その後
中学でもエースとして活躍。
高校は野球の名門
帝京高校に入学します。
と書くと
野球のエリートとして
進学したように聞こえますが
まったくそうではなくw
行きたかった都立高校に落ち
どうせ行くなら
楽しそうなところにしようと
帝京高校に決めただけ。
むしろ
甲子園に行くなら私立の強豪がいいし
甲子園で優勝とかできたら最高だよな〜と
都立に落ちたことも忘れ
ワクワクしていたのを覚えています。
当時はまだ
一般入試で入った人でも
野球部に所属できたので
いちおう体験入部はしたものの
あまりのレベルの違い、体格の違いに
まったくもってついていける気がせず
1ヶ月ほどで辞めてしまいます。
(辞める際、前田監督に
「お前みたいななで肩はピッチャー向きだから
がんばってほしいけどなー。
石橋っていただろ?
あいつはイカリ肩だから
ピッチャーとしてはダメだって
わかってたんだけど本人の諦めが悪くてなー」
といわれたことを今でも覚えてますw)
時は平成元年、僕が高2の夏。
帝京高校は見事東東京大会を勝ち抜き
甲子園に出場します。
とんねるずの野球特番でおなじみの
吉岡雄二選手を中心としたチームは
あれよあれよというまに
平成元年夏の甲子園で優勝。
アルプスでずっと応援していた僕は
甲子園で優勝するという夢も
あっさり叶ってしまいました。
もちろん選手として叶えたものではなかったけど
ヒーローとして注目を浴びるという意味では
僕も同じような経験をしてるんです!
当時、生徒会副会長だった僕は
受験で参加していない会長の代わりに
いろんなメディアからインタビューされたりして
勝手に同列の気分になっていたのでしたw
まさにヒーローインタビュー!
と思いながら。
自分が通っている3年間で
自分の高校が甲子園で優勝する確率って
相当なもんですよね!
ほんとに僕はラッキーだったなーと思います。
今でもあの時の高揚感は忘れないし
僕にとって一生の宝物です(^^)