役員面接を控えた
あなたへ
セレブリックス
営業パーソンの
生の声を届けます。

現在活躍中のセレブリックス社員に
インタビューを実施しました。


今でこそトップセールスとして
輝かしく活躍しているあの人たちも、

みな営業未経験からスタートしています。

営業未経験だからこそ味わえる
喜びや成長、やりがいは
もちろんある一方で、

試行錯誤や苦労、思いがけない壁に
直面することは日常茶飯事です。



インタビューを読んであなた
がセレブリックスの仲間として
働く姿を改めて

イメージしてみましょう。

役員面接にたどり着いた今だからこそ、
思い描く世界が明確になり、

自身の考えに変化が
生まれているのではないでしょうか。


セレブリックスではどんな経験ができて、
どんな人間になれるのか?

社員のリアルを知った上で、
自分が働く姿を想像しながら

読んでいただきたいと思います。

現場で継続して好成績を収め、
セレブリックスの
アカウントセールスに大抜擢。
”セレブリックスの顔”として
営業することへのプレッシャーや
難易度の高い業務に対して、
苦戦しながらも
どのように奮闘しているのか。

藤谷 周平(フジヤシュウヘイ)
高崎経済大学出身
2018年新卒入社 (社会人2年目)
セールス事業本部 事業推進室 事業企画グループ所属
アカウントセールス チーフ

入社後は”オンライン商談ツール”や採用管理システムを営業するプロジェクトを経験し、2年目の10月にアカウントセールスというセレブリックスの営業部隊に抜擢される。セレブリックスの選考で服装がリクルートスーツ指定だったとき、ESに私服の写真を使用し採用担当に落とされそうになる。
Q.藤谷くんは社内で2名しか専属がいない「アカウントセールス(セレブリックスの営業部隊)」に異動されましたが、難易度はいかがでしょうか?

A.難しいです。
日々鍛えられてる実感があります。
前プロジェクト(※以下PJ)では割とすぐ成果が
出ていたので、余計に難しく感じます。

Q.どんな風に難しいんですか?

A.前のPJでは成果が出せましたが、それはすでに型ができていたからだということに気づかされました。その流れのままアカウントセールスに異動してきたので、非常に苦戦しています!(笑)
悪く言えば前のPJでは大きな成長がなかったかもしれません。
例えば、商談1つとっても難易度が全く違いますね。アカウントセールスの営業は、現場のPJ以上に
「コンサルティングセールスプロセス」に忠実に
進めないといけないのが難しいです。

※コンサルティングセールスプロセス…セレブリックスが生み出した独自の営業手法。顧客の潜在ニーズを引き出す営業プロセスを指す。

Q.そうなんですね。コンサルティングセールスプロセスの中でも、最も苦戦していることは何ですか?

A.ファクトファインディングです。商談は、専属のインサイドセールスが事前にヒアリングした情報をもとに行くのですが、事前にヒアリングした情報が必ずしもお客さんが真に課題に思っていることではないケースも多々あるんですね。

※ファクトファインディング…顧客の潜在的な課題をつかむこと。
※インサイドセールス…非対面で商談をする営業パーソン。 

具体的には「現状としてはそういう問題が起きているけど、原因は別にある」とか「それも課題に思っているけど、他にも優先して取り組みたいことがある」とか。
真の課題を引き出したいが、問い合わせをした段階でお客さん自身も気づいていない、優先順位もつけられていない状況もあるので、そこを商談当日に一緒に整理し、「本当にやりたいことは?事実は何?」というのをつかむのが難しいです。

Q.確かに、お客さんも気づいていない課題を商談の時間だけで導き出すのは難しそうですね…ファクトファインディングの精度を上げるためにどのような努力をされてるんですか?

A.上司の商談をSDPで録音しているので、その録音を聞いて真似してます。どういう順番でどんな質問をしてるのか、どうやったら課題を聞き出せるのかとか。週3回くらいの頻度で帰宅後に聞いています。

※SDP…Session Description Protocol。商談の録音・分析できるツール。

あとは、商談後に上司へ報告する際「ここ聞けてるの?次から聞いて」と指摘されたことをメモし、商談の際に聞くべき項目として付け足して日々ブラッシュアップしています。

Q.業務後の時間も使って行っているんですね。その努力が身になっているという実感はありますか?

