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旅の心絵

旅は浪漫だ。
浪漫とは終わりがないってこと。
そう、終わりのない旅。
終わりがないってことに僕は浪漫を感じる。
無限の可能性...そこには終わりがない。
有限の命には終わりがある。
だがしかし、
有限の命の中にこそ無限の可能性があるのだ。
それこそが浪漫だ。
終わりのない旅。
終わりがないから夢中になれる。
終わりがないから宇宙を目指す。
終わりがないから...。

旅の心絵とは小島一晏が
人生という名の終わりのある旅の途中で描いた
終わりのない旅の記録である。
一枚一枚に心得がある。
いつかの日か、この命終える時まで、
僕は描き続けるのだろう。
一生浪漫。

小島一晏

2001年の夏。
人生を彷徨う20代半ば。
アコギ弾き語りバックパッカーの
旅の途中。
もう2度と訪れることなき
旅の感動を形に残して
誰かに伝えたい...
僕は青森駅近くの100円ショップで
スケッチブックとクレパスを購入した。
絵を描くのは中学の美術の授業以来。
技術も才能もないけど
ただ、描きたい。
そして、伝えたい。
これがすべての心絵の原点である。

作品【1】

作品名「無垢的のある旅人」 場所:静岡県・弁天島

2000年7月4日...アメリカ独立記念日、僕は大きなバックパックに自作のCDを詰めれるだけ詰め込み、ハードケースに入ったアコースティックギターを持って、日本全国弾き語りの旅に出た。
野宿してヒッチハイクして路上で歌って投げ銭もらって飯を食らって...
今の今まで何不自由ない生活を当たり前に生きてきたんだなぁって思えた。

旅をしている時は毎日が冒険で発見だった。
見ず知らずの土地へ行き、見知らぬ人たちとふれ合い、そしてまた見ず知らずの土地へと行き、見知らぬ人たちとふれ合う。
ふとアニメ「銀河鉄道999」のテツロウを思い出した。
彼には機械人間になる夢...目標があった。
僕には夢...目標がなかった。
だからこそ「旅の心絵」に巡り合えたのかもしれない。
この絵は静岡の弁天島で描いた記念すべき「はじまり」の一枚である。

小島一晏

作品【2】

作品名「混沌、幻想、ルルルルル...」 場所:東京都・武蔵関

旅立ちの2000年7月4日からまもなく1年が経過しようとしていた。

ふと辿り着いた場所...日之出橋と石神井川の野性味溢れるマリアージュな光景に僕は魅了された。
光と闇が川の水と藻を弄び、幻想的な水面が目前に広がっていた。
僕は歩道の真ん中に座り込み、その美しさに取り憑かれるように描いた。
 
小島一晏

作品【3】

作品名「阿吽の間に僕、花園神社」 場所:東京都・花園神社

旅立ちの2000年7月4日から1年が経過。

ふと僕は身近にあった新宿の風景が描きたくなった。
20代前半、上京して初めて見て喰らった歌舞伎町の衝撃。
それも東京でしばらく生活している内に馴染みのあるものになって、そんな歌舞伎町の中にある花園神社は憩いのひとときの場だった。
そして2001年7月5日、僕は今この瞬間...目の前にある花園神社の風景を描いていた。

P.S.あの頃、通っていたラーメン二郎の「ヤサイアブラニンニクマシマシ」のお約束的なトッピングのフレーズが今は懐かしい。
 
小島一晏

作品【4】

作品名「おはよう!オリオン通り」 場所:栃木県・宇都宮・オリオン通り

旅の途中、栃木県の宇都宮駅に辿り着いた。

ここでの記憶はかなり曖昧だ。
だが、宇都宮駅前で若者たちが改造車を乗り回して騒いでいたこと、川の辺りで野宿したこと、早朝のメルヘンな商店街で心絵を描いたことは今も覚えている。

追記)
2021年9月22日、インスタフレンズ(インスタグラムで繋がってる方)さんのご協力により場所が判明しました。オリオン通りという場所でして流れている川は釜川になります。

