ある大蔵官僚プロパーが見た満州国と太平洋戦争の記録

ー戦争と平和の狭間を生きてー
間野 純一 著
仕様:オンデマンド (ペーパーバック)
ページ数:220
ページサイズ:21.0 x 1.3 x 29.7 cm
出版社: デザインエッグ社
定価:¥2,442+税

本書の特徴

Point.
1
陸軍の異才、石原莞爾に見出され満州国協和会職員として満州国に赴き、福田赳夫の斡旋で大蔵省に潜り込んだ著者の伯父が残した黒いノートを基にして、明治から今日までの日本の歴史を簡単にまとめた。
Point.
2
先の戦争以前の日本とアメリカ、中国、韓国(朝鮮)との関係や満州国の実像について述べた。
Point.
3
なぜ、太平洋戦争は起こったのか、戦争を回避することは可能だったのか、日本は満州国をどのようにしたかったのか、東京裁判をどのように考えるか を考察した。
Point.
2
先の戦争以前の日本とアメリカ、中国、韓国(朝鮮)との関係や満州国の実像について述べた。

作品概要

著者の伯父間野英雄が残した黒いノートには、満州国協和会時代と大蔵省に移ってからの時代に、彼の見聞きし、感じた事柄が書き記されている。本書はそのメモを基にして、明治以降、日中戦争、太平洋戦争を経て今日に至る日本人の精神と活動の軌跡を振り返ったものである。
 維新直後から征韓論に見られるように、日本国内には膨張圧力があった。また、中国東北部満州と朝鮮は、明治維新の日本にとって膨張意欲の高いロシア帝国(あるいはソ連)に対する防潮堤と考えられていたため、結果として、日清および日露間で衝突し戦争が起こった。その後、満州地域の覇者張作霖を河本大作大佐らが爆殺したことで、復讐心に燃えた息子の張学良は蒋介石に近付き、最終的に西安事件で共産党と蒋介石の合作に結びついた。石原莞爾の「世界最終戦論」を下敷きにした謀略によって満州国が創立した。しかし、伯父が見聞きした満州国は、その地に以前から住みついていた満州人や中国人の土地や穀物を安価に収奪し、アヘンや非道が交錯する世界だった。満州国は傀儡だとリットン調査団に診断された日本は、不名誉な除名を恐れ面子を重んじて世界連盟を脱退した。その後、陸軍、ジャーナリズムにあおられた一般国民大衆は次第に強硬論に走り、その世論に押されるようにして陸軍は万里の長城を超えて中国内へ侵攻を始めた。憤るアメリカは強く反対し、中国への物資援助を始めた。陸軍が北部インドシナから南部インドシナに侵攻を始めると、アメリカは最終的なハルノートを手交して、日本を開戦に押しやった。その背後ではアメリカ、ソ連による諜報活動があり、日本の重要案件の暗号電文は解読されていた。アメリカ国内では、コークリンカリー、アルジャーヒスらによる、また日本国内では、リヒヤルトゾルゲ、尾崎秀実らによるスターリン&コミンテルンネットワークが、開戦への誘導活動を行った。最終的には、国内の同調圧力によって、不可避的に陸軍も海軍も開戦へと流れて行った。また、日本は機械科学を活用した兵器開発でも、精神論から後れをとり敗戦した。戦後、アメリカ的民主主義が一般化したが、大震災時の原子炉溶融やこのたびのCOVID-19の政府・官僚の情報公開を躊躇する対応を見るたびに、日本人気質への疑問が生ずる。

著者より

著者の経験では、日本の近現代史は若者の間では軽視されていて口の端に上ることは殆どない。いや、そうではなくて、大学等の入試試験に近現代史が出題されないために、高等学校以下の歴史教育で軽視されて来たというのが、本当の所であるかもしれない。かつて、著者らが受けた小学、中学、高等学校の日本史の歴史授業では、大正、昭和の時代をいつも駆け足で通り過ぎてゆき、ほとんど記憶に残ることがなかった。その状況は今も変わらぬようで、若者の歴史知識は低レベルにあるようだ。著者の伯父が残した黒いノートに触発されて調べてみると、明治時代以後の日本人の行動方式に色々な問題点があることが分かった。だが、その問題点は今なお日本人自身が十分に把握しているわけではなさそうだ。日本人の特性(それは美質もあれば欠点もある)は、戦後も、大震災やこのたびのCOVID-19でも、長所・短所を合わせて出現している。本書では、日本人の協調性や同調圧力、忖度、群集心理、短慮、自己顕示欲などについても言及した。

著者紹介

間野 純一
千葉市中央区 技術士(金属)
1945年 中国東北部長春市(旧満州国新京市)生まれ.
1966年早稲田大学理工学部金属工学科 入学、その後同理工学大学院に進学.
1971年 大手製鉄会社入社、以後、研究(鋼の凝固、鋳鍛造、自動車用高張力鋼板等)、開発管理、技術サービスに携わる.
 (1973~1977年半ば迄、技術サービスとして香港駐在、中国全土を対象として活動)
1999年7月から県産業振興センターの産学官連携コーディネーターとして中小企業の研究開発支援を行う.
2005年9月、製鉄会社定年退職.
2011年3月、産業振興センター嘱託退職。
2011年4月からmano(研究開発&産学連携支援)技術士事務所代表として個人活動.
間野 純一
千葉市中央区 技術士(金属)
1945年 中国東北部長春市(旧満州国新京市)生まれ.
1966年早稲田大学理工学部金属工学科 入学、その後同理工学大学院に進学.
1971年 大手製鉄会社入社、以後、研究(鋼の凝固、鋳鍛造、自動車用高張力鋼板等)、開発管理、技術サービスに携わる.
 (1973~1977年半ば迄、技術サービスとして香港駐在、中国全土を対象として活動)
1999年7月から県産業振興センターの産学官連携コーディネーターとして中小企業の研究開発支援を行う.
2005年9月、製鉄会社定年退職.
2011年3月、産業振興センター嘱託退職。
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読者の声

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