○○人間 増尾渉(通称まっすー)のこれまで

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心と体を癒す治療家 増尾 渉

乳児期

奈良県田原本町で生まれた生粋の奈良県民。
周りには自然がいっぱい。
小さな頃からビール瓶を咥えさせられ、
すくすくと悪ガキへと成長する。

幼児期

小さい頃は増尾家で一番の暴れん坊!!
モノが壊れたら「渉!壊したやろ!!」
と怒られる。
はい。その通り僕が壊しました、、、テヘ

母さんが留守の時に家に設置していた
粘着式ゴキブリホイホイに引っかかるバカ息子
母さんは家に帰ってきて目の前にゴキブリホイホイに
捕らわれた息子を目の当たりにする、、、
、、、バカだなぁ(笑)
【僕は生粋のかまってちゃん】

そんな僕でも家族は大好き。
「父さん何時に帰ってくんの?」いつも母さんに聞いていた。
「今日は早番やから20時くらいかな?」と母さんが言った。
「ほんなら渉が迎えに行くわ!!」そう言って、
一人で歩いて2,3分くらいの駐車場に迎えに行っていた。
【よく怒られていたけど愛されている実感があり幸せだった。】

小学生時代part1

小学校低学年からブクブク太り、、、
背の順は前から3番目より後ろになったことがない。
あだ名は「ちびデブ」
同じクラスの子や他のクラスの子から
「ちび!」「デブ!」「デベソ!」
と行き道も帰り道も言われいじめられていた。

今となっては全部【事実】だったんで
相手の子は素直なだけだったんだなって思います(笑)
【事実を言われてるだけでいじめられてはない】
そんな気付きがあった


小学校低学年から
肩こり・腰痛・便秘・頭痛・冷えがあった。
体温に至っては34.8度だったこともある。
当時の僕は他の子もみんな同じ症状があると思っていた。
高学年になったときに、
「皆こんなにしんどいのになんであんなに元気なんやろ?」
そう思っていた。

今思えば、イジメのストレスやストレスによる過食(特に炭水化物、糖質)
が色々な症状を出していたんだなと思える。

この症状たちは社会人2年目になるまでずっと続いた。

小学生時代part2

そんなおデブちゃんで体調が悪い僕でも
父さんのおかげで運動は大好き!!
小学4年生の冬に当時仲の良かった子と
地元のサッカークラブ
【FC田原本】に入団!
サッカーをはじめて2年目で
右サイドバックとしてチーム最優秀選手賞を獲得!!
3年目で初得点!!
コーナーキックを右の太ももの内側で押し込んだ!
今でも忘れない、、、
あのゴールした時の喜び。
【解放感!!】

中学時代part1

小学生時代あまりにも勉強をしていなかったマスオ。
中学入学時点で『分数』が出来ない!!

兄ちゃんの入っている塾の入塾テストを受けるも
算数の偏差値驚異の『38』
塾の先生も唖然、、、(笑)

ただ、兄ちゃんが塾で優秀だったので、入塾はできた。
(兄は奈良の公立高校上から2番目のところに合格した)

そこから塾に缶詰めにされ勉強をし、
中学1年生の中間テストで全教科平均偏差値62!!

【自分はやればできる子なんだ】
そんな気付きがあった。

中学時代part2

中学でもまたイジメられた、、、
きっかけはイケイケな彼が好きな女の子を
僕も好きになってしまったから(別にええやん、、、笑)

彼が「お前あいつに近寄んな!」と言ってきた。
一途なマスオはそんな話を聞かず、近寄っていた(笑)

その結果、イケイケな彼のグループ5,6人が
罵倒してきて、家まで追っかけられた。

この出来事だけだったら、、、
中学生活はある程度普通に過ごせていたのに、、、

次に続く

中学時代part3

学校ではそんな感じになっていた中学2年生の時
家で母さんの不審な行動を見てしまった。
【父が寝ている間に父の携帯をコソコソとトイレに持っていった。】

好奇心旺盛なマスオ少年は同じように
【父が寝ている間にコソコソと携帯を覗いた】

メールボックスの一番下、、、
忘れもしないボックス9
浮気相手とのメールだった。
どんな人だろう、、、
写真フォルダを覗いた。
中学生には刺激の強すぎる写真が並んでいた。

あれだけ好きだった父さんが、、、
僕は母さんにも、兄ちゃんにもバレないように、
この出来事を自分の心の中だけでずっとしまい込んでいた。
【自分が落ち着ける場所はどこだ?自分の居場所はどこだ?】
そう感じた。

