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市来神社について

【 御 祭 神 】

熊野三神
伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ):森羅万象を創造された神様
速玉之男神(はやたまのおのかみ):霊力を与えてくださる神様
事解之男神(ことさかのおのかみ):悪霊を祓ってくださる神様

菅原道真公(火雷天使)
御神号「天満大自在天神」(てんまんだいじざいてんじん):文学、書道、芸能、恋愛の神様

八咫烏(やたがらす)
神武東征の際、神武天皇を熊野から大和へ道案内をしたとされる神様日本サッカー協会のシンボルマークにも用いられています

歳徳大神(としとくのおおかみ)〈占之神様〉
方位神の一柱で、その年の福徳を司る吉神「恵方の神様」万事大吉を呼び、年徳、歳神、正月さまなどとも称されます

【 御 由 諸 】

当神社は、昭和十六年に 「熊野権現神社」 と 「菅原神社」 を合併合祀し改称した神社です。
「熊野権現神社」は、紀伊国・熊野三山にて『水』の守護神として崇められる熊野三所権現《 熊野那智大社-那智滝 (滝)・熊野本宮大社-熊野川 (川)・熊野速玉大社-熊野灘 (海) 》の御祭神三柱 ( 伊邪那岐大神・事解之男神・速玉之男神 )を鎌倉時代に勧請した神社であります。
古来より、市来地域はシラス台地により清廉な地下水が豊富に湧出る地であり、当神社の御神木根元からは市来随一と謳われる名水が湧き出しておりました。
是を以って、当時の氏子達により『 市来大権現 』として祀られたのが始まりであります。
「菅原神社」の創始は、当時 大宰府府官であった大蔵春実と大宰権帥(だざいごんのそち)であった菅原道真公が薩摩国市徃 (市来) 院〔旧市来町〕を視察に訪れた事に由来します。
大蔵氏は、東漢氏の一族の大蔵広隅(おおくらのひろすみ)を祖とし、大蔵春実(おおくらはるざね) 以降、代々大宰府府官となり、子孫は九州の原田氏、秋月氏、三原氏、田尻氏、高橋氏、市来氏の祖として繁茂し、大蔵党一族と呼ばれました。
道真公が、延喜3(903)年2月25日太宰府にて没すると、市来氏族により鎮魂の意を込め道真公を祀る社殿 『 市来湊天満宮 』が建立されました。

【 御 神 宝 】

【 市来氏 】
出典:ウィキペディア(Wikipedia)

市来氏は、 薩摩国市徃(市来)院から興った家系で、 本姓として大蔵氏を称するが、 始祖大蔵政房の出自は不詳である。
政房は宝亀年中に薩摩に下向し市徃院郡司となり、 同院の鍋ヶ城に拠り子孫が市徃(市来)の名字を名乗った。
4代家房が早世し後家の市前御前が跡を継ぎ、のち寛元2年7月19日に外孫の政家を養子として市来院郡司職を譲る。 6代政家は、惟宗康友の孫国分友成の子であり 市来の名字を名乗り、弟の河上家忠に大蔵氏を譲り、自らは国分家の本姓である惟宗氏を称した。以後、市来家は惟宗氏となる。寛正3年(1463年)、12代久家の代に至って、 島津立久との戦いに敗れ、政房以来690余年にして市来家は没落し嫡流家は滅亡した。
菩堤寺は来迎寺。
【 系 図 】 < 市来氏 始祖 大蔵政房 770~780年 市来院郡司となる >
1 政房 - 2 惟房- 3 宗房 = 4 家房 = 5 市前御前( 宗房の養女で家房の妻 )= 6 政家( 国分友成の子息 ) - 7 資家 -8 時家- 9 氏家- 10 忠家 - 11 家親- 12 久家 - 忠家
• 6代政家(弘長4年に京都大番役を勤めた)
• 8代時家(建武4年8月14日、院内赤崎合戦で戦死)
• 9代氏家(歌人、市来流蹴鞠の始祖)
【 系図相論 】
永享年間(1429~1440)に、島津氏守護代の経歴をもつ酒匂氏が記した『酒匂安国寺申状』の中で弘安2年(1279年) から7年 (1284年) まで、島津忠久の孫の久時と市来政家が系図相論をしたことが書かれている。この文書は、島津家が守護職に復職した経緯が書かれており、一族の強権支配が在地領主の反発を招いていたことを示している。  久時に対し、本来同族でありながら権柄ずくで「恩顧を受けている者」として遇されることに不満を抱いた市来政家が忠久の父は惟宗忠康だと主張して同じ惟宗氏である事を訴えた相論である。島津家側は自らが惟宗氏の出身であることは認めたが、忠久は広言の子であり同じ惟宗氏でも家柄は違うと反論した。どのような形で尊卑論争が終結したかは記されていないが、島津家の系図がその後も忠久の父は惟宗広言としてきた事から、島津家の主張が通ったものと思われる。
その後、島津氏は頼朝後胤説を称し、一般的に忠久は頼朝の子として定着しているが、市来氏の主張した忠康が最近みなおされている。
下記はそれぞれ奉行所に提出したとされる系図。
≪ 島津家側が提出した系図 ≫
基言-広言-忠久(島津)-忠時-久時
≪ 市来家側が提出した系図 ≫
知國-國廣-忠友-忠康-忠久(島津)-忠時-久時
知國-友廣-康友(執印)-友尚(国分)-友成(国分)-政家(市来)

ご祈祷・出張祭

〜神社での祭典〜
安産祈願 お宮詣 七五三詣
七草詣 神前結婚式 家内安全
開運厄祓 健康長寿 病気平癒
合格成就 良縁成就 商売繁盛
事業繁栄 交通安全 海上安全祈願

〜出張祭典〜
地鎮祭 起工式 上棟祭 竣工祭
家屋清祓 神殿祭 氏神祭 水神祭
山神祭 慰霊祭 祖先祭 命日祭
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市来神社 宮 司 坂元伸光

お守り・御神札

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日本サッカー協会公認の
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アクセス・お問い合せ

市来神社
JR鹿児島本線 市来駅より 車で5分・徒歩20分
南九州自動車道 市来IC より車で7分
電話 090-1092-9869

市来神社
八咫烏の会

鹿児島城西高校準優勝のだるま
鵬翔高校の優勝のお礼参り
遠藤選手のご両親
遠藤選手からお礼に送られたサイン入りボールとブブゼラ
遠藤選手からお礼に送られたサイン入りボールとブブゼラ

市来神社 宮司紹介

宮司 坂元伸光
《神職・占術師》

【経歴】
皇學館大学神道学科卒業(階位:明階位)
世界文化遺産・京都加茂御租神社 元神職
市来神社宮司就任
神社での祭典などはもちろん、さまざまな悩みや人生相談にも応じております。
また、占いや心理学・行動学に基づいたアドバイスも行います。

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宮 司 坂元伸光