はじめまして!メディカルビューティーのエキスパート
つつみ みき です。

身体が不調、心も痛い。それは、私が聴けば治る病かもしれません。

つつみ みき からのメッセージ

看護師歴14年らしからぬ事を言います。
薬は、必要ない事も多いのです。
「あイタタタ… 痛いっ!!」
そんな風に、突然目覚める朝。

「もう、嫌。。いつになったら治るの?」
シクシク痛む不快感に、なーんにもする気が起きない1日。

「あら、私って、こんなに老けてた?!」
たっぷり眠ったハズの朝に、鏡の前で驚く自分の姿。

私は、看護師経験を通じて、のべ6700名以上の患者さんと向き合って来た中で、身体の不調、心の不安は、ご本人が一番辛いのだという事を、熟知しています。

お薬は、症状を和らげるのに、非常に便利で優れたものです。

ただ、必ず「副作用」がセットになっています。
要するに、症状と副作用を天秤にかけた結果、薬の使用が必要、と診断に至るのです。

医療の進化は、私たちに、長寿と健康、安心をもたらしてくれていますが、状態や悩みの種類によっては、実は、お薬を使わなくとも、症状を緩和する事、また、改善に導く事はできる場合があります。

やっぱり、カラダにとって美味しくない!

何でも置き換えできるわけではありませんが
「身体の仕組み」「自分の状態」を、内側と外側から、細かく分析すると
 “あなた専用のくすり箱” を持つことができます。


そこには、錠剤や点滴では無く、サプリメントや栄養ドリンクでも無く、また、皮膚科やエステでは無いもの、
「ある食べ物」だったり「ある身近な道具」だったりする場合もあるのです。

お薬を使わずに効果が得られやすい症状

肌にツヤが出る
美肌の素は、身体の内側ケアが効果が高いです。
くすみがとれて肌が白くなる
生活リズムや、ちょっとした習慣がカギになっている場合があります。
頑固な便秘が毎日快便
腸を整える効果は免疫力と深い関わりがあります。
口腔内がキレイに保てる
ウイルスの侵入経路になりやすい、お口元はちょっとしたケアで衛生的に保てます。
思考がクリアになる
驚くほど脳内が活性化され、若い脳を取り戻します。
重たい体が軽くなる
体脂肪やむくみはもちろん、心身共にフレッシュに動き回れることは、毎日の喜びになります。
質のいい髪が増える
抜け毛や白髪も体の中からのサイン。
口から入る食べ物で、髪がサラサラでツヤを出すことで、若々しく輝くことができます。
ターンオーバーの促進
傷が治りにくい、痕が残る、
加齢や栄養状態と共に乱れるターンオーバーも促進、改善することも可能です。
重たい体が軽くなる
体脂肪やむくみはもちろん、心身共にフレッシュに動き回れることは、毎日の喜びになります。
毎月3名さま限定体験セッション
通常90分間30,000円 → 初回限定 3,000円(税別)
※オンライン(ZOOM)にて、全国対応可
※オフライン対面希望の場合、上記プラス交通費実費となります。
原則、先着順のご希望となっております。
定員を超えた場合、通常価格の初回セッションとなります。

セッションまでの流れ

Step
1
お申込みボタンをクリック
まずは、このページのお問い合わせボタンをクリックして下さい。
お申込みフォーム入力画面へ切り替わります。
Step
2
日時調整と確定のご案内
フォームへご入力いただいた内容をもとに、日時とセッション準備のご案内をさせて頂きます。
Step
3
体験セッション
体験と名前はつくものの、お時間いっぱい、あなたのお悩みをできる限り多く、解消させて頂きます!ぜひ、リラックスしてご参加下さい。