この時の唯一の心の置き所は
「ひのうえ鍼灸整骨院」
中学から肩こりで通院していた。
橋本先生と喋っている時はすごく心も体も軽くなった。


ネットで自分の状態・症状を調べると
鬱か自律神経失調症と出た。
「こんなにしんどいのを我慢する必要はあるのか?」
そう思い、
【楽に死ねる方法を検索したこともあった】

そんなことを思いながらも
頑張って生き続けてくれた当時の自分に
今の僕から言いたいことがある。
「頑張って生きてくれてありがとう。
未来の僕はすごく幸せだよ。」

高校時代part1

高校は文武両道。進学校(自称)で
中学の時の知り合いが少ないところを選んだ。
いわゆる【高校デビュー】というやつをする為に(笑)

イジメられるのは嫌だ。
いじられるのも嫌だ。
【人をいじる側になってやる】
華やかな高校生活を送るぞ!そう意気込んでいた。

イジメられることはなかったが、
結局いじられキャラだった。。。(笑)
あまりにもいじられ過ぎて、
一匹狼を貫こうとした時もあった。

その時に
【いじられるってことは愛されてるってことやで】
【マスオをいじったら皆が笑うって知ってるからやで】

友達からのその言葉に救われた。


そんなことを言ってくれる友達はいた。
でも、、、
小・中のいじめられた記憶がずっと頭にあり、
ヒトを心から信頼することが出来ず、
どうしても一線を引いてしまい、
うわべだけのような関係だった。
【本当はもっと仲良くなりたいのに、
心の距離が近づくのが怖かった。】

高校時代part2

小中とサッカーをしていたけど、
高校からバスケを始めた。

というのも、見学に行ったらそのまま流れで入部することになった(笑)

身長158cmの僕がどこまで通用するのか、、、
その時はすごく楽しかったから、それだけでよかった。
毎日朝練に行き、ディフェンスの練習は誰よりも頑張っていたと自分では思っている。

2年になった時
レギュラーに選ばれた。
「よし!絶対活躍してやる!!」
新人戦前日
やる気が空回りして、左足首を捻挫 全治3週間、、、
【今までの努力は、、、何のために、、、】

高校時代part3

これがターニングポイントになった。
母のススメで家の近くの整骨院に行った。
僕「明日試合出れないですか、、、?」
先生「がっちがちにテーピングで固めれば走れるけど、パフォーマンスは良くて6,7割くらいだよ」
僕「、、、」
先生「せっかく努力してきたのに辛いよね、、、」
僕「、、、」
先生「新人戦ってことは今はしっかり治して総体に活躍できるようにするのもいいんじゃない?」

当時の僕はこの言葉に救われた。
そっかまだ先があるんだ。

【心も身体もケアできる仕事、、、カッコいいな】

ただ、この後バスケには復帰したが、足首の影響で
僕の長所である「低くて速いドリブル」「アジリティ」が
最高のパフォーマンス時を100とすると70くらいしか出せず部活を途中で辞めた。

ただ、
【心も身体もケアができる】
そんな人になりたくて、柔道整復師の専門学校を選んだ。

専門学校時代

専門学校でも変わらず
ヒトと上手く接することが出来ない。
怖い、、、
表面上ではなんもないように振舞っているけど、
怖い、、、

結局、数人仲の良い友達は出来たけど、
基本は1人が好きだった。

奈良から新大阪まで通っていたので、
行き帰りが暇でずっと勉強をしていた。
そのおかげで学力だけはいつも上位だった。
中学生の時に【やればできる】とわかっていたので、
国家試験も特に不安もなく、合格した。

卒業する前に両親は離婚した。
僕が社会人になるまでお金が必要だから、、、
そう言って我慢してくれた母親には感謝しかない。

整形外科時代(1年目)part1

入社したのが比較的大きな医療グループで
整形外科、整骨院、病院、デイサービス、フィットネスと事業展開していた。
(後に保育園、レストラン、24時間フィットネスも出来た)


入社して、新入社員研修をしている時に
他の新入社員は名札に配属先が書かれていた、、、
僕だけ書かれていなかった。
「なんでだろう?」


新入社員研修が終わる3日前
整骨院グループの社長から
「マスオ君整形外科でもいい?」
と言われた。

元々は整形外科希望ではなく、整骨院希望だったが、
まぁ整形外科も面白そうだし、それでいいか。
「はい。わかりました。」
と答えた。

その時は二つ返事でOKしたが、ふと
あれ?整形外科ってどこにあるんだろう?


