1.『魔女の宅急便』 ― 自灯明と法灯明

今年はコロナの影響がありますが、それでも卒業式が自粛されながら、あちこちで行われております。卒業とは、新たな出発でもありますね。会長先生もよくお話しされますが、英語では‟commencement”(コメンスメント)とい云って「開始」を意味します。

昨夜、テレビで『魔女の宅急便』が放映されました。原作は角野栄子さんの童話。宮崎駿さんの映画でとても有名になりました。主人公の13歳のキキが一人前の魔女になるための修業として、家を出て都会に行きます。でもそこで忙しそうな人々に、何となく気後れし、なかなかなじめない。「こんなことじゃだめだ、何かあたしに出来るものを見つけなくちゃ」と頑張る姿に、何か切なさを感じ、心から応援してしまいます。そして偶然出会うグーチョキパン屋さんのおかみさんに助けてもらい、そして宅急便の仕事をしならが、人との出合いを通じて成長していく話しです。

この映画を見ると、子ども達が学校を終えて、巣立っていく日のことを思い出します。新しい世界、新しい社会で「頑張って欲しい」、「良い人に恵まれて欲しい」と願ったのは私だけではないと思います。キキが家を出る時、母親は厳しく励まし、父親は「うまくいかなかったら帰ってきてもいいんだよ」って言う。母親の強さ、そして父親の寂しさと本音に、まったく我が家と重なってしまいます。

昨日、就職で家を出て新天地に赴く息子さんとお母さんが、教会にお参りにきました。息子さんには「これで自立だよ」と、お母さんには「子離れ」って話しました。それは新天地で「人と仲良く出来る智慧」、「知らないことを人に聞ける勇気」、「寂しい時、つらい時にめげない力」を得て、成長して欲しいと願い、ご両親には、成長し自立する子どものために、親として益々成長して欲しいと思ったからです。

「自灯明・法灯明」とは、お釈迦さまが亡くなる直前に、弟子たちに請われて、最期に授けた教えです。「他者に頼らず、自己を拠りどころとし、法を拠りどころとして生きなさい」という意味ですね。残され、自立しなければならない弟子たちは、とても不安顔だったのだと思います。そんな弟子たちに「もう大丈夫だよ、お前たちは!勇気を持ちなさい!これまで教えてきた通りに生きればいいんだよ!」って語ったのが、この「自灯明・法灯明」という形で整理され「教え」となったのではないかと想像します。

コロナで外出自粛のこの週末。しかし、季節は春。4月に入れば、あちこちで新しい生活が始まる子ども達がたくさんいるはずです。「人と仲良く出来る智慧」、「知らないことを素直に人に聞ける勇気」、「寂しい時、つらい時にめげない力」を持って頑張って欲しいと思います。そして親は「もう大丈夫だよ、お前たちは!勇気を持ちなさい!これまで通りに生きていけばいいんだよ!」って力強く子ども達を送り出せる大人でありたいと思います。

2.桜の花が咲くまで ― 花暦

当たり前のことですが、私たちの日常生活は、スケジュールを立てて生活しています。1年間、365日、1日は24時間というふうに、西暦のカレンダーと時間に沿って生活しています。イエス・キリストの生誕をベースに出来た西暦ですが、その他、世界には様々な暦(こよみ)があります。タイでは今でも仏暦を大事にしています。イスラム暦というのもありますし、日本の神道では皇紀という暦を使います。でも私はある時、もうひとつ、「花暦(はなごよみ)」という暦もあることを知りました。

壮年のMさんと、とても仲良くなりました。若い時にインド洋のマグロ漁船で遠洋漁業に出ていたので、たくさん稼いでいたそうです。寄港地でもよく遊んだそうですので、色々なことを知っており、英語も少し、しゃべられる方でした。結婚して落ち着き、会社に勤め、そして二人の子供を授かりました。でも少し、賭け事が過ぎてしまい、奥様とは別居していました。

もう現役は引退していたので、色々なお役を毎日のように引き受けてくれました。交通のお役、宿直、ご供養の脇導師など、なんでも快く、ニコニコ、とても優しい方でした。その方が、突然、体調が崩れ、病院にかかると、ガンと診断されました。そしてお医者さまに、「花が咲く頃まででしょう」と宣告されたとのことでした。Mさんはお医者さんに「梅ですか? 桜ですか?」と尋ねたとのこと。お医者さんに「どちらがいいですか?」と聞かれたようでした。「できれば、桜がいいですね」と答えたそうです。「死ぬのは怖くはないけれど、できればもう少し長く生きたいです」と私に話してくれました。私もとてもショックでした。

桜の満開のこの時期、今年もMさんを思い出したのですが、そのMさんに宛てた手紙の原案が残っていました。かなり悩んで考えて、以下のような手紙を出しました。

 

M様、先日、2月3日、F家で久し振りにMさんとお会いでき、とても嬉しく思いました。清々しい笑顔を拝見することが出来てとても有難く思いました。

「花が咲くまで」ということを伺い、とてもショックを受けました。そのような中で残された時間を大切に、大切にされていることと思いました。人はいつ、今世の修行を終え、そして来世の修行に入るのかは、多くの場合、予想がつきませんが、Mさんの場合は、ある程度の目安がついており、そして心の準備をされているのだと思います。ご家族も同様に、心を痛ませながらお過ごしのことと思います。

医療は、ある程度の見込みを示してくれますが、絶対ではないと思います。きっと今生の修行の卒業時期は、仏さまが決めてくれるのだと思います。

私は、Mさんと出会えてとても心が豊かになりました。青森の浅虫でお生まれになり、若い時には海外で過ごし、さまざまな紆余曲折を経ながら、昨年は、いつも交通のお役、そしていつも教会で笑顔を見せて下さりました。その笑顔でどれだけの人が癒されたかは、はかりしれません。ですから、どうぞ、まだまだ、一緒に修行させて頂きましょう。もっともっとMさんの笑顔を見ながら修行させて頂きたいと思っております。合掌

 

 

私は、それまでは季節の変化に疎く、花にも全く興味がありませんでしたので、花の開花のこともよく分かりませんでした。しかし、たくさんの人と関わることで、人はカレンダー通りに生きているわけではないこと、そしてMさんの病気のことで、花には開花の順番があることを知りました。お正月が終わると、梅。梅が終わり頃になると桃の花、そして桜、次がハナミズキ、その後いよいよ初夏を迎えるということを知りました。

人気者だったMさんの為に、壮年部の有氏が、年が明けるとすぐにMさんの為に、開花が少し遅いハナミズキを教会の駐車場の隅に植えました。みんなが、少しでもMさんに生きて欲しいと祈りました。また別居中だった奥様も戻ってきてくれて、また一緒の生活が始まりました。徐々に体調が悪くなる中、仲間や息子とスナックに行き、カラオケで熱唱もされました。最後の最後に、家族の絆を取り戻されました。

丁度、桜が今日のように満開に近づいた時、入院しました。そして、容態がよくないと聞き、お見舞いに行きました。その時は昏睡状態でしたが、呼びかけると少しだけ反応してくれました。そしてその夜、静かにMさんは逝かれました。今年の桜も、私にMさんの笑顔を思い出させて下さりました。



3.みんな繋がっている ー 縁起の道理

今回の新型コロナウイルスの感染問題で感じたことが2つありました。

一つは「みんな繋がっている」ということです。中国から始まった問題が、あっという間に世界に広がりました。人の往来が少なかった100年前だったら、このような問題にはならなかったでしょう。交通が発達してとても便利な世の中になった反面、世界が狭くなり、今回のような大問題になりました。私たちは今、日本に住んでいますが、実は世界に繋がっているということですね。

もう一つは、「風が吹けば桶屋が儲かる」っていうことです。 本来の意味は「風が吹くと土ぼこりが目に入り、盲人が増え、盲人は三味線で生計を立てようとするから、三味線の猫の皮の需要が増え、猫が減るとネズミが増え、ねずみが桶をかじるから桶屋が儲かる」ということです。つまり、思わぬ影響が出てくるということですね。今回の新型コロナウィルスは、感染を防ぐために、学校が休みになり、マスクや紙製品の不足、そして外出自粛、またこれによって経済活動の停滞や株価の乱高下と、様々な問題に発展しています。予想できないことが私たちの生活に影響してきています。縁起の道理とは、まことにこれと同じで、目には見えないけれども、あらゆるものが甚深微妙に繋がっていることであります。

ちなみに、バタフライイフェクト(Butterfly Effect)という言葉があり、意味としては「風が吹けば…」と同じ意味です。例えば「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」と言われます。つまり、因果関係がないように見える二つ以上の物事も、実は、微妙に繋がり影響し合っているという意味です。

みんな繋がっています! 悪い問題もあっという間に広がりますが、良いこともどんどん世界に広がる可能性があります。『法華経』には「一念三千」という教えがあり、自分の一念を良い方向、肯定的な方向に変えてくことで、周りが変わり、世界が変わると教えて頂いております。

新型コロナウィルスの問題を通じて、私たちは、先ずは「自分が明るく、優しく、温かい人間」になって人に接していくことで、社会が変わり、世界が変わるということを、教えてもらっているのではないでしょうか?