よくある質問

  • Q
    この年齢でも変化がありますか?
    A
    はっきり言うと年齢は関係ございません♪
    今までこの方法で不調の改善や肌や顔、体の状態の変化をしっかり感じて頂いた方は、20代から50代まで幅広くいらっしゃいます。
    その方の生活スタイルや不調の状態によっては、変化のペースは違ってきますが
    実際に40代、50代の方でも肌調子に限らず、体重も5ヶ月で−6.2㎏などの目に見える変化を感じられています。
  • Q
    薬を飲んでいるのですが、改善できますか?
    A
    病院受診をすれば薬の処方やドラッグストアなどでも痛み止めの薬はすぐに手に入り、身近にあるものかもしれません。ですが、薬は症状を抑えてはくれますが、やはり治すものではなく、根本的な治療とは言えず改善することは難しいように感じます。
    そして、薬を飲むことが違う体の不調を引き起こしたり、体と心のバランスを崩してしまうのでできる限り体の中に入れない方が良いですが、病気の状態によっては急に断つということは難しいかもしれませんので、体の様子を見ながら薬がいらない体にしていくことができます。
  • Q
    いろんな健康法を取り入れても改善しませんでしたが、健康でキレイになることができますか?
    A
    もしかしたら、あの人にはいいけど私は変わらない。とか
    例えばダイエットのために生野菜のサラダをたくさん食べても痩せなかったとかお酢を試したけど痩せるどころか肌の調子も悪くなったとかあるかもしれませんが、
    今までの健康法もその時の体質に合っていなかったというだけなのです。

    一人一人体質は違うので、その時ある不調やお悩みに合わせた食べ物や改善方法を取り入れることで早い方は2週間、そして3週間でも体の変化を感じて頂いています。
  • Q
    薬を飲んでいるのですが、改善できますか?
    A
    病院受診をすれば薬の処方やドラッグストアなどでも痛み止めの薬はすぐに手に入り、身近にあるものかもしれません。ですが、薬は症状を抑えてはくれますが、やはり治すものではなく、根本的な治療とは言えず改善することは難しいように感じます。
    そして、薬を飲むことが違う体の不調を引き起こしたり、体と心のバランスを崩してしまうのでできる限り体の中に入れない方が良いですが、病気の状態によっては急に断つということは難しいかもしれませんので、体の様子を見ながら薬がいらない体にしていくことができます。
  • Q
    薬を飲んでいるのですが、改善できますか?
    A
    病院受診をすれば薬の処方やドラッグストアなどでも痛み止めの薬はすぐに手に入り、身近にあるものかもしれません。ですが、薬は症状を抑えてはくれますが、やはり治すものではなく、根本的な治療とは言えず改善することは難しいように感じます。
    そして、薬を飲むことが違う体の不調を引き起こしたり、体と心のバランスを崩してしまうのでできる限り体の中に入れない方が良いですが、病気の状態によっては急に断つということは難しいかもしれませんので、体の様子を見ながら薬がいらない体にしていくことができます。

つつみ みき ストーリー

なぜ私が、このようなサービスを始めたのか? 少し、長くなりますが、私とあなたを繋ぐストーリー。
ぜひ、読んでみて下さい。

【幼少期】風邪もひかない、泣かない丈夫な子

幼い頃から周りをよく見る子。

人の目を気にし過ぎて
苦しくなった時期もありますが

人の体調や感情を
「耳だけで」聞き分けることができ
今の私にとっては
患者さん目の前の人の様子がよく知れるスキルとなり

このお仕事をしていて
とても強みになっていると思います。


一時期は人の目を気にし過ぎて
苦しくなった時期もあったのですが
今となれば洞察力があって、特に耳をは敏感で

人の体調や感情を見抜くこともできることが
強みになってくれました。

人生を振り返ると
家族も自分自身も
病院・薬との関りは多くあったように感じます。

そういう状況の中で
心の痛みと不安を感じている心は会話の中で解消できる!
人と人との関りの中で私が得られた
心と心の繋がりを大事にしていきたい想いがあります。


九州のド田舎で生まれ、長女で2つ下に弟がいます。
体は丈夫な方で毎日のように転ぶくせに泣かない。
幼稚園を休んだことと言ったら
水ぼうそうぐらいでほとんど風邪もひかなかったほどです。


母は手作りおやつを作ってくれたり、普段家にいたけど
あまりべったり一緒にいた記憶はなく


弟の方が体がどちらかというと弱い方で
しょっちゅう熱を出して休んで病院に連れて行ってもらって
一緒にいることが多かったのか

昼間に祖父と過ごした時間がほとんどで
軽トラに乗っておやつを買いにつれて行ってもらうのも
叱られるのも私で今ではありえない叱られ方?!もしました。


外では人見知りで、割と大人しい子で
だけど家の中では
姉弟そろって周りを笑わせていたり
ひょうきんな一面もあったりました。


当時の好きな食べ物と言ったら肉まん。

幼稚園児のくせに
「肉まんなら何個でも食べれる!」
なんて友達に言ってた記憶もあり
食欲旺盛にしても、渋いですよね(笑)


