韓鶴子(ハン・ハクチャ)女史 人物まとめ

文鮮明師のことは、自叙伝もあるし、たくさん情報があるけれど、韓鶴子女史については、あまり情報が無い気がしたので、試しに人物まとめサイトを作ってみました。のんびり、修正加筆していきます~

★新着情報★

★プロフィール★

韓鶴子女史 hakjahanmoon

韓 鶴子(ハン・ハクチャ)

  • 1943年1月6日(陰暦)に誕生
  • 韓半島の平安南道安州郡
  • 韓承運氏と洪順愛氏の長女(一人娘)
  • 祖母と母(洪順愛氏)がキリスト教を信仰
  • 聖貞女子中学(現、善正女子中学)卒業
  • 聖ヨセフ看護学校(現、カトリック大学看護学部)卒業
  • 1960年4月11日(陰暦3月16日)に、文鮮明師と御聖婚
  • 14人の子どもを出産
  • 2012年9月3日、世界平和統一家庭連合(旧:世界基督教統一神霊協会)の総裁である夫:文鮮明師が聖和。後に、同教会の総裁を引き継ぐ。
  • 2019年(現在)まで、様々な賞を受賞
世界平和統一家庭連合公式HPより一部引用)

★韓鶴子女史の誕生秘話★

*名前の由来*

  • 「韓鶴子女史が誕生されたとき、お父さんの韓氏が夢を見ました。それは白い鶴が空から飛んできて踊っている夢でした。そのため名前に「鶴」という文字を入れたのです。」(『愛のシンフォニー(2)真の母p.75より)
  • 生まれる時、韓氏の父(韓承運先生)は、胎夢(妊娠する徴候となる夢)と言うより夢示(夢の啓示)、幻を見られたということです。とても鬱蒼とした青い松林の中に清らかで美しい日が射し、二羽の鶴が和動する姿が見えたそうです。それで、名前を「鶴子」とつけられたのです。(韓鶴子女史のみ言

*誕生*

母・洪順愛 氏の証し「お母様は1943年陰暦1月6日朝4時30分に誕生されました。ほかの子どもたちは生まれるやいなや「オギャー」と泣くのですが、お母様は泣かないで、「ラララー」という感じでした。それを見たおばあさんは「この子は大きくなったら音楽家になるかもしれない」と言いました。(『真の母のまなざし』p.111より)

*産後の夢*

お産後、「お母様を抱いて眠ったのですが、真っ黒な角をもったサタンが近づいてきて、お母様を殺そうとしたのです。…一か月ほどすると、夢に主が白い服を着て白い雲に乗って現れて、『順愛や、その子のために心配しただろう。心配するな。この子は主の娘であり、あなたは乳母である。乳をよく飲ませて養育しなさい』と言われました。…夢の中ではいつもサタンがお母様を殺そうと付け回しました。それで私は、丸6年をサタンと戦ったのです」(『真の母のまなざし』p.111~112より)

★韓鶴子女史のご家族★

母:洪 順愛(ホン・スンエ)氏

1914年陰暦2月22日に誕生。神様の啓示によって1934年に韓承雲先生と結婚。徹底した信仰生活をされ、神様の役事により、一人娘を出産したが、そのお嬢様が韓鶴子女史。1989年11月3日、享年75歳で昇華(他界)された。(→詳細は「韓鶴子女史み言アーカイブ」へ

父:韓 承雲(カン・スンウン) 氏

1909年~1978年。69歳で逝去。平安南道安州郡安州邑の学校で教鞭を執る。また、李龍道牧師の新イエス教会で中堅責任者だった(新東亜2019.1月号487頁より)。妻の洪家(韓鶴子女史のお母様)の家系は三代続けて娘一人の家系。父親の韓承運は婿養子になるのを拒否して、韓鶴子女子がお腹にいる7か月のときに出て行ったらしい。(Wikipedia「韓鶴子」より)

祖母(母方):趙 元模(チョウ・ウォンモ)

篤実な信仰生活をしながら、洪 順愛氏(韓鶴子女史の母)を育てた。3代続けての篤実なキリスト教信徒。
「趙元模おばあさんは小さくてかわいらしい上に、勤勉で活動的でした。勉強はあまりすることができませんでしたが、開化期の新しい教育を受けた女性であり、ミシン商会をしていらっしゃいました。販売したあとに集金する時、故障した物は修理してあげたりもしていました。」(韓鶴子女史のみ言

祖父(母方):洪 唯一(ハン・ユイル)

「私(韓鶴子女史)が生まれる時に外祖父(洪唯一先生)が「今、何時か見ておきなさい」とおっしゃられて、正確な時間が分かるようになったのです。」
「背が高く美男子でした。だから私が初めて真のお父様にお会いした時も、外祖父と姿がとてもよく似ていて同じ印象だったので、見知らぬ人のような感じもせず、恐ろしくもありませんでした。また、その時代に、嫁にハイヒールを買ってあげるほどのおじいさんだったことが思い出されます。」(韓鶴子女史のみ言

叔父(母方)

「1945年に韓国が解放されましたが、南北に分かれました。…そのとき私は、以北が故郷です。多くの神霊的なキリスト教集団では、再臨のメシヤは平壌を通して来ると信じていました。それで私の家族は南下する考えを持てませんでした。ところが日本の大学で勉強をした私の母方のおじが、故郷には帰らずに南韓で軍隊に入ったという情報が来ました。それで、三代の母子は下って来るようになったのです」(2018年7月1日、韓鶴子総裁み言より)

編集中・・・

編集中・・・

夫:文 鮮明(ムン・ソンミョン)

  • 世界平和統一家庭連合(旧・世界基督教統一神霊協会)の教祖。
  • 1960年4月11日(陰暦3月16日)に、韓鶴子女史と御聖婚。
  • 1981年12月18日 国際平和財団 創立
  • 1984年9月23日 国際安保会議 開催
  • 1985年1月 国際平和高速道路構想及び推進
  • 1985年8月18日 共産主義終焉宣布
  • 1990年4月11日 ソ連ゴルバチョフ大統領クレムリン宮殿 公式会談
  • 1991年8月22日 世界平和頂上会議 開催
  • 1991年8月28日 世界平和連合 創設
  • 1996年6月16日 世界平和大陸国家・半島国家・島嶼国家連合 創設
  • 1999年2月6日 世界平和超宗教超国家連合(IIFWP) 創設
  • 2000年8月18日 全世界国境線撤廃宣布式
  • 2003年10月3日 超宗教超国家平和議会(IIPC) 創設
  • 2004年9月23日 蒙古斑同族世界平和連合 創設
  • 2005年9月12日 天宙平和連合 創設、ベーリング海峡プロジェクト 発表
  • 2006年6月13日 世界185カ国平和使節団から「天宙平和の王」として推戴
  • 2007年9月23日 アベルUN創設
  • 2012年7月16日 アベル女性UN創設
  • 2012年9月3日、逝去。

ご子女様

(1、文聖進(ムン・ソンジン)男性、1946.4.2
2、文喜進(ムン・ヒジン)女性、1955.8.17~1969.8.1)
  1. 文誉進(ムン・イエジン)女性、1961.1.27
  2. 文孝進(ムン・ヒョ-ジン)男性、1962.12.29~2008.3.17
  3. 文恵進(ムン・ヘジン)女性、1964.7.28~8.4 - 生後1週間で逝去。
  4. 文仁進(ムン・インジン)女性、1965.8.14)
  5. 文興進(ムン・フンジン)男性、1966.12.4~1984.1.2 - 事故で逝去
  6. 文恩進(ムン・ウンジン)女性、1967.12.24
  7. 文顯進(ムン・ヒョンジン)男性、1969.5.25
  8. 文國進(ムン・クッチン)男性、1970.7.17
  9. 文權進(ムン・ゴンジン)男性、1975.3.2
  10. 文善進(ムン・ソンジン)女性、1976.7.11
  11. 文榮進(ムン・ヨンジン)男性、1978.6.22~1999.10.27
  12. 文亨進(ムン・ヒョンジン)男性、1979.9.26
  13. 文妍進(ムン・ヨンジン)女性、1981.2.7
  14. 文情進(ムン・チョンジン)女性、1982.6.14

★主な経歴~現在までの活躍(年代別)★

家庭連合 文鮮明師・韓鶴子女史 成婚

6~20代

  • 数えの6歳のとき、再臨信仰である”腹中教”を導いた許孝彬氏の母親が韓鶴子女史に「天の新婦になるだろう」と語った。
  • 6・25動乱の時、父母について、遠く済州島まで避難生活をする。春川の鳳儀初等学校に通う。同学校の生活記録部には、「とても貞淑で親切であり、どこか高尚な態度が見える」と記録されている。
  • その後は、聖貞女子中学(現、善正女子中学)と聖ヨセフ看護学校(現、カトリック大学看護学部)に通った。戦争孤児と負傷者たちを治癒するためらしい。(新東亜2019.1月号487~488頁)
  • 数えの13歳のときに、文鮮明師と初めて会う。
  • 1960年3月27日、数えの17歳のときに、文鮮明師と婚約。4月11日、結婚式を挙行。
  • 文鮮明師から「私たちはこれから、天国の門を開く真の父母になるための厳しい道を行かなければならない。」と話されたとき、韓鶴子女史は、「すでに覚悟しておりますので、何もご心配なさらないでください」と答えた。(『平和を愛する世界人として』より)
  • その後、14人のお子様をご出産。

家庭連合 文鮮明師・韓鶴子女史

30~40代

  • 1982年、韓国女性月刊誌『女苑』11月号で、インタビューなどを含む記事が特集。(韓鶴子(ハン・ハクジャ)女史の紹介より)
  • 1985年、文鮮明師がダンベリー収監中、第13回「科学の統一に関する国際会議」(文鮮明が提唱した統一教会の運動の一環)において、夫に代わり、演説を行う。(wikipedia「韓鶴子」より)
  • 1987年、「アジア平和婦人連合」設立(後に、「アジア平和女性連合」に改称)、顧問に就任。
  • 1990年4月、ゴルバチョフ旧ソ連大統領とファーストレディ・理事夫人に会う。
  • 1991年、南北交流を願い、北朝鮮を訪問し金日成と会う。(『女性朝鮮』(2003年3月号)より)
  • 1991年11月、「アジア平和女性連合」総裁に就任
  • 1992年4月、「世界平和女性連合」(WFWP)を創立、総裁に就任。
  • 1992年10~12月、世界21カ都市で講演

家庭連合 文鮮明師・韓鶴子女史

50~60代

  • 1993年7月28日、米議会にて、「真の父母と成約時代」と題する講演を行う。これに共感した国会議員らによって「全米父母の日連合」(NPDC)が結成され、同連合の提案により米政府は国民の恒久的祝日「父母の日」を制定。
  • 同年、国連本部招請講演。
  • 韓国主要40大学を巡回講演。
  • 韓国国会議事堂議員会館で国会招請講演。
  • 世界40か国巡回講演。
  • クレムリン宮殿で講演。
  • インド国会議事堂で講演。
  • 台湾国会(立法院)で講演。
  • 1995年9月14日、世界平和女性連合(WFWP)創設3周年大会を東京ドームで開催。
(「韓鶴子(ハン・ハクジャ)女史の紹介」より)

韓鶴子女史 hakjahanmoon 聖和式

70代~

★表彰・書籍での紹介★

韓鶴子女史 hakjahanmoon 表彰

1

博士号の受賞

  • 米ブルームフィールド大学より名誉人文学博士号
  • 米ブリッジポート大学より名誉人文学博士号
  • 台湾文化大学より名誉文学博士号
  • ブラジル・ステップバー神学大学より名誉教育学博士号
  • キルギスタン国立師範大学より名誉教育学博士号
  • ロシア・ウパボルタ大学より名誉哲学博士号
  • ドミニカ共和国ペデリコ・エンリゲスイ・カルバハル大学より名誉人間学博士号
  • 米UTSより名誉神学博士号
  • 韓国鮮文大学より名誉文学博士号を授与
韓鶴子女史 hakjahanmoon 表彰

2

平和賞・市民賞の受賞

  • 国連NGO世界平和教育者国際連合よりグランプリ平和賞を受賞
  • ゴレ島のアウグスティン・サンゴール市長が名誉市民賞を授与
韓鶴子女史 hakjahanmoon 表彰

3

メダル受賞

  • ブラジル政府よりブラジル紋章メダル
  • インド統一国際財団より国際理解の使徒統一メダル
韓鶴子女史 hakjahanmoon 表彰

4

書籍で紹介

  • 家庭連合韓鶴子総裁、アルゼンチンの新刊「偉大な女性」で紹介

南米の発展と世界平和に貢献した女性を称える本「偉大な女性」で紹介された。最近のアルゼンチンの詩人であり作家であるステラアルスアガ(Stella Arzuaga)女史が発行。カトリック系のサンタテレシータ子供イエス学校の校長でもある著者は、女性たちに勇気と自信を与えるために、全世界の女性指導者の中で地球の平和と南米の発展に大きく貢献した45人を選定して成果をまとめた。アジア地域では、韓総裁とマザーテレサ(1910〜1997)が唯一掲載。本には、スペインとポルトガルを相手に独立運動をしていた南米の女性独立活動家や南米の発展を導いた女性の指導者たちが主に紹介されている。(→詳細はこちら)家庭連合韓鶴子総裁、アルゼンチンの新刊「偉大な女性」で紹介

  • 韓国女性誌『女苑』(1982年11月号)、韓鶴子女史のインタビューなどを含む記事が特集された。
  • 「女性朝鮮」(2003年3月号、「宗教指導者の妻であり、13人の子供の母親で生きてきた60年は、多くの人々の模範となってきた。…」
  • その他、「レディ京郷」(1986年1月18日号)、「女性東亜」(1986年5月号)等が韓鶴子女史の特集記事を掲載した。
韓鶴子女史 hakjahanmoon 表彰

1

博士号の受賞

  • 米ブルームフィールド大学より名誉人文学博士号
  • 米ブリッジポート大学より名誉人文学博士号
  • 台湾文化大学より名誉文学博士号
  • ブラジル・ステップバー神学大学より名誉教育学博士号
  • キルギスタン国立師範大学より名誉教育学博士号
  • ロシア・ウパボルタ大学より名誉哲学博士号
  • ドミニカ共和国ペデリコ・エンリゲスイ・カルバハル大学より名誉人間学博士号
  • 米UTSより名誉神学博士号
  • 韓国鮮文大学より名誉文学博士号を授与