4.これがダメならあれを ― 法華経のクリエイティビティ

「これがダメなら、あれをやってみよう!」というのが、法華経だと思います。一つダメなら次はこれ……と、次々とやり方を変えてみる。そして決して諦めないというのが法華経の精神だと思います。

例えば、譬喩品第三の「三車火宅の譬え」です。長者は火事になった大邸宅の中の子供を救うために最初に何をしましたか? そうです。誰でもそうするように「火事だ!逃げろ!」って大声で叫ぶのです。でも子供たちは遊びに夢中で、父である長者をチラッと見るのですが、遊びに夢中で逃げようとしない。次に長者は大きな箱に子供達を入れて運び出そうと考えるのですが、門が狭くて難しい。そして最後に、子供達が好きな玩具のことを思い出し、それで彼らの気を引いて、救い出すことに成功しました。

信解品第四の「長者窮子の譬え」もそうですね。窮子を見つけて連れ戻そうします。でも窮子は卑屈根性にまみれていて、うまくいきません。そこで自由にさせて逃がし、窮子が安心するような見た目が「みすぼらしい使い」を遣わして、窮子を安心させ、連れてくることに成功しました。

如来寿量品第十六の「良医の譬え」では、毒を飲んで苦しみ悶える子供たちに、色も味も素晴らしい効能抜群の薬を用意しますが、彼らは毒で錯乱して飲まない。そこでわざと外に出かけ、そこから「父は死んだ」という子供達が驚くようなメッセージを送って、子供たちにショックを与え、正気に戻し、薬を飲ませて救うという話です。

この3つの譬え話に共通していることは、最初は上手くいかなくても、次の手を打つということです。つまり最初は失敗なんです。でも決して諦めず、別の方法を考えるわけです。ここで大事なものは「クリエイティビティ(creativity)」、つまり「創造性」ということです。

私たちはどうしても失敗を恐れます。当たり前です。勿論、一発で成功すればそれに越したことはありません。でも失敗でもOKなんです。そして失敗したら、そこから学んで、創造力を働かせて、次の一手を打つわけです。

5.もっと素晴らしいもの!
 ― 無量の珍寶、求めざるに自ら得たり

コロナ問題で、外出自粛の毎日、普段できない家の掃除や物の整理、不要な物の断捨離などに手を付けている人も多いのではないでしょうか? 

最近は、写真も携帯で簡単に撮れますので、思い出をたくさん、簡単に残すことができます。しかしその写真も多くなると保存容量を超えて、携帯が動かなくなるトラブルにつながります。そんな問題を解決するために、莫大な保存容量を有料で提供する「クラウド」というサービスが一般的になりました。手ぶらで職場に来ても、写真だけでなく、家で作った資料を簡単に引き出せるこのサービスは、もの凄く便利ですね。でも、それでも無限に保存できるわけでもないので、いずれはいっぱいになってしまいます。それ以上に、あまりにも簡単にたくさん保存できるので、結局どんどん溜まってしまい、今後、一生涯、見ることもない必要のないものまで溜めて、そして「必要な時に必要なものが出てこない!」なんてことにもなります。

さて本題に戻りますが、現代人の生活は、どうも「溜める」ことで安心を得る傾向があるように思います。逆に言えば「足らなくなることへの恐怖」です。例えば、今回のコロナでの物の買い占めもそうです。十分あるのに「お店になくなりそう…」って聞くと不安になり、思わず買いに走るという行動をしてしまいます。

我が家の場合、家内は「どんどん捨てられる」性格です。そして家の中に物が増えることが嫌いなので、物が少なく、必要な物以外はあまり買いません。一方、私は「とりあえずとっておこう」とか「思い出だから…」と考え、捨てられない性格です。また整理もそんなに得意ではないので、特に本や書類はどんどん溜まってしまいます。ですから彼女と意見がぶつかることもありますが、その「捨てられる思い切りの良さ」は素晴らしいとも思います。なぜなら、捨ててしまって後悔するよりも、きれいに片付いている方が、はるかに気持ちがいいからです。

上座部仏教と云われるタイやスリランカの仏教、また大乗仏教でもチベット仏教など、伝統的仏教は「捨てる」ことが中心です。その一番は「欲望」を捨てるということです。ですから仏教の信者さんは「欲望を捨てる」ために「布施」を第一の修行とします。これは私たちも同じですね。一方、出家者は家庭も捨て、物を持ちません。物を持たないということは「欲望をすでに吹き消した」という意味合いがあるのかも知れません。

ところで、『法華経』では2つの点で伝統的な仏教とは違う立場をとっているように思えます。一つは「欲望を捨てる」ということよりも「欲望をコントロールする」ということです。有名なのは普賢菩薩勧発品第二十八の「小欲知足」(388頁4行目)という言葉です。「欲を小さくして、少なくても満足できる」という意味です。物の有る無し、物の多少ではなく、心の問題として捉えているわけです。

二つ目は逆に「もっと素晴らしい、もっと高価のものを求めなさい!」と語っているように思えてなりません。例えば「三車火宅譬え」の大白牛車です。羊、鹿、牛の普通の車を期待していたら、もっと素晴らし大白牛車が与えられる話です。「長者窮子の譬え」は食べる分だけで十分だった放浪生活の男が、後に主人(父)から莫大な財産を受け継ぎ「無量の珍寶、求めざるに自ら得たり」(117頁4行目)と語る話です。「衣裏繋珠の譬え」でも、その日暮らしで満足していた男に、値段がつかない程の高価な宝石が、友人によって服の中に埋め込まれていたという話です。

全て、もっと良いもの、もっと価値あるものが与えられるという話です。「欲しがっていたものよりもっと素晴らしいものが与えられるよ!」と教え、「欲」を決して否定せず善い方向に向け、そして「だから、精進するんだよ!」って教えています。やっぱり『法華経』っていいですよね。楽しみがありますよね。皆さん、どうぞ、コロナの問題が解決したら、もっと素晴らしものが与えられるはずです。ワクワクしながら、それを楽しみにしましょうね!

 

6.法華経を全体で観る 
    ― 法華経の読み方

意外と思われる人も多いと思いますが、『法華経』の原本、『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』は、お釈迦さまがお亡くなりになられてから約400年後に編纂が始まり、250年ぐらいかけて出来上がりました。感覚的には、ちょうど400年前の徳川家康の言葉を、今、編纂しはじめているような感じです。ですから昔は「法華経はお釈迦さまの直接の言葉ではないから価値が低い」という学説もありましたが、今では法華経こそが、お釈迦さまの真意をまとめていると評価されていることに疑いはありません。

法華経を紐解いていく時に、全体を通して小説のように、ストーリーとして読んでいくことが大切だと思います。本来、昔の中国語の文章(漢文)ですから難しいですし、特に法華経には大切な教え、哲学がたくさん詰まっています。そして時間をかけてゆっくりと編纂されておりますので、最初から細かく勉強していくと、どうしても横の繋がり、品と品の繋がりが見えなくなり、全体として法華経が伝えたかったことが見失われる傾向があります。そんなことに注意しながら、なるべく、横に、それぞれの品を串刺しに読んでいけると解りやすいと思います。

法華経は伝統的に2つに分けられます。1番~14番のくくり、15番~28番のくくりです。でも内容的には4つに分けて読んだ方が解りやすいと思います。それは1番~9番、10番~14番、15番~22番、そして23番~28番です。

先ず、1番~9番です。最初の序品は、この法華経の序文に当たり後から付け加えられました。一番古い編纂部分の2番~9番を開三顕一の法門と言います。「一を開いて三を顕す」ということですが、簡単に言えば「みんな例外なく平等に仏の子だから、いずれ仏になれるんだよ!」と、何度も、あの手この手でお釈迦さまは語って下さっています。でも私たちは、なかなか自分が持っている可能性や尊さを信じられない。どうしても人と比べて卑屈になる自分がいるわけです。この2番~9番では、そんな凡夫の姿、それを声聞や縁覚という二乗の人々の姿を通じて描いているわけで、この部分のテーマを私は「卑屈からの脱却」であると思っています。この「卑屈からの脱却」こそが、小乗仏教から大乗仏教に向かうプロセス(道のり)なのだと思います。

10番以降では、お釈迦さまが語りかける対象は全て菩薩になります。つまり、9番までで卑屈根性からしっかりと抜け出ている人が、10番の法師品で「自分は法師だ!」って思え、それは別名「菩薩」になるわけです。そして私たち菩薩は、娑婆世界で苦しんでいる人々を「可哀そうだ、助けてあげよう」と前世で思いいたって、この世に願って生まれてきたというのです。だからこの現実世界での様々な苦労は「あえてわざわざ苦労しているのだよ!」と明かされます。何故なら、苦労を知る人間こそ、苦労している人を救うことができるからです。実は全て前世からの約束で生まれてきたというのです。

続いて、「じゃあ私たちは、もう80歳を超えたお釈迦様が亡くなった後はどうしたらいいの?」と考えます。それが11番以降のテーマです。そして仏滅後に布教をしていく心構えが、12番、13番、14番で説かれていきます。

15番~22番、即ち本門に入ると、この娑婆世界での苦労は「その苦労のお陰様で」という、苦労が宝物になる世界が展開されます。そして私たちも永遠の存在で、永遠のいのちを生きているということ、そして「永遠のいのちであることを知る功徳」が説かれます。その後、私たちはお釈迦さまから全幅の信頼を受けて、22番で仏滅後の布教を託されることで、やる気が最高潮に達するわけです!

23番~28番は、法華経の編纂の最後に付け加えられた品と言われております。お釈迦さまの在世中は、お手本が眼前にあるわけですから、それを目指せばいいのです。しかしお釈迦さまが亡くなってしまったらどうしたらよいか? スーパースターではない身近なモデルが必要なわけです。自分の目指すモデル、私たちの精進の具体的なモデルとしての菩薩の話を展開させて、私たちの常精進を促しているのだと思います。

私は毎日、三部経を読誦していますが、まだまだ、ドキドキするような読み方が出来ません。でもきっと、学び続け、読み続けていくと、小説の如く読めるようになるのではないかと思っております。

7.美しい白蓮華のお経 
     ― 『妙法蓮華経』

『法華経』は正式には『妙法蓮華経』と言いますが、本来は、『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』と言います。インドの昔の言葉、梵語(サンスクリット語)です。これが後世、鳩摩羅什という天才翻訳家によって『妙法蓮華経』と訳されました。

「サッ」というのは「妙」、「ダルマ」は「法」、「プンダリーカ」が「白蓮華」で、「スートラ」が「経」に相当します。実は、この『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』は、歴史上、6回、つまり6人の翻訳家(お坊さん)が訳しております。しかし現存しているのは3訳だけで、同じ経題名だけでも、ある人は「正法華経」と訳し、別の人は「添品法華経」と訳したりしています。しかし鳩摩羅什が訳した『妙法蓮華経』が、その内容と共に素晴らしい翻訳で、故に『法華経』が後世に、世界に、広まったといわれております(これって、教えを伝える人の言葉によって有難くもなるし、そうでもなくなるのと同じことですよね)。