A.ありますね。商談時に「何を聞いたらいいのか?」という迷いはなくなりました。まだまだ聞けてないことは沢山ありますが、「そもそもなにから聞けばいいのか?」「何が聞けてたらいいのか?」というゴールは見えてきました。

Q.ありがとうございます。話は変わって、アカウントセールスに異動してきて1番しんどいなって感じたことはありますか?

A.初日1~2か月間ですかね…。先ほどお伝えした通り、前PJでは成果を出せていたのでちょっとだけ自信があったんですが、異動してきたら全然通用しなかったのがしんどかったです。お客さんとの商談はもちろん、社内での報告・共有だけでも自分の思うように出来ず、”全然できない自分”を実感しました。

Q.冒頭でギャップを感じたと仰ってましたもんね‥これは入社して1番落ち込んだタイミングですか?

A.そうですね。入社時研修でも、研修で学んだことを頭で分かっていても上手く実践できないもどかしさがあり相当落ち込みましたが、それと同じくらい落ち込みましたね。でもこれをきっかけに初心に戻りました。改めて顧客開拓メソッドを読み直して「ファクトファインディングの際にどう伝えたら1番伝わりやすいのか?」ということを見直しました。また、そもそもなんでファクトファインディングをやるんだっけ?とか、教わった営業ノウハウの意義を再確認しました。

※顧客開拓メソッド…セレブリックス独自の営業ノウハウが詰まった文書。

Q.初心に立ち返るのって大事ですね。しんどいなって思ったときはいつもこんな風にモチベーションを保たれてるんですか?

A.そうですね。結局仕事のことで悩んでいるうちは、その悩みを解決しないとモチベーションが上がらないと思っているので、しんどいけどやるべきことを絞ってとにかく実践していきました。例えば、上司を”TTP”するなどですね。
これをやればちょっとずつ成長して、しんどい状況を抜け出せるだろうなと思って努力しました。自分が今できる目の前のことから改善していきました。

※TTP…”徹底的にパクる”の略。セレブリックス社内造語。

正直、土日も自己研鑽に励んでいました。顧客開拓メソッドを読み直す、e-ラーニングを見る、あとはニュースを見る、ニュースピックス読んで情報収集に励むなど。

Q.努力家ですね!

A.ビビりだからやらないで失敗するのが怖いんです。ある意味自分を落ち着かせるためにやっています。「これだけやれば大丈夫じゃないか」と思えるまでやります。

Q.なるほど。ちなみに、アカウントセールス配属後、「セレブリックスの看板を背負っている」というプレッシャーを感じて苦痛になったことはありますか?

A.考えないようにしていますね。確かに、セレブリックスに営業支援を依頼するかどうかはアカウントセールスの技量で決まってしまうと思いますが、自分だけでプレッシャーを背負うのではなく、上司やマーケティングチームの人も一緒に会社の看板を背負ってると考えるようにして、余計なプレッシャーは感じないようにしています。1社への訪問ひとつとっても、「みんながとってきたリードを自分が有利に進められるように商談しよう」というマインドで捉えています。自分1人でプレッシャーを背負うのではなく、周りと協力していこうという気持ちで日々営業しています。

※リード…見込み顧客。商品やサービスに興味を持ち、購入や問い合わせをしてくれそうな「商品の検討見込みがある」顧客層を指す。

Q.素敵ですね。藤谷くんの今後のご活躍を期待しております!!最後に就活生へのメッセージを一言お願いします!

A.はい!入社をしてみると、就活で見ていたセレブリックスの印象と変わる部分も正直あると思います。学生の頃見ていたセレブリックスの社員って、会うといつもキラキラしてるって印象があると思います。でも、いざ入ってみると、キラキラした人たちもいろんな失敗をしているし、影では泥臭く頑張っています。そういった、”良い意味でギャップがある環境も、逃げずに受け入れて頑張れる人”、そんな方がセレブリックスで頑張っていけるんじゃないかと思っています。セレブリックスって思ったより泥臭いし大変だけど、その分の見返りはあるし、必ず成長できる会社です。いい意味でギャップを受け止められる人が成長し続けられると思います。会った社員の雰囲気で入社を決めるのも大事ですが、ある程度中身を知って「そういう環境もあるんだな」って理解し、そのギャップにも挑戦できる人が向いていると思います。セレブリックスに入社を決めた人も迷っている人も、成長したい人にはピッタリの環境です!一緒に挑戦してきましょう!

