出雲清海プロフィール

群馬県高崎市で生まれ育ち、

飲食店経営17年目でしたが

法人化して6期目で事実上倒産しました。

いきなり驚かせてすみません笑



私は20歳で就職し、コピー機販売、金融など

会社員生活を10年経験するも、セクハラパワハラなどなど

社会の理不尽さを思い知らされながら

5回の転職を繰り返しました。



男性運も最悪で、一生1人で

生きるんだろうと漠然と思いながら

好きだった飲食で独立を決意。



昼間は会社員、夜はキャバクラの厨房で働き、

土日祝日はレストランでアルバイトという、

1日16時間労働を続けて2年で700万を貯めました。



その後

独立するからと受けた人間ドックで子宮頸がん発覚。

初期だったため手術で事なきを得たのですが、

何で自分がこんな目に??と思いました。



31歳の時に自力でカフェバーをOPEN。

お客さんからは誰がバックについてるんだとか

ヤクザの親分さんに気に入られて

愛人にさせられそうになったり

本当にいろいろありました。



34歳の時に出会った元旦那さんと

勢いとタイミングだ!!という事で

電撃結婚を機に鶏料理専門店に転向。

最初は順調に売り上げを伸ばしマンションも購入して

二店舗目もオープンしました。



しかし、3.11東日本大震災を機に、

景気はどんどん冷え込み、2店舗目は赤字続きで

9ヶ月で閉店に追い込まれました。



私には2000万の借金だけが残り、

毎月の返済に追われ、金融会社にいた私が、

なにより一番避けたかった自転車操業状態に

陥るという、最悪の状態に・・・笑



店の売上だけの将来にとてつもない不安を感じ、この時

初めてインターネットビジネスの世界に飛び込みました。

200万以上、あらゆる商材や塾に投資したけど稼げず、

気づけば借金は、3000万に膨れあがっていました。




最初はアフェリエイトの商材だったと思うのですが

お金払ってその後すぐ連絡がつかなくなりました。

送られてきたPDFのリンクは機能しないものが

ほとんどというひどい内容でした。




次が何かのビジネススクールで、

入学式があると言うことで都内まで出向きましたが

校長とやらが赤いフンドシで水着の女性を連れて

ステージに上がり、わけのわからない校歌を歌わされ、

サイトも、コンテンツは生電話のコンサルという、

具体的に何をすればいいのかさっぱりわからないまま

うやむやになりました。




そのほか、情報商材販売や物販、

アービトラージやFXやバイオプのツールなど

あらゆるものに次々と手を出してました。




今思えばそのお金を運用に回してれば

今頃お金持ちになってると思うけど

当時はそんな知識もなく。

当時を振り返った時

唯一後悔してる事があるとすれば

投資運用に目を向けなかった事です。




精神的にも追い詰められ、体調もどんどん悪化し、

自分が自分ではないような分離した感覚に襲われ

やることなすこと全てうまくいかずまさに負の連鎖、

真っ暗なトンネルの中か底なし沼にいる感覚でした。



キツかったです・・・

100億積まれても絶対に戻りたくありません。



そして2015年9月、

ついに銀行の融資も通らなくなり

なけなしの運転資金500万が一瞬で消え、、

銀行に手のひらを返されたんですね。

いよいよ追い詰められて本気で死のうと、

自殺の方法を調べ始めました。



生ハム用のロープで首吊りも考えましたが

練炭と睡眠薬併用がラクに死ねそうという結論に達し

富士の樹海までのルートも完璧に調べました。

だけど、よ~く考えると私が死んだところで

何の解決にもならない事に気づいたんです。



だったらもう一度やってみよう。

しかし自分名義ではもうお金は借りる事ができず、



当時の夫に当面の生活費と運転資金として

300万をキャッシングをしてもらい

そんな崖っぷちで再度挑戦を開始しました。




とにかくやれることは全部やってやろうと