★主義・思想★

【女性】男性と女性は神の愛を所有するため平等な価値をもつ。

  • 日本が経済的に豊かになりながらも、その歴史的価値を立派に守ることができたのは、女性たちが献身的、犠牲的に家庭を守ってきたためであると私は思っております。事実、歴史的価値の中で最も重要なものは、家庭を中心とした価値観です。昔のことわざに『家和して万事成る』というのがあります。これはすなわち、家庭こそが平和の根本であるという意味です。」「女性は男性がいなくては神様の愛と出会うことはできないし、男性は女性がいなくては神様の愛を所有することはできないのです。それゆえ、男性と女性は、神様の愛を所有するという立場から互いに平等な価値をもっており、一体となった夫婦が真の愛のパートナーとなれば、創造主と人間は、真の愛を中心として平等の価値をもつようになるのです。」(→1992年9月23日「世界平和女性連合創立大会晩餐会」でのスピーチの前文はこちらから
  • 「韓総裁は、特に調和と愛、許し、奉仕、犠牲の精神の具現を男性より母性愛の強い女性がよりよくこなすことができるという確信の下、国内外の女性指導者たちを母性愛のリーダーシップで教育してきた。その結果、多くの国の国家元首、宗教指導者、芸術家、ノーベル賞受賞者の幅広い支持を受けており、地球の平和の具現に注目すべき成果を収めた。」(→著書『偉大な女性』発刊の詳細はこちらから

【日本】先進的姿勢と幅広い包容力をもつ国

  • 私(韓鶴子総裁)は、少し前に日本で開かれた柳寛順の精神をたたえる大会が、国民の多くから大きな反響を得たと聞いて驚きました。東洋のジャンヌ・ダルクといわれる柳寛順は、青少年たちの愛国心を鼓舞するにはとても良い手本ですが、私をもっと深く感動させたのは、過去のぎくしゃくした関係を跳び越え、韓日間の新しい相互理解の道を開こうという、日本人の先進的な姿勢と、その幅広い包容力です。今、世界の深刻な家庭問題を解決するため、特に日本の女性の皆様が先頭に立ってくださることを望んでやみません。それは皆様が、長い歴史を通じて愛と犠牲の精神で皆様の家庭と国を守ってきた、世界で最も立派な女性の伝統をもっているからです。(「世界平和女性連合創立大会晩餐会」1992年9月23日、東京、ホテル・フォーシーズンズでのスピーチより。→全文はこちらから

【韓国】すべての宗教が実を結んだ地

  • 「現在、韓国のキリスト教の歴史は、100年を少し超えるのですが(注:カトリックの歴史は200年、プロテスタントの歴史は100年といわれている)、我が家はキリスト教の家門だったのです。キリスト教信者たちの中でも、篤実な信仰を持とうと努力する、そういうような家庭だったのであり、特に再臨主は雲に乗って降りて来られるというより、肉体をもって、人間として地上に来られるという内容を信じていました。韓国はとても珍しい国だといえます韓国は、どんな宗教の発祥地でもなかったのですが、すべての宗教が韓国で花咲き、実を結ぶ結果となったのです。キリスト教の前は儒教で、儒教の前は仏教であったのですが、すべての宗教が韓国で、大変旺盛になったのです。実を結んだすべての宗教を統合し、再び、新しく大きく実を結んだのが統一教会なのです。」(1991年9月23日、札幌グランド・ホテルで、北海道の食口たちに語られたみ言より)

【宗教】宗教が1つにならないと世界平和は遠い。

  • 「既に私の夫は、今年(1991年)の8月27日、28日に、韓国のソウルで「世界平和宗教連合」と「世界平和連合」を創設しました。地球上の宗教は、一つの神様を中心として全人類を結集させ、真の愛をもって結束させる使命をもっていたにもかかわらず、歴史の流れとともに数百、数千の分派に分かれてしまいました。それだけでなく、宗教相互間の葛藤や闘争のため、真の愛を目指す人類の信仰の道までも、混乱に追い込んできたのが現実です。宗教の名でもって無実の人々を断罪し、神様の名を借りて血を流す戦争を数多く経験してきた歴史の冷厳な事実を直視すると、宗教が一つにならなければ、人類の心の世界は一つになれず、地上の平和界ははるか遠くに追いやられてしまうといえます。それゆえ、世界宗教を連携する機構が創設されたことは、正に歴史的な壮挙なのです。」(→詳細「韓鶴子総裁講演集」

【環境問題】親として傍観できない。健全な地球環境になるように希望を与えたい。

  • 韓総裁は「世界で起こっている全ての問題を解決するには神を正しく知ることだ」と述べた上で、「科学者の努力によって新時代が展開することを肝に銘じて、(環境問題の解決に向けて)積極的に協力してほしい」と呼び掛けた。(2018年2月23日「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」の開幕総会にて。韓国ソウル)→詳細はこちら(世界日報web版2018年2月25日)
  • ※ICUS「科学の統一に関する国際会議」、通称、「科学者会議(ICUS)」は、韓鶴子女史の夫・文鮮明師の提唱により、1972 年 11 月に創立された。2001 年に世界文化スポーツ祭典(WCSF)の中で開かれた第 23 回をもって、休会となったが(→ICUSの詳細はこちら)、2018年、韓鶴子女史によって再開。2018年2月23~24日、「地球環境問題の科学的解決策」をテーマに、ソウル市内のホテルで第24回ICUSが行われた。その際、韓鶴子女史は「世界のあらゆる問題を解決することのできる道は、宇宙の根本であられる神様を正しく知るところにあります」と強調。そのうえで、地球環境問題に触れられながら、「私には世界的にやるべきことがたくさんあります。私は独り娘、宇宙の母です。親として間違っていることを傍観することはできません。私が地上にいる間に神様が創造された健全な地球・人類になることができるよう希望を与えたいいます」と述べ、参加した科学者たちに協力を呼び掛けられた。

    また同日、科学の分野で活躍している二世たちと共に過ごす時間を持たれ、「霊界にはこれまで生まれた偉大な人々もいます。皆さんの霊眼が開き霊界が協助すれば、皆さんの研究もうまくいくようになるでしょう。したがって知識も重要ですが、内的な面、心霊の復活がさらに重要なのです。それが私たちの違いであり、それを見せてあげるため、皆さんは精誠を尽くさなければなりません」と若き科学者たちを激励した。(→第24回ICUSの詳細はこちら

【北朝鮮】夫・文鮮明師と共に4つの合意を実現

1991年11月30日~12月7日、文鮮明師と韓鶴子総裁は、北朝鮮差し回しの特別機で北京を経由して平壌に入った。
同年12月6日に、ようやく当時の朝鮮民主主義人民共和国主席、金日成と単独会談。
文鮮明師と金主席との間で、4項目の合意がなされる。
  1. 南北統一の一段階、人道的事業推進の一環として1992年から離散家族を捜す作業を推進する。
  2. 核エネルギーは平和的目的にだけ使用し、北朝鮮は道理にかなう国際査察を受ける。
  3. 海外同胞をはじめすべての国家の対北朝鮮経済投資を歓迎し、軍需産業を除外した北朝鮮の平和的経済事業に統一グループが支援する。
  4. 南北首脳が会談し、統一方式を討論及び決議することができるならば、首脳会談が可能であることを確認する。

★HJ世界平和財団(旧、圓母平愛財団)★

  • 前身は、「圓母平愛財団」。「圓母平愛財団」は、2011年8月16日に文鮮明師が設立を提唱した平和のビジョンを中心に真の愛の文化を定着していく非営利団体財団法人。2012年9月15日に韓鶴子総裁のもとで設立委員会が構成され、創立総会を通して金玟河理事長()を中心に理事と監査を選任後、第1期圓母平愛奨学事業などがスタート。2013年1月には韓国・文化観光省に財団法人登録を行い、2月7日に奨学生選抜及び奉仕賞の授賞者選定を終えた。2月20には法人の出帆式も行う。 (→詳細
  • 2016年10月、これまでの指導者養成と共に“孝情”を通して世界平和を成すための文化創造に尽力するという願いを込めて、「HJ<孝情>世界平和財団」として再出発。
  • ※「孝情」の意味
    「『孝情』の『孝』は、人類が天の前に返さなければならない道理であり、『情』は孝を通して神様と人類が永遠なる絆を結ぶことを意味します」(「2017奨学証書授与式及び奉仕賞授賞式」での文妍娥 HJ世界平和財団理事長が歓迎の辞より)(→詳細

    圓母平愛財団 http://wonmo.org/

<経緯>
  • 社会貢献財団である圓母平愛財団(創設者 韓鶴子総裁、理事長キム・ミンハ)は文鮮明総裁が他界1年前から設立を発表して準備してきた団体。 文総裁は2011年8月16日米国、ラスベガスで教会指導者が集まった席で圓母平愛財団設立を指示して以後何回も財団設立を強調してきた。 発議1年後である2012年9月、文総裁が突然他界するとすぐに統一教は彼の遺志を継続するということから財団設立を急いだ。そして、2013年2月20日、発足式を持った。 
  • 圓母平愛財団の事業は大きく分けて、教団の平和のビジョンと思想を伝える記念事業と教団内の人材を育成する奨学教育事業、そして分かち合いと奉仕を通じて平和の文化を拡散していく社会貢献事業に分けることができる。事業は、まず奨学金の教育事業を中心に人材育成に努力しながら、平和のビジョンと思想を宣揚する記念事業を企画して3年以内に「鮮鶴平和賞」授賞などの事業を推進していく。
  • 『週刊東亜』2013.08.19 901号(p32〜33)
  • 和訳転載『FAMILY FORUM』
POINT
1

「鮮鶴平和賞」

  • 「鮮鶴平和賞は世界平和のために貢献した個人や団体、地域などを対象とした功労賞で、その対象は教団内に限定されず、全世界的であるという点で注目に値する。これについて、文総裁が生前に『ノーベル賞よりも貴重な賞になるようにしなさい』という意を明らかにしたことが統一教側の説明だ。」→『週刊東亜』2013.08.19 901号(p32〜33)
  • 「鮮鶴平和賞は、文鮮明・韓鶴子総裁平和賞の略である。世界の平和と人類のために献身して努力した個人や団体を発掘して功労を讃え、その成果を世界の人々の前に広く知らせることで、平和文化を世界にひろめていくために制定された賞である。」(洪一植 ホン・イルシク(78)鮮鶴平和賞委員会初代委員長より
  • →鮮鶴平和賞の公式サイト(韓国)

鮮鶴平和賞が制定された背景と過程

「鮮鶴平和賞は、故・文鮮明総裁の『平和世界を実現するために、真の愛の人生を実践してきた人々に平和賞を授賞したい』という遺志を受けつぎ2013年2月韓鶴子総裁が公式発表した。普段、文鮮明・韓鶴子総裁の平和運動に共感する世界各界の人士が中心となって、今年8月11日鮮鶴平和賞委員会が発足したのである。」
委員構成は、「全世界で各界を代表する10名余りの指導者が委員に就任している。彼らは、政治・社会・メディア・教育・NGO・学術・宗教など各分野の代表者だ。これら以外にも、世界的に著名な委員の参加を拡げることになる。」(FAMILY FORUM.JP2014年11月9日より)

鮮鶴平和賞と国内外の他の平和賞との違い

鮮鶴平和賞が既存の平和賞と異なる点は、世界平和統一家庭連合創設者である文鮮明・韓鶴子総裁の生涯と思想が込められた賞だという点。文総裁と韓総裁は全世界を巡回して「神様の下の人類一家族」という明確な平和のビジョンを中心に、国境や人種、宗教や文化を超えて、平和世界を実現しようと努力してきた。・・・世界の平和を達成しようとする情熱と希望を伝達する賞になるだろう。(FAMILY FORUM.JP2014年11月9日より)
第1回 2015年6月8日@米国ワシントンDCのナショナル・プレスクラブ
第2回 2016年11月29日@米国ワシントンDC(「国際指導者会議(ILC)2016」の一環として開催)
第3回 2018年11月22日@南アフリカ共和国ケープタウンで選定


第3回 2018年11月22日@南アフリカ共和国ケープタウンで選定

***第1回受賞者***

アノテ・トン大統領
(President Anote Tong)

同国が気候変動による海面上昇で、2050年までに水没する脅威にさらされる中、気候変動問題を国際社会に喚起。・・・06年には「フェニックス諸島保護区(PIPA)」を発表。・・・さらに、世界の海洋の10%を保護する太平洋島嶼国家保護地域ネットワーク構築に尽力するなど、未来の地球環境保護を優先するビジョンを提示している。

モダドゥグ・グプタ博士
(Dr. Modadugu V. Gupta)

インドの生物学者。各国の気候と環境に適した魚種を遺伝学的に研究・開発することで、爆発的に水産物生産量を増加させる「青の革命」を起こし、東南アジアの飢餓危機を劇的に緩和。・・・2005年には、食料と農業のノーベル賞と言われる「世界食糧賞」を受賞。

海をテーマとした第1回鮮鶴平和賞

『中和新聞』2015年09月01日(陽暦)通巻792号より引用)

  • 韓国の鄭義和国会議長とは「人間と自然に対する愛、共同体の連帯と疎通を基盤とした世界を志向する鮮鶴平和賞のビジョンは、私たちに示唆するところが大きいです。海をテーマとした第1回鮮鶴平和賞の受賞者たちは、その未来ビジョンを全身で実践してこられた方々です。きょう2人の受賞者の生き方を通して、私たちは自ら本然の価値を回復し得るという希望を発見します」と述べました。
  • キリバス共和国のアノテ・トン大統領は、地球の気候変動による海面上昇により、人口10万人ほどの島国であるキリバス共和国が2050年までに水没すると言われる危機の中、2003年に同国大統領に就任。国内の危機対策に尽力し、国民の「尊厳ある大規模移住」計画を主導してきました。それとともに気候変動の問題が、近い将来、人類全体を襲う危機であることを訴えながら、国連を中心とした世界的対策活動を繰り広げました。
  • 受賞演説で、インドの生物学者であるモダドゥグ・ヴィヤイ・グプタ博士は、「鮮鶴平和賞委員会が平和な社会の必須条件として、『食料安全保障』『環境保全』『社会経済発展』の重要性を提示した点について大変うれしく思います。今日、この3つのイシュー(論点)はますます重要になっています。日ごと天然資源は減少し、人口と食料需要が増加しているのに対し、地球温暖化が生態系と人類を危険に陥れる兆候を見せているためです。鮮鶴平和賞を通して人類が食料の安保と平和な世界に関心をもつようになることに感謝を捧げます」としました。さらに「この賞は、飢餓と貧困の緩和を通して平和社会に寄与しようという私の生涯の目標に、今一度拍車を加えています。平和な人類一家族ビジョンと理想を追求してこられた文総裁に敬意を捧げます。その方の理想を実現するために、みな共に努力しましょう」と訴えました。

***第2回受賞者***

ジーノ・ストラーダ博士

「難民問題」に取り組んできたイタリア人医師。25年にわたり深刻な紛争に見舞われている中東及びアフリカ地域において緊急医療救護活動を展開、700 万人を超える人々の命を救った。

サケナ・ヤクービ博士

アフガニスタンの女性教育家。女性教育が制限されていたアフガニスタンのタリバン政権下で、命を懸けて80 余りの学校を運営し、3000 人の少女たちを教育。

難民問題に焦点を当てた第2回「鮮鶴平和賞」

『中和新聞』2018年03月30日(陽暦)通巻1049号、ナビゲーター魚谷俊輔より引用)

