで1年、いろんな出来事が私に起こりました。全部、シンちゃんが呼んでくれたように私には思えます。せめてもう一度会って、ちゃんとありがとうと、心を込めて伝えたいです。

 まさみから電話が来ました。皆神神社の奉納劇のレッスンは順調なようです。ヒロインを演じるのが中学生の子で、その中学の教頭先生がなんと遠藤先生だそうです。私たちの直接の後輩ではないですが、面白い縁を感じます。まあ、田舎では世間は狭いものですが、ちょっと嬉しいものです。すると突然、まさみが「ツブヤキーモ」で「追いも」している、人の話になりました。何でも、最近長野県での思い出や気になる情報をよくつぶやくようになったそうです。特に松代や皆神神社のことが多くて、奉納劇のことも宣伝してくれているとのこと。まさみの投稿も「焼き増し」、つまり拡散しているようで、すごく嬉しがっていました。

「ねえすごいでしょ!さらちゃんもやった方がいいよ!」

「私はちょっと…でも、その人、知ってる」

「え、知ってるって?」

「実は職場の上司で、私が宣伝をお願いしたの」

「えーーマジで!!」

「私の『ふぉととぎす』も沢山宣伝してもらって、お陰で依頼がパンパンなの」

「あーーあれさらちゃんだったんだ!!すごい…え、今度会わせて!お礼言いたい!」

「うん、じゃあ東京に遊びに来てね」

「うん行く!それとさー、この前駅から写真撮ったんでしょ?あれ早く見せてよー」

 浅間山と線路と列車とリンゴの木を、駅から望遠レンズで手持ち撮影した写真です。

「ごめん、もう少し待ってね。今もし広まっちゃうと、なんか騒がれそうじゃない。三脚禁止になったってニュースから、まだ半年も経ってないんだし。『ここ三脚禁止じゃねえか』とか『手持ちだとしたらすごい』とか、騒ぎたがるじゃん。そういうの、なんか怖くて」

「えーー私誰にも見せないからー」

「ごめん、こればっかりは許して!私のタイミングでやらせて!」

「んーー、わかった。その代わり、劇で写真いっぱい撮ってよ。私きれいな役なんだから」

「わかった!いっぱい撮るよ!ありがとう」

 本当は、将来写真の仕事一本で生きて行く時の、代表作にしたいと目論んでいるのです。早くても、佳乃さんが産休・育休から復帰してからになるでしょう。そう上手くは行かないのかもしれませんが。とにかく今は、あの写真は、私の大切な宝物の1つです。写真そのものも、あの写真を撮るまでのあの時間も、何にも変え難いものです。私だけのお守りとして、今は胸の奥にぎゅっと握りしめていたいです。

 珍しく、元彼からメッセージが来ました。「ツブヤキーモ」で皆神神社の奉納劇のことを知ったそうです。上田さん、恐ろしいです。一度行って、私の応援を一生分して、私のことを忘れたい、などと言っています。

「今近くに奥様いらっしゃいますか?」

「ちょうど帰りの電車の中だから、いないよ」

「電話したいです」

「ちょっと待ってね」

 ちょっと待ってね、とかいらないです。しばらくして、「いいよ」と返事が来ました。向こうから電話はくれないのですね。ま、別にいいのですが。私から電話を掛けました。

「あなたの方こそ私を卒業出来ていないんじゃない。別れる時、偉そうなこと言ったくせに」

「え…」

一旦黙らせたかったのです。

「隆佐、遅くなったけど、レンズありがとう。すごく役に立ってるし、大事に使わせてもらってるよ」

「あ…それはよかった。あの、俺の方こそ、遅くなったけど、写真撮ってくれた時、ありがとう。実はあの頃、嫁とちょっとぎくしゃくしていたんだ。でも写真撮ってもらった後から、嫁の機嫌が良くなって、何だかうまく行ってるんだ。更紗のお陰だと思う。ありがとう」

 それからお互いの近況などを10分くらい話しました。気づいたら「君」ではなく「更紗」と呼ばれていて、私もそれを受け入れていました。そして私も、敬語ではなくタメ口で、隆佐と呼び捨てしていました。それがやっぱり自然な気がして、何よりとても楽です。付き合っているとか別れているとか関係なく、これでいんじゃないかしら、と思えます。

「じゃあ、皆神神社でもしも会ったら、よろしくね。あ、そうだ、住所聞かないと」

 松代の旅館のペア宿泊券は、うまく行っているらしい藤井夫妻に贈ることにしました。

「私たち、やっと別れられそうね」

「はあ?」

 

 

 

大家さんに家賃を手渡しで払う時、最近黒猫を見かけないと話したら衝撃の返事。ここに住んで以来猫の鳴き声すら聞いたことがないという。これまでも、まさか、と思う節は多々あったが、祖父の日記、大家さんの言葉…本当にそういうことなのかもしれない。この投稿が最後です。ありがとう、さようなら。

(2階のネコにモノ申す!@kuronekoshinchan)

奉納劇製作委員の紹介
奉納劇製作の責任者であり、皆神神社の権禰宜を務める。学生時代には建築と都市計画を勉強し、地元を盛りあげる力になりたいと考えている。
武藤弘樹
奉納劇製作委員会 代表
学生時代より地方自治や政策を学び、まちづくりに関わり続けて気付けば16年間経っていた「まちづくりオタク」。武藤弘樹とは高校での同級生。本プロジェクトを企画、交渉、資金調達など裏方から支えている。
宮下佳隆
奉納劇製作委員会 製作総指揮
学生時代より地方自治や政策を学び、まちづくりに関わり続けて気付けば16年間経っていた「まちづくりオタク」。武藤弘樹とは高校での同級生。本プロジェクトを企画、交渉、資金調達など裏方から支えている。
宮下佳隆
奉納劇製作委員会 製作総指揮
皆神神社の歴史
長野県長野市松代町に位置する皆神山。標高は659m。約30万年前に形成された溶岩ドームだが、その独特な形状から世界最大最古のピラミッドとも言われている。

長野県長野市松代町豊栄、皆神山山頂に位置する。熊野出速雄神社を御本社とし、侍従神社、末社を併せて、皆神神社と通称される。

西暦718年(奈良時代養老2年)の創建と伝えられている。本殿は15世紀末期~16世紀初期の建立、県指定文化財に登録されている。撞木造と呼ばれる神仏習合時代の様式で、現存するものは珍しい。

熊野出速雄神社の主祭神は出速雄命、侍従神社の主祭神は侍従大神であり、出速雄命は農耕の神、また侍従大神は火除け・子授けの神として信仰されている。

豊栄地域の総鎮守として地元住民に親しまれているが、近年ではパワースポットとして人気を集め、遠方からの参拝客も多い。

アクセス
住所 長野県長野市松代町豊栄 5464-2
アクセス ・上信越自動車道 長野ICから車で約20分
・JR長野駅から車で約40分
地図
駐車場あり
アクセス ・上信越自動車道 長野ICから車で約20分
・JR長野駅から車で約40分
協賛・協力企業及び団体様
協力者様

有限会社蔦屋本店
長野市松代町
シナノ未来
プロジェクト
長野市







NPO法人
劇空間夢幻工房
長野市青木島町







ネオンホール
長野市権堂町
シナノ未来
プロジェクト
長野市
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