風が腥かった。
教室の窓から吹き込んでくる空気はじっとりと湿っていて、梅雨の前特有の重苦しさを孕んでいる。
現代文の教師が一本調子に小論文の説明をするのを、僕はただぼんやりと聞いていた。
「すいません、遅れました」
カラリと音を立てて教室の扉が開いたのは、先生が黒板に向かいながら、首から提げたタオルで顔を拭いていたときだった。
それまでノートを取っていた教室の人間全員が、音が聞こえてきた方向へと視線を向ける。
「あぁ、化野か。一限どうした」
「……寝坊しました」
「そう。あとで届け出かいておけよ」
化野香凜は小さく頭を下げると、するすると自分の席まで歩いていった。彼女の席は僕のすぐ前だったので、よれた鞄をひっさげた彼女は必然僕のすぐ横を通ることになる。
「おはよう、化野さん」
化野はなにも言わなかった。代わりにちらりと僕の方を見て、それから自分の席に着く。
背中まで伸ばした長い髪が、わずかにひっついていた。もしかして自転車で走ってきたのかもしれない。けれど彼女は息を乱すこともなく、まるで自分が最初からそこにいたかのように教科書を開くと、教師の説明を書き写していった。
――化野は、クラスで一番成績がいい。