小学校に入学し、小2の時に
祖父が胃癌で入院します。


その頃、母に連れられ
お見舞いに行く車の中で『ロード』を聴きながら

学校であったこと
祖父にバレンタインのチョコを買ってもらったことなど

病院までの
母とゆっくり過ごす30分の道のりが
今でも思い出されます。


そして、
身近な人の死というものと直面したのは
この時が初めてでした。
死というものを理解しているようで
イマイチ分からなくて。

周りが泣いていることで
ここは泣くタイミングなのかと涙を流したような。

今思えば
その頃からすでに周りの様子の観察をカナリしてましたね!

しかも12/24クリスマスイヴという日に亡くなり
サンタさんの存在を薄々気づきだしてはいた物の
「今日、明日は忙しいから先にプレゼントやっとくけん!」
って親戚がいる前で渡されたっていう今では笑い話もありますよ。


母との関係も特に悪かったわけでもないのですが
ただ今になって、孫(私の子)に接する様子を見て
モヤっとする自分がいて

私も昔もっと甘えたかったんだなー。
寂しかったんだ。って
自分もこうして欲しかったということに
今になって気づきました。


その時の想いを今になってですが
母に伝え自分自身を抱きしめてあげたら

すっと楽になりました♡


こんな風に

幼少期からすでに
自分の気持ちをガマンしたり
親に心配をかけたくないという
気持ちを持っていて

周りの様子を見聞きし過ぎて、考えて行動したり…


でも、それが、今の私にとっては
患者さん、目の前の人の様子が
より知れるスキルに変わり

その場に合った空気感
一人一人に合った会話が自然とできる

このお仕事をしていて
とても強みになっていると思います。

【小学校3年~中学生】初めての経験

相変わらず無意識に周りを観察し
周りの動きに敏感な私。

たまたま廊下を通った時に
窓全開の隣のクラスから聞こえた荒い大きな怒鳴り声。

机や黒板などを『バンッ!!!』と叩く音に
自分のことのようにビビりました。

この頃から
『音』にものすごく反応するようになります。

そして
学校生活の中で
ちゃんとしていないと怒られてしまう。

この『ちゃんとしていないと』が
=いい子にする、真面目にする
だと思い込んでいたのだと思います。

私の場合
勉強に対する真面目さよりも
生活態度の真面目さみたいな感じでしたね。


小学高学年になると
周りの状況もだいぶ変わってきて

初の友達に距離を置かれるというのを経験します。
当時は仲のいい子に急に距離を置かれたことにショックを受け心細さを感じたのですが


最初は母親にでさえ心配かけられない。と思っていて
自分から誰かに相談するということはなく
家での様子が変だというのに気づかれ話したような。


風邪すらひかない丈夫な体だった私は
突然、小6の夏休みに肺炎で入院します。

私は40度以上の高熱が1週間以上続き
医師から命も危険ということも母に伝えられていたそうです。

肺炎から、右肺に2Lもの水が溜まっていたのですが
この時水を抜くと言われた処置の痛いこと。
めったに泣かない子も
この時は声に出さずボロボロ泣きました。

おまけに年は
卒業式の10日前に貧血のような症状で倒れて
前歯が折れるなんていう体も心も『痛い』経験をした時です笑



中学に入ると
バレーボールを始めました。
当時は運動があまり好きじゃなかった私が

最初は嫌々やってたのに
いつの間にかスポーツの面白さ、楽しさを覚えます。

中1の時に1つ上の先輩に恋をし
ずっと片思いでフラれ続け
約2年越しに実った恋。

その人を追いかけ同じ高校を目指します。
成績は決して優秀ではなく
バレーボールも目立ってたわけでもない。


とりあえず、きちんとしてたらというのが
生活態度という武器で(笑)
高校受験は学校からの推薦で
面接のみの試験で合否があって入れたわけです。

私にとってはというか
周りからみても
特別に真面目というのでもなく


バレー部という礼儀や