この『妙法蓮華経』という経題の元となった経文は、従地涌出品第十五の「世間の法に染まざること蓮華の水に在るが如し」(270頁 7行目)と言われております。この「世間の法」の「法」ですが、法には「真理」とか「教え」という意味の他に「この世の物事」とか「現象」という意味もあります。ですから、この一節は「世の中の世事、俗世に染まらず、素晴らしい美しい花を咲かせるのは、泥水に咲く蓮華のようだ」という意味です。しかし最近の学者の研究では、この15番に出てくる蓮華は、原語の梵語に戻ると「紅蓮華」なので、この経文から「妙法蓮華経」という題名がついたのではないという説もあります。これは学術的な話ですので、あまりとらわれなくてよいことだと思いますが、大事なことは、よく教えて下さることを含めて、5つあると思います。

一つは、白蓮華の意味することです。昔のインドでは「白蓮華」は「最高の花でこれ以上のものはない」といことを象徴しています。「これ以上のものはない」という、つまり「無上」であり、最高の花であり、それを名に持つ『妙法蓮華経』は、「釈尊の最も言いたかったこと、最高の教えを述べたお経」であるということが暗示されております。

二つ目は、「汚泥不染(おでいふせん)」ということです。白蓮華であろうが、紅蓮華であろうが、蓮華は泥沼で、泥に染まることなくきれいな花を咲かせるということです。いや、むしろ、綺麗な花、大輪を咲かせるには、どうしても泥、つまり苦しみが必要なのだということです。

三つめは、「花果同時(けかどうじ)」ということです。花が咲くのと同時に実も出来るということです。必ず、結果が残るということです。

そして四つ目は、「蓮にあだ花なし」ということです。あだ花というのは「咲きそこないの花」ということです。蓮華は必ず花を咲かせるというのです。つまり、失敗がないのです。

最後は、蓮の花はいつも真上に向かって咲きます。堂々と、まっすぐ上を向いて、決して下を向いて咲きません。これはいつも「明るく常に精進していく」という強い意志を表わしているように私は思います。

まとめです。『妙法蓮華経』という経題が意味するのは、「お釈迦さまが残して下さった中でも、最高の教えが書かれたお経であり、それは苦しみの世界である娑婆世界だからこそ花を咲かせ、苦しみが大きければより大きな花を咲かせることができ、そして必ず功徳があり、そして必ず救われる。だから自信をもって堂々と歩もうよ!」というような意味で理解出来たらいいですね。

8.真面目な優婆離(うばり)
:十大弟子 ― 序品第一

仏教の経典はお釈迦さまが亡くなった後に編纂されました。2500年前のお釈迦さまの時代は、書き言葉が一般的ではなかったので、弟子たちは一生懸命、お釈迦さまのお話を記憶したわけです。そしてお釈迦さまがお亡くなりになって、すぐに弟子達が集まり「私はこのように聞いた」とか「私はこうだった」とか、記憶の中の教えの確認会をしました。これは「結集(けつじゅ)」と呼ばれています。そこで、確認されたことが、後に経典となって残りました。ですからお経はこの結集の記録で、お経の最初の「是の如きを我聞きき」、つまり「私はこのように聞いています」という言葉はこの確認会の名残です。そしてこの「私」は誰かというと、いつもお釈迦さまのそばで秘書的な役割を果たしていた阿難(梵語ではアーナンダ)であると言われています。一番近くで、お釈迦さまのお話をよく聞いて、よく記憶していたのです。

さて、法華経の序品第一も阿難の第一声「是の如きを我聞きき」からはじまります。そして「ある時、釈尊は王舎城近郊の霊鷲山にご滞在されていました」と述べ、その時の霊鷲山に集まった者達の説明がはじまります。声聞と呼ばれる比丘(男性出家者)が12,000人、学・無学の弟子達2,000人、比丘尼(女性出家者)とその家来6,000人……等々、また80,000人の菩薩や天、龍、夜叉……といった神々もたくさん集っていたというのです。

さて、この中で注目されるのは、お釈迦さまの十大弟子です。10人の内の9人までが声聞として紹介されております(37頁4~6行目)。迦葉(かしょう)、舎利弗(しゃりほつ)、目揵連(もっけんれん)……等々です。しかし何故か優婆離(うばり)の名前だけが抜けてしまっています(無量義経の徳行品ではちゃんと列記されておりますので、必ずいたことは間違えありません)。この優婆離について少し述べてみたいと思います。

優婆離は、お釈迦さまの出身地、カピラバストの理容師でした。インドのカースト制度では、理容師はとても低い身分です。優婆離も出家し、修行をしていたある日のこと、「お釈迦さま、私も人里離れた場所に行って修行したいと思いますが、宜しいでしょうか?」と申し出ました。当時、森林や原野に分け入リ、一人で瞑想にふける修行が弟子たちの間でよく行なわれていました。ですから優波離も「私も」とお釈迦さまの許しを請うたのです。しかしお釈迦さまの答えは「否」でした。

「ここに大きな池があるとする。そこに象が入って体を洗いはじめる。その様子はまことに楽しげだ。そこに兎か猫がやってきて、象の楽しげな様子にひかれて池にひと足入れた。ところが、急に怖くなって飛びだしてしまった。それは何故か。象と、兎や猫では体の大きさがまったく違っていたからである。しかるに優波離よ、汝はサンガ(仲間)の中にいて修行した方がよい。そうすればいつも安穏であろう」とお釈迦さまは諭したのでした。

優婆離は出家前、理髪師として「人びとに真心込めて仕える」ということを旨としていました。お釈迦さまは、彼のそうした生い立ちを考えた上で、人里離れた場所で深い思索に励むよりも、むしろサンガの中にあって戒律を間違うことなく実践し、サンガの弟子達を正しい方向に導くことを怠らずに行じる方が、彼にふさわしい修行だと考えたようです。

この優婆離の話から、私は個性を活かすことの大切さを感じます。私たちは、人とは違うのに、ついつい比べて、真似をしようとすることが多々あります。「みんなと同じだったら安心!」と思うこともよくあるのではないでしょうか? しかし、真似することで、自分の持ち味を失ってしまうこともあります。また、経験も能力も違いますので、真似をしても上手くいかないこともよくあります。勿論、人間の徳や器も違います。ですから、今の自分に一番相応しい修行をコツコツと積み重ねていくことが大事なのでしょう。

優婆離はその後、サンガの中でよく戒律を学び、守り、そしてよく人にその戒律の意味を自らの姿勢で伝えたのだと思います。決して、一方的に押しつけはしなかったのでしょう。ですから「持律第一」と人々から称され、十大弟子の一人として名を連ねるまでになりました。

お釈迦さまの十大弟子は個性的な弟子達が集まっています。一色ではないのですね。少しずつ、紹介していきたいと思います。

9.オンライン飲み会:他土の六瑞 ― 序品第一

霊鷲山にどのような人々や神々が集っていたか、弥勒によってその説明がなされました。そして四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)という出家と在家の弟子たちにお釈迦さまは説法を懇願されます(39頁8行目)。すると、お釈迦さまは、「無量義」という教えを説かれました。

さて、ここから「此土の六瑞」と「他土の六瑞」という不思議な現象(奇瑞)が起こりました。わかりやすく考えれば、此土が日本、他土が外国というように想像してもよいかと思います。日本で6つの奇跡的現象が起こり、また外国での出来事が手に取るように見えるという現象が起こったのです。

此土の六瑞(39頁9行目の「諸の菩薩の…」から40頁4行目の「…観たてまつる」まで)では、お釈迦さまが「大乗経の無量義」という教えを説き、そして説き終わると、お釈迦さまが再び禅定(無量義處三昧)に入られ、すると、天から花々が降ってきて、地面が揺れ、聴衆は大変感激し、すると突然釈尊の眉間から光が発せられ東の空の18,000の国々を照らし出したのです。

他土の六瑞(40頁6行目の「此の世界に…」から10行目の「…起つるを見る」まで)では、照らされた18,000の国々の人々の生活が見え、その国々の仏さまの姿が見え、その説法が聞こえ、人々の修行の姿が見え、その国々の菩薩が菩薩行をするのが見え、人々が亡くなった仏さまのために塔を建てて供養するのが見えたというのです。

この此土の六瑞というのは、なんとなく想像できますね。目の前のお釈迦さまが説法され、また禅定に入られ、その上にこの季節のように桜の花びらが舞い散るようなシーンでしょう。一方、他土の六瑞というのはなかなか想像しづらい光景です。しかし、昨夜、ようやくこのイメージが出来ました!

このコロナの影響で、若い人たちの間では「オンライン飲み会」が流行っています。インターネットを通じて、相手の顔を見て、話しながらの飲み会です。実は、昨夜、息子と共通の友人で、アメリカのシカゴ大学で勉強する友人、それとイタリアのローマに駐在する拠点長の友人の4人で「オンライン飲み会」をしました。本当に一つのテーブルを囲んで飲んでいるような臨場感があり、本当に楽しい体験でした。

考えてみると不思議です! 昔なら考えられないことです! 何千キロも離れている場所、日本の裏側の国々の友人たちと、一緒に呑んで、話が出来て、色々な議論が出来るのです。ドラえもんの「どこでもドア」みたいな感じです。考えてみるとテレビもそうですよね。自宅にいながら、ニューヨークでも、バンコクでも、フランスでも、どこの国でも、その模様を見ることが出来る。他土の六瑞というのは、こういうことなのかなぁとはじめて想像出来ました。

シカゴもローマも、いわゆる「ロックダウン」されておりますから、みんな家に閉じこもっているのでしょう。そんな時だからこそ、かえって友人達とじっくりと話ができる素晴らしい2時間でした。そしてお金もかからないですからね! ただし、時間だけはどうしようもないですね。日本は夜8時、シカゴは朝7時、ローマはお昼過ぎの時間帯でした。昨日は、我々の日本時間に合わせてくれたので助かりましたが、シカゴは早朝から飲まなきゃならないのも大変だったと思います!

