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小さく産まれた赤ちゃんと家族の物語

双子の中でも最もリスクの高い一絨毛膜一羊膜だと分かった娘たち。

妊娠初期から絶対安静を経て長期の管理入院となりました。

入院中は点滴で腕は痣だらけ、副作用で動悸や手の震え、全身の蕁麻疹、吐き気に襲われ、弱いお母さんでごめんなさいとお腹にいる我が子たちに泣いて謝ったこともありました。

神様どうか守ってくださいと何度も祈りました。

無事に予定の32週で帝王切開となり、娘たちの泣き声を聞いた時には、
涙が溢れて止まりませんでした。

その後、nicu入院や手術色々なことで不安や悩みは尽きず、他のお子さんと比べては落ち込むこともありました。

でも
子供たちは、驚くほど強くたくましい。
いつも、私にたくさんの事を教えてくれます。

生まれてきてくれてありがとう。
これからもゆっくりと一緒に歩んでいきたいと思います。

大丈夫、子供はお母さんが思うより何倍も強いから。ゆっくりゆっくり歩んでいきましょう。


(在胎32週、1671g・1581g、女の子)

22週まで順調だったのに、突然エコーで「予後の悪い病気で、必ず早産になる。生きて産まれてくるか分からないし、産まれても後遺症が残る可能性が高い。蘇生するかも含めてご家族でよく話し合ってください。」と言われ絶望しました。

未熟児で産まれ障害を持っていたら、自分は育てられるだろうか、可愛いと思えるだろうか。元気にお腹で動いているのに、診断されるまで誕生を心待ちにしていたのに、どうして…と色んな事を考え、悩み、毎日涙しました。

1日でも長くお腹にいてほしい、と願いながら毎日お腹に手を当て胎動を確認しては安心する日々。何とか4週間お腹で頑張ってくれたある日の夜、赤ちゃんにしんどいサインが出たため翌日まで様子を見て緊急帝王切開となりました。

泣かないだろうと言われていましたが、少しでも産むことをためらった事に申し訳なさを感じるほど力強い声で5回泣いてくれて「私は生きる」と赤ちゃんが訴えているようで、無事産まれてくれたことに感謝し泣きました。

約5か月間小さな身体で入院生活を頑張ってくれた娘は、ありがたいことに大きな後遺症もなく元気に退院することが出来、お兄ちゃんと毎日けらけら笑い仲良く過ごしています。

同じ未熟児のママから教えてもらった「その子が咲かせられる花は必ずあるのだから、親はただ、子供が生まれた時の“うちの子は元気で天才!”というマインドを、ずっと持ち続けていればいいのだと思います」という言葉は今でも心の支えです。

まだ始まったばかりですが、生きていることを当たり前と思わない子育ては、気苦労は多いけど素晴らしい奇跡の積み重ねだと今だから思えます。

(在胎26週1日、713g、 女の子)

27週の時に妊娠高血圧症候群で入院になり、1日でも長くお腹の中で育ててあげたいと思うと同時に、今産まれたらこの子はどうなるんだろうと不安な毎日でした。

わが子が産まれたとき、10ヶ月お腹の中で育ててあげられなくてごめんね。という気持ちと、治療や検査を頑張ってくれてありがとう。という気持ちでいっぱいでした。

お子さんの入院中は、不安な気持ちを抱えていることと思いますが、赤ちゃんの生命力は強いです。
ご自身のことを責めず、頑張りすぎないでください。
頑張っているお子さんを、沢山褒めてあげてくださいね。

(在胎28週4日、834g、女の子)
私は、妊娠前から高血圧の治療中であり、高齢初産婦だったのでハイリスク妊娠でした。そのため、妊娠初期から総合周産期母子医療センターのある病院での出産を希望しました。