上下関係の厳しい環境にいたから
挨拶ができて、規則を守るというのが
普通のことだったのですが


いつの間にか
私はこんな人という
イメージを勝手に作り上げてしまって
取っ払うことが恐くなったようにも感じます。


初めての
人の怒る恐怖感
感情を何かにぶつける
人との心の距離感

初めての病気
というものを経験した時期で

感覚的にも磨かれていたはずなのに
気づかないフリをし
のちに全ての経験が今に繋がっているのです。

【高校生】楽しい生活が一変

1つ上の彼氏がいるからという理由だけでなく
母が介護士をしていたことに影響を受けて
専門的な分野も学べるように
将来も考えて入った高校。

それでも最初は
1年は中学と高校で別々だったので
勉強よりも彼ですよね(笑)

彼の方がバスで着く時間が少し早くて
たまに校門付近で見かけては少し速足で追いかけ
「おはよう」さえも
ドキドキしていた時もありました。

結局は
別れて食事も入らないほど
泣くことになるというなんて初々しいですね(笑)


新しい友達に

人見知りな性格は
自分から声をかけることができずにいたのですが
仲良くなれば方言ボロボロ、よく喋り
友達からは見た目とのギャップを突っ込まれます(笑)


部活に入るか悩んだのですが
バレー部の先輩に勧誘され
見学に行ったまま入部することに。
ここが、めちゃめちゃ厳しかったんですよ。

もちろん学校規則は破らない前提で
・常に先生、先輩方に大きな挨拶をし
 前を通る時は頭を下げて通る

・髪型はショートカット
・赤点を取ってはいけない。
・成績はクラスで上位を。
・部活の休みは年に3回あればよし。
・インフルエンザでも休まない。
・男女交際禁止(え?そんなの知らんで彼氏いて入ったんだけど笑)

などなど
今じゃありえないこともありますが
とにかく周りの友達とは同じとはいかず


バレーが好きで入っても上手くても
練習も規則もあまりの厳しさに
1日2日で辞める部員も多かったのも事実です。

でも、同級生で残った唯一の5人に入る
しぶとく辞めない私でした。


バレーに没頭し過ぎて
一度だけ地理歴史、数学、生物化学
オール2というトホホな時もありましたが


おかげで体力もついたし
遅い足も速くなったし
生活指導も何かとバレー部で顔パスで
良いこともありましたね。


顧問の先生の交代と先輩の卒業から

少しずつ規則も緩和され
彼氏もできて、友達との時間も少しずつできてきて
厳しい中でも高校生活を楽しんでいた矢先

その生活が一気に崩れ出しました。

彼と1年以上付き合った頃
地元のお祭りにいくことを
1日は友達の日
1日は彼と行く日と決めたのですが

それが彼にとって気に食わなかったようで
「ちょっと来い!」とメールで呼び出され
嫌な感覚を感じたまま薄暗い道に入ったわけです。

感覚的な鋭さでよけることはできるのですが
相手もそれを知ってか動くなと。

その途端
『バシンッ!!!』
野球部主将でキャッチャーの体格のいい男子の
手のひらが頬に飛んできたではないですか!

何が起こったか理解できませんでした。

その時は泣いて帰りましたが
また暴言、ビンタと蹴りがあって
別れるに別れられず

しばらく交際は続いていました。


そんな中、私が通うのは
女子だけの39人クラス。

グループがいくつかあって
その中でも1人ずつハブっていくというようなことも
始まります。

段々人数は減ってきて
一番仲の良かった親友をトップに
ハブられた人とも話していたのが気に食わなかったこと
と同時に暴力男と「別れな」というのに別れない
私に嫌気がさしたのか


次は私。
と勘づいていたものの
ある日の午前中に現実になります。


今でも鮮明に覚えている光景は

いい加減ここでハブるの終わりにした方がいいやろ!
というのと変な負けず嫌いの根性が顔を出し
相手に言い返しは出来なかったのですが

普通だったら他のグループが呼んでくれて
そこでみんなとお弁当を食べる感じなのですが
わざわざお断りをして(笑)