元バーテンダー。
営業経験ゼロからのスタートで
成績を残した秘訣とは。
顧客折衝の壁にぶつかりながらも、
最年少リーダーに上りつめた裏側で
どのような努力をしていたのか?

髙橋 龍太朗(タカハシリュウタロウ)
B2Bマーケティング事業部 営業企画グループ
次世代プロダクトチーム
リーダー

2016年12月中途入社
前職バーテンダーから営業職に転身。入社後はECモール出展獲得の営業代行を経験、入社半年目にして現場リーダーに抜擢。自身の営業活動での取り組みを、社内プレゼンテーション大会で披露し、”金賞”を獲得。
その後、最年少でリーダー職に昇格し、次世代プロダクト推進チームのリーダーを務める。「カスタマーサクセス」を学ぶコミュニティを自ら発足・推進するなど、セレブリックスに欠かせない存在となる。
Q.龍太朗さんは営業未経験で入社されましたよね。そもそもなぜ営業職を選ばれたんですか?

A.むしろ営業職しかなかったかな。転職の理由は大きく3つあって。
転職理由のうち1つ目は職場環境が悪かったから。
もともとバーテンダーのバーの飲食店で働いてたんだけど、給料が払われなかったの(笑)。
2つ目は、将来的に飲食店を経営したいと思っていたので「お昼に働く人の気持ちを知りたいな」って思ったから。
3つ目は、自分の夢の実現のために”コネと金と時間”を早期に作る必要があって、販売・接客(前職)の経験から直結する仕事は何か?を考えた時に営業しかなかった。「あいつに酒の好みを伝えると大体外さないな」って気に入ってくれるお客さんができて、こうして酒好きのお客さんが増えたことからも、”こういうところを生かして「時間、カネ、コネ」を作るには営業職しかないな”と思ったかな。

Q.そうだったんですね。中でもセレブリックスを選んだ理由は何ですか?

A.そもそもここしか受けてないんだけど、理由は2つ。1つ目は「いろんな経験ができそうだから」、2つ目は「お偉いさんに会える=コネ作れそう」っていう理由。

Q.ありがとうございます。入社後配属されたPJはどんなPJだったんですか?

A.”ECモールの出展獲得”の営業代行でした!手法はインサイドセールスで、電話とオンライン商談ツールを使ってた。12月に配属されてアポ取りから始まり、1月から商談の代行がスタート、2月から常駐していたかな。
PJ自体は俺が配属される1か月前から稼働していて、成果が出なくてクライアントから「常駐してほしい」と依頼されたんだよね。今思うと、「そりゃ成果出んわな」っていうPJだったよ(笑)。PJマネージャー1名、PJリーダーはこのプロジェクトには週2~3回しか来ない。いわゆる”サーバント型”で、あまり深く関わらない人だった。現場のチーム体制を説明すると、俺より先に営業していたのが3人。うち2人が11月入社、うち1人は古株の方だけど、体調崩して休みがちな方で。そこに俺ともう1名が12月から入ってきた。俺も新人だったけど、「こりゃやっべっぞ!」って感じだった(笑)

Q.そうなんですね。なかなか成果が出なかった原因は何だったと思いますか?

A.売り方を誰も分からなかった、売れるシナリオがなかったことかな。体制が整っていなかったからだと思う。

Q.なるほど。新規PJで直面する問題ですね。でも、モチベーショングラフを見ると、常駐後にモチベーションを回復されてますね!

A.そう。クライアントの窓口の人がめちゃくちゃクセ強かったんだけど、めちゃくちゃ営業できる人で、その人をTTPしたら達成したんだ。
Excelとかテックとかマクロに関する知識は、全部この人から学んだ。目標未達の期間に突入していたんだけど、このクセ強い人のおかげで抜け出せたんだよね。

※TTP…「徹底的にパクる」の略。セレブリックス造語。

Q.そうなんですね!TTPされた時に意識されたことはありましたか?