妊娠初期は、お腹の子も私の体調も順調に経過していました。しかし妊娠中期に入ると、血圧の高値が続き、妊娠25週から入院治療を受けることになりました。私の持病が原因で早産になること、子どもが無事に産まれるのかなどの不安感があり、毎日泣いていたことを今でも思い出します。入院治療を受け、血圧の数値が以前より落ち着き、一時退院ができました。妊娠中の時期が、コロナ禍だったので様々なストレスを抱える中、家族と過ごせる当たり前の時間が大切だなぁと改めて実感しました。

しかし、退院後の血圧の数値が安定せず腎機能の低下もみられたので、29週に再入院となりました。その時に医師から「34週を目標にしましょうね。」言われ、少しでも長くお腹の中で大きくなってほしいと願っていました。29週の検診の際に推定体重1121gと診断され、私は1000gあるから大丈夫‼️と少しホッとしました。

入院後も血圧と蛋白尿の高値が続き、30週1日で緊急帝王切開となりました。覚悟はしていましたが、バタバタと出産になり、すぐには現実を受け入れられませんでした。そして産まれた子どもの体重が943gと聞き、予定よりも小さく産んでしまった事にショックを受け、医師に「こんなに小さいけど、元気に育ちますか?」と質問すると、医師から「小さくて不安はあると思いますが、今後は発達外来で一緒に経過を看ていきましょう。」と言われ、不安しかないけれど医療を受けられるなら大丈夫だと信じるしかないと思っていました。

初めてのNICU面会の時に、人工呼吸器や点滴ルートなど小さい体にたくさんのチューブが着いている子どもを見た瞬間「早く産んでごめんね。小さい体で頑張ってくれてありがとう。家族になってくれてありがとう。」と思い、涙が止まりませんでした。NICU・GCUで順調に育っていたので、なんとか予定通りに退院できました。私の場合はコロナ禍で面会時間がとても短く、15分とあっという間でしたが、毎日ちょっとした変化に一喜一憂していました。

現在は子どももすくすく育ち、なんとか成長曲線に身長・体重が入ってきているので、安心して育児をしています。そして、今では子どもを通じて同じ境遇の方と出会い、妊娠中や出産直後に感じていた不安がだいぶ解消されました。私たち夫婦は、初めての育児に手探り状態で奮闘しています。

(在胎30週1日、943g、男の子)

22週まで順調だったのに、突然エコーで「予後の悪い病気で、必ず早産になる。生きて産まれてくるか分からないし、産まれても後遺症が残る可能性が高い。蘇生するかも含めてご家族でよく話し合ってください。」と言われ絶望しました。

未熟児で産まれ障害を持っていたら、自分は育てられるだろうか、可愛いと思えるだろうか。元気にお腹で動いているのに、診断されるまで誕生を心待ちにしていたのに、どうして…と色んな事を考え、悩み、毎日涙しました。

1日でも長くお腹にいてほしい、と願いながら毎日お腹に手を当て胎動を確認しては安心する日々。何とか4週間お腹で頑張ってくれたある日の夜、赤ちゃんにしんどいサインが出たため翌日まで様子を見て緊急帝王切開となりました。

泣かないだろうと言われていましたが、少しでも産むことをためらった事に申し訳なさを感じるほど力強い声で5回泣いてくれて「私は生きる」と赤ちゃんが訴えているようで、無事産まれてくれたことに感謝し泣きました。

約5か月間小さな身体で入院生活を頑張ってくれた娘は、ありがたいことに大きな後遺症もなく元気に退院することが出来、お兄ちゃんと毎日けらけら笑い仲良く過ごしています。

同じ未熟児のママから教えてもらった「その子が咲かせられる花は必ずあるのだから、親はただ、子供が生まれた時の“うちの子は元気で天才!”というマインドを、ずっと持ち続けていればいいのだと思います」という言葉は今でも心の支えです。

まだ始まったばかりですが、生きていることを当たり前と思わない子育ては、気苦労は多いけど素晴らしい奇跡の積み重ねだと今だから思えます。

(在胎26週1日、713g、 女の子)