清水町は、静岡県の東部に位置し西に黄瀬川、東に境川、町の中央部には日本一の湧水量を誇る柿田川、そして、伊豆の天城山を源とする狩野川が流れる水の豊かな町なんです。
町の南側に標高256mの徳倉山、標高75mの本城山がある以外は、ほぼ平坦な地形となっていて、とても住みやすい町なんですよ。
町の面積は8.81平方キロメートル、静岡県内で最も面積の小さな町ですが、人口は約3万2千人、人口密度は静岡県内で最も高く、平坦な地形と交通の利便性から住宅地として市街化が進んでいます。
そうそう、今からご案内する「柿田川公園」も、近隣では見られない特徴があるんです。
■「21世紀に残したい日本の自然百選」に選定(昭和58年)
(静岡県では柿田川と寸又峡の2ヶ所)
■「日本名水百選」に選定(昭和60年)
判定条件
⑴ 水質・水量、周辺環境(景観)、親水性の観点からみて、
保全状況が良好なこと。【必須条件】
⑵ 地域住民等による保全活動があること。【必須条件】
⑶ 規模
⑷ 故事来歴
⑸ 希少性、特異性、著名度等
■「日本3大清流」と呼ばれています。
柿田川、四万十川(高知県)、長良川中流域(岐阜県)
柿田川は日本最後の清流と言われる高知県の四万十川、岐阜県の長良川中流域と並び「日本3大清流」と言われています。
■「国指定天然記念物」(平成23年)
指定理由
ア 基準 特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準
(昭和26年文化財保護委員会告示第2号)
天然記念物の部三による。
イ 説明 富士山の溶岩の間から流れ出す日量120万tに達する豊富な水量の湧水である。
柿田川の水は、大正になり初めて工業用水として活用され、上水道として活用されたのは昭和になってからです。
日本一美味しいといわれる柿田川の湧き水は静岡県東部3市2町(沼津市、三島市、熱海市、函南町、清水町)の飲料水を賄っています。
■柿田川公園整備 昭和61年4月
柿田川公園は柿田川湧水地の保全と町民憩いの場として昭和61年に整備、公園化されました。
戦国時代には、小田原の後北条氏が泉頭城(いずみがしらじょう)を築きました。
城といっても石垣や天守閣は無く、柿田川や複雑な地形を活かした濠と、土塁で囲んだ砦の様なものです。
江戸時代の初めには、この景観を気に入った徳川家康が隠居城を造ることとなり、縄張まで始めましたが、翌年急死したため築城は中止となりました。
もし大御所家康が長生きしていれば、現在の清水町の姿は大きく変わっていたかもしれません。
現在地、公園の見どころ、階段の有無などを確認して、
皆さんの体力、体調に合わせた、楽しみ方をしてください。
見学時間は、約30分〜60分。(移動時間を含む)
それでは、出発です。町なかの秘境、柿田川をお楽しみください。
【利用上の注意】
・柵(さく)や八つ橋からでないで下さい。
・園内は汚さずゴミや空き缶はお持ち帰りください。
・タバコの投げ捨てなどは絶対にしないで下さい。
・バイク、自転車の乗り入れはご遠慮ください。
・キャンプや炊飯は、禁止します。
・動植物の採取はしないで下さい。
・ペットを連れてのご来園はご遠慮ください。
エントランスのシンボル石碑。土日祝日には、噴水をバックに記念写真を撮る観光客で賑わいます。
スタートする前に、皆さんご一緒のお写真撮りましょうか?