  • 難民はいつの時代にも存在しましたが、2010年代に入ってからの難民の急増は、近現代史で類を見ない未曾有の出来事だと言われます。…『国連難民高等弁務官事務所』(UNHCR)の発表によると、紛争や迫害を逃れ、家を追われた人の数は2016年末時点で6560万人となり、過去最多となりました。…
  • ストラーダ博士は「『医療を受ける権利』は基本的、かつ譲ることのできない人類普遍の人権である」という信念のもと、緊急医療団体「エマージェンシー」を創設。25年間にわたって紛争の最前線である中東およびアフリカ地域で緊急医療救護活動を展開し、700万人の生命を救った功績が高く評価されました。
  • 「アフガン教育の母」と呼ばれるヤクービ博士は、「戦争と占領という最悪の条件下にあっても、社会再建の核心は『教育』である」との信念に基づき、過去21年間にわたって献身的な難民教育を実施しました。
  • 戦争で教育や保険システムが完全に崩壊したアフガン難民キャンプで教師を養成。1995年に「アフガン学習研究所」を設立し、女性と子供1300万人に教育と職業訓練を提供しました。タリバン政権の女性教育禁止政策にもかかわらず、命懸けで80余りの学校を秘密裏に運営し、3000人の少女たちを教育したのです。

***第3回受賞者***

ワリス・ディリー夫人

スーパーモデル兼割礼撤廃人権活動家。アフリカや中東などで数千年間続いてきた女性器切除(FGM)の暴力性を世界に訴え、FGMの撤廃運動に寄与したことが評価された。ディリー氏は、スーパーモデルとして注目を集めた1997年、自身が5歳でFGMを施されたことを告白。同年に国連のFGM撤廃特別大使に任命され、FGMは死に至る反人権的暴力との認識を世界中に広めた。→

アキンウミ・アヨデジ・アデシナ博士

農業経済学者として、30年以上アフリカの農業革新に携わり、食糧安保を推進し経済発展に多大な貢献をしたことが認められた。2006年のアフリカ肥料サミットでは、30年までにアフリカの飢餓撲滅を目指す「肥料に関するアブジャ宣言」を主導した。

南アフリカ共和国ケープタウンで発表

2018年11月22日、世界平和や人類の発展に貢献した個人や団体を表彰する「鮮鶴平和賞」委員会は、第3回(2019年)の受賞者を発表。

鮮鶴平和賞委員会委員長の洪一植博士は「鮮鶴平和賞は『人類一家族』のビジョンに基づいて設置され、2019年の鮮鶴平和賞はアフリカの人権と人間開発に特に注目している」と語った。
鮮鶴平和賞は平和と未来世代の幸福に大きな貢献をした個人と組織をたたえるものである。賞には100万米ドルの賞金が含まれ、授賞式は2019年2月11日に韓国のソウルで開催される。(共同通信2018年11月23日

위원회는 “두 수상자는 세계에서 가장 취약한 아프리카의 이웃들을 위해 인권의 가치를 드높이고 삶의 질을 향상하는 데 혁혁한 공을 세웠다”며 “아프리카는 미래세대가 직면할 위기들이 집약적으로 나타나는 지역으로 이 문제를 해결해야 인류의 미래 평화가 보장된다”고 선정배경을 밝혔다.(대구신문・大邱新聞「割礼危機少女数億人救ったモデル『鮮鶴平和』

시상식은 2019년 2월 서울에서 개최된다.(세계일보・韓国版・世界日報2018年11月22日

2019年2月9日、「鮮鶴平和賞」の授賞式(主催・鮮鶴平和賞委員会)が韓国・ソウル市内のホテルで挙行され、アフリカ開発銀行(AfDB)総裁のアキンウミ・アヨデジ・アデシナ博士とスーパーモデルで人権活動家のワリス・ディリー氏の2人が同賞を受賞。
ワリス・ディリー氏は、受賞スピーチで韓鶴子女史をはじめ、関係者や参席者、妻に感謝の言葉を述べたうえで、「腐敗が貧困を煽る最大の原因であり、飢餓と栄養失調をなくすことほど重要なことはありません。ひもじい所に平和はない。私たちは貧しい人々に対して責任感を持たなければなりません」と強調した。
一方、ディリー氏は、「子孫の平和のために、女性や子供に対する暴力と闘ってきました」としたうえで、「自身の欲望と貪欲を捨て、愛と敬意で人類と自然を抱き締めましょう」と力強く語った。(→詳細
POINT

鮮鶴奨学金

鮮鶴奨学金とは

奨学金は、宗教和合の精神に基づいて韓国の10大教団から推薦・選抜された学生80人のほか、多文化家庭や“脱北者”家庭の学生にも給付され、全体では韓国内外の学生2000人に総額100億ウォンの奨学金が給付される。

「 単純に奨学金を与える一回限りのものとして終わらず、奨学生が持つ平和に対するビジョンを自ら成し遂げようと努力していくことができるように後押しする教育システムを用意する、中・長期プロジェクトだ。 奨学金申請者は平和ビジョンを中心にした自己紹介文を提出して、圓母平愛財団が用意した休暇中の夢キャンプ、学習指導、先輩たちとの夢トーク事業などに参加しなければならない。」→週間東亜2013.08.19 901号(p32〜33)

**第1回(2013年)**

韓総裁は、今年(2013年)2月に圓母平愛財団(理事長キム·ミンハ)を設立し、家庭連合の社会貢献事業を開始した。この財団は、平和世界創建のための人材育成と分かち合い、奉仕を土台として先行者を表彰する。また、 “鮮鶴平和賞”を制定し、世界平和のために貢献した個人や団体を発掘し、表彰する。文総裁聖和時世界から殺到したした弔問金500億ウォンと、文総裁が使用していたヘリコプターの販売代金など1100億ウォンがシード資金。今後5000億ウォンをさらに集める計画だ。
 最初のビジネスで、今年の国内外で奨学生745人を選抜して40億ウォン規模の奨学金証書を伝達した。これとともに、個人5名、グループ5社を選定して社会奉仕賞も授与された。(→詳細

**第2回(2014年)**

2014年2月9日、財団法人「圓母平愛財団」(金玟河理事長)は韓国・清平の天正宮博物館で、第2期奨学生「奨学金証書授与式」と第2回「奉仕賞授賞式」を開催。第2期奨学生は、国内400人、海外1,055人の計1,455人、第2回奉仕賞は、地域社会と公益のために奉仕活動を続けてきた個人5人と5つの団体が選ばれた。(→中和新聞

第2期奨学生1,455人のうち1,055人は外国国籍者で、これらは財団の奨学金支援を通じて、現地で様々な学習支援を受ける一方で、韓国に入国して韓国文化を学び、グローバルな人材に成長できる機会を与えられる。
また、圓母平愛財団は、大学院の専門課程で世界中の優秀な人材を毎年40人ずつ選抜して、学費と生活費一切をサポートしており、彼等が未来のリーダーへと成長するように助ける。
一方、第2回を迎える圓母平愛奉仕(功労)賞は個人5名と5つの団体が選ばれ、奉仕(功労)賞を受賞した。キム・ミンチャン、キム・サンギュン、ヤン・ニョンジュ、オ・チャンジン、イ•ドンギュなどの個人授賞者は、主に地域社会と公益のための奉仕活動に10年以上専念してきた功績が認められての受賞となり、団体部門では、多文化子女のための教育ボランティア活動に力を注いできた「ソウル多文化家庭協議会」、結婚して韓国に来た女性で構成され、団体として地域社会の発展のために奉仕と助け合い活動実績が認められた「ハンサラン女性会」 、継続的な地域社会の助け合い、地域の環境美化活動が認められた「永登浦平和奉仕隊」 、多文化家庭が中心となって地域社会の様々な文化講座、低所得層に対する奨学金支援、多文化子女に対して教育支援事業を行ってきた「忠北文化フォーラム」 、在韓日本婦人たちが主軸になって地域社会施設の奉仕活動を10年以上継続している「サクランボ会」が選ばれた。(→詳細

**第4回(2016年)**

2016年2月14日、京畿道加平青少年修練院で、国内外の奨学生2千人に総額100億ウォンに達する奨学金を授与。特に、今回は、宗教の調和運動として、仏教界とイスラム教徒など国内10大宗教を代表する奨学生100人の奨学証書を受けた。(→詳細
※韓国のニューズ番組「SBS NEWS」でも報道された。

**第5回(2017年)**

真の父母様の聖誕及び基元節4周年記念行事の一環として、2017年2月5日午後、韓国・清平の清心国際青少年修錬院で「2017奨学証書授与式及び奉仕賞授賞式」(主催・財団法人「孝情<HJ>世界平和財団」)が開催され、家庭連合と統一運動の指導者約100人のほか、世界88ヵ国から集まった奨学生の代表800人余りが参加した。(→詳細

***第7回(2019年)***

天地人真の父母様御聖誕及び基元節6周年記念行事の一環として、天一国7年天暦1月9日(2019年陽暦2月13日)、韓国・清平の清心国際青少年修錬院で「2019鮮鶴奨学証書授与式及び奉仕賞授賞式」(主催・財団法人「孝情世界平和財団」)が開催。
7回目の本行事では、奨学生の代表者と保護者のほか、家庭連合と統一運動の指導者1000人余りが参加する中、韓国動乱当時に参戦国だったエチオピア、フィリピン、コロンビアを含む世界80ヵ国の奨学生約3000人に合計100億ウォンの奨学金が支給されることが発表された。(→詳細

★日本での諸活動★

POINT
1

災害等への義援金

  • (2013年3月)統一教会創始者、文鮮明師・韓鶴子女史ご夫妻は、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の被災者の方のために、日本赤十字社(近衛忠煇社長)に20日午後、1億4千万円(170万ドル)を寄贈しました。義援金は文師の名代として、文亨進世界会長ご夫妻が東京・港区にある日本赤十字社を訪問、総務局組織推進部長の三井俊介氏に、手渡しました。(U-Peace HP 2013.3.21

  • (2016年4月)世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の韓鶴子総裁は熊本地震の被災者の方々のために、日本赤十字社(近衛忠煇社長)に4月20日午後、4000万円を寄付。また韓総裁は熊本教区の被災した教会員のために別途1000万円を寄付した。(NEWS ARCHIVES 2016.4.20

  • (2018年7月)真のお母様(韓鶴子女史)が、西日本豪雨(「平成30年7月豪雨」)の被災者の支援と被災地の復興のため、2000万円を日本赤十字社(近衛忠煇社長)に寄付されました。7月20日午後、韓鶴子女史の名代として徳野英治会長と李成萬副会長が東京・港区にある日本赤十字社を訪問。同社の事業局パートナーシップ推進本部ボランティア活動推進室長の大野博敬氏に目録を手渡しました。(世界平和統一家庭連合 NEWS ONLINE 2018.7.21
POINT

日韓友好:日韓トンネル建設支援

  • 国際ハイウェイ・日韓トンネル構想は、1981年11月10日、ノーベル賞受賞者をはじめとする各分野の研究者720人が参加した韓国・ソウルの第10回「科学の統一に関する国際会議」(ICUS)で、夫・文鮮明師が提唱。それを受けて1982年春、国際ハイウェイ建設事業団が設立され、86年11月10日、唐津調査斜坑起工式が行われた。現在、600メートルまで掘削が進められてる。
  • 韓鶴子総裁は2016年11月14日午前、佐賀県唐津市の日韓トンネルの調査斜坑の現場を初めて視察され、同事業に取り組む関係者を温かく激励された。この日の式典は、徳野英治・国際ハイウェイ財団(→詳細)会長が司会を担当。トンネルプロジェクトの映像を視聴後、現状報告が行われた。敷地内にある平和公園で、韓総裁をはじめ、文善進・世界平和統一家庭連合世界会長ご夫妻、宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長らの手で、「ホルトノキ」が記念植樹。この樹木は常緑樹で、7~8月に白い花を咲かせ、寿命の長い木として知られている。(→詳細
  • さいたまで行われた「日本宣教60周年記念 2018神日本家庭連合希望前進決意2万名大会」で、韓鶴子総裁は、「文師が生前から提唱していた日韓海底トンネルなど「世界平和高速道路計画」を現在も進めていると説明し、「こういう観点から見た時、日本は韓国と一つになるべきではありませんか」と呼び掛けた。(→参考記事はこちら

★海外での諸活動★

POINT
1

災害等への義援金

  • (2015年4月)ネパール大地震被害に対し、韓鶴子総裁が100万ドル支援。ネパール中部で現地時間4月25日にマグニチュード(M)7. 8の巨大地震が発生し、犠牲者の数は1万人に達する可能性が指摘されています。今後、被害がさらに深刻化することが心配される中、韓鶴子総裁が、100万ドルの支援を行うことを世界平和統一家庭連合が明らかにしました。また韓総裁は、ネパールの被災地に災害支援要員を派遣することも指示されました。(NEWS ARCHIVES 2015.4.29
POINT

韓国の10大教団、多文化家庭や“脱北者”家庭の学生へ奨学金授与

  • (2017年2月)2017年2月5日午後、韓国・清平の清心国際青少年修錬院で「2017奨学証書授与式及び奉仕賞授賞式」(主催・財団法人「孝情<HJ>世界平和財団」)が開催され、家庭連合と統一運動の指導者約100人のほか、世界88ヵ国から集まった奨学生の代表800人余りが参加した。「圓母平愛財団」は昨年10月、これまでの指導者養成と共に“孝情”を通して世界平和を成すための文化創造に尽力するという願いを込めて、「HJ世界平和財団」として再出発。奨学金は、宗教和合の精神に基づいて韓国の10大教団から推薦・選抜された学生80人のほか、多文化家庭や“脱北者”家庭の学生にも給付され、全体では韓国内外の学生2000人に総額100億ウォンの奨学金が給付される。韓鶴子女史は、特別講演で、以下の願いを語られた。
  • 「皆さんに夢があるならば、真の父母様の夢を実現し、天の父母様の夢を成してさし上げるために、皆さんがよく成長して夏を迎え、また秋の完熟した実となってください。……真の父母様の摂理を、天の父母様の夢を、実質的にここに来て体験して見ることができること、それは人類の願いです。天の父母様の夢を成すことができる地上天国をつくる上で、皆さんは一生懸命に勉強し、任されたことに、皆さんが夢を持って成そうとすることに最善を尽くして、この天苑団地の発展のために寄与することができる、そのような皆さんとなることができるように祝願いたします」。(News Online 2017.2.16
POINT
3

米国の国民の祝日「父母の日」制定(7月・第4日曜日)