A.教えてもらったら「なんでそうなるのか?」をめちゃくちゃ追求したかな。その人、すごいジャイアンみたいで主張強くて、質問すると喜んで超マウントとってくる「マウントモンスター」って呼ばれてる人だった(笑)。でも、俺としては未達を経験し1回挫折してるからマウント取られることは屁でもなかった。自分ができると思ってたことができなかったのがショックすぎて、うるさいくらいに質問した。「なんでそうなるのか?」を問い続け、納得できないものがあれば繰り返し聞きまくった。それを納得するための実験は時間を惜しまずに実施してたよ。当時は1回も休まなかったし、休日もずっとPC触ってずっと帳票いじってた。

Q.休日もずっと仕事のことを考えられてたんですね!

A.この6ヶ月間は自分に仕事が降ってくるようにずーっと仕事に向き合っていたかな。土曜出社も休まないし、とにかくずっと仕事してた。
起きてる時間はずっと仕事のこと考えてたし、土日もどっちかは必ず考えてた。「仕事に活きること、他にないかな?」っていろんなことを考えては実践してたよ。例えば本読む、手帳をつける、瞑想を始めるなど…今思えば完全に迷走してたね(笑)。結局今でも続いてるのは読書くらいだけど、今までのセレブリックス人生の中で1番自己研鑽に励んでいた時期かも。ハードな時期だったな~。
結果、2月は他の人が受注1.2件だったのに俺は受注件数9件とれて頭抜けてたんだよね。そこでジャイアンにも認められて、俺に指名で「他社OS(アウトソーシング)営業マンの数字管理・教育」を任せてくれるようになったんだ。

※アウトソーシング…外部委託

Q.入社して4か月頃からもう営業プレイヤーを離れることになったんですね!

A.そう。案件管理、目標管理、数字管理以外にも、顧客の代わりに交渉してたりもした。その代わり業務量は半端なかったよ。しかも当時は派遣契約だったので20時までしか残れなかったから、自分でパソコンを買って家で残りの仕事をやってた。「もう出来ませんよね?」って言われるのがやだったから。パツパツまでやってたけど、「まだやれる」って思ってたよ。前職の経験から長時間労働に慣れていたのもあったかな(笑)

Q.この時期で一気に大躍進を遂げられたんですね!次のPJで、入社半年目にして現場リーダーに大抜擢されたみたいですが、かなり苦戦されたのだとか。

A.この時期苦しんだな〜(笑)現場リーダーに抜擢されて新しいPJがはじまったんだけど、完全に顧客から嫌われたの。
新しいPJのクライアントが大手マインドだったんだけど、ベンチャーマインドのジャイアンをみて育ってきた俺が”ベンチャー正論マン”を振りかざしたら、嫌われた(笑)とにかく「このPJでてぇー」って思ってた。
心の中で顧客に「そんなんじゃ何も進まないだろ」とか「奥山さん(※もう一人の現場リーダー)が評価されてたのが腹立つ」って思って、つい他責にしがちだった。その頃は奥山さんともめちゃめちゃ意見ぶつかってオフィスでしょっちゅう言い合いしてキレあってたよ。

Q.龍太朗さんでもそんな荒れてた時期があったんですね(笑)正直考えられませんwそんな中、転機はどのようにして訪れたんですか?

A.簡単に言うと【マインドの切り替え/仕込みの大事さ/理論武装】を意識し始めたら状況が変わったかな。
まず、これは「今の状況から逆転するゲームなんだ。」ってマインドを切り替えたんだ。置かれてる状況に文句を言うのではなく「やり方を変える」という発想に転換して、この状況を抜けだそうと思って行動していった。

次に、クライアントの前に出て発言するのをあえて奥山さんに譲ったりとか、数字を使うことを覚えるとか。「俺みたいな若僧が何言っても信用を得られないんだろう。だったら、信用に足る根拠である数字を集めよう」となって、”説得するときにはロジックと定量が必要だ”ってことを身をもって感じた。漫画の影響で、仕込み(事前準備)の大事さを覚えてとことんやり始めたのもこの頃かな。つまり、何手か先を読むようにしたんだ。「こう発言したら〇〇さんは××という、□□さんはきっと△△と言う」ってシチュエーションを想像して、それに合わせて回答を準備していくようになった。