第一展望台から柿田川をご覧の後、あの築山の横を通りますが、もし時間に余裕がございましたら、
昇ってみてください。
ここから眺める「国道1号方面」は、大型商業施設も含め、本当に町のど真ん中に位置することを実感させてくれます。
噴水の水しぶきは、快晴の日、太陽の位置により「虹」を作り出しますので、是非、探してみてください。
現在地、公園の見どころ、階段の有無などを確認して、
皆さんの体力、体調に合わせた、楽しみ方をしてください。
見学時間は、約30分〜60分。(移動時間を含む)
それでは、出発です。町なかの秘境、柿田川をお楽しみください。
【利用上の注意】
・柵(さく)や八つ橋からでないで下さい。
・園内は汚さずゴミや空き缶はお持ち帰りください。
・タバコの投げ捨てなどは絶対にしないで下さい。
・バイク、自転車の乗り入れはご遠慮ください。
・キャンプや炊飯は、禁止します。
・動植物の採取はしないで下さい。
・ペットを連れてのご来園はご遠慮ください。
老朽化が進んでいた「公園内のトイレ」ですが、やっとリニューアルされ、公園の緑の中に溶け込む形で改築されました。
施設概要
・男性トイレ 小便器(4) 大便器(2) (ベビーチェア完備)
・女性トイレ (5) (ベビーチェア完備)
・多目的トイレ(誰でもトイレ) (1)
(利用可能時間 (8:30〜17:30 但し6月〜8月は18:00まで)
(ベビーチェア・おむつ交換台・オストメイト完備)
その他 (AED設置)
階段が苦手な方は、皆さんが展望台に行かれている間、こちらのテーブルやベンチで一休みしてください。
この広場は、近隣市町の保育園・幼稚園・小学校の遠足の場にもなっているようで、季節によっては、元気な子供達の声で賑わいます。
タイミングが合えば、大きなシャボン玉を作っている方に遭遇するかもしれませんね。
また設置されているテーブルやベンチの一部は、地元「柿田川ロータリークラブ」から寄贈をいただいております。
泉頭城(いずみがしらじょう)は柿田川の水源地泉頭に築かれた戦国時代(15~16世紀)の城郭です。
城域は東西400メートル、南北500メートルあり、二ノ洞と三ノ洞に区切られた中央の本曲輪を中心に、これをとり囲んで北ノ曲輪、東ノ曲輪、西ノ曲輪、舟付曲輪小郭、第六天曲輪、南ノ曲輪があり、水源地の西側に堂ノ口出丸が築かれています。それぞれの曲輪は泉ノ川と自然の深い洞、人工の空堀で防禦されており、土橋と木橋で結ばれていました。
この城は戦国時代の終わり頃には小田原後北条氏の持城で伊豆を守る国境の城としての役目をはたしていました。永禄12年(1569年)後北条氏は家臣多目周防守と荒川清兵衛を城将とし、清水町の戸倉城、三島の伊豆徳倉城と連絡して甲斐武田信玄の侵攻に備えました。
天正8年(1580年)武田勝頼の攻撃には、荒川豊前守、大藤長門守、多目権兵衛を城将とし、それに高橋、一南の足軽大将が各々百騎づつ従えて城を守り戸倉城とは、舟で連絡していました。天正9年(1581年)戸倉城が武田軍に降参すると、泉頭城のまわりの村々は武田軍の安井治太夫らの手によって焼き払われてしまいました。天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐が始まると、後北条氏は泉頭城を破壊し、城兵は韮山城と山中城へ引き上げました。
元和元年(1615年)徳川家康は泉頭城の城跡が大変気に入り、自ら老後の憩いの場所と定め、家臣土井利勝、本多正純に隠居所造営を命じましたが、翌年草々、急遽中止となり、隠居所は駿府(静岡市)へと変されました。
その後城域はまわりの村人によって開墾され田や畑になりましたが、大正の頃まで城跡はよく残っていたということです。現在城址の一部は柿田川公園として多くの人々に親しまれています。
清水町 寄贈 清水町ライオンズクラブ
老朽化が進んでいた「公園内のトイレ」ですが、やっとリニューアルされ、公園の緑の中に溶け込む形で改築されました。
施設概要
・男性トイレ 小便器(4) 大便器(2) (ベビーチェア完備)
・女性トイレ (5) (ベビーチェア完備)
・多目的トイレ(誰でもトイレ) (1)
(利用可能時間 (8:30〜17:30 但し6月〜8月は18:00まで)