米国政府は、統一教会創始者文鮮明師の夫人である韓鶴子女史の米議会講演(1993.
7.28)を記念して、毎年7月第4日曜日を「父母の日」とすることを決定、国家の法律として大統領が署名し(公法103-362)、全米国民が永久に祝うべき国民の祝日として法制化した。(→詳細
  • 「公法103-362─1994年10月14日(公法103-362)第103連邦議会 7月の第4日曜日を「父母の日」とすること。…地方、州、連邦の各レベルにおいて、全ての市民、団体、そして政府および立法府は子供たちを育てることにおける親の役割を認識し、高揚し、支援することにおいて、宣言、活動および教育的運動を通して、父母の日を認識するよう奨励される。」(→詳細
  • NPDC(全米「父母の日」連合)共同会長 ロバート・グラント博士のコメント「とくに父親の子供に対する役割に焦点を当てた。その発端になったのは、文夫人(韓鶴子女史、WFWP総裁)が議会で行なった講演だ。文夫人の講演は、父母が子供に対して父母たることの重要性を強調したものだった。それが米国において、父母の問題に取り組む運動を引き起こすことになった。そのための手段として考えたのが、米国で父母の日の伝統を設定することだった。」

<経緯>
  • 1993年5月26日から、韓鶴子女史が全米44か都市で講演を開始。この講演内容に共鳴した地方自治体などのうち、韓鶴子女史の趣旨を実現するため「真の父母の日」を宣言する市長等が現われるようになった。
  • 同年7月27日、ダン・バートン米下院議員が、韓鶴子女史の講演1周年に当たる「1994年7月28日」を「父母の日」として宣言する決議案を米議会に提出した。
  • 翌日、韓鶴子女史は、米国連邦議会(上院議員会館)において「真の父母と成約時代」と題する講演(※→内容)を行なった。
  • 韓鶴子女史の講演を聴いた多数の上下両院議員、宗教指導者、学者らがダン・バートン米下院議員の「父母の日」に関する決議案に賛同した。これら有志たちが共同会長となって「全米父母の日連合(NPDC)」が組織された。
  • 1994年3月11日、NPDC(全米「父母の日」連合)は、米国の家庭崩壊問題解決のために全国的な運動を展開し、1994年3月までに米下院議員総数の半数に当たる218人(民主党122人、共和党96人)の下院議員が決議案を支持した。同日、下院本会議で表決にかけられ、決議案は全会一致で承認された。
  • 同年7月20日、クリントン大統領が7月28日の祝典のために、父母の日制定が「測り知れない価値ある貢献」であるとのメッセージを寄せた。
  • 同年8月5日、NPDCは、94年3月11日に承認された決議は「94年7月28日を父母の日と宣言して祝う」という1回限りのものであったため、すでに議会で決められている「母の日」(5月第2日曜)と「父の日」(6月第3日曜)に加えて、毎月7月の第4日曜を「父母の日」として恒久的に祝う法律が家庭再建のために必要であると考え、ダン・バードン議員らが「7月第4日曜を父母の日として恒久的に祝う法案」を議会に提案した。
  • 同年10月14日、同法案に上院議長、下院議長、クリントン大統領が署名、ここに「父母の日」として恒久的に祝う全米国民の祝日が正式に法制化された。

POINT
4

カンボジアに子ども図書館を寄贈

2019年6月、6・25韓国戦争69周年を記念して、韓国の奉仕団体が戦争支援国、カンボジアの学校に子ども図書館を建設した。
 「ボランティア哀願」(ムン・フンスク理事長)は同月28日、カンボジアバッタンバンのサラバルラト(Sala Balat)小学校で「カンボジアの子供のための図書館完工式」を行ったと発表した。カンボジアは、6・25戦争当時、韓国に米を送った支援国である。
 ムン・フンスク理事長は「カンボジアの子供たちのために、韓国の多くの学生や団体が十匙一飯力を加えた」とし「手間と真心が集まって建てられた、カンボジアの子供図書館を使用してこのの場所に一緒にした皆さんが、カンボジアを、上記し、世界の平和に励むリーダーとして成長することを願う」と期待を示した。

 ※「ボランティア哀願」は1994年、社会団体「哀願銀行」として最初の一歩を踏み出す。以後、三豊百貨店中断現象奉仕活動、国際救護「フィリピンの無料診療」、北朝鮮同胞支援展示会などの文化芸術・教育福祉と海外ボランティアなどの活動を続けている。文鮮明・韓鶴子世界平和統一家庭連合総裁が設立した。


<韓国・ニューデイリー(2019.06.29)→日本語訳サイト

★祈祷文★

韓鶴子女史 hakjahanmoon ゴレ島 祈祷

「アフリカ解放解怨式」での祝祷

「天の父母様!…あなたの深いみ旨とイエス様の本質を知らないキリスト教文化圏はアフリカのゴレ島に悲痛な歴史を残しました。『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』と言われたイエス様のみ言はどこかに行ってしまい、キリスト教文化圏からここアフリカまで来た宣教師たちは、その本質を失ってしまい、皮膚の色が違うからと人間扱いしなかった歴史がありました。恨の多き歳月を500年余り耐えて待ってきたアフリカの民たちを記憶して下さい。

愛する天の父母様! きょう、真の父母の名で今まで恨を持っていたゴレ島の霊たちを解怨成就し、天の父母様が主管される天上の修練を通して、善霊として復活できるようにして下さい。そして、地上の子孫たちのところに行き、天の父母様を中心とした人類一家族の夢を成すことのできるアフリカとなり、世界の前に光となり灯火となれるようにして下さい。これ以上の葛藤と苦痛と戦争のない天の父母様を中心とした、和合と統一の世界を成すために積極的に協助してくれることを願いながら、真の父母の名で解怨成就いたします。アーヂュ!(2018年1月19日セネガル・ゴレ島 「ハウス・オブ・スレイブ(奴隷の家)」)
(世界平和統一家庭連合 News Online(2018年1月31日)より)

★動画★
【Ptv】180119ゴレ島祝祷

2018ネパール祝福式での祝祷(2018年12月2日)

「6000年目にアジアで探し立てられた独り娘によって、きょう真の父母の位置において、これまで受難を経てきたこの民族を解放・釈放し、祝福の恩賜により、天の祝福を受けることのできるきょうこの場となりました。特に全国の700か所の市長たちとここに集った1500双が、天の父母様の前に、真の父母を通して祝福の子女として入門するこの時間ですから、天よ、喜んでお受けください。
世界の人類が、ネパールを見よと言うことのできる祝福を受けた家庭として、世界の前に手本となるこのネパールを祝福する場ですから、天の父母様、今後、この国がアジアのともしびとなることのできる国となるよう、育ててください。ここに、責任を果たす祝福家庭となるよう、抱いてください。」→詳細

2019年元旦午前零時 真のお母様の祝祷

  •  午後11時55分、李基誠会長の司会で第1部「2019年新年集会」が始まり、新年1分前、演台に立って黙祷しておられた韓鶴子女史は、司会が元旦午前零時を告げると、静かに祝祷を始められ、途中、涙を流しながら20分にわたって祈られた。
  • 「貴い天の父母様(神様)。天一国6年の限りない恵みに感謝をもって敬拝をお捧げします。新たに迎える己亥(つちのとい)年は、この国の祖国統一に向けて、1919年の己未(つちのとひつじ)年3月にキリスト教の民族主義者と学生たちが、世界の前に大韓独立万歳を叫んだ日から100年を迎える年です。この国の歴史上、多くの義なる者、先駆者たちが国の独立を念願しましたが、彼らの精誠と苦労によっては、今日、南北が一つになり得ず、政治の力や宗教、人間としては決断が見られずにいます。(天が)摂理の完成のためにこの民族をずっと前から特別に抱いて育ててこられた、その歴史の真実を、この民族は知らなければなりません。…宇宙の主人であられる創造主・神様、天の父母様に侍り、真の父母の祝福を受ける位置でのみ、真なる統一韓国、世界万民が願う、戦争と葛藤がない(世界を成せます)。宗教の壁、文化の壁、人種の壁、人間たちがつくったあらゆる壁を除去する方法は、唯一、真の主人であられる創造主・神様の願い、夢をかなえてさしあげる、完成した真の父母をこの堕落した世界に迎えることです。そのようにしなければ、神様の息子、娘になることができない位置にいることを、今日の人類が悟ることができるように願います。…天の父母様が主人になられてこそ、それほど長く願った統一韓国、韓民族の夢はかないます。ここに集まった2万人余りの祝福家庭たちは、天の前に約束した「2020」までの1年に、必ずや、この国の民たちが、真の主人が誰であられるのかを知り、天一国の民、祝福を受けた民族として、天の前に責任を果たし、世界の前に中心国家としての責任を果たすようにしてください。…今やこの民族は知らなければなりません。摂理の完成を前に、時を失ってしまう民族となってはいけません。…今や「2020」まで1年を残したこの己亥年、十二支の最後の年として、新しい庚子(かのえね)年を出発する時に向けて、この民族が天の祝福を受け入れて責任を果たし、「まさしく私の愛する息子、娘がいる私の祖国である」と言える国にならなければなりません。…祝福を受けない人が1人もいない、完全に天の父母様が抱かれる民族となるならば、何の心配がありますか。「天の父母様を中心とした人類一家族」の夢を、この民族を通して世界の前に見せてあげる、統一家の誇らしい祝福家庭となることを願います。天の父母様。あなたの限りなく大きな恵みの前に不足はありますが、最善を尽くして、あなたの夢を必ずや成してさしあげる大韓民国になることを、天の父母様とこの民族と全世界の前に祝願、宣布いたします。アーヂュ!」
  • 祝祷後、韓鶴子女史はみ言を語られ、再び涙を流しながら参加者に摂理の時を訴えらた。そして、「神統一韓国時代」を開門する銅鑼を力強く3回打ち鳴らされると、韓国に対する新年の標語「神統一韓国時代開門安着」がスクリーンに映し出された。
(→引用:中和新聞2019年01月08日(陽暦)通巻1126号)

1984年7月10日、二世の第一回修練会修了式晩餐会での祈祷
@ニューヨーク・ベルベディア

「お父様の恨み多い曲折した路程の上に、この地上に真の父母を立てられ、その方を通して多くの祝福子女を許諾してくださいましたことを心から感謝申し上げます。またきょうは、その祝福家庭を通して生まれた二世たちが初めてもった第一回修練会を終えまして、きょうこの夕べに真の父母様を歓迎する中で晩餐会をもっております。お父様、この食卓の上に親しくご一緒してくださいますように。
その間、この人々を教育するために陰に陽に苦労してきた人々の心がお父様のみ言と一致して、美しい実を結ぶようになりました。そして将来の美しく立派な統一家の柱となることができ、誤った兄弟姉妹たちをも抱き得る統一家の役軍となるように導いてくださることを切にお願い申し上げます。
この場に参席している二世たちのすべてを、お父様が自ら主管してくださり、お導きください。お父様に心から感謝申し上げながら、この夕べに真の父母の皆を通してお祈りいたしました。アーメン。」
(『真の母のまなざし』p325,326)
※写真は、1986年5月12日、東京世田谷区の光の子園にて楽しく過ごされている様子。

★主なエピソード★

「海のような人生を送られる韓鶴子女史」

 真のお母様(韓鶴子女史)からたくさんのみ言(教示)を頂きました。そのうちで最も印象的なみ言が、海をご自身の人生に比喩されたものでした。
「私の人生は海のようです。海の中には、あらゆる生命体が生きていて、豊かに育まれます。深い海の底には、ごうごうと渦巻く巨大な水の流れがありますが、人々はそれを見ることができません。天の摂理はもちろん、私の生涯もこのように展開されてきました。台風のように吹きつける摂理の中心において、私だけが知っている、語ることのできない事情がたくさんあります。私はその渦に巻き込まれずに乗り越え、勝利して、蕩減復帰摂理歴史を真のお父様(文鮮明先生)と共に終わらせることができました」
 このみ言は、幼い頃の海に対する記憶が鮮明な私には、格別、印象深いものです。
お母様はまた、ご自身を荒れ狂う海に浮かぶ帆船にも比喩されました。広い海で、たった一艘で波にもまれる帆船であれば、どれほど恐ろしく、孤独でしょうか。その試練を越秘訣を、お母様は一言、「感謝すること」と語られました。さらに、「感謝は、心と体が統一される道だ」ともおっしゃったのです。なんと深いみ言でしょうか。
 私は、30年余りを、お母様の近くでお仕えしてきました。世界を舞台にした講演に随行することもありましたが、そのたびに感動を受けることの一つが、お母様の徹底した「時間厳守」です。一日一国を巡回されることも希ではない強行軍の中、常に万全の準備をされ、遅刻されることは一度もありませんでした。講演時間も同様で、予定された時間を正確に守られました。いかなる状況においても、約束を安易にはお考えにならず、お守りになるお方でした。
 このように、ご自身には厳格なお母様でしたが、教会メンバーたちには限りなく愛を注がれました。日本の食口に対する愛は、一層切なく、特別であるように感じます。「母の(使命を持つ)国」であり、世界の教会員たちの中で最も多くの苦労をしているのがお分かりなので、そうなのだと思います。日本に行かれるたびに「故郷に来たようだ」とおっしゃり、明るい微笑でメンバーたちに対応されました。忙しいスケジュールですが、メンバーたちと少しでも多く会おうとなさり、少しでも長く懇親の場を持とうとされました。お母様は、与えてまた与え、忘れる人生を生きられるお方です。
(「真のお母様、感謝します」より)
真のお父様と真のお母様(韓鶴子総裁)だけが知り得る多くの天の秘密がある

 2016年10月に来日された折にも、お母様(韓鶴子女史)は、美しい景色をご覧になれば、「お父様と一緒に来たかった」、美味しいものを召し上がれば、「お父様にも召し上がっていただきたかった」とおっしゃいました。お母様はこのように、お父様との深い心情の絆を力の源泉にしてみ旨に向かっていらっしゃるのだと思います。
 ご聖婚56周年の記念式(2016年4月22日、天正宮博物館)は野外で行われました。4月とはいえ、日が落ちると、真冬のような寒さになりました。私は我慢できず、コートを着て出席しました。しかし、お母様と同じヘッドテーブルに座っていた宋龍天総会長はそういうわけにいかず、 コートなしで忍耐されたのです。後で総会長は、「おなかと背中にカイロを忍ばせていたので、何とか耐えられた」と言っておられました。
 そういう中、お母様は表情一つ変えずに座っておられたので、私は不思議でならなかったのですが、その後、来日された妍娥様(孝進様夫人)と食事をさせていただいたときに、その疑問が解けました。記念式の翌日、お母様が妍娥様に「きのうは本当に寒かったね」としみじみ、おっしゃったのだそうです。 妍娥様が「でも、お母様は全然、寒そうなお顔ではありませんでした」と申し上げると、「私がそんな顔はできないでしょう」と笑いながら言われたそうです。
 お母様もやはり、平気なはずはなかったのです。それでも、天の父母様と全人類の前に真の母としての威信と体面を立て、母として子供たちに心配させないように、寒さを耐えてくださっていたのです。「さすが、お父様から52年にわたって徹底して訓練をお受けになったお母様だ!」と、改めて敬服の念を深めた次第です。
(「真のお母様、感謝します」より)

