心優しき、闘士の一生

三浦 忠司は、弁護士として、家庭人として人生を謳歌していたさなか、

若年性の希少がん、胚細胞腫瘍に罹患しました。

2015年2月に、病気が発覚。

1年4ヶ月に渡る過酷で、壮絶な闘病の後、

2016年6月15日水曜、午後7時48分に永眠いたしました。


このページでは、最期まで尊厳と人間愛に溢れていた三浦忠司と、
妻の杳(よう)について簡単にご紹介します。

三浦 忠司   略歴

1981年 12月18日
愛知県岡崎市にて出生

岡崎高校を中退し、
フリーター生活を経験
その後、独学で旧・大学検定試験に合格

2006年 3月 
早稲田大学政治経済学部
政治学科 卒業

2009年 3月
早稲田大学大学院法務研究科
法務専攻 修了

2012年 12月
司法修習修了(名古屋修習)
弁護士登録(第二東京弁護士会)
神楽坂キーストーン法律事務所入所

住環境に関わる案件や行政訴訟、
刑事弁護などにに注力。
『判例時報』、『ジュリスト』に掲載あり。
『建築ジャーナル』へも寄稿。

共著
『住環境トラブル解決実務マニュアル』
(「騒音」部分を担当)

2015年 2月
胚細胞腫瘍と診断される

2016年6月15日
病ととことん闘ったあと、永眠 

ビル・エバンスとシングルモルトをこよなく愛する無頼派。
終末期には延命治療を拒否し、侍のように尊厳死を選ぶ。

三浦 杳(よう)   略歴

埼玉県にて出生

都内の国立高校にて、
ボート部に入部。
青春を戸田公園で過ごす。

早稲田大学政治経済学部政治学科に入学。
ここで夫と出会う。
在学中にオーストラリアへ1年留学。

その後、都内の広告会社に就職。
営業、人事、広報などを経験。

2013年1月
夫・三浦忠司と入籍
10月には結婚式を挙げる。

2016年6月15日
夫・三浦忠司を愛知病院にて天国へ見送る。

現在も広告会社にて働きながら、
小さな幸せを大きく味わい、楽しみ、喜び、
生きる日々。

ラジオと料理と映画を愛する個性派。
人生の営みを祝福しています。

「死とは、師」
三浦杳からのメッセージ

死とは、はじめ私にとって「断絶」でした。
夫の肉体を荼毘にふし、肉体がなくなってしまうということを目撃したのが衝撃で、底知れぬ「断絶」を感じました。
次に、日常に戻った私にとって、死とは「憂い」でした。空に雲がかかるように、生きる虚しさに気づかされる存在でした。
今わかるのは、その生きる虚しさを感じているということは、同時に生きる喜びを感じているということです。生きる喜びを感じているからこそ、虚しさも覚える。その人生の陰陽、かげひなたというバランスを学びました。
そして今、死とは「師匠」のような存在です。自分自身の死をも考えることによって、生きることそのものについて深く考える事になるからです。
夫の死がもたらした私の変化とは、自分の人生に対する姿勢です。夫の死によって、私は自分の人生の大切さ、輝かしさに目覚めさせられました。その境地に至るには、サバイバーズギルトなどの紆余曲折があるのですが、今は、自分の人生は本当にかけがえのない、ダイヤモンドのように輝く大切な一本道だと感じています。

生きる喜び。
遺品を整理していて、夫のスマホに愛知トリエンナーレでオノ・ヨーコが発表した作品の写真が出てきました。
白い看板の上にただ一言、「生きる喜び」と書いてある。

夫はこれを見て、写真におさめて、何を思ったのだろう。
そのときは何気なくいい作品と思ったのかもしれない。
でも死が迫るにつれて、生きる喜びが限られた身と知りながら、何を求めたのだろうと今でも考えます。

私にとって生きる喜びはとても小さく、身近で、味わうのに簡単なものです。
それは、朝の光。
一杯のコーヒー。
丁寧にファンデーションを塗ること。
人との挨拶。
休憩時間。
人の役に立つこと。
入浴剤の香り。
アボガドを刻むこと。
眠りの誘い。

日常生活が愛おしいです。
行いを味わい、営みを楽しみ、生きるを喜ぶ。
これが、死という師匠が私に教えてくれた最大の学びです。

もし、あなたやあなたの家族が今まさに闘病しているとしたら、死が目前にせまって恐怖を感じているとしたら、こんな私と、少し、お話してみませんか。

メールをお待ちしています。