10.先ずはビール!ワクワク:一心に待ちたてまつれ ― 序品第一

序品の「此土の六瑞」、「他土の六瑞」の不思議な現象に、霊鷲山に集まっている聴衆は、みんな驚き、また疑問を持ちます。弥勒菩薩もその一人でした。そしてこの不思議な現象の意味を誰に聞くか考え、「そうだ、文殊菩薩さまなら、昔からたくさんの諸仏にお仕えしてきたから、この理由が分かるだろう!」と思って、文殊菩薩にうかがいました。
「この不思議な光景は何を意味しているのでしょうか?」(41頁7行目)と。すると文殊菩薩は「昔、日月燈明仏という仏さまがいらっしゃった時に、同じようなことがありましたね」と言ってその時の話をされます。それが、全く、今、目の前にいるお釈迦さまと同じ行動と現象、つまり日月燈明仏が「無量義経」を説いたら、不思議な現象、つまり此土の六瑞と他土の六瑞が起こったというのです。そして日月燈明仏は、妙光菩薩をはじめとした弟子たちに「法華経を説いた」と語られます(50頁2行目)。故に「お釈迦さまもこれから必ず法華経を説くでしょう」と予測されるわけです。
日月燈明仏はなんと60小劫というもの凄く長い時間(恐らく何百年という時間)、席も立たずに法華経を説き、また妙光菩薩たちも集中してその説法に耳を傾けたというのです。更に、そんなに長い時間説いたのだけれども、まるで「佛の所説を聴くこと、食頃(じきょう)の如しと謂(おも)えり」(50頁4行目」と、つまり、一回の食事をするぐらいの長さにしか感じられなかったというのです。
ここに2つのポイントがあります。一つは、過去の日月燈明仏も先ずは『無量義経』という教えを説き、その後に『妙法蓮華経』を説いたということ。この一節が根拠となって、『法華経』の直前に『無量義経』が説かれたという理解になり、そして『法華三部経』という形になりました。ですから『法華経』がメインの肉料理だったとしたら『無量義経』は前菜という位置づけです。もっと下世話な言い方を許して頂けるなら、居酒屋に行くと最初に「先ずはビール!」って100人のうち90人ぐらいはそのようにオーダーしますよね。その「先ずはビール!」とか「とりあえずビール!」が『無量義経』に当たると理解してよいかと思います。
二つ目は、楽しい時間、有意義な時間はあっという間に過ぎるということです。つまり、集中しているということでしょう。どんな時でも時間が早く過ぎる時は、もの凄く、集中力が高まっている時です。
もう20年ぐらい前の話ですが、15名ぐらいの青年とラオスに行きました。そして首都ビエンチャンから車で5時間ぐらいの、もの凄い田舎に一泊しました。そこは一食の支援で、井戸が掘られている村でした。メコン川のほとりに一軒だけある、日本のアパートみたいな作りのホテルに泊まりました。とてもシンプルなホテルで、夜、ベットに横になると、天井に、10匹ぐらいのヤモリが動いている。また朝起きると、渡り廊下に真っ白な絨毯が敷かれているのですが、よく見るとそれは常夜灯に集まった何千という白い蛾(が)の死骸が積もっているのでした。朝食でラオスのお米のうどんを美味しく頂いたのですが、ふと気づくと、蛾が入っていたり……。まぁ、すごい所でした。でも忘れもしません。そこのホテルでの一夜を! 村の視察で通訳したり、団員の世話をしたり、とても疲れてベットに入ったのですが、目を閉じた瞬間に朝になっていました! もの凄く深い眠りでした。後にも先にも、あれだけ深く眠れ、時間が短く感じたことはありません。そしてその朝の爽快さは言葉に言い表せない程でした。余談ですが、その時「深い眠りは高級なベッドだから得られるのではなく、適度な疲れと充実感が与えてくれるもの」と思いました。今でも忘れ得ない体験です。きっと、日月燈明仏の『法華経』の説法も素晴らしく、聴く側も集中していて、本当に「アッと言う間に過ぎた」のでしょう。
さて、序品の最後では、文殊菩薩が皆さんに「実相の義を助発(じょほつ)せんとなり 諸人今當に知るべし 合掌して一心に待ちたてまつれ」(56頁7行目)と述べます。「さぁ、みなさん! これからお釈迦さまが法華経の真理を説かれようとしているのですよ! 合掌して心ひとつにワクワクして待ちましょう!」と語ります。そうなんです!「ワクワクドキドキしながら待ちなさい」ということですね。
『法華経』にはこの「ワクワクドキドキ」ということ、そして「素直に聞いて、信じるのだよ!」という表現が何度も出てきます。これがいわゆる「心構え」というものです。私たちは教会で「心構えを頂く」という習慣がありますね。それは、心構えを頂くことで、「ワクワク、ドキドキ」して楽しみになっていくこと、そして「素直に現象を受止めていく準備をする」という意味なのだと思わせて頂きます。

11.頭と心で学ぶ:智慧の教え、慈悲の教え ― 方便品第二

序品第一ではお釈迦さまは直接、何も語っていません。しかしその序品第一の「無量義處三昧に入って…」(39頁10行目)というところで入った三昧から、方便品第二の冒頭で突然、覚めた釈尊は、静かに立ち上がり、舎利弗に向かって話しはじめました。「諸仏の悟った智慧は誠に奥深く、普通の人が理解できるもではありません」(57頁2行目)と。
最初から「普通の人には理解できない」と言われてしまうと、ちょっと腰が引けてしまいますね。しかし5行目では「だから、これまで、過去の体験話とか、例え話とか、いろいろな手段で皆さんの執着を離れさせてきました」と続けます。
そして8行目では、「仏の智慧は、もの凄く深く大きなものですよ。例えば、四無量心(しむりょうしん)・四無碍(しむげ)・十力・四無所畏(しむしょい)・禅定・解脱・三昧等々のこれまでにない最高の教えをマスターしたのであります」と述べ、そしていつも「相手と場合に応じて柔らかい言葉(言辞柔軟)」で説き、「人々の心を悦ばせてきたのです(悦可衆心)」と語られます。そして58頁の2行目では「でも仏と仏の間で理解できるような難しい真理ですから、皆さんに説くことはやめましょう」と述べ、「その真理とは、あらゆる事物の真実のありよう、即ち、諸法実相で、仏はそれ極めることができるのです」とし、その諸法実相を十如是の法門で説明されました。
法華経の前半戦のハイライトである方便品第二は、迹門(しゃくもん)の柱、即ち、歴史上実在した釈尊の語った教えの柱と言われています。ですから哲学的で、とても難しい内容です。ひとつひとつの法門は開祖さまがじっくりと、私たちに理解できるように解説して下さっております。今日は教えの内容にはふれませんが、二つほど、感じることがあります。
一つ目は「人々の執着を離れさせてきた」ということです。お釈迦さまは法華経に至る以前に、色々な説き方で、先ずは「執着」、つまり、聞く人の「貪欲」とか「こだわり」を最初に取り除いたというのですね。どうしても「執着」や「こだわり」があると、教えが理解できないのだと思います。「執着」や「こだわり」の逆は、私は「素直」ということだと思います。ですから佼成会では「素直さ」をとても強調します。
二つ目は、お釈迦さまは「法の理解は難しい」と繰り返し述べられていながら、最終的には、いきなり最も難解な諸法実相・十如是の法門を説かれます。いわゆる智慧の教えです。平たく言えば、理屈と理論の教えです。最初に頭で理解すべきことをキチンと説いているのですね。
法華経の前半14番までを迹門の教え、15番以降を本門の教えと、中国の天台大師智顗が解説しました。そして迹門を「智慧の教え」、本門を「慈悲の教え」と位置付けました。確かに15番以降になると、仏さまの慈悲を本当に感じますし、情的な温かさを感じます。このことを通して、人は、やはり頭(智慧)と心(慈悲)の二つを使うことが大事だと理解できます。
法華経を読むということは、素直に、そして頭と心で読むということなのだと私は理解しています。天台座主であった山田惠諦猊下が、開祖さまは漢学者(である新井助信先生)から法華経を学んだから、ストレートに仏さまの本懐を理解できたのだというようなことをかつて言われたようです。開祖さまは、当時、霊友会に入会され、副支部長をしながら、毎日、導きに歩かれ、そして新井先生の元に通われ学ばれたのです。もともと素直な開祖さまが、頭と心で学ばれたのだと思います。私たちはそのDNAを受け継いでいるので、信者さんを思いながら、頭と心で法華経の学びをしたいものです。