一夜限りの宿を徹底して清掃された 

 1988年5月頃、真のお父様(文鮮明先生)は突然、キングサーモンを釣るためにアメリカ・アラスカのキナイという所に行かれました。…私たちは突然行くことになったので、泊まる処などありません。…真のお母様(韓鶴子女史)と私と尹基炳補佐官は泊まる場所を探し回りました。ようやく一カ所見つけたのですが、次の日には空けなければならないとのことでした。
 私たちは荷物を下ろし、部屋に入って掃除や片付けをしました。アラスカやブラジルの奥地などの生活環境はどれほど劣悪でしょうか。その汚さに私は鳥肌が立つほどでしたが、お母様は顔色一つ変えず、染みついた汚れを剥はがし、磨いていかれるのです。一晩過ごすだけの宿であるにもかかわらず、お父様に居心地よく過ごしていただくために、徹底してきれいにされたのです。
 その後、お母様は夕食の準備のために私たちを伴ってスーパーマーケットに行き、あれこれと考えながら買い物をなさいました。そうして買いそろえた玉ねぎ、ジャガイモ、牛肉、メキシコ唐辛子(チレ)、ケチャップなどで、キムチチゲのような野菜スープを作ったのです。これが、雨風を浴びて帰ってこられたお父様ご一行にとって人気のおいしいメニューになりました。
(「真のお母様、感謝します」より)
記者懇で「私が独り娘です」と宣言、気圧されそのまま書いた記者の勇気

 2015年5月10日、真のお母様(韓鶴子女史)をお迎えして、欧州統一運動50周年祝賀会がオーストリアの首都ウィーンで開催されました。翌11日、韓国の主要メディアから7人が参加し、お母様を中心に記者懇談会が行われました。…やがて1人の記者がお母様に、総裁韓女史、194カ国で宣教活動をしておられるそうですが、具体的に戦略があるなら、お聞きしたいですと質問しました。
 そうしたら、お母様はそうねと言われた後、皆さんは、私が誰なのか、知らないでしょう?と切り出されました。その瞬間、会場内が静かになりました。皆が黙っていると、お母様はこう続けられたのです。
私は、独り娘独生女ですよ。私が万人の真の父母です。あなたたちも私を通じなければ、霊界の良い所に行くことができません。独り娘が誰であり、真の父母がどんな人なのか、それを知るためには、原理を勉強しなければなりませんよ。
 私は気絶する寸前でした。記者たちがこの答えに反発して、さらに厳しい質問を浴びせるのではないかと思ったのですが、お母様の方がもっと強く出られたのです。
 後に、参加していた1人の記者がお母様のみ言をそのまま記事に書きました。内容はインタビューに臨む韓総裁の印象は、カリスマ性あふれる宗教指導者というより、慈愛に満ちた母のようだったというものでした。私はこの記事を読んで、正直、ああ、この人の記者生命は終わったなと思いました。韓国のキリスト教会が放っておくはずがないからです。
 1週間くらいして、その記者に批判はなかったのですか?と聞いたところ、彼はこのように答えました。もう言葉にならないくらい、多くの人たちが反対してきました。それで私は反対する人に対して、私がヨーロッパまで取材に行って韓総裁に直接会ったとき、韓総裁が、私が独り娘であり、救世主であり、私たちが真の父母だと言ったから、そのとおりに書いただけです。あなたの教会に、もし救世主、メシヤ、再臨主がいるのだったら、私がインタビューして記事を書きますから、紹介してください。あなたたちの教会には、牧師、長老、執事しかいないではないですかと言ったのです。そうしたら、2度と何も言ってこなくなりました。
(「真のお母様、感謝します」より)

わが子を見送る切ない母の愛・・・

「1970年頃、ソウル青坡洞にある前本部教会に真の父母様(文鮮明先生、韓鶴子女史ご夫妻)をお訪ねしたときのことです。
 父母様がいらっしゃる2階に上がると、すでに先客がいました。それは1人の日本人姉妹(女性教会員)で、ちょうど真のお父様からお叱りを受けている最中でした。聞くともなしに聞いていると、彼女は、どういう事情があったのか、突然父母様をお訪ねしたらしく、そのことをお父様はかなり厳しく叱っておられたのです。「何事にも秩序があるんだよ。原理原則を踏まなければならない。分かったか!」と。
 その姉妹は泣きながら「分かりました」と申し上げました。その言葉をお聞きになったお父様は、それまでの険しい表情と打って変わって満面の笑みとなられ、とろけるような愛の眼差しで、「気をつけて帰るんだよ」とおっしゃったのです。
 すると、それまで側で黙って聞いておられた真のお母様が突然立ち上がられ、「ちょっと待って」とおっしゃって、急いで1階に降りて行かれました。すぐに戻ってこられたお母様は、手に指輪を持っておられました。確か瑪瑙(めのう)のような赤っぽい宝石が付いていたと記憶していますが、その指輪を彼女の指にはめてくださったのです。まるで、父親に叱られた娘を慰めるお母さんのようでした。
 その後、お母様は、日本に帰るその姉妹を、1階の窓から手を振りながら見送られました。涙を流しておられました。そのお姿の中に私は、いつまた会えるか分からない、ひょっとしたら2度と会えないかもしれないわが子を見送る切ない母の愛を感じたのです。そこには、子供の出来がいいとか悪いとかは全く関係がない、何の分け隔てもない、そして絶対に変わらない無償の愛がありました。」
(「真のお母様(韓鶴子総裁)、感謝します」より

★韓鶴子女史の来日記録★

以下の内容は、『真の父母様 摂理の足跡 ~日本~』(2013年5月31日発行 基元節慶祝記念出版日本編纂委員会 非売品)や世界平和統一家庭連合公式HP、公式News Online、韓鶴子女史み言アーカイブblog等から引用したものです。

【1965年~1970年】

1965年1月28日、文鮮明師と共に初来日

  • 1960年にご聖婚式を挙げられ、「真の父母」として初めて来日された日。
  • 1958年に崔奉春(日本名、西川勝)先生が日本で宣教を始めてから7年目の65年1月28日、東京国際空港(羽田空港)には真のお父様(文鮮明師)に一目お会いしようと、日本の食口約200人が駆けつけた。
  • 真の父母様(文鮮明師と韓鶴子女史ご夫妻)は、世界40カ国120カ所に聖地を定めるための第一次世界巡回路程の最初の訪問国として来日、東京・名古屋・大阪・高松・広島・福岡・札幌・仙台の8カ所で聖地を決定され、2月12日に米国へと向かわれた。→詳細

文鮮明師・韓鶴子夫妻 来日

1967年6月12日、文鮮明師とご子女様(孝進様、仁進様、興進様)と来日

本部教会で行われた歓迎会での韓鶴子女史のみ言
「皆さんにお会いする時の心情は、言葉で表現することができないような、切実なる感じが致します。心の中では皆さんとともに、いつもつながっておりましたけれど、一つ残念なことは言葉が通じないことです。このことが非常に今後の生活において問題だと思うのですが、心を通して交わる期間におきまして、親しいその一面を見いだすように努力したいのであります。言いたいことはたくさんあるのですけれど、この膨らんだ胸に躍るこの気持ちを・・・言い表すことができないのであります。ありがとうございました。」(『真の父母様 摂理の足跡~日本~』95頁)

文鮮明師・韓鶴子女史 43双祝福

1969年2月2~5日、43双祝福(日本22双)

二度目の来日、韓鶴子女史のみ言
「再びお会いできましたことを深く感謝いたします。私は少し日本語を勉強致しましたけれども、子供の教育上から見たときに、韓国の言葉を使うほうが良いのではないかと思って、このたび韓国の言葉で話すことを許してください。あなたたちが重い荷を背負っていろいろと苦労されているということを、手紙等を通して知っています。・・・私の心は何とも言いようのない感動を受けました。神の摂理を成し遂げるためいろいろな方面に熱心に働いてくださることを本当に感謝するとともに、今後ともよろしくお願いいたします。・・・たくさん話を聞いて心霊を高め、新しく日本を復帰する基準が立ちますよう願いながら、感謝しつつこれで挨拶の言葉といたします。」(『真の父母様 摂理の足跡~日本~』106頁)

第二次世界巡回路程で、欧米で21双祝福を行った後、同年4月18日に再び、来日なさり、5月1日に東京本部教会で22双の祝福式を行って43双の祝福を完成された。

【1970年代】

文鮮明師・韓鶴子女史 来日 リトルエンジェルス

  • 1971年12月5日~11日
  • 1973年7月8日~22日:文聖進様・金東淑様の聖婚式(本部教会)
  • 同年8月7日~10日
  • 同年11月17日~24日:滞在期間中、第二回「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」が東京の帝国ホテルで開催。11月23日には、岸信介元首相と長時間にわたってお話された。
  • 1974年2月5日~8日
  • 同年4月22日~25日
  • 同年5月6日~13日:7日、東京の帝国ホテルで「希望の日」晩餐会。
  • 同年12月25日~29日:リトルエンジェルスの40日公演を鑑賞。
  • 1975年1月20日~22日:1800双の祝福式のためのマッチング。
  • 1978年9月20日~25日:1610双マッチングと約婚式(@埼玉県)

  • ※1978年9月20日以降、1992年3月26日までの約13年間、真のお父様(文鮮明師)は、日本に入国できなかった。

【1980年代】

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1983年3月13日~25日

アメリカ政府が文鮮明師を脱税の容疑で起訴しようとしていた深刻な時、日本食口を激励するために韓鶴子女史が来日。
「今まで皆様が、父母様のみ旨を受け入れて、内的・外的にいろいろと努力して苦労する、そのような姿を、往き来する指導者たちのお話を通して多く聞き、私は、本当に何によって皆様を慰労し、力づけられるのかをとても考えました。・・・栄光から出発しなければならない歴史でしたが、アダムとエバの失敗によって恨みの多い復帰の歴史として出発した歴史を考えてみる時に、お一人で歩み出した渉外が、迫害と苦難と絶え間ない受難の路程を経て、今日の世界の統一教会基盤に広げるまで、誰も言葉で表現することができない、そのような事情が多いことを私たちはよく知っています。一言で言って、涙なくしては身の置き場がない、血と苦痛の歴史であることを皆様は体験したことでしょう。・・・サタンは私たちに余裕を与えることはありません。少しも譲歩することはありません。・・・お話はされませんけれど、内的に血の滲む闘いをしていらっしゃるのです。・・・私がなぜこのようなお話をするのかと言えば、子が物心つく時には、すでに父母は年老いる時ではないかと思われるからです。」

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1986年5月10日~16日

  • 東京教会の歓迎会で、韓鶴子女史は、「最近、韓国・女性雑誌に私のことが載りました。そこに『聖女オモニ』と書かれ、母親と通じるようになりました。」などのお話をされた。
  • 「光の子園」、「世界日報本社」などを訪問

【1990年代】

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日 サイン

1991年9月16日~25日

  • 9月7日、「アジア平和女性連合」東京大会:摂理的意義(92年4月11日の文鮮明師のみ言「先生の勝利の運勢を日本に受け継ぐために、お母様の9月17日の大会があった。」
  • 9月18日、「統一教会全国信徒大会」@千葉。韓鶴子女史のみ言「今こそ私たちエバの使命が重要であるために、『世界統一教会女性連合』を結成して、新しい決意を誓おうとするものです。旧約聖書に現れた偉大な女性の一人に、イスラエル選民の後裔としてペルシャ王朝の王妃となったエステルがいます。彼女はイスラエルの民族を救うために、『わたしが、もし死ななければならないのなら、死にます』と良いながら、死を覚悟するほどの壮絶な決意で、王妃の地位と命を懸けて立ちました。3日間の断食をし、怨讐ハマンの陰謀を粉砕するために勇敢でありました。・・・エステル王妃一人のゆえに、全イスラエル民族は異邦民族が加える死の危険から逃れました。きょう私たちは、エステル王妃の『わたしが、もし死ななければならないのなら、死にます』という、死を覚悟した勇気と知恵を教訓として、世界的な王権復帰の先頭に立たなければなりません。」
  • 9月20日、「統一教会全国信徒大会」@岐阜
  • 9月24日、「統一教会全国信徒大会」@福岡
  • 韓鶴子女史は、ご来日に際し、真の父母様お二人のサインの入った「貴石」を全祝福家庭に授与された(左写真)。韓鶴子女史は、貴石とは、「永遠、不変の象徴であり、主の象徴、メシアの象徴、万物の象徴です。・・・その象徴だと思って身に付ければ、神様が、真の父母様が共にいます」とその意義について語られた。

文鮮明師・韓鶴子女史 来日

1992年3月26日~4月1日

  • 文鮮明師が、「北東アジアの平和を考える国会議員の会」に招かれ、約13年半ぶりに、韓鶴子女史とご一緒に来日。
  • 28日、名古屋教会。29日、宝塚研修センター。30日、東京。本部教会。
  • 30日、文鮮明師のみ言「日本をエバ国に立たせたのは先生です。しかし、韓国と日本は恩讐である。そうだろう。日本とアメリカも恩讐である。アメリカとドイツも恩讐圏である。世界が反対するので真のお父様は、この恩讐圏の者たちを友達にして、一つの理想国家をつくらなければならない運命にあった。・・・今度、お母様を中心としてソウル・オリンピックメーンスタジアムで15万人の大会を行います。聖書の14万4000人を超えなければなりません。その数に代わる大会を成すことによって、お母様を中心として『世界平和女性連合』とつなげて、女性解放運動を提示しなければなりません。」

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1992年9月22日~10月6日、12月9~10日

  • 韓鶴子女史は、世界平和女性連合総裁就任後、度々、来日。「世界平和女性連合創設記念大会」を10か都市(東京→福岡→広島→仙台→名古屋→神戸→札幌→東京→大阪→名古屋)で開催。
  • 世界平和女性連合創設大会の世界巡回を終えた韓鶴子女史は、東京教会に寄られ、以下のみ言を語られた。
  • 「1960年代以降、お父様は私に母親としての7年路程を宣布されました。・・・サタンは、神様のみ旨である四位基台をどんなことがあったとしても造らせまいとして、ありとあらゆる初悪をしてきた、あまりにも難しい時でした。そのとき、夢の中で、自分の姿を見ることができました。一人の子供の手を引いて、一人の子供を背負って、大きな荷物をもった私の姿でした。・・・一方は絶壁で、前方は藪で道がふさがる、そのような道なきところを一歩一歩かき分けていかねばならない私でした。ただ心の中で、『行かなければならない、行かなければならない』と思いつつ歩き続けました。・・・あるところまで行くと、向こうに光が見えてきました。・・・あらん限りの力を尽くして、その光を放つところにたどりついてみると、そこは別世界でした。その土地は肥沃な土地で・・・。向こう側にお父様が立って笑っておられました。そして、はるか彼方には食口の顔が一人、二人と見え始めたのです。皆さんには、それが何を象徴しているのか理解できると思います。真の父母には一人ではなることができません。・・・私が7年路程を成功裏に終えることを、神様がどれほど待ち望んでおられるかということを考えました。・・・皆さん、なぜ、私がこのような話をするかというと、それは皆さんが歩まなければ道が開かれないからです。エバ国家としての使命を果たさなければならない運命にある皆さんなのです。」(1992年12月10日)
  • 写真は、韓国ソウルでの世界平和女性連合創設大会