私は自分の席で1人でお弁当を食べました。

その時は泣かずに耐えたのですが
他のクラスまで話が広がり
同じバレー部の子が
ただただ泣く私の背中をさすってくれたのです。

元のグループとも離れ
彼とも別れたのですが、

結局そのあとも
学校を休むこともなく
他の子たちに助けてもらいましたが

感覚的にいろんなものを感じとるくせが
周りへ遠慮しカナリ気を遣っていたように感じます。



2つの出来事が重なり
体は正直で元々便秘体質が
7~10日出ない。
しかも何を食べたわけでもなく
全身に蕁麻疹が現れるという

体も心にも異変が現れます。

広い世界を知らない子供が
この経験だけで人に対する不信感というのを
覚えた瞬間でもでありました。

周りをよく見る子
状況を判断する子は
更に敏感に人の口調、行動に敏感になるようになるのです。

【高校生~】看護師の道へ

人との関係性に不信感を覚えたものの
実際、そばにいてくれるのは
優しくて心温かい人がいるということ


バレーボールが更にハードになり
意識を違う方に向けられ
メキメキと力をつけ
ますますボーイッシュになってた私。

そんな日々も高校総体と共に終わり
次は『夢』に向かって走り出すのです。

と言っても
元々介護士という道を選択していたので

部活が終わった途端に1人で
18~50代の人達に紛れ
ヘルパーの資格を取りに行きました。


でも、介護士になるなら
先々見据えてやっぱり看護師がいいんじゃない?
という母との話し合いから


急遽、看護師を目指すことに!

とはいうものの
・自分の採血さえも直視できない
・医療系のテレビは嫌い
・人の血を見て、血の気が引き真っ青になるなんて。。。
よくそれでなろうと思ったなーなんですが(笑)


おまけにそれまで部活だけで
進学は考えてなかったので、勉強なんて二の次。
でも、イチかバチかやるしかない!

それから試験まで2,3か月しかないのに
看護学校進学コースの人に交じり猛勉強。


結果!見事合格し、同時に
入りたいと思っていた病院に就職も決まったのです。


そうして始まった
学生生活と病院勤務の両立生活。


学校日以外は仕事で
入職して、1か月後には夜勤も始まり
学校が終わってそのまま仕事の日もあれば
一旦帰って深夜勤に入ることも。


『何でも経験して覚えなさい』
というスタンスのおかげで
学校で学ぶよりも先に
現場で体験して覚えていくことが多かったです。


学校でなれない勉強
職場で苦手な看護師もいれば
時にはご家族に怒鳴られたり
実習先に行けば指導の域を超えた冷たい怖い看護師(笑)


心も折れそうになりながらも
ある患者さんとの出会いが。

食事が入らない90代のおばあちゃん。
みんな声すら聞いたことのないという元気のなさ。
でも点滴はせず、食事は毎食出てくるんです。


食事を食べさせるというのも
私たちの仕事でもあり

口を開けない、食べない
おちょぼ口は30分かけても
数口で強制終了は当たり前で


周りはみんな食べてくれる人のところへ
避けていくんですよね。


でも私は自分のただの感覚というか
食べたくない、食べれないというより
『食べれる』気がしていたのです。


おまけに入らなければ
胃瘻というお腹にチューブを通し
そこから栄養を入れるという話もでていました。

食べれるとに食べさせんてどういうこと?
時間がないのはこっちの都合やん。
絶対口から食べれる!


ペーペーの学生が思うことなのか(笑)


でも、そう思っていた私は
毎日、日によって毎食
とにかく休みの日以外は必ず
1回は私が介助に付くようにしていました。


「あー!」っと自分の大口を開けて見せ
最初はスプーンの先しか開かない口が
毎日の積み重ねでスプーン一杯開く口に。


同室の家族さんからは
「あなたの時だけパクパク食べて顔が違うよね」
って言ってもらえるほど。


しかも声を聞いたこともないのに
話す、笑うという今まで見たことのない
表情を見せてくれました☆


私の時だけではいけないと
周りのスタッフの通りすがりにちょっと見てもらって
そしたら誰が食べさせようと完食!
手術の話も延期に。


最終的には私が顔を出せなくなった
長期の実習期間にチューブでの栄養管理になられたのですが


この方との出会いは
言葉がなくても繋がること
相手と関わる姿勢や
人と向き合うことで心が通じ合うというのを


感じられた時でもあります!