(ベビーチェア・おむつ交換台・オストメイト完備)
その他 (AED設置)
柿田川は清水町の中央部に位置し、国道1号の崖下を始点とし、狩野川までの長さ1200mの全国一短い1級河川で、川幅は30m~50m、流れている水も全て湧き間からの湧き水です。
この湧き水は40km先の富士山に降った雨水や雪解け水が地下水となって、この国道1号の崖下から突然湧き出したものです。
これは古富士泥流という水を透さない地層と三島溶岩という気泡に富んだ水を透し易い溶岩層の間を通って、三島溶岩の先端部である柿田川で噴出したものです。
富士山の年間平均降水量は、600万トン/日、その内150万トン/日が蒸発、残り450万トン/日が全て標高1700m~1000mの山腹で地中に滲み込み地下水となります。富士山の地下には、琵琶湖にも匹敵する膨大な量の地下水があるともいわれています。
柿田川には富士山の地下水の内、約4分の1、110万トン/日が湧き出しており、湧水量の規模から「日本一の湧き水」といわれています。この湧水量は、瞬きする間にドラム缶6本を満たし、年間を通して湧水量110万トン/日、25mプール2,000杯分、東京ドーム1杯分に相当し、静岡県民364万人の1日分の飲料水を賄うことが出来ます。水温は一年を通じて15℃と一定、飲料水としてそのまま飲めるほど清浄です。
飲料水として約20万トン/日を静岡県東部3市2町(沼津市・三島市・熱海市・函南町・清水町)に供給しています。また、工業用水として約10万トン/日を供給し、残り約80万トン/日が柿田川流水となり狩野川へ流れ込んでいます。
清流のみに生えるミシマバイカモ、渓流の宝石といわれるカワセミが生息し、晩秋には鮎の大群が遡上する様子が眼下に見えます。
柿田川は清水町の中央部に位置し、国道1号の崖下を始点とし、狩野川までの長さ1200mの全国一短い1級河川で、川幅は30m~50m、流れている水も全て湧き間からの湧き水です。
この湧き水は40km先の富士山に降った雨水や雪解け水が地下水となって、この国道1号の崖下から突然湧き出したものです。
これは古富士泥流という水を透さない地層と三島溶岩という気泡に富んだ水を透し易い溶岩層の間を通って、三島溶岩の先端部である柿田川で噴出したものです。
富士山の年間平均降水量は、600万トン/日、その内150万トン/日が蒸発、残り450万トン/日が全て標高1700m~1000mの山腹で地中に滲み込み地下水となります。富士山の地下には、琵琶湖にも匹敵する膨大な量の地下水があるともいわれています。
柿田川には富士山の地下水の内、約4分の1、110万トン/日が湧き出しており、湧水量の規模から「日本一の湧き水」といわれています。この湧水量は、瞬きする間にドラム缶6本を満たし、年間を通して湧水量110万トン/日、25mプール2,000杯分、東京ドーム1杯分に相当し、静岡県民364万人の1日分の飲料水を賄うことが出来ます。水温は一年を通じて15℃と一定、飲料水としてそのまま飲めるほど清浄です。
飲料水として約20万トン/日を静岡県東部3市2町(沼津市・三島市・熱海市・函南町・清水町)に供給しています。また、工業用水として約10万トン/日を供給し、残り約80万トン/日が柿田川流水となり狩野川へ流れ込んでいます。
清流のみに生えるミシマバイカモ、渓流の宝石といわれるカワセミが生息し、晩秋には鮎の大群が遡上する様子が眼下に見えます。
階段を降りなくても、柿田川の湧水量の多さを実感できるように配慮された、臨時展望台です。
この場所は、木々の葉っぱが生い茂っている夏には見えにくく、冬になると枯れ葉とともに、前方の視界が開けると、湧いたばかりの水が、あっという間に、こんな大きな川になることを知ることができます。
前方に見える施設は、静岡県企業局の取水場でして、この水は「熱海市・三島市・函南町」の一部に送水され、驚くことに「熱海市初島」まで、この水が届いています。
階段を降りなくても、柿田川の湧水量の多さを実感できるように配慮された、臨時展望台です。
この場所は、木々の葉っぱが生い茂っている夏には見えにくく、冬になると枯れ葉とともに、前方の視界が開けると、湧いたばかりの水が、あっという間に、こんな大きな川になることを知ることができます。
