九州国立博物館開館10周年記念紙発刊に向けての寄稿

「日韓(福韓)新時代に向けて大いに語る会から」開催から
日中韓首脳会議(第1回日中韓サミット)に至るまで
2015年4月
一般財団法人DEVNET JAPAN
代表理事 明川文保
平成20年(2008年)韓国では、李明博氏が韓国の第17代大統領に就任し、当時の福田康夫総理大臣との間で、日韓シャトル外交を再開する事を決めるなど、日韓関係の新たな時代が始まろうとしていた。
 私(明川文保)は、その年の2月26日、財団法人九州国立博物館振興財団専務理事廣崎靖邦氏、そして福岡県日韓友好議員連盟の重鎮2名とともに、韓国国会議事堂前広場を主に開かれた李博第17代韓国大統領の就任式ならびに閣僚が揃った祝賀会に、福岡県代表として招待された。

 そして、帰国後の反省会の席上で、「新大統領の就任に際し、日韓両国の重鎮を集めて福岡で盛大に祝賀会をやろうじゃないか。」との話が持ち上がり、早速4人で手分けして、その準備に動き出した。
 福岡の財務官学界の重鎮を集め、そして韓国側で新大統領に極めて近いVIPを招聘するべく、私は40年来の親交があった韓国元大統領諮問委員劉鐘海氏に打診し、更に、韓国与党ハンナラ党国会議員孔星鎮氏にも話を持ちかけた。
 当時孔星鎮氏は、ハンナラ党のソウル特別市委員長を務める実力者で、李明博大統領の選挙時には、新大統領より絶大な信頼を受けていた。
 私は、この孔星鎮氏と劉鐘海氏を日本へ招聘し、日本と韓国の新しい時代の幕開けをテーマにすばらしい会合を福岡で開くべく、その交渉に向けて訪韓し、両名から快諾をもらった。

 そして、同年5月25日、福岡県議会棟レストランにおいて、「日韓(福韓)新時代に向けて大いに語る会」が開催された。

 開催に先立ち、韓国の両名が福岡空港に到着後、福岡近郊の百道浜やベイサイドプレス、そして太宰府天満宮周辺を観光案内し、「明日、九州国立博物館をぜひ視察してほしい。この博物館は最新鋭設備を備えており、韓国中国らも近く、また福岡空港からのアクセスに優れ、国宝級の展示品を定期的に入れ替え、全国的に非常に人気の高い博物館だ。」と訴え、翌日には九州国立博物館振興財団の廣崎専務理事の案内により、九州国立博物館の視察が実現した。
 そして、その夜、福岡県議会棟レストランで、約150名の来賓を迎え、盛大に「日韓新時代に向けて大いに語る会」が開かれた。

 会合は大盛況のうちに幕を閉じ、その翌朝、福岡市内のホテルニューオータニで、私と孔星鎮氏、劉鐘海氏、そして駐福岡大韓民国総領時金賢明氏の4名で朝食会を開き、その席上にて、私は孔星鎮氏に対し、「ハンナラ党の人脈を活かし、次期幹事長に就任してほしい。それが日韓両国の大きな政治力となる。」と進言した。

 そして、その時期、日中韓首脳会議を年内に日本で開催する事が決まっており、その開催地に首都東京や李大統領が幼少期を過ごした大阪に近い兵庫県神戸市などが、その候補として取りざたされていた。
 しばらくして、孔星鎮氏より私にハンナラ党幹事長に就任する旨、連絡があり、その後正式にハンナラ党幹事長に就任した。また、日本では私が知り得ていた情報通り福田総理大臣が退陣し、麻生太郎氏が総理大臣に就任した。
 私は、麻生総理就任後に、訪韓して劉鐘海氏に会い、「麻生総理は福岡県人であり、福岡は韓国中国に極めて近い事から、孔星鎮氏『李大統領から麻生総理及び温家宝首相に、首脳会議は東京や神戸ではなく、福岡の九州国立博物館で行いたい。』と進言してほしい」と強く要請した。
 そして、同年12月13日、麻生総理大臣、李明博韓国大統領との日韓首脳会談が福岡市内のホテルで行われ、九州国立博物館にて温家宝中国首相との日中首脳会談に続いて、三首脳による史上初の日帰り日中韓首脳会議が実現した。

プロフィール

一般財団法人DEVNET JAPAN代表理事の明川文保
一般財団法人DEVNET JAPAN
代表理事 明川文保
DEVNETアジア地域本部総裁、日本支局・(一財)DEVNET JAPAN 代表理事。
東久邇宮国際文化褒賞記念会代表理事。

山口県生まれ。
1973年山口園防府市に日本初の冷凍冷蔵庫・普通倉庫を備えた3温度対応の
総合流通センターを開設(コールドチェーン物流の先駆け)した。
第56・57代内閣総理大臣を歴任した岸信介氏の講演会青年部会長、
83年衆議院議員阿部晋太郎 私設秘書
88年九州山口経済連合会の国際交流委員・運輸通信委員・農林水産委員
04年参議院議員福島啓史郎氏全国広域後援会本部特別顧問・特別秘書、
九州山口経済(連)の国際交流委員・運輸通信委員・農林水産委員などを歴任。
06年DEVNETアジア・太平洋地域特別親善大使及びラオス・カンボジア・ベトナム地区総裁
09年上海万博DEVNET館特別顧問
11年東久邇宮国際文化褒賞記念会設立 代表理事などの要職を歴任
13年DEVNET Tokyoを設立して代表理事に就任
15年「ミラノ万博」国連KIPパビリオンに日本代表として出展
同年DEVNET JAPANに改名。同組織は16年にアジア(一部地域を除く)代表オフィスに認定