店を夫に任せて、歌舞伎町のサウナに寝泊りする

という、半分ホームレスのような生活を開始。



アフィリから物販から対面営業にコンサルまで

根性のみでやれることは全てやって、

ついにその努力が実り、

2016年4月単月利益で7桁を達成。




この時にコンベンションで表彰され、

1000人以上の前でスピーチする機会を

いただきました。

貴重な経験ではあったと思います。



そして同4月から同じビジネス塾の仲間と

インターネットとリアルを

融合したコミュニティーを立ち上げ、

店の売上とは別に2ヶ月未満で600万以上の

売上を叩き出し、メンバーも順調に増えていきました。

そして自分の強みが傾聴力である事に気づき

今までの経験を生かす為に心理カウンセラーの免許を取得。



ようやく軌道に乗り始め

会社を立て直せると思っていた矢先

メンバーが80人を超えた頃です。

コミュニティーを一緒に立ち上げた

信頼していた仲間がメンバーのお金を横領し

揉めに揉めて警察沙汰にまでなり

コミュニティーは崩壊。



夫に任せて経営していたお店も虫の息だった為

どうにか会社を立て直さなければと、

台湾で知り合って相談していたコンサル会社経営の女性に、

再建をお願いしたところ、筋金入りの詐欺師で

全てのお金をむしり取られ、48歳で文無しになりました。



のちに調べてみたところ

その女性は、何と全国ニュースにもなった

事件の首謀者だったんです。

名前変えていた為全くわかりませんでした。




当然会社もダメになり、離婚もしました。

生活を立て直すために1人で部屋を借り

知人の紹介で建設現場で墨出し職人として働いてました。




1年間はどんなに辛くても頑張ろうと決めて

毎日4時起きして現場に向かい、定時が夕方5時の生活。

忙しければ残業して休みは日曜のみ。

土曜も祝祭日も関係なく仕事です。

夜も9時半には寝ないと身体がもたない。




お給料はありがたいことにやればやっただけ

頂けたので生活は徐々に立て直す事ができました。

だけどこのまま建設現場に一生を捧げるのは

私の望みではありませんでした。

私は何がやりたいんだろう。




料理は好きだけど、今後は趣味でやりたかったので

それ以外で模索しました。

そしてたどり着いたのが

「潜在意識」でした。





無理やり時間を作って

いろんなセッションを受けて

自分なりに掘り下げていくと

どん底だった人生が本当に好転してきたんです。

嬉しい出来事がどんどん増えてきたんです。

潜在意識本当にすごいと思いました。





そして私は「潜在意識」で

再度独立する事を決めました。





私は書道をやっていたのですが

その師匠に、建設現場辞めて

潜在意識のセラピストになって

生計を立てる事にしたって報告したら

ものすごく喜んでくれたんです。





師匠はヨーロッパで有名なアーティストで

書道だけじゃなく絵も、音楽も、焼き物も作る人でした。

そして私に、

「潜在意識は凄いよ、潜在意識を味方につけたら無敵だよ。

人生は思うがままになる。

世の中の大半の人は顕在意識が邪魔して

潜在意識を使いこなせてないから、教えてあげなさい、

あなたのやるべき事はそれだよ」

そういいました。




しかしその2週間後、

師匠は57歳の若さで急死してしまいました。

いつも通り夜寝てそのまま起きてこなかったそうです。




人生のどん底でもがいてた私を

月一のお稽古のたびに、

「あんたは人より大変な思いしてるけど

これからどんどん良くなるから

大丈夫だよ、青天井だ‼️」




って毎回言ってくれてそれを励みに生きてきて、

実際少しずつ良くなって来てたんです。

なのに、私がセラピストとしての1つ目の

資格が取れた日に

先生は亡くなってしまいました。




私は

私と同じように人生でもがいて

苦しんでる人を1人でも多く救いたい。

それが私の使命だと思っています。