前方に見える施設は、静岡県企業局の取水場でして、この水は「熱海市・三島市・函南町」の一部に送水され、驚くことに「熱海市初島」まで、この水が届いています。
眼下にある大きな井戸は、繊維会社の取水口跡です。直径は4.5m、深さは3.5m以上あるようです。
井戸の底は碧く神秘的で、見ていると引き込まれそうになります。この色は、太陽の光の中の赤い光が水に吸収され、底に届いた青い光が反射され青く見えます。
泳いでいる魚はアブラハヤなどです。
展望台の後ろの崖には御殿場泥流層がはっきり見えます。
非常に硬く通称、真砂(マサ)と呼ばれており、ツルハシも歯が立たないそうです。ただし、割れ目等から水を吸収すると大変脆くなり、斜面などでは1m以上の塊(岩石)となって落下することもあるそうです。今から2900年前の御殿場岩屑なだれ(新富士火山東側斜面の山体崩壊)、そして、その二次移動により、今から2300~2500年前御殿場泥流が発生し、東は酒匂川を通って相模湾まで、南は古黄瀬川を通って駿河湾まで達し、今の大地である黄瀬川扇状地(西は沼津東部、東は箱根山麓)を三島溶岩の上に造りました。
柿田川は、狩野川との合流部から地下河川として発達し、地下河川が上流に延びるにしたがい、天井の御殿場泥流層が崩落し2000年前位に柿田川が誕生したと言われています。
眼下にある大きな井戸は、繊維会社の取水口跡です。直径は4.5m、深さは3.5m以上あるようです。
井戸の底は碧く神秘的で、見ていると引き込まれそうになります。この色は、太陽の光の中の赤い光が水に吸収され、底に届いた青い光が反射され青く見えます。
泳いでいる魚はアブラハヤなどです。
展望台の後ろの崖には御殿場泥流層がはっきり見えます。
非常に硬く通称、真砂(マサ)と呼ばれており、ツルハシも歯が立たないそうです。ただし、割れ目等から水を吸収すると大変脆くなり、斜面などでは1m以上の塊(岩石)となって落下することもあるそうです。今から2900年前の御殿場岩屑なだれ(新富士火山東側斜面の山体崩壊)、そして、その二次移動により、今から2300~2500年前御殿場泥流が発生し、東は酒匂川を通って相模湾まで、南は古黄瀬川を通って駿河湾まで達し、今の大地である黄瀬川扇状地(西は沼津東部、東は箱根山麓)を三島溶岩の上に造りました。
柿田川は、狩野川との合流部から地下河川として発達し、地下河川が上流に延びるにしたがい、天井の御殿場泥流層が崩落し2000年前位に柿田川が誕生したと言われています。
所在 清水町伏見泉頭
古来、泉川の清冽な湧水にちなみ京都市貴船川上流深山幽谷の地にある貴船神社から御霊分けされたものである。祭神は高龍神(たかおかみの神)で水の神である。この神は祈雨、止雨の神で雨の少ない時は雨を降らし、雨の多い時はこれを止めるあらたかな神である。又、本宮は、縁結びの神としても世に広く知られている。尚、この地は戦国時代に北条氏が造った泉頭城西の丸にあたる。
水五訓
一、自ら活動して他を動かしむるは水なり
一、障害に遭ひて激しくその勢力を倍加するは水なり
一、常に己の進路を求めてやまざるは水なり
一、自ら潔くして他の汚濁を洗ひ而て清濁併せ容るるは水なり
一、洋々として文海を充たし発して雲となり雨と変じ凍りては玲瓏たる氷雷と化してその性を失はざるは水なり
貴布禰総本宮 貴船神社宮司髙井和文書
手水の作法
①右手で柄杓(ひしゃく)を持ち、水を汲んで左手にかけ左手を清めます。
②次に柄杓を左手に持ち替えて、同じように右手を清めます。
③再び柄杓を右手に持ち、左の手のひらに水を受けて口をすすぎます。
④口をすすぎ終えたら、もう一度水を左手に流します。
⑤最後に水の入った柄杓を立て、柄に水を流してから伏せて置きます。
参拝の作法
①深いお辞儀(礼)を二回繰り返します。[二礼]
②次に両手を胸の高さで合わせ、右手を少し手前に引き、肩幅程度に両手を開いて手を二回打ちます。[二拍手]
③そのあとに両手をきちんと合わせながら心を込めて祈ります。
④両手をおろし、最後にもう一度深いお辞儀(礼)をします。[一礼]
所在 清水町伏見泉頭