 
小島一晏

作品【5】

作品名「川治温泉の帰り道」 場所:栃木県・川治温泉

旅の途中、栃木県の川治温泉に辿り着いた。

川治温泉に入ろうと温泉の入り口まで行ったのだが、結局入泉せず帰路についた。

" 温泉に入ると夜になってしまう "

人気(ひとけ)のほとんどない山の夜道を1人で歩くのは危険だ...そんなことが頭をよぎったに違いない。
だがしかし、帰路で目にした山河の深緑の美しい光景に心奪われ、僕はすぐさま紙とクレパスを取り出し、描き始めたのだ。
やがて陽は落ち、駆け足で駅を目指したことを僕は今でも覚えている。


小島一晏

作品【6】

作品名「埋没林の丘の上の尊き命よ、咲き誇れ」 場所:青森県・木造

旅の途中、青森県の木造に辿り着いた。
土偶で有名な場所だ。

青森駅前にあるCDショップの女性店長に僕は尋ねた。

「青森駅近くで、旅中に行っておいた方がいい場所って、どこかありますでしょうか?」

彼女が奨めてくれた場所が木造だった。
木造駅に着くと僕は駅にあるパンフレットを開いた。
そして「埋没林」の文字を見た途端、心が騒ぎ出した。

”ここに呼ばれている”

自転車を飛ばしてようやく辿り着いた埋没林の断層を観てたら僕の目から涙が溢れてきたんだ。

”ずっとずっと生きてきたんだね...”

大大大大大先輩に巡り合えた喜びと想像を絶する孤独感に苛まれて溢れ出した涙。
この絵を観ると喜びと悲しみの涙の記憶が蘇ってくる。

※最終氷期埋没林は現在、土砂崩れや浸食等により欠落しており見えない状態となっているそうだ。あの時、巡り合えた奇跡に感謝。

小島一晏

作品【7】

作品名「真夏の地蔵岩」 場所:北海道・礼文島・地蔵岩

旅の途中、礼文島の地蔵岩に辿り着いた。
記憶はかなり曖昧だが、たしか稚内から利尻島へ行き、
そこで一泊してから礼文島の香深港に向かったと思う。
地蔵岩へと向かうために
港でバイクを借りたのか?自転車を借りたのか?
その記憶は定かではない。

僕は目の前の地蔵岩に圧倒的に魅了された。
じっと観ていたら目に薄っすらと涙が浮かんできたんだ。
僕は心の中で何度もありがとうを呟いた。
そして、この感動を誰かに伝えたいと思った。

小島一晏

作品【8】

作品名「光を求める蟲のように」 場所:北海道・長万部

札幌から函館へと。
ヒッチハイクで車を乗り継ぎ、長万部のとある歩道橋に辿り着いた。
そこはまるで「ムンクの叫び」の絵の中にいるようだった。
画用紙とクレパスを取り出すと僕は歩道橋の上に胡坐をかき、まるでムンクが取り憑いたかのように目の前の光景を無我夢中で描いた。
終わりの見えない旅への不安と、孤独に押しつぶされまいと一筋の希望をしがみつく僕の「生」への執念がこの絵には描かれている。

小島一晏

作品【9】

作品名「あっちの世界とこっちの世界」 場所:不明

函館から青森へと向かう夜行列車の中で旅をする男子学生と出会った。
確か彼の大きなバックパックを見て僕から声をかけたと思う。
ぼくらは意気投合し、彼は旅の写真をたくさん見せてくれた。
そして、おもしろいと思った写真の風景を僕はクレパスで描いた、
夜行列車の中で。
記憶は曖昧だが学生との出会い、
そして写真の風景をクレパスで描いたことは今も覚えている。

早朝、テントの外に広がるメルヘンな世界が僕は好きだ。

小島一晏

作品【10】

作品名「あの日あの時あの場所で...」 場所:不明

函館から青森へと向かう夜行列車の中で旅をする男子学生と出会った。
確か彼の大きなバックパックを見て僕から声をかけたと思う。
ぼくらは意気投合し、彼は旅の写真をたくさん見せてくれた。
そして、おもしろいと思った写真の風景を僕はクレパスで描いた、
夜行列車の中で。
記憶は曖昧だが学生との出会い、
そして写真の風景をクレパスで描いたことは今も覚えている。