そうすると、開始3ヶ月くらいでお客さんのリアクションが変わってきたんだよね。例えば、クライアントが数字に関して俺に聞いてくるようになる。クライアントから「あいつは必要な数字を持ってくるひとだ、分析する人だ」という認知に変わってきたんだ。
あと、自信を取り戻したもう1つのきっかけが「上司との週次定例」。
上司からPJに関して「もうちょっとできてると思ってたわ」って言われて、定例が週1から週2になったんだよね。それがめちゃくちゃ悔しくて。要は、管理の必要があるから会議の頻度が増えたのね。
「おまえら2人でこのレベルなんだ」って言われたときに「悔しい」より先にとことんショックだった。そこで、上司を見返さないと気が済まなくなったの。初めは定例で答えられないシーンがたくさんあったんだけど、続けていくうちに上司からどういう突っ込みが入るか、自分で想定できるようになって「フーン、これは?」と言われるポイントを事前に用意してくるようになったんだよね。こうして仕込みの質が上がったことで、定例の頻度が週1になったんだ。最初はボロボロだったのが、次第に上司の反応が読めるようになったんだよね。

Q.めちゃくちゃ過酷な状況を乗り越えられたんですね…。辞めたいと思ったことはなかったんですか?

A.そうね。確かにお客さんから嫌われるし、上司から詰められるしで、精神的なきつさがすごかったな。たしかに辞めたいと思ったことがなかったわけではないけど、”見返す前に辞めたくない”って思ってた。今辞めても会社に痛手がないなと思ったから辞めなかった。
ずっと「会社と対等に交渉ができるくらいの立場にいないときはやめたくない」って思ってた。俺が辞めるときは、「俺辞めますよ。じゃなければ給料このくらい下さい」と交渉できるレベルにならないと辞めたくなかった。だから、本気で辞めるという選択肢はなかったかな。

Q.そうなんですね。そしたら、リーダーになった今、その時期はもうすぐなんじゃないですか…!?

A.どうだろうね(笑)今はコミュニティ立ち上げたり好きなことをやらせてもらって自分なりに色んな実験をやらせてもらっているから、まだ辞めないかな。他に面白そうなことが見つかったら分からないけど!

Q.まさに”会社を利用している”ってわけですね!そんな龍太朗さんから選考中の学生さんに向けてのメッセージをお願いいたします!

A.特にないです(笑)!君の人生だから君で決めればいい。うちの会社は本気でやってる人を応援する会社ではあるので、本気で挑戦できる人をお待ちしてます!

部長からの一言で入社早々
挫折を経験するも、
1年目から成果を出し続け
大きく会社に貢献する。
その後入社8か月目にはメンバーを
持ちマネジメントに苦戦。1年間のマネジメント経験を経て、
”人を通して結果を出す”という
マネジメントの難しさを乗り越え、
得たものとは。

能村 和徳(ノムラカズノリ)
専修大学出身
2018年新卒入社 (社会人2年目)
セールス事業本部 コンサルティング事業部 ディレクショングループ所属
プロジェクトチーフ

入社後は”オンライン商談ツール”や求人媒体の直販営業、代理店営業を担う。1年目からマネジメントを経験する。就活生時代、自信満々にセレブリックスの面接に臨んだが、ボコボコにフィードバックされスタバで号泣したことも。
Q.18新卒の中でも、マネジメント経験が豊富な能村さん。1年目では多くの表彰受賞を経験されましたね。そんな能村さんですが、1番最初にモチベーションが下がった時はいつでしたか?

A.ある出来事が、僕をどん底まで落としてくれました(笑)入社時研修を終えて憧れのコンサルティング事業部に配属され、研修での悔しさをバネに「心機一転頑張るぞ」と気合いが入ってました。2週間の準備期間を経て、外販開始前に同じPJで同期の市村と”セレブリックスに社内営業しよう”ということで、北川さん(事業部長)に時間をもらい商談をしました。
正直、めちゃくちゃボロボロで。切り返しもできないし、魅力ある提案もできない。いわゆる”学生気分が抜けていない”、”研修で何やってたの?”と言われるような営業をしてしまったんですよ。
正直スキル・知識の面では同期の市村と変わらないが、市村は商品への自信があったので堂々と提案できていたんですよね。
そこで北川さんから俺に対して「お前、何やってたの?何のためにコンサルティング事業部きたの?」と。「正直、市村より50歩後ろにいるぞ」と言われました。しかも市村の目の前で。この時の屈辱と言ったらもう…。その時は本当にストレスで禿げるかと思いました(笑)。