古来、泉川の清冽な湧水にちなみ京都市貴船川上流深山幽谷の地にある貴船神社から御霊分けされたものである。祭神は高龍神(たかおかみの神)で水の神である。この神は祈雨、止雨の神で雨の少ない時は雨を降らし、雨の多い時はこれを止めるあらたかな神である。又、本宮は、縁結びの神としても世に広く知られている。尚、この地は戦国時代に北条氏が造った泉頭城西の丸にあたる。
春には桜、夏には木陰、秋から冬にかけては紅葉・落ち葉が楽しめます。一段下がった場所にありますが、柿田川公園内では隠れ家的存在として、思い思いの時間を過ごしています。
春には桜、夏には木陰、秋から冬にかけては紅葉・落ち葉が楽しめます。一段下がった場所にありますが、柿田川公園内では隠れ家的存在として、思い思いの時間を過ごしています。
ここはもと、「二の洞」といわれ、昔は旧東海道の方まで延びていた湧水が造った深い洞(谷)でした。時代と共に埋め立てられ、今は昔の面影は全くありません。
公園の開設と共に子供達が直接、湧き水に親しめる水遊び場として、二の洞の先端部を整備したものです。夏は親子連れで大変賑わっています。工場があった頃の二の洞は、工場汚水・工場廃棄物廃棄場所だったようです。
ここはもと、「二の洞」といわれ、昔は旧東海道の方まで延びていた湧水が造った深い洞(谷)でした。時代と共に埋め立てられ、今は昔の面影は全くありません。
公園の開設と共に子供達が直接、湧き水に親しめる水遊び場として、二の洞の先端部を整備したものです。夏は親子連れで大変賑わっています。工場があった頃の二の洞は、工場汚水・工場廃棄物廃棄場所だったようです。
ここは戦国時代の「泉頭城」の「舟付場」があった所です。
狩野川対岸の本城山にあった「戸倉城」と「泉頭城」を船で連絡していました。
今から50年以上前は川幅も広く、水深も1m以上あったそうです。
そこにある二つの井戸は公園駐車場の所にあった製紙会社の取水口跡です。
11月下旬から12月中旬まで、遡上した鮎とその産卵シーンがすぐそばで見られます。
ここは戦国時代の「泉頭城」の「舟付場」があった所です。
狩野川対岸の本城山にあった「戸倉城」と「泉頭城」を船で連絡していました。
今から50年以上前は川幅も広く、水深も1m以上あったそうです。
そこにある二つの井戸は公園駐車場の所にあった製紙会社の取水口跡です。
11月下旬から12月中旬まで、遡上した鮎とその産卵シーンがすぐそばで見られます。
この遊歩道の辺りが柿田川の川幅の一番広いところです。
今は流水量が減少し川幅50m位ですが、50年以上前は100m位あったそうです。
戦前戦後に柿田川で水遊びをした人の話では、川幅も水の流れも水かさも今よりずっとあったと言っていました。ミシマバイカモ等の水草、トンボやチョウ等の昆虫、ヤマセミやカモ等の鳥類が見られます。
柿田川は「あぁ、ひめゆりの塔」(吉永小百合主演)、「ビルマの竪琴」(安井昌二主演)、「日本誕生」(三船敏郎主演)の映画のロケ地としても使われました。
この遊歩道の辺りが柿田川の川幅の一番広いところです。
今は流水量が減少し川幅50m位ですが、50年以上前は100m位あったそうです。
戦前戦後に柿田川で水遊びをした人の話では、川幅も水の流れも水かさも今よりずっとあったと言っていました。ミシマバイカモ等の水草、トンボやチョウ等の昆虫、ヤマセミやカモ等の鳥類が見られます。
柿田川は「あぁ、ひめゆりの塔」(吉永小百合主演)、「ビルマの竪琴」(安井昌二主演)、「日本誕生」(三船敏郎主演)の映画のロケ地としても使われました。
そろそろ、柿田川公園のご案内も終わりです。
最後に、この散策路をゆっくり歩きながら、森林浴を味わってください。
梅雨の季節をはじめ、この散策路には、青白いサワガニ、茶褐色のサワガニを初め、大きなカタツムリなども見ることができます。足元には充分注意してお歩きください。
そろそろ、柿田川公園のご案内も終わりです。
最後に、この散策路をゆっくり歩きながら、森林浴を味わってください。
梅雨の季節をはじめ、この散策路には、青白いサワガニ、茶褐色のサワガニを初め、大きなカタツムリなども見ることができます。足元には充分注意してお歩きください。
利用時間帯は、午前9時(9:00)〜午後4時(16:00)