人と向き合うことに
逃げない精神が育った時かもしれません。

あ!苦手だった人の血液も
自分の採血も平気になるものですね!
血の気が引いてた自分はどこへ行ったのやら、
のちに透析という血液がグルグル回るクリニックでも働くんですもん。
慣れって怖い(笑)

【20-23歳】父の死から学ぶ看護師としての覚悟

准看護師の免許を取り
次は正看護師になるために
まだまだ走り続けていた私。


そんなある日、父に癌が見つかりました。

それから約1年の父の闘病生活と
家族のそれまで以上の密な時間を過ごします。


父母、弟、私の4人は
近所でもよく知られる仲のいい家族で

母とケンカすることはあっても

父には怒られたこともなく優しくて
思春期も変わらずいつも話をして笑い転げたり
いろんなところに連れて行ってもらったり
とにかく父が大好きでした。


これから親孝行をしていくぞ!
という時に訪れた、受け入れられない現実。


教科書で5年生存率40%というのを目にし

父に少しでも生きていて欲しい想いで
まだまだ看護師としての
知識も経験も浅い当時の私は

病院やお医者さんに任せるしかなかったです。


夜勤前も夜勤後でも寝ずに
病院までの片道1時間半の道のりを
毎日のように運転して通い
気付けば中央線をはみ出しかけたことも度々。


12時間以上の大手術の後も
余命が3ヶ月と言われた時も


家族の前では泣くまいと
1人で運転する車の中で
泣きすぎて過呼吸になったことも。

状態が落ち着いて
会話ができる父の待つ病院に会いに行っては
父の可能性を信じて
一緒に過ごせる時間を笑って過ごしました。




そして、成人式の外泊の日。

お互いが照れ臭そうに2人で写真を撮りながら
余命を伝えていない父が
「この写真ば葬式に使ってもらおう」
と言った言葉は今でも耳に残っています。


食事を食べられないので
家では私がチューブから薬や栄養を入れてたり
傷の付け替えをしたり
現場で働き、経験があるからこそできることもあれば


看護師という立場であっても、学生でもあり
まだ20歳という未熟者。


家族や親せきに頼れらることが嬉しい反面

父の死が目の前にあると受け入れたくない自分と
母の不安を感じていたことと弟は高校生で
家族の前では弱音を吐けない自分は
友人や周りの人にも相談せず


学校、仕事、夜勤をして病院への通院
自分も精一杯で
周りの心の支えもとなると少し苦しくもありました。



人の生きるチカラは見えないけれど


それまで
何度も人の死を見てきた私は
最期はどういう経過を辿っていくのか
それを知っているからこそ
良くもあり、怖くもあったように感じます。


いつも周りを笑わせてくれ
自分よりも家族のことを優先し
たくさんの愛情をかけてくれた父の存在。

私は大きな喪失感を味わいました。

+--------------------------------+

父を亡くし、心にぽっかり空いた穴が癒える間もなく
私は普段の生活に戻ります。

学校に行けば看護の勉強
職場に行けば病気で入院している患者さんとの関り。



看護師の道は簡単ではなく
実習に行けばレポートに追われ
おまけに看護師さんにはガツンとやられる訳です。


職場に行けば学生であっても
経験年数を増すごとに仕事量も責任も増えてくる。
もちろん同じような癌の患者さんの
死にも直面しなければいけません。




何度も心折れそうになりながらも
父の看護から学んだことを
私は活かしていきたい!