12.若干33歳!:卑屈と驕慢 ― 方便品第二

十如是を説き終わると、もっと詳しい解説を求める舎利弗の三度のお願いに対して、断り続け、四度目のお願い(64頁5行目)を受けて、その願いを聞き入れ(65頁4行目)、説き始めようとされます。すると、聴衆の内の5,000人が席を立って退出してしまいました(7行目)。これを五千起去(ごせんきこ)と言います。
その後、お釈迦さまは「諸仏出世の一大事因縁」(66頁8行目)、即ち「仏さまがこの世に出る一つの目的」を明かされます。それは「世の中の全ての人々が持っている仏知見(仏性)を開き、示し、悟らせ、入らしめるため(開示悟入)」であり、それによって「全ての人に私と同じ仏にまでなって欲しいからだ!」(72頁10行目)と説明されます。
方便品の要点は、だいたいこの辺りですが、これ以降、お釈迦さまは偈文でこれまでの話を繰り返し、そして「みんな人は仏になれるんだよ!」と繰り返し述べられます。 万善成仏(74頁8行目~76頁行目)では、どんな小さなことでも善行を積むことで仏となること(成仏)に繋がっていること、また「若し法を聞くことあらん者は一人として成仏せずということなけん」(77頁2行目)と述べ、全ての人が仏となれることを明らかにしました。そして最後に「復諸の疑惑な心に大歓喜を生じて自ら當に作佛すべしと知れ」、即ち「もう疑うことなく、歓びをもってあなたも成仏することを知って下さい!」(82頁5行目)と方便品の説法を締め括られました。
さて、私がいつも想像力を働かせるのは「五千起去」です。増上慢であり、すでにある程度、修行した者は、お釈迦さまと舎利弗との緊迫したやり取りに、自分の自信が崩れ、自分の足らなさを自覚して、いたたまれなくなり、お釈迦さまに一礼して去ってしまい、お釈迦さまはそれをあえてお止めにならなかったのです。
この「いたたまれない」という感覚はよくわかりませんか? よく「卑屈と驕慢は裏表」と言われますが、本当に私自身もそうだなぁーと思います。調子いい時は「驕慢」になり、ちょっとつまずくと「どうせ俺なんか…」という「卑屈」が芽を出す。この方便品のように「どうも俺はこの場所に相応しくないなぁ…」と思う気持ち、よくありませんか? 
昔の話です。驕慢な33歳! 佼成会の国際部のお役も乗りに乗っていて「ヨーロッパのことは任せておけ!」ぐらいの自信満々の時でした。そんなある日、北アイルランドのある団体の新しい施設の開所式に招かれ、会を代表して参加することになるのですが、別に緊張もすることなく、当たり前のように出張しました。しかし、現地に着くとその団体の責任者から突然「王室からチャールズ皇太子が来ることになったから、挨拶してくれ」と言われたのです。
卑屈な33歳! 「そんな急に言われても…」と、自信はあっという間に崩れ、そしてその会場に入ると、今度は、そこに集まった方々が、北アイルランドを代表するリーダーばかり。とてもじゃないけれど「いたたまれない」状況になってきました。一気に、気持ちは驕慢から卑屈になっていくわけですね。
チャールズ皇太子はヘリコプターで来られ、出迎えの数百人に挨拶し、いよいよ、私たちの部屋に来られました。隣の英国国教会の牧師さんに「皇太子をなんとお呼びすればいいのですか?」と尋ねると ‟Royal Highness”(ロイヤル・ハイネス)という言葉を教えてくれました。そしていよいよ私の番となり、「皇太子閣下、本日はお目にかかれて光栄です。立正佼成会は………」と、何とか、緊張の中で、ご説明させて頂きました。
未熟な33歳! さて、この式典が終わって帰途、私の気持ちはというと「やっぱり俺だからできたんだよなぁ…」という驕慢の芽が再び出てきます。
私たちは、いつも驕慢と卑屈を繰り返しております。そんな私たちでも仏さまは見捨てないし、忘れない。事実、五千起去の人たちはお釈迦さまに引き止められませんでしたが、五百弟子受記品第八でお釈迦さまは「今ここにいない者達にもちゃんと伝えて下さいね」(190頁12行目)と迦葉に伝えています。
さて、方便品の最後に「あなたも成仏することを知って下さい!」とお釈迦さまは宣言されます。これはどんな人間でも、卑屈でも驕慢でも「みんな大丈夫だよ、仏になれるよ!」というお釈迦さまの誠に温かいメッセージです。『法華経』が約束したこの「みんな仏になれる!」というこの一点こそが、それまでの他のお経に一切述べられていなかったことです。この「みんな」というところ、「例外なく」という点に、開祖さまは「100パーセント救われる法則」を見出したのでしょう。

13.歓喜勇躍:舎利弗 ― 方便品第二

 

方便品において「すべての人が仏になれる」ということを理解できたのは、たくさんの聴衆、弟子の中でも、舎利弗だけだったのです。

ところで、方便品第二、譬喩品第三では舎利弗が中心的な役割を果たします。この舎利弗は、智慧第一と呼ばれる十大弟子の一人です。梵語名は「シャーリープートラ」と呼ばれ、中国語に「舎利弗」とか「舎利子(しゃりし)」と訳されました。

舎利弗と目連(目犍連)は幼馴染で、共に出家して道を求めておりました。舎利弗は聡明で、とても頭が良かったようです。彼らはサンジャという当時の思想家の弟子となり、その教えを体得しサンジャ教団の幹部となりました。しかしどうしてもその教えに満足できない。そんな時、王舎城(霊鷲山のある町)で、托鉢に出ていた修行者と出会います。その立ち振る舞いに目を奪われ「この人はきっと、素晴らしい聖者の弟子に違いない」と思い、「どなたのお弟子さんですか?」と声をかけました。すると「私は、仏陀である釈迦族出身の聖者の弟子です」と答え、その方は「どんな教えを説かれるのですか?」と尋ねると、その修行者は「世尊は、この世のすべての存在や現象には原因があると教えています」と答え、縁起の道理のさわりを説明されたのです。それに感銘を受けた舎利弗は、お釈迦さまを訪ね、そして目連と共に250人の弟子を引き連れて釈尊教団に入ったのでした。ちなみに、この出会った修行者は、お釈迦さまが悟りを開かれた後、最初に教化した五比丘の一人、阿説示(あっさじ)でした。

舎利弗は、十大弟子の中で最初に弟子となった一人で、初期の教団を支えました。年齢はお釈迦さまよりも上だったで、お釈迦さまより早く亡くなれます。お釈迦さまはこの一番弟子が亡くなられたことをとても悲しんだようです。

さて、舎利弗は、方便品で誰もが仏となれるということを理解し、勇躍歓喜するわけです。今までずっと最も古い弟子の一人として、一生懸命学び、修行してきたのですが、菩薩達は「仏になれるよ」ってお釈迦さまから保証(受記)されているのに、出家してまで頑張っている声聞の舎利弗達には受記が与えられない。そして「声聞の自分達にはその資格がないと卑屈に思っていました」とその卑屈な気持ちが吐露されます(83頁4行目)。しかし「今まで聞いたことのないような方便品の説法を聞いて(自分にもその資格があることが解り)とても嬉しく安穏を得ました」 (84頁2行目) と述べます。そして「今日、ようやく解りました! 私は仏子であり、仏さまの教えから生まれ、仏さまの教化を受け、仏法という財産を分けて頂いているのであります!」と自覚を表明したのでした(4行目)。

するとお釈迦さまは、「過去世であなたを教化して仏道に導いたが、すっかりとそれを忘れましたね。それを思い出してもらうために、今、大乗経の法華経を説くのです」(87頁4行目)と語り、舎利弗に授記を与え、その仏となった時の名前を華光如来(けこうにょらい)、その国を離垢(りく)という国であると述べ、その国の様子を説かれました(87頁10行目)。

ところで、仏教経典には「踊躍歓喜」とか「歓喜踊躍」という言葉がよく出てきます。文字通り読むと「歓んで踊り出した」とか「飛び上がって喜んだ」ということでしょう。これが盆踊り原点という話も聞いたことがありますが、定かではありません。梵語を調べてみると、歓喜勇躍は、「心が高揚し狂気し」とあります。要するに、単なる喜びではなく、「本当によかったぁ!」というように、情緒的な表現のようです。しかし日本語のお経はどうしても静的な印象がありませんか? 「静か端座し…瞑想し…」みたいなイメージがないでしょうか? たぶん、これは日本語の問題だと思います。

当たり前ですが、お釈迦さまはインド人でした。インド人って、とっても明るく陽気な、情緒的な人たちです。また頭の切れもいいでし、一般的に凄く自信家です。何かを聞くと、知らないのによく知ったように説明してくれる。さすが「ゼロ」を発見しただけの民族です。最近のコロナのニュースでも外出規制を破った人に警官が「私は社会の敵です。家に閉じこもることができませんでした!」と言わせながらスクワットをさせる罰を与えていることが話題になっていました。また警官がコロナウイルスを模したヘルメットをかぶって驚かせ、外出を抑制しているというテレビニュースもありました。それくらい突飛で、陽気で、日本人には理解できないことも多々あります。私も何度もインドには行きましたが、そこで騙されたこともありますし、危ない経験もあります。でもそれは、日本人の私がインド人の考えを理解できないことが原因だったと思います。現在、デリーとコルカタ、ガヤという3カ所に立正佼成会の拠点があります。みんな明るく、素晴らし人達で、仏教をお釈迦さまの国に逆輸入をしてくれています。

凄く頭が良く、真面目で、一生懸命、何をやっても良くできるのに「私は自信がない…」って言って悩む方がいます。一方、あんまりよく出来ないくせに自信満々の人もいます。どちらが良いか悪いかという問題ではないのですが、仏教が教えるのは「みんな仏になれるのだから、今はどうでも、明るく、一生懸命、自信をもって歩みなさい!」ということだと思います。そういえば、開祖さまも明るく、踊りが好きでしたね。会長先生もいつも明るい。仏道を歩む上で、明るさはとっても大事ですよね。お経ではあまり感じませんが、お釈迦さまも、舎利弗も、みんなとっても明るい人だったのではないかと思います。

14.マジかよ!:価値観の大転換 ― 譬喩品第三

譬喩品で、舎利弗が最初に授記を得ました。授記とはお釈迦さまから与えられる「仏になる保証」です。突然、お釈迦さまから授記を頂き、舎利弗は本当にビックリしたのではないかと想像します。

ところでこれからお経が進んでいくと、授記がどんどん弟子たちに与えられていきます。13番までに3,211人がお釈迦さまから直接、授記を受けます。特にこの数字に意味はないのですが、「全ての人が仏になれる」と語るだけでは、どうもピンとこない。観念的になってしまいます。しかし、具体的に、名前を挙げて、その成仏後の仏名と国の名前が語られることによって、法華経の前半戦の最も大事なテーマである「仏になる」もしくは「仏になれる」ということを具体的に示してくれているように思えます。

さて、お釈迦さまは舎利弗への授記の後、それを偈文で繰り返します(89頁9行目~)。すると周りの聴衆、それは人間だけでなく霊鷲山に集まっていた神々も含めて、大いに喜び、それぞれ衣を脱いで供養し、たくさんの花々を降らして「50年前の初転法輪以来、再び最大の法を説いて下さった!」とお釈迦さまを讃え(91頁4行目)、また天子達も偈文で方便品の説法を讃えるのでした(7行目)。

ところで、どうして舎利弗に与えられた授記を周りの人たちも喜ぶことが出来たのでしょうか? 例えば、隣の家のご主人に宝くじが当たって、ベンツを買ったなんて聞いたら、皆さんどうですか? 喜ぶよりも羨ましくなりますよね。人の喜びを自分の喜びにすることは、凡夫では簡単にいかないのではないでしょうか? 

この時の弟子たちの気持ちは、私の想像では「マジかよ!あの声聞の舎利弗が仏になれるんなら、俺たちだってチャンスがあるぞ!」という感じだったのではないかと思います。また「(声聞や縁覚も含め)だれでも仏になれる」ということが、それまでの価値観をあまりにも大きく覆すもので、例えば大陽が西から登るぐらいのショックだったと思います。法華経はこのように価値観の大転換を促す、ビックリさせるお経ですね。(後半戦にもう一度、大きなビックリがありますので、楽しみにしていて下さい!)