普通車50台、大中型バス・小型バスがそれぞれ8台駐車可能
普通車1回200円、バス等は1回1,000円
バス等の予約はできません。
*普通車の場合清水町民の方は免許証など、町民であると確認できるもの、
障害がある方は障害者手帳などを提示することにより無料です。
春には「河津桜」でピンクに、秋には「銀杏」で黄色に染まります。
利用時間帯は、午前9時(9:00)〜午後4時(16:00)
普通車50台、大中型バス・小型バスがそれぞれ8台駐車可能
普通車1回200円、バス等は1回1,000円
バス等の予約はできません。
*普通車の場合清水町民の方は免許証など、町民であると確認できるもの、
障害がある方は障害者手帳などを提示することにより無料です。
春には「河津桜」でピンクに、秋には「銀杏」で黄色に染まります。
駐車場の所にあった高野製紙の社長高野二三(ふみ)氏の自宅として、昭和12年に建てられた備前様式の和風建築です。木材、大工等の職人も全て福井県からという想いのこもったもので、当時の金額で2万円、現在にすると数億円くらいに相当する贅を尽くした邸宅で、現在は庭園を見ながらお食事を楽しむことが出来ます。
土産物店には名産品、コーヒー、お酒、アイスクリーム、の他、豆腐料理を中心とした「キッチンかわせみ」があります。柿田川湧水も、園内に設置されている井戸から自由に飲むことができます。
高野二三(ふみ)の母屋
この建物は昭和十二年高野二三(ふみ)がこの地に製紙会社を設立に当たり住居として建てられました。
高野二三(ふみ)の誕生地が福井県のため使われている木材はすべて福井県産を使用し職人も呼び寄せ越前の風土に適した構造で建築されました。1,200坪の庭園には茶室も設けられています。
高野邸池泉回遊式庭園
この庭園は、昭和十二年高野家邸宅完成と同時期に池泉回遊式庭園として、高野二三(ふみ)初代当主により作庭された庭園です。
この庭園の特徴は、豊富な湧水を利用し池泉周囲の水岸、庭橋、樹木林を歩いて鑑賞できるよう回遊路を造り、鑑賞点、視界の変化に心を尽くすよう作庭されております。
又、風景要素の重要なポイントとして滝を造り、建物から見て中央には日本庭園として重要な役石である大形の平石を排石として配しておりこの石の上に立ち全般を見渡しますと、池の中には亀石を二か所に配し、雪見燈籠の脇には鶴の銅像を設置して、鶴亀のめでたい庭に造られていることが良く分かります。
施設概要
・男性トイレ 小便器(7) 大便器(1)
・女性トイレ (8)
・多目的トイレ(誰でもトイレ) (1)
駐車場の所にあった高野製紙の社長高野二三(ふみ)氏の自宅として、昭和12年に建てられた備前様式の和風建築です。木材、大工等の職人も全て福井県からという想いのこもったもので、当時の金額で2万円、現在にすると数億円くらいに相当する贅を尽くした邸宅で、現在は庭園を見ながらお食事を楽しむことが出来ます。
土産物店には名産品、コーヒー、お酒、アイスクリーム、の他、豆腐料理を中心とした「キッチンかわせみ」があります。柿田川湧水も、園内に設置されている井戸から自由に飲むことができます。
ドライブイン「柿田川湧水の道」の一角に、観光案内所として誕生しました。「柿田川湧水群」の情報だけでなく「伊豆・富士・箱根」の観光・イベント情報も取り揃えてお待ちしています。
「わくら」・・変な名前と思いますか? 実は3つの意味を持った造語です。【湧く】「柿田川」と言えば、何と言っても「湧き水」、そう「湧く」場所です。【和の蔵】旧・高野邸の蔵を改修した展示スペース。そう「和の蔵」です。【わくら?】伊豆の方言として、語尾に「ら?」をつけ疑問文にします。「わくら?」
ドライブイン「柿田川湧水の道」の一角に、観光案内所として誕生しました。「柿田川湧水群」の情報だけでなく「伊豆・富士・箱根」の観光・イベント情報も取り揃えてお待ちしています。
「わくら」・・変な名前と思いますか? 実は3つの意味を持った造語です。【湧く】「柿田川」と言えば、何と言っても「湧き水」、そう「湧く」場所です。【和の蔵】旧・高野邸の蔵を改修した展示スペース。そう「和の蔵」です。【わくら?】伊豆の方言として、語尾に「ら?」をつけ疑問文にします。「わくら?」