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1993年9月10日~30日、世界平和女性連合大会

  • 韓鶴子女史は、世界平和女性連合大会のために来日、「真の父母と成約時代」と題し、27カ所を巡回講演された。(北海道:札幌市・岩見沢市、宮城県仙台市、福島県郡山市、東京、憲政記念会館(東京)、東京ドーム、長野市、新潟県三条市、群馬前橋市、国連大学(東京)、石川県金沢市、岐阜市、愛知県名古屋市、岡山市、広島市、鳥取市、香川県高松市、愛媛県松山市、福岡県宗像市、熊本市、佐賀県鳥栖市、沖縄県宜野湾市、京都府長岡京市、神戸市、大阪市阿倍野区、大阪市北区)
  • 各大会中、文鮮明師は、アラスカで昼夜ほとんど眠ることなく、大会の講演を聴いていた。
  • 東京ドームでの講演「真の父母と成約時代」。韓鶴子女史のみ言「イエス様の福音は、彼が40歳になる前の7年以内に、世界的に急速に電波され、アジアとローマまでも従わせていたでしょう。・・・しかし、・・・いわゆる宗教家と自称する人たちがイエス様の御言を拒み、ついには十字架に追い込んでしまったからです。イスラエルの不信仰に直面したイエス様は、人類の霊的救援のために命を捨てる覚悟されました。・・・当時のユダヤ人たちがイエス様の顕現を信じなかったように、韓国のキリスト教指導者たちも再臨主が人間として肉親をもって、地上に誕生することを信じられませんでした。もしも、そのときキリスト教界と夫が一つになっていれば、地上世界はもちろん天上世界にまでも天国がつくられたはずでした。・・・夫を人格的に葬るために、夫の教えとは正反対に、淫乱だ、貪欲だ、との噂のくびきを夫にかけてしまいました。・・・神の摂理は40年延長して1992年まできました。この期間に私は、世界的に新しい新婦基台を願って、韓国、イギリス、アメリカ、フランス、日本、ドイツ、イタリアを一つにするために祈祷しながら努力してきました。・・・このように勝利した世界的な基盤の上で、最初の真の父母であることを宣布いたします」。

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1995年9月12~20日、日本5カ都市巡回講演

  • 韓鶴子女史は、「世界平和女性連合創立3周年記念大会」のために来日。5カ都市を巡回講演。
  • 9月14日、東京ドーム大会では、約5万人が参加し、ブッシュ前米国大統領夫妻が特別ゲストとして講演。53カ国の来賓が参列。
  • バーバラ夫人は、「21世紀に向かう女性の役割」と題して講演し、「1国の強さは家庭の強さに依存します。しっかりした強い家庭こそ、よい子を社会に送り出せるのです」と話した。
  • 続いて、ブッシュ前大統領は、「世界平和に果たす日本の役割」と題して講演し、「私は世界最高の政治的地位に登り詰めたが、最も重要なものは信仰、家庭、友人だった」と話した。
  • その後、韓鶴子女史は、「真なる家庭と私」と題し、日本語で基調講演をされた。右記、講演の概要。「世界で今、最も深刻な問題は家庭です。・・・私たちは本然の神の理想世界に戻って、神の願われる家庭と私と世界とを、はっきりと知らなければならないのです。・・・もし堕落がなかったならば、宗教は必要なかったのです。人類始祖が堕落によって誤ったので、これを修正するために必要だったのが宗教です。では、神は宗教を通して何をなさろうとするのでしょうか。心を支配している体の力を屈服させようとしているのです。・・・(しかし)本然の基準で、天と相対できる立場に立った人はいませんでした。・・・神の真の愛を中心として根を下ろすべき人間が、悪魔の愛を中心として根を下ろしてしまったために、偽りのオリーブの木になってしまったのです。この事実をどう清算すべきでしょうか。皆様もご存じのとおり、レバレンド・ムーン夫妻は『真の父母』の名で、全世界に知られております。真の父母によって、神人愛の一体となった真の愛の種、真の生命の種、真の血統の種を接ぎ木する、大きな祝福が伝授されるのです」(1995年9月14日)

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1996年9月9~14日、日本4カ都市巡回講演

  • 1996年7月30日、アメリカ・ワシントンDCで「世界平和家庭連合」創設大会が行われ、日本でも、「世界平和家庭連合185カ国結成大会」が行われた。
  • 韓鶴子女史は、9月9日に来日。翌日、幕張メッセ・イベントホールでの東京大会にて講演される。
  • 来賓のマルルーニ・カナダ元首相は、「女性が国内外の問題について発言するとき、戦争は永遠に終わる」というカナダの女医の言葉を引用して挨拶をした。続いて、モーリン・レーガン前国連女性委員会米国代表がスピーチを行い、韓鶴子女史を「世界革命のビジョンを与える女性」と紹介。
  • 韓鶴子女史は、「真の父母と真の家庭」と題して講演された。以下、概要。
  • 「第1次アダムは堕落したアダムであり、メシアであられるイエス様は第2次アダムとして来られたのです。しかし、真の父母の家庭を築くことができずに約束だけして亡くなられることによって、第3次アダムが再び来られ、世界的基準で真の父母様の使命を蕩減復帰しなければならないのです。これが、第3次アダムとして来られる再臨主の使命です。そして、人類救援の根本問題が血統復帰という事実も明らかにしています。こうして真の父母を中心として成約時代を迎える、世界的に広がった祝福結婚式となるのです」

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1998年2月22日~3月6日、「文鮮明先生御言訓読大会」

  • 韓鶴子女史を迎え、全国12カ所で「文鮮明先生御言訓読大会」が開催。
  • 朴普煕氏が開会の辞を述べ、「現在の日本は、・・・家庭の崩壊と青少年の淪落の問題は目を覆うばかりの悲惨な現状にあります。今、日本はどこに希望を見いだすことができるでしょうか。その答えは、この『真の家庭運動・訓読大会』であります。」と大会の意義を述べた。
  • その後、韓鶴子女史が登壇され、「祝福と永生」を日本語で訓読された。以下、抜粋。
  • 「・・・永生するためには、その真の愛の圏内で暮らさなければなりません。・・・真の愛は、自分の生命以上に投入しなければ生まれません。レバレンド・ムーンがアメリカに行って、生命と財産と統一教会のあらゆるものを投入し精誠を尽くしました。ここから真の愛が成り立つのです。・・・統一教会でいう『祝福結婚』は、堕落した人類が必ず行かなければならない道なのです。・・・このようにして真の愛の実を結んで、その夫婦が霊界に行くとき、神様の永遠なる真の愛の圏内に抱かれ、神様と一つの体になります。」「先生が死んだとしても、先生を中心として御言を語ったそのときに真理の御言を残しておいたので、私が倒れたとしても御言葉は残るのです。」

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

1999年2月10日~3月4日、「真の家庭世界化前進大会」

  • 99年2月10日から3月4日、韓鶴子女史が来日され、「真の家庭世界化前進大会」が16カ所で開催された。
  • 韓鶴子女史は、講演で、御言「人間の行くべき生涯路程」を韓国語で読み上げられた。以下、抜粋。
  • 「人生行路は旅路ですが、ここで備えるべきことは縦横の愛を体恤していくことです。真の父母の愛、真の夫婦の愛、真の兄弟の愛、真の息子、娘の愛を中心とした家庭を築いた後、これを横的に拡大し、東西南北に多くの家庭を広げておかなければなりません。そして、彼らが縦横を連結させることのできる真の家庭の形態を成し、氏族圏、民族圏、国家圏、世界圏で神様と連結されるようになるとき、真の愛で連結されたその世界を天国と言うのです。夫婦が愛し合うということは、神様を植えることです…。」
  • 3月1日早朝、新潟で教会員に語られたみ言。み言を語られる前に『父の祈り⑥孝心編』が訓読された。「皆さん、お父様(文鮮明師)の祈祷文を読んでみて、何を感じますか。。・・・お父様が、誰よりも神様を愛し、人類を愛している方であるということを、祈祷から感じられるのです。祈祷一編の一言一言が、すべて天を思慕し、天を愛し、天の願いを成してさしあげ、神様を解放してさしあげようという心なのです。また、どれほど人類を愛していらっしゃるでしょうか。瞬間的に多くの生命が地獄に落ちているのを、一時でも早く救わなければならないという、切迫した心をもって祈祷される姿を感じることができるのです。それでお父様は、科学者会議、教授アカデミーや宗教者会議などの多くの会議や大会をされますが、お父様がなさることの目的はすべてただ一つ、「神様と人類を解放する」ということなのです。・・・」→全文

【2000年代】

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

2000年3月7日~3月10日

  • 3月6日、韓鶴子女史は、「文鮮明先生ご聖誕80周年祝賀・東西南北統一前進大会」のために来日。
  • 翌日7日から、北九州大会、広島(8日)、名古屋(9日)、東京(10日)で上記大会が開催された。
  • 写真は、大会の祝勝会。

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

2001年11月5日~12日、「天宙平和統一国・日本大会」

  • 11月5日、韓鶴子女史が来日され、計8か所で「天宙平和統一国・日本大会」が開催された。(福岡→高松→大阪→神戸→名古屋→東日本→千葉→東京)
  • モニター会場は、漢南国際研修院の真のお父様(文鮮明師)と回線で結ばれ、韓鶴子女史の講演に合わせ熱心に講演文を目で追われる文鮮明師の姿が映し出された。
  • 第一部が終わった後、韓鶴子女史もモニター会場に来られ、祝勝会の交歓の場を持たれた。韓鶴子女史は、「赤とんぼ」を日本語で歌われ、文鮮明師も、「しあわせってなんだろう」(家庭連合聖歌2部7番)を日本語で参加者とともに歌われた。
  • 講演での韓鶴子女史の御言『神様と人類が探し求める平和の国と世界』-「今や蕩減の時代は終わり、入籍を通して本然の定着時代に入っていくことによって、…。それで、世界平和統一家庭連合では、昨年(2000年)の『真の子女の日』に、天地父母が家庭の王として君臨することを宣布し、入籍した家庭から、初めて天の父母を負うとして侍っていくことができる時代に入っていくことを宣布しました。したがって、すべての祝福家庭は、天地の王に侍る標準的な伝統を立てるべき家庭であるということを自認しなければなりません。…自分の家庭が、愛を中心として神様の前に一体圏を成し、天地父母、王に侍る標準的、定着的、礎石のような家庭である、ということを感じなければなりません。」(2001年10月29日)

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

2002年8月17日~25日、「天地父母統一安着生活圏大会」

  • 8月17日に来日され、翌18日から福岡市内のホテルで「天地父母統一安着生活圏大会」を開催。
  • 韓鶴子女史は、「平和の根源は神様」をテーマに講演。会場には、有識者600名などが参加した。韓鶴子女史は、壇上に立たれ、心身一体化の必要性を強調されながら、「今日、皆さんが、尊い御言を通して、このように神様に対してより深く学び知るようになったことは、偶然のことではありません。この場まで皆さんを導いてきた天と先祖に対して、感謝する心を持たなければならないのです」と語られた。
  • 同大会は、19日から29日まで、広島、高松、神戸、大阪、名古屋、金沢、新潟、横浜、仙台、札幌、東京と12日間連続で開催。
  • 25日の新潟での大会では、韓鶴子女史の日本巡回講演のべ100回目となり、日本統一教会から記念品が贈られた。
  • 御言『平和の根源は神様』より一部紹介。「世界平和を成就できる道は、戦争ではありません。お金や権力や知識でもありません。利己的な個々人の欲望と自国の利益にばかり血眼になっている国連の舞台では、何も期待することはできません。私たち自身の中に堕落性が残っている限り、いくら理想を掲げ、平和を叫んでみても、そこにはいつも戦争と混乱の歴史が乱舞することでしょう。・・・私たち自体の中に根を下ろした堕落性を取り除き、”心身一体”の一念の境地に到達するためには、私たちに、『真の父母』が必要です。・・・『真の父母』に会って、真の愛の心理を伝授され、『ために生きる』真の愛を実践する人生を生きなければなりません。」(2002年8月18日)

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

2005年10月3日~14日、
「天宙平和連合創設記念日本12カ都市大会」

  • 天一国時代の第二次4年路程が出発した2005年9月12日に、「天宙平和連合(UPF)」が創設され、真の父母様は米国ニューヨークでの創設大会を皮切りに世界120カ国創設大会の講演ツアーを開始。
  • UPFは、戦後1952年までの「世界的7年路程」において天の願いを実現できなかった国連の使命を、2005年から2012年までの「世界的7年路程」として蕩減復帰していく使命をもって創設された。
  • アメリカ12カ都市講演を終え、10月3日から真のお父様(文鮮明師)が韓国12カ都市で、韓鶴子女史(真のお母様)が日本12カ都市で同時に並行して大会を開催(日本:福岡、広島、高松、神戸、大阪、名古屋、札幌、仙台、さいたま、長野、横浜、東京)。
  • 福岡大会にて、小山田秀生IIFWP日本議長は、大会開会に先立ち、86歳(数え)の高齢の文鮮明師が100カ都市講演に命懸けの決意で臨まれていることを証した。また、韓鶴子女史を、「13人のお子様と、40人を超える小間子様がいらっしゃる、まさに大家族を切り盛りされると同時に、・・・生涯、文鮮明総裁とともに神様と人類の解放のために自己犠牲と奉仕に明け暮れる生活をしてこられました」と紹介。
  • 韓鶴子女史は、『神様の理想家庭と平和世界のモデル』と題するメッセージを語られた。
  • 10月13日、東京での祝勝晩餐会における韓鶴子女史のみ言「今回の巡回路程は、三代が一緒に巡回していることを皆さんは知っているでしょう?孫を代表しては信俊(韓鶴子女史の七男・亨進様の三男)が、おじいさん(文先生)、おばあさん(韓鶴子女史)と一緒に巡回していることを皆さんは知っていると思います。この子は、生まれてからすぐに、大人でも続けるのが難しい5時の訓読時間を徹底して守ってきました。今、1歳半を過ぎましたが、まだ2歳になっていません。それなのに、この子は、訓読時間にはとてもまじめに参席し、おじいさんとおばあさんに喜びと賛美を捧げ、元気をくれます。「気」を知っているでしょう?・・・私がこのような経験を通して、『神様が私を御覧になり、私に対される時、私が信俊から得るそのような喜びを、神様は私から得られるだろうか』と考えながら、反省もして過ごしています。ですから、皆さんも、縦的な父母と横的な父母の因縁が、この子と同じようにならなければなりません。この子が父母様に返す、とても明るく、清く、温かく、幸福を抱かせる、そのような気分を皆さんの中で感じてみたことのある人がいるかどうか分かりませんが、私は今、そのような気分で巡回しています。ですから、実際、皆さんをしかりたいとも思うのですが、私はしからないでしょう?。天に対する心情は、そのような心、そのような心情の持ち方でなければなりません。心の持ち方を純粋にし、あかのついていない心で焦点を合わせて生活してくれるようお願いします。」→全文①