そして
父も応援してくれていた看護師になる
夢をあきらめるわけにはいけないと必死でした。


そして
ただ看護師の資格を取ることが目的ではなく

患者さんだけでなく家族の
表情、行動、仕草、話し方から
感情もキャッチでき
人と向き合いながら

他の人に話せないことも
自然と話せるような空気感で
人と人との関係性を築いていけるようでありたいと
強く想うのです。



人に愛を与え
多くの人に愛された父の存在は
私の大きな目標でもあります。

【看護師~】強くたくましい母になる

父の死から2年半。
突っ走ってきた
学校と仕事を両立していた生活も終わり
無事に看護師という夢を叶えた私。


5年間働いてきた病院は

人の無限の可能性や
生きる命の強さ
たくさんの出会いがあり
私を成長させてくれた場所。


そこで働き続ける選択もあったのですが
年数分お礼奉公をして返すシステムがあり

『今までの5年+5年?!
いやいや。そうなると他に行きたい時に動けずに
ここで何十年を迎えてしまうでしょ。
それに一旦違うことやってみるのも今だな!』

そんな想いと
実際に先輩たちの姿をみてきたので
学費一括返金してでも違う病院へ移りました。


しかも、病棟ではなく透析という特殊な場所へ。
7つ上のバレーの先輩からおいで!と声をかけられたこともありますが
もしかしたら、病棟という場所を
一旦離れたかったのかもしれません。


入職したものの
初めての透析の機械に
目も手も頭もついていかない(笑)

違う地域の人たちの言葉に驚きと
胸にグサグサと刺さる言葉の矢。
入って1週間で『前の病院に戻りたい(泣)』の状態でした。


針刺しを失敗して
「あんたもう来んちゃよか!」と言われ

普通は1回、怒鳴られれば
誰もが関係さえも断つ人がほとんどにも関わらず
日を空け3回、近寄りを試みて怒られて泣いたことも。

そんな私も
周りの驚くペースでコツを掴み、仕事をこなし
業務の合間に一人一人の顔や仕草をみて
患者さんとの会話を楽しみながら関わり続けたことで

「みきちゃんまたお願いね」
「この前おらんやったけど、休みやった?」
「○○さんには言えんやったけど。。。」

と仕事をただこなすことよりも
人と話すことで観察力や洞察力を身に着けて

私自身が患者さんから人の心の温かさ、優しさを
得られたように感じます。


最初に怒鳴られた方とも
逃げずにコツコツと数年かけて関ったことで
何気ない会話をしたり、「ありがとうね」って
言葉もかけてもらえるほどに。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

プライベートはというと
4年交際した人と26歳で結婚します。

でもね、、、
結婚式の数ヶ月前に実は
『この人じゃない。』
という何とも言えない肌感覚で感じる物がありました。

もう招待状出したし
段取り進んでるし
後戻りできない。

そう思いながら
自分の感覚が間違ってると言い聞かせ
式を挙げて、新たな生活は楽しくて幸せで
これで良かったんだー!って思ってました。

そしたら、2ヶ月後には妊娠。
何気ない一言から夫との関係は悪化。

仕事は当たり前のようにバリバリこなしていたのに
通勤時間は車で片道45分

6ヶ月にはお腹が張るし
仕事中に血圧が70台に下がり
産むが産むまでつわりとの戦い。

夫には助けを求めず
出来る限り自分でして、実家の母に頼ることも。

産休ギリギリまで働いて
やっぱり冷静な私は
予定日から日をまたいで無事出産。


子供を産むと一気に母になるものですね!
そして、娘が強くたくましい母にしてくれました♡

実家に帰ったものの
1ヶ月ゆっくりなんてしてられず
動いてしまう日々(笑)

しばらくして実家から元の家に戻ったわけですが
その頃、会話もなければ何もない
夫とは冷えきった夫婦生活。


そんな中でも
娘はすくすく成長し
10ヶ月になった頃
保育所に預け職場復帰をします。



仕事復帰をし産休前と変わらない日々。
周りのスタッフ、患者さんにも良くしてもらっていたのですが
あることがきっかけで
スタッフからは総スカン。


年々なのでしょうが

出産後から何となく気になっていた
肌がたるみ、シワといった肌の衰えを感じ
体にいい食べ物を摂りまくるけど変わらない

風邪をひいては副鼻腔炎を繰り返し
偏頭痛は度々3日続き
体も疲れが取れない


咳で夜中も眠れない日々が約2年続き
昼休みに大きいボウルいっぱい喀血しそのままの足で
緊急入院でカテーテル術という人生2回目の入院。
(私はこれを入院しないって
医者に駄々こねて3日で帰してもらうんですから笑)


体も心もボロボロの中
薬漬けの日々から抜けられないことになります。


いやぁ
職場での総スカン。
めっちゃツラかったですよ。。。

でも、この時も大先輩が一緒にいてくれたり
誰かが助けてくれたんですよね。


そういうこと自体が悔しくて
仕事は周りの人一倍!
いや、何倍も黙々と働き
患者さんとは密に関わっていました。

後に事後報告した付き合い13年の大親友に
どんだけ根性くされてるの!
って笑いながら突っ込まれましたけどね♡

私の根性は並大抵のものじゃないです♪

【三十路、シンママ、起業】

当時29〜30歳。

こんなに体は弱るものなのか?
肌もこんなに衰えて老けるの早くない?
夫婦生活も人間関係もこんなんで
私の人生なんなんだよ!