その日の帰り道、新宿から最寄り駅まで悔しくてずっと涙が止まらなかったです。悔しくて悔しくて。
その時に、北川さんに超長文の連絡をしたんだよね。
(実際の文章がこちら)「今日の商談でいただいたFBは、私にとって言葉にならない気持ちになりました。1番言われたくないことを言われました。感謝しております。正直、恥ずかしさと悔しさでいっぱいです。商談におけるスキルではなく、取り組むスタンスに関して言われたことがなによりショックでした。北川さんに仰っていただいた意味は、自分なりに理解しているつもりです。ただ、これからの業務の中で具体的に何を変えたら同じことを言われないのか、答えが出せずにいます。なので、対策として、毎日考えます。2度とあんなことを言われないよう、自分なりに考えて、自分なりにPDCAを回し続けます。
なので、自分に必死さやがむしゃらさがなかった場合、何度でも言って欲しいです。その度に、悔しくて恥ずかしい思いをしながら考えます。本当に変えたいです。みなさんのような自信に満ち溢れた営業マンになりたいです。また、ご指導お願いします。」

Q.本気で変わりたいという気持ちがひしひし伝わってきますね…。北川さんからはどのような返信が返ってきたのですか?

A.こんな返信です!「能村、お疲れ様。本気で変わりたいのなら、俺も本気でかかわります。お前があこがれている人たちは、並みの努力で今のポジションにいるわけではないです。それを本気で勝ち取りたいなら、本気でやるしかないよ。その先に成功は必ずあります。本気で変わりたいなら、俺を使ってください。」

Q.能村さんはその後どんな試行錯誤をされたんですか?

A.まずは”マインド”を徹底的に変えたんだよね。今までは中途半端に"できる感、わかってる感"をだしてた。実際、学生まではそれでなんとかうまくいってたし、そんな自負があったから調子にのってたんだよね。どこかで「ほら余裕だろ、天才なんだよ俺は」って(笑)でも、実際は1人では何もできないくて、これまでうまくいってたのは周りのおかげだったんだってことを強く感じた。だからこそ、”業務に取り組む姿勢”とか、業務1つを”徹底的ににこだわる”ということを意識し始めたかな。

Q.具体的にはどんなことにこだわったんですか?

A.まずは「量」にこだわった。とにかく量だけは同期の市村に負けない。架電の時のコール数は絶対に負けない。100%ではなく120%を出し続けるってところにこだわった。とにかくどんなことでも”絶対に負けない”って決めたんだよね。出社時間、コール数、アポ数、どんなに小さなことにおいても。

あと他に変えたことでいうと、とにかく「キャッチアップすること」を意識したよ。毎日、日経新聞を読む、社内チャットで上がった情報はすぐに読む、わからないことがあったらその場で必ず調べる。知識とか専門用語を知らないと会話に入れないからね。
あとは、上司の章裕さんのおかげで「言葉を洗練させる」という点も無意識に鍛えられてたかな。章裕さんからしょっちゅう「その言葉の意味、本当に理解している?その言葉の定義って何?」って突っ込まれてた。言葉を正しく理解していないとすぐ直された。当時は「ケチケチうるせえなぁ」って思ってたけど、今思えば本当に感謝している。営業マンは言葉が全てだからね。

Q.すごいですね…その努力が実を結んできたなっていう実感は、表彰されたときに実感したんですか?

A.そうだね、俺は何か1つが突然抜きんでた!とかではなくて、意識して変えたことがひとつひとつ実を結んでいったイメージかな・・。
意識を変える⇒「絶対に負けない」と決める⇒行動量が変わる⇒キャッチアップが変わる⇒アポの質が変わる⇒提案内容が変わる…という連鎖が起きて結果につながったんだよね。

Q.なるほど。「意識が行動を変える」。勉強になります。能村さんは早い段階でマネジメントを任されていましたよね!1年目の2月には3名のマネジメントを経験されていたと思いますが、マネジメントで心がけていることはありますか?