調べると、大阪市西成区だった。
希望していた整骨院は奈良の院で家から自転車で20分の所、、、
大阪か、、、引っ越さないと、、、


とりあえずバタバタと引っ越しの準備をして
整形外科があるビルの4階に
社宅があるので、そこに引っ越した(シェアハウス)

整形外科時代(1年目)part2

新人研修の時にテストがあった。
ベーシックゼロ・・・いわゆる基礎中の基礎。
分かりやすく言えばマッサージ、ストレッチ、トレーニング。

これに合格しないと患者さんは診ることができない。

他のメンバーは一回で合格している中
僕は2回試験に落ちた。
3回目で無事合格し、いざ患者さんを診るということになった。


腰が痛い?どうやって施術すればいいの?
え?検査?どうやって検査するの?
「わからない、、、」

僕の持っている
【柔道整復師】という資格は
骨折、脱臼、捻挫、打撲、挫傷
のいわゆる外傷というものに特化している資格。

学校で腰痛の治し方、肩こりの治し方、膝痛の治し方、、、
こんなことは全く習わない。
今の施術は全てセミナーや経験、本による独学。

卒業したての僕は慢性的な腰の痛みなんて全くわからない。
患者さんが怖い。上司が怖い。わからないけど頼れない、、、
とりあえず腰が痛ければ腰をマッサージしていた。

当時の患者さんにはすごく申し訳なかったと今では思う。

整形外科時代(1年目)part3

試験も落ちた。
目の前の患者さんの状態もわからない。
目の前の患者さんが良くできない。
患者さんになんて思われてるんだろう、、、
ヒトが怖い。上司に頼れない、、、

【このままじゃだめだ。セミナーに行こう】

これがきっかけで僕は給料の多くをセミナーに費やす生活が始まった。


整形外科に勤めていた時は、
水曜、土曜が昼まで、日曜休みだった。
ほとんどの日曜日はセミナーへ、、、
当時の給料が手取り19万。うち5,6万はセミナーに使っていた。

友達と遊ぶ?自分の趣味にお金を使う?服を買う?
そんな余裕はない。

周りを見て羨ましかった。
「遊びてぇ、、、」
「旅行行きてぇ、、、」
「ライブ行きてぇ、、、」
「服が欲しい、、、」

ただ、遊べないことや服を買えないことよりも
今、目の前の患者さんに何もできない自分が一番辛かった。
だから、我慢できた。
むしろ、セミナーに行って患者さんを
治せている自分がイメージ出来て、ワクワクしていた。

整形外科時代(1年目)part4


初めて高額セミナーに行った。
当時の僕からしたらすごく高額だった(6回10万円)
痛みに特化したセミナーだ。

そこで色んな人と出会った。


無資格で整体をしている人だけど、
めちゃくちゃ患者さんから信頼されている人

元競輪選手、スポーツケアをメインに施術している人

京都で鍼灸師として奮闘している人

理学療法士二年目で三宮で独立開業。施術10000円でやっている人


みんなキラキラしているように見えた。
この人たちと一緒にいるとまるで自分も出来る人のような気になった。
セミナーに行っている時はそう思えた。

ただ、職場に戻ると
なんでセミナーの時は上手くできたのに、実際は上手くいかないんだ、、、

結局不安が募る、、、
「何がだめなんだ。何が違うんだ。何が足りないんだ、、、」

その不安を払しょくするためにまた、セミナーに行く。
新しい技術を学ぶ、、、
その時は出来ても、実際は上手くできない。
それを繰り返し続けた。

【まるで真っ暗闇の中をゴールも分からず
がむしゃらに走り回っている感覚だった。】
セミナーに行っている時は行動を起こせている自分に安心をし、
セミナーに行けていない時は不安で怖くてたまらなかった。

口では患者さんの為と言いつつも、患者さんの為ではなく、
自分の不安を払しょくするためにセミナーに行っていた。

整形外科時代(1年目)part5

筋肉・骨格のセミナーに行き、
講師が「これで治らないなら内臓だね」
内臓治療のセミナーに行き、
講師がまた「これで治らないならエネルギー(気功)だね」

、、、ここでは自分を満足させられない。
本質は別の所にありそう、、、
そう思ってそこのセミナーは
筋肉、筋膜、骨格、内臓治療、頭蓋骨治療を学んで
通うことをやめた。


その当時治療業界で流行っていたのが上記の治療。
とりあえず全部やってみたら
ある一定数の患者さんはよく出来ていた。

ただ、ある一定数の患者さんは良くならない、、、
何だろう?何のセミナーに行けばいいんだろう、、、
全然だめだ。なんとかしないと、、、

そうやって暗闇の中で迷っていた時に
【叔父が心筋梗塞で倒れた】
と連絡があった。

娘さんの中学受験で親子3人で試験会場に向かおうとしていた時に
駅のホームで急に倒れて、病院に運ばれた。
とのことだった。

整形外科時代(1年目)part5

急いで病院に向かうと既にICUの中。
お医者さん曰く、
「この状態で今までよく生きてたね、、、」
そんな状態だったらしい。

待機室でおばさんが話していた。
「いつも左肩が凝ってる。机や壁の角にゴリゴリと押し当てて、、、
病院行ったら?って言ってたのに、、、」
「主人の好きなものばっかり料理を作ってた。油ものばっかりだった。
もっと自分が気を付けていたら、、、」