ちなみに、太陽が西から登ることは地球上、どこに行ってもありません。どうでもいいことですが、北半球のブラジルに行くと、太陽は東から登り、北に回って西に沈みます。ブラジルの人たちは「南に行く」ということは寒いところにいくという感覚で、「北にいく」というのは暑いところにいくと感じるそうです。とても不思議な感じがしますよね。

さて、授記を得た舎利弗ですが、頭が良いだけでなく、やっぱり優れたリーダーです。自分の授記に喜ぶだけでなく、次に他の人のことを考えます。彼は「私は直接お釈迦さまから授記を頂いて疑う心はなくなったのですが、他の者たちはお釈迦さまから今まで「教えは生老病死を克服して涅槃に到達できるもの」と教わって、その為に執着を捨てて涅槃を得たと思っていたので、<全ての人を私と同じ仏にまで引き上げる、みんな仏になれる>というような、今までにない教えに、疑いの心が生じています。どうかその疑いをなくしてあげて下さい」と申し上げるのでした(92頁3~9行目)。そして、その要請を受けて、お釈迦さまが「智慧ある人は譬喩で理解できるでしょう」と言って、「三車火宅の譬え」(93頁1行目~96頁7行目)を説かれるのでした。

私は信仰二代目です。ですから佼成会の習慣や法華経の価値観に触れていたので、そんなに「ビックリ」はありませんでした。しかし、初代の先輩方は、さぞかしビックリするようなことばかりで、そのビックリによって価値観の大転換をしてきたのだと思います。「信仰はビックリから」と教えて頂いたことがありましたが、誠にその通りで、「方便品での説法」、そして「譬喩品の冒頭での声聞、舎利弗への授記」と、それは、それは、みんな「ビックリ!」したのだと思います。

15.自分で出る!:三車火宅の譬え ― 譬喩品第三

授記を受けた舎利弗は、「みんな仏になれる」というお釈迦さまのメッセージが理解できない他の弟子達への思いやりから、お釈迦さまに詳しい説明をお願いしました(92頁8行目)。そこで、お釈迦さまは「譬え話の方が解りやすいだろう」と言って「三車火宅の譬え」を語り始めました。

ある町に長者がいました。その長者の家は大邸宅でした。しかし、出入り口は狭い門が一つ。また、建物も古くなって荒れていました。その屋敷が突然火事になります。家には長者の子ども達がいましたが、彼らは遊びに夢中になっているため、火に焼かれそうになっても気づかず、逃げようともしない。長者は「私には力がある。だからこの子らを大きな箱に入れて一気に運びだそう」と考えました。しかし門が小さいし、無邪気な子どもたちの何人かは途中で落ちると思い、思い直して、火事の恐ろしさを話して自分達で外へ逃げるように仕向けようと考えました。大声で「このままでは焼け死ぬぞ。早く出てきなさい!」と教えますが、でも子ども達は長者の顔をチラリと見るだけで、言うことを聞こうとしません。その時、長者は彼らがいつも欲しがっていた玩具の事を思い出し、「お前たちが欲しがっていた車(羊車・鹿車・牛車)が門の外にあるぞ」と叫びました。すると彼らは直ぐに反応し、今度はお互い競争するように、我先に門の外へと出てきました。安全に逃げ出した子ども達を見て長者は安心します。そして子ども達はというと、父の姿を見つけると車(羊車・鹿車・牛車)」をくれるよう一斉にせがみます。すると長者は、子ども達がせがむ車ではなく、それよりも素晴らしい車(大白牛車)を与えたのでした(93頁2行目~96頁7行目)。

『法華経』には7つの有名な譬え話が出てきますが、これが第一番目です。お分かりのように、この長者というのが仏さま、子ども達というのが私たち人間、そして火事になった屋敷が私たちの住むこの世界という設定です。

私は、この譬え話に3つ感じることがあります。一つ目は、親子関係です。お釈迦さまはこの譬えでこれを一番伝えたかったのだと思います。譬喩品では何度もこの親子関係に言及しますが、その中で2回、ハッキリと述べているのが「我も亦是の如し……世間の父なり  一切衆生は 皆是れ吾が子なり」(107頁3行目)と「今此の三界は……衆生は悉く是れ吾が子なり」(同頁8行目)というところです。

法華経の中で表現される親子関係は、どれもとても情的でリアルな感じがします。この三車火宅の譬えもそうです。子供は無邪気だから、物事が解っていない。迫りくる炎の怖さも知らない。そして“子どもである今だから楽しい”ゲームに夢中になっている。でもこのままだと大けがをする。それを何とか救ってあげよう、少なくとも「命だけは」と願って、“親だからこそ”知る彼らの好きな玩具で気を引くわけです。子どもの好きなもので気を引くということは、どんな親でもよくやりますね。すごくリアルな譬え話です。

私たちが日常生活でたまに「自分にとって凄く良いこと」が起こる時は、きっと、親である仏さまが私たちを導こうという計画があると受け止めると良いかも知れません。

二つ目は、子供達に“自分で”家を出させるということです。お釈迦さまは子どもである私たちのことが愛おしくて仕方ない。何とか元気で無事に成長して欲しいと願ってばかりいます。そしてその為に何をしてやれるのかをいつも考えている。出来ることなら何でもしてやりたいところです。例えば、仏さまの神通力を使えば、火を消したり、子供達を瞬間移動させたり、何でも出来たはずです。でもやっぱり、子ども達が自分で出なくては成長につながらない。苦労や努力もさせなくてはならない! なんでも親がやって、自立出来ない子供にしてはならないと考えたのではないでしょうか? 子育てにはとっても必要なことですね。これも自分が親になってよく解ったことです。

最後は、頑張れば“願った物以上の物”がもらえるということ。これについては、以前に書きましたが、いつも期待以上の物が与えられるということです。コロナの問題で不自由な生活を送っていますが、でもコロナはきっと私たちに素晴らしい期待以上の物を与えてくれるのだと思います。この数日、かなりあちこちで聞かれるのは、“Thank you, Coronaviruses”、つまり「ありがとうコロナウイルス」という話です。

いつかこのことについて少し紹介したいと思います。

16.「そうだね…」:逆説的な説法 ― 譬喩品第三

『法華三部経』は全体で32品、合計425頁になりますが、この譬喩品までで115頁です。つまり1/4以上を使っております。ここまででお釈迦さまは、「みんな仏になれるということを知って欲しい」、「その為に卑屈根性を捨てて欲しい」、そして「たゆまず精進して欲しい」という願いを明らかにされ、語ってこられました。

そして譬喩品第三では、お釈迦さまは「三車火宅の譬え」で衆生と仏は親子の関係であることを明らかにされました。

この譬喩品の後半では、凡夫の私たちはどうしても自分たちの置かれた状況が分かっていないから、仏さまは、先ずは、三種類の車の玩具で私たちの気を引いて(三乗の教え)、当面の苦、即ち火宅から救い出す。そして最後に、素晴らし大白牛車、即ち「一乗という最高の教えで、本当の救い、即ち成仏へと導くのです」と述べられます(101頁9行目)。そしてお釈迦さまは偈によって「三車火宅の譬え」を繰り返し、最後に、この一乗という教えを「説くべきではない人」(110頁12行目から114頁3行目まで)と、「説いても良い人」(114頁3行目から最後まで)に分けて、それぞれどのような人かを我々にアドバイスをして、この品を締め括られます。

実は『法華経』の後半では「この教えを“全ての人”に伝えて下さい。頼みますよ!」とお釈迦さまは弟子たちにお願いします。でも、この譬喩品では「こういう人には説かない方がいい、ああいう人には説いていいですよ」って、説くべき人を選別しています。どうしてこのように差別的に分け隔てをするのか、私は長らく疑問でした。

『法華経』は、逆説的に語られていることがとても多いように思います。というのは、最初は○○と言っていたのに、後半になると△△に変わっているのです。例えば、方便品では、「仏と仏しか理解できない」とし、「普通の人には理解することが出来ない」(59頁2行目)と言われますが、「子供が砂に仏さまの絵を描いただけでもいずれ仏道を成就出来る、仏となれる」という言い方もされます。同様に後半では「全ての人に伝えて下さい!」と「全て」を強調するのですが、この譬喩品では「説く人を選びなさい」と言っておられる。

開祖さまはこの部分を「そんな人間は相手にするな、という意味ではなく、(執着や貪欲にまみれた状態では)法華経を説いても効果がないだけでなく、かえって逆効果になることがあるから、方便によってそういう欠点や考え違いを除いてあげてから説くようにしなさいということ」と教えて下さっております。

そうなんですね。どんなに素晴らしい教えや話も、それを受け取るにはどうしても心の準備が必要なわけです。今、痛いと訴える人に、「その痛みの原因は……」と原因を語っても痛さはとれないわけです。先ずは、痛いところをさすってあげたり、痛み止めを用意してあげることが必要なのでしょう。そうしないと、本当に大事なことが入らないのだと思います。

私は、家族からよく「パパはこちらの気持ちが解っていない!」と言われていました。そうなんですよね。相手が「苦しい」と言っているのに、「それは、○○が原因だから、××しないといけない」という、相手の「今の気持ち」に応えていない答えを随分としていたようです。相手の性格や個性だけでなく、相手の“今”置かれた状況をよく観察して、そしてその人の“今”に一番ふさわしい話をしなければならないのでしょうね。これが結果的にその人を導く糸口になるのですね。ある先輩教会長さんから、何を聞かれても先ずは「そうだね…本当にそうだね…!」と答えると良いと教えて頂いたことがあります。「そうだね…!」ってとってもいい言葉だと思います。「そだねー」って、確かカーリングの日本代表選手がよく使った言葉でしたっけ?