A.”チーム”を作ることかな。正直今思えばあの頃はマネジメントが何なのか分からなくてただ”個”が3人集まっているだけだった。もしあの頃に戻れるとしたら、俺は成果どうこうじゃなくて”チーム”を作りたい。

Q.”成果”よりも”チーム作り”を意識されてるんですね!

A.間違いないね。そっちの方が断然大事。まず良いチームからしか成果は生まれないから。何よりも人間関係が超大事。実は、2月の頃はチームの仲が悪かったんだけど、当時は関係ないと思ってた。最低限の報連相はするけど、チームとしての活動は一度もなかった。これは本来のあるべきチーム像ではないね。「チームの〇〇さんが成果出ていない。この状況で、チームとしてどうすべきか?」ってことは考えてこなかった。そういう場を作らなかった俺の責任だったと思う。

Q.マネジメントって奥深いですね…。でも2年目でそのことに気づけてるのが凄いですよね。ちなみに、4月からは”直販⇒代理店販売”に変わってますよね。直販と代理店だと、売り方が全然違うと思うのですが、ずばり代理店の難しさは何ですか?

A.ありすぎてもう…(笑)代理店の難しさを一言で伝えるとしたら、”自分以外の人をコントロールしないといけない”ということかな。やる気が出なかろうが、成果が出なかろうが、それが自分だったら自分の問題だし仕方ないし、何かを変えれば解決するんだけど、それが第三者だと一気に難しくなる。ある種これもマネジメントだよね。かつ俺がマネジメントしていた人は「他社独自の営業スキルが染みついている年配の営業マン」だった。
正しい営業を教え直さないといけなかったのが最も難しかった。
その上、商材はそこまで有名じゃない。代理店は数ある商材の中から、自分が売ってほしい商品を売ってもらわなきゃいけないじゃん。どれだけ難しいことか…。
ちなみに、初めてのメンバーは52歳、かつ福岡在住。遠隔でのマネジメントでしょっぱなから苦戦したよ(笑)

Q.聞いてるだけでも大変そうなのが伝わります(笑)

A.そう(笑)こうして、俺1人で代理店渉外が始まったの。その上、初月の売り上げ目標がありえない額になったんだよね。そんな状況で手探りで始まって、登録コンサルタントっていう外部委託の営業マンが徐々に増えていったの。5月には中途入社の2名(伊藤さん、黒川さん)が加入してきて、その2名の教育と地方の登録コンサルタントの教育も並行してたから、あの頃は本ッッ当にきつかった(笑)今思えば、俺よくやってたなって思うよ。「この商品に自信が持てません」という声とか、「この商品売れないと思ったのでやめます」とか。その度に新しい人が入ってきて教育して‥本当に大変だった。

Q.聞けば聞くほどきつそう(笑)

A.本当に上期はがむしゃらに走ってた!正直、売り上げはほぼずっと立っていなかった。「あの手この手をやってみたけど何もうまくいかない」ってどん底だった。
そのうち、メンバー(部下)の黒川さん・伊藤さんが商材に対して自信が持てなくなってしまって。難易度が高い商材っていうのは重々承知していたけど、それでも「商品の価値を勝手に決めちゃいけない」って何とか説得して。でも俺も成果を出せてやれていないから本当に苦しかった。もう「精神の崩壊、苦しい」状態。クライアントからも諦められてるし、メンバーからも助けを求められるし。

Q.その状況をどうやって打破したんですか?

A.こんな調子で、本当にずっと暗黒だった。「自分から試してみることはやり切った」ここまでやっても売れないなら、本当にこの商材は売れないんだと思ってしまった。色々上司と試してみたし、とことん相談した。相談しても、上司にも答えがなかった。「もう無理だ」、そう思ってた時に新しく上司に野瀬さんという方が来たんだよね。これが転機だったかな。

野瀬さんとはこのPJを今後どうすべきかに関して、何度も電話で言い合いしてた。「どうすればいいんですか、答え教えてくださいよ!」とか。「この商材を売っているメンバーがかわいそうです」って泣いたこともあった。
でも、ある時ディスカッションを重ねる中で「まだやれることがあった」っていうことに気づいたんだよね。そこから視界が開けたんだよね。
そうして「やれること」が出てくるとだんだん前向きになれて、そこからマネジメントも変わってきたんだよね。