いつの日かこんな風景に出会ったような。。。

小島一晏

作品【11】

作品名「蓮華座へようこそ」 場所:秋田県・千秋公園

秋田の千秋公園に辿り着いた。
胡月池には大賀ハスの花が美しく咲き誇っていた。
僕は蓮の上で微笑む仏様の意のままに
紙とクレパスを取り出し感じるままに描いた。

小島一晏

作品【12】

作品名「煙霞の山寺」 場所:山形県・山寺

山形の山寺に辿り着いた。
霧と小雨の中、その光景は美しい幻影のよう。
そして曇天だったが、
僕には雨上がりの夕焼け空が観えたんだ。

小島一晏

作品【13】

作品名「草露白し鶴ヶ城」 場所:福島県・会津若松・鶴ヶ城

福島県会津若松市に辿り着いた。
鶴ヶ城に行く前だったか後だったか...
飯盛山の白虎隊十九士の墓に立ち寄った。
城が陥落したと思い、自決を選択した志士たち。
心絵を描きながら僕は命の苦味を嚙み締めた。

小島一晏

作品【14】

作品名「命短し恋せよ東尋坊」 場所:福井県・東尋坊

福井県の東尋坊に辿り着いた。
まるで崖っぷちの向こうの海に吸い込まれるみたく
僕は不思議な引力に引き寄せられた。

”大地を両足でしっかり掴まなきゃ”

それは生きたいという思いがあればこその
僕の小さな反抗心...死への反抗心だった。
ふと僕は生きるか死ぬかのギリギリの精神状態で
描きたいという衝動にかられた。
東尋坊の崖っぷちの先まで行くと僕は
岩の上に腰を下ろして画用紙を広げた。
そして生と死の間で僕は何かに取り憑かれたみたく描いた。

右側の絶壁に東尋坊(1182年4月5日にここで亡くなられた平泉寺の僧)の面影が感じられるのは僕だけじゃないはず。
この絵を観る度に僕は死への反抗心が
強く湧き上がってくるのを感じるんだ。
生きてこそ。

小島一晏

作品【15】

作品名「一握の砂が零れ落ちた丘の上で」 場所:鳥取県・鳥取砂丘

鳥取県の鳥取砂丘に辿り着いた。
記憶は曖昧だが断片的には覚えている。
砂丘に自分の足跡を残して、
その足跡が風でかき消される前に僕は心絵を描いた。
あの時、風に流された足跡たちは
心絵の中で今もなお生き続けている。
小島一晏

作品【16】

作品名「乳房杉の精霊に抱かれて」 場所:島根県・隠岐・岩倉の乳房杉(ちちすぎ)

島根県の隠岐...
レンタサイクルだったかレンタバイクだったか、
乗り物の力を借りて僕は岩倉の乳房杉に辿り着いた。
樹齢800年のご神木を観て
今まで出会ったことのない感情が
湧き上がったことを僕は今も覚えている。
そのフォルムはあまりにも強烈だった。
一本の老木に僕は底知れぬ魅力を感じたのだ。
乳房杉という名は言い得て妙で
それ以外の名はこれっぽっちも浮かばなかった。
圧倒的母性とでも言うのだろうか。
僕は乳房杉の精霊に取り憑かれたように
ただただ描いた。

小島一晏

作品【17】

作品名「夜更けに沐浴をする女神の島で」 場所:島根県・隠岐・西郷港

島根県の隠岐...
野宿の場所を探しつつも眠気が訪れず、
僕は夜更けの西郷港で缶コーヒー片手に
巨大な月輪とその真ん中で盛大に微笑んでるような
お月さんを眺めていた。
やがて僕は隠岐の神様の魔法にかけられたのだろう。
一枚の心絵を無心で描いていた。
そして描き終えると、ようやく眠気が訪れたんだ。
小島一晏