僕はその話を聞きながら、
左肩は心臓の反応が出る所、、、
もし、自分がもっともっとすごい治療家で
おばさんが頼ってきてくれてたら、早期発見できたんじゃないか。

その後叔父は53歳の若さで亡くなった。


僕は悲しさよりも悔しさ、自分の非力さが大きかった。
もっと自分が凄ければ、、、
もっと自分が頼れる人間だったら、、、
もっと自分が、、、

残された叔母さんと娘さん。
どんな気持ちだろう、、、
自分の非力さに苛立ち、申し訳なさだけが残った。

整形外科時代(2年目)part1

そんな経験から「栄養」という分野をしっかり学ぶことにした。
その時に行ったセミナーで出会ったのが僕の師匠
「川西さん」「松本さん」だった。

栄養という部分はもちろんのこと
治療のこと
施術の時の人との関りのこと
SNSで情報発信するときの注意点
仲間がいる喜び

この人たちが
僕を「ヒト」として育ててくれた。

この人たちがいなければ、今も僕は人との関りや孤独感で苦しんでいたと思う。

整形外科時代(2年目)part2

そんな最高の出会いがあった。

学んでいくことはどんどん
感覚的な治療になり、よりソフトに物理的な刺激は少なくなっていった。
今までの治療も力を抜いて、感覚を大切にするほど効果が出るようになった。


勤めていた整形外科は
大阪市西成区ですごくディープな街。
患者さんの多くは生活保護を受給している方。
保険の窓口負担もないので、毎朝の習慣として整形外科に来る人も多かった。
個性豊かな方が多く、人情味があり、楽しかった。


当時整形外科に通院していた患者様は
「高血圧」「糖尿病」「脂質異常」「腎臓病」「肝臓の数値が異常」
多くはこれらのような内臓系の問題も同時に抱えていた。


内臓も筋肉も関節も全てが人間の身体は繋がっている。
だから、筋肉がもし傷んでいても、内臓の治療をしないと治らない人もいるし、
内臓が機能低下していても関節の治療をしないといけない人もいる。

僕は目の前の患者さんを良くするために、
強い刺激のマッサージではなく、
筋肉、筋膜を含め、より繊細でソフトな内臓や頭蓋へのアプローチもしていた。

整形外科時代(2年目)part2

ただ、より効果が出るソフトな施術よりも
求められるものは
「強い刺激のマッサージ」
「ストレッチで筋肉をグーっと伸ばしたり」
いわゆる気持ち良さのある慰安的なものだった。

マッサージやストレッチが悪いと言っているわけではない。
時と場合、狙い、目的によっては必要な治療だと思う。

でも、患者さんは
【治療】治すことよりも
【慰安】気持ち良さを求めている人が多くいた。

もしくは、【慰安】を求めていたわけではなく、
施術というものは「マッサージ」「ストレッチ」という
固定的な概念があったのかもしれない。

そこの概念を施術をする事で覆せなかった自分にも憤りを感じていた。

患者さんから言われた言葉がいくつかある

「お前の指圧はカエルのしょんべんみたいやなぁ」

「先生はいじわるやからな。黙れって言ってくるからな」
→その人は月・水・金来ていて、その度に色んな患者さんがいる前で毎回言われた。
黙れなんて一言も言っていない、、、

「あの先生のマッサージ効いてる気がしない」

「痛いんじゃおまえ!代われ!!」(はじめて骨折の包帯固定をした時)


整形外科時代(2年目)part2

誰よりもセミナーに行って、
誰よりも朝早く出勤して勉強して
お昼休憩も勉強しているのに、、、
これだけやっているのに、
窓口では0円か、、、

【自分の治療の価値っていくらなんだろう】

独立への想いも強く、次へのチャレンジを決心した。
その旨をリハビリ室長に話をし退職希望を出した。

1月に退職希望を出してから次の職場を探し始めた。
家も社宅なので絶対に出ないといけない。
完全に行き当たりばったり(笑)


とりあえず整骨院とはどんなところかと
専門学校の友達と飲み会を開催し、情報収集。
そこで、友達が「社長が指パッチンで治療をする」と
謎めいたことを言ってた。
治療家魂に火がつき、見学に行く事となり、
2回見学をし、面接もなくそのまま入社となった。

しかし、この時お金はセミナーに使いすぎて貯金は0!!
引っ越し費用は借金をしてまかなった。

整骨院時代(1年目)

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整骨院時代(2年目)

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整骨院時代(3年目)

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