最初は「もうやれることはやり切った」って思ってたから、メンバーから「どうしたら売り上げ上がりますか?」っていう問いに対して答えを提示できなくて、メンバーの期待に応えられないっていう状況だった。メンバーが答え・助けを求めてくれてるのに何も提示できない。俺は何もしてあげられないってのが苦しかった。でも、「やれること」が見つかるとメンバーに指示出せるようになるなったんだよね。
「こういう観点で考えてみるといいんじゃない」「次はこんな戦略でやってみよう」とか。失敗もたくさんあったんだけど、少しずつ前に進み始めたんだよね。

野瀬さんが1番最初に指導してくれたのが、メンバーのスタンス、考えだった。「売りたくないじゃないでしょ。仕事だよ?セレブリックスがいる理由って何?」って。すごく感謝してる。そこから、セレブリックスのマネジメントの概念である「人を通して成果を出す」ってのを意識し始めた。
”メンバーの働きやすさを考えたり、メンバーにもっと寄りそう、向き合う”ということにフォーカスし始めたんだよね。分かり合うまでやめないようにした。部下が納得してなかったら、自ら聞き出すとか。あとは12月~1月くらいで「1兆ドルコーチ」っていうマネジメントのやり方が書かれている本と出会ったのも大きなきっかけだった。

Q.非常に興味深いですね。

A.コーチングとティーチングの違いもその時期に学んだかな。マネジメントの研修を受けてとにかく勉強したかな。そこからマネジメントのやり方が変わって、”この人のために”とか”メンバーの夢”にフォーカスするようになったんだよね。
いままでの俺は「売上をつくる」というのがミッションだった。だから、”この売り上げをどうやって作るのか?”という狭い視点でしか考えていなかったんだよね。でも、これは完全に間違っていた。もっともっと紐解いて根本から考えないといけなかった。
「売り上げを作る」ということは、それを実際に作るのは俺ではなく俺のメンバー。俺のメンバーが”頑張りたい”と思える環境を作らなきゃいけない。
そのためには、メンバーを知らないといけない。メンバーはなんでセレブリックスに入社したんだっけ?メンバーの夢ってなんだっけ?プライベートでは何をしていて、どんなことに心動かされるんだっけ。まずここを知らないと、その環境を作ることはできない。
で、夢とか目的ってやっぱり重要で、そのために「なんでセレブリックス入ったの?」「セレブリックスで成し遂げたいこと」を、今の業務に繋げてあげる。夢から逆算してあげる。そうして夢と今の目標をつなげてあげる。そうすると、メンバーは「今の仕事を頑張る理由」を見つけられるんだよね。
”自分の夢を実現するために頑張ろう”って。
俺は戦略を考えることばかりに目が行っていたけど、それを考えても何も意味がないんだよね。これがマネジメントなんだって気づけたんだよね。出来ないことは沢山あるけど、マネジメントの根本がここなんだって気づけた。

Q.何気ないことが意外と重要だったりするんですね。

A。そうなんだよね!こういった関係性を作るには、俺がメンバーから頼ってもらえるような人間性を身につけないといけなんだなってやっと気付けたんだよね。マネジメントでここにくるまで1年かかったかな。

Q.私自身が勉強になることがたくさんありました‥ありがとうございます!ちなみに、そんな能村さん、入社した当時はどんな目標を掲げて入社されたんですか?そして、今それを達成できたと思いますか?

A.入社した時に掲げた目標は、世間一般の同期とくらべたときに「圧倒的に早いスピードで成果出す」ってこと。そのためにとにかく「どんな商材でも売れる」という状態を作る。それと同時に「あらゆる業界知識、あらゆる市場の知識を高める」ということ。その上で、自分が起業する業界を決めたいと思っていた。それでいくと、「どんな商材でも売れる」自信はついたかな。他の目標はまだ達成できてないので、これから達成します。

Q.沢山ありがとうございます!2年目にして波乱万丈の社会人生活を経験されてる能村さんですが、最後に選考中の学生さんにメッセージをお願いします。

A.どんなことでも、本気で取り組むと苦しいときもあれば、報われるときもある。
自分が過ごした2年間は、正しくそんな時間でした。楽の先に成功は絶対にない。自分がなりたい姿、かなえたい夢をどこまで本気で考えているかが分かれ道だと思います。”絶対に成し遂げたい何かがある人”をお待ちしています。