2006年3月20日~21日、天宙平和連合(UPF)日本大会

  • 韓鶴子女史は、2006年3月20日に来日。
  • 翌21日、UPF日本大会が、千葉の幕張メッセで開かれ、韓国、米国など海外からの来賓を含めて、日本全国から約6万人が集まった。
  • 韓鶴子女史は、「神様の理想家庭と平和理想世界王国」と題する講演文を読まれた。韓鶴子女史は、国連は機能の限界を露呈していると指摘、「天宙的次元の平和を目指す『平和天宙連合』が必要」と説き、その意義を説明された。平和大使に対して、血統権、兄弟権、所有権復帰の使命の達成を強調し、さらに人種、文化、国家、宗教の壁を克服するプロジェクトとして、ベーリング海峡に橋とトンネルを建設することを提案、「世界を一日生活圏につくり変えましょう」と訴えられた。
  • 3月24日、韓鶴子女史を中心とした「訓読会」が都内のホテルで行われ、『天聖経』「真の父母」編、第6章の「真の父母と我々」が訓読されたのち、み言を語られた。「常に感謝する心で一日を始めなければなりません。時代が次第に良くなるとともに、高齢化もしてきています。すべての人々が健康に関心をもっているのですが、健康に最も大切なことは、常に肯定的で、喜んで、感謝の心で生きることです。
     テレビでも時々、話が出てきますが、朝、目を覚ましたら、「私はきょう、幸福な一日を始める!」と言って、大声を上げて笑いなさい。そうすれば、すべての病気がよくなり、エンドルフィン(免疫力を強化し、老化を防ぎ、自己治癒力を高める物質)がどんどん出てきます。そうして、仕事の能力も上がり、健康になるのです。
     皆さんが、果たすべきことは、たくさんあります。真のお父様がこの世に生きていらっしゃる間に、必ず成すべきことがたくさんあります。天一国は、既に始まっているのです。…私は、日本に向かう飛行機に乗って海を見ながら、「真のお父様(文鮮明先生)が海底トンネル(国際ハイウェイ、日韓トンネル)のお話をされてから、既に数十年が過ぎました。私たちは(その摂理を)早めなければならない!」という決意をし、「それが可能になっていれば、どれほどよかっただろうか」という心も持ってきました。…現在、私たちは実体的に成し遂げなければならない責任があるということを皆さんは、一時も忘れないようにお願いします。(→全文)」
  • ←写真は、イメージ。

2006年5月13日~24日、
「天宙平和連合祖国郷土還元日本大会」

  • 2006年6月13日~24日にかけて12か都市で、「天宙平和連合祖国郷土還元日本大会」が開催。(福岡、広島、高松、神戸、大阪、名古屋、長野、埼玉、仙台、札幌、横浜、東京)
  • 韓鶴子女史のご子息(三男・文國進氏)が講演分「神様の理想家庭と平和理想世界王国」を英語で読み上げられた。
  • 真の父母様の業績を紹介するビデオ「世界平和の新しい波」の上映後、韓鶴子女史が登壇し、「神様のモデル的理想家庭と国家と平和王国」と題して、英語で基調講演を行われた。
  • 韓鶴子女史は、神様の恨や人間創造の目的、結婚や家庭の価値などについて述べられた後、私たち一人一人が「平和理想世界王国」を創建する主役となるべきであると力強く訴えられた。

2006年9月1日、
「天宙平和祖国郷土天地還元勝利釈放12カ都市大会」

  • 2006年8月31日、真の御家庭による第3次世界平和巡回講演ツアーが韓国12カ都市で始まり、翌9月1日、日本の12カ都市で一斉に開催。真の御家庭のお一人お一人がそれぞれの開催地を担当。真の御家庭3代が同参する歴史的大会となった。
  • 大会は、仙台、群馬、千葉、埼玉、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、広島、高松、福岡で同時開催。
  • 韓鶴子女史は、東京大会@千葉ポートアリーナで講演。『神様の理想家庭と平和理想世界王国』を韓国語で訓読された。
  • 大会後の祝勝午餐会で、韓鶴子女史は、以下のように語られた。「大会を終えたことが勝利ではありません。氏族を祝福しなければなりません。地に根を下ろすのです。日本の中心人物の年代は、50歳代以上でしょう。未来の指導者を養成しなければなりません。大学街で伝道するのがいいでしょう。このように慌ただしく動いて(家族で親密に過ごせないことを)真のお父様も寂しく感じられるでしょう。しかし、今は天が収穫する時なのです。皆さんが果樹園を持っていると考えてください。収穫すべきときに実を取らなければ、実は腐ってしまいます。偽りのオリーブを真のオリーブとして収穫するのが今です。時を失えば多くの人を地獄に送ってしまうことになります。60年代の草創期に祝福を受けるのは難しいことでした。しかし、真の父母様の勝利の基台の上に、今では聖酒を飲み、御言を聞いて祝福式に参加して祝福を受けられるのです。御言を聞いて血統転換の機会を多く持てば持つほど発展していくのです」

2007年5月1日~11日、「天宙平和神文明開闢宣布大会」

  • 環太平洋圏は、人類歴史が完結し、「神文明」が幕を開ける地であり、その安定と平和は世界の平和につながると意義づけされた「天宙平和神文明開闢宣布大会」が、韓鶴子女史を迎え、日本10カ都市で開催。(2日福岡、3日広島、4日大阪、5日神戸、6日名古屋、7日横浜、8日千葉、9日仙台、10日東京、11日札幌)
  • このとき、日本での講演は、同大会で132回目を迎え、韓鶴子女史には、40人を超えるお孫様がいらっしゃった。
  • 2日の福岡大会では、韓鶴子女史は、2007年3月17日にハワイ・キング・ガーデンでの大会で、文鮮明師が宣布された講演文「神のみ旨から見た環太平洋時代の史観ーアメリカを中心とする国連と自由世界の方向』を読み上げられた。
  • 韓鶴子女史は、「日本は、母の国ですから、お母様の過去の話をしましょう。ある日、一人の僧侶が私を見て、母に、『あなたの娘ですか』と聞き、『息子が10人いる以上に、よい娘だから立派に育てなさい。この娘は幼いうちに嫁に行くことになります。夫になる人は少し年のいった人でしょう。しかし、陸海空を支配する力をもった人だ』と言ったのです。感慨深い話ですが、想像もできない、空の星を取るより難しい話でした。ところで、私はどうなったでしょうか?その僧侶の言ったことは成就したでしょうか。真のお父様(文鮮明師)が成そうとされていることは何ですか。この大会は、・・・環太平洋時代、天宙平和神文明開闢宣布大会です。真のお父様は海洋摂理のために、アメリカにおわれるときから、それ以前の韓国においても、難しい環境の中で、常に海のことを考えておられました。」

2007年5月2日、真の父母様の聖婚47周年記念日・訓読会

  • 韓鶴子女史が来日された翌5月2日朝、ホテルで訓読会が行われた。
  • 同日(陰暦3月16日)は、真の父母様の聖婚47周年の記念碑で、会場には800人が集まった、
  • 韓鶴子女史は、以下のように語られた。「環太平洋時代は、女性時代の到来を強調しています。韓国のことわざに、『雌鳥が鳴けば家が滅びる』というものがあります。しかし、21世紀は、雌鳥が鳴かなければならず、真のお父様は、『女性が総動員されて、先頭に立たなければならない』と語られ、『雄鳥が鳴けば、国が滅びる』と言われました。ですから、男性tがちは女性たちをしっかりと支援してあげなければなりません。日本が先頭に立たなければならないのです。・・・責任完遂し、世界の前に堂々と立つことのできる、母の国の使命を果たした皆さんとなることを切に願います。』→詳細(韓鶴子女史み言アーカイブ
  • 左写真は、講演される韓鶴子女史。

2012年3月5日~12日、
「天地人真の父母様勝利解放完成時代宣布大会」

  • 6か都市で、「天地人真の父母様勝利解放完成時代宣布大会」が開催。(北日本大会、中部大会、関西大会、九州大会、広島大会、首都圏大会)
  • 3月11日、札幌市内で行われた同大会では、開会に先立ち、「真のお母様生涯路程」の映像が約70分間放映され、続いて、梶栗玄太郎・統一教会会長が、東日本大震災の犠牲者追悼の祈りを会場の教会員らと共に捧げた。「1年前のきょう2時46分、マグニチュード9.0の大地震と直後の津波で犠牲となった約2万人の方々に哀悼の意を捧げます」「日本の国難をいち早く察知された真の父母様は日本赤十字社を通してお金を送られ、それに合わせるようにアメリカが艦隊を日本に派遣し、そして日本の自衛隊、消防隊が体を張って救助活動をした。約2万人の犠牲者は愛国者として霊界に送るべきで、210代の先祖解怨とともに文興進(ムン・フンジン)様の修練所に招待されることを心よりお願いして、私たちはより一層前進することを決意する」と語った。
  • さらに韓鶴子女史は、「私たちは神様の夢を実現してさしあげる立場にいるがゆえに、幸福な人たちです」と語られるなど、会場総立ちの拍手の中、約60分間のメッセージを終えられた。(家庭連合NEWS ARCHIVES
  • 3月10日、名古屋市内で行われた同大会で、韓女史は、メッセージの中で「90年の生涯をささげて生きてきた真のお父様の生涯は、ひとえに天宙の真の父母であられる神様を解放してさしあげ…」と、神様と文鮮明師の路程を証しするくだりで、途中、何度か目頭をハンカチで拭う場面もあった。「名古屋に来ると、故郷に来たようで涙が流れてきます…」と語られながら、ゆっくりと噛みしめるように、ハンカチを手にメッセージを続けられた。(家庭連合NEWS ARVHIVES
  • 3月9日、京都市内で行われた同大会で、韓女史は、「天一国の基元節と私たちの希望」と題してメッセージを語られ、最初に「尊敬する内外の貴賓の皆様。そして、愛する食口の皆さん。特に2階、3階で映像を通してこの時間、視聴しておられる食口の皆さん、お会いできて嬉しいです!」と高らかにあいさつされた。(家庭連合NEWS ARCHIVES
  • 3月8日、熊本市内で行われた同大会で、韓鶴子女史は、特に女性の使命について言及。「対外的には、真の家庭倫理の確立と平和世界実現に対して備える女性指導者たちを養成しなければなりません」と語られると、会場から大きな拍手が起こり、その拍手に対して「養成、指導しなければいけないという拍手でしょう?」と優しく問いかけられる場面もあった。(家庭連合NEWS ARCHIVES
  • 3月7日、広島市内で行われた同大会では、韓鶴子女史が大きな拍手と共に登壇され、「天一国の基元節と私たちの希望」という題目でみ言を語られた。(家庭連合NEWS ARCHIVES
  • 3月6日、首都圏で行われた同大会で、韓鶴子女史は、「2006年以来、5年ぶりに日本を訪ね、皆様にお会いできたことをとても嬉しく思います」と話始められた。また、「最善を尽くして行動する道こそ、私たちが生きる道です。真のお父様は、若い人に劣らず、常に第一線で摂理を考えられ、企画され、また自ら未来の計画を尋ね求めていらっしゃいます。真の父母様は皆様を愛し、日本の役割に大きな期待をかけています。今回の機会が、皆様が真の父母様と心情的により一層一つとなる機会となることを願います」と締めくくられた。(家庭連合NEWS ARCHIVES
※5年ぶりに来日する韓鶴子女史、21年間入国できない文鮮明師を、心を尽くしてお迎えしようと、教会は自発的に40日リレー断食を始めた。

2012年3月6~7日、大会の祝勝訓読会

2012年3月6日朝、祝勝訓読会@東京
「私たちには希望があります。今の時代は、実を収穫する時です。ですから、皆さんは毎日、父母様と一つになった立場で御言を通して実をたくさん刈り入れなければならないのです。皆さんが知っていることを自分の中にそのままにしておかないで、隣人、氏族、民族、国家、世界に伝え、全世界の全ての民が真の父母様の御在世時に真の子女として立つことができるように、皆さんが責任を果たさなければ、未来に希望がなくなります。
 どのように生きなければなりませんか?天は全ての準備をしています。皆さんが、直接的にぶつかって努力する生活をすることを願います。決心しますか?毎日、1人を伝道するという覚悟で努力しなければなりません。『Dデー』まで1年も残っていません。・・・」

同年3月7日朝、祝勝訓読会@広島
「伝道が重要です。伝道が私たちの希望であり、幸せなのです。そしてもう一つ重要なのは、私たちは地上だけにいるのではないということです。『祝福家庭は210代まで先祖祝福をしなさい』とお父様が言われました。国の誤ったことを解怨することで、道を開いていくことができます。自分の過去を悔い改めて、再臨協助することができます、国が神様の前に立つことができる道を開くことになるのです。そうしたら力も出てきます。皆さんの応援部隊になるのです。先祖はもっと焦っているのです」

同年3月8日朝、祝勝訓読会@熊本
前日の中四国大会での食口の証し
「訓読会のとき、椅子に座っておられるお母様(韓鶴子女史)を見上げると、隣に真のお父様(文鮮明師)が座っておられるのが見えて涙が出てきた。目を閉じ、また顔を上げてみると、やはり隣にはお父様が座っておられた。それが3回も繰り返された」
「数年前に急に目が見えなくうなり、妻の助けなしには外に出ることもできない状況だったが、真のお母様が来られると聞いて大会に参加した。お姿は見えなかったが、御言を直接耳で聞き、新しい光を見た気がした。もしまた大会があれば、今度は自分の伝道対象者を連れて参加したい。」

左写真は、夫・文鮮明師の財布を見せながらお話をされる韓鶴子女史。

【2017年】

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

2017年5月14日「孝情文化フェスティバル in TOKYO」

韓鶴子女史は講演で、「世界の難問題、日本の様々な課題を解決するためには、まず天の父母様を正しく迎え、侍らなければなりません。神様の下の人類一家族となる夢を実現するうえで、皆様すべてが世界の前に母の立場で全人類を兄弟姉妹として育てていくことに全力を傾けてくださることを願います」と呼び掛けられました。(世界平和統一家庭連合 News Online2017年12月29日より引用)