『法華経』は、相手に理解されるために様々な説き方がされています。ですから全体を通して、その意味を理解しないと、誤った読み方をしてしまいますね。そして最初に相手の話を聞いて先ずは「そうだね…本当にそうだね…!」って一言が言える自分であれば、人に伝える糸口になるのだと思います。

 

17.大事に育てる:長者窮子の譬え① ― 信解品第四 

舎利弗が授記を得た「譬喩品」の説法を受けて「信解品」がはじまります。その最初では、須菩提、迦旃延、迦葉、目連という、いわゆる十大弟子の中でも長老と呼ばれた4人の声聞がお釈迦さまに申し上げます。 

「私たちは、僧伽(さんが)の一番の長老と言われるような高い立場にあり、既にあらゆる執着を捨てることができて、これ以上、求めるものはないと思って精進していませんでした(116頁5行目)。しかし、今、目の前で(私たちと同じ声聞である)舎利弗が最高の悟りを得ることが出来るという授記を得るのを見て、私たちにも最高の宝物が自然と手に入ったような気持ちです(117頁4行目)」と述べ、そしてその気持ちを表すために、4人は「長者窮子の譬え」(117頁5行目)を語りました。この譬えは、『法華経』の7つの譬喩の中でも人気があり、有名な譬え話です。今回、じっくりと読み直し、ところどころ、梵語や英訳を参考にしながら、なるべく解りやすいように現代語に訳してみました。その為、ちょっと長くなりますが、お許し下さい。 

ある男の子が幼い時に、父の元からさまよい出てしまいました。他国を放浪し、その日暮らしの日々が50年続きましたが、不思議なことに、足は父のもとへと向かっていました。一方、父は息子を失って悲しみ、随分と探しましたが見つけることができず、仕方なくある町に住みはじめ、そこで大いに財を成しました。そして息子は、さすらいの果てに、偶然に父の住む町に巡り着きました。 

父はいつも息子のことを思っておりました。また年もとってきたので、もし亡くなったら財産が散失してしまうという心配もあります。ですからもし息子がいれば「それを受け継いでもらい、安心することが出来るのだが…」と考えるのでした。 

丁度そんな時、あちこち放浪した息子は、父の屋敷の門前たどり着きます。門から屋敷内の父である長者を見ていると、あまりにも尊く威厳があり、多くの家来を従えているので「この人は国王か、それに匹敵する偉い人に違いない」と思いました。そして「俺のような卑しいものが雇ってもらえるような所ではない。長居していると捕えられて無理矢理、働かされるに違いない」と恐ろしくなって逃げ出しました。 

しかし父である長者は、その男を遠くから一目見て「わが子だ!」と気付きました。そしてとても喜んで、「ようやく私の財産を託せる者が得られた。長年探して見つからなかったが、彼のほうから帰ってきてくれた。私は年をとってもあの子への愛情は変わらない!」と思い、そして家来にその男を連れてくるように命じました。 

すると男は、突然、捕まえられたので「何も悪いことをしていないのに捕まえられるとは、きっと殺されるに違いない!」と思い、気絶してしまいました。そのあり様を見ていた父は、家来に「もういい。水をかけて目を覚まし逃がしてやれ」と命じました。父は息子が長年の貧しい苦労の生活で自分を卑しい人間と思い込んでいて、身分の高い自分に近寄ることが出来ない卑屈な心になっていることを知り、誰にも彼が息子であること言いませんでした。 

しばらくすると父は、みすぼらしい身なりをした召使い2人を、例の男のところへ遣わしました。召使に、あの男のところに行って次のように言うように命じました。「いい仕事がある。賃金は倍だ!」と。そしてもし男が話に乗ってきて、「どんな仕事か?」と聞かれたら「便所掃除だ。俺たちも一緒に働くんだ」と言うように命じたのでした。そして召使が窮子を見つけ、そのように伝えると窮子は承諾し、そして先ずは賃金を先に貰い、便所掃除の仕事を始めたのでした。 

不浄の仕事をしているわが子の姿を見て、父は悲しくもありました。ある日、父は自らの高価できれいな服から汚れた服に着替え、右手に汲み取り用のバケツを持って、下人のような態度でみんなのところにやってきて「お前達、しっかり働けよ、サボるんじゃないよ」と言って、徐々にその息子に近づいていきました。そうやって一緒に働きながら窮子に「ここには、お前の必要な生活用品はいくらでもある。だから他に行くなよ。給料も上げようじゃないか。必要ならば年寄りの下男もいるから使うといい。遠慮することはない。俺は、お前の、ちょうど父親のようなものだ。心配することはない。俺は老人だが、お前はまだ若い。だから怠けたり、怒ったり、人を恨んだりしてはいけないよ。お前は他の連中とは違って悪いところはみられない。これからはお前を息子のように思うからね」と言い、名前を付けてやり、息子のように扱いました。窮子はその待遇を嬉しく思い、一生懸命働くのでしたが、しかし気持ちは依然として「自分は卑しい身の上だ」という心は抜け切れず、二十年、その便所掃除の仕事を続けました。そして心安さも出てきて、出入りにおどおどすることも無くなったのですが、住んでいるところは最初に与えられた小屋でした。 

やがて長者は病気になり、自分の死期もそんなに遠くないことを知ると、息子に「私は莫大な財産を持っている。金や銀等々、たくさんの宝物も蔵にあるが、その管理を全てお前に任せよう。全部調べて、どれだけ財産があるか、そしてどれだけ支払って、どれだけ貰うか、一切知り尽くしてもらいたい。私の願っていることを知って欲しい。もうお前は(劣っていないし、)私と同じなんだよ。無駄に財産をなくさないようにしなさい」と伝えました。そして息子はついには父の全財産を管理できるようになりましたが、ほんの少しのお金も自分の物としようとせず、そしてまだ窮子は「自分は卑しい身の上だ」という気持ちがあり、住まいも最初の小屋に住み続けていました。 

しばらくすると息子の心に次第に変化じ、自信を持つようになりました。それを見抜いた父は、彼に命じて、国王をはじめ人々を集めました。するとみんなの前で父は「この男は、実は、私の子なんです。昔、家を出てしまい、放浪してさまよい、50数年、苦労を重ねてきました。元の名前は○○、私の名前も△△でした。この子がいなくなってから随分と探し回りましたが、ようやくここで偶然、再会することが出来ました。彼は、私の本当の子どもで、私の全財産はこの子の物で、財産の管理は全て彼が承知しています」と宣言したのでした。そして息子である窮子はそれを聞いて大いに喜び、そして「自分はこんなになりたいとは少しも考えていなかったのに、莫大な財産がひとりでに自分の物になったのは、本当に不思議な有難いことだ」と思ったのでした。 

この長者による窮子の導き方が本当に素晴らしい子育てのモデルを示してくれているように思います。今日はなるべく原文に忠実に、解りやすく訳してみました。長くなりましたので、解説は明日にまわしますが、どうぞ、想像力を使って、この譬え話の情景を描いてみて下さい。 

18.20年、いやそれ以上…:長者窮子の譬え② ― 信解品第四 

私たちが手にする『三部経』は、元は中国語の漢文です。中国語は英語や日本語のように明確な時制(過去、現在、未来)を表わし、単数と複数を区別することがないので、文章の意味をとるのは、文の流れ(文脈)から判断することになります。ですから、ちょっと解りづらいことも多いのですが、その際には、原文の梵語に戻ったり、翻訳された英語をみたりすると意味がハッキリします。 

さて、お気づきのように、長者である父は仏さまを意味し、窮子である息子は、私たち衆生を意味します。「譬喩品」の「三車火宅の譬え」に引き続き、この根底にあるのは「親と子」というテーマですね。今回、じっくりと読み直しすると、気づいたことが3点ありました。 

一つは、親はいつも子供のことを思っていて、親は子どもを直ぐに認識できるということです。息子である窮子は、偶然に父の住む町に放浪の末にたどり着きました。そして屋敷の前で実父である長者を見るのですが、その威厳に圧倒され、逃げ出してしまいます。しかし、父は一目で50年前に別れた息子と認識出来るのです。「親の想い」というものはそういうものなのでしょう。 

二つ目は、父親である長者は、本当に愛情をかけて導いているということです。窮子に悟られないように、わざわざ汚い服を着て、一緒に働きながら、優しく、思慮深く接しております。 

「ここには、お前の必要な生活用品はいくらでもある。だから他に行くなよ」と言って、先ずは安心させ、留まるよう落ち着かせています。そして「給料も上げようじゃないか」と目標や希望を与えます。また「必要ならば年寄りの下男もいるから使うといい。遠慮することはない」と言って「自由にやってみな!」という励まし与えて下さっているように思えます。更に「俺は、お前の、ちょうど父親のようなものだ。心配することはない」と安心感を与えた後、「俺は老人だが、お前はまだ若い。だから怠けたり、怒ったり、人を恨んだりしてはいけないよ」と、未熟な息子に人としての基本的な生き方を教えます。最後に「お前は他の連中とは違って悪いところはみられない。これからはお前を息子のように思うからね」と、「いつも見守っているから安心しなさい」という励ましを与えているように思えます。「安心」や「希望」、「励まし」というのは、子育てにとても大事な要素ですよね。 

三つ目は、父である長者は、息子の卑屈な心を知って、なんと”20年”もかけて、自信を持たせるというのです。決して焦らず、時間をかけて、教え導いて下さるのです。この20年という長い時間、とても意味があるように思います。日本では、生まれた子どもが成人するまで20年ですので、勿論、人として最低限、大人になるまで育まれる時間です。でも実は、人が成長するのは、それだけではありません。 

振り返ると、私たちは、親から自立して、社会に出て、様々な上司や先輩、また佼成会だったり、組長さんや主任さん、支部長さんに色々教えて頂き、お世話になって今があるわけです。皆さんの周りにも、この長者のように、生き方、働き方、生活の仕方など、様々なことを教えて下さり、20年、いやそれ以上、陰に陽に支え導いて下さっている方が、何人かおりませんか? 

私は、毎日、このエッセイを支部長さんや部長さんに送っておりますが、何人かの先輩や後輩にも送らせて頂いております。それこそ丁度30年前にご縁を頂いたある先輩から「エッセイも全部プリントして読みました。これまで真面目に取り組んで来たことが活かされているね。今後も期待しています」というラインを頂きました。正直、この年になっても、とても嬉しくなりました。 

人を育てる愛情とエッセンスが込められている「長者窮子の譬え」を読誦しながら、こうやって私も育てられたことを知り、そして、こうやって人を育てていくのだと、そんなことを思いました。どうぞ「長者窮子の譬え」をこの機会にじっくりと読んでみられてはどうでしょうか? 