いい加減にしてよ!

って自分の中で
イライラしたり、不安になって泣いたり
そんな日々を送っていたわけです。


でも色々あっても
意地になってそのままの病院で
1年ぐらい働いたんですが
もういいやろう!って思ったタイミングで

また入院施設のある病院に移り
一時は公務員として看護師を続けました。


病院は変わっても過去を引きずり
家でも相変わらずな生活。


幼い頃から周りを良く見る子は
過去の経験が

目に見える物だけでなく

ますます人の行動、仕草が出す音
人の話す口調や語尾。
声のトーン、大きさ

少しの変化に敏感に反応するようになりました。



そんな時
体も心も老け込んでいるところから
自分にドンピシャな体の整え方を知り
 
 
体重マイナス5kg
肌の気になる毛穴やたるみ改善
風邪をひかなくなる
副鼻腔炎改善
体力的にも疲れ知らず
偏頭痛の改善

一気に肌も体も別人のように変化し始めます。



鈍っていた体が目覚めたことで
本当の自分というものを
徐々に取り戻し
自分にウソはつけなくなった途端


3回目の入院を経験します。
(もうこれが最後ですよ♪)



この時は背中の激痛感が走る中、1日過ごしたわけですが
息ができなくなってきて
これはおかしいと自分で聴診器で呼吸の音を聞いて
『無音』やっぱり破れたなと(笑)


これまた冷静で病院に電話した後
入院したらお風呂に入れないからと
ちゃちゃっとシャワーまで浴びて。

夜の救急で受診した時には
右の肺は完全に萎んでいて
最終的には全身麻酔で手術をすることに。


術後の方が辛かったのですが

心を開放するために
胸(肺)を破っちゃった方がいいんじゃない?
本当の自分を思い出して生きなさいよ!

と体が正直に教えてくれたような感覚でした。



しばらくは薬を辞めれずに
術後のしびれは残るでしょうと
痛みと戦っていたのですが



この時すでに普段の食で
不調を改善する方法を取り入れていた私は


ある時、何か吹っ切れたように
薬をやめよう!ってスイッチがはいります。
看護師たるもの薬の自己中断に
医者には事後報告(笑)


でも、薬を全部スパッと辞めた体は
すこぶる元気になっていったんです!


目の前で
何千人と患者さんを見ていたものの

自分の体を通じて
やっぱり薬は治すものというより
一瞬は症状を抑えてはくれるけど
他の所へ不調を引き起こしたりするものだと

改めて思います。

そして、
体だけでなく
やっぱり心の解放、心のケアの
必要性を感じました。

 

しかも
本当の自分に戻りつつあった私は
自分の想いを大事にしたい
自分の人生を生きたいと思い


シングルマザーになる決意をし
薬のある環境で14年働いてきた
病院の看護師から離れたのです。



そしてモヤモヤと悩んでいた時から
4年経った今

人生のすべての過去の経験が糧となり
敏感な『耳』を生かして
人の心の痛みと不安を解消し
相手の心に染み渡るような会話をしていきたい想いと

自分の経験から
美と健康を手に入れるために
薬を使わずに体の不調を改善できる方法を
お伝えしています!



自分も人も恨みたくなった時も
正直あったのですが

自分にしかない人生の経験のおかげで
前に進んで今があるし
恨むなんて、、、していません☆


起こる出来事はすべて必要なことだし
それが人の役に立つことができるのであれば
結果オーライです♪

私がどんだけでも根性があり芯が強かったから
乗り越えられたんだろうと前向きに(笑)



そしてどんな時も

家族、友人、同僚、患者さん
誰かがそばにいてくれて
愛に包まれていたから。。。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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