大会に先立ち、5月12日に入国された韓鶴子女史は、「日本―アメリカ国会議員 有職者懇談会(5月9日)」に参加した世界平和国会議員連合のアメリカのVIPたちとの晩餐会で、真のお母様は、以下のように語られました。
「アメリカの誕生は清教徒たちの信仰で出発し、まず初めに天の父母様のための教会を建て、次に後代のための学校を建て、その後に自分たちが住む家を建てました。天の父母様をまず先立てたので、200年という短い期間に世界の政治経済のスーパーパワー国家となったのです。・・・これからアメリカは、メシヤとして来られた真の父母様の環境圏をつくり、過去のローマと同じ立場で責任を果たさなければなりません。」
(いつも私のとなりに神さま【家庭連合会員のブログ】より引用)

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

2017年10月15日「HJ Peace Loving Festival KANAGAWA」

韓鶴子女史は講演で、「皆様が願う平和、幸福というのは、与えれば与えるほど、大きくなるのです。自分一人幸福だとしても、その幸福は永遠には続きません。分かち合ってこそ、大きくなるのです。式前行事で、二世圏の祝福家庭の報告がありました。彼らは父母様を知り、真の父母の思想を知っているがゆえに、日本だけのための二世ではなく、世界を愛し、世界のために生きる世界人であることを証ししました。そのような私たちの二世がこの国に満ちあふれ、全世界の200以上の国と地域に満ちあふれるとき、74億の人類が神様の前に集い、神様に侍る人類一家族となる夢が実現することは、間違いありません。」とお話されました。(世界平和統一家庭連合 News Online2017年10月18日より引用

大会に先立ち、10月13日に来日されたお母様は、歓迎集会で、「人類の前に、永遠に真の父母は1 組しかいません。分かりますか? 二代や三代はありえません。皆さんは、みな私の子女であり、息子娘です。分かりますか?」と語られました。(FFWPU.Familyより引用

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

孝情文化フェスティバル愛知大会 in NAGOYA

11月16日午後、「家族のチカラ」をテーマに盛大に開催された。全国で3番目の1万名大会。(世界平和統一家庭連合 News Online2017年11月17日より引用

そして、韓鶴子女史は以下のように語られました。
「神様は、全知全能であられます。初めと終わりが同じであられるお方です。ご自身が定められた創造原則において、変えることはできません。ですから、天は、恨めしく、苦痛な、待つという蕩減復帰摂理歴史をなさるしかありませんでした。神様は、堕落した世界に、選民の国をお選びになり、個人から民族に至るまで、蕩減復帰摂理歴史をなされながら、一時を希望なさいました。どれほど困難で骨が折れたなら、4000年かかったでしょうか。全知全能の神様であり、何でもできないことのない神様であるのに、あまりにも恨めしい蕩減復帰摂理歴史でした。・・・

天の父母様が望まれる願い、人類の願いは、父母に侍る人類一家族です。話は簡単です。しかし、この摂理が分かって、実体でそのような資格をもって行動する祝福家庭たち、私たちの未来の指導者になる二世、三世たちのその夢を実現することのできる、その道を開いてあげることのできる、現在の父母の立場に立っている祝福家庭の皆さんの精誠と努力が必要です。」(世界平和統一家庭連合 News Online2017年11月20日より引用

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

孝情ファミリーフェスティバル in OSAKA

韓鶴子女史は、16日に開催された愛知1万名大会を勝利された後、3日間にわたり、家庭連合の活動報告を受けられ、日本・母の国のために深い祈祷と精誠の時間を持たれた。

内閣府が推進する「家族の日」制定10周年を記念して11月21日、大阪府門真市の府立門真スポーツセンターで「孝情ファミリーフェスティバル in OSAKA」(主催・同フェスティバル実行委員会)が盛大に開催され、青年・学生1500人や新規・再復帰のゲスト3800人を含む約1万2500人が参加。(世界平和統一家庭連合 News Online2017年11月29日より引用

韓鶴子女史は、以下のように語られました。
「なぜ、真の父母が必要ですか。堕落した人間としては、神様のみ前に出ていくことができません。彼らには、過った先祖の蕩減が残っているからです。ただ真の父母によって、再び生まれる位置に進まなければ、神様のみ前に出ていけません。それが、家庭連合で行う祝福結婚行事です。・・・どれほど人類が待ち焦がれてきた事実ですか。6000年かかりました。6000年とは、聖書で言う6000年です。実際の人類歴史はそれ以上になるでしょう。・・・
新しい「新」ではありません。神様に侍った神大阪、分かりましたか。そのことのために、責任を果たす覚悟ができていますか? きょう、先立ってパフォーマンスを通して、私たちの二世、三世たちの誇らしい姿を見ました。摂理の中心に、真の父母様は、日本をエバ国として選定しました。真の父母を誕生させた大韓民国は、父の国、日本は母の国。母の本質は、子どものための道ならば、水火も辞さないのです。子どもが幸福であり、子どもが成功できるのならば、無条件に協助します。・・・特に、大阪は、この国において、世界の門を開いた所だと聞きました。それで、私は皆さんに、神大阪のグローバル市民として、世の前に、真の父母の愛、孝情心情文化革命の旗印を掲げ、堂々と世界の前に、真の父母様と天の父母様が共になさる私たちであることを、私たちの運動であることを、誇らしく伝播していくよう願います。・・・その1日、それほどまでに天が苦労され、忍耐してこられたその1日、人類が願ってきたその日、天の父母様に侍り、真の父母である独り娘の在世時に、私たちが共に地上天国をつくることができるという、この高揚した喜びと歓喜に満ちたその日に向かう鬨(とき)の声が、全世界に響き渡るよう、広がっていくよう祈ります。」(世界平和統一家庭連合 News Online2017年11月29日より引用

【2018年】

韓鶴子女史 hakjahanmoon 来日

2018神日本家庭連合希望前進決意2万名大会

★証し★

真のお母様(韓鶴子女史)初めての証し

韓鶴子女史 hakjahanmoon

1977年5月3日、御聖婚17周年記念日
@ニューヨーク、ベルベディア

地獄を通過してこそ堅固に立てる・・・
 私が歩んできた道は、考えるだけでも耐え難い苦難の連続でした。メシヤが通過されたと同じような過酷でひどい試練を、このか弱い女性が通過したのですから、本当に皆さんには信じられないことでしょう。・・・
 一方、その当時は、私を訪ねてこられる神様の恩恵を、最も感じた時でもありました。私が苦痛の中にいる時でも、神様は御自身を現して啓示を与え、導いてくださいました。そのような直接的な導きがない時でも、私を愛し、守ってくださろうとする周囲の人々を通して、絶えることなく導きと日々の啓示を受けたのです。そのためその当時は、かくも難しい試練と忍耐と苦難の時であったにもかかわらず、同時に、この時こそ最も美しく、神様の恩恵に満ちた、正に神様が共にいてくださることを実感できた時でもありました。このようにして、完成に向かって苦悶してきた成長期間が終わり、今や天が願っておられる基準に到達した私が、その当時を振り返ってみるとき、その苦難に満ちた記憶のすべては喜びに変わりました。
 私はお父様といつでも深い話を交わし、交流することができました。・・・お父様とそんなに多くを語らなくても、深くお互いの事情を理解することができました。なぜならば、お父様が通過してこられた事情と、私が歩んできた道が、神秘なまでに、あまりにもよく似ていたからです。
 お父様とは共通のひとつの目的を深く理解し、そのために不屈の信仰ですべてのことを忍耐し、すべての苦難と闘って完成基準に到達し、もはやサタンが一切侵入できない基準まで至り得た、という勝利感があります。
 ・・・もし私が天国の喜びのみを享受してきたならば、天国の生活をそんなに深く味わい、感謝することができなかったでしょう。私は地獄の一番底までも通過し、その苦い味も味わいました。「これ以上、このように難しい道を行き続ける力は私にはありません。絶対に不可能です。神様! なぜ私にこのような道を行けと言われるのですか」と尋ねることも数限りなくありました。私に必要なことは、真に倦むことのない不屈の信仰と決意と忍耐であり、それが今日の私自身をつくり上げたといえるでしょう。・・・

→全文(韓鶴子女史 み言アーカイブ)

夫・文鮮明師のダンベリー収監時の証し

『お父様の代身者となろう』

「きのう、たたれる直前に、ご自分が起居されていた部屋の中を見回しながら、過去を回想するかのように、手垢のついたもの1つ1つを、真心を込めてなでてから出てこられました。お父様(文鮮明師)は淡々とした姿勢を見えてくださいましたが、妻である私は平然と努めたのですけれども、そうできませんでした。・・・今日(収監1日目)は早くから、子供たちと一緒にお父様に面会に行きました。お父様に会って二時間ほどたつと、そこの看守の責任者が来て、『12時を過ぎたら出て行ってください』と言い残していきました。ちょうどその時、お父様にどうしてもお昼を召し上がっていただかなければならないと思って、『サンドイッチを差し入れてもよろしいですか』と尋ねました。すると「そうしなさい」ということでした。孝進(ヒョージン 韓鶴子女史の息子・長男)にサンドイッチを買ってきてもらい、お父様に差し上げました。
 私はお父様のそばを離れたくないので、どんどんドリンクを買って飲んだり、電話をかけるために小銭に替えたりしながら、時間を引き延ばしました。そのようにわざと時間を長引かせたのです。お父様はサンドイッチを召し上がりながらも『神山が一人で長く待っているだろうに、これを私一人で食べようとしても、のどを通らない』と神山氏のことを考えられました。それで私は『神山さんは、あす面会がありますから、心配なさらずに召し上がってください』と申し上げました。
 ・・・お父様は、今イースト・ガーデンにいらっしゃらないのですが、孝進がお父様の代わりに責任をもつ立場で私たちによく侍ってくれますし、『自分の本分を尽くします』と何度も言いながら『心配なさらず、お元気でいてください』とお父様を慰める時、本当にうれしく思いました。
 ・・・何よりも心配されるのは、お父様がそこで生活する間に起こるかもしれない不慮の事故、すなわち身辺問題でした。いつも私が心配すると、お父様は心配するなとおっしゃいます。超然とした態度で、かえって私を安心させてくださるのです。お父様が寝泊まりされ、生活される部屋は、4,5人くらいが起居することのできるところだそうです。現在は40人余りがともに生活しているといいます。お父様は神山氏と一緒に、二段ベットを使用されるようです。それは、そこの責任者の配慮があったからだそうです。お父様の隣のベッドで生活する人が朝来て、あいさつをしながら握手をしようとし、お互いにあいさつを交わしたそうです。
 ・・・今になって皆さんに話すのですが、お父様がダンベリーに出発される時は、本当に大きな挫折と痛みを味わいました。生き別れになると思うと、目の前が真っ暗になり、全身の力が一つ残らず抜けてしまいました。・・・けれども、今日一日、お父様が子供たちと対話されながら、『私は現実の中においても絶対に損害を受けないから、心配するな』と何度も言われるのを聞いて、多少は安心することができました。お父様は私に、『今なされることを見て、これからオンマ(お母さん)が感謝の祈祷を捧げなければならないだろう』とおっしゃいました。お父様のみ言の中には、苦難を勝利に変えてしまうという確固たる意思があり、かえってアメリカと世界が救援される道が開かれるだろうとおっしゃいました。
 ・・・今私たちが行っている仕事に全心全力を尽くして、一日も早くお父様が喜びをもって帰ってこられる日をつくってさしあげなければならないと、何度も誓いながら帰ってきました。」(『真の母のまなざし~出生から結婚・世界平和講演まで~』2007年12月24日発行 光言社)

文鮮明師 ダンベリー

★第13回「科学の統一に関する国際会議」開会式でのあいさつのことば★

1984年9月2日、アメリカ・ワシントンDCのマリオット・ホテルで開催された第13回「科学の統一に関する国際会議」開会式で、韓鶴子女史は、夫・文鮮明師について、以下のように語られた。

「夫は自分のために生きているのではありません。神と人類のために生きています。にもかかわらず夫は今、連邦刑務所(米コネチカット州ダンベリー)に収監されております。なぜレバレンド・ムーンが入獄という道を行かなければならないのか、不思議に思われる方もいらっしゃることでしょう。私はただ皆様方に、夫は神の戦士として生涯多くの非難と迫害を受け続けてきたことだけを申し上げておきたいと思います。

 1971年に夫は神の召命を受けて、キリスト教の復興と、アメリカの建国精神の復興運動を指導するために、アメリカにまいりました。夫は私に、自分が迫害を受けるだろうと、さらには入獄されることさえあるだろうと申しておりました。それにもかかわらず、アメリカが神より与えられた使命を全うするか否かということに、世界全体の運命がかけられていたので、夫は神から与えられた使命を果たすために、アメリカに行かなければならないと申しておりました。
 この12年間、夫はアメリカと世界のために、汗と涙を振り絞り、自分の心情と魂の限りを尽くしてまいりました。そして極めて重大なこの時期に、収監問題を中心として、全米において宗教の自由のための決起大会が開かれたことを、神に感謝いたします。アメリカの精神的覚醒がついに始まっております。キリスト教が一つになっていることも事実です。この成果のすべては、夫にとって大変貴重なものであり、このために夫は自分の生涯を喜んで捧げております。
 …夫は刑務所の中で、アメリカが神に祝福されるようにと毎日、祈っております。自分が宗教の自由のための闘いを指導するという、特別の使命を与えられていることを神に感謝しております。私は、レバレンド・ムーンの妻であること、彼の子供たちの母であること、そして彼のビジョンを固く信ずる者であることを誇りに思っております。
 …私の最大の願いと祈りは、皆様方がICUSのビジョンと仕事を支持し、学界に求められている極めて重大な責任を、積極的に果たしていくための道を探求し続けていただきたいということです。もし皆様方がそうされるなら、夫にとってそれ以上の喜びはないでしょう。」

「真の母(韓鶴子女史)のまなざし」より

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『真の母のまなざし 出生から結婚・世界平和講演まで』(光言社 2007年12月13日)
『韓鶴子総裁講演集 日本講演100回記念』(光言社 2003年2月6日)

 『韓鶴子女史 御言葉選集 愛の世界』(光言社1989年2月11日)
韓鶴子総裁御言選集(4巻セット)

『愛のシンフォニー2 真の母』(光言社1994年)
『真の御父母様の生涯路程10』(光言社2002年10月14日)

 『韓鶴子女史 御言葉選集 愛の世界』(光言社1989年2月11日)

★参考サイト★

  • 韓鶴子(ハン・ハクジャ)女史の紹介  →見る
  • 愛のシンフォニー(2)真の母 →見る
  • 韓鶴子女史み言アーカイブ →見る
  • 世界平和統一家庭連合 NEWS ONLINE #韓鶴子 →見る
  • 韓鶴子 - Wikipedia  →見る
  • 韓鶴子女史み言アーカイブ twitter  →見る
  • 創始者 文鮮明総裁・韓鶴子総裁|家庭連合とは|世界平和統一家庭連合  →見る
  • 韓鶴子(ハン・ハクジャ)女史の紹介  →見る