19.夢を描いて、コツコツ…:自然にして至りぬ ― 信解品第四 

『法華経』ではお釈迦さまが一言もしゃべっていない品が2つあります。「序品」とこの「信解品」です。「序品」は『法華経』の編集上、プロローグ(序章)として後から付け加えられたと言われております。「信解品」は、方便品と譬喩品という2つの品で説かれたお釈迦さまの真意と教えを受けて、弟子達が自分たちの理解をお釈迦さまに確認するためにある品(領解)ですから、お釈迦さまは語っていないのです。故に「長者窮子の譬え」は弟子たちの気持ちを譬えにして表したものですね。 

さて、この「長者窮子」を語り終えた四大声聞は、この譬えになぞり、自分達の認識が間違っていたことを反省するのでした。以下、その要約です。 

「私たち本来は仏の子であるにもかかわらず(124頁12行目)、(将来、仏となることを目指す大乗の教えを学ぶべきなのに)、いつも小乗の法を求めることで満足していました。もし大乗の教えを願っていたならば、お釈迦さまは必ずそれを説いて下さったに違いありません」(125頁1行目) と述べ、「かつて菩薩達の前で小乗の教えに満足する声聞達を注意(毀訾)しましたが、この(霊鷲山での法華経の)説法において一乗の教えを説いて下さり、ようやく今、お釈迦さまは一乗の教え、即ち大乗の教えを以て私たちを教化して下さっていたことが解りました。これは、まるで大きな宝物が望まずとも自然と手に入って来たようなもので、仏さまの子どもとして得ることができる全て得たように思えます!」と感激して述べるのでした。 

そして、魔訶迦葉が4人を代表して、詩(偈)によって「長者窮子の譬え」を繰り返えし、そして三乗を説いて一乗を最後に示すのは「富める長者が子どもの卑屈な心を知って、方便を使って心を開いて、最後に一切の財宝を下さったのと同じであります」(130頁12行目)と解説します。 

最後には「ようやく解りました! 私たちは本当の声聞であります!」(131頁9行目)と語り、それまで小乗の教えに満足していた自分たちを大乗の教えまで導いてくれたお釈迦さまの、慈悲と方便力に感謝を表わします。そして「諸々の仏はいつも私たちのことをよく知った上で、その機根に応じて導くために一乗をあえて三乗と説いて下さっている」(133頁2行目)と申し上げ、信解品を締め括りました。 

さて、この信解品での四大声聞達の告白はとても興味深いですね。3つのポイントがあると思います。 

一つは、「大きな夢を描き希望をもつ」ということです。彼らはいつも「俺達は小乗の声聞で十分だよ…」という感じだったのでしょう。お釈迦さまは「大乗」という、もっと尊い教えを説いて下さっているにもかかわらず、それが解らなかったようです。彼等は「まぁ、こんなもんでいいか…」という、卑屈で、向上心という点において欲がなかったことを恥じています。 

ところで仏教では過剰な”欲(貪欲)”は戒められるものですが、でも”向上”という点における欲は大事なのですね。そのためにいつも、目標や夢を持って「もっと、もっと」と、精進することが大事なのでしょう。会長先生がよくお話しされる「精進、精進、生まれ変わってまた精進!」というのはこのことだと思います。 

二つ目は、「無量の珍宝、求めざるに自ら得たり」(117頁4行目)とか、「自然(じねん)にして至りぬ」(123頁9行目)、「自然にして至れり」(125頁5行目)という表現です。この信解品のテーマは、「考えてもいなかった宝物が勝手に手に入った」ということです。「三車火宅」では「求めていたもの以上のものが手に入った」がテーマでしたね。微妙な違いですがとても面白いですね。いずれにしても、『法華経』は、必ず功徳があるということを教えている。ただ一つだけ、条件があるようです。それは「自らの行動」です。「三車火宅」では自分の足で出てくること、「長者窮子」ではコツコツと精進することが宝を得る条件ですね。 

三つ目は「本当の声聞」という認識に立ったということです。一見、不思議な表現です。というのは『法華経』で教えるのは、「みんな仏になる」ということ、そのために「みんな菩薩となる」ということです。仏になる条件は「菩薩としての修行」が大前提ですから、声聞、縁覚では、仏にはなれないはずです。実はここが『法華経』の大事なポイントです。少しだけ解説が難しくなりますが、許して下さい。 

『法華経』より以前は、「声聞」と「縁覚」と「菩薩」を象徴して三乗と呼んでいたのですが、『法華経』に至って「一乗」という表現になります。つまり、3種類の人間が別々にあると思っていたのが、『法華経』では「みんな仏を目指すことができる大乗の菩薩」なんだという自覚に立つということです。“誰でも”です。ですから「本当の声聞」ということは、「本当の大乗の菩薩」であるということを意味しています。それならば「私たちは本当の菩薩であります!」と言えばよかったのですが、言いません。何故なら、もしそのように表現したなら、声聞を否定することになり、声聞と縁覚や菩薩を区別する‟三乗”の考えになってしまいます。“一乗”の大事なことは“声聞も縁覚も菩薩も、みんな将来仏になることが約束されている大乗の菩薩ということに気付く”ということです。 

これは大学院レベルの教義で、ちょっと難しいのですが、何を言わんとしているかというと「みんなそれぞれ違っていていいんだよ。自分の形を変えることはない。そのままで花を咲かせて下さい」ということで、「今、自分に与えられていることを精一杯努力しなさい。すると必ず道は開けるよ!」と私は受け止めております。 

まとめです。「夢や希望をもってコツコツ精進すれば、考えも及ばない宝物が得られるので、しっかりと目の前のことに常に精進しましょう!」というのが信解品だと思います。 

みなさん、大丈夫ですか? 「もう私も歳をとったので…」という言葉をよく耳にすることがありますけれども……。 

20.人は行いによって賤しくなる:絶対平等 ― 薬草諭品第五

昨日までの方便品から信解品までは、教義的にもかなり大事なところでした。しかし、ちょっと難しかったですね。 

さて、薬草諭品第五ですが、お釈迦さまは四大声聞の信解品での発表を聞いて、摩訶迦葉やその他の弟子に向けて「(長者窮子の譬えで)よく真実の功徳を表現しましたね!」と褒められます(134頁2行目)。そして仏の教えは「全ての事象を知り尽くす智慧の境地に到達させる(一切智地)ことができるものです」(5行目)と説かれ、それを「三草二木の譬え」で説明されます。 

「この世界の山や谷、川、小川、また平地に生える草花、木々、藪、森、薬草は、名前や形が異なり様々です。そこに空いっぱいに広がる大きな雲が起こり、平等に、同時に、雨が降ってきました。その降り注ぐ雨は、それらの植物を普く潤し、大中小の大きさにかかわらず、その根、幹、枝、葉、葉を潤します。大きくても小さくても全ての植物は、それぞれ必要とされる量の雨を平等に受けるのです」 

さて、秀才、舎利弗に授記を与えた譬喩品に引き続き、この薬草諭品の次の授記品第六から、他の弟子達に順々と授記が与えられていきます。しかし以前から、法華経を一つのストーリーとして読んでみた時、「薬草諭品」がここにあることを不思議に思っていました。話しの流れからすると信解品から授記品につながっても違和感がないように思えたのです。 

しかし「授記」って、頭の良い人や、一部の選ばれた人だけに与えられるものでありませんね。最終的に全ての人に授記が与えられていく過程で、どうしてもその前に、「一切の人々は平等である」こと、「平等に大宇宙の命を分け合っている」こと、「平等に仏さまの慈悲を受けている」こと、だから「全ての人は平等に尊い存在である」ことを明かさなくてはならず、薬草諭品が説かれたのではないかと思うようになりました。法華経の最も大事なメッセージ、「全ての人が仏になる」ということを裏付けるためには、ここで「みんな平等なんだよ! みんなそれぞれ違っていていいんだよ! そのままコツコツ精進していけば花が咲いて実がなるよ! だって、仏さまあなたの成長にとって必要なだけ、ちょうどいい具合のお慈悲をかけて下さるのだからね!」と語っているように思うようになりました。 

お釈迦さまは差別をきっぱりと否定しました。『スッタニパータ』という最も古い経典では、「(人は)生まれによって賤しくなるのではなく、生まれによってバラモンとなるのではない。行いによって賤しくなるのであり、行いによってバラモンとなるのである」と述べています。つまり、今の生き方、行いによってその人の価値が決まるとしたのでした。 

お釈迦さまの生まれた頃のインドは、バラモン教でした。いわゆるカーストという人を社会的に区別した宗教です。大きく四階層あると言われますが、実際にはその四階層にも入れない「ダリット」という不可触民もおります。このような差別は、一生涯、いや、子々孫々まで続き、家系によってトイレ掃除の仕事しかできないというような、職業差別もついて回ります。 

私は、お釈迦さまが仏教を開かれた最も重要な理由の一つが、この差別への反発だったのだと思うのです。だからこそ「長者窮子の譬え」でも「便所掃除」は大きな意味を持っていますね。長者の跡継ぎである窮子も便所掃除によって徐々に成長していくわけです。 

余談ですが、佼成会でも、昔からトイレ掃除を大事な修行としています。トイレを掃除することで浄と不浄の差別を越えていくとか、心を磨くと教えて頂いています。またトイレ掃除をすると美人や美男が生まれるとも聞いたことがあります。そう言えば「トイレの神様」という歌もありましたね。 

残念ながら仏教でもお釈迦さまが亡くなった後、時間が経つと、その中のリーダー達とそうではない人の区別が生まれ、差別となりました。例えば「女性は仏にはなれない」という差別です。一番古い初期(原始)仏教では、たくさんの女性が活躍していましたが、徐々に階層が出来、女性は外されるようになりました。そして小乗仏教では出家したお坊さんによる権威主義がはじまりました。その後、大乗仏教になると在家信者によって権威主義が是正されますが、それでも差別は残りました。そして法華経になって、ようやく「女性も悪人も例外なく仏になれる」とされ、お釈迦さま本来の絶対平等主義に戻ったわけです。 

現在、インド政府はこの差別について否定していますが、実際には、結婚でも異なる階層と婚姻は、それこそ村八分にされるなど、まだまだ存在しています。私たちもともすると権威的、差別的な心が動くことがあります。そんな時こそ『法華経』に説かれた絶対平等ということを思い出し、そして謙虚になっていくためにトイレ掃除をするのもいいかもしれません。そうそう、外出自粛ですから、普段よりも家のトイレの使用が多いですね。昨日、私もキレイに掃除しました。