作品【18】

作品名「染色体ダンシング」 場所:不明

旅の途中、どこで描いたのだろうか...
内観のイメージをまんま描いた。
弾き語りバックパッカーとして
日本流浪の旅を始めてからおよそ1年3か月。
当初抱いていた旅の目的も既に忘れ、
漂流物のように流れ漂う日々が続いた。

「ほんとうの自由の姿って、こういうことなのかな?」

このままだと社会に戻れなくなる...
そろそろどこかで旅を終えなきゃという思いを抱きつつも
旅を終えるまでは自由をとことん謳歌してやろう...
そんな欲張りな遺伝子たちのざわめきが
この作品には描かれている。

小島一晏

作品【19】

作品名「灯台むこうに蜜の夕暮れ」 場所:静岡県・御前崎灯台

静岡県の御前崎灯台に辿り着いた。
どこで入手したか記憶にないのだが、この心絵は初めてパステルで描いたものである。
甘いものを欲しがっていたのだろうか、夕暮れ時の空が蜂蜜に思えてきて、描くことで欲を満たそうとしていたような気がする。

小島一晏

作品【20】

作品名「敬天而愛地」 場所:山梨県・武田神社

山梨県の武田神社に辿り着いた。
快晴の空...まさに天晴れ。
ここへ来て僕の背中の憑きものが落ちたような気がした。
弾き語りバックパッカーの旅は心の穢れを背負い、
そして祓う旅でもある。
弾き語りバックパッカーである僕の存在に
好意を感じる人がいれば悪意を感じる人もいる。
行く先々で恩恵を受けることがあれば邪険に扱われることもある。
それら全部ひっくるめて旅だ。
良いことがあれば嫌なこともある。
だから良いことがあった時は心から嬉しいし、
嫌なことがあった時は心から怒りを覚えるのだ。
武田神社に来て、なぜかその全てが愛おしく思えた。

「敬天而愛地」

そして笑顔がこぼれた。

*敬天而愛地(けいてんじあいち)と僕は呼ぶのだが正しいかは定かではない。なぜならネットでいくら検索しても読み方が見つからないからだ。意味も不明確だが「天を敬い、そして地を愛す」と個人的に解釈している。

小島一晏

旅の心絵師◇小島一晏
TABI NO KOKOROESHI◇IAN KOJIMA

どこにでもいる平凡な若者が大学卒業後に上京。
自分探しの東京生活を始める。
バタバタとせわしい東京生活の最中、
ふとインドを放浪する。
(バックパッカーの旅)
見知らぬ旅人たちとの交流の中で
今までにない感動を覚える。
 
帰国後、新たな職探しをしていたところ
友人のいるサンクチュアリ出版社から
お仕事のお誘いをもらう。
そこは20代のベンチャーピープルが集う出版社。
周りのスパイシーピープルの刺激を受けて
入社1年後、
日本全国の路上で弾き語りをする
バックパッカーの旅に出る。
2000年7月4日、アメリカ独立記念日に旅立ち
全都道府県1年半の流浪の旅を
2001年12月31日に終える。
この間、主にヒッチハイク、野宿、路上弾き語りで
生計を立てる
というスパイシーライフを体験する。
スパイシーな体験によって
潜在していた創作魂が目覚めるも、
ワイルドサバイバルな路上生活の影響により
社会に馴染むのに長い年月をかけることになる。
その間、細々と創作を続ける。(音楽・小説・絵)
コツコツコツコツ…
気付けば作品は膨大な数となる。
 
現在はタロットクリエイターとして
プライベートサロンを運営しながら
枠(時間・金・しがらみ)にとらわれることなく
創作表現を続けている。
 
【MY CREDO-マイクレド-】
<小島一晏の信条>
 
アートで世界中の人々の感度(感動の温度)を
1度上げる。


PHOTO:YUKA

ご来場者様の
感想ボックス

小島一晏は
いつの日か全国を、
世界中を旅する展覧会
「旅の心絵展」を
開催したいと思っております。
どうか感想ボックスより
温かいご感想を頂けますと
非常に嬉しく思います。

小島一晏

(注)感想は当ホームページで
ご紹介させて頂くことがございます。
ご了承の上でご記入